文在寅・韓国大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の首脳会談で署名された「板門店宣言」は、南北両国がイニシアティヴを握る格好を取り、朝鮮戦争の終結を宣言して休戦協定を平和協定に換えることと「朝鮮半島の完全な非核化」を関係諸国(まずアメリカ、そして中国)に呼びかけるものだった。
…というか、要するに本サイトの直前記事の予想通りではある。だが特筆すべき点もあった。共同宣言署名後に両首脳が共同会見を行ったこと(質疑応答こそなかったが)、そこで文在寅が南北両国が独立国でありその自らの意思として判断し、南北二ヶ国が自らの選択で共に国際社会への責任を負うと強調したことだ。だがどうも、ここが日本政府も日本のメディアも、なぜか理解できないのか、シャクに障るので無視したいところらしい。まあそれも無理はないのかも知れない。南北朝鮮を両方合わせても日本はより大国なのに、その日本は自分たちがアメリカ等の大国の言いなりにならなければ、と思い込んでいるのだ。韓国や北朝鮮がアメリカと、そして中国に何かを提案しようだなんて想像を絶する世界なのかもしれない。
板門店宣言は、韓国と北朝鮮の両政府の権限を超えたことについてさえ、あえて自分たちの主体性と主導を明確にしている。なにしろ法的にいえば、朝鮮戦争の終結は韓国には基本的に決定権がない。休戦協定は北朝鮮と中国、アメリカのあいだで締結されたもので、1953年当時の韓国政府は調印していないのだ。また非核化についても、韓国を守っていることになっている「核の傘」はあくまでアメリカの核兵器だ。だから南北の準備交渉の段階でも、北側は核問題は核保有国どうしでしか議論はできない、つまり韓国ではなくアメリカと交渉すると主張して来た。
それが一転して、今回の共同宣言の中でももっとも肝心なこの二点で、あえて韓国の権限を超える部分にまで言及して他国に呼びかけるという形で踏み込んでいる。建前上は「統一」を理想とする南北両国だが、現実に統一は限りなく困難な中で(何十年かかるか分からない)、両国が共に独立の主権国家であってどこの属国でもなく、相手がアメリカでも中国でも対等に提案し対等な国家として責任を負うことを高らかに宣言しているところの方が、実際の意味は大きい。韓国も北朝鮮も今後はどこの大国だろうがその「思惑」に振り回されたり、その外交安全保障政策の「おこぼれ」(例えば「核の傘」)に預かるのでもなく、朝鮮半島の将来を決める中心はあくまで両国、という表明が明確に含まれているのだ。
トランプのアメリカも巻き込んで周到に準備された「出来レース」
もっとも、こういう踏み込み方があり得ることも数日前には、特に日本の安倍首相が訪米して行われた日米首脳会談の時点で予測はついていた(で、本サイトで既に予測していた通りである)。朝鮮戦争の正式終結についての賛意はトランプがすでに表明していた(そして今回の会談を受けて改めて熱烈な支持をツイートしている)し、中国も乗り気であることがその外務省の公式会見で分かっていた。そして「非核化」についても、トランプが安倍との共同会見で、「北朝鮮の核放棄」のみを主張する安倍とは対照的に、はっきり「朝鮮半島の非核化」を明言していた。
続けてフランスのマクロン大統領や、南北会談後にはドイツのメルケル首相がホワイトハウスを訪れた際にも、トランプは「朝鮮半島の非核化」のための交渉になることを明言し、マクロンに対してはこれがうまく行くなら(核保有国である)フランスにとっても「良いこと」とまで言っている。もしかしたら途方もなくスケールの大きいことをトランプも考えているのかも知れないが、その可能性については後述するとして、いずれにせよあくまで「朝鮮半島の非核化」であって日本政府が執着している「北朝鮮(のみ)の非核化」ではない。
今や「北朝鮮の核放棄」という、それだけでは実現性に乏しく公正さにも欠けて正当性が担保できないことのみを一方的に言い続けているのは、関係各国のなかで日本だけだ。つまり完全に蚊帳の外で取り残されているのが安倍外交である。
「朝鮮半島から核兵器をなくす」をどう解釈するかが今後の「非核化」の焦点
北朝鮮は今年の初めから一貫して「朝鮮半島の非核化」を主張していたし、金正恩の電撃訪中では習近平も「朝鮮半島の非核化」への最大の努力と協力を明言している。今回の首脳会談を受けたトランプが、「私の親しい友人である中国の習近平国家主席の多大な助力を忘れないでほしい」ともツイートしたことを併せて考えると、「もしかしてトランプと金正恩にノーベル平和賞」という話まで冗談半分で出ているのも、あながち的外れではないのかも知れない。なにしろこの賞をもらっているバラク・オバマは、まったく核削減交渉もなにもやらなかったのだ。「朝鮮半島の非核化」なら、最低限でもアメリカは今後朝鮮半島とその周辺に核兵器は未来永劫、絶対に持ち込まない、と誓約することになる。これはNPT体制下の核保有国の中では歴史上初めての英断になる。
板門店宣言の正式な文言は「朝鮮半島から完全に核兵器をなくす」だ。日本のメディアはしきりと北側がまだ非核化を約束したわけではないとイチャモンとしか言いようがないことを繰り返すコメンテーターや「専門家」ばかりを登場させているが、朝鮮半島から核兵器が無くなるのなら北朝鮮は地理的に含まれる訳で、なにを言っているのだろう。
タイムリミットや具体的な手法が書かれていない云々というのは、まずこういう抽象的な表現の宣言文にそうしたことはよほどのことがない限り書くものでもないのが外交常識だし、そもそもこれは核保有国であるアメリカと北朝鮮がこれから交渉すること(というか、ポンペオ新国務長官がすでに極秘訪朝しており、その時点で突っ込んだ交渉が始まっていることも南北会談後に明かしている)なので、南北間だけで言うことではない。
「朝鮮半島から核をなくす」のであれば、それは北朝鮮の核兵器とアメリカの核兵器の双方の排除を指す。板門店宣言はこのように今後の米朝交渉の方向性の枠組みを定めているし、トランプの反応を見ても、共同宣言文を出すかどうかはともかく、こういう内容の大枠で合意することは事前にアメリカも了承していたはずだ。
問題はこの「朝鮮半島から」の範囲だ。もっとも米朝が合意に至りやすい、ハードルの低い解釈なら、地理的な「朝鮮半島」つまり既に述べたように韓国がアメリカにその核兵器を絶対に持ち込まないとの確約でこれは達成できる。朝鮮戦争の終結によってアメリカが北朝鮮を今後は敵視しないことになるのなら、在韓米軍も駐留する大義名分を失うし、在韓米軍基地がなくなるのなら韓国にアメリカの核兵器が持ち込まれることもなくなる。あるいは、在韓米軍については規模縮小などで終わるだけでも、米韓の条約上アメリカは韓国政府の了承なしに核兵器は持ち込めないので(ちなみに日米安保では、日本の意思に関係なく持ち込める)、韓国の場合なら「今後は持ち込ませない」と日本の非核三原則に類することを宣言するだけでも地理的に「朝鮮半島に核兵器がまったくなくなる」状態を保証することは可能で、そこで併せてアメリカ政府もまた韓国政府の意思に反して核を持ち込むことはない、と誓約すれば、それだけでも米朝双方のメンツも一応は立ち、板門店宣言も守られる。
もちろん、これだけでは本当の意味では「朝鮮半島の非核化」とは言えないという解釈もあり得る。北朝鮮がアメリカの核兵器の射程内に入っている限り、朝鮮半島は核戦争の脅威に晒されているわけで、米本土に配備されたICBMの撤廃とまでは行かずとも、西北太平洋・東アジア地域には今後アメリカの核が持ち込まれることはないとか、撤廃と言わずとも核軍備の縮小とか、より大きな努力にアメリカが応じなければ「朝鮮半島の非核化」にはならないので核放棄には応じられない、という主張も北朝鮮には出来るのだ。
トランプもまた「朝鮮半島の非核化」を目標として共有することを表明している以上、これからの議論はなにをもって「朝鮮半島の非核化」とするのか、どこまでならアメリカが妥協できるのか、北朝鮮がどのラインで納得するのかが、最大の論点となることがはっきりして来た。そして北朝鮮だけでなくトランプの動きを見ても、確かにその通りになったら「ノーベル平和賞」ものだ。
日本メディアは取り残された安倍政権と心中するのか?
なんのため北朝鮮がここまで核兵器とアメリカ本土を射程に収めるICBMの開発に邁進して来たのかを考えれば、北が一方的な核放棄を言っていないから許せない、なんていう日本のメディア全般に見られる態度はナンセンスとしか言いようがない。最強の交渉カードを交渉前から手放すバカはいないのだ。これも北朝鮮敵視政策を絶対に変えたくない安倍政権への配慮忖度なのか、それともマスコミまで含めて北朝鮮への人種差別丸出しな敵視意識に洗脳されきっているのか、いずれにせよ今回の首脳会談で金正恩が見せた好印象に日本のメディアが戸惑っているのもなかなか滑稽だ。
ことテレビの生中継がメインの情報ソースとなったため、軍事境界線の北側に文在寅を誘ったジェスチャーや正式会談冒頭での冗談のやり取りは、どうやったってある種の魅力をもったままで写ってしまう(その場の空気が映像に写り込んでしまうし、その雰囲気を南北双方が周到に演出していた上に、金正恩の当意即妙なアドリブまであった)。ここまでやられては、生放送では報道する側の恣意性ではなかなか変えられないし、映像を見せて生放送でコメンテーターが感想を言う日本のテレビ報道やワイドショーの一般的な構成では、そのコメンテーターも生の反応でこの金正恩の巧みな自己演出に思わず好印象を発言してしまうのも当然ではある。
もちろん、韓国大統領府が南北会談を生中継すると決定していたことからして、こうした好印象を演出することこそが南北双方の戦略だった。だからアメリカ国内の反発(朝鮮戦争の正式な終戦・講和で利権を失う勢力も多いし、「伝統的」な「共産主義国」への反感もある)を抑え込みたいトランプの思惑も含めて、だからホワイトハウスも両国を全面支持・支援しているというか、そこまで含めて三者が結託した「出来レース」でもある。
日本にとって大きな問題は、いまや一国だけ「北朝鮮の核放棄」だけを一方的に主張している安倍政権が完全にこの流れから排除されているところだ。ドナルド・トランプに至っては日米首脳会談ではかなりはっきりと「決めるのは俺だ、お前のこだわる『拉致問題』なら言っておいてやるからこれ以上口は出すな」という姿勢で対応されてしまったのだ。
二人だけの橋の上で、文在寅と金正恩はなにを話したのか?
大まかに言って、今回の南北会談は周到に計画された以上の大きな成果をあげた大成功だったと言えるだろう。トランプ政権が併せてマイク・ポンペオ(当時はCIA長官、奇しくも南北会談と同日から正式に国務長官)が平壌を極秘訪問した際の金正恩との写真を公表し、注目が集まる米朝首脳会談のいわば「露払い」としても完璧でホワイトハウスも満足し、かと言って韓国がトランプのメッセンジャー扱いになったわけでもなく、韓国の自主独立性もしっかり担保された。
事前の報道では、非核化については南北の事前協議では結論が出なかったので首脳どうしの対話で、ということだったが、実際には大枠は決まっていたのも予想通りだった。二人で最終的に決めたことがあったとしたらこれを「板門店宣言」という正式の共同宣言にするかどうかと、その発表のやり方で、そこだけは午前中の会談で決定されたのかもしれない。ならば11時55分に午前の日程が終了したあと、午後の日程の開始が16時半までずれ込んだのも、会見で両首脳が読み上げたスピーチの長さとその複雑な論旨を考えれば、この準備と両国間のすり合わせの事務作業の時間が必要だったからだろうと説明がつく。午前の会談で決めるべきことは決まっていたのであれば、午後の正式会談は必要も特になくなる。
会談自体はほぼ予定通り、あるいはそれ以上の成果で終わった中で、今後の流れを大きく左右する可能性が高い不確定要素がいちばん大きいのが、その4時半までずれ込んだ午後の日程で、記念植樹のあとの文在寅と金正恩の二人だけの「散策」で、なにが話し合われたのかだろう。二人が板門店の湿地帯に敷設された陸橋のベンチに座り込んで30分以上話し込んでいた映像は、今ごろCIAをはじめ世界中の諜報機関が映像から読唇術で何を話し合っていたのかを懸命に分析しているはずだ。ただしカメラは文在寅側でその顔が見えず、話していたのは大半が文在寅、映像で見えるのは金正恩の反応が主だったので、読み取れることはあまりなさそうだが。
なおここについても、日本の場合さらに困ったことがある。こうしたプロの情報分析・諜報機関を、日本政府は持っていないのだ。安倍支持者は「スパイ防止法」などと言っているが平和ボケも甚だしい。そんなものでスパイは防げないし(スパイに遵法精神を期待するのも呆れるし、極秘活動が多い)、外交上重要な情報のほとんどをアメリカに頼りっぱなしなのも大問題だ。
「拉致問題」は話題にのぼったのか?
日本のメディアは、事前の安倍=文在寅電話会談で安倍が拉致問題を話し合うように要請したと韓国大統領府が発表していた(日本の官邸ならともかく、青瓦台がこの情報を出したというのはかなり異例)ことを踏まえて、共同宣言に拉致問題への言及がなかったことに不満を述べるのが定型になっているが、これもはっきり言ってナンセンスだ。今回はあくまで南北朝鮮の、朝鮮戦争の正式終結という大きな目標を明示した二国間の会談で、外交問題としては日朝間の議題である拉致問題は入り込む余地がない。文在寅にとっては文字通り「金正恩にはそれも言っておく」以上の対応は最初からできなかったのだ。
いや拉致は個人に対する深刻な人権侵害であり、文在寅も「東アジアの安全保障の安定のために重要な問題」と言っているではないか、という反論もあり得よう。だが金正恩の北朝鮮にとってさえ基本、拉致は旧体制の犯した犯罪的な過ちであり、その点については北朝鮮政府は日朝平壌宣言時に認めて謝罪している(さらに金正恩になってから再度謝罪している)。日本では北朝鮮が拉致問題を解決する気がないかのような偏向報道が相次いでいるが、父の代の謝罪だけでは不十分と考えた金正恩政権が再謝罪の上で拉致の再調査を行ったことを無視しているのは、流石にひどく悪質な世論操作だろう。
まあどっちにしろ、再三繰り返すがこれは日朝間で解決されるべき問題であって、南北会談で議論できることではない。南北間の将来の平和に向けた会談に日本が直接口出ししようとすること自体が、はっきり言えば植民地主義の横暴でしかない。それに文在寅が安倍に約束したことを青瓦台がわざわざ発表までしていても、文在寅には「日本とも話し合って下さい」とか「日本も北と話し合いたいと言っている」と言う以上に、拉致問題について金正恩に言えることがあっただろうか? 安倍の要請は国内向けの人気取りに過ぎないし、結果から見ればその足下を見られて文在寅に見事にしてやられたことになる。
金正恩の指示した「拉致問題再調査」をなぜか無視する日本メディア
金正恩と文在寅が30分間超の、2人だけの会話でなにを話したのかは憶測しかできないが、あの特殊な、極秘にできて記録に残らない状況でないと話せないことはいくつかある。
まずこれから金正恩の最大のミッションはトランプとの米朝首脳会談だ。すでにトランプと何度も会っていて、この件では特にホワイトハウスと密接な連絡も取り合っているはずである文在寅にトランプのことを尋ね、今後の交渉についてのアドバイスを求めるのは当然だろう。また「朝鮮半島の非核化」が主要テーマになるとはいえ、だからこそこの文言に具体的にどのような意味づけを与えるのか、どこまで求めてどこまでだったら妥協できるのかの線引きについて、南北間で微妙なところまで含めたすり合わせも当然必要になるだろう。
もうひとつ、公式会談で他の政府幹部に囲まれてでは語り合えない大きなテーマが、実は「拉致問題」、と言うか文在寅・金正恩双方にとっては「安倍問題」だ。日本が南北の和解や核問題の解決に消極的というか本音は強硬に反対であるところまでは両者とも把握しているが、そこから先で日本が何を求めているのか、金正恩にはとりわけ不可解なことだろう。
端的に言えば、金正恩から持ちかけられたストックホルム合意と拉致問題再調査はなんだったのか? 権力の継承後に父の政権を支えた特権階級をあらかた粛清して軍や官憲の腐敗を一掃し、情報機関についても締め付けを強め内部を刷新している金正恩からすれば、日本人拉致はむしろしっかり謝罪して責任の所在や真相を明らかにし、生存被害者がいれば帰国させ、とっとと清算したい過去の負の遺産だし、しかも直接の責任者はとっくに処罰、、はっきり言えば処刑してしまっている(あるいは処刑粛清した人間が責任者だと言えば済む)ので現政権が傷つくこともほとんどない。
一方でこの再調査の提案になかなか同意せず、やっとストックホルム合意が成立しても、調査内容の内示が出たとたんに話を止めてしまったのが日本側だ。金正恩の北朝鮮にとって「拉致は解決済み」ではない。「日本政府の不誠実さで解決が阻まれている問題」なのだ。だが今後は対日関係も改善したい北朝鮮、東アジア地域全体の安定を考える韓国にとって、そこまで真っ向から安倍政権に正論をぶつけて恥をかかせること(例えば日本が回答を拒否したままの再調査報告の内示内容を公表する)が得策なのか、というのが非常に微妙な問題になる。
再調査の開始までは合意が公表されているのだから文在寅も知っているし、日本側が話を止めてしまった内幕についても韓国外務省やKCIAがある程度は把握していると考える方が自然だろう。だがそうなると、文在寅にとっても安倍の要請はさっぱり意味が分からなくなったはずだ。日本との関係を基本的には良好に保ちたいのでなるべく穏便に済ませたい(最終的には、日本が猛反対すれば今の和平への流れは潰される危険ある)ものの、どう対応すればいいのか、両国ともに相手の日本の目的が分からないのでは、頭を抱えるしかない。
関係諸国すべてを悩ます「安倍問題」
南北の首脳が極秘で話し合わなければいけない対日問題、と言うか「安倍問題」には、もっと大きいものもあるが、この点については文在寅は巧妙に安倍の愚かさにつけ込んでを追い詰めてしまった。「拉致問題を提起して欲しい」という安倍要請を、あえて抽象化して「日本は過去の完全な清算に基づく国交正常化を求めている」と金正恩に言った、と安倍首相との電話会談で伝えて来たのだ。
もっともこれも、文在寅と金正恩の両者が結託した出来レースだとしても驚かないし、文はそれ以上のことも恐らく言っているだろう。「過去の完全な清算」と言えば拉致問題も「過去」と言えるが、普通に受け取るのならそれ以前に、当然ながら韓国相手には一応済んでいるが北朝鮮相手にはまったく手付かずの、日本の植民地支配や戦争犯罪、人道犯罪の謝罪と被害者への賠償問題こそが「過去の完全な精算」だ。そう言われた金正恩は、日本との対話はいつでも準備があると応じたという。
正直、この日韓電話会談の内容が報道された時には驚いた。その中身ではなく、日本の首相官邸がこれを公表したことだ。と思ったら、なんと電話会談の直後に発表したのは青瓦台(韓国大統領官邸)の報道官で、つまりは安倍外交の致命的な惨敗である。北朝鮮との「過去の完全な清算」はどっちにしろ日本政府の義務でもあるが、これをやってしまったら安倍はその岩盤支持層である極右カルト層から途端に憎悪を向けられるだろう。しかも実際には、これまで逃げる言い訳があった対韓国国民の謝罪や賠償も一からやり直さなければならなくなる可能性が高いのだ。
植民地支配の清算と戦後賠償や謝罪が「韓国相手には一応済んでいる」と先に書いたのがクセモノで、韓国が朴正煕の軍事独裁政権下だった1965年に日韓両国が合意した「戦後賠償」は今日の基準では(と言うか当時でも)不道徳で違法性が高いと指摘されて来ているし、現に現在の国際法秩序の基準から言って国家による個人の財産権の侵害なので、国際司法裁判所が判断すれば確実に違法とみなされるだろう。またこの日韓の戦後賠償に関する協約が障害になって(というかその拡大解釈を日本側が一方的にいいわけとして主張して来たことで)慰安婦問題や朝鮮人徴用工問題もまったく解決が進んでいない。北朝鮮としてはこの際、もっとしっかりした戦後補償や謝罪を当然要求したいしだろうし、長期的には韓国にとっても利益になる。ただし直近の問題では韓国政府のメンツを潰すことにもつながる面もあるので、ここは南北の意思疎通が欠かせない。
戦後賠償に関する日韓協約は、韓国内で違憲訴訟も起こっていて、憲法裁判所は(いわば政権忖度判決だろうが)証拠不十分を理由に訴訟自体を受け付けず、協約の違憲性そのものは問わない判断を出したのが朴槿恵政権の時だ。文在寅政権はこの朴槿恵の前政権が安倍と結んだ慰安婦問題についての「日韓合意」も破棄はしないが事実上の無効を宣言しているが、ただしこの時も金銭補償とは無関係に真摯な反省と謝罪の維持を日本に要求しただけだ。一方で「明治の産業革命遺産」の世界遺産登録における日本の稚拙な主張で一気にクロースアップされてしまった徴用工問題については、世界遺産委員会が日本に対する懲罰決議まで出すという日本の戦後外交史上空前の恥さらしとなったが、日韓の外交問題としては韓国政府の対応はまだ決まっていない。
北朝鮮国民や在日朝鮮人にも、旧日本軍の慰安婦制度被害者や元徴用工はいるわけで、そうした個々人への人権侵害についても、日韓協約の本来の対象であった旧日本軍兵士軍属の未払いのままの給金や恩給、遺族年金といった事務的な(本来契約上払うべきものを払っていないだけの)賠償についても、どう日本政府に要求すべきなのか、南北の間で一定の一致を見ておかなければならない。
北朝鮮に対する日本の戦後賠償が1965年の対韓国よりも好条件になるのなら、韓国国民にも同等の賠償を求める権利が自動的に派生し、それは最終的に日本政府に請求されるとはいえ、韓国政府の立場も難しいものになる(違法性が高いと知りながら50年以上、民主化後でも20〜30年放置してきただけでも責任は大きい)。このデリケートな問題について文在寅がどう考えているのかを金正恩も知らなければ、対日交渉の方針が立たなかっただろうが、文在寅の安倍への説明でここははっきりした。文在寅は安倍の要請を逆手にとって、金正恩と組んで日本に戦争と植民地支配の反省と謝罪を一からやり直させと要求することを決意したのだ。
板門店宣言は朝鮮半島の両国の独立と主権を強調する文脈になっているが、その独立を言うのであれば日本は旧植民地支配者であり、韓国の独立後には朴正煕らの軍事独裁やその流れを組む右派政権は日本の(主に自民党右派・というか安倍の祖父の岸信介)の後ろ盾もあって権力を維持して来たし、そもそも日本軍の軍人や日本の総督府の植民地支配に協力して来た側だった。
一方、北朝鮮の現体制の正当化は金日成の対日パルチザン運動であり、韓国の現政権は岸信介ら日本の右派政治家とのパイプが強かった朴正煕の娘・朴槿恵を国民が政権から追放して成立したリベラル派政権だ。仮に日韓で過去の暗い歴史が完全に清算されてもはやなんのわだかまりもない、という友好国関係であっても、日本が大国ぶって韓国に要求を突きつけるのは外交的に正当化され得ずに反発を買うだけだし、現状はまったく解決などされていない。そして北朝鮮と日本の間に至っては、戦後の清算は始まってすらいない。
安倍政権は外交の読みがまったく甘すぎる。 北朝鮮との「過去の完全な清算」は日本が韓国と結んでいる中途半端で問題だらけの戦後補償に関する協定のレベルで済むわけがなく、そして北朝鮮によりまっとうな条件の戦後補償や謝罪を行えば、同じ補償と謝罪は韓国に対しても行わなければならなくなる。安倍はついこないだまで、朴槿恵政権と結んだ慰安婦問題に関する「日韓合意」を巡って文在寅政権と対立していたことも忘れたのだろうか? 完全に逆襲されて追い詰められてしまったのが安倍だ。首相官邸は「対応に慎重さを要する」として発表しないで済まそうとしたらしいが、先手を打たれて韓国側に発表されてしまうことも予想できなかったのだから情けない。
また北朝鮮の方でも昨年のミサイル演習の連発に合わせた対日挑発の中で、北朝鮮は発射した日付が日韓併合の、つまり日本による朝鮮半島侵略の記念日だったと明言したり、東京地裁が朝鮮学校の高校無償化外しを容認する判決を出した翌日には「底意地が悪く無反省」とこき下ろして見せたりしている。日本のマスコミがしきりに話題にした北朝鮮によるトランプへの罵倒(「老いぼれの狂犬」)などはそんなに深刻に受け取る必要がない言葉遊びでしかないが、日本への挑発的批判の内容はほとんど報道しないのもおかしい。いずれも北が本格的な対日交渉に入った時に、日本を問い詰め追い詰めるために使え国際社会の支持も得られる正当性がある批判で、それに対して日本側では外務省も安倍政権も反論する理論武装がまったくできていないのだ。
これで安倍政権は北朝鮮をめぐる交渉から自らドロップアウトするしかなくなったわけで、文在寅とトランプは必死で妨害しようとして来た安倍を排除することに成功したわけだ。金正恩にとって日朝交渉は後回しになるので、日本の態度を理由に金正恩が態度を硬化させるリスクも減ったし、いずれにせよアメリカでも韓国でも、これだけ国内スキャンダルだらけの安倍政権は今後長く続かないと踏んでいる。次の総理大臣ならもう少しはリーズナブルな対応をして来るだろう。
まあ日本がまだ世界屈指の経済大国で無視はできないだけに、「安倍問題」に悩まされる国々が続出するのは今に始まったことでもない。日本が主催したG7首脳会議の伊勢志摩サミットで「世界経済はリーマン前」と叫び出して大顰蹙を買ったり、ウクライナ問題でG7が制裁をかけているロシアにすり寄って見せたり、イスラム国相手に極秘でなければならない身代金支払い交渉をバレバレな格好でやってみてしまったり、そして歴史修正主義の極右臭や無自覚な人種差別丸出し言動など、バラク・オバマなどは特に安倍に悩まされながらも日本そのものを侮辱するわけにもいかず妥協も多かった。その辺りはトランプの対応の方がよほどうまい。安倍が胡麻擂りですり寄って「蜜月」ぶって抱きついてくるだけなら、トランプのようにストレートに手玉に取って思いっきり服従させて中身のない飴を与えつつ無視するときは無視する方が、荒っぽいが有効な対処ではある。
現代政治は極端に世論に配慮しなければ成立しないが、そこで立ちはだかる厄介な問題
文在寅と金正恩が内密に、本音で語り合わなければならない、さらに厄介な「安倍問題」もある。恐らく北朝鮮政府も朝鮮総連を通して日本の世論の動向や報道のあり方などをある程度把握できているはずだが、このストックホルム合意の存在と金正恩政権が拉致を再調査したことや、日本政府未認定の被害者が見つかり帰国できる可能性があることなどをほとんど無視していて、今回の首脳会談を「拉致問題を取り上げてない」と批判か落胆のように報じる中でもまったく言及がないことを、どのように分析しているだろうか?
識者と称する人たちがわざと金正日時代の北朝鮮政府の見解である「解決済み」を「北朝鮮の立場だ」と言い張っているのは、露骨に国民を騙しているとしか思えない。再調査の決着がついていない(日本政府に大まかな内容が内示されていることは分かっている)以上は金正恩が「解決済み」という立場ではないこともわかりきっているのだ。北朝鮮の五度目の核実験を口実にした経済制裁に合わせて日本政府が一切の交渉から手を引き、しばらく待っていた北側がついに諦めて「終了」を発表したままになっているのだが、ほとんどの日本国民がまったくこの辺りの事情を忘れてしまっているのは、北にとっても将来的には極めて深刻な事態が予想される。
安倍政権だけが相手なら、普通の情報機関なら「この政権はもう長続きしない」と判断しているし、ならば新政権に期待したくなるところが、国民世論がこんな調子ではその新政権も安倍の欺瞞に満ちた強硬姿勢を踏襲するしかなくなるだろう。「実はこうでした」などと国民に対してこれまでの嘘を自白する政権というのはなかなか期待できないし、今までわざと偏向した事実上の虚偽をしたり顔で語って来た「識者」や報じて来たマスコミも、突然態度を変えるわけにもいくまい。
もっとも、これだけ厄介な「安倍問題」では30分で話が済むとも思えないし、どうせ対米追従しかしない日本は「後回し」なので金正恩にとってはトランプのことでアドバイスを受ける方が今は優先順位がはるかに高い。それに両国の首脳だけで本音で話し合うべきテーマは、それこそ今後どこまで「統一」ムードを進めるべきなのかなど、他にもいろいろある。
たとえば軍事的な対立状態の解消は一部のファナティックな保守派の感情論や軍の一部などの利権に関わることを除けば、基本的に両国民ともに歓迎するしダイレクトな利益も大きいが、そこで打ち出す大義名分はやはり「同じ民族」と将来の「統一」になる。今回の南北会談でも歓迎式の冒頭で登場したのが李氏朝鮮王朝の衛兵(無知な日本メディアは「韓国の伝統」云々と報じていたのはひたすら恥ずかしい。南北分断前の李氏朝鮮の統一王朝だ)だったし、首脳会談の会場となった会議室の壁画は朝鮮民族共通の聖地(日本人にとっての富士山のようなもの)で現在は北朝鮮領になる金剛山に変更された。
統一ムードの演出はしっかり(過剰なまでに)やられている。しかし現実問題として、統一は可能だろうか? 南北の相互交流が進むだけでも、偏見が減り好意が広まる一方で、南北間で絶望的に広がった経済格差を背景にした軋轢や嫉妬もどうしても起こり得る。まして統一などすれば途方もない格差社会になるので現実問題としては何十年もかかる夢のまた夢だし(冷戦崩壊後の同様の「統一」の失敗の実例を、両国とも見て来てもいる)、韓国のような民主政治を北朝鮮に導入するのは現状、朝鮮労働党の立場からすれば無理だ。そんな現実を踏まえながら友好と和平をどう理想として提示し続けるのかは、両政権にとって将来的に極めてデリケートな問題になるが、決して国民相手に口外できない、その意味では「欺瞞」でもあり、公式会談ではとにかく「統一」を語らなければならないからこそ、まずは南北両国の首脳が忌憚のない意見交換が必要になるだろう。
金正恩は「経済援助」は決して求めて来ない
これまで金大中=金正日、盧武鉉=金正日と繰り返されて来た、韓国大統領が平壌を訪問しての南北会談と今回の文在寅=金正恩では、際立った違いがある。まず北の最高指導者が韓国に入ったのが初めてという以上に、朝鮮戦争と南北分断の象徴である板門店を会談場所に選んだこと、その象徴的な意味を含めての公式会談と共同宣言の中身だ。
以前の2回の会談は経済面を中心とした相互交流という建前で、南が北に出資して共同事業を行ったり、資金そのものを支援したりの、経済援助がテーマだった。南北の経済格差が前提としてある以上はその格差解消は実は必要なのだが、そうは言ってもどうしてもカネの話、すでに経済先進国の仲間入りをした韓国が北朝鮮を「買う」ないし「めぐんでやる」みたいな構図と、「朝鮮戦争の終結と朝鮮半島から核をなくすこと」という軍事・安全保障上の理想を全面に押し出した今回は大きく異なっているし、その重要性を見落としがちなのが、これまた日本のメディアなのも困った問題だ。「北朝鮮はしょせんカネ目当てに違いない」という偏見レッテル貼りから一歩も抜け出せないのはなぜなのかも気になるが、これはまず失礼だし、こんな思い込みに囚われているだけではどんどん取り残されtるだけだし、やがて日朝交渉が始まっても必ず失敗する。
もちろん金正恩の本当の目標は北朝鮮を本当に独立国として維持して国民の生活を向上させることで、朝鮮労働党政権が独裁だからこそ経済や生活の面での国民の不満を抑えなければ、体制は崩壊に向かうだろう。国際的には核開発ばかりに目が行くが、内政について言えば父の代の「先軍政治」の破綻した計画経済ではない経済発展の方策に大きく舵をきっているのも金正恩政権で、「並進路線」のうち核開発は「終わった」と宣言してからは、もう一方の経済発展を政治目標に据えたと明確に言ってもいる。国連安保理で決議された制裁も、今はまだ大きなダメージはないが、逆に言えばダメージが出る前に解消できるならそれに越したことはない。
経済支援はもちろん有難いはずだし、北朝鮮が「遅れて」いることも金正恩は率直に認めた(文在寅の訪朝は歓迎するが交通網整備が行き届いていないので不便をかけるかも知れない、平昌オリンピックに行った妹たちによれば韓国の高速鉄道は素晴らしいらしい、等々)。だがだからと言って、というより、だからこそ今回の一連の交渉で、北朝鮮は決して経済やカネの問題を直接の条件としては出して来ない。日朝交渉では当然戦後賠償が重大な議題になるが、これも「カネの問題」ではなく侵害された権利の問題としてきっちり筋を通さなければ、日朝交渉は決裂し、金正恩は日本が過去の植民地支配の暴虐を反省しない歴史修正主義の軍国主義国家だと厳しく非難してテーブルを蹴って席を離れるかも知れない。
逆に言えば安倍が掌を返すように本当に真摯にあの戦争の反省を語れば、カネの話はほとんど出ないで済むかもしれないのだ(なんと言っても北朝鮮では、直接被害に遭った世代はほとんど亡くなっている)。勘違いされては困るが北朝鮮にとって対日交渉で最重要なのは経済援助やカネではない。植民地支配を謝罪させ、日本の朝鮮民族への差別(在日朝鮮人の受けて来た差別被害を含む)を反省させ改めさせること、カネよりも正義の問題、国家と民族のプライドの方が遥かに大きいのだ。
北朝鮮は確かに独裁国家であり、金正恩は父の金正日のように腐敗した惰性の権力構造の上に乗っかってサーフィンしていただけの存在ではなく、その歴史上もっとも強固な権力基盤を固めた本格的な独裁者だ。そしてこういう独裁だからこそ、大義名分の正義を国民に発信して支持を得るなり洗脳するなりを続けなければ維持できないのだ。
日本の初動が間違っていなければ、北の核開発は進まなかった
元々、金正恩が権力の継承後に外交方針を変えて関係改善を計ったのは日本だった。
拉致問題を再謝罪して再調査を申し出たのもその一環で、日本との関係改善は父の代に疲弊し腐敗した国内経済の立て直しにとって重要だし、父の時代の過剰な中国依存と中国の属国化を改めて北朝鮮の独立を取り戻すためにも必要と考えたのだろう。つまりもちろん日本との関係改善の目的には経済関係の構築も含まれるが、だからこそこの時も、北は経済的見返りは一切求めていない。対外的に北朝鮮が変わったこと、これからが人道的で公正な外交を行うのだと印象付ける意図も大きかった(つまり北朝鮮の国際的な名誉の回復)からこそ、再調査の見返りとして提示したのは、同じ「人権問題」として日本国内における在日朝鮮人の人権状況の改善だけだった。
どうも日本のメディアやそこに登場する「識者」たちはこの肝心なポイントが理解できていないところが非常に危うく思える。拉致問題の再調査のことも忘れているくらいだから、この時に北朝鮮が求めて来た条件が在日朝鮮人の人権を日本政府が “引き続き” (などと言う実態自体がないことはあえて言うまい)きちんと守ってくれることだけだったことの意味なんて考えもしないのかも知れないが、あるいは今の金正恩の狙いを「体制の保証」とだけ言うのも、わざと矮小化した方向に世論を誘導したいのだろうか? 少なくとも建前上、今の北朝鮮が求めているのはあくまで独立国どうしとしての公正で対等な扱い、アメリカに対して求めているのも侵略したり巨大武力で脅すのを止めることだ。そして北朝鮮のような国の外交は(思想信条の自由がない独裁国家だからこそ)必ず建前の大義名分を標榜するし、そこが尊重されなければ一気に態度を硬化させる。
北朝鮮相手では、この大義名分を死守することの重要性を見誤ると、交渉そのものが破綻するし、そこで責められるのは相手を小国の貧乏国だと思って足下を見たつもりで傲慢に振る舞った「大国」の側だ。トランプもいったん米朝首脳会談を決めてからはこの最低レベルの国家間の礼儀はちゃんと踏まえていて、ツイッターでも「我々の首脳会談が楽しみ」(つまり金正恩と自分)と書いたり、公式発言でもこれはお互いの話し合いで北朝鮮にとっても世界中にとっても利益があるようにしなければ意味がない、という趣旨の発言を繰り返している。
ドナルド・トランプのいう「もしかして大変にドラマチックなこと」とは?
ドイツのメルケル首相と会談したトランプは、この共同会見でも北朝鮮との交渉に時間を割いて言及して(アメリカのメディアにトランプの、従来の対北外交方針を根本から変えるだけでなく、国務省ルートを無視してCIAに主導させているやり方へも批判が根強いことへの反発もある)、アメリカ世論の求める「北朝鮮の核放棄」ではなく「朝鮮半島の非核化」を歓迎し協力する意思を繰り返した。批判勢力に配慮して「うまく行かないと思えばいつでも席を断つ」は一応繰り返す一方で、この目標が実現できれば「Great thing」だと改めて表明した上で、さらに随分と意味深な発言まで付け加えたのも気になるところだ。トランプは「Who knows もしかしたら」と限定はかけつつも、「とてもドラマチックなことが起こるかも知れない」とも言ったのだ。
「ドラマチックなこと」に日本や安倍政権は、かつての「あらゆるカードがテーブルの上に」発言に武力行使への期待を膨らませた(安保法制の集団的自衛権を悪用すれば日本も北朝鮮と戦争ができる。それは安倍などは嬉しいだろう)のと同じ心情でいるのかも知れない。「ドラマチック」つまりやっぱり戦争で、トランプが日本政府にとって邪魔でしょうがなく、日本国民にとっての憎悪の対象でなくては困る金正恩体制をぶっ壊してくれるのでは、という希望だ。
だが安倍との首脳会談の頃から「朝鮮半島の非核化」を繰り返すことで日本のような(あるいはアメリカの従来の外交姿勢でもある)敵視政策と明らかに一線を画し、今回の南北会談を国連事務総長以上に歓迎していて、しかも一般には「北朝鮮の後ろ盾になってアメリカの武力行使を阻止するつもり」と論評されている中国・習近平の功績も大きいのだとまでツイートしていることからして、トランプのいう「ドラマチック」がそんなところにあるとは考えにくい。
トランプがあえて習近平に(「親友」「多大な助力を忘れないでほしい」」とまで持ち上げて)言及したのは、南北の板門店宣言が、朝鮮戦争の終結について韓国・北朝鮮・アメリカないし韓国・北朝鮮・アメリカ・中国という枠組みの首脳会談を、と呼びかけていることにももちろん呼応している。南北二国がわざと中国抜きの可能性も書き込み、そこでアメリカが中国をあえて褒めて関与(=責任)を強調する。こうなると中国は「乗り遅れる」わけにはいかないので積極的に参加してくるし、米中相互の核軍縮のような話でも拒否はしないだろう。6月上旬までに、まずトランプと金正恩2人で会ったあと、さらに南北・米・中の四者による首脳会談が行われることまで、もうほぼ既定路線となった。
もちろんこの場合、直接のテーマは「朝鮮戦争の終結」で、これについてもトランプはツイートで大文字で強調してアメリカ国民にとってGREAT THING とわざわざ大文字で発信している。朝鮮戦争を終結させないことで北朝鮮を敵視し続ける正当化を担保して来たのが従来のアメリカの方針だが、トランプはそれは愚かでアメリカ国民の利益に反すると事実上言っているに等しいのだ。このままメディアからの批判が続くなら、「お前らは戦争が続くことを望んでいるのだな。なんという偽善者だ」とくらい言い出しかねない勢いだし、現に支援者集会でも「連中はトランプが核戦争を始めると言っていたが実際にはどうだ?」と、北朝鮮の危機が去ったことをすでに自分の実績としてアピールしている(し、実際にその危機はトランプと金正恩の交渉が続く限りは再燃しない)。
もちろん「朝鮮戦争の終結」が実際には非核化にとっての絶対に外せない前提条件であることも含めて、南北・米・中の四者首脳会談の真のテーマもまた「朝鮮半島の非核化」「半島から核兵器を完全になくすこと」になるはずだ。
もちろんトランプは今のところ、思わせぶりな抽象的な言い方で匂わせているだけだし、米世論の支持が得られそうになかったり、北朝鮮側との思惑の一致が得られなければいつでも方針を変えることもあり得る。だが今のところの発言の流れを見る限り、「ドラマチック」かつ「世界中にとって良いこと」と言い続けているその狙いが、確かにほんの2,3ヶ月前には誰も想像すらしなかったことである可能性は大きいというか、論理的に推論する限りではほぼひとつしか整合性のある解釈は考えにくい。
トランプ支持者は「同盟国を守る核兵器」にアメリカの税金を使わせたくない
「朝鮮半島の非核化」が、米中相互の核削減交渉の開始も含む大きな話に広がる可能性であり、他ならぬトランプがそれを自分の功績としようとしていることだ。それが実際に動き始めるのなら、確かにノーベル平和賞を与えても構うまい。なにしろ「核なき世界」を訴えて同じ賞を受賞したバラク・オバマは、実際には任期中にはなにもやっておらず、アメリカの核武装はむしろ強化されていたのだ。
「朝鮮半島の非核化」においてアメリカにとって最大の障害は、その核兵器が実際には北朝鮮への抑止力として配備されているのではまったくないことだ。東アジアにおけるアメリカの最大の核ターゲットが中国であることは、沖縄から韓国に核兵器が持ち込まれた事実が明らかになっているキューバ危機の時から基本、変わっていない。だから従来のアメリカの政権は朝鮮戦争の終結も考えなかった(実は中国とロシアに対抗するために在韓米軍や在日米軍を置いていることの建前上の正当化がなくなる)し、それがアメリカの軍需産業や共和党のロビー団体、国務省の一部や国防総省にとっての利権にもなって来た。トランプと金正恩が「朝鮮半島の非核化」で合意しても、アメリカの目に見える形の核削減なりなんなりの努力がなければ、北朝鮮にとってアメリカの核の脅威、つまり「核武装の理由」は残り続ける。だがアメリカが東アジアにおける核を減らすことも、中国との核バランスの関係上難しい。
逆に言えば中国も核軍縮に応じるのなら、アメリカは「朝鮮半島の非核化」を実現できるだけではない。日本や韓国に「核の傘」を提供するために膨大な軍事費を使い続けている現状そのものも変えられるし、その話ならすでに金正恩が電撃訪中で先鞭をつけてくれているのだ。
つまり習近平もすでに「朝鮮半島の非核化」に最大限の努力を表明している。その言質を盾にトランプが相互各軍種を求めれば、習近平には断れる理由がないどころか、実を言えば中国にとっても核戦力の維持に費やす膨大な経費を他の分野に回せるし、中国国内の権力闘争で人民解放軍の力を抑えることにも繋がる。
極右のトランプとその支持層は強いアメリカを求めているのだからアメリカの核兵器を減らすことを考えるはずがない、というのは現場や政治的現実を考えずにひたすら「核武装」という最強の軍備にただ憧れているからこその発想だ。冷戦時代の米ソ核競争から結局はあまり変わっていないアメリカの核戦略は、全世界を射程に収めることで同盟国に「核の傘」を提供し続けるために連邦政府の予算を膨大に食いつぶしている。実はオバマが「核なき世界」を言い出した動機だって、現実的に従来の核武装では、定期的な更新や技術を保つための核実験の必要性も含めて財政負担を減らしたかったことが大きい。
「アメリカとアメリカ人を守る核兵器」ならトランプは支持者も動かせるので増強に前向きだし、今年の一般教書演説でも相前後して発表された核戦略見直しでも、そのための小型核兵器の開発と装備の充実が言及されている。ちなみにこっちの方が「世界中の同盟国を守る核の傘のための核武装」に比べれば財政負担はずっと小さい。だが同盟国の「核の傘」を維持するための高価な核武装は、元々トランプの支持層の賛同を得られるものではないのだ。
金正恩の「豹変」が「意外」に見えるのは、状況を理解できていない日本のメディアが金正恩の動きを読み誤り続けているからに過ぎない
日本のメディアやそこに登場する「専門家」の多くが、金正恩が南北交渉でも米朝交渉でも直接には経済援助は求めて来ないということが理解できていないだけでなく、他にも金正恩の思惑を完全に見誤って、その発言の真意も勘違いしているところが多すぎる。電撃訪中で習近平を巻き込んだのも、中国の後ろ盾でアメリカを牽制する意図なんてない。トランプが米朝直接交渉を「やろう」と言った時点で、アメリカの軍事力行使の可能性はなくなっているのに、そんな「後ろ盾」はそもそも必要がないのだ。
日本のメディアも、そこに情報を提供して論調をコントロールしている日本政府も、だからポンペオが国務長官に就任した直後に明らかにした対北交渉の現状にも「意外だ」「金正恩の意図が分からない」としか考えられないのだろう。そのマイク・ポンペオが明らかにしたところでは、「完全で、検証可能で、不可逆的」な核放棄の具体的なプランのかなりの部分は、金正恩がIAEA(国際原子力監視委員会)の査察だけでなく米韓両国の核専門家やメディアも受け入れる準備があると表明するなど、すでに具体的に提示されていて、ロードマップ作りの話まで始まっているという。
いやこんなことは意外でもなんでもないわけで、北朝鮮の核武装の元々の理由はアメリカの巨大核武装に対する抑止力をなけなしでもいいから確保したかったからだが、こと金正恩政権になってから、核開発の本当の動機はアメリカ相手の確かな交渉カードとして使えるからだ。最初は安倍の日本に対して拉致問題の再調査を申し出たり、朴槿恵の韓国には相互の罵倒はやめようと呼びかけても、自国をアメリカの事実上の属国と位置付けることを権力基盤にしているこの両首脳には(ちなみに安倍の祖父・岸信介と朴槿恵の父・朴正煕は親友)無視されただけだった。
つまり真っ当で人道的な外交では結局無視されるだけだと理解した金正恩は、いわゆる「マッドマン理論」(ちなみにトランプが得意として来た交渉術でもある)で核武装をちらつかせる交渉ならアメリカを直接引きずり出せるだろうと狙ってそれを実行し、現に狙い通りの結果を確保したのが今の流れなのだ。あくまで外交カードとしての核なのだから、それを放棄するという切り札も最有効に活用するなら、むしろ「完全かつ検証可能で不可逆的」を担保するやり方を準備していたのは当たり前なのだ。そうでなければ大金をつぎ込んだ交渉カード作りの意味がない。
ただしもちろん、それを実行するかどうかは「朝鮮半島の非核化」に向けたアメリカの本気度次第だ。日本のメディアは金正恩が言う「段階的」の意味も完全に取り違えている。北朝鮮がその核放棄プランを実行することなら金正恩の判断だけで決められるが、アメリカの側こそが国内の反対勢力や「核の傘」を失う同盟国(とりわけ日本)の抵抗を押さえ込み、さらに核バランスを維持しつつ巨大核武装(とその維持のための経費)を減らすための中国やロシアとの交渉もあって、文字通り「段階的」にしか進められない。日本のメディアはいまだに(もはやなんの根拠もなく)アメリカはまず北に即時の核放棄を求めるはずだと言い続けていて、それを断られたらトランプがテーブルを蹴って席を立つことに期待しているようだが、これはすでにトランプ自身がツイートでも、メルケル首相との共同会見でも、支持者集会でも否定している。これは時間のかかるプロセスで、結果が肯定できるものになるかどうかは Only time will tell、歴史が証明してくれる、と釘を刺しているのだ。そんなに時間がかかるのは、アメリカ側の「朝鮮半島の非核化」の方であって北朝鮮側ではない。
なお北の核放棄の見返りが「経済制裁の解除」では米朝交渉が成立するわけがないことも念のため補足しておこう。どうも日本のメディアはアメリカが世界の帝王でなんでも勝手に決められると勘違いしているようだが、経済制裁はあくまで国連安保理の決定だ。北朝鮮の核開発が対象である以上、核開発の凍結だけでも本来なら解除の議論が安保理で始まるのが筋だし、北が核放棄をやればそれだけで継続の理由はなくなり、自動的に解除されなければならない。
もうひとつの「取り残された」ダークホース、ロシアのプーチンが握る今後の鍵
ドナルド・トランプ、文在寅、そして金正恩のいわば「出来レース」が進行する中で、金正恩の交渉戦略で一点、筆者には不可解なところがある。昨年の安保理制裁決議の際にはあたかも北朝鮮に理解のある保護者であるかのように振る舞ったプーチンについて、なんの対応もしていないことだ。あの時にも、実際には金正恩に頼まれたりしたわけもなく、プーチンが勝手に演じたことでしかなかったことまでは分かるが、それが気に入らないのであえて無視している、と言うわけでもあるまい。
プーチンもそこは苛立ち始めたのだろう。板門店宣言にも朝鮮戦争の終結首脳会議の呼びかけでアメリカと中国には言及があったが、ロシアは無視されていたのだ。そこでしびれを切らしたプーチンが、かなり恫喝的な高飛車な態度で文在寅との電話会談を行った。
金正恩ではなく文在寅に接触したと言うところが、プーチンが実は金正恩の外交手腕を恐れている(下手に動けば、逆にあえて言うことを聞かないと言うポーズを明確に示され、プーチンのメンツは丸潰れになる)ことを示唆している。やはり昨年秋にプーチンが「北朝鮮は草を食べてでも核武装を諦めない」などといかにも理解のある保護者のように振る舞ったのは、金正恩にメンツを潰されることを危惧したプーチンの一人芝居だったのだろう。文在寅なら日本に対してさえ安倍の対外的なメンツだけは維持できるように細心の注意を払っているほどの「大人の対応」をやる政治家だから(先の電話会談でも、安倍は自分の内輪の支持層からは突き上げを食うだろうが、国際的にはむしろ安倍の対面はしっかり保たれている。戦争や植民地支配の清算のやる気があると言うことは、国際的にはむしろ安倍のイメージ改善になる)、自分の顔に泥を塗るような対応はしまい。
このプーチンの動きがまたクセものだ。東アジアの安全保障環境の変化はロシア抜きでは始まらない、と恫喝する一方で、「朝鮮半島の非核化」にはまったく言及せず、韓国・北朝鮮・ロシア合弁の天然ガス開発事業を持ちかけたのだ。板門店宣言が東アジアに残存していた冷戦的な対立構造を終焉させるものであることを見越して、南北両朝鮮を自国の経済圏に取り込もうと言う意思が露骨である一方で、エネルギー供給の確保は韓国にとっても、そして何よりも北朝鮮にとって、断るわけにはいかない「美味しい話」である。
プーチンに核軍縮に乗る気があるかどうか?そこをギリギリまで誰にも悟らせない狡猾さが、これまたプーチン流
だがそこしか言わなかったのが問題だ。ロシアは中国と共にアメリカにとって実は最大の核武装競争の相手であり、対ロシアのアメリカの核武装はむしろ大西洋方面、ヨーロッパと特にNATOが中心とはいえ、「朝鮮半島の非核化」の流れで中国とアメリカが相互の核軍縮に動くにも、ロシアの核がそのままではどちらも諦めざるを得なくなる可能性が高い。だから金正恩は近々ロシアにも接触するだろうと予想されたのが、その動きはまったくないままだ。恐らくプーチン相手では、「朝鮮半島の非核化」への賛同と協力の言質を取る自信が持てないからではないか、と言うのが真っ先に思い浮かぶ推論だが、案の定文在寅相手でも、プーチンは「朝鮮戦争の終結」には一定の評価を述べたようだが(ただし「俺抜きでやるな」と恫喝もした)、「朝鮮半島から完全に核兵器をなくす」ことにはあえて何も言っていない。
もしかしたら今月中には行われるかもしれないトランプ=金正恩会談の明暗を分けるのは、実は今後のプーチンの動きだろう。「朝鮮半島の非核化」にロシアがこのまま全く無関心を装い続けるのなら、トランプも(そして習近平も)、金正恩が「核武装の理由がなくなった」と宣言できるだけの条件をなかなか整えられなくなる。米中両国にとってロシアの核の脅威が無視できず、核兵器を減らすことなど国内の反対でおよそできない相談になるからだ。そうなったとき、金正恩がアメリカの核が韓国には持ち込まれないことだけで満足するかどうか?と言うか、それで国内を説得して権威を維持できるかどうか?
ただいずれにせよ、それで昨年のような挑発合戦や偶発戦争の危険性が再燃することだけはない。トランプと金正恩が、そして金正恩と文在寅が対話を続ける限りは、北朝鮮の核開発は凍結されたままになるからだ。こう言うと日本では「隠れてやるかも知れない!北朝鮮に騙されるな!」と官邸の意を受けた御用ジャーナリストが喚き出すのだろうが、そこまで安全保障や核兵器について無知な人間の言うことなど聞く必要がないのは言うまでもない。核実験も、ミサイル開発のための実験や演習も、北朝鮮の地理的条件では周辺の諸外国に隠れてやることなど不可能なのだ。
つまり、安倍晋三がずっと言い続けていることは完全な誤りだ。「対話のための対話」は極めて重要で意味が大きい、戦争を回避するための切り札的な手段なのだ。
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