志位和夫氏著「Q&A いま『資本論』がおもしろい」・書評: 辻惠

本著作は、現職の衆議院議員であり現在も日本共産党の議長でもある志位和夫氏が、若者向けに『資本論』のエッセンスを平易な言葉で解説し、学習を呼び掛けたものです。若者に限らず、現在の混迷の時代において、混迷を切り分けて前に進もうとしているすべての世代の人々にとっても、『資本論』が道しるべになることを説得できる内容の構成になっており、是非皆様にご一読をお勧めする次第であります。

去る10月4日、自民党は高市早苗新総裁を選出し、臨時国会で首相に就任する見通しだと報道されています。しかし、今次の自民党総裁選では、アメリカへの隷属を強め戦争体制に向かう外交政策、富の偏在と貧困の拡大を招来した30年来の経済政策、政治とカネに象徴される政治腐敗による政党政治への不信、といった現在の日本政治が直面する重要課題に関する議論は殆んどなされませんでした。敗戦後80年の殆どの期間、自民党は、様々な世論を調整して曲がりなりにも保守政党として日本の支配体制を維持してきましたが、日本の現在と未来に関してまともな議論と提言を行うことが出来ず、もはや統治能力を喪失した姿を満天下に晒したものと思います。

それでも自民党は、権力への参加をこい願うカッコつき野党を利益誘導して抱き込む等の悪辣な手口を駆使して、これまでの支配を永続化しようとしてきます。いよいよ私たちは、自民党をはじめとした既成政治に代わる、「国民の、国民の為の、国民による政治」を創るとば口に立っていることを自覚し、本気になって日本政治の転換を実現しなければなりません。

第二次世界大戦後の世界秩序は、東西冷戦・ソ連崩壊・アメリカ一極覇権の頓挫・新興国の台頭とウクライナ戦争やガザ虐殺等と推展を重ね、また地球温暖化・民族対立の激化・貧困の拡大等、今や世界は人類として対応を迫られる根本的な問題に直面しています。しかし、トランプ・習近平・プーチンのいずれも、自国の国家権力強化と経済的権益獲得を最優先に戦争を含む政治的対立の緊張に向かうばかりで、人類の危機に直面して、人間の幸せをどう実現するのか、そのために社会や政治の仕組みをどう変えればいいのか、という根本問題に正面から取り組む姿勢は全く見られません。もちろん日本の自民党政権も同様で、アメリカに隷属追従するばかりで、自国としての独自の判断を行うことすら出来ない更に情けない状態にあります。

今こそ、人間の幸せの実現という原点に立った本物の政治の内容を具体化することが必要だと思います。人間の幸せの実現を求めて戦われたこれまでの政治闘争の経験を検証するとともに、人類が生み出した全ての思想と知恵を汲み取り、具体的な方向性を示すことが求められているのです。

近代という時代を画するのは基本的人権を軸とした人権宣言であり、アメリカ独立宣言とフランス革命の人権宣言を嚆矢とし、これらを導いたのが、ロック、ルソー、モンテスキューらの近代人権思想家たちであったと思います。そして、これらの思想的営為の成果に基づいて、人間の幸せを実現する国家を具体的に構想したのがマルクスであったのです。

日本と世界の思想家の中で、現在もその著作が読み継がれ、しかも著作に関する解説や評論が間断なく出版されている思想家は極めて稀で、マルクスが随一です。マルクスの『資本論』に関する書物は最近の10年に限っても枚挙にいとまがなく、斎藤幸平氏(現東大准教授)の「人新世の『資本論』」はこの種の本にしては驚異的な50万部を超えるベストセラーになるほどでした。そして『資本論』の読者は左翼系人士に限らず、傀儡満州国を舞台にした統制経済の実行責任者の岸信介もまた一知半解ではあれ読者であったのです。
これらの事実は、『資本論』が様々な立場の人々が解決の糸口を求める深さと広がりを有する著作であることを示しています。『資本論』は単に従来の経済学批判だけの著作ではなく、資本主義の生成、発展と未来社会への道筋を解明するとともに、人間の全面的な発達を実現する社会を目指すという、まさに人類の直面するすべての課題への回答を包含する普遍性を有しているのです。

志位氏の本著作は、人類が直面する諸課題に対する回答を引き出せる『資本論』に、多くの人々が踏み込むための様々な工夫がなされています。若者とのQ&Aの形式の採用、論点を分かりやすく8項目に大別していくつかの質問に細別した解説、論点を要約したパネルの掲示、によって内容が分かりやすくなっているのです。

論点整理を私の理解で要約すると、資本主義の搾取の構造、労働時間短縮の戦いの意味、生産力の発展が労働者にもたらす害悪と未来社会の要素の準備、貧困と格差拡大のメカニズム、社会変革のための主体的条件、資本主義下の自由と共産主義下の自由、について具体例を示して解説がなされています。これらの解説において、弁証法的な考え方が自然と身につくように構成されていると思いました。
各論点の丁寧な解説はもちろんですが、著者の主眼は、現在の不条理に対して皆が協同して立ち向かい社会を変えることが出来るという希望を持てるようその根拠を示すことにあるように感じました。また、ヨーロッパやアメリカにおいて現在『資本論』に対する関心が高まり、バーニーサンダース上院議員をはじめ社会主義に対する支持が広がっている事実の紹介や、マルクスは資本論の執筆と併行しては国際労働者協会(第一インターナショナル)の活動を行い、1871年3月18日に成立した歴史上初めての労働者階級の政権であるパリ・コミューンに全面的な支持を表明した事実に対する共感は、読者の想像を豊かにするに違いないと思いました。

マルクスの理解に関しては、初期の疎外論への注目や、斎藤幸平氏が指摘する晩年の環境問題への傾斜等様々な解釈が今も論議されています。その中で本著作は、社会の変革の武器としての『資本論』の理解を中心に構成されており、現在の日本と世界の激動の時代を切り開く実践的武器として、沢山の方々が活用されることを希望する次第であります。
(2025年10月7日記)

辻惠:弁護士、元衆議院議員


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