「ああやっぱり」、英国民はなぜ「EU離脱」に投票したのか?ヨーロッパはどこに向かうのか? by 藤原敏史・監督

「予想外」の衝撃が世界を駆け巡った英国のEU離脱国民投票の結果だが、本当に「予想」もしなかった人はどれだけいたのだろう? 金融マーケットや企業経営者にとっては、自分たちが金儲けに最大の価値を置いている以上、英国民が最終的には自分たちと同様に考える、つまり経済で損にしかならない判断は避けるだろうと無意識に思い込んでいたとしても分からないではない。

確かに、英国がEUから離脱すればEU圏との輸出入に関税が派生するだけでも英国の経済産業に大きくブレーキがかかるのは間違いないし、ロンドンのシティが今も世界有数の金融市場として英国経済を牽引して来たのも、EU圏の取引がシティに集中しているからだ。EU離脱はそんな現状の英国経済の基盤を崩壊させかねない。

しかしそれでも、たとえば政治家や政治報道を専門分野とするジャーナリストなどが本当に「離脱」を想定もしていなかったとしたら、その職分の能力を疑わざるを得ない。

「残念だが、やっぱり」が普通の反応のはずだ。英国の政治や社会事情を多少なりとも理解していれば、とくに「離脱」に投票しそうな人々が、そもそもEUと英国の関係をよく知らないことにくらいは気づいただろう。

たとえば、NEETというのは英国で10数年前に社会問題になったことだ。日本では「引きこもり」と同義に勘違いされがちだが英語での意味はまったく違う。産業空洞化の進んだ英国の地方都市で、教育も十分に受けられて来なかった、「引きこもる」余裕などなさそうな階層出身の若年層の失業率が高止まりして、社会不安を引き起こしていたのだ。英国の、とりわけ地方都市の現代の現実はずっとそんなものだったし、今回の国民投票でもそんな地方ほど離脱派が優勢なのも最初から言われていて、実際にその通りの結果になった。

スコットランドで残留派が圧勝したのを除けば、残留・離脱それぞれが勝った選挙区の色分けには、キャメロン政権がどこで失敗して来たのか、その経済政策のなにが誤っていたのか、英国の危機、ひいてはEUの危機の真因はなんなのかがが、端的に現れている。

あまりに説得力のなかったキャメロン政権の残留論

最初から、デイヴィッド・キャメロン首相の「IN」キャンペーンには説得力がなかった。離脱派のインサイダーがこうコメントしている、「キャメロンの失敗は、EUに残留することで英国の将来にとってどれいいことがあるかではなく、離脱することでどれだけ悪いことが起こるかしか語らなかったことだ。この両者には大きな違いがある」。

投票の直前まで世論調査でも賛否は拮抗し、残留を主張していた労働党のジョー・コックス議員が離脱派の暴漢に暗殺されたことで潮目が多少は変化したものの、キャメロンがこの変化に適確に対応して説得力を持つEU残留論を展開できたとはおよそ言い難い。

確かにキャメロン政権下の英国で、成長率などマクロでの経済数値は良かった。だがその成果が英国全体にまんべんなく行き渡って来たわけでは決してない。なのにキャメロンは、英国がEUに参加することの意義よりも、離脱することで起こりえる経済リスクを喧伝し、ただでさえ自分の政策に不満が大きかった国民をいわば「脅す」やり方ばかり延々と続けてしまった。

同じ残留派の主張であっても亡くなったコックス議員や、デイヴィッド・ベッカムのような人気スポーツ選手、俳優やミュージシャンなどが述べて来た理念的な面を一切語らず、離脱派の一部の動機にある排外主義を批判することもまったく出来ていなかったのは無理もない。キャメロン自身が移民問題をスケープゴートに支持を集めようと移民の制限をEUに掛け合うと公約して選挙で勝っていて、その公約は腰砕けに終わっていた。キャメロンが与党保守党内の不満と不信を押さえ切れなかったために実施したのがこの国民投票で、だから野党労働党のジェフリー・コービン党首はEU離脱には反対でも、キャメロンの「IN」キャンペーンには協力しなかったし、その労働党の支持層にも離脱派は少なくはなかったのが、「IN」キャンペーンはそうした層を説得することに完全に失敗している。

また「IN』キャンペーンの主流(要するにキャメロン政権)は「カネの話」に終止しか出来なかっただけでなく、その「カネの話」でもEUに属することがどれだけのビジネス・チャンスを英国に将来的に与え得るのかも論じられなかった。EU残留論の主流は、一皮むけば英国経済がいかにEUに依存しているのかを語り「だからこのまま従うべきだ」と説いて来ただけに聞こえる。

そんななかでキャメロンがバラク・オバマ米大統領を訪英させてEU離脱反対を述べさせようとしたのも大きな失策だ。離脱派の掲げる大義名分は「主権の回復」であり「英国の独立」だ。なのにキャメロンのやり方では、他の先進国がその英国民の主体性を妨げようとしていて、英国首相であるキャメロン自身がそこに従っているかっこうになる。

キャメロン政権への不信任の意味を持つ投票結果

離脱の票が上回る結果が明らかになった時点で、この国民投票の裏の性質がおおっぴらにメディアでも口にされ始めた。国民投票は英国がEUに属することの是非よりも、デイヴィッド・キャメロン首相の現政権、ひいては英国の現体制についての不信任投票の性格が強いという分析だ。

ただでさえ、EUに対する英国民の不満のひとつは、キャメロン政権下に経済は好調なはずが自分たちはむしろ貧しくなるばかりで、その大勢の普通の英国民の立場からは、キャメロン首相がEUに逆らえずに妥協を受け入れるばかりに見えたこと、とりわけドイツのアンゲラ・メルケル首相の言いなりになっているように見えて来てしまったことだ。

EUという28カ国が加盟する巨大政治機構をここ数年リードして来たのは、確かにメルケル政権のドイツだ。ドイツ経済がヨーロッパのなかで最も安定しているが故の発言力もあり、しかもメルケル首相自身がたいがいの問題で、保守人道主義的な正論を踏まえつつつ現実主義的な解決策や妥協策を提示して来た政治外交能力の高さもある。

これはメルケルがキャメロンより優れた政治家だというだけの話なのだが、英国民から見ればキャメロンがEU内の首脳間の議論で主導権を握れたことがほとんどないのはけしからん、と見えてしまう。しかもメルケルは女だし、決定的に問題なのは、二度の世界大戦で二度ともイギリスが勝利したはずのドイツの言いなりというのは、これはおもしろくない。現に第三次世界大戦は武力行使なき戦争で、英国が負けた、と評する極論すら、離脱派のなかで目立っていた。イギリス独立党のナイジェル・ファラージュ党首が離脱派勝利を受けて「6月23日を独立記念日に」と歓声をあげたのにも、そのような不満の文脈がある。

ただでさえ、他国の首脳が別の国の国民の判断を云々するのには、当然ながら慎重な配慮がいる。どこかの外国の首脳が英国を訪問し、その国民相手に「あなたたちがEUを離脱したがっているのは間違いだ」なんて言ったら、どっちつかずの人でさえ「何様のつもりだ」と感情的な反発を強めかねない。最低限でもバラク・オバマのような知的カリスマ性の理想主義的な説得力や、メルケルが実践して来たような論理的で現実的、実績の裏打ちもある発言なら(ドイツ経済は、統一後の東西格差が未だ解消できていないなど問題はあるが、現状は堅調でヨーロッパ経済全体をリードしている)、中流以上のインテリ層や学生には説得力を持ち、残留派を支援することにはつながるかも知れないが、それでも離脱派をかえって刺激する両刃の剣になりかねない。

なにしろ、英国経済全体がEUのおかげで潤って来た現実がある、移民の安い労働力が英国経済を支えてもいると言っても、キャメロン政権が国内の経済循環について政策を誤って来たか無策であり続けた結果、広がる格差で低所得者層や労働者にはまったく実感がない。そこでインテリ層がEU離脱が経済的に損害を産む恐れが高いと予測分析を示したところで、彼らは儲けているかも知れないが自分たちにはしわ寄せが来ているだけだと思われかねない。

要するに、いかにキャメロンがEU離脱の損失を説いても「損をするのはあなた達だけだろう」としか思われて来ていなかったのだ。これでは勝てるわけがない。

離脱という火に油を注いだだけの安倍政権

日本の安倍首相も、よせばいいのに火に油を注いで離脱派を後押ししている。伊勢志摩G7サミットの準備で5月初旬に英国を訪問した際、「アベノミクス」と称する経済政策が失敗しているという論評が英国メディアの大勢を占めていたというのに、英国のEU離脱は英国経済にとってリスクだとえらそうに反対論を言ってしまったのだ。「自分はアベノミクスとやらを破綻させて日本の経済政策を失敗させているくせに、なにを言う?」、何様のつもりだ余計なお世話、と言わんばかりの論調が、デイリー・メイルのような(離脱派の)大衆紙だけでなく、ザ・タイムズのようなクオリティ・ペーパーやガーディアンのようなリベラル系(どちらも基本残留派)でさえ目立ってしまった。

なのに性懲りもなく、G7伊勢志摩サミットの首脳宣言でわざわざ、英国を名指しでEU離脱に反対する文言を入れたのは、どの国の発案だったのだろう? むしろ離脱派の感情的な反発を招き勢いづけるリスクを、考えられなかったのだろうか?

しかもそのG7首脳宣言に書かれた世界経済の概況自体が、普通に読めばなにも言っていない(どんなに安定した成長基調でも想定外のリスクは常にあり、その対応に手を尽くすのは当たり前)一般論がわざわざ文面になっていて、その文言について議長国日本が主張する解釈はただのデタラメ(日本の政府官邸関係者からのリークによれば、キャメロン自身が露骨に軽蔑を込めて呆れた主旨の言葉を吐いたという)だったのだ。

議長国の日本の総理が荒唐無稽な「世界経済の現状はリーマン・ショック前」云々を言い出した時点で、英国のメディアは残留派の高級紙から離脱派傾向の強いタブロイド紙に至るまで日本の首相の愚かさを批判し揶揄していた。なのにキャメロンも署名した首脳宣言が、その愚かな議長国首相の顔を立ててなんとなくその言い分を認めているようにも読めなくもない玉虫色を主要な結論としてしまえば、英国民にはますます「キャメロンはなにをやっているのか?」としか見えない。

EU離脱派の主要な主張はたぶんに感情的で、その論理は自己中心的で客観性に欠けるのはその通りだ。アンゲラ・メルケルへの反発が離脱派の発言の端々に出てしまうことでメルケルを責めるのに至っては筋違いだと言わざるを得ないし、まだ冷静に「それはメルケルが悪いのではなくキャメロンの能力不足ではないのか?」と反論もできる。だが自国の経済運営を失敗させている日本の首相が経済を理由にEU離脱に反対などと言ったところで、残留派にとってさえなんの説得力もないどころか、却って反発を買うだけだし、結果として日本もその主催したG7首脳会議も、離脱派を後押ししてしまった。

安倍首相の無能とアベノミクスの結果増幅された日本経済への打撃

BBCが離脱確実の第一報を打ったとき、麻生太郎財務大臣の対応はまだまともだった。さっそく記者団の前に現れた麻生は、G7各国と連携して状況を注視すること、なにが起こるかわからないが離脱手続きに最低2年かかるのだから慌てるべきでないと述べた上で、マーケットが過敏で感情的な動きをすることを牽制した。円が急騰する予測があるなかでのいわば「口先介入」は、経済閣僚として当然だろう。財務次官も記者団に追いかけられながら、日本の為替介入について(実はなかなかそれができない現状にも関わらず)的確なさじ加減で匂わせていた。

それでも円相場は一時1ドル100円を切った。とはいえこれまでの円安こそが異次元と言われる金融緩和で人工的に操作された恣意的なものに過ぎず、実勢の通貨価値でいえば1ドル95円前後と言われているのだし、この程度の円高ならリスク回避に一応は成功したと言える。

それでも英国では深夜に行われた開票が日本ではすでに日中で、開票速報を睨んで乱高下を続けていた株式市場の、極端なパニック反応を抑えることはできなかった。英国との取引は日本経済全体のなかでさほど大きいわけでもなく、打撃はそんなにないはずだったのが、株価下落の割合はドイツやフランス並みでイタリアに次ぐ大きさ、日本より相互依存が強いはずの中国の株式市場の下落パーセンテージと比較すれば5倍前後になってしまった。もともとGPIFなどの公的資金投入で政府が人為的に買い支えて来た日本の株価が、その脆弱さ(というか高値自体がある種の粉飾であったこと)を露呈してしまったのだ。

だが日本の政治の無責任はそれだけでは済まなかった。当初の麻生氏の一応はまともな対応を、パニックを助長させかねない発言でぶち壊しにしたのが、参院選で遊説中の安倍総理だった。離脱という結果に我が国の政府が慌てふためいていることを強調しつつ、なのにひとりだけえらく暢気らしい総理大臣が自慢顔で「重大なリスク」「あらゆる手段」とはしゃいでいる姿を晒してしまえば、本人は力強いリーダー像でも自己演出しているつもりでも、麻生氏が牽制しようとしたマーケットの過剰反応を逆に助長することにしかならない。

ただでさえ安倍首相には、海外の首脳で離脱派に最大の「貢献」をしたのはドイツのメルケル首相以上にあんたなんだが、と言ってやりたくもなるが、そんなミスリードの煽動の前科の上に、今度はこの影響を「リーマン・ショック級」の世界経済危機に肥大させようと懸命に煽ってしまっている。

週末の選挙遊説で、安倍は今度はあたかもこの事態を予測してG7サミットで「リーマンショック前に似ている」と自分が予言したのだと言わんばかりの主張を始めた。それも「消費増税10%延期」の発表を国民投票の結果を待って行ったのならまだ多少の説得力もあったかも知れないし、マーケットに買いを刺激できた可能性もあるが、すでに年間80兆円も日銀に札を刷らせる異常事態を恒常化させ、禁じ手のマイナス金利ですらタイミングの失敗で不発に終わらせたアベノミクスの失敗を糊塗する打つ手が尽きているのに、安倍の言う「あらゆる手段」にはなにか遺されているのだろうか? 年金をさらに株式市場に投入し、「消えた年金」問題を再発させる覚悟で株を買い支える言い訳でも得たつもりなのか?

経済問題で無視されるEUをめぐる政治危機

経済閣僚ならともかく、まがりなりにも総理大臣の立場にあるものが、この事態の政治的・思想的な意味にはなにも言及しないのも珍妙だ。いや安倍首相の場合はできない、その能力がない、EUが戦後ヨーロッパ史においてどんな思想や理念を体現して来たのかも理解できず、それが危機にさらされることが今後の世界情勢のなかでなにを意味するのか考えるだけの知能も知識もないのかも知れない。

確かに、EUからの離脱でイギリスはそのメンバー国としてのさまざまな恩恵や特権、経済利権を失うことになる。だが離脱手続きには2年はかかり、様々な実務面での交渉はこれからだし、この結果が長期的には英国の産業経済の衰退を招く可能性が高いとはいえ、マーケットの過剰反応さえ抑制できれば世界経済への打撃や日本の産業活動への影響(たとえばEU市場向けの商品を生産している英国内の工場は、ヨーロッパ本土への移転も検討せざるを得ない)は少なくないにしても、かなりの部分で軟着陸のコントロールは可能だ。

マーケットの反射的な反応はやむを得ないにしても、政治家までがうろたえて感情的な拙速に走ることが経済にとってもいちばん危険なのだ。幸い投票結果の発表が金曜日だったこともあって、週末中に落ち着く方向へのマーケットの誘導もできなくはなかったし、現にアンゲラ・メルケルなどは個人的には憮然とするどころか激怒してもおかしくはないが、それでもマーケット動向に目配せして刺激を可能な限り避ける、抑制された発言を淡々とやっている。

だがそのメルケルでさえ、この結果の持つ政治的な意味の大きさには落胆を隠すことはできないし、EU政府やEU加盟各国の首脳は英国がEUの理念を裏切ったことに失望を露にしつつ、これから起こりえる政治的な混乱、そしてEUという旗の下に目指して来た理念の終焉を、現実的な危機感を持って直面している。ヨーロッパ政治全体が揺さぶられているなかで、経済はその一局面に過ぎないし、この結果を受けてEU各国で起こりえる政治的変動こそがやがては世界経済にとってより大きなリスクになる。

英国の離脱手続きがどう進もうが(あるいは結局、離脱しないことになったとしても)、EUの受けた政治的ダメージは計り知れない。

離脱のドミノ現象は、すでにEU加盟諸国にとって現実的な政治危機になっている。フランスの国民戦線など、EUの共同体主義を敵視する極右勢力が先進各国で同様の国民投票の実施を主張し始めていて、オランダで来年春の総選挙で与党になりそうな勢いの極右の自由党は、EU離脱国民投票を公約に入れている。一方で、債務超過に陥りEUから緊縮財政を義務づけられている南欧でも、スペインでは反EUの急進左派が人気を集め、イタリアでも英国の結果を待たずしてEU離脱を主張する野党がローマとトリノの市長選を制している。昨年のギリシャの債務危機をめぐる左派のチブラス政権とEUの対立も記憶に新しいし、同様の財政危機を抱えている国にはポルトガルもある。

行き詰まりがあからさまなEUの現状

昨年夏のギリシャ危機と、秋以降のシリア難民の大量流入で、EU自体に修復がすさまじく困難な亀裂がすでに生じていた。シリア難民危機では人道主義的な正論を唱えたドイツと難民を受け入れきれない中欧の弱小諸国が対立し、その前のギリシャ危機ではそのドイツが自国の銀行の損失を回避したいがゆえに非現実的な緊縮要求をギリシャに突きつけて亀裂を深めた(ギリシャの巨大負債自体、EUの構造的な問題を浮き彫りにしただけでなく、ドイツなどEU内先進諸国の有望な市場としてドイツの銀行を中心に過剰融資を続けた当然の結果でもある。詳しくはこちら http://toshifujiwara.blogspot.com/2015/07/eu.html)。

しかも英国の離脱派の中心主張は移民排除で、これは民族や人種に基づく差別を排して行こうとして来たEUの基本理念と真っ向から対立する。しかもヨーロッパ本土でも、シリア難民危機が継続するなか、ドイツのメルケル政権でさえ、難民が集団強姦事件を起こしたというデマ煽動の可能性が高い風評が広まるなかで極右排外主義勢力への妥協を強いられている。

このままでは人種差別的な憎悪と排外主義的な敵意がヨーロッパ全土に伝染しかねず、この事態は単にそれぞれの国家や政府の道徳的正当性を揺るがすだけではなく、治安悪化や社会の分断を加速しかねない。

EU加盟交渉が何度も暗礁に乗り上げて来たトルコがEUを見限ってロシアと和解する動きを見せているのも自然な反応だろう。英国で離脱派が勝ったのには移民問題を利用した面が大きいとすれば、すでにドイツに行った多くのトルコ移民が極右に敵視されているなか、ヨーロッパの根深い人種差別にトルコが諦めてしまうのはやむを得ない。だがこうした事態の進展は、ただでさえ悪化して来たヨーロッパと中近東イスラム圏の関係を、決定的に壊してしまう危険性もはらんでいる。

1993年以来、EUが解消できて来なかった最初からの格差問題

冷戦後にEUが発足して以来、旧共産圏との東西格差をまったく解消していないまま旧東側へとEUが拡大する一方で、ドイツは東西の再統合以来ずっと国内にその深刻な格差を抱え続けて来ている。こうしたヨーロッパ内の地域格差こそがまず問題なのは、なんといっても英国の離脱派に直接の勢いを与えたのがシリア難民など中近東からの人口流入ではなく(これはイギリスよりもフランス、ドイツの方が遥かに大きい)、旧共産圏の中欧・東欧諸国からの出稼ぎが自分たちの職を奪い、自分たちの社会保障制度を食いつぶしているという反発だったことを見ても明らかだろう。

「文明の対立」どころか、同じ歴史文化圏・文明圏内のヨーロッパ内部の分断と対立、憎悪がEUを揺さぶり、その崩壊が時間の問題なのは単に体制や経済の上のことだけではない。もっと根深い、ヨーロッパの人間たちの心の奥底にあり続けて来たか、EUがあるからこそ(そして中途半端な理想主義を掲げ続けたからこそ)新たに醸成された自己中心主義とその裏返しとしての排除と憎悪の欲望の顕在化なのだ。その現実が英国の国民投票で英国で露呈されただけでなく、潜在的にはドイツこそが典型であるように、このままではヨーロッパの分断どころか、ヨーロッパ域内の個々の国家そのものが分裂して行きかねない。

ヨーロッパがかつての世界の中心であった地位から凋落すること、欧米中心の20世紀的な世界秩序が多極化に向かって行くのは歴史の流れにしても、それはヨーロッパが一定の力を維持するからこそ可能になる。ロシア帝国の復活という国威発揚の冒険主義が主たる関心のプーチン政権だけがこの事態を喜んでいるが、多極化する世界のなかでアジアの地位をあげて、世界全体を豊かにすることで自分たちも経済で儲けたいというのが主たる関心の中国の習近平などは、この計算違いのヨーロッパの急激な凋落を苦虫を潰したような思いで、危機感を持って見ている。直接のショックにはうまく耐えられたものの(中国の株式市場はさほど下落しなかった)、EUの危機は長期的には明らかに中国経済にとってもマイナスなのだ。

そして単一覇権国であることを止めたいアメリカは、EUという最重要のパートナーの没落に困惑しているだけではなく、EU内先進国の離脱論を主導する排外主義・孤立主義の隆盛と同じ政治的危機を、自国内に抱えている。

国民投票で露呈した英国社会の分断

イギリスで国民投票が近づき、ジョー・コックス議員の暗殺以降はテレビやインターネットでの映像も格段に増えて来たところで、ひとつあまりに明瞭になったことがあった。離脱派と残留派が、主導する政治家から市民運動家、街頭インタビューで意見を求められた一般市民に至るまで一目瞭然に見えて…というより「聞こえて」来るあまりにステレオタイプ通りの分断だ。イギリス独立党のナイジェル・ファラージュ党首や、保守党のボリス・ジョンソンを筆頭に、街頭の運動家から離脱に投票するという市民にいたるまで、発言の中身の問題よりもその発音や文章の構成が、いかにも「地方都市の労働者階級」の英語の典型なのだ。

一方デイヴィッド・キャメロンの発言は、中身は知性のかけらもなく相当に下品な「カネの脅し」が多いにも関わらず、発音や構文、語彙はしっかりと英国知的ブルジョワ階級の、我々外国人が「英国風」でイメージする響きそのものだ。

ミュージカル化された『マイ・フェア・レディ』が有名なジョージ・バーナード・ショウの戯曲『ピグマリオン』は、英国がいかに英語の発音や語彙の選択、訛りによって分断された社会であるか、英国人たち自身がいかにその言葉の違いに意識を雁字搦めにされているのかを皮肉っていた。「正しい英語」に徹底してこだわる言語ナショナリズムをアイデンティティにしながら、その「正しい英語」を使えるのは一部の特権的な階級だけだという矛盾。英国社会の本質は、結局のところこれが書かれた第一次大戦直前から、ほとんど変わっていないのかも知れない。

実際にはデイヴィッド・キャメロンとボリス・ジョンソン下院議員は同じオックスフォード大卒の後輩先輩で後者は政治家二世、同じ知的ブルジョワ階級出身で大学時代から親交があるはずが、ジョンソン議員は態度風貌も発音も地方労働者階級的であり、前ロンドン市長の彼と現ロンドン市長のサディク・カーンの討論となると、パキスタン移民二世のカーンの方が端正な正統的発音の、いわゆる「英国紳士」イメージが際立ってしまっていた。ナイジェル・ファラージュもパブリック・スクール出の一応はエリート階級のはずが、しゃべり方はいかにも「庶民派」な、労働者階級的な英語を用いている。『ピグマリオン』の主人公ヒギンズ教授は正しい英語を学べば下層階級も平等になれるという信念を持っていたが、現実の英国近現代史はその逆方向に進んでいるのかも知れない。

英国は階級社会である。

こういうと現代の英国人は「それは昔のことだ。我が国は世界でも民主主義のリーダーで平等な社会なんだ」と、戦後の労働党政権の平等化政策まで例に出して強行に反発し、「ジェームズ・アイヴォリーのハリウッド映画の見過ぎのステレオタイプだ。だがアイヴォリー監督はアメリカ人なんだぞ」とまで言い出すのだが、かつてNEETが問題になったのもまさに階級社会が背景にあったし、今回の投票結果もあまりに露骨に階級分断を示している。ジョンソンやファラージがブルジョワジー出身であるのも、単に階級が必ずしも血統主義で定義されるものではなく、英国政治が安易なポピュリズムの打算に毒されていることをこの国民投票の結果で証明しただけだ。

イングランドとウェールズの離脱と残留それぞれの勝った投票区の分布を見ても、階級差と経済格差が如実だ(スコットランドは別だが、これは後で論じる)。

キャメロン政権下でイギリスの経済全体は確かに好調に見えるが、ロンドンのシティを中心とする金融業がその牽引車で、かつて世界で真っ先に産業革命を成し遂げた、しかしその産業が去ってしまった地方都市の疲弊は、地域的にも職業別でも、そして階級的にも、大きな格差を引き起こし続けている。深刻な産業空洞化は60年70年代には「英国病」と呼ばれ、70年代末に就任したマーガレット・サッチャー首相は確かに英国を再び経済大国として復活はさせたが、地方の疲弊を食い止められたわけではなく、むしろNEETなどはサッチャーの政策が残した英国の問題の典型だった。

ロンドンは2012年の五輪とエリザベス女王即位60周年で華やかに改造され、多文化主義の多様性を謳歌しているように見える。だがそこを離れると広がるのは、ずいぶん異なった風景だ、そんな疲弊した地方の工業都市でも存続ができるのはEUがあってこそ無関税でヨーロッパ諸国に輸出入ができ、英語が通じるので日本やアメリカや中国などの外国企業が進出しやすいメリットがあるからなのだが、そこで利益を上げるのは経営側のホワイトカラー、下手すれば外資であって、労働者には実感がない。

言い換えれば、一見ナショナリズムの動きの右派の運動に見えるEU離脱だが、そう簡単に分類していいものでもない。農業漁業ではEUの統一規格や基準の制約を受ける。それでも農業はEUのおかげで安価な移民労働力が確保できるため、価格競争に強くある程度の堅調を維持出来ているが、漁業はEUの漁獲割当高の制約で追いつめられているという。

EUとグローバル資本主義の全体像の中では「勝ち組」の英国だが、国内から見れば儲かった者とさほど恵まれなかったものの格差は歴然としていて、それがそのままEU離脱派と残留派の分断に反映しているのではないか。

先進国の労働者階級を破壊して来たグローバル資本主義への怨嗟

ポピュリズムと言えば、離脱派の大きな推進力となって来た移民への不満も、本当の問題は雇用制度が現代のグローバル資本主義に追いついていないことや、社会保障制度の不備の問題であって、EUを離脱し中東欧圏からの出稼ぎ移民を排除したところで解決しない。だいたい、離脱が多数を占めた中には、出稼ぎ移民労働者が多くない地域も少なくないのだ。雇用が移民に奪われる以前に地場産業衰退でそもそも雇用がない地域だったり、移民が増えて病院が足りないのではなく単に社会保障が行き届いていない政治の問題で、ただの思い込みで移民出稼ぎがスケープゴートにされ、EU離脱論が盛り上がってしまったのではないか?

それに移民の安価な労働力こそが英国経済の価格競争力を下支えしているのも現実だ。

移民を排除してしまえば資本が安価な労働力を求めて国境を越えるのは世界的な問題で、日本でもアベノミクスで企業の名目収益が上がってもそれを充てる設備投資先が国内にないまま内部留保ばかりが肥大しているのと同様に、英国がEUから離脱すれば移民に雇用を奪われなくなるのではなく、雇用の方がEU圏内のより労働力が安価なところに向かい工場が英国(や日本)などの先進国の域外に新設され、失業率があがる公算の方が高い。

だがこうしたグローバル化した資本主義の構造を説いて離脱派をなだめようとしても、ほとんど説得力がないことが、今回の国民投票では証明されてしまったとも言える。日本だって企業の投資先がない金余りに陥っているアベノミクスの失敗を直視しない国民も多いのだから、英国民を嗤えないのだが。

過去2~30年間のヨーロッパのなかでの先進地域、ドイツも含まれるがとくにイギリスやフランスで進行した厳しい産業空洞化とアイデンティティ喪失の現実は、(かつての)先進国民であるプライドからすれば認め難いことだし、「我が国の主権を取り戻す」という高揚した感情論は、先進国でこそ労働者階級が構造的にないがしろにされ続け解体が進んで「国民」の統合自体が瓦解しているなか、どうしても輝かしい希望に見えてしまう。投票結果を受けてナイジェル・ファラージは「6月23日を国民の祝日にすべきだ。独立記念日だ」と歓喜の声をあげた。自分たちは世界有数の、歴史ある強国のはずなのに思い通りにならない、この鬱憤が離脱派を支えているからこその「独立記念日」であり、EU離脱論なのではないか?

「EU離脱」勝利という“夢”の後の現実

だが「主権を取り戻す」「英国の独立」という威勢のいいかけ声は、あっというまにほころびを見せて来ている。投票結果を受けてデイヴィッド・キャメロンは速やかに辞任を表明し、そもそも自らの保守党内での地位保全から手を出した国民投票の後始末からとっとと手を引いてしまった。離脱交渉は自分でなく後任の首相に任せると言うが、その辞任は保守党の党首選挙がある9月なので交渉開始はこれだけでも数ヶ月はずれ込む。

一方で離脱派からは、EUとの離脱交渉開始を2020年とする話がすぐに出て来た。仮にデイヴィッド・ジョンソンが保守党党首として首相になっても、EU離脱と膨大な数の国際協定をいちいち結び直す交渉をこなせる力量があるのか大いに疑わしいと思われ始めたところで、そのジョンソン議員が保守党の次期党首選に不出馬を表明し、離脱派に投票した市民はますます裏切られた結果になった。

一方のEUの側では、ドイツのメルケル首相もブリュッセルのEU政府も手続きを淡々と進める態度を明確にし、速やかな交渉開始を求め、しかも一切の妥協を許さない雰囲気だ。他の国々のEU離脱派を牽制するためにも厳しく臨んでいるし、英国に有利な離脱交渉を許容するとは考えにくく、むしろ英国相手にはFTAなどを結ばず、高い関税率を維持する可能性が高い。

離脱派が自分たちの勝利に戸惑っているのは、指導層だけではない。ロンドンの英国からの独立を求める署名が集まっているのはインテリ中産階級を中心とした残留派の動きだろうが、再投票を求める署名が議会に集まっているのには離脱に投票した人も多く含まれていそうだ。離脱派の政治家から英国のEU拠出金を社会保障に回せると言う主張を覆す公約違反発言が既に出て来ていることも、離脱に投票した有権者の不信を呼んでいる。

ロンドン独立運動はさすがに荒唐無稽な極論だろうが、現実的なシナリオとして大いにあり得るのが、全土で残留派の票が上回ったスコットランドの独立と、北アイルランドが一部だけでもイギリス連合王国から離脱してアイルランドに併合される可能性だ。スコットランドではすでに2014年にも独立を問う住民投票が行われ、この時はキャメロン政権が全力で阻止に成功したが、スコットランド自治政府の与党であるスコットランド民族党は、すでに新たに国民投票を行うことを提案している。

現在のイギリスはイングランド、ウェールズ、スコットランドと北アイルランドの連合王国という形式で、実態はイングランドによるブリテン島の他の民族王国の征服併合の結果だ。イングランド国王のウィンザー(ドイツ系の家名ハノーファーを第一次大戦時に改称)家がスコットランド国王を兼ね、王位継承者がウェールズ大公というのが現代のあり方だ。

英国は中世からイングランドが周辺国への進出・侵略支配を進めて成立した国で、イングランド女王エリザベス一世とスコットランド女王メアリー(スチュアート家)の対決にイングランドが勝利することで17世紀初頭に成立し、1801年にはアイルランドも正式に併合した(北アイルランドを除き1922年に自由国、49年に正式に独立)。この連合王国の基本構造が、ついに崩壊することになるのかも知れない。

スコットランドと英国の未来に見える、現代の民族主義の動向

イングランドやウェールズの多くの地域で、なぜ人々は離脱に投票したのか? 現状への不満と、その背後には階級社会が現代的な格差社会に行き着いた社会の分断があるとしたら、北海油田という資源があるのを除けば恵まれた経済基盤があるとは言い難いスコットランドでは、いったいなにが異なっていたのだろうか?

そもそもアングロ=サクソン系の王国つまりゲルマン民族のイングランドに対し、先住民族ケルト系なのはスコットランドとアイルランドだけではなく、ウェールズも同様のはずだ。

スコットランドといえば俳優のショーン・コネリーが独立論者としても有名で、ベテランの名優と言われる年齢になると映画でも役柄に関係なくスコットランド訛りで演じたりしているほどだが、一方でウェールズ人の名優であるアンソニー・ホプキンスや故リチャード・バートンは典型的なブリティッシュ・アクターとしか思われておらず、彼らがウェールズ人であると知らない人の方が映画演劇関係者でも多い(別に本人たちが隠しているわけではなく、たとえばホプキンスはウェールズ語と英語つまりイングランド語の完璧なバイリンガルだ)。

あるいは姓にマック(Mac)が着くのはスコットランド系かアイルランド系の典型だと言えば、スコットランド人がそれなりの存在感をイングランド支配下でも維持して来たことが実感できるかも知れないが、一方でアイルランドとスコットランドは北方の寒冷地で長らく農業生産にも限界があり、飢饉で苦しむことも多かったし、その歴史はイングランドと戦って悲劇的な最後に終わった民族の英雄達の伝説と、寒冷で霧の深い気候ゆえの神秘的な伝説に満ちあふれている(たとえばネッシーで有名なネス湖はスコットランドだ)。

ウェールズはイングランドが最初に完全征服して1536年には併合しており、近代化で学校教育が普及してもその学校からウェールズ語が徹底排除されるなど、同化政策も特に激しかった。英国の本格的な近代化と産業革命は18世紀に始まり、工業生産力の成長は「大英帝国」とも言われる海外進出の歴史とも並行しているが、蒸気機関が牽引した英国の産業革命を支えたのがウェールズにかつて多くあった炭鉱で、ウェールズ人は炭坑で働きイングランド人の資本家に奉仕する存在になった。いわばイングランドに追随し一心同体のように発展する歴史を強いられて来たウェールズは、今では炭鉱も閉山し、半ばイングランドのなかの後進地方のような立場で、イングランド以上に英国の産業空洞化に苦しめられている。

現状のウェールズがいわば英国内の疲弊した産業空洞化した地方で、イングランドのうちロンドン以外もまた同じように疲弊した地方であるとあえて言ってしまうなら、対照的にスコットランドは誤解を恐れずに言えば偉大な「田舎」のままの地域である。

スコットランドには先進国としての英国のなかでイングランドと共に発展するという「恩恵」があまりなかった代わりに、イングランドとのあいだにある種の精神的な距離を置き続け、抑圧支配に苦しんだ代わりに対抗も出来る精神力や文化的な独立性、スコットランドとしてのアイデンティティを維持することができて来た。

今でも男性の正装のキルトをちょっとしたパーティーなどでも日常的に見かけるし、スコッチ・ウィスキーは併合後は英王室の名で定められた規制に従って来たとはいえ、スコットランドの不動の誇り高い名産品だ。そのスコッチは最近、王室に定められた規則以外の、たとえば熟成にオーク材以外の樽を使うなどの古来の製法が復活して味や地元銘柄の多様化も進み、愛好家が世界的に増えて来てもいる(たとえば中国の富裕層はスコッチの消費拡大が目覚ましい)。

もちろん精神面や健全な民族アイデンティティの維持だけでなく、北海油田が経済基盤として活用できる強みもスコットランドにはある。とはいえ今後再度の住民投票を経て独立し、スコットランドとしてEUに加盟することが、そう簡単に成し遂げられるわけではなく、英国を除いて27あるEU加盟国の承認が得られるかどうかも未知数だが、英国の全体がEU離脱を決めてしまったことで戸惑っているなか、スコットランドだけが元気がいいのは確かだ。そこには苦しい歴史や、つい最近まで「先進国」から取り残されたかのようなハンディがあったのと引き換えに、逆に「先進国」に染まり切らなかった民族の強みがあるようにも思える。

ナショナリズム再興の時代とEUの未来

英国のEU離脱国民投票がナショナリズムの動きであり、EU内でも他の先進国中心に右派ないし極右のナショナリズムの伸張による分裂の危機が無視出来なくなっているのは確かだ。今のところEU加盟の恩恵に期待が大きい旧共産圏の中東欧も政権はナショナリズム的な右派が多く、シリア難民危機などをめぐっていつ不満に転じるかは分からない。EUとロシアの勢力圏争いの舞台になっているかっこうのウクライナも、EU加盟を目指す政権側は右派というより極右だ。

一方でスコットランドだけでなくギリシャやスペインでも、左派ナショナリズムの勃興が見られる。スペインではまだ第三党で今のところ反EUの態度だが、理念的には反EUというより反グローバリズム経済だし、ギリシャのチブラス政権はあれだけEUの緊縮財政策要求に激しく抵抗し国民投票で否決しながら、チブラス政権の(つまりギリシャ国民の代表者としての)判断でほぼ同内容の緊縮財政を始め、EU離脱の意志はない。そしてスコットランドはEUに残りたいからこそ独立を主張し始めている。

単に右派か左派かでは済まない違いが、イングランドのナショナリズムとスコットランドのナショナリズムの比較から見えてくる。イングランドも(そしてそこに引っ張られてウェールズも)、あるいは国民戦線が勢力を伸ばすフランスや、自由党の伸張が目覚ましいオランダでも、愛国心や民族主義は観念としては成立し得るかも知れないが、実体は限りなく空虚に近い。それらの旧大国の民族アイデンティティは、過去に大国であり植民地帝国であったり他国を支配できた時代があったことにのみ依拠し、民族の独自性は生活や意識の実態としては限りなく希薄になってしまっていて、自己の民族意識の確立ではなく、他者を支配するか他者より上位である幻想、あるいは他者を排除する欲望にしか、まとまれるポイントがない。

英国のEU離脱派のなかにEUよりも英連邦との連帯があるから英国は安泰だとする論もあったのは象徴的だ。EUのなかで英国はせいぜいがフランスやドイツと対等の、一メンバー国に過ぎないが、英連邦とはイングランドの旧植民地であり、自分たちがリーダーなのだと錯覚できる。現実にはその英連邦自体が今や90歳のエリザベス二世女王のおかげでなんとかまとまっているだけで、次期国王になるウェールズ大公(皇太子)のチャールズはひどく不人気なのだが。

EUが曲がり角に立っている。このままならヨーロッパ統合の壮大な理念は失敗に終わるのは確かだ。それは英国なら英国が経済的な利点を動機に加盟したこと、ドイツやフランスですらヨーロッパのリーダーとしてEUの将来よりもそ自国のとくに経済的な国益を優先させて来た中途半端さの必然的な帰結でもある。経済面でもEUがもたらした単一市場は、統一規格化されて個性のない資本主義的な製品の画一化をむしろもたらしてしまった。先進メンバー国を中心に、EUはどこでも同じように暮らせるぶん、均質化されておもしろみのないヨーロッパを作り出してしまい、経済格差がうまらない以外は似通った国どうしだからこそ、いがみ合いや争いが絶えない。

そんななか、たとえばスコットランドが見せているような動きは、もっと本来のEUの構想に忠実な、別の進むべき道を示唆しているようにも思える。と同時に、EU内のかつての大国・先進国が陥っている閉塞と民族アイデンティの空虚さは、われわれ日本にとっても決して無縁なものではない。

France10では、2017年春に行われるフランス大統領選挙・取材を支援するためのクラウドファンディングを始動させました。1000円の商品からスタートし、14種類の充実した商品をご用意しております。ぜひとも、ご支援くださるよう御願い申し上げます。


Leave a comment

Your email address will not be published.


*