米朝首脳会談は6月12日シンガポールに決定。めまぐるしく展開する北朝鮮情勢をどう読み解くか?by 藤原敏史

日米首脳会談でトランプが安倍に、在韓米軍を撤退させる可能性を示唆し、安倍が猛烈に反対したらしい。この5月4日の読売新聞のスクープを、他の大手報道機関、特にテレビはほとんど無視している。

安倍の反応が国内的には一応批判が集まるものなので、日本の大手メディアが逃げるのも分からないでもないが、これ自体は今さら驚くようなことでもない。安倍政権は米朝対話に反対だったし、とにかく「最大の圧力」にひたすらこだわり続けていることからも分かるように、朝鮮半島の緊張状態の継続かさらなる悪化を望んでいる。北朝鮮を敵視どころか悪魔視し続けられる方が政権維持に有利なので、トランプの「あらゆるカードがテーブル上に」発言に武力行使を期待していたほどだった。

それに北朝鮮をもう敵視しないから在韓米軍を撤退させるというのなら、同じ論理は在日米軍にも適用されるかも知れない。トランプは元々選挙公約で在日米軍の縮小すら匂わせていて、就任当初にはその撤退をチラつかせて日本政府の負担を増やすよう要求して来るのではないか、という不安が日本の政界を揺さぶっていた。対米従属で「アメリカに守ってもらう」という安心感を暗黙の政権基盤として来た安倍政権(というか、歴代自民党政権には大なり小なり同じような傾向があった)にとって、この議論の再燃は致命的だ。

しかも今回は単なるカネの問題、つまり日本がアメリカ製の高価な武器を買ったり思いやり予算を増やすことで切り抜けられる議論では済まない。「必要ない」、だから「撤退」が在韓米軍だけでなく在日米軍にも適用されるのではないかと安倍が不安を覚えて慌てて反対したのは完全に想定の範囲内だし、そもそも安倍もやっと話を合わせるようになって来た「北朝鮮の核放棄」ではなく「朝鮮半島の非核化」なら、日本や韓国にアメリカが提供して来た「核の傘」はなくなってもおかしくないのも理の当然だ。

在韓米軍の撤退の可能性すら安倍に示唆していたトランプの真意

むしろ政治外交のニュースとしてこのスクープに価値があるのは、そんな安倍にわざわざトランプが在韓米軍撤退の可能性を示唆したことの方だ。

安倍の反発が分かっていてあえてそのボールを投げてみせて、いわば「反対を引き出した」ようなジェスチャーは、この交渉で日本を完全に蚊帳の外に置くことの最終確認のような意味合いを持っていたとみなすのが今のところ妥当だろう。この首脳会談自体が、北朝鮮問題についてはトランプが「俺が決めることだから安倍は口を出すな」と言うメッセージだったことは、以前にも本サイトの記事で指摘した通りだ。

第二次安倍政権になってから日中関係の悪化が続いて来たが、実に2年半ぶりになる日中韓三ヶ国首脳会談を東京で開催することで外交的な「窮地」の克服というか、要するにあまりに「蚊帳の外」状態があからさまでは国内での立場も危うくなり、訪米した拉致被害者の家族会からも全日程終了後の会見で他国頼りの安倍がなにもやっていないことに痛烈な批判が飛び出したり、横田早紀江さんも安倍と金正恩が直接対話することでしか拉致問題は解決しないとの発言し、これまで安倍の最大の人気取りカードだった「拉致の安倍」偽装(つまり、実は何もやっていないし、できない)が崩れつつある状況の挽回を狙ったつもりだったはずが、まったくの空振りに終わったどころか、逆に安倍の「蚊帳の外」っぷりでは済まない「邪魔者扱い」の結果になった。

なにしろその前日に金正恩が再び電撃訪中していて習近平と首脳会談をしていたことを中国が明らかにし、トランプがその習近平と電話会談を行うことをわざわざツイッターで公表、立て続けに国務長官に就任したマイク・ポンペオを平壌に派遣したのだ。日本が参加する会談には対北朝鮮交渉においてなんの意味もないのだと、今度は中国とアメリカと、そして北朝鮮の結託で証明されたに近い。しかも三国共同宣言の採択が夜中までずれ込んだのも「日本が歴史問題で中国と対立している」と韓国に暴露されるオマケまで付けられてしまった。

金正恩とトランプのこれからの交渉は決して生易しいものではないし、そこには中国の利害も深く絡んで極めて複雑なものになるだろう。ロシアがどう介入して来るのかもまだ読めない。

だが韓国も含めてこれら日本以外の関係各国の利害は、一点で完全に一致している。この一連の交渉で北東アジアの安全保障状況がある程度は改善に向かうことが確定的になるまでは日本は排除する、安倍に邪魔はさせない、というところだ。

見るからにチグハグな日中韓サミットで確定した「安倍は無視」

もっとも、今回の日中韓サミットに主席の習近平ではなく李克強首相が来日したことからして、中国が日本と北朝鮮問題を話し合う気がないことは最初から明白だった。

李首相の担当は主に経済で、軍事安全保障や外交マターならば習近平が来なければ話が始まらない。なのに李首相を派遣したということは、中南海が日中関係について政治的・外交的な正常化をもはや諦めていて(安倍が口先では「友好」を言いつつ中国を逆恨みし続ける歴史修正主義者の本性を隠そうともせず挑発すら繰り返して来たのだから当然ではある)、日中の密接な経済関係という実利にしかもはや関心がなく、スキャンダルまみれの安倍政権がこのまま続くとも思えないからとりあえず次期政権が多少はまともになることを期待しつつの関係改善の儀礼的アピールくらいにしか、この三国サミットを見ていないという意思表示が露骨だ。

三首脳のまったくチグハグな共同会見でも、李克強はひたすら日中韓の密接な経済関係を強調し、三国間の自由貿易の尊重を提唱してトランプの保護主義を牽制することで日米間の利害の不一致(にも関わらず安倍政権がトランプにひたすら媚を売るだけであること)も同時にあてこすってみせた。同日の午後には予定外の中韓首脳会談も行われ、その場で中韓両首脳が午前中の会見で安倍が言ったことを事実上ことごとく否定してみせてまでいる。

さらに三国の共同宣言の発表が、歴史問題を巡る日中の意見の相違で発表がズレ込んでいると韓国が報道にリークしたのも極めて象徴的だ。一方では「完全かつ検証可能な不可逆的な非核化」というアメリカがこれまで使って来た文言を入れるかどうかでも、中国が反対したという日本の官邸筋の情報もある。なんとかアメリカと中国の間にクサビを打ち込みたくて日本側が流したデマなのかも知れないが、結局は韓国が日本の説得・調整に回って文面は「完全な」だけになり、共同会見で安倍が主張した「圧力で一致」も言及がなくなってしまった。中国が日本を牽制しているか、韓国(とアメリカ)が中国を動かして日本を黙らそうとしたのか、どちらにしても日本の蚊帳の外っぷりどころか邪魔者扱いが際立つし、それも事前に計算された演出だったと考えておいた方が無難だ。

それにしても、この日中韓サミットの前日にわざわざ金正恩と二度目の会談があったことの発表を持って来るとは、中国の対日(というか対安倍)ダメ押しアピールも相当なものだ。恐らく(というかほぼ確実に)今回の金正恩の訪中は、5月2日3日に訪朝したばかりの王毅外務大臣が、その時に日程も含めて要請したものだろう。南北首脳会談の「板門店宣言」の文面では、王毅氏が平壌で金正恩に会っただけでは習近平の不安をぬぐい切れず体面も立たなかったのが、容易に想像がつくのだ。

金正恩二度目の電撃訪中は習近平の希望

習近平にとって大問題だったのは「板門店共同宣言」における中国の扱いだ。今年中に朝鮮戦争を正式に終結させる、という第一項目の中で、韓国と北朝鮮はわざわざ自分たちとアメリカの三ヶ国でとまず書き、そこに続けて、あるいは中国を加えた四ヶ国での話し合いを呼びかけていた。

わざわざ中国抜きの交渉もあり得るかのような言い方をしていたのは、あからさまに習近平に向けたジャブであり、トランプがこの宣言について(わざわざ)極めて肯定的なツイートを繰り返し、その中で(これまたわざわざ)習近平の貢献も忘れないでくれ、と援護射撃までやったことは、事態が南北朝鮮とアメリカの三ヶ国のいわば「出来レース」で進んでいる可能性を強く示唆しつつ、中国が積極的に参加せざるを得ない状況を(まさに、わざわざ、しらじらしいまでに)演出していた。

中国としては朝鮮半島の問題解決がアメリカ主導で進行してしまってはアジア圏の盟主というか、日本の外交的地位が安倍政権の5年間でどうどん凋落した結果この地域の単一覇権国の地位を確立しつつあるのに、そのメンツが丸潰れになる。一方アメリカにとっても、中国の積極的な関与なしには安定した「朝鮮半島の非核化」は実現不可能だと理解しているが、かと言って中国に本気で主導権を握られては、韓国の仲介で金正恩とのあいだで進めて来た枠組みをぶち壊しにされる可能性もある。

元々今の和解・対話モードは、中国が北朝鮮に対する影響力を完全に失っていたことをトランプが理解して、中国の仲介ではなく自らが乗り出す米朝直接交渉を昨年5〜6月には模索し始めたことと、金正恩の側でもそうやってトランプを交渉の場に出て来させようという思惑が最初からあって核開発を急進展させた、その両者の思惑がオリンピックに合わせて一致した(というか、金正恩がそう計算した)、そのタイミングに韓国が乗ったことで始まっている。トランプにとっても金正恩にとっても、中国はいずれ巻き込まなければならないが、主導権を取らせるわけにはいかない。

「朝鮮半島の非核化」に中国の積極関与を確定させた金正恩

トランプ以上に金正恩にとってこそ、北朝鮮が中国の属国・保護国のような立場に戻ってしまうことだけは絶対に避けたいものだ。だから「板門店宣言」には、あえて中国抜きでも話が進展するかもしれないかのような文面が加えられたのだろうし、こうして王毅外相が訪朝しただけでは済まない問題をあえて提起しておいて、中国が自分を訪中させるよう仕向け、そこで自らが説明することで中国のコミットメントを確保し巻き込もうという計算が、南北首脳会談の時点ですでにあったのだろう。

大連で、5月7日・8日にかけて、というのも、9日に東京で行われる日中韓サミットの直前というだけでなく、様々な意味で実に絶妙なタイミングだった。習近平が金正恩に「説明しに北京に来い」と命じたような格好になってしまえば、金正恩は確実に断っただろう。だが習近平が(空母の就航式に出席という別の日程もあったとはいえ)北朝鮮に近い大連にまで出向いて来ているのであれば、北朝鮮の独立国としての体面も保たれ、中朝があくまで対等な関係であると見せられる許容範囲に収まる。

もちろん金正恩の方でも、本音は習近平に会えるものなら会いたい、というか彼こそが会いたくてうずうずしていたはずだ。「板門店宣言」の「朝鮮戦争の今年中の終結」も「朝鮮半島の非核化」も、中国の関与抜き、それもアメリカと中国の対話交渉抜きには実現は難しいのだ。アメリカにとって北朝鮮は、実は中国相手の「抑止力」が目的の東アジアにおける米軍の(核武装を含む)配備のかっこうの言い訳だった。だから米中間の核削減交渉なしには「朝鮮半島の非核化」を本気で実現することは不可能なのだ。

だが金正恩が自分から「会って下さい」と言ってしまえば、中国はここぞとばかりに北朝鮮の宗主国気取りで主導権を握り、金正恩が文在寅と組んでトランプを巻き込んだその一連の交渉の枠組みをぶち壊しにされ、アメリカと中国のプライドの激突になりかねない。習近平が人民解放軍の利害に押し切られれば、水面下では北朝鮮にそう簡単に核放棄は約束しないように、と圧力をかけて来ることすら考えられる。これでは誰よりもトランプがまったく望んでいない展開になるし、それこそ金正恩の「野望」も達成できない。

大連で中朝首脳会談があったことの第一報を中国中央電視台(中国の国営テレビ)が報じた時の映像は象徴的だった。習近平はこうした映像で金正恩が国内向けに自分の顔を立ててくれたことだけで十分に満足し、「板門店宣言」を支持し「朝鮮半島の非核化」の実現に引き続き努力を続けることを約束したのだ。なおこれは、金正恩にとっては決して「対アメリカの後ろ盾を得た」という意味ではないし、習近平もそこは承知していることが今回の大連での一連の会談の演出を見ても分かる。

金正恩と習近平はなにを話し合ったのか

まずはっきり言っておくが、日本で大手メディアを中心に、金正恩がトランプの対応に不安を感じて中国の後ろ盾を求めたなどとしきりに憶測されていのは、具体的な内容がまったく発表されていないのに、そんな「思惑」を空想しても意味がない。実際には、中国側が発表した会談の中身は前回の北京訪問とほとんど変わらず、とりわけ中国側・習近平の発言として出てきていることは、中国が北朝鮮の方針をいろいろと「支持する」と抽象レベルで言っているだけだった。

ただしひとつだけ、その「支持する」の中で重要なのは、「周辺国が敵視政策をやめるなら核武装の理由がない」と金正恩が繰り返したことへの支持と、朝鮮半島の非核化について具体的に「関係国の間で段階的で歩調を合わせた措置」が必要との認識を支持したことだ。

どうも日本の報道はこの「関係国の」の部分を恣意的に無視して、ずいぶんと歪んだ解釈を無理やりしているように見える。つまり、北朝鮮だけが一方的に核放棄をするという前提で、それぞれの「段階」で経済制裁の解除などの「見返り」を求めている、となんとか言いたがっているのだが、それならわざわざ「関係国」という言及は必要はないし、どっちにしろ北が核開発を停止すれば国連安保理の制裁決議は法的な有効性がなくなるので、今さら交渉の対象にならない。

またこの「段階的」にアメリカが反対で、まず「完全で不可逆的かつ検証可能な核放棄」を実現しろと迫る算段で、追いつめられた北朝鮮が中国に頼った、ということにしたいらしい解釈もかなり無理がある。こと日米首脳会談以来、トランプは米朝による朝鮮半島の非核化交渉には時間がかかること、結果がどうなるかは「Only time willl tell 時が経たなければわからない」と繰り返して来ているではないか。

むしろ今回金正恩が電撃訪中したのも、ひとつには中国の積極関与が不可欠(しかもあくまで南北と米の三国で決めた枠組みの中で)と考えたトランプの意向も反映しているのではないか。そして「朝鮮半島の非核化」には中国の安全保障上の利害と米中の核バランスも関係して来る以上、文字通り米中を含めて関係国の「段階的」に「歩調を合わせて」でないと実現しないし、米中それぞれが国内の利害対立や反対論を収集できない限りは、うまく行くかどうか先が見えないのだ。

金正恩にとって以上にドナルド・トランプにとって、国内や政権内の反発を押し切って進めている米朝交渉は、決して失敗できないディールになっている。トランプが「成果がないと思ったらいつでもテーブルを蹴って席を立つ」と言っているのは、アメリカ国内からの批判に対して自分は決して北朝鮮の言いなりになっているのではないと表明しなければならなかったからに過ぎず、もちろん実際にはそんなつもりは毛頭ない。

ポンペオの再度訪朝と北朝鮮がアメリカ人3名を解放の意味

前回はCIA長官としての極秘任務だったのが、今回は国務長官としての事前に公表の上でとなったマイク・ポンペオの平壌訪問が、金正恩と習近平の大連での「手打ち」と、習近平も納得したといういわば「報告」というか、その意思をトランプが習近平との電話会談で確認したのを受けてのものなのか、それとも元から予定されていたのかは、今のところ分からない。だがこれも前から決まっていたいわば「出来レース」で、北朝鮮がスパイ容疑で逮捕拘束していた韓国系アメリカ人3名の解放も織り込み済みだったとしても、なにも驚くことはない。

国務長官の就任演説でポンペオが「完全で不可逆的かつ検証可能な核放棄」という方針を繰り返したのを「強硬姿勢」と解釈して期待を寄せるのが日本の大手メディアの定番のようだが、これも根本的に的外れな読みだ。アメリカの政治家が演説を行う相手は、なによりもまずアメリカ国内でありアメリカ国民だ。そしてなぜか日本人は忘れがちなのだが、アメリカの政界やアメリカの世論はまったく一枚岩ではない。外交が内政に左右されるのはどこの国でもあることだが、政府には国民を服従させる権限がないことが明白で、よって多様な意見や立場、利害が飛び交って何事にも賛否両論が絶えず、だから外交が国内世論に影響されることがもっとも極端に起こりがちなのがアメリカ合衆国なのだ。

そうした世論対策で、「妥協している」「北朝鮮の言いなり」と言った批判を招きかねないなかで、トランプが在韓米軍の撤退すら視野に入れていることをなんとしても阻止したい(大きな利権を失うことになる)勢力を、ただ無視するわけにはいかない。

国務長官がティラーソンからポンペオに、安全保障担当の大統領補佐官がマクマスターからボルトンに交替したことについては、日本の大手メディアの解釈は「対話派」から「強硬派」という見立てが大勢だが、これもどこまで正確なのだろう? むしろそうした見解の主な情報源は外務省や官邸なので、安倍政権の希望的観測が反映されかなり偏っていると見た方が無難だろう。実際の事実関係を冷静に見れば、トランプ政権では1年数ヶ月の間に人事交代が相次いで来た、つまりは権力の担い手の入れ替わりが度々起こって来たが、今回の国務長官交替は不仲が噂されていたティラーソン氏が更迭されたというよりも、見落とされがちだが注目すべき点として、トランプ大統領が米朝直接会談に舵を切ったのと同時に、これまでマティス国防長官を中心に軍出身者が大きな影響力を持っていたのが、CIAが外交安全保障で大きな役割と発言権を持ち、相対的に軍の影響力が低下していることが指摘できる。

ここはトランプが在韓米軍の撤退の可能性まで安倍に語ったことにも符合している。在韓米軍は軍と国防総省、その周辺に結びついている軍需産業にとっては大きな利権で、その利権は在日米軍と国務省東アジア課を通して日本政府の一部とも強く結びついて来た。

それに利権を抜きにしても、トランプの新方針で従来の西太平洋・北東・東南アジア戦略は大転換を迫られる。それだけでも軍と国防総省にとって青天の霹靂と言っていい事態で、「国家の安全を守りきれない」ないし「組織改編が間に合わない」「中国に弱腰を見せるのは」云々と言った抵抗は当然大きい。共和党からの強硬な反対論が出てくるのは必至なだけでなく、民主党の大半から見てもこれは危険すぎる賭けに見えているはずだ。

ワシントンDCでは米朝交渉反対が圧倒的

トランプ政権になってから政治任用の幹部人事がほとんど決まらず機能不全状態の国務省にとっても、例えば在日米軍は国務省・国防総省と周辺の共和党系シンクタンク、そして日本政府が癒着した大きな利権(俗にいう「日米安保で食っている連中」)があることは従来指摘されて来た。オバマ政権でも軍事費が連邦政府にとって巨大な財政負担になっていて国内で必要な施策の財源がないことを背景に、就任当時には日本の鳩山由紀夫の民主党政権と組んでこうした利権体質の打破を目論んだが、日本で鳩山総理大臣が失脚に追い込まれて頓挫したままになってしまっている。

さらに言えばオバマが「核なき世界」を訴えたのも、日本の鳩山政権の協力を見越して広島を訪問して原爆投下を謝罪し、核兵器の使用を人道に対する罪と認め、広島で核軍縮サミットを開催するという計画だったのが、鳩山政権が日本政府内(というか外務省・霞ヶ関)の反対を押し切れずに頓挫していたし、そこには米国務省の中の「日米安保で食っている連中」が深く関与していた。例えばオバマの広島訪問打診は、総理官邸が知らない間に外務省が駐米大使をクリントン国務長官(当時)に会わせて勝手に断らせていた。

オバマの念頭にあったのはただの平和主義アピールだけでなく、巨大な核武力の維持や在外米軍が連邦政府にとって無視できない財政負担になっていて、これを削減して医療保険制度の整備などに財源を回したいという現実的な思惑も大きかったのだが、これには当然ながらその利権を失う側からの激しい、それも組織的な抵抗があった。

そのオバマのやったことは全否定が公約になっているトランプだが、「アメリカ・ファースト」、「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」の強い米国というのは、確かにオバマの国際協調路線を覆す方針ではあるものの、必ずしも世界規模の軍事覇権の維持は意味しておらず、むしろ逆ですらある。トランプ支持層が求めるのは直接にアメリカ本土とアメリカ国民を守る軍事力の強化で、同盟国のための多額な財政負担や、アメリカの若者を海外での戦争に派遣することには反発が大きく、むしろトランプの「世界の警察官は止める」という公約が支持を集めている。

3人の解放で一時はトランプが希望していた板門店での会談はなくなった

「朝鮮半島の非核化」を大義名分とした北朝鮮との和解は長期的に見れば、むしろこのトランプの公約した安全保障政策に合致する結果になるだろう。在韓米軍の撤退も、韓国や日本に「核の傘」を今後は提供しないことも、ワシントンDCの中では従来の共和党勢力を中心に反対が圧倒的だし、本格的な南北融和に舵を切った韓国はともかく日本との同盟関係も危うくするだろうが、トランプ支持層には最終的には歓迎されることになるし、だからこそ今のトランプは従来の安全保障体制にこだわる政界内部やメディア、安全保障専門家の反対を抑え込む必要がある。ポンペオ国務長官や特にジョン・ボルトン補佐官が強硬姿勢に受け取られる発言を繰り返すのはそうした国内の旧来の右派・保守派対策であって、政権の方針を示したり北朝鮮に圧力をかけるためのものではない。

ポンペオは訪朝の度にそう言うことを金正恩に説明しているし、わざわざ言われるまでもなく金正恩自身がそうしたアメリカの国内事情を把握している。こうしたいわば平壌とホワイトハウスの「阿吽の呼吸」を見ていれば、ポンペオの二度目の平壌訪問でアメリカ国民3人が解放されるのもいわば織込み済みの「出来レース」でしかなかった。

むしろこの3人の解放自体は最初から既定路線で、米朝双方でもっともアメリカ国内の反対論を抑え込むのに適したタイミングを見計らっていたと考えるべきだろう。トランプが一時は板門店での米朝会談も選択肢に入れていたのは、その場で3人が恩赦されてトランプに引き渡されるという劇的なシーンを演出できるからだったし、事態の趨勢を見守る中で反対論を押さえ込むための目に見える「成果」が今こそ必要だと言うトランプの判断があったから、それよりも早く3人が釈放されたのだろう。そしてトランプは3人の帰国を最大限に利用することで、「金正恩は本気だ」とアピールして米朝首脳会談への世論の支持を確保した。

この流れは拉致問題を抱える日本にとってはあまり嬉しい話ではない。昨年の国連総会での演説や、今年の一般教書演説で、トランプは拘束されたアメリカ市民と日本人の拉致問題、北朝鮮国内の強制労働収容所などの弾圧をいわば「ワンセット」として論じていたし、アメリカ政府が拉致問題の解決に関与できるとしたらこの流れで、自国市民の解放要求と併せてという以外にはあり得ない。だがいざ米朝直接対話に乗り出して以来、トランプはそこを切り離して考えている。つまり拉致問題解決で日本に協力すると言うのは「安倍とも話をしてくれ」と金正恩に言う以上のことはなくなったのだ。

解放された3人がポンペオと共に帰国するあいだにトランプが安倍に電話して来て日米電話会談があったが、安倍首相はわざわざ記者たちの前に現れてぶら下がり会見をやりながらも「詳細は差し控えたい」と逃げるしかなかった。

イラン核合意の破棄は西欧同盟国への当てつけ

トランプにとって金正恩との首脳会談は米政界内の根強い反対論(ワシントンDCだけならば反対は圧倒多数、8割とか9割というレベルかも知れない)の押さえ込みこそが最大の懸念材料で、米朝の二国間ではどう見ても着々と、順調に準備が進んでいるが、一方ではオバマが主導したイランの「核合意」についてトランプが公約通り離脱を決定した。この一見矛盾した二つの方針には、いったいなにをやりたいのかと、確かに困惑させられる。

この合意離脱自体が外交常識からすればやはり異常過ぎる判断だが、その最大の理由は極めて単純なものだろう。単に公約を守っただけ、トランプの徹底した「オバマ否定」の一環だ。また一方で、従来のアメリカの最重要な友好国だったはずのヨーロッパ先進国の「良識的」な流れにあえて逆らいたいのも一貫したトランプ流で、以前に地球温暖化防止のパリ協定から脱退したことにも通ずるポピュリズムの匂いが濃厚だ。

今回もこの核合意に参加していた英・仏・独の三ヶ国がさっそく共同で非難声明を出したが、なぜトランプがあえてこう言う反発を買うことをやるのかには、トランプの支持層がどう言う人たちなのかが深く関わっている。アメリカ社会においてヨーロッパは今もインテリ的な憧れの対象で、知識人層の「高級な」議論にはヨーロッパの知の伝統や最新の現代思想の影響が極めて強い(と言うか、さりげなくフランス現代思想やドイツ哲学を引用するのが「カッコいい」とされる)。選挙でトランプを支持する層は、そうしたアメリカの知的エリート主義から転がり落ちたか、元から入り込むチャンスがなかったか、いわゆる「隠れトランプ」ならば逆にそうしたインテリの世界にどっぷり浸かりながら、同時にヨーロッパ主導のインテリゲンチャーに深いコンプレックスを抱いている人たちだ。

この1年数ヶ月のトランプ外交を見ていて顕著な傾向のひとつが、これまでのアメリカの伝統的な同盟国であった、同じような民主主義・自由主義の政体で資本主義経済の先進国には厳しい一方で、例えば貿易摩擦の経済問題では最も激しく対立しているはずの中国の習近平と、個人的な信頼関係の深さや親しみを強くアピールして来たことだ。選挙戦を巡ってロシア疑惑が浮上したことでプーチンとの関係は最悪になっているが、このスキャンダルさえなければ、選挙戦中にはプーチンを高く評価して米露関係を改善すると公約していたのもトランプだ。

政治的イデオロギーにほとんど興味を示さないトランプ外交

こうしたトランプ外交の傾向は、政治サイドからはしばしば「安全保障と経済を恣意的に混同している」「安全保障を経済の取引材料として使うのはいかがなものか」と論評されがちだが、むしろ重要なのは従来のアメリカ外交の基本にあった(建前だけの)イデオロギー性がまったく希薄なところだ。民主主義や人権、法の支配といった、アメリカが確立した近代自由主義国家の価値観を外交条件として使うことを、トランプはほとんどして来ていないし、中国や北朝鮮が一党独裁体制であることも、いわゆる西側先進国がアメリカにとって「価値観を共有する国」であることも、トランプにとってはそれぞれの国の勝手でアメリカがとやかく言うことではないもののようだ。

こうしたトランプ外交の特徴は、トランプが政治家ではなくビジネス出身であること、ある種のCEO型大統領を目指し、従来のアメリカ政治文化を「インサイダー政治」だと否定していることを考慮すれば説明がつく。政治家的な感覚では、同じような政治手法や思想を共有する国は「自分達の側」とみなして多少の不一致点は妥協して「味方を増やす」のが有利と考えるし、現に第二次大戦後のアメリカは一貫してこうした「自陣営への取り込み」方針を外交の基本として来た。バラク・オバマなどは個人レベルの思想ではまったく一致点がないだけでなく人格的にも本人に嫌悪感すら抱いていそうな安倍晋三ですら、同盟国の首相として表向きにはきちんと尊重して来た。「価値観を共有する外交」はいわばアメリカの協調主義外交のもっとも基本的な哲学で、一方で保守派が不干渉主義・孤立主義、つまりアメリカはアメリカで勝手にやっているべきだと主張して来たのが戦前までのアメリカ外交の歴史だった。それが戦後の共産主義国家の伸長と冷戦構造の中で、保守派も自由主義陣営の拡大によるアメリカの覇権確立にこだわるようになったものの、この外交方針は9.11以降深刻な限界を露呈して来ている。

ビジネスマン、会社経営者だったトランプの感覚で言えば、そうしたアメリカの伝統的な同盟国はアメリカ経済にとっていわば「同業他社」、むしろシェアを争って蹴落として潰すべきライバルでもある。ことG7メンバーの先進諸国は経済産業の面ではストレートにアメリカのライバル、貿易戦争で叩き潰す「敵」ですらある。

「安全保障を経済の取引材料に」と言うのも、商売敵の防衛のためにアメリカ政府の金やアメリカ兵を使うのはビジネス感覚からすれば筋が通らないし、もともとアメリカが同盟国の防衛に多額の財政的・人的な負担をしていることに反対なのがトランプ支持層なのだ。こうしたアメリカの草の根右派が9.11とイラク戦争の深いトラウマで完全に変質していて、もはや圧倒的な軍事力を背景に世界に「アメリカの正義」を発信することにほとんど興味を持っていないことも忘れない方がいい。

唯一の例外が、この層にはいささか狂信的なキリスト教福音派も多いので、「聖地」のエルサレムがイスラム教徒に支配されることは嫌っているところで、トランプ政権は5月14日には予定通り駐イスラエル大使館をエルサレムに移転している。このように同盟国の中でイスラエルだけは頑なに支援する姿勢を崩しておらず、今回の核合意からの離脱も相手がイスラエルと対立を深めているイランだからでもある。これが孤立主義・不干渉主義の傾向を強めるトランプのアメリカで例外的な政策になるのは、そこに宗教戦争が絡んでいることが大きい。

その一方で、北朝鮮や朝鮮半島に、アメリカ国民の多く、とりわけトランプを支持する白人層には、元からほとんど関心がない。アジア系全般に対して「非白人」という蔑視があるのは確かだし西部開拓時代の中国人蔑視や20世紀前半の「黄禍論」のような長い歴史もある差別だが、しかしアジア系アメリカ人の高学歴・社会的地位の向上もあって、イスラム教徒や黒人やヒスパニックに対するほどの根深い敵意や憎悪や、警戒心が呼び起こされるわけではない。中国・朝鮮半島・日本にはアメリカにはない長い歴史伝統と文化があり、それも西洋とは異なるものなので対ヨーロッパほどのコンプレックスも生まれにくく、トランプが習近平に紫禁城を案内されたり京劇を見て素直に喜んでいたように、ちょっと神秘的でエキゾチックな興味と憧れの対象ですらある。

イラン核合意破棄は北朝鮮にどう影響するのか?

ボルトン大統領補佐官はイラン核合意の破棄を「アメリカが中途半端な偽りのディールはしないと言う証」で北朝鮮への牽制になると語っているが、そう言う見方もあり得ることを考慮しても、やはり不可解な、いかにもタイミングのズレた判断に見えるのは確かだ。

北朝鮮から見れば牽制されたどころか、アメリカと合意してもいつ裏切られるかわからないと言う疑心暗鬼を持ちかねず、成功しそうな交渉すら破綻しかねなくなる。米朝首脳会談の準備がどれだけ進んでいるのかにも寄るが、「検証可能な」核放棄のためにIAEAの査察や米韓のメディアを核施設に招待すると言う話まで(どこまで本当かは分からないが)出て来ているのに、ボルトンが「リビア方式」を繰り返し主張しているのもいかにも場違いにも見える。

だがトランプはこの離脱表明の直後にポンペオ国務長官を平壌に派遣しているし、北朝鮮側でもここでアメリカに不信を抱いたのなら、わざわざ金正恩が習近平に会いに行ったりはしなかっただろう。となるとボルトンの発言も含めてイラン核合意放棄はあくまで米国内向けの「強硬派」パフォーマンスで、トランプが北朝鮮に妥協するのではないかという「弱腰」批判の払拭が狙いと見た方が良さそうだ。

また中近東情勢の緊張をあえて高めておいて東アジアでも、という「二方面作戦」になるのがいかにも非現実的で無理があるのも確かだ。それにイランは核兵器をまだ持っていない(ウラン濃縮技術の実験段階で核技術開発を凍結)が、北朝鮮には少なくとも核弾頭とアメリカ上空まで飛ばせる大陸間弾道弾はあり、実戦での実用レベルかどうかは大いに疑問符はつくものの、例えば大気圏再突入義技術はなくとも電磁パルス攻撃くらいなら不可能ではない。

なによりも、トランプ政権は外交・安全保障分野では中国との対立をまったく望んでいない。貿易摩擦・経済問題で激しく衝突姿勢を見せているからと言って安倍政権がトランプは「反中」だと期待しているのは的外れもいいところで、貿易摩擦・経済分野での軋轢は少しでもアメリカに有利に交渉で解決しなければならない現実的な課題なのだ。だからこそ、外交・安全保障では対立できないしその気もないのがトランプの立場であり、イラン核合意問題で破棄に反対している英・仏・独の反発をかなりの部分無視できることとはまるで事情が異なる。もちろんイラン核合意には中国も参加しているが、中南海はアメリカの離脱宣言に目立った反応は見せていないし、そこでアメリカを批判するとしても形だけで、北朝鮮問題というか「朝鮮半島の非核化」を優先させつつ、イランについてはしっかり石油の輸入先としての関係を維持することが中国の国益だ。

このイラン核合意にはすでに述べたようにイギリス、フランス、中国、ロシア、つまりNPT(核拡散防止条約)体制で認められた核保有国が揃って参加している。つまり現代の国際法で「合法的」な核保有国とイランとの合意で、イランが核武装すれば直接脅威に晒されるはずの周辺諸国(その多くがイギリスやフランスの事実上の旧植民地)が関わっていないといういびつな構造を考えると、実はトランプには相当に途方もない思惑があって、だからあえて今回は離脱を表明した可能性すら思い浮かぶ。

核拡散防止条約(NPT)という欺瞞の体制

そもそも不思議なことがある。北朝鮮の核保有に日本が一定の危機感を抱くのは理解できるが、その日本が唯一の戦争各被爆国である時に、なぜ北朝鮮の核だけをこうもヒステリックに「許せない」と言い続けながら、一方では「アメリカの核の傘が必要」などと言っていられるのだろうか?

一国だけ「北朝鮮の核放棄」」だけを強硬に主張し続けた安倍首相も、日中韓サミットではついに「朝鮮半島の非核化」という他の関係国が今や揃って使っている用語に合わせることにはなったが、「朝鮮半島の非核化」ならば、そもそも北挑戦が核武装を始めた最大の理由である、アメリカの巨大核武装が北朝鮮全土を完全に射程に収めていること、そこには日本や韓国が依存して来た「核の傘」が含まれることも当然問題になる。

そのアメリカの巨大核武装のうち、東アジアに配備されたそれ(と言うか韓国は同盟条約上、自国領内への核兵器の持ち込みを断れるし、現状許していないので、日本に無断で沖縄などに持ち込まれている核兵器、および海軍が西太平洋で運用している核兵器)はそもそも中国を標的とし、主に中国の核武装への抑止力として展開しているもので、北朝鮮が感じている脅威は実のところ「たまたま」と言うか、結果としてそうなっているに過ぎない。逆に言えば「朝鮮半島の非核化」の議論では、この中国の(アメリカに対する抑止力としての)核武装も議題になる可能性があるし、そこに踏み込まなければ実効性のある議論は見込めない。

またこの地域の核保有国には、もちろんロシアもある。ここを標的としている(つまりロシアの核武力に対する抑止力になる)アメリカの核武装は、主にNATO圏に配備されているものとやはり海軍が全世界に展開している核兵器、それにアメリカ本土の大陸間弾道弾がある一方で、中国の核武装にもまた対ロシアの抑止力としての意味がある。

この三すくみ状態の三ヶ国に加えてイギリスとフランスが、核拡散防止条約で認められた「合法」の核保有国なのだが、言うまでもなくいずれも国連安保理の常任理事国でもあり、国際連合の起源に遡れば第二次世界大戦の主要戦勝国であり、中華人民共和国以外は19世紀植民地主義時代以来の「列強」だ。なおイラン核合意の参加国では他にドイツも、独自の核武装はないがその国内にはアメリカの核兵器が配備され、その使用について一定の発言権が条約上認められている。つまりドイツに配備されたアメリカの核兵器は、ドイツ政府にとっての敵以外には使用できない。こうした自分たちの核の優位はしっかり確保しながら核開発凍結を要求するのもよく考えればおかしな話であり、だからトランプが批判するような中途半端な「合意」にしかならなかったわけでもある。唯一の戦争核被爆国である日本がこう言ういびつな不公平に納得していいのだろうか?

ちなみに日本の場合、アメリカは日本政府に通知しないままで極秘に核兵器を日本国内に持ち込むことも、日本を拠点にその核兵器を使うこともでき、日本政府には一切の発言権がない。沖縄に返還前に作られた東アジア最大の核弾薬庫(最大で1600発の核弾頭があった)もそのまま温存されていて、アメリカ政府は現状の核兵器の有無自体を「最高軍事機密」としている(つまり普通に考えて、沖縄には核兵器が配備されている)。本音では安全保障政策上どうしてもこうしたアメリカの「核の傘」が必要だと日本政府が言うのだとしても、完全にアメリカ任せのアメリカ頼りでは、日本が望まない相手国に対してでもアメリカに勝手に日本を拠点とした核攻撃をやられてしまえるし、その攻撃対象になった国は報復でも先制攻撃の防衛行為でも、日本に核兵器を撃ち込むことが国際法上許されることになっている。厳密には標的はアメリカの軍事目標に限られると言っても核兵器だ。沖縄は確実に壊滅するし、横須賀や厚木、横田と言った首都圏の米軍施設も合法的な核攻撃ターゲットになり、つまり東京の壊滅も避けられない。

現代の世界における「合法的な」核保有とは、「合法的」もなにもその「法」自体がひどく恣意的で不公平で、およそ「法秩序」とは言い難いものなのが現実なのだ。北朝鮮が核開発によって違反することになる国際法(言い換えれば、北朝鮮が批判され制裁を受ける法的な根拠)はこのNPTだけだ。しかも第二次大戦の戦勝国にして戦後世界の大国のたぶんに植民地主義的で差別的な身勝手が露骨に表出しているNPTを無視する国は北朝鮮に限ったことではなく、すでにインドとパキスタンが核兵器の保有を公言しているし、イスラエルも明言はしていないが80発前後の核兵器を保有している疑いを払拭しようとすらしていない(つまり、核兵器を保有しているとみなすのが軍事安全保障業界の常識)。

アメリカは中近東で一貫してイスラエル寄りの政策を取り続けて来たし、「テロとの戦争」ではアフガニスタンと国境を接するパキスタン政府を支援し、最近では日本がインドに原子力技術の提供を約束し、安倍政権はそれが「対中包囲網」の一環だと主張していた。ではいかなる理由で北朝鮮の核保有を断罪できるのか? 「狂った独裁国家で民衆を弾圧している国が核武装を」というのなら、パキスタンだって同様ないしもっと酷いし、日本の安倍政権が関係を深め「対中包囲網」と称して対立を煽ろうとして来たインドはおよそ「自由で民主的な国」ではない。イスラエルは国内のユダヤ系市民に限って言えば極めて民主的な政体を持っているが、アラブ系市民への差別的な扱いとパレスティナの弾圧は「人道に反する罪」に抵触する可能性が大いにある。

NPT核保有国すべてが参加していたイラン核合意から離脱することの意味

以上のように、核兵器の保有についての国際社会の「ルール」はおよそ「法の支配」と言えるような現状ではない。なによりもまずNPTで認められた核保有国が恣意的に自分たちに特権を与えて独占するという、まったくの欺瞞に満ちた歪みきった不公平でしかない。昨年に国連で核兵器の使用そのものを「人道に対する罪」と断じた核兵器禁止条約が加盟国の圧倒多数の賛成で可決されたのも、単に平和主義の建前論だけが動機ではない。NPTや安保理の常任理事国制度のような現状の「国際秩序」の不公平性や欺瞞性、そこに見え隠れする19世紀的な植民地主義を引きずった差別の構造が、そうした恩恵を独占する超大国ではない世界中のほとんどの国々で、自分たちの国民意識にとって屈辱的なものなのだという自覚が広がりつづあるからでもある。その意味では核兵器禁止条約に賛成することイコール北朝鮮やイランの核開発は(NPT違反だから)許さない、とは必ずしもならないのだ。

もちろんアメリカ自身がNPTで認められた世界最大の核保有国である以上は、ドナルド・トランプが直接にこうした議論に賛同するはずはない。核兵器禁止条約については同盟国に脅迫まがいの恫喝で賛成を阻止したのもトランプと、その意向をトランプ本人以上に過激かつ攻撃的に主張し続けるヘイリー国連大使だ。

だがトランプが北朝鮮との直接対話を決断したのと相前後して、このヘイリー氏らの政権内での存在感が目に見えて減退している。これまで政治や外交ではいわば「素人」であったトランプは、口先でこそ自分の主体性や独自性を強硬に主張しつつも、実際の政策方針は従来のアメリカ政界におけるタカ派・強硬派に属するブレーンの言いなりだった。ところが金正恩との直接対話でも、イラン核合意からの離脱でも、トランプはそうした「政治のプロ」のブレーンの反対を押し切った自身の独自判断を本気で強行し始めているし、マイク・ポンペオを国務長官にしたのもポンペオが自分に忠実なイエスマンだからであり、発言の過激さこそ目立つがおよそ有能とは誰も思わないジョン・ボルトンを安全保障担当の大統領補佐官にしたのも、そのビッグマウス的であまり中身のない発言が国内世論対策に利用できるのがメインの役割だ。ボルトン発言とトランプのツイートや演説での発言がかなるズレていてよく見れば矛盾も目立つことからも、ボルトンが本当にトランプの外交安全保障上の決断に深く関わっているとはおよそ思えない。

イラン核合意にしても、トランプが離脱を表明したのは、大方が誤解しているようなイランとの全面戦争すら辞さない向こう見ずな極右強硬主義ではない。「最大限の経済制裁」をちらつかせているのも新たな合意に持ち込むためのブラフである一方で、実はこの合意が破棄されたところでイランにとってそこまで大打撃になるわけでは必ずしもない。2015年に制裁解除が始まってからもイランの国内経済に目に見える大きな好転があったわけではないし、合意に至った背景のひとつが政権が穏健リベラルのロウハニ大統領に変わっていたからだと言っても、目立った開放政策が始まったわけでもなく、双方ひっくるめてイラン国民にとっては「期待はずれ」だったのが現実だ。だからアメリカの合意離脱も、実のところそこまで大きな失望にはなっていない。

イラン核合意もまたトランプが指摘するように「中途半端な妥協の産物」であるのも、外交的にもイランの内政的にも確かにその通りなのだ。だから核開発の中止についてのより厳格な新合意と引き換えに、アメリカとイランの経済的にもより密接な関係改善というオプションが出て来ることも、トランプ式「ディール(取引き)」の外交交渉次第ではおおいにあり得ると考えるべきなのだ。。

イラン核合意からの離脱の建前は「強硬」、しかしトランプの本音は「再ディール」

ドナルド・トランプの政治手法の特徴は、大きな政治的大目標やなんらかの理念のための政策決定という意識がほぼ皆無なところだ。本人も「ディール(取引き)」を強調するが、同じような政治的理念を共有するから味方しようというイデオロギー意識も希薄で、良くも悪くもビジネスマンというか、その判断のすべてにおいて、自分にとって、あるいはアメリカにとって得か損か、直近では中間選挙や二期目の大統領選挙に向けて支持層を満足させ、あわよくば支持を拡大できるかも知れないことが最大の判断基準になっているだけではない。特に外交安全保障分野では、事態がどっちに転んでも損得勘定で帳尻が合うような、従来の政治常識で言えば「究極の二枚舌」と思われることが極めて多いのもトランプ流で、イラン核合意からの離脱もその典型だ。

いったんはイラン核合意から離脱するのは、調印している他のすべてのNPT核保有国も巻き込んで、アメリカ国民がより満足できそうな新たな合意を交渉するためであり、それが成功するのならトランプにとっては確実に「オバマ超え」の自分の成果になる。もしこの思惑が外れ、イランとの対立をさらに深めて中近東情勢が緊張を増すとしても、イランとイスラエルの関係がすでに極度の緊張状態にあるのだし、シリア内戦ではアサド政権を支援するイランやロシアと、その化学兵器使用疑惑で直接攻撃にまで踏み切ったアメリカは対立関係にある。つまり成功しようが当てが外れようが、トランプは困らない。

アメリカの合意離脱で石油先物市場の暴騰が懸念されているのも、ヨーロッパ諸国(さっそく共同で非難声明を出した英・仏・独)にとっては厳しいが、シェール革命以来アメリカ自身が大手産油国になっているので、トランプとアメリカの一部産業界ににとってはむしろ有利な「ディール」になる。こうしたトランプの利害を考えれば、アメリカがイラン核合意に留まることを期待していた英仏独の方がおかしい。

これは対北朝鮮で昨年中トランプが繰り返した「あらゆるカードがテーブルの上に」に的外れな期待を抱いた日本政府があまりに間が抜けていた、ということにも繋がる。トランプが「あらゆるカード」と言えばそれは文字通り受け取って、事態の変化に合わせて180度方針を変える可能性は当然考慮すべきだったのに、しかも「ディール」には手の内を見抜かれるのを避けるミスリードも含まれるというのに、首脳同士の「信頼関係」の幻影に独りよがりで安心しきっていたのが安倍政権だった。

まして相手が北朝鮮の場合ちゃんと現実レベルで考えれば朝鮮半島におけるアメリカの武力行使という選択は甚大な損害しか期待できず得られるものがほとんどない以上、最初から可能性がほとんどなかったことは、ちょっと距離を置いて全体状況を俯瞰・客観視していればあまりに自明だったのに、である。「あらゆるカード」が従来の政治の世界では想定を超えた前代未聞でも、より広い視野では戦争よりははるかにハードルが低い点で現実的な米朝直接対話に転がる可能性は、情勢を冷静に分析していれば十分に想定できていたはずだ。

だが安倍外交はあまりに無能というか、他国の現実と自分たちの願望の区別が付いていない「希望外交」の愚の典型としか言いようがない。トランプの「ディール」ではトランプが考えるアメリカの国益が最優先になるのも当たり前なのに、ひたすら媚を売って「お願い」するだけでアメリカの言いなりの安倍政権では、空約束で利用できるところだけ徹底的に利用されるのも当然なのだが、安倍はトランプが北朝鮮のことを仕切りと質問して来るのを、「よく知らないから自分を頼っているのだ」と思い込んでいたらしい(政府筋からしきりとリークされて来た話)のだから呆れる。

金正恩とトランプの共有する「野望」

イラン核合意からのアメリカの離脱が、トランプの狙っている通り元の合意参加国も含めた新たな、より現実的で実効性があり中途半端ではない「非核化」の合意に書き換えられる方向にうまく転んだ場合、従来の国際秩序はどう変革され得るのだろうか? 実のところ、もしポンペオがその方向性で今回の決定を金正恩に説明をしていれば、北朝鮮から見てアメリカの方針にも矛盾はなくなるし、スイスのインターナショナル・スクールで教育を受けて国際感覚と国際情勢の理解が傑出していて、しかも極めて野心的な政治家でもある金正恩であれば、むしろ歓迎するかも知れない。自分の「野望」をトランプも共有していることになるからだ。

日本の外務省のブリーフィングや官邸高官から聞き出した見解に引っ張られがちな日本のメディアは、北朝鮮の狙いが「体制保証」と「制裁解除」「経済援助」だろうと決めてかかっているが、この中でもっとも重要な「体制保証」がなにを意味するのかもよく分かっていないようだ。むしろ3人の米国人が解放された時のトランプのコメントの方が、いかにも政治的には「素人」の言葉のようでありながら遥かに本質を言い当てている。

「金正恩は本気で自分の国をリアル・ワールドの一部にしようとしている」とトランプが言った、そのリアル・ワールドの方が現状の、四半世紀前に終わったはずの冷戦の構造を中途半端に引きずったままの欺瞞的な構造である限りは、北朝鮮にとっての確たる居場所はなかなか確保できないだろう。逆に言えば、本気で「体制保証」を語るのなら、その国際社会が北朝鮮の居場所が確保されるよう変わらなければ、北から見ればおよそ「体制保証」とは言えない。トランプが「リアル・ワールド」発言の上で米朝首脳会談が「大成功するに違いない」「世界中の安全保障にとって革新的な良い結果になる」と繰り返していることは、ここを保証することが「完全かつ不可逆的で検証可能な核放棄」の交換条件となる「ディール」だと認めたに等しい。

「ノーベル平和賞」という、そもそもは冗談半分で言われていた噂も、トランプがけっこう本気になって来たらしいとまで言われ始めているが、あながち的外れでもない。北朝鮮が主権国家の独立国としての居場所をちゃんと確保できる新たな国際秩序とは、端的にいえばまず、金正恩側からみれば「核武装する理由がなくなる」ような北東アジアの安全保障環境の抜本的な(ただ朝鮮戦争だけでなく冷戦構造の終結と、それに伴う核削減を含む各国の軍備縮小)環境整備が不可欠だ。さらにトランプが明言したように「世界の安全保障」とまで話が広がるのなら、NPTに代表されるような現代の国際秩序の欺瞞と、それに伴う国連の大国主導に振り回されっぱなしの限界と、その現状の差別性もまた、見直されなければなるまい。

だからイラン核合意からトランプが離脱を表明したことには、このNPT体制の見直しに関わってくる可能性も含まれていることは無視できない。なにしろイランとこの合意を交わした国々には国連安保理の常任理事国でNPTによって核保有という特権を独占享受している五大国と、アメリカの核配備を受け入れるのと引き換えに核使用に一定の主体性を発揮できるドイツが含まれているのだ。

こうした核保有の「恩恵」を享受している国々が一方的にイランには核開発を止めるよう求めると言うのは、いったいどう言うことなのだろうか? イランが核武装した場合に脅威に晒される周辺国はどうなるのだろう? その中でももっともイランと対立しているイスラエルには暗黙の了解の「お目こぼし」で核保有が黙認されている。

「核保有国」に象徴される現代の世界秩序の欺瞞性が根底から覆る可能性

もちろんトランプはおよそ世界平和を目指す理想主義者ではなく、リアリストのオポチュニストなので、イランについてそこまで本質的な合意の見直し(たとえば、イランが核武装した場合に直接の脅威に晒される周辺国が排除された合意はおかしい、と言ったような矛盾の解消)を提言するかどうかは、あくまでアメリカ国内でどう評価されるのかの計算も含めた状況次第だ。実はアメリカ連邦政府の財政にとっても、世界規模で展開する現状の核武装はあまりに出費がかさみ縮小したい本音もあるが、つまりは「アメリカが弱くなる」ことにも繋がるので、トランプ支持層が賛同するかどうかも未知数だ。だがそれでも、現段階ではそんな包括的な核軍縮の可能性すら、トランプの主導で(というか金正恩と結託しつつ、習近平も巧妙に巻き込みながら)開けつつあるのも確かなのだ。

トランプ外交の「ディール」は従来の政治常識には反するとしても、必ずしもおかしな物でもない。「ディール」として相手を説得するには本来なら三つのやり方がある。第一に客観的に筋が通っていて、立場が異なる相手国でも反論不能な、正論で説き伏せ賛同を得る王道の外交だ。第二に、相手に妥協を強いる見返りに相応のメリットを与えるか、この二つ目のヴァリエーションとして第三に、力関係として上位にあるのを背景に脅迫まがいにねじ伏せることがある。しかしオバマ外交の国際協調主義の成果の典型だった「イラン核合意」が、このいずれにも属さない複雑な妥協の産物で、問題解決のための利害の一致点を探りきれないままに「合意を出すこと」自体が自己目的化した結果だったのも確かだ。

トランプはこの合意のやり直しのために、とりあえずは第三の手段である力任せの脅しとして離脱と「過去最強の制裁」を宣言したわけだが、あくまでより実効性のある合意を目指すためだ、と言う発言を信用する限り、これだけでは終わるまい。だいたいこの第三の「脅迫」だけで行われた「ディール」は遅かれ早かれ破綻するだけでなく、重大な禍根を残すのも目に見えているわけで、交渉の端緒にしか使えないものなのも、「マッドマン理論」信奉者のトランプだからこそ、その限界も含めて理解しているだろう。

一方で北朝鮮とアメリカの関係では、金正恩がまず「マッドマン理論」(本来ならトランプの得意技)の第三の方法でトランプとの交渉の端緒を確保した後は、米朝双方ともに第一の正論外交の王道と、第二の利害の一致点を探ることで首脳会談準備が着々と進んでいる。今のところは第二の「利害の一致」、つまり双方にとって失敗できない「ディール」であることが、準備が極端なまでに順調に、それも急ピッチで進んでいる最大の理由だろうが、しかし第一のいわば「正論による外交の王道」の部分も常に担保されている(これには韓国の文在寅大統領の力も大きい)のがミソだ。

例えば朝鮮半島の安定と永続的な平和の確立のための「朝鮮半島の非核化」と言うのは非の打ち所がない反論不能な正論で、日本以外の関係国は誰も「北朝鮮の核放棄」と言う客観的正論とは程遠い横暴な押し付けはもはや言っていないし、金正恩の言う「核武装する理由がなくなる」条件に、トランプの側もきちんと応じようとしているからこそ、「フェイクニュースの連中はこいつが大統領になったら核戦争が起こると脅していたが、現実を見ろ」と大言壮語まで言い放ち、板門店での朝鮮戦争終結宣言も誰よりも早く(そして大げさなまでに)歓迎して見せて来たのがトランプだ。

大国中心の「世界秩序」を根底から揺さぶりたい金正恩

こうしたところにこそ、型破りなトランプ外交が金正恩の真の「野望」と合致し得るポイントがある。NPTが安保理常任理事五大国(イコール第二次大戦の戦勝国、かつ中国以外は19世紀の植民地主義列強)にのみ核兵器の保有と使用を認めていることに象徴されるような、およそ「正論」とは言い難く、公平な「ディール」の結果でもまったくない、歪んだ世界秩序を「変えよう」などとアメリカが考えたことはこれまでなかった。しかしトランプが俄然独自性を発揮し始めた今の外交姿勢でやっていることは、そこを根底から揺さぶることにも繋がるし、金正恩にとっては北朝鮮のような小国にも小国ながらも対等な立場を大国に保証させ、大国=正義ではないことを認めさせることにも通じる。

そもそも北朝鮮が核開発を始めたのは、冷戦の終結とソ連の崩壊でソ連の「核の傘」がなくなってアメリカの巨大核武装の脅威に直接晒されることになったことが発端だった。とはいえ核武装の実用化には相当な年月がかかる以上、父・金正日の時代の北朝鮮には、虚勢としての核開発の一方で、実際には中国に依存隷属する以外の選択肢がなかった。

権力継承以来の金正恩の行動に一貫しているのは、そうした超大国の保護国・衛星国・属国扱いの立場からいかに北朝鮮を真に独立させるかの努力だった。最初は国交のない日本に対して中国などの仲介を頼むこともなく、粘り強く拉致問題の再謝罪と再調査を申し出ていたのもその一例だし、この時には見返りに経済援助などの要求は一切出していない。ただ在日朝鮮人の人権保護に配慮を求めただけだ。これが空振りに終わると国内では中国派のリーダーだった叔父の張成沢を処刑・粛清し、中南海のパイプが噂され、中国共産党の意向でクーデタが起こり自分に取って代わって最高指導者になる可能性も疑われていた実兄・金正男まで暗殺させたのも、いかに残虐で人道的に非難されることでも、中国の影響を徹底排除するためには必要だった。高官や外務官僚の処刑や脱北が相次いだ(金正恩が亡命に追い込んだ)のも同じ理由で金正日時代の権力構造を刷新する必要があったからだ。モランボン管弦楽団の中国公演では中国側が拒否する楽曲をあえて組み込んだプログラムを提案し、案の定断られると公演自体を(わざと)中止にした。そして核開発を本格化させてからは、核実験やミサイル発射を中国の重要な記念日祝日や外交日程にわざとぶつけてみたり、「図体がでかいだけの無能な周辺諸国」と言った罵倒も続けて来た。ちなみに日本メディアはトランプへの罵倒ばかり話題にして来たが、対中国の罵倒暴言の方が中身がはるかに酷く侮辱的だ。

その核武装ですら、金正恩にとってはアメリカの核の脅威への恐怖からではなく、小国でもアメリカや中国のような超大国と対等にやり合うための外交カードが真の目的だったことは、昨年11月末に、本当はまだまだ複数回の実験が必要な「火星15号」ICBMを一回だけ実験発射しただけで(つまり未完成のままで)「国家核武力の完成」を宣言して以来の一連の行動を見れば、もはや明らかだろう。

国連安保理常任理事五大国だけが核武装を独占できると言う、不公平で歪んだNPT体制の見直しが始まるのなら、つまり19世紀の植民地主義の時代をいまだに引きずっている大国支配の世界秩序(冷戦ですらイデオロギー対立は表面上のことに過ぎず、実態は米ソ両超大国とその周辺国陣営のコロニアリズム的な勢力圏拡大競争だった)が変わるきっかけを自分が作れるのなら、金正恩にとってこんなに痛快なこともない。と言うより、これこそが金正恩がずっと目指して来た最大の野望なのだ。

金正恩がスイスのインターナショナルスクール育ちで、つまり世界中の旧植民地の発展途上国から留学していた富裕層の子女と共に学んでいたことも忘れてはなるまい。そんな生い立ちを持つ金正恩は世界情勢を大国に依存同化した偏向して歪んだ視点ではなく、その他の無数の国々も包括したグローバルな観点を持っているだろうし、現にそう考えれば日本のメディアがしきりと「意外だ」「分からない」と言い張る金正恩の外交における行動はほとんど説明がつく。

外交の要は軍事力ではなく情報収集分析力だと分かっていない日本の悲惨

また金正恩時は従来から北朝鮮の友好国が多かった東南アジアだけでなく、アフリカ諸国とも経済関係を深めて来てもいる。今の米朝交渉の流れにしても、並行してヨーロッパでも北欧諸国、特にスウェーデンやデンマーク、それにポーランドやドイツとは活発に外交やり取りを続け、非核化の意思や核実験の凍結、核実験場の閉鎖についても通知し相談もして来ていたので、日本政府が驚いて「騙される」と妙に警戒している核開発の凍結や核実験場の閉鎖にしても、ヨーロッパでは完全に織り込み済みの想定内だった。

アメリカも同じ情報を得ているので、金正恩が核開発の凍結を宣言し核実験場の閉鎖を発表したことも信用できるしトランプにとって有利と判断できていたのが実際なのだ。「リアル・ワールド」に北朝鮮を復帰させる布石を、金正恩は金正恩で着実に打って来ているし、一見無謀で前代未聞の米朝直接交渉にトランプがどんどん「前のめり」になっているように見えるのも、ポンペオ国務長官の古巣であるCIAのような情報機関の現状分析に裏打ちされた政策でもある。

ここでまたもや比較として、日本の置かれた絶望的な状況に言及せねばなるまい。日本の外務省だって世界中に在外公館を持っているしその職員がまったく怠けているわけでもあるまい。つまり、各国の諸事情を勘案した分析に必要な情報を日本政府がまったく持っていないわけでもないはずなのが、どうしたことか日本政府の外交方針の決定を左右するのはそうした自国の外交官の集めて来た情報ではなく、常にアメリカからの情報に依存しきっているのだ。これは外務省の組織構造や霞ヶ関の問題というより、日本の政治家の圧倒多数にあまりに国際的な見識が欠如していて、国民の多数もそんな狭い世界観を政治家たちと共有しているだけであることに無自覚で、自分たちの盲目さとガラパゴスっぷりに気づいていないからなのだろうか?

だからいざトランプが安倍の子供じみた北朝鮮憎悪に見え隠れする幼稚な差別意識を見抜いたのだろうか、邪魔と判断して「安倍外し」を決め込むと、とたんに北朝鮮情勢についての情報も日本政府にはまったく入って来なくなっている。トランプにして見れば安倍が邪魔したがっているのはわかっているのだから、わざわざ情報を共有しようと思うわけもないのだが。

3月末の金正恩による北京電撃訪問と中朝首脳会談も、中国政府は韓国とアメリカには事前通知していたが日本には教えておらず、トランプのアメリカも日本にその情報は流さなかったので、安倍首相が国会で「報道で知った」と決して言ってはいけないマヌケ答弁(しかし虚偽答弁を連発するこの首相はなぜ、こう言う嘘をつかなくてはいけない時に限って馬鹿正直なのだろう?)をやってしまう醜態まで晒してしまった。トランプが極秘に当時はCIA長官だったポンペオを平壌に派遣していたことも日本はまったく知らされておらずに、よりにもよって日米首脳会談の直前にトランプに公表されて大恥をかいてしまった。

このあからさまな「蚊帳の外」状態の挽回を安倍が図った日中韓サミットも、直前に大連での二度目の中朝首脳会談をぶつけて来られることを安倍政権はまったく察知していなかったし、そこで習近平と金正恩がなにを話し合ったのかは即座に習がトランプに電話会談で伝えているがこの情報も日本とは共有されず、李克強は文在寅と東京でちゃんとその中身を話し合っているようだが、安倍はといえば日中首脳会談でも北朝鮮をほとんど議題にできなかった。さすがに安倍も国際情勢から取り残される恐怖にでも苛まれ始めたのか、国内の熱烈支持層からブーイングが飛び出すリスクも省みず、とってつけたような「日中友好」アピールに腐心するばかりで、李首相の「たっての希望」で北海道視察を案内させられている。

会談場所というまったくどうでもいい問題(を巧妙に利用したトランプ)

日本に限らずマスメディアというのは時々奇妙な習性を発揮することがある。トランプが金正恩の誘いに乗って(というか、自分もやりたくて仕方がなかったのが国内の反対で妨害されて来た)米朝首脳会談を決めて以来、「会場はどこになるか」がホットな話題になったのは、政治ジャーナリズムの感覚では前代未聞すぎるこの会談の中身がどうなるのか、まったく予測がつかない誤魔化しなのかも知れない。

もちろん肝心なのは金正恩とトランプが何を話し合い、どんな合意に達するのか(日本政府の淡い期待に反し、トランプが「会う」と決めた時点で決裂はまずあり得ない想定)であって場所ははっきり言ってどうでもいい。トランプの国内向けアピールで3人の拘束されていた韓国系アメリカ人の身柄を自分が、と考えれば板門店になっただろうし、北側は一応「平壌」、米側はワシントンDCかフロリダにあるトランプの自慢の別荘と一応提案はするが通るわけがないし、この会談をぜひ誘致したくて自ら名乗り出そうなのはモンゴルだが、ウランバートルにはトランプも金正恩もあまり乗り気にはならないだろうし、板門店宣言の文言を見れば中国が仲介者役を買って出て来ることはあり得ないと言ったところで、いずれにせよ瑣末な問題でしかなかった。

だがなぜかマスメディアにとっては重大事項になり、あざとく利用し尽くしたのが不動産王である以上にテレビの人気者だったトランプの手腕だ。わざわざツイッターで「板門店の平和の家か自由の家はどうだろう」とカマをかけてみたり、「もう決まっているから近々発表する」と言ってみたり、最終的には「3日後に」と発言し、さんざんこの話題がニュースで報じられるように次から次へと手を打ち続け、反トランプ色を鮮明にしているCNNやニューヨークタイムズですらこの露骨なマニピュレーションにすっかり乗せられていた。

トランプの狙いははっきりしている。とにかく米朝会談をマスコミの話題にし続けることだ。「批判でも宣伝効果になる」が実業家としてのトランプの口癖だったそうだが、デリケートな交渉だけに反対論が噴出するのは政界内部の(特に与党共和党に多い)強硬な反対派を勢いづかせるのも流石に困るとはいえ、とにかく話題にし続けることで期待を持たせ、金正恩にも国民の関心が集まるように仕向けたのだ。しかも合間あいまにはポンペオの二度の訪朝や3人の米国人の解放、北朝鮮の最高人民会議の緊急総会における核開発凍結の正式宣言や、核実験施設の閉鎖を海外メディアも招待して取材させる決定など、会談の行方を占う上でも楽観的な意味合いを持つ中身のある話も出て来ている。こうして準備が極めて順調に進んでいることが次々と、あの手この手で印象づけられれば、反体勢力もなかなか動きにくくなる。

場所はどうでもいいが、米朝会談の成果を占う今後の本当の注目点はなにか?

場所がシンガポールと決まると今度はシンガポールのどの豪華ホテルか高級リゾートかで憶測が飛び交うのだろうが、そんなこととは別に今後の展開と階段の行方をめぐって注目すべき点を二つ、最後にあげておこう。

まずポンペオ長官の二度目の訪朝を報じた朝鮮中央放送で、ポンペオが持って来た「新たな代案」を金正恩が歓迎したと述べられたこと、その「新たな代案」とはなにかだ。北朝鮮が核実験施設の破棄を首脳会談を待たずに今月23日から25日に行うと(つまり、首脳会談での交渉カードにはしない)発表したのも、この「新たな代案」を受けてのことだろうが、あとはこの金正恩=ポンペオ会談が二度目の中朝首脳会談の直後だったこと以外にはほとんど手がかりがない。しかし朝鮮戦争の正式終結ももう決まっているのだし、単に「経済制裁の解除」や「体制保証」では済まない、相当に踏み込んだ内容だったのは確かだ。

またこのポンペオが帰国した時にトランプが「世界の安全保障」にとっての大きな成果になるとまで言ったことも見逃せない。ポンペオは電力の供給やアメリカからの直接投資などの提案をしたと公表しているが、これもカムフラージュである可能性が高い。経済援助なら「新たな代案」とはならないし、だいたい朝鮮中央放送がわざわざ称揚するとは考えにくい。「カネと引き換え」に核開発を凍結なんて話であれば北朝鮮国民を乞食同然に貶めることになり、なのにあんな満面の笑顔では、金正恩の威信が一気に失墜する。北朝鮮国民にはどんなに貧しくともその国民としてのプライドはある(ということが、なぜか日本の世論は理解できないらしいのも問題だ。他国の奴隷になったり乞食扱いされることを喜ぶ国民なんて、世界広しといえども日本人だけかも知れない)のだ。つまりこの「新たな代案」とはただの「体制保証」を超えるなにかだろう、というくらいまでは推論できるが、それがなんなのかが米朝首脳会談の最大の注目点のひとつになる。

もう一点、これは本サイトでは1回目の米朝首脳会談の次の動きになるだろうと予測して来たことが、もしかしたら1回目とほぼ同時に一気に進む可能性が出てきた。習近平と文在寅もシンガポールでの会議に参加することだ。

もう一点、朝鮮戦争を年内にも正式に終結させるには、停戦協定の調印国の中国とアメリカ、それに韓国が参加する四ヶ国会議が必要になると以前の記事ですでに述べた通りだが、とにかく交渉が続く限りは軍事衝突が起きないという状況を引き延ばすことも含めて、米朝首脳会談のあと改めて日程が決められると言うのが本サイトの予想だった。しかし韓国では文在寅が軍や保守派の反対を抑えて宣伝放送用スピーカーの撤去などをどんどん進め、米朝の準備交渉も予想を遥かに超えた速いペースで進んでいるとなると、どうせ結果は「戦争終結」と「和平協定」ないし「平和条約」になると確定しているこの4者会談も一気にやってしまった方が、トランプにとっては選挙の追い風もより強く期待できる。

またすでに再三述べて来たように、本格的な「朝鮮半島の非核化」ならば米朝交渉だけでは済まず、中国とアメリカの間で東アジアに展開する双方の巨大核武装をどうするのかの議論が必要になるはずだ。もしかしたらそこも含めた東アジア総体の核軍縮交渉がポンペオが金正恩に伝えた「新たな代案」だったのかも知れないが、そうなった場合にも中国の参加は不可欠だし、韓国も当然列席するだろう。

つまりシンガポールでの会議に習近平と文在寅も参加する可能性が出て来たことが、今後の大きな注目点になるし、そうなれば事態の展開はさらにスピード感を高めることになる。

本当に「トランプにノーベル平和賞」となるかも知れない!?

いずれにせよ、東アジア・東南アジアの国際秩序が激変するのは確実だろうし、かなり意外と言えば意外なのが、金正恩だけでなくドナルド・トランプもそこに熱中し始めたことだ。もっとも、プロ政治家ではなくビジネスマンとテレビ・スター出身のトランプにしてみれば、そうなるのが当たり前なのかもしれない。冷戦が終わってから四半世紀、しかし世界は冷戦以前からのイデオロギー分断を引きずった形で対立を深めて来たし、その枠組みの中でのアメリカの世界戦略は、全世界に米軍を展開させることで膨大な財政負担を伴う物でもある。

極右イデオロギーとの親和性ですらリアリストのオポチュニストにとってひとつの手段でしかないことが次第に明らかになって来たトランプ政権の本質において、国内政治はともかく外交では国家間のイデオロギー対立は相当にどうでもいいものらしい。経済問題では貿易摩擦で対立を深める中国相手ですら、トランプはまったく敵視しておらずむしろ本気で貿易摩擦問題を交渉するつもりだし、中国の共産党独裁体制にも、北朝鮮の労働党独裁にも、そこを外交問題にすることにはまったくと言っていいほど興味がないのだ。

確かにドナルド・トランプはアメリカの内政とアメリカ国民にとっては、恐らく史上最悪の大統領だろう。人種差別主義者や女性蔑視について曖昧な態度を取ることで事実上支持してしまっていることや恣意的な税制改正、医療保険制度を事実上破綻させようとしていることや、警察の暴力など、トランプ政治の副作用でアメリカ国内では深刻な分断が進行しているし、この大統領の下で銃の乱射事件が相次ぐアメリカでの生活は確実により危険なものになっているのに、銃規制には全く興味がなく、自分で武装して自分で身を守れと言わんばかりだ。

ところが皮肉なことに国際政治の世界では、このアメリカ至上主義者で人種差別主義者にもみえるアメリカ大統領が、よりまっとうな国際秩序の再編を成し遂げてしまうかも知れないのだ。もちろんリアリストでオポチュニストのトランプのことである。そんな「ノーベル平和賞」的な野心も実現の見込みが減退すれば、素知らぬフリで旧来のアメリカ極右的な独善外交に逆戻りするリスクも常にある。

イデオロギーの相違が国際社会に分断や対立を引き起こす時代は終わるのかも知れない。取って代わるのは商売本位で結びつく世界の経済圏に基づく構造化だろうし、それが対立や分断につながるものだとは限らない。北朝鮮問題に一定の落とし所が見えて来た今、トランプ外交に控える真の最大の課題は、中国との経済摩擦をどう解消するかになるだろう。そして中国がひとつの経済圏の中心となってアメリカやEUと拮抗するとしても、最終的にはお互いに安心して商売できることが最優先されることこそがどの国にとっても最大の利益になるのも確かだし、トランプもむしろそこを狙っているようだ。

安倍政権には対北朝鮮交渉はそもそも無理

日本のメディアは今度は朝鮮労働新聞(労働党の機関紙)が厳しく日本を批判して「そんな態度では一億年経っても我が民族の聖なる大地には一歩も入れない」「拉致問題は解決済み」と論評したことに半ば戦々恐々、半ば怒り心頭であるようだが、この程度のジャブでパニックになっているようではまったく心許ない。労働新聞が日本の態度を批判したのは、直接的にはトランプに拉致問題を会談で取り上げて欲しいと頼み込み、文在寅には板門店での南北会談で拉致問題を議題にあげて欲しいと頼み、日中韓サミットでは中国が拉致問題を解決してくれと李克強に頼みこもうとして相手にされなかった愚劣な態度であり、そうやって姑息にコソコソと他国に頼んでないで日本政府が自分の責任でちゃんとやれ、とからかわれただけだ。

「拉致問題は解決済み」は北朝鮮国内向けではそういうことになっているが、これだけで済むならまだ甘い方だ。実際には(北朝鮮国民は知らされていないが)金正恩は一度は自ら拉致問題の再謝罪を申し出て再調査を提案し、1年以上かかって日本もやっと合意した。ところが調査結果の内示があったところで日本が核実験を理由に一方的に経済制裁を始めると宣言して、再調査の結果も含めてペンディングしたままになっていること突きつけられたら、日本政府はどう言い訳するつもりなのだろう? 今の日本の態度は北側から見れば再調査があったことを誤魔化したいから自分ではなにも言わずに、ひたすらアメリカや韓国や中国に頼っているだけにしか見えず、日朝交渉が始まれば必ず日本はなんらかの申し開きや謝罪を要求されるだろう。

安倍首相はトランプに、シンガポールからの帰国の途中に日本によって日米首脳会談を要請したと国会で答弁した。さっそく政府筋から「せいぜい電話会談」という観測も漏れて来ているが、血迷ったとしか言いようがない。米朝首脳会談は必ず(形だけでも)成功するし、トランプはすぐにアメリカに帰国してその成果をアピールしたいに決まっているだろう。

もしどこかに寄ることがあるとすれば中国で習近平との交渉を始めるか、韓国で文在寅と共に成功を最大限にアピールすることくらいしか考えられない。わざわざ日本に寄る理由がないし、それでも安倍の要請に応じるとしたら、せっかくの合意をぶち壊しにしないよう安倍に圧力をかけることくらいだろう。果たして午前中の衆院での答弁ではホワイトハウスに要請していると胸を張った安倍だったが、同日午後の参院では、「ぜひお話ししたい」と妙にへりくだった態度にトーンダウンしてしまった。

安倍としては米朝会談が決裂してくれれば日朝交渉に入ることも避けられるし、北朝鮮を敵視・悪魔視し続けて「拉致問題を許さない」とでも叫び続ければそれで一応は済むことにはなる。「包括的」と称して拉致問題を核武装の問題とあえてひっくるめて議論しているのも、「完全かつ不可逆的で検証可能な核廃棄」が完全に実施されるまでは制裁を解除しないと言い続けているのを見れば、拉致問題に本気で取り組むことを避ける時間稼ぎの意図すら見え隠れしている。

安倍政権が北朝鮮と向き合うことから逃げ続けなければならない話は、無論これだけではない。植民地支配と戦争・人道犯罪の謝罪と補償の問題は避けて通れないが、安倍政権にこの交渉は無理だ。1965年に韓国と結んだ背戦後賠償に関する協約や2015年の「慰安婦合題の日韓合意」と同レベルのもので北朝鮮側が納得するわけがないし、村山談話や河野談話に代わる新たな戦争責任の自覚と謝罪の表明は必須になるだろうが、熱烈な支持層の離反が怖い安倍にいったいどんな対応ができるのか? しかも北朝鮮との戦後補償交渉がよりまともな形で妥結すれば、韓国に対しても追加で同じ処置をしなけれなならない。

そして完全に取り残された安倍ニッポン

さらに厄介な現在進行形の問題もある。拉致問題再調査の際にも金正恩は経済援助などの見返りは一切要求せず、ただ日本も日本で国内の在日朝鮮人の人権を政府が責任を持って保護して欲しい、と要望しただけだった。

言うまでもなく日本において在日朝鮮人が置かれている現状はまったく逆だ。安倍政権の熱烈支持層は例えば在日コリアンへのヘイトスピーチを繰り返した団体などとほぼ一致するし、一時流行ったヘイトデモなどは収まったものの、深刻な人種差別は日本語のネットやSNSで横行し続けているし、日本政府はまったく放置している。もしかして政府の圧力もあるのかも知れないが、ほとんどのSNSの日本支社などのITサービス業者も、自社が利用者に課しているはずの利用規約にすら違反して、ほとんど対処していないどころか、差別発言を糾弾したらそちらの側が「言論弾圧」などと言いがかりをつけられて違反行為に問われることすらある。

韓国との「不可逆的」だったはずの慰安婦合意について違反する「朝日のでっち上げ」、慰安婦被害者を「売春婦の嘘つきババア」と言うような暴言が日常的に一部国会議員のアカウントから飛び出しているのは、政府にが確かに処罰の権限まではないが、自分の党の議員くらいには離党勧告なり厳重注意なりをするべきが、政府・政権として許せないデマであることくらいは明言しなければ「蒸し返さない」という約束は果たされないはずだ。

こうした人種差別が蔓延する状況について、日本の官憲が深刻な人権侵害を黙認して来ていることは国連人権理事会で度々問題になっているが、安倍政権はといえば国際的な批判を無視してこうした差別デマの流布を目的とする団体に公益財団法人としての認可すら出てしまっているのだ。この辺りを日朝交渉で持ち出されたら、日本には「勝ち目がない」どころでは済まない。

まあどっちにしろ、アメリカも中国も日本にこの問題にはこれ以上関与させないと言う態度を露骨に示し、ある程度は配慮してくれているのは韓国だけ、と言う安倍政権の外交的な孤立は、国内でこれだけ不祥事やスキャンダルが相次いでる政権なのだしもう先は短いと踏んでいるからでもある。金正恩も自分が日朝会談をやる前に日本では政権が交代するだろうと予測しているからこそ、労働新聞が今のタイミングで露骨な罵倒記事を出したのだろう。5月23日から25日に行われる核実験施設の閉鎖で海外メディアを招待すると言うのも、いかにもヤミたっぷりに、日本メディアは対象から外されている。

どうせ安倍が総理大臣である限りはこう言う悲惨な国際的孤立しかないのならば、北朝鮮問題の今後の進展のなかで日本の立場や国益を守り、拉致問題もしっかり「解決」するためにも、安倍政権は各国の政権が予想している通りに速やかに退陣した方がいい。できれば6月12日以前か、今年のG7首脳会議がある6月8日9日以前にしえてもらえば、まだ次期首相が日本の立場の仕切り直し・立て直しもできるはずだ。

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