瀬戸内海の大久野島、通称「うさぎ島」。たくさんの人慣れしたうさぎ達が迎えてくれる島は、戦時中は毒ガス兵器製造拠点だった。今を知ることは昔を知ること。

野生化したうさぎが住み着き、観光客を迎えてくれる「うさぎ島」こと、瀬戸内海の「大久野島」。大久野島はこの可愛らしいうさぎの島としての側面と、戦時中、毒ガス兵器製造の拠点だったというふたつの側面があります。

うさぎの島の「今」に触れれば自ずと「過去」を知る

可愛いうさぎと触れ合ったあと、毒ガスの遺構を拝見しにいきました。毒ガス資料館では、思わず目を覆いたくなるような展示も。しかしこれらは、積み重ねられてきた現実なのです。遺構があるということは、現実だったのです。うさぎの島という「今」に触れることで、「昔」を知る。大切なことです。

うさぎ達にしても、決して可愛いばかりでは済まされません。見れば、活発に動き、毛艶もいい子ばかり。これは何を意味しているか。皆、若い子なのです。年をとったうさぎがいません。世代交代が激しいことを伺わせます。たくさんのうさぎたちの生存競争の果てが、あの集団の可愛さなのです。

うさぎは人間に依存して生きている

また、島を一周して分かったことですが、うさぎ達は、人間のいるところにこそ多くいます。人間に依存して生きているのです。完全な野生とまでは言えません。

大久野島のうさぎ達は、人間を見れば集団で寄ってきますし、油断した姿も見せます。人間が敵でなく、美味しいものをくれると理解しているのです。ペットのうさぎでもここまで慣れない子もいます。大久野島のうさぎ達は特別です。うさぎが全てこうではないということを理解しておく必要はあるかと思います。

ともあれ、うさぎの可愛さと、毒ガス遺構、この二面性をかいつまんで紹介する動画を作ってみましたので、ご笑覧くださいませ。

記事:西村晴子・特派員

 

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