【横浜市長選挙2021】11カ国以上の市民が住むエスニックタウン「いちょう団地」で田中康夫・元長野県知事が演説❣️市長候補で唯一

元長野県知事の田中康夫・横浜市長候補は8月11日、大和市と横浜市の境にある「いちょう団地」にて街頭演説を行った。ここはベトナム、ボリビアなど11カ国以上の外国人が暮らす「エスニックタウン」で、同地を訪れるのは候補者の中では、異例。同地区で美味しいと有名なレストラン「タンハー」の前にて演説を行った。田中候補の演説全文を紹介する。

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泉区上飯田町の皆さま、県営いちょう団地の皆さま、わたくしは横浜市長選立候補者田中康夫でございます。
選挙戦4日目の本日、上飯田の皆さまに、わたくしの、横浜を皆さまと一緒によりよくするための考えをお伝えするべくお邪魔をいたしました。

いま、北上飯田の保育園の方から、ちょうど、小さなお子さんがお休みになってるとゆうことで、車にはスピーカーが4か所ついてございますが、前の幼稚園側のスピーカーを、敢えて切らせていただいて、この程度の声でお話をさせていただきたいと思います。
いま、このいちょう団地の中にも、小さなお子さんが乗る三輪車や自転車がございます。
そして、ご高齢の方が乗られるカートもございます。
この横浜市は、ご高齢の方、93万人、おられます。

わたくし、田中康夫も、この4月12日に65歳で高齢者の仲間入りをいたしました。
現在この93万人いる横浜市の高齢者になって、お一人暮らしのかた、いわゆる独居と呼ばれる方は、93万人の中の3人にひとりが独居のかたでございます。
にもかかわらず、横浜市には、保健所が1カ所しかございません。
中区の市役所の34階建ての中の建物にしか保健所がありません。

横浜を構成してるのは18の区です。
そして、18の区の中の3分の2の12の区は、海とは面していない内陸部にあるわけです。
この泉区もそのひとつです。

そこにお住いの方々も、中区や西区のかたと同じ税率で税金を払ってらっしゃる。
わたくしは、横浜の18区がひとつひとつ、地域の実情に応じて行政サービスを行う、このことが必要だと思っております。

それはわたくしが、2000年から6年間、小学校の途中から高校卒業まで暮らしました信州長野県で県知事をしたときも、当時120の市町村がありました。中には小さな人口千人といった村もありました。
でも、そうした村にこそ、非常に限られた財源でも意欲的な行政運営をしている村長の方がいて、村会議員の方がいて、そして、村民の方がいらっしゃいました。
この横浜。378万人の現在人口です。
でも、378万人の人口の方々、相鉄線の沿線のかたも、根岸線の沿線のかたも、あるいは東横線や田園都市線の沿線のかたも、みな等しく横浜の市民です。

そして、横浜の市民であることに、本来、誇りを抱いてらっしゃる方々です。
わたくしは、今から6年前から、地元のFM局、FM横浜で音楽の番組を、わたくしが選曲をして、
わたしがお話をさせていただくとおり「たまらなく、AOR」という番組を続けてまいりました。
収録で中区のスタジオにうかがって、若いスタッフと、終わった後、今のようなコロナの状況ではありませんので、一緒に食事をしたりしてお話をしていく。
学生時代の友達で、横浜に家を建てている友達も何人もおりまして、そうした人たちにも、時には会って話をする。

すると、横浜が魅力的である部分と、一方で、福祉や医療や教育の分野で、横浜のまだ改めなければいけないところ、他の政令市に比べると、遅れているところがたくさんあるということを、彼らが述べ、彼女らが述べ、そしてわたくしは、そのことを皆さんが、同じ税金を払っていて変えたいと思ってらっしゃるのならば、わたくしの、信州の長野県での取組みを活かして、この378万人、全国でもっとも大きな政令指定都市が、そこに暮らす方々にとって、よりよい福祉や医療や教育にしようではないか。そのように友達とも語らい、今回立候補いたしました。
いま、上飯田の、北上飯田の保育園のお話をいたしました。
横浜には、待機児童と呼ばれる保育施設に入ることができないお子さんは、わずか16人しかいないと、市のホームページには書いてあります。

他方で、保留児童という横浜だけが使っている言葉があります。
これは、保育の施設に入ることができなくて、その保護者のかた、保護者の方は男性であったり女性であったりしますが、保護者の方が、育児休暇をもう1年延長して育児をしている、ご自宅で。
あるいは、育児休暇が、延長のできない職場だったので、お仕事を一旦やめて休職をしてらっしゃる。
こうした方々のお子さん、というのが、市のホームページには、2842人も存在すると書いてあります。

でもこれは待機児童の中に含まれていないんですね。
なんと呼んでいるか。保留児童と呼んでいます。
でも、保留児童という言葉を使っているのは、日本全体の1747ある市区町村の中で、横浜だけです。
横浜だけが、本来、他の自治体は待機児童として扱い、そして待機児童の解消を目指しているのに
横浜は最初(ハナ)からその人たちは、なかったことにして保留児童と呼んでおります。
わたくしは、信州長野県のときにも、長野県は非常に働き者の女性が多いので、保育の施設の充実が急務でした。
そして、保育園も、あるいはお年寄りのデイサービスも、今までの日本の制度では、今もほとんどそうですが、新築の場合にはじめて、保育の施設を作ることに補助金が出るんですよ。
でもね、新しい建物を保育のを作ることだったら、それは箱物行政です。
わたくしは、長野県のときに、車座集会というのをよく行いました。
すると、ある一人の青年が手を挙げて、「私は、社会福祉協議会にいたんだけれども、おじいちゃんおばあちゃんのデイサービス、商店街のああいったおうちを使って、集落の中の空いたおうちを使って、デイサービスをわれわれ始めたんです」と。

ところが、100平米以上のおうちだと、中に、あの緑色の非常口のランプをつけなきゃいけない、台所は防火にしなきゃいけない、「田中さん、400万500万かかるんですよ」と言われました。
わたくしは、車座集会のあと、その彼らが運営をしている場所、彼らはそれを宅老所、自宅の雰囲気の中で、お年寄りがデイサービスを受けられる、宅老所と呼んでました。
見に行きまして、県がそこに、お金を600万700万当初から支援をするようにしました。
国のお金は出ません。

財政再建をする長野県は、けれども、福祉や医療や教育は、人が人のお世話をして初めて成り立つ領域ですから、そこにこそわたくしは、限られた財源でも投入しようと思って、宅幼老所というものを支援しました。
すると、ある福祉を担当している県の女性の職員が「長野県は女性の働く率が全国もっとも高いから、そこにひとり、保育士を加配をすれば、宅幼老所、自宅の宅、に、幼稚園の幼に、老人の老に子供、宅幼老所になるじゃないですか」といいました。
結果的に、わたくしの在任6年間で、県内に、350カ所、こうした宅幼老所ができました。
それはなにか。
おじいちゃんおばあちゃんと小さなお子さんが一緒にお昼ご飯を食べて、一緒にお昼寝をする、
そして、家から遠く離れてバスで通園するのではなくて、歩いていける場所、世代分断型ではなくて、地域分散型の福祉のありかたです。

国は、その後、わたくしが国会議員になって、この制度を国の制度にしましょうと言いました。
厚生労働省の現場の職員も理解をしてくれて、国の制度として認められました。
小規模多機能型といいます。
でもね、なかなか増えないんです。
なんでか。
統一したパンフレットが無いんです。
老人のことをやるのが、ま、老健局ってところ、乳幼児のことやるのは青年局、あるいは障碍をお持ちのお子さんたちは、障碍の部署、縦割り行政なんですね。だから、統一したパンフレットを作ろうとしない。
でも、リーダーが、大臣が、あるいは幹部が、「これはいいことだから、一緒にパンフレットを作ろう」といえば、いろんな自治体が取り入れられます。
長野県が行ってたことを知っている自治体の方々、あるいはそうした市町村長は、「うちもやりたい」とおっしゃってきた。
わたくしは、横浜の状況が、長野県とは、個々は違うかもしれません。
でも、基本的には、ぬくもりのあるおうちで、昼間から地域の中に笑い声がする、そうした宅幼老所の精神というものを、この横浜市でも導入してまいりたいと思ってます。

先日、保育園、そしてこども園の園長会の責任者を務めてらっしゃる何人かの方がわたくしに連絡を取ってまいりました。
わたくしが、出馬表明をホテルニューグランドでした動画をご覧になって、そして、わたくしが長野県でやってたことをホームページでご覧になって、「ぜひ、横浜でも保育の充実を図りたい」とおっしゃってる。

横浜は、皆さん、保育施設はたっくさんあるんです。
たくさんあるんですが、いま言ったように2842人プラス16人が、国の基準で言えば、待機児童のままでいるんです。
どうしてか。

0歳から3歳までのお子さんを、国の制度では、小規模保育というのがあって、これには国の補助制度もあります。
しかし、お越しになった方々が一様におっしゃるのは「横浜市は、そうしたせっかく国の制度があっても、0歳から3歳のお子さんのところのその補助制度をあまり活用していない」とおっしゃる。
「ぜひそうしたことを一緒に行って、私たちの保育施設、あるいはこども園が、ひとりでも多くのかたが受け入れられるようにしたい」というふうにおっしゃいました。
横浜市は実は保健所がたった1個しかありません。
34階建ての中区の市役所の中にしかありません。
むろん、皆さんも、泉区やあるいはお近くの栄区にも、区役所の中に福祉や年金やそうしたことを扱う部署はあります。

でも、その各区には予算が無いんですね。
市役所がぜーんぶ市役所だけで予算を作ってんです。
皆さんのご家族がお勤めの会社も、本社は大きな方針は立てるかもしれません。
でも各関連会社や各事業所が、それぞれ実情に応じて予算を立ててるはずです。
わたしは、18の区の優秀な意欲のある職員が、現場の実情に応じて予算をある程度立てられるように、仕組みを変えなくてはいけないと思っております。

皆さんのお子さんで中学校に通ってらっしゃる方、あるいはいま小学校で来年から中学だという方は、20ある、全国に20ある政令市の中で、横浜だけが給食が中学校で行われていないと言うことを知って、少しがっかりされてると思います。

横浜は、ハマ弁という、冷たいお弁当を始めました。
でも、去年、中学生の0.1%しかとっていないんだと。
そりゃそうですよ。そんな冷たいお弁当。

そしたら、この4月からは冷たいお弁当のハマ弁を容器だけはとっても立派にして、業者の人が外部から持って来て、デリバリー型給食という名前にしたので給食ですと言ってます。
でも、温かいものを温かく届くのがデリバリーのピザだけじゃなくて、デリバリーの、まあ、お寿司は冷たいですけど、ウナギだって、見栄はってウナギとった場合に、デリバリーは温かいものは温かいはずです。

わたくしは、すべての中学校に、温かい完全給食を速やかに導入してまいります。
それはどのように行うのか。
すぐに給食室は作れない。とするならば、そばには必ず公立の小学校があります。
その小学校の給食室を少し拡充をして、スタッフも増やして、すべての中学校で、温かい完全給食を出す。

その後に計画を立てて、すべての中学校で、自校給食、その学校の中に給食室がある形にする。
このことを実現してまいります。
他の自治体ではできてるんです。
19ある政令市の中には、北九州のように面積も狭くて住居が密集していて、学校の敷地も狭いところもあります。
なんで他の政令市19ではできて、お隣の川崎も含めて、横浜だけができないんでしょう?
このことを実現してまいります。
上瀬谷という場所、皆さん、お隣の瀬谷区があるのでご存知だと思います。
上瀬谷は、米軍の、今も米軍のヘリコプターが空を飛んでいきましたが、米軍の通信施設があった場所で、ここは東京ドームに換算すると51個分なんですね。

この51個分のところに、いま、横浜市は大きなショッピングセンターや大きなマンション群を作ると言ってます。
でもわたしは、この場所にこそ、少なくともその北半分の東京ドーム25個分のところに、消防と救急、あるいは医療と保健の統合型のレスキュー拠点というものを作るべきだと思ってます。
というのはですね、皆さんも、消防と救急の人って行政の中では、良い意味で、人間の体温が高い人なんですよ。
現場の警察のかたは皆さん元気かもしれない。
一生懸命やってても。

でも、警察は往々にして法律がこうだから従いなさいと有無を言わさず言いますよね。
そういう、ま、仕組みなんです。
行政も前例がないからできませんてことを、たぶん福祉の現場でも必ず言われる。
でも、どんなに悲惨な交通事故でも、どんなに悲惨な火事でも、前例と同じように起きるということは世の中にはないです。

でも、消防と救急の人は、チームワークを組んで、前例がなくても人を救うために動くんです。
県というのは消防救急が基礎自治体なので、市区町村が行うので持っていませんが、消防学校という訓練施設は、長野県にありました。
県内の市町村から消防や救急の人が訓練にきて泊りがけで行う、私はそうした場所にも出かけて、車座集会をやって一緒にお話をお聞きしました。
すると、この人たちは、よい意味で、行政の中では人が人を救う、3.11のとき自衛隊の方々が前例がなくても、チームワークで人を救うということで距離が近づいたように、消防や救急の意識というものはとても貴いものです。

上瀬谷の地区には皆さんご存知のように国道16号線がすぐ横を通っています。このそば通っている環状4号線も通ってます。
そして東名高速の横浜町田インターも近くにあります。
市内全域に行ける場所なんです。
あるいは何か災害列島で他の地域が大変なことになったときに、横浜の消防や救急が良い意味でお手伝いにいくことができる
拠点もできる。
わたしは、その場所にそうした消防と救急、医療と保健の拠点を作って、そして、横浜の消防救急だけではなくて、保険や医療も、市役所のなかの1カ所にしか保健所が無い、こうしたことを変えてまいりたいと思っております。

冒頭あるいは申し上げたかもしれないけど、横浜は93万人の65歳以上の方がいますが、その3分の1のかた、お一人暮らしです。
私も中区の住民になって車で走ってると、南区のあた(り?)の坂があるところにバス停からずっと買い物の荷物を持って坂を上がって、2階建てのおうちに入っていかれる方がいます。
わたしは、そういう方をケアするのは、先ほども、お目にかかったのですが、地域の民生委員のかた、あるいは保健師のかたです。
わたくしは、保健師の増員、そして、民生委員の待遇改善を行いたいと思っております。

 

この場所を今日選ばせていただいたのは、もう皆さんご存知のように、県営いちょう団地には、多くの日本以外で生まれられた、けれども、この日本の地で働くということを夢見て、そして、定住をされて、新たな命も生まれて、この町に住んでらっしゃる方々がいらっしゃいます。
わたくしも、この場所は、まあ、ベトナム料理店があったりすることで、幾度か訪れたことはあります。

皆さんに比べれば、まだここの知識は少ないかもしれませんが、10数か国のアジアをはじめとする方々が、私たちと同じ、日本で生まれ育った私たちと同じ、よい意味で真っ当に働き学び暮らしてる方々がここにいらっしゃる、そして、大変に素晴らしいことには、この県営いちょう団地の自治会の方々は、新たな住民も分け隔てなく受け入れて、もちろん、人間は、いろんな習慣が、ごみの出しかたや、あるいは、家でちょっと飲み会をするときも、いろいろ習慣は違うかもしれません。
当初は戸惑ったことがあったとしても、同じ横浜に生きる人間として、その方々と話し合い、そして、よい意味でのこのいちょう団地が構成されてると思います。
行政や政府は、多文化共生とかですね、多文化社会とかいう言葉を使います。

でも、そんな言葉を使わなくても、わたくしは、この町には、そうした人の体温が伝わるものがある。
それは、消防や救急のかたが人を救うためにチームワークを組むことと同じだと思っています。
選挙戦の4日目にこの場所を選ばせていただいたのは、わたくしは、長野県は120も市町村があって、いちばん北の栄村で雪が降ってるときには、いちばん南の天龍村は静岡県と接してますから、みかんの芽が出始めているというような全国4番目の広さでした。

でもわたしは、そうした小さな村にこそ自立的に生きてる村民がいる。
わたくしは、大きな町だけでなくて、そうした場所も同じ税金を払ってるのならば、その人たちの願いを実現することが行政だと思って行ってきました。
この場所で、今日、お昼間、話をさせていただくということを、ま、皆さん、あのTwitterとかホームページとか、今、インターネットというのでいろいろと告知がある。
そうすると、ある方が、わたくしに直接のメールで「なんでおまえはそんな、横浜の選挙4日目はもっと人口が多い場所やもっと繁華街や4日目はそういうところを回るんじゃねえの?」と書いてきた人がいたの。

いや、意地悪な人じゃなくて、彼は、より多くの人に伝えなきゃって、「田中康夫の考え良いから、より多くの人にもっと伝えるには繁華街行ったら?」って意味で書いてきたんです。
わたしは、ちょっとそれは違うと思うんです。
ひとりひとりに人間の体温があって、ひとりひとりに喜怒哀楽があります。
アメリカという国は、まあ、ここにもベトナムからいらっしゃった方がいますけど、ベトナム戦争というものを、ある意味じゃ、アメリカが仕掛けた。

アメリカの人も多く傷ついた。ベトナムの人も大きく傷つきました。
で、ベトナム戦争を行ったのは、ま、民主党系だったんですね、実は。
民主党のジョン・F・ケネディのときから泥沼になってったんですが、そして、リチャード・ニクソンという共和党系の人のときに戦争がほぼ終わっていくんですが、カリフォルニア州って、まあ、皆さん、サンフランシスコとかロサンゼルスがあるところ、カリフォルニア州ってのは、アメリカではいわゆる、あの、ブルーステートといって青いところで、民主党系の政党の地盤と言われてんです。
でも、このカリフォルニアの中に共和党系が強い場所があって、ここはオレンジ郡、アメリカ膨大に広いんですけど、カリフォルニアの中にオレンジカウンティっていうのがあります。
ここにある空港は、ジョン・F・ケネディ空港っていうんですね。
ジョン・F・ケネディは、もう共和党の熱烈な支持者でした。
ですから、カリフォルニアの中では、めずらしくレッドステート、共和党、ま、共和党というのはどっちか、いわゆるこないだまでドナルド・トランプって人を応援してたのが共和党です。
今のジョー・バイデンという人を応援してんのがブルーステートの民主党です。
でも、このオレンジカウンティの中に、ベトナムの人たちを受け入れた地域があるんです。ウェストミンスター地区という場所です。
わたしはまだ30になるかどうかの頃かな、1990年の前にカリフォルニアに行ったときに、ぜひその場所を訪れてみたいと思いました。

なぜか。

皆さん、あの、アメリカに行っても、チャイナタウンってのが、ま、横浜にも中華街があるように、あるいは、コーリャンタウンっていう韓国系の地区、あるいは、いわゆる日本のですね、あの、ロサンゼルスなんかでも日本の村、みんな、海外から来た人は同じような場所に住むんですけど、
基本的にベトナムからいらっしゃった方々ってのは、ベトナム村みたいなものはアメリカにないんですよね。

皆さん、それぞれの地域に溶け込んで暮らしてらっしゃるんです。
ところが、このオレンジカウンティの中のウェストミンスター地区というところだけはベトナムのかたが住んでる。
でも、まあ、カリフォルニアですから、ほーんとに緑の芝生があって、白いおうちで、というような場所です。
じゃ、なんでその共和党系のベトナム戦争を終結はさせたけども、わりあいそのあとも湾岸戦争とかがんごんやった人たちの地域に、ベトナムの人が住んでんのかというと、ベトナム戦争が終わった後アメリカの人も傷ついた。でも、もっとベトナムの人は傷ついた。
そして、ベトナムから希望を求めてアメリカにいらっしゃった方々を、われわれの地域、それは土地が広かったかもしれませんが、やはりわれわれの地域に、ベトナムの人を受け入れようと言って、
よい意味で、ベトナムの方々が住む一画が、ウェストミンスター地区というのが、カリフォルニア州のオレンジカウンティという中にあります。

わたくしは、この場所をまだ当時わたくしが30歳になったくらいのころに訪れて非常に感銘を受けた記憶があります。
アメリカと日本は形が違うかもしれないけど、いま、このいちょう団地の方々は、行政がきちんと手立てをして行ったのではなくて、皆さんがこの町に来たときに、地域の自治会の人たちが一緒に話し合って、ある意味では、そのアメリカのウェストミンスター地区と同じような形で、共存共栄するということを行ってきたんだと思います。

横浜は中華街も含めて、日本でいちばん最初に日米和親条約で世界に開いた国です。
でも、皆さん、今どうですか?
日本は開国をしたはずなのに、開く国をしたはずなのに、政治も経済も社会もしっちゃかめっちゃかで、「かいこく」の「かい」が、壊すという破壊の「壊」のような「かいこく」になっていませんか?
野党にずっと1票を入れてきた人だけじゃなくて、与党にずっと1票を入れてきた人も、こんな日本で、日本の未来や子供は大丈夫かと思ってらっしゃる。
それは横浜にいらっしゃる方も同じだと思います。

わたくしは、もっとも世界で最初に開いたこの横浜の地から、改める国の「改国」ということを行う、それが、今回の横浜市長選だと思ってます。

 

わたくし、田中康夫には、大きな既存政党や大きな労働組合や大きな利益団体はひとつもついていません。
よく選挙事務所には、皆さん、あの、テレビとかが映すと、為書きといって、ナントカサンって人が「祝必勝」って書いた模造紙が貼ってありますよね。
あれ1枚もうちにはありません。
どなたかが写真を撮って選挙事務所にボランティアの方がいらっしゃるので書いたら、なかにし礼さんっていう、去年の暮れに亡くなった、立派な作詞家で作曲家の方が、わたくしのことを非常に評価してくださっていて、わたくしの、あの何年か前の本の帯を書いて下さったときに、田中康夫というのはこういう人だっていう文章を書いて下さったのを、奥様の由利子さんのお許しをいただいてですね、あの、貼ってあります。それだけです。

でもわたしは、本当にしがらみのない人たちが、でもそれは大きな組織にいてもこの日本って大丈夫かと思ってらっしゃる方々が、22日の投票日には、ひとりの人間として、どこの組織に属してるに関係なく、この横浜をよりよくしよう。そして、この横浜から、閉塞感に覆われてしまっている日本を変える一歩となるならば、それこそが日米和親条約で世界に開かれた横浜が21世紀の日本の新しい道のりを示すということだと。

その思いの方々、わたくしの友人もそうした思いでおまえは選挙に出ろとおっしゃり、わたくしも、この横浜を、今までの至らぬわたしの、長野県知事や参議院議員や国会議員衆議院議員の経験を活かして、あるいは、その失敗を繰り返さないようにして、皆さんと一緒に、横浜にいて良かったと胸を張れるような街にしてまいりたいと思います。

 

いま、こちらにチラシを皆さんにお渡しをいたしました。
「田中康夫には答えがあります」と書いてあります。
行政は、皆さん、先に税金をちょうだいすんですよ。
皆さんはお買い物するときに、いい商品でいい接客だからあとからお金を払いますよね。
行政は先にお金を取っちゃうんですよ。
何に使うかも言いません。

でも、何に使うかも言わないのに税金を取んのはなぜかといったら、民間ではできないけれども、道路の修繕だって、民間は採算取れないっていうからやりませんよ。水道だって同じことです。イギリスやフランスが民営化したら、採算取れないからって、どんどん水道料金が上がって、災害があったとき、こないだもドイツで多くの方が洪水で亡くなった、民間だと給水車も出さないわけです。被災地に。
親方日の丸はいけません。でもわたくしは、水道料金が今回値上げされたのは、行政のはっきり言って怠慢だと思ってます。

だって水道管が傷んでくることはわかりきってた事でしょ。
皆さんが住んでらっしゃる、あるいはこの近くでお子さんが住んでらっしゃるマンションだって、買ったマンションは修繕費っていうのをずっと積み立ててるでしょ?
何年に1回は修繕しなきゃいけないんです。

そして横浜は、3.9兆円も、皆さん、予算があるんです。
日本の中でもっとも予算が多い東京都に次いで、もっとも多いのがこの横浜市です。
努力すればできるはずです。

なぜって、わたしは長野県で大借金で、財政再建団体だってときに、職員と県民の理解を得て、6年連続借金を923億円減らして、そして、逆にそこで生まれたお金で、小学校30人学級を6年生まで全国で最初にやった。

今は中学校まで全部30人学級です。
福祉や医療や教育は、人が人のお世話をして初めて成り立つから、それは地域に雇用を生むんです。
地域に確かさや安心を与えるんです。
今までの政治の発想を変えなければ、わたくしは、この日本は、皆さんの願いとは裏腹に滅亡してっちゃうんじゃないかと思う。

その象徴的なのが、中学の給食もない、待機児童16人といいながら2800、正確に言わないと怒られちゃうんで、2842人もその他の人を保留児童と呼んでいる、というこの横浜だと思います。
その横浜を、皆さんと一緒に、18区ごとにきちんと予算を作って、そして皆さんの願いが実現する、そのためにわたしが一緒に働かせていただけるのならば、それはわたしにとってとてもありがたいことだと思ってます。

その他、このパンフに入ってます。

皆さんも最近あの、お年召してても、スマートフォンとかご利用になるんでここからQRコードというものを見ると、わたしがほかで話したことや、より詳しく、あの、内容が載っています。
大変に暑い中、長時間にわたってお話してすいません。
これだけ距離があるので、今はマスクを取ってますが、この後皆さんのところにご挨拶に行って、あの、組織がありませんので、皆さん、おひとりひとりがいい意味での伝道師です。
きょう話を聞いた中で「田中ちょっとこんなことはいいこと言ってたよ」ってゆうのがあればお伝えいただくためにこのチラシをもって、そちらにご挨拶に伺いますので、上飯田の地から、横浜も全体をよりよくするその街頭演説にさしていただければと思います。

どうも長時間にわたってありがとうございました。

及川健二によるインタビュー

「何か一言あれば」
あの、先ほどお話したとおり、わたしは、ひとり1票ですと言ってるのにね、大きな票田とか大きな組織とかいう発想で捉えるメディアのありかたってのがそもそも変でしょ?
で、こないだ言ったかな、サンデー毎日のインタビューで言ったけど、わたしのことを評価してくれた城山三郎さんが、「無所属の時間で生きる」っていう本があるんだ。
で、これは何かと、晩年のエッセイで、みんな無所属だ、と。
大きな会社に勤めて年賀状いっぱいもらってた人が、定年退職したら、あるいは役員でも退職したら急に年賀状減っちゃうと。
ガックリしちゃうと。宴会やゴルフもガックリ減っちゃったと。

でも今まで会社人間だったから、家に居場所がない。
その人たちがハタと気が付くのが、「じゃあ、地域還元なんて思い上がった言葉じゃなくて、地元のこと、やろう」。

それはね、城山三郎さんも言ってたのが、イマヌエル・カントが言ってんだけど、パブリック、つまり、公務員だけじゃなくて普通に働いている人も働いている時間はパブリックな時間なんだよね。
パブリックな時間にもっとも実は人間は保身というプライベートを考えてる。
いま問題になってる東芝とかだって個々の社員はこの経営でいいのかとこんな決算でいいのかと思ってたのにそんなこと言ったらじぶんが左遷されちゃう。逆にマスコミに騒がれちゃう。
パブリックな時間にもっとも保身ということなかれのプライベートを考える。
ところがその人たちが家に帰ったら、テレビ観ながら、たぶん今まで与党にずっと入れてきた方だって、いいのかこの政治でと?

家ではビール飲めるから管巻いてる、でもその人たちが、地域の人とあったときには、コロナであろうとなかろうと、今年の夏まつりはどうやるのか。
ちょっと考えようと。あるいはこどもたちが、隣の町まで通う高等学校のバスの発車時間をもう10分早めたほうがいいんじゃないかとか、プライベートなときに、もっとも社会のパブリックなことを考える。

でもそれはみんながひとりひとり、どんな組織にいようとイデオロギーとか立場関係なく、無所属の時間なんです。

わたしは今回の選挙は、政権与党を支持している人ほど、このいまの日本の政治と経済と社会で平気かと、子供に語り継げる、渡せるかではなくて、今も大丈夫か?と思ってる。
やっぱその人たちが、オリンピックという、トンマス・バッカちゃんという人が、人の命より金の力だと嘯いて、銀座の街にお出かけになって、飲食店いじめで8時で店閉めろ酒は出すなといいながら、24時間、選手村では酒池肉林のお酒が出てた?

そのオリンピックが終わってパラリンピックが始まる2日前が投開票日で、そして、4年前にはカジノは白紙と言っていた現職市長が、その2年後のつまり今から2年前には「やっぱりカジノは必要です」といったのが8月22日。

その8月22日が投開票日。
オリンピックの閉会式が行われた日が選挙の初日なんです。
わたしは、このお盆を挟んでの横浜の市長選は、日本最大の政令市の選挙というのは日本全体の未来を決めると言ったら大袈裟だけどそういう一歩の日だと思っています。
そのときはやっぱりどんな立場であってもイデオロギーの時代じゃないの。
イデオロギーは大事なこと。
だけど全部の国が、アメリカ、イギ、中国だって中南海という上から目線の一党独裁のところで、国家資本主義じゃないですか。

アメリカだってウォールストリートという、一部の資本家の株主資本主義なんだよ。
でもね、それに対して公益資本主義って言ってたの。公の資本主義。
でも、日本は、「公」って字は公共事業って言葉つかうんで、「公」=官僚の「官」と一緒だと早とちりしちゃうんだよね。

で、そうすっと、じゃ、納税者資本主義だっつった人がいたの。
でも、子供は納税してないんだよ。
でもね、おれはこないだ原稿でホームページに載っけてるけど消費者資本主義じゃないのか。

だって全員が、皇室の人だって、政治家の人だって、小さい赤ちゃんだって消費者なんだよ。
息をしてる人はみんな。消費者に基づいて供給側でなく、自分も供給側も消費者なんだから。
消費側の希望に根差して世の中をよりよく資本主義の中で変えていく。
資本主義が世界中席巻してんのは、社会主義が潰えたわけでも何でもない。
社会主義の中で本来言ってたことをきちんと行う、それは266代のローマ教皇フランシスコが述べてることと同じだと思う。

そこまで考えないにしても、今の日本で平気かと考える人たちが、今回の横浜市長選で、横浜という、今まで巨大な街だけど、沈黙をしていた、横浜ナンバーの車だからちょっと誇らしいかなと思ってた人がカジノをきっかけに、福祉も教育も医療も横浜胸張れないじゃないかと言う人たちが、それを一緒に変えるんだと。

わたしの母親のセリフを冒頭、こないだ言ったけど、2000年の10月に知事になったときに「康夫、おまえは人から仕えられる存在ではなくて、人々に仕える立場であることを忘れぬように」って言われた。

わたしはその言葉を至らなくても胸に刻みたいと思うし、そういうことに共感してくれる方が無所属の時間として、大きな政党や組合や団体とは無縁の、わたしと一緒に、横浜から日本を1歩でも2歩でも良くしようと思っていただけることを言う。
米軍のヘリコプターが厚木から飛んできてこの上空、でもそれの上飯田のいちょう団地は、十数か国の人たちが難民あるいは働きに来て定住した方々を、ここの元から住んでいた団地の人たちが老いても一緒に生活の習慣が違っても話し合って共存していく、それは行政が言う多文化社会だの
多文化共存だの絵空事の机上の空論とは違う現実がある。
それが、横浜市の最も西の南にある、わたしは、この町で行ってきてることを皆が共有することがとても大事だと思ってこの場所を選びました。

 

ま、そんなことで、話が長いって、オイケンのビデオをザッピングしながら見るような人は言うと思うけど、なげえって思うんなら、君らもなんかひとりひとりができるときにできることをできるところでできうる限り行うってのが世の中だからヨロピクね♡

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