イラク戦争<文明の衝突を避けるために>(Ⅰ) by ドミニク=ドヴィルパン元首相

イラク戦争<文明の衝突を避けるために>(Ⅰ)
ドミニク=ドヴィルパン元首相(Dominiques De Villepin)

2013年という年は、2003年イラク戦争から10年経った節目である……ということをただ意味するものではない。現在では大きな二つの世界観があることを知ることが肝要である。
現在の世界は10年前とはまったくむ異なる。ブッシュ政権が前のめりになってイラク戦争開戦へと突き進んでいったのに対して、オバマ政権がイラク占領において前面に出ることはない。マリ軍事介入においても、むしろ、消極的な姿勢に徹している。アメリカ合衆国が世界を意のままに支配する軍事覇権大国という時代は終わりを告げたといえよう。

今日において、残念ながら、10年前の世界と現在とは大きな隔たりがある。アルカイダとの関係を持ち、ジハードを厭わぬテロリスト・グループ相手を殲滅せんがために、アフリカ諸国との連盟に基づいて、国連安保理や米国の支持を受けて、フランス共和国はマリに軍事介入した。私はこの間、一貫して、

「これはフランスの戦争ではない」
「軍事介入とは異なる平和的代替手段が求められている」
「軍事介入は憎悪を産出するだけで、国益に値しない」

とあらゆる局面で、自説を述べてきた。

ただ、今日の世界の変化において期待されるべき異なる状況に私たちは接した。それは、いわゆる、「アラブの春」である。アラブの民衆は自身の歴史、即ちアラブ史において、初めて主役になろうとしたのだ。しかし、これはたいへんな矛盾を内包している。逆説的だが、世俗化した軍事独裁政権の代わりに、イスラム主義者のムーヴメントの強化がなされたのだ。即ち、反体制運動がもたらした民主化は国家のイスラム化であった。これをパラドクスと云わずしてなんといおう。

けっきょくのところ、中国やロシア、ラテン・アメリカの覇権拡大に伴って、世界は異なるものになってしまった。中東諸国はもはや自国のことを自らに依って公正であるか否か(juste ou injuste)を決定しうることはできなくなったのだ。つまり、中東の正統性・正当性の決定者は世界の覇権国が握ることになった。

*この文章はドミニク=ドヴィルパン元首相が新聞に寄稿した原稿を元に、ドヴィルパン元首相と交流がある及川健二が再取材・他文献読了によって、肉付けされたもので、“真訳”(まやく)である。

(全5回1回目)

<著者略歴>
Dominique De Villepin
シラク政権下で首相、外務相、内務相を歴任。
作家、歴史家、詩人、外交官、新党「連帯共和国」創立者。
父親のXAVIER DE VILLEPINは外交官を経て上院議員になり、日仏友好議員連盟・副代表を務めた。ドミニクも日本文化に精通する親日家として知られる。
共著も含めると18冊の著書を持つ。
ナポレオン=ボナパルトに心酔し、ナポレオンを描いた歴史書3部作を上梓。
イラク戦争に国連を舞台に真っ向から反対する姿勢が世界中で喝采を浴びる。
イラク戦争後は、『もう一つの異なる世界』という、多極間外交を基軸とするフランス外交論について解説書を上梓する。みすず書房から出版されるところが、諸事情により、断念された。

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