結局なんの意味があったのか?戦後70年談話の滑稽な茶番と意外な顛末 by 藤原敏史・監督

だいたい、最初から無理があり過ぎた。

自衛隊に海外での戦争の参加を可能にする法案(どう「平和」と言い逃れ、集団的“自衛権”に議論を矮小化しようが、集団的自衛権と集団安全保障を恣意的にないまぜにして戦争参加を可能にする法案である)の審議を、よりにもよって戦後70年の8月に進めようとするだけでも反発が高まるのは必至だった上に、さらには原発の再稼働を強行、そのタイミングで新たな首相談話で従来の公式見解扱いの村山談話・小泉談話を覆そうというのが、安倍晋三首相のそもそもの狙いだった。

首相とその周辺はもしかしてとんでもない勘違いをしているのではないか? Facebookの自分のページで熱狂的な支持に悦に入りつつ、TwitterでTBS系のニュース23やテレビ朝日系の報道ステーションのタグをつけて口汚く罵る熱心さを見て、「サヨクに支配されたマスコミに国民はもう騙されないのだ」などと本気で思い込んでしまったのではないか? いやそんな安倍やその周囲が「反日メディア」とみなすニュース番組を熱心に攻撃しているのが毎日毎日まったく同じ面々でFacebookの自分のページに書き込む面々とも共通し、しかもいつも同じ暴言しか言っていないことなんて、誰でもすぐに気づくだろうと思うのだが。

実際には、安保法制の審議が始るまでは、そのニュース23や報道ステーションさえ、安倍政権に不都合なことは極力報じない態度に徹して来たし、官邸や各官庁の圧力で擁護せざるを得なかった。米国ではメディアを中心に不評が相次いだ安倍訪米の議会演説も、日本ではあたかも絶賛されたかのように報じられて来た。

だが安保法制が違憲だと指摘され、潮目はがらり変わった。政府がまともな反論すら出来なかった上に、衆院での採決を強行したこと、前後して安倍に近いとされる議員からの暴言が相次いだことで、もはや情報操作の擁護も無理、国民の目にもこれまで「景気回復」への期待で隠されて来たこの政権の危険性が明らかになったのだ。

そうして迎えた戦後70年の8月である。節目の年に、戦争についての証言の報道やドキュメンタリーは例年になく数も質も充実していた。80代後半や90代となった元兵士や従軍看護婦たちが、もはやこれが最後の機会とばかりに覚悟を決めて、今まで語るに語れなかった、日本の戦争がいかに悲惨だったか、自分達自身がどのような非人道行為をやらされて来たかを、良心の呵責と残虐すぎる記憶の重みに押しつぶされそうになりながら懸命に語るその姿と、日本の戦争がいかに滅茶苦茶なものだったのかの事実が、視聴者に強烈に印象づけられた。

「戦争は絶対にいけない」と誰もが思ってしまう時に、安保法制を強行しようとする政権への反発は強まる。なにしろ幾つかの番組が戦時中の日本政府や軍上層部の体質に言及し、安倍政権がそれによく似た体質を持つことまで暗示されているのだ。

談話は出したい、だが外交問題は避けたいジレンマ

こんなタイミングで安倍の支持層である極右の歴史修正主義を、日本政府の公式談話として発表して外交問題になってしまえば、支持率の下落は決定的になる。一時は閣議決定を経ない首相の私的談話となる可能性も検討されたが、ならば歴史修正主義的な発言が許容されるほど事態は甘くない。結局、談話は閣議決定を経た公式見解となり、安倍がどうしても言いたくなかったらしい「おわび」も、連立与党の公明党の主張で入れざるを得なくなった。

安倍談話が、安倍自身が元々狙っていた内容で許容されるかどうかは、この談話の発表が噂されるようになって以来、ずっと外交上の問題とみなされて来たし、だから安倍のブレーン達はまずバンドン会議での演説、そして訪米中の議会演説で、どこまで安倍の真意を曖昧にすれば許容されるのか、なにを言えば一部には歓迎されたかのように演出できるのか、どういう語彙を含めればことを荒立てずに済むのか、そのギリギリの一線を彼らなりに一生懸命考えて、テストして来た。

日本のメディアが盛んに注目して来たのは中国・韓国の反応だが、実際に安倍政権がもっとも気にしていたのは米国のそれだ。最終的な安倍談話の準備段階では、草稿がアメリカ大使館を通して米国務省・ホワイトハウスにまで送られたほどだし、結果としてこの談話全体の論理構成は、安倍が米議会演説ですでに試していた論法をかなり踏襲している(もっとも、その議会演説が米政府には儀礼的に歓迎されたものの、メディアからは批判が相次いだのは、都合の悪い現実は無視ということらしい)。

アジア無視、欧米白人国家におもねた「日本の過ち」の認識

キャピトル・ヒルでの演説でも、今回の談話でも、安倍があの戦争の反省や日本の誤りとして述べたのは「アメリカ」ないし当時の「国際社会の潮流」に反したことであって、つまり(植民地の拡大は止めたものの、未だに膨大な植民地を抱えた)白人国家の列強が対象で、日本はその西洋中心の世界覇権が「壮絶な犠牲の上に築こうとした新しい国際秩序」に対する「挑戦者」となっていったのが良くない、という話になっている。安倍の視線が向いている先はあくまで欧米で、談話の論理構成がそこに媚びおもねることを目的としているのは隠しようがない。

一方で安倍は「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」とも述べているが、ここなぞは中国やとくに韓国が激怒してもおかしくなく、日本人が見たって珍妙な歴史歪曲でしかない。日露戦争では朝鮮半島と満州の権益をめぐって日本がロシア帝国と争い、この戦争に“勝利”…というかある程度は日本有利な講和にこぎ着けたことこそが、日本が植民地侵略に踏み出す決定的な一歩だった。

日露戦争で非白人国である日本が当時の世界の先進国の仲間入りをしたとみなされた面は確かにあるが、それは西洋諸国側が日本を仲間内として認めたのであって、「アジアやアフリカを勇気づけた」とは無理があり過ぎる。なのに日露戦争を挙げて、口先だけはあたかも日本がアジア諸国の民族自決と独立への動きを勇気づけたかのように言いたがるのだから、安倍は自分の納得できる歴史観を提示したいと野心満々なわりには、その歴史観を支える理念も史実の認識もえらく矛盾・倒錯している。

日本の急激な先進国化は、アジア人でも欧米と対等になれる希望を確かに与えはしたが、真っ先にその影響を受けたのは中国の民族主義、たとえば近代中国建国の父・孫文であり、朝鮮民族の民族近代化運動だ。日本から多くを学んだものの、日露戦争の結果日本がそれらの地域で権益を獲得・拡充し植民地帝国となる野心を露骨にしたことに、「勇気づけられた」とはおよそ言えるわけがない。

日本が孤立化して戦争を始めたのは欧米のせいで日本は被害者、でも欧米に逆らった日本が悪い、という基本論理

安倍談話が日露戦争をあげたのは、口先ではアジアやアフリカの味方を装いながら、実は日本が白人国家の仲間入りをしたことを誇っているだけだし、第二次大戦について一応は神妙に反省しているようなポーズをとっていても、その相手は白人国家、欧米であって、中国や韓国や東南アジアの日本の侵略被害国ではない。

「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明して」来たと述べ、「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」と口先だけは続けつつも、実際には村山・小泉談話の植民地支配と侵略への反省とおわびの基本的な論理構成を思いっきりねじ曲げているのが、この新談話だ。だいたい、誰が誰に、なにについて「おわび」しているのかも、一見するとよく分からない。

第二次大戦の戦争被害については「多くの無辜の民が苦しみ」、慰安婦問題を思わせる言及も「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた」などと全般的に非常に抽象的な表現に終始しているのに、連合軍捕虜への虐待だけは妙に明確なのが、これまた白人至上主義的な媚とおもねりを印象づける。その一方で、日本が第二次大戦に至った経緯については、具体的な史実への言及は満州事変のみなのに、その理由付けについて妙に詳しく言葉数を割いているのがあまりにちぐはぐだ。

「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、 植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まり を、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました」

これが正確な歴史認識だと思える人は、よほど単純化された偏向の愚に陥っていると言わざるを得ない。と言うより、日本国の歴史認識を示す談話のはずが、肝心のその主体である「日本」がなにをやったのかには触れないところからして、なんとも奇妙で子供っぽい無責任体質が露呈している。

大恐慌が日本にも少なからざる打撃を与え(とはいえ世界的には少なかった部類)、大正時代に花開いたデモクラシー政治が国民の支持を失って行くことにつながったとは言えるし、その意味で経済恐慌が日本の軍国化の大きな契機になった面は確かにあるが、安倍談話ではあたかも、恐慌に苦しむ日本を欧米がさらに孤立させるから、日本はしかたなく戦争に追い込まれたのだ、と言わんばかりの論理を提示している。直接そう言ってしまってはさすがに物議を醸し、欧米から批判・反発の集中砲火を浴びるので、「孤立させられた」を「孤立感を深め」と言い換えてはいるものの、この辺りの歴史認識のスリ替えは、諮問機関の21世紀構想懇談会の報告では日本が産業経済上の利権を求めて満州・中国大陸への侵略に突き進んだと明記されていたのと比較するとより明確になる。むろん実際の史実では、日本が満州事変、日中戦争への国際的な非難に耳を貸さないまま自ら孤立して行くと同時に、日独伊三国同盟で軍国主義ファシズム勢力の一翼を担うことになったのは言うまでもない(だがナチス・ドイツの同盟国であった史実は、安倍談話では、まるでなかったことのようになっている)。

列強相手に人種差別撤廃条約を提案した第一次大戦直後の日本

安倍談話に理念的な一貫性がない点では、「世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり」と述べた上で「人々は平和を強く願い、国際連盟を創設し」と言いながら、その第一次大戦の講和会議で日本が提出したある重要な条約案が、米国の支持を得ながら欧州戦勝国(とくに英国)の反対で潰された史実にまったく触れもせず、なのに「日露戦争は植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」と言っているのは、とりわけ奇妙だ。

日本がアジアやアフリカの人々を勇気づけたと言いたい、しかも「民族自決」を挙げるなら、人種差別撤廃条約を日本がヴェルサイユ会議で提案したことこそ、この場で堂々と言うべきではないのか?

談話の準備段階で、諮問機関である21世紀構想懇談会での議論について、安倍は「植民地支配の悪い所ばかりでなく、なにかいいことはないのか?」と激昂したと報じられていた。ならば日本が人種差別撤廃条約を提案したことは、当時はまだまだ根強い白人至上主義の傲慢に涙を呑んだとはいえ、戦前の日本が今の国際社会に誇れる「いいこと」のひとつのはずだ。

なぜ安倍は、日本が人種差別撤廃条約を提案したことを言わなかったのだろうか? 欧米、たとえば人種差別撤廃条約への最大の抵抗勢力だった英国を批判することになると気兼ねしたのか?いや当のその英国なら、そうした過去の過ちを少なくとも建前では克服する努力を表明しているのだし、むしろ言った方が日本の国益だ。

要は「日本は悪くない、被害者で仕方なかったんだ」と正当化をはかりつつ、それを明言してしまっては国際的な批判が怖いので(というか、特にアメリカやヨーロッパ各国に反感を持たれることを危惧し)曖昧さを織り交ぜた結果、日本は欧米列強のせいで戦争に追い込まれたのだがそれは欧米列強の世界秩序に反抗することだったので日本が悪かった、となんだか卑屈で姑息で曲がりくねった話になってしまっている。

これが今後の日本政府の公式の歴史見解になってしまうのだとしたら、安倍が戦後70年談話を出すという話が国際問題化しかねなかったこと以上に、我々日本国民にとってこそ大問題であり、国辱的ですらある。

いや、公式の歴史観がこれでいいのか、というのなら、安倍談話にはしょっぱなから大きな問題がある。

明治維新の史実を見れば、植民地侵略への危機感があったとは思えない

「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません」

植民地主義が猛威を奮っていたので、日本は自国の独立を守り、アジアを植民地から解放しようとしたのだ、と言うのは例の「新しい歴史教科書を作る会」あたりの歴史観であり、安倍談話は冒頭からその発想をなんとかオブラートに包んで盛り込もうとしている。

だが、その「新しい歴史教科書を作る会」が歴史学に関してはド素人集団で、出した教科書の執筆陣にプロの歴史研究者が一人もいないという(これでよく文科省の認定がとれたもんだ)ていたらくの結果、数十年に渡る世界情勢の激変をすっ飛ばした珍妙な近代史を説いてしまっている。彼らが言うように1930年代以降の世界史の展開で「日本は欧米の植民地主義と戦った」というのではあまりに無理があり過ぎるので、本当に植民地帝国主義の最盛期だった19世紀半ばから後半にその論理を無理矢理あてはめたのが、この安倍談話の冒頭部分なのだが、今度は日本史上の史実に照らして、やはりあまりに無理があり過ぎるのだ。

単純な話、1854年の開国から1868年の明治維新・戊辰戦争、そして明治初期の史実に、日本が植民地支配の波に危機感を、などという形跡は見当たらないのだ。むしろそんな危機感なぞがあったなら、絶対にやっていないはずのことが、幕府や明治新政府に関わる史実として並んでいる。

その上、当時の植民地帝国列強のどの国も、日本を植民地支配しようとした痕跡がこれまたまったくない。米国がまずペリーを派遣して国交樹立を交渉したのは捕鯨船の寄港地が必要だったからだし、続いてヨーロッパ各国と同様の条約を江戸幕府が結んだのも、どう見ても双方とも貿易・商売の拡大を目的としている。

いやちょっと待て、学校では不平等条約だと習ったはずだ、と言われるかも知れない。確かに一方的に治外法権を認め、輸入品への関税を日本だけで決める権限がなかったのは明らかに、現代の、西洋的な法や条約の制度を知っている視点からみれば、不平等だ。しかしこれらの条約は別に武力で強引に押しつけられたものでもないし、開国した幕府にもそんな危機感はなかった。

不平等条約は列強の側の外交が狡猾で、西洋の外交ルールに疎かった幕府が見事に「騙された」とは言えるが、幕府の側にこれが不当だと言う認識があったとすら考えにくい。治外法権は江戸幕府と諸潘、あるいは諸藩どうしの関係におけるそれぞれの幕臣・藩士の扱いでは当然の慣行だった。今日でも外交官・外交使節には治外法権が認められているが、幕府の側では欧米諸国の官憲の代表と、来日するその国の民間人の区別が必ずしもついていなかった。関税についていえば、それまで幕府と長崎に支店を置くオランダ東インド会社が独占し莫大な利益を上げていた日本とヨーロッパとの貿易では、そもそも輸入品はすべて幕府とその御用商人が取引していて、関税という発想自体がない。

植民地支配への危機感どころか、江戸幕府が対外防衛を強化したのは開国後ではなく開国の前で、外国船打ち払い令を出している。だが歴史を当時の価値観を踏まえることなく、現代の価値観を押し付けて判断するのが歴史修正主義の誤りであるのは言うまでもなく、打ち払い令は外からの侵略に対処するための政策ではまったくなかった。

これは三代家光が定めた鎖国令を前例踏襲するためのものであり、家光が鎖国をやったのと同様の目的で、諸藩が勝手に海外と交易し利益を上げたり武器を輸入することを防止するのが最大の動機だ(薩摩藩ではその幕府の目を盗んで琉球王国を利用した闇貿易に手を出していた)。開国後には、外国船に対する軍事的対応を行う意志は幕府の政策にはまったく見られず、記録を見れば大老井伊直弼や幕府の実務官僚達が、むしろ開国を貿易拡大と新技術の導入による日本の成長のチャンスと見ていたことが分かる。

いや尊王攘夷があったじゃないか、と言うのなら、これも植民地支配を警戒したナショナリズムだとみなすのは現代の価値観を当てはめた誤解だ。250年も平和だった江戸時代に、暇だった武家が儒教・朱子学の研究に熱中し、とくに徳川御三家のなかで将軍位継承権を持たず政治的実権がない水戸藩で大いに発達し、徳川斉昭という希代の儒教狂い当主が全国の武士の尊敬を集めた、その結果広まったのが尊王論、攘夷論、いわば机上の空論の頭でっかちな忠義・天皇崇拝思想で、およそ現実的な防衛論とは無関係だ。だいたい欧米列強の侵略に危機感があるのなら、わざわざ挑発(しかも相手には治外法権がある)して戦争を始める口実を与えるような、外国人襲撃などやるはずがない。

日本の武士達が開国と同時に西洋の近代的な軍隊と兵器に触れ、自分達が時代遅れになっているのでは、と危機感を抱いたのは確かだが、それが植民地支配される危機感に結びついていたのなら、幕府にせよ明治政府にせよ外国から軍事顧問を招いて自国の軍事機密をその侵略して来るかも知れない相手国に握らせたりするわけがない。明治政府はお雇い外国人を積極的に用いたが、その代表格といえるジョサイア・コンドルは日本近代建築の父となり、政府官庁などやはり国家の安全保障の機密に関わる建物を次々と手がけている。仮想敵のはずの相手国に国防に関するもっとも重要な機密が筒抜けで、およそ西洋の侵略・植民地化に危機感がある政府がやることではない。

外国からの侵略に危機感を覚えながら全国規模の内戦?

いやなによりも、日本に西洋列強に植民地侵略される危機感なんてあったなら、クーデタで明治維新を起こして全国を内戦に巻き込むだなんて、侵略支配を狙う側にとって介入する最大のチャンスを与えたりはしないし、実際に西洋列強の側も、英国が長州や明治維新政府、フランスが幕府にそれぞれ武器や軍事技術を供与はしていても、あくまで商売に過ぎず、内戦自体に介入して支配権や権益を得る動きは一切見せていない。だいたい、明治維新政府が最初に採用した陸軍の運営方式も、幕府の軍近代化方針に倣ったフランス式で、英国ではなくフランス陸軍から軍事顧問を招いている。俗説にある戊辰戦争が英仏の代理戦争だったという理屈は、まったく成り立たない。

戊辰戦争で国内を疲弊させ、その気がある外国があれば格好の侵略のチャンスを与えていただけでない。明治新政府はその10年後にも、再び内部対立から大きな内戦を始めている。西南戦争だ。背景にあるのは明治維新が従来の身分制度を廃し、武家階級を解体してその武装解除を決めたことへの、失業した武家階級の不満だ。植民地侵略される危機感があるのに武士をなくしてしまうのも矛盾しているが、明治政府が単に日本が時代錯誤な後進国に見えることを恐れ、近代化の一貫として旧来の封建的身分制を廃止することだけを考えていたのなら、これは断行すべき決定だ。

安倍談話が言うような「危機感」を当時の日本人が感じていたなら、武士階級の解体武装解除も、再び大きな内戦を始めたことも、まったく不自然だし、その西南戦争の直接のきっかけとなった明治政府の内部分裂も、対西洋の国防などまったく眼中にない征韓論だった。どうも近代の大国は植民地というものを持つものらしく、李氏朝鮮が日本の国交樹立交渉に応じない、日本に倣って近代化を目指さないのは無礼だ攻めてしまおう、とえらく無邪気な話だし、この時点で既に日本は、自国が植民地化される危機感どころか、植民地を持つ先進国気取りで近隣アジア諸国に接しようとしていたことも無視出来ない。それも、妙にナイーヴで現実の戦略性をまったく考えないままに。

皇国史観で歪められて来た明治維新の実態は、下級武士のクーデタ

そもそも、これは明治以降の皇国史観教育でぼやかされていることだが、明治維新とははっきり言って、権力構造に入り損ねそうになった下級武士のクーデタでしかなく、もし松下村塾系などの「幕末の志士」が本気で日本国を守るなどと考えていたのなら、こんなこと絶対にやったはずがない。

日本の近代化の必要性なら、徳川慶喜が朝廷と結んで公武合体の新体制の構築が進んでいて、その重職には薩摩長州の藩主も就くことになっていた。このままでは松下村塾出身者や薩摩の西郷隆盛など、元尊王攘夷派の野心的な下級武士達の出世の道は断たれてしまう。その彼らが公家の岩倉具視と結び、いったん大政奉還のうえ公武合体であらためて日本のリーダーになるはずだった徳川慶喜を追い出すため、少年の明治天皇を取り込んで強引に出させたのが王政復古の大号令だ。結果はもちろん大内戦、列強にとっては介入・植民地侵略のチャンスだ。言い換えれば「維新の志士」達には日本が西洋諸国と較べて「後進国」である危機感はあったかも知れないが、植民地支配の波に危機感なぞまったく感じていなかったのでなければ、説明がつかない。

「未来志向」を口先だけでは言いながら、最新の歴史研究の成果なぞ見向きもせず、数十年前の歴史教科書の、未だに皇国史観を引きずりつつ、西洋歴史学の過剰な影響下にあった1970年代くらいまでの歴史観を珍妙なご都合主義でさらに歪めた結果、およそ将来的に継承することなど無理な相談の歴史観を無邪気に提示してしまい、それが国家の公式歴史見解として閣議決定されてしまったのである。

安倍談話の問題はもはや政治問題以前に、学校の歴史教育も歴史研究も大混乱させ、さらには国家の在り方の根幹にも関わるトンデモにすらなってしまっている。これでは今までもさんざん安倍が批判されて来た「歴史修正主義」どころか、ただの間違いだ。しかもそこには、なんの論理的な整合性も、実際の史実の尊重もない。

中国、韓国、そして米国は、いずれも外交問題化を望んでいない

拍子抜けする人も多いかも知れないが、安倍談話が今後、直接の大きな外交問題になることはまずあるまい。ただしこれは安倍首相の功績ではまったくなく、単にこのトンデモ歴史見解を外交問題に出来る立場にある国々のいずれも、これ以上の対日関係の悪化を望んでいないからに過ぎない。

史実に照らすだけであっけなく崩壊するだけでなく、全体の論理として支離滅裂でちぐはぐな内容ではあるものの、安倍談話には一応、村山談話以来のキーワードである「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「おわび」が、さらに支離滅裂さを増すようなやり方とはいえ、バカ丁寧に組み込まれている。安倍ははっきりと、村山談話、小泉談話で確認されて来た反省とおわびも踏襲するとも言っている。

アメリカなぞはさっそくその部分だけをわざととりあげて、「安倍首相が、大戦中に日本が引き起こした苦しみに対して痛惜の念を示したことや、歴代内閣の立場を踏襲したことを歓迎する」としてこの談話を評価してみせた。全体の主張なぞ完全に無視で、ただ「おわび」が踏襲継続されるという言質をダメ押しで再確認しただけだ。

当然の流れではある。米国にとっては日中関係がこれ以上悪化すれば危機から脱せない世界経済に大いに響く。目下の最大の懸念材料は、中国経済の急成長についにブレーキがかかりつつあることだ。たかが安倍のエゴくらいで日中対立が激化し、世界経済を破綻させかねない状況を招くことなど、世界のどの国も望んではいない。

中国、韓国のそれぞれの政府の公式の反応も、米国と示し合わせていることを濃厚に感じさせる。安倍が曖昧で支離滅裂な、いかようにも取れる談話を出すのなら、逆に各国はその不誠実さを利用して、自分たちに都合いいように一方的に解釈した上で一定の評価を与えているのだ。とにかく村山・小泉両談話で示された反省とおわびは継承という、安倍が確かに明言はしているその事実だけで、後はわざと徹底的に無視…というよりは、それぞれの国の報道メディアの方ではさんざんそうした問題点は叩いてくれているわけで、十分に釘を刺せてもいる。

最大の懸念に思われた中国は、安倍談話にそもそも興味がない

こと中国にとって、この談話はそもそもたいして重要ではない。肝心なのは9月2日の、日本の降伏文書調印70周年、中国にとっては抗日戦争勝利記念の式典に安倍を出席させることで、その方がどうせ内容空虚な談話なぞよりも遥かに明確に、日本に侵略戦争を反省させ謝罪させたというメッセージになる。

しかも安倍政権は相変わらず、変なところで運がいい。はっきり言えば天津港の大爆発事故があった今、中国政府には安倍談話にいちいち反応している余裕なぞない。これまでも大きな事故や話題の猟奇殺人のおかげで、様々な失態が報道から隠されて来た安倍政権だが、中国第二の巨大港湾で首都北京の海への玄関口である天津港の大災害に外交的な危機を救われたのは、これまででも最高の悪運の強さだろう。

だがそもそも、政府が歴史見解を示す談話が外交問題としてのみ捉えられることこそ、おかしな話なのである。首相が政府を代表して発する談話とは、まず国民に向けられたものだし、私たちの国がどう歴史的に自己既定するかの問題であるはずだ。なのに外交的な問題になるかどうか、外国がどう受け取るかだけでこの談話の評価を決めてしまうとしたら、我々日本人もまたずいぶんけったいな民族になってしまっていることになる。

もちろんそれだけでは終わらないし、外交問題化せずに済んだからといって、それでこの談話をめぐる政治問題が立ち消えるわけでもない。

安倍談話は後半国会での政府側の致命傷になり得る

安倍は「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「おわび」というキーワードを無理矢理この談話に押し込むと同時に、戦争被害に言及しつつもその加害行為の主体を曖昧にした、なにをどう認識してなにが言いたいのかさっぱり分からない支離滅裂な談話を発表するという奇策で八方美人を決め込み、これで外交問題化を回避したつもりなのだろうが、その姑息さこそが政権にとって最大の仇となるだろう。

つまり、なにが言いたいのかよく分からないのは、言い換えればこの談話が突っ込みどころ、というか野党にとっては質問のしどころ満載の、かっこうのネタであることでもある。

これからの後半国会は、この談話に関する質問でどんどん審議が膠着するだろう。

たとえば「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた」という抽象表現で、慰安婦問題や占領地での強姦略奪、さらには虐殺まで横行したことを曖昧に誤摩化したつもりだろうが、「具体的になんのことか?慰安婦問題についての反省なのか?」と問われれば、安倍はすぐにまともな答弁が出来なくなる。

「侵略」と「植民地支配」のキーワードは入ったものの、朝鮮半島と台湾の植民地支配に直接言及はまったくない。日露戦争を「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」と言うに至っては、朝鮮の植民地化の事実それ自体を否定しかねない暴論とも読めてしまうのだから、侵略や植民地支配の認識をめぐっての質問のしどころはたっぷりある。ここでも、安倍はまともに答弁が出来ないだろう。

こと「侵略」に至っては、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」という奇妙な挿入の仕方で、これでは「満州事変」や「支那事変(日中戦争)」が「侵略」や「戦争」と区別されているのではないか、とすら読めてしまい、当然質問ポイントになる。結局日中戦争は侵略戦争だったのか、太平洋戦争中の東南アジア諸国の占領支配すら、それが侵略だったとは、安倍談話では明言されていない。当然ながら総理がそれを侵略戦争だったと分かっているのかどうかが、こと安保法制の議論では絶対に避けられない問題になる。

「戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました」と言う曖昧表現も、日本の軍と政府が占領地や戦場となった地域で現地調達と称して略奪を繰り返したことや、ヴェトナム支配で膨大な餓死者を出したことを指すのかどうか、明確にされなければならないが、そこでも安倍の答弁は崩壊する。

こうなると9月中旬までの国会日程の大半が、この談話への突っ込み、野党の質問の集中砲火で終始し、安倍談話が安倍政権崩壊の最大の契機になりかねない。

化けの皮が剥がれた日本の歴史修正主義の陳腐な動機

ひとつだけ不思議なことがある。

これまで安倍の支持層が「反日デマだ」「証拠を出せ」と言い続けて来た日本の戦争犯罪行為のすべてを、抽象的な言い換えで、加害の主体すら曖昧とはいえ、安倍談話は戦時中に起きた事実として認めている。その上で安倍は村山談話のおわびの継承と、「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実」すら明言しているのだ。

なのに「保守」を自称する安倍の熱烈な支持層、たとえば先述の、ツイッター上でニュース23や報道ステーションのタグをジャックしているつもりのいわゆる「ネトウヨ」が、安倍を「裏切った」などと非難に転じる動きが、まったくないのである。

ではこの人たちは今まで、いったいなにを「デマだ」「反日だ」と言って戦って来たのだろう?この談話が安倍政見による公式見解となった以上、彼らはもはや「慰安婦はただの売春婦」だとも、「南京大虐殺は嘘だ」とも、中国で日本はなにも悪いこと等していない、偏向した反日教育なんだ、とも言えなくなる。なにしろ安倍は「戦争の苦痛を嘗(な)め尽くした中国人の皆さんや、【日本軍によって】耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さん」とまで言っているのだ。

なぜ彼らはそれまで「自虐史観」で「デマ」と言って来た諸事実を安倍談話が事実として認定していること、村山談話自体を全肯定していることに文句を言わないのか?

だがその理由は、拍子抜けするほど簡単だった。自称「保守・愛国」層は「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という一文にだけ飛びついて、「もう日本は謝らないでいいんだと安倍総理がおっしゃって下さったのだ」と喜んで、安倍談話の全体を絶賛してしまっているのだ。

言い換えれば、これまで安倍晋三がその頭目とみなされる、日本の歴史修正主義の化けの皮があっけなく剥がれたのである。彼らは愛国者でもなければ、英霊を称揚したいのでもなく、ただ「謝る」ことを嫌がっていただけなのだ。恐ろしく幼稚な身勝手さで、まったくのお笑いぐさでしかない。

さらに滑稽なのは、この彼らにとっては肝心の一文ですら、外交的な配慮のため玉虫色の曖昧に偽装されていて、別の読解も可能であることに、彼らが気づきもしないことだ。いや安倍本人すら気づいていない節があるのだからお話にならない。

ここで言及されているのはあくまで「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたち」であり、私たち自身、安倍自身を含む今生きている日本の世代ではない。

ということは、将来世代がいずれ謝らないでも済むように、被害者側が「もう謝る必要はない」と思えるまで、今の世代で徹底的に日本の戦争犯罪や加害の歴史を清算し尽くすべきである、というようにも、この一文は読めるのである。

いやむしろ日本の加害行為を、抽象的な表現でとはいえすべて認めた文脈で、しかも直後に「それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任が」と続くのだから、普通の読解ならば今の世代ですべてを清算する覚悟を表明したのだ、と読まなければおかしい。

情報にはコストがかかります。France10はタブーなき自由な報道のために皆様からの御寄付によって支えられています。


Leave a comment

Your email address will not be published.


*