たった三日で突然「中止」から一転仕切り直し。米朝会談をめぐるトランプの「雨降って地固まる」作戦の思惑と不安要因 by 藤原敏史・監督

日本時間では5月24日午後11時の突然のホワイトハウス発表は確かに衝撃だった。トランプ大統領がが6月12日の予定だった米朝首脳会談の「中止」を決断し、すでに通知する書簡を平壌に送付したというのだ。

その前々日には訪米した文在寅韓国大統領との会談では「延期」の可能性までは示唆していたトランプだが、前日になって「予定通り」と発言を修正していただけに、ショックはさらに大きかった。

また大統領自らの書簡というのも型破りだったし、その中身がこれまた通常の儀礼的な公式外交文書の範疇を大きく逸脱していただけに、外交の専門家でもその真意を読み解くのには慎重さが要求されるだろう。なぜこんなやり方をあえて取ったのか? もっとも、文体や語彙(通常外交文書ではまず使われない感情に直結した形容詞、例えば beautiful が何度か出て来る)の選択からして、これが外交書簡では通例の、外交官の準備した定型文ではなく、ドナルド・トランプ本人が書いた文章だったのは明らかだった。

型破りではあるが素直に読めば、トランプの真意が驚くほど正直に記されているように読めるのも確かだし、なよりもわざわざ彼自身の言葉になったことそれ自体が、勘案すべき重要な要素になる。

果たして北朝鮮側もそこに込められた(と言うかあからさまに明文化はされていた)トランプの「真意」をすぐに理解し、ほんの三日でこの「中止」騒動は収束した。それどころか「雨降って地固まる」効果にさえなっているのが現状だろう。

「中止」と言いつつ未練たっぷりのトランプの「正直な気持ち」表明

冒頭からわざわざ「会えることをとても楽しみにしていました」で始まる長い一文なのも異例だが、本当に自分の気持ちを書いているのならすんなり読解できる。会談は楽しみだったし必ず双方にとっても世界にとっても有意義な成果が出せると確信していたが、ここ数日に北側から発せられた言葉があまりに乱暴すぎて、今は有意義で友好的な会談ができるとは思えない。だが最後には「気が変わったら、手紙でも電話でも、いつでも直接連絡して欲しい」と結ばれているのは、つまりこれを一方的な決裂宣言と読むこと自体がおかしい。

日本のメディアではアメリカの核武装を強調した一文ばかりを強調しているが、崔善妃・北朝鮮第二外務次官の声明が「両国が首脳会談ではなく核対決の舞台で」とあまりに挑発的な一節を含んでいた以上、これくらいは言っておかないと、というレベルの言及で、「売り言葉に買い言葉」にしてはむしろおとなしく、躊躇すら感じられる。

トランプの書簡は自然に読めば相手をなだめながら、双方のボタンのかけ違いからうまく行くはずの交渉が感情的な軋轢で破綻するかも知れないので、仕切り直してもう一度やり直そう、と言う内容だし、極め付けで最後には金正恩が自分に直接連絡を、とまで言っているのだ。

逆に言えば、この一週間のドタバタは、いずれもトランプ自身の言葉でも、金正恩の名前で出されたのでもない乱暴な発言の応酬で起こっていた。トランプがいったんは「中止」と表明したのも、ペンス副大統領の(意図的としか思えない)金ファミリー・北朝鮮労働党を惨殺されたリビアのカダフィ議長に喩えた挑発的暴言があり、これに対して崔善妃がほとんど反射的・自動的な対抗意識を剥き出しにした声明を発表したからだった。

首脳同士の「前のめり」についていけない両国政府

これを米朝間、あるいはトランプと金正恩の「駆け引き」とみなすのはあまりに見方が安易過ぎて、肝心なことを忘れているというか、メディアはまず北朝鮮に関して自分たちが何を報道して来たのかも忘れたのだろうか? 今年に入ってからの金正恩の対話姿勢を「意外」と「予想外」と言って来たのは誰だったのか? トランプについても「前のめり」批判を続けて来たではないか?

双方ともに「前のめり」なのはその通りというか、平壌でもホワイトハウスでも、リーダーの独断と独走で事態が急転して来ている。アメリカ側では大統領本人と新任の国務長官マイク・ポンペオ(CIA長官から横滑り人事)、北朝鮮側では妹の金与正などの最高レベルの側近や金英哲・労働党副委員長(対韓国戦略担当のトップと言われている)らごく一部の幹部以外には、この首脳会談に向けた首脳の強い意思がきちんと浸透し理解されているとは必ずしも言えないし、それも無理はない。

たとえば崔善妃はつい昨年暮れまでは対米交渉担当で強面の強硬姿勢の前面に立って来た一人だったが、今年に入ってからは金正恩が自ら牽引する対話モードの中ではほとんど出番がなく、立場としても外務省の次席の次官でしかない。その崔次官がいわば「今ままで通り」のパターンの反応を示したのも、独裁体制のテクノクラートとしては自然というか、むしろありがちな(ほぼ事務的な)反応だ。

しかもリビアのカダフィ議長のように金正恩が殺されればいい、と言わんばかりの発言をしたのが、アメリカの副大統領だったのだ。ドナルド・トランプが脳卒中や心臓発作で倒れたり、ロシア疑惑で弾劾辞職となった時に後任のアメリカ大統領になるのが副大統領であるペンスだ。あるいは、トランプが大統領選の二期連続出馬を見送った場合でも共和党の最有力候補はペンスになるだろうし、そうでなくともペンス自身が共和党右派の重鎮だ。アメリカ大統領は二期までだし、仮にトランプがその二期を勤めても7年後に反故になるようなあやふやな話なら、北朝鮮が「国家核武装」を放棄できるわけがない。

だから北朝鮮のテクノクラートが強硬な反発を示すのも当たり前、想定の範囲内だったはずだとは言っても、崔善妃の声明がこれまた「両国が首脳会談の場ではなく核対決の舞台で対峙することになる」、つまりは核戦争すら示唆する内容だった。昨年までの北朝鮮外務省なら「いつも通り」の内容でも、状況がまったく変わっている中で、これではアメリカ政府内の反対派を勢いづかせることにしかならず、トランプとしては困惑するしかない。ビジネスの世界ではまず起こらない、その実感情論ですらないこうしたボタンの掛け違いは、政治特に外交の世界では、なぜかしばしば起こるのだ。

首脳の心からの感情表現が外交を劇的に動かした異例の事態? そこまで含めて計算づく?

いかにも残念無念そうに、ほとんど舞台の名演技のように未練たっぷりな表情で「中止」を発表したトランプは、目に涙すら浮かべた女性たちも含めてまるでお葬式のような雰囲気を醸し出すホワイトハウスのスタッフに囲まれていた。その中でひときわ目立っていたのが、妙に神妙かつ深刻そうで生気の欠けた眼と固まった無表情のペンス副大統領だった。

もともとこのトランプ独走の米朝和解方針に反対で、まったく非現実的な火遊びと言うくらいにみなしていたペンスにしてみれば、自分の目論見通り米朝首脳会談が潰れたのだからもう少し嬉しそうな顔をしても良さそうなのが、むしろ自分が大統領の真剣さを見誤ってしまったミスと、大統領を深く傷つけてしまったことを深く後悔し、今大統領にその自分の尻拭いをやらせてしまっている事態がいたたまれないようにも見えたのは、筆者だけだろうか?

この会見で、これからは副大統領として大統領に忠誠を尽くさねばならないのがペンスの立場になり、トランプは「中止」を発表しながらも自筆書簡でその真逆の意思を示したことで、ペンスを中心とするホワイトハウス内の最終的な封じ込めに成功したのだ。ホワイトハウスの内部からは、もはや諦めというか投げやりモードとも思える感想も洩れ聞こえている。「どうも金正恩と話が通じるのは大統領だけ」「もう大統領に任せるしかない」「大統領だけは金正恩を理解できるらしい」。

発端は1週間前の北側によるいきなり強硬姿勢

北朝鮮問題に関する動きについて、本サイトでは想定の範囲内で予想通りだと言い続けて来たし、昨年の総選挙時の記事ではすでに米朝首脳会談が行われる可能性をすでに指摘していた。つまり実際に予測も(今の流れを「意外」としか報じられない大多数のメディアと対照的に)当てて来ている手前、まずさすがに驚かされたのがこの一週間前の、5月15日夜(アメリカ東海岸時間午後2時)の突然の発表だった。

北側が突然、南北高官級協議の中止を発表し、米韓空軍合同演習について両政府を非難したというのだ。ではこれまで米朝双方や韓国、中国の動きを本サイトの記事がほぼ予測できて来たのは、ただの偶然だったのだろうか? だが「このままなら歴史的な中朝会談も中止せざるをえない」と大見得を切ったその中身の詳細が見えて来ると、驚くことは何もなかった。

朝鮮中央放送の第一報はさすがに首を傾げ頭を抱える内容だった。板門店での南北会談で北は例年規模の米韓演習は容認していたが、韓国側が自主的アメリカと協議の上演習の規模を縮小して来た。それが空軍演習は予定通りの規模で、米軍の最新鋭機が参加していることを北朝鮮がいきなり非難し始めたのだ。アメリカと韓国からすれば「いいと言ったじゃないか」だし、北側からすれば「自分たちが縮小すると言っておいてなんだ」とはなる。立場の違いのすれ違い、ボタンのかけ違いなのは傍目には明白で、だからこそ大騒ぎは避けるのが普通だ。それをあえてやるとは、北朝鮮は一連の対話の流れを潰す気なのだろうか? 金正恩が突然意見を変えたのか、平壌で秘密クーデタでも起こったのだろうか?

とは言え労働新聞や中央放送のこの種の第一報は、まず国内向けであるせいか、あるいは「下っ端」が出すことで公式見解ではないからなのか、このようにつかみどころがなかったり、北側に有利な事実をあえて無視していたりで、困惑させられる内容がこれまでも少なくなかった。たとえば日本政府を非難して「拉致問題は解決済み」と言ったのは、北朝鮮国内ではストックホルム合意と拉致再調査が報道されていないからだ。実際の日朝交渉ではこの再調査から日本側が逃げて中断していることを北側が攻めて来るのは確実で、日本側は「解決済み」よりも遥かに厳しい立場に追い込まれる。なにしろ客観的な事実関係で言えば、解決を阻んでいるのは今では日本政府なのだ。北朝鮮にとってこれほど「おいしい」突っ込みどころもない。

「一方的な核放棄の交渉になぞ参加できない」とはどう言うことか

だが今回は続けて、いささか懐かしい人物がより詳細な声明を発表してくれたので、なにが懸念されていて北側が何を牽制した買ったのかが、すぐに明らかになった。懐かしい、というのはかつての六ヶ国協議の北朝鮮代表で国連にも度々登場していた金桂冠・首席外務次官だ。そう言えば今回の米朝間のめまぐるしい動きは金正恩とトランプ、ポンペオ国務長官(前CIA長官)の間で進んで来ているので、この金桂冠氏もまた出番がほとんどなかった。

その声明の中身はホワイトハウスにとってはいきなり「爆弾」と言っていいものだった。端的に言えば「誰が北朝鮮だけが一方的に核兵器を放棄するなんて言ったんだ?アメリカも韓国も嘘をつくな。そんな嘘を押し通すなら首脳会談はできない」と言う主張なのだ。

もちろん金正恩が今年の2月に韓国特使を通じてトランプに呼びかけたのはあくまで「朝鮮半島の非核化」に向けて北朝鮮、韓国、そしてアメリカが揃って努力をすることであって、北朝鮮が「制裁」に白旗を上げて降参したのではまったくない。

そして元々北朝鮮の核開発は、アメリカの巨大核武装の射程内にある北朝鮮が、せめてもの抑止力(つまり一発の核爆弾でもアメリカ本土の大都市を狙えるなら、アメリカはその犠牲なしには北朝鮮を核攻撃で殲滅することはできない)でしかなく、金正恩はそうした安全保障上の危機さえなくなれば「核武装する理由がない」と最初から明言している。

北側の条件は最初からあくまで、アメリカの敵視が無くなるのなら抑止力としての核武装は必要ないのだから、あとはアメリカの誠意次第、という提案だった。逆に言えば、最低限でも今まで北朝鮮を狙って来たアメリカの核武装が今後は北朝鮮を狙うことは絶対にないと言う保証なしには、北朝鮮が核兵器を放棄する理由がないというのがそもそもの交渉の出発点だった。

実のところそのアメリカにだって、北に核放棄を強要できる国際法上の根拠もほとんどない。テクニカルにはNPT(核拡散防止条約)違反と言っても、北朝鮮がすでにこの条約から離脱しているだけではない。インドとパキスタンも脱退してすでに核保有を容認されているし、イスラエルが80発前後の核弾頭とそれを飛ばす高性能ミサイルや爆撃機を保有する完全な核武装国であることに至っては、単にイスラエル政府が公式には「ある」とも「ない」とも言っていないだけだ。しかもそのイスラエルの核保有を黙認して支援して来たのが従来のアメリカの外交方針で、トランプ政権はさらに踏み込んでエルサレムへの大使館移転まで強行しているのだ。

しかもこのNPTそれ自体が、昨年の国連総会で核兵器禁止条約が可決された議論の中で厳しく批判されて来たものでしかなく、だいたい元から偽善と妥協と超大国の偽善の産物でしかなかった。今や完全に形骸化し、正当性を失ったNPTは核兵器禁止条約に取って代わられるべき、と言うのが国連加盟国の総意であり、NPTに固執しているのはそれによって核保有の特権を(お手盛りで)得ているアメリカ、ロシア、中国、英国、フランスの五大国だけだ。言うまでもなくこの5カ国は安保理の常任理事国でもある。

「朝鮮半島の非核化」とは「アメリカも核削減」も含む、とはまだ言えないトランプのジレンマ

「朝鮮半島の非核化」と言った瞬間、それが決して北朝鮮だけの核放棄を意味しないのは言うまでもないし、トランプももちろんそれを承知でこの直談判に乗っている。北朝鮮がつい数ヶ月前までアメリカ以上に激しく罵倒して来た相手が中国なのに、米朝会談が決まった途端に急に掌を返したように金正恩が二度も訪中して習近平に会い、どちらの会談でも習近平が即座にトランプに連絡を取っていて意思疎通を欠かしていないのも、もちろんただの北朝鮮のみの一方的な核放棄だけが議題なら、このような動きはそもそも必要がなかった。

アメリカの核を減らすのためには、そのアメリカの核武装とお互いに抑止力の関係にあるのが実は北朝鮮ではなく中国の核武装である以上、この東アジアの核バランスそのものを中国も巻き込んで変えていかなければ「朝鮮半島の非核化」は実現できない。アメリカもまた中国を巻き込まなければ北朝鮮が核放棄の条件としているような決断はできないわけで、だから金正恩には電撃訪中で中国を巻き込む必要があったのだ。

アメリカ側から見れば、朝鮮戦争の戦争状態が終わるだけでも在韓米軍の駐留の必要性も正当化できなくなる一方で、撤退どころか規模縮小だけでもアメリカ国民にとってかなりの額の血税の節約になり、これはトランプ支持層にとっては選挙公約の履行になる。「他国の平和のためにアメリカの税金を使いアメリカ兵の血を流すことには反対」、そして「世界の警察官をやめる」がトランプの大統領選挙での公約のひとつだった。

そしてトランプは安倍との日米首脳会談でも、当事国である韓国とのFTA交渉でも、在韓米軍の撤退の可能性まではすでに言及している。だがアメリカの税金の節約になると言うことは、逆に言えばその予算に伴う利権を失う者も少なくないことでもある。支持層・一般国民の支持は得られても、政界の内部ではまったく逆の話だ。

「アメリカ国民の血税を他国のために使うのは止める」とは言っても、北朝鮮との交渉でアメリカが西太平洋に展開する核武装を削減するとなれば、さすがに一般国民でも「強いアメリカ」に固執する旧来の保守派(共和党右派)の感情的な反発も避けられないだろう。だから「朝鮮半島の非核化」の意味するところについて、トランプ政権は「体制保証」程度の曖昧な抽象的な表現以上のことを国内向けに発信できないままで来たし、「北朝鮮の言いなり」という批判を避けるために、わざと無能と分かっているジョン・ボルトンを大統領補佐官に入れて、「リビア方式」などのアメリカ国民の自尊心を満足させる大ボラを吹聴することも黙認して来た。

トランプの速やかな対応で一度は「危機」は回避されたが…

いや実は、東アジアに展開するアメリカの核武装についてはもっと大きく、しかも根本的な問題があり、果たしてそこまで金正恩が議論を迫って来るのかどうかがこと日本にとっても極めて重大な懸念なのだが、これはあまりにややこしいので後で詳しく述べるとして、現状で北朝鮮から見て問題なのは、トランプ政権がアメリカ側の軍縮・核削減の可能性を曖昧に済まして来た結果、あらぬ方向にまで憶測報道を助長してしまっていることだ。

金正恩自身はトランプ政権としてはそうせざるを得ないと理解もしているかも知れないが、だからと言って「リビア方式」を公言されたり、経済援助つまり金さえ出せば核を放棄すると思われてしまうのでは、北朝鮮政府の総体から見ればさすがに度が過ぎた侮辱になる。

「朝鮮半島の非核化」が当然意味するところについて、多くのメディアもまったく触れていないのもやむを得ないのだが、それだけならともかくボルトンの大ボラを真に受けたような報道まで出てしまえば、今度はあたかも北朝鮮がアメリカの核軍事力に屈して非核化を呑んだみたいな話に見られかねない。そうでなくともすでに北朝鮮にとっての大きな問題になっているのが、北朝鮮が物乞い国家に没落して経済援助つまりカネと引き換えに核武装を手放すかのような誤解が広まっていることだ。逆に公式な会談の場では、金正恩は経済制裁の正当性までは議論するだろうが経済援助を直接には求めてこないだろう。すでに第一回の南北首脳会談でも、以前の金大中=金正日や盧武鉉=金正日の合意とはまったく性格を異にしていて、金正恩が「我が国には遅れているところもあるので韓国から学びたい」と言った以外には経済援助の話はほとんど触れられなかった。国家のプライドの問題であり、その独立国・主権国家の立場を明確にすること(つまり、「我が国はどの国の属国でもない」と言い続けること)こそが、金正恩のもっとも基本的な外交方針であり、決して譲れない一線なのだ。どうもアメリカ政府の中でここを理解できているのは、確かにドナルド・トランプ本人と、あとはポンペオ長官だけなのかも知れないが。

5月15日になって北朝鮮が突然態度を硬化させたのは、トランプが(これもアメリカ国内世論の支持を得て反対派を黙らせるために)メディア・スタントを続けて米朝会談に注目が集まり、それが反対論封じ込めになっているのまでのはいいが、上記のようなあらぬ誤解が広まっては、北朝鮮の国家と国民の名誉そのものに関って来てしまうことを意識していたからだろう。だから脊髄反射的な激怒を期待したメディアの予測にまったく反して、速やかに火消しに回ったのもトランプだった。まず「こっちは何も聞いてない」とあえて無視・南北高官級協議の見送りに関しても黙認を決め込み、立て続けに「リビア方式など議論したこともない」と(わざわざボルトンの面前で)明言してみせたのだし、そうした発言の随所に金正恩を対等な交渉相手として尊重していることも滲ませ続けた。

トランプが売り言葉に買い言葉でヒステリックな反応をすると期待したメディアも(特に日本では)多かったようだが、そんなことがあり得るはずもないのはいうまでもない。実際にこの時のトランプの動きは「日本メディアの期待」のまさに真逆だったが、この件では別の意味で筆者にとっては個人的に大いに首を傾げることが出て来てしまった。テレビ朝日の「報道ステーション」でコメンテーターを務める後藤謙次氏(共同通信)が政府高官から聞き出した見解が、筆者の読みとほぼ同じだったのだ。

と言うことは、「北朝鮮が圧力に屈した」とまではさすがに本気で言ってるわけはないのは当然としても、それ以外でも日本政府は米朝間で本当はなにが起こっていて、トランプと金正恩で何が話し合われているのかも、ほぼ正確に把握していた(少なくとも筆者とほぼ同じ見方をしている)のではないか。

ではなぜこれまで、メディアにはまったく異なった見解ばかりを流し続け、安倍首相は無駄なあがきとしか言いようがない的外れな愚行を続け、2023年の配備予定時にはこのままでは必要がなくなるはずのイージス・アショアの購入まで強行しようとしているのだろう?

安倍官邸は確信犯的な嘘つきなのか? あるいは、後藤氏が話を聞いた「政府高官」が安倍首相本人であるはずもないわけで、つまり分かってないのは総理一人、官邸でも「このバカ猫の首にどう鈴をつければいいんだ?」と頭を抱えているのが実態なのだろうか?

トランプが腐心して来たアメリカ国内の反対世論対策

本サイトの前の記事(5月14日)でも触れたように、そもそもジョン・ボルトンが新たに安全保障担当の大統領補佐官に任命されたのは、能力とはなんの関係もない(ちなみに強気の大ボラを吹く以外は全く無能というのがボルトンの一般的評価)。国務長官のティラーソン、補佐官のマクマスターを解任したのは、北朝鮮との直接交渉に入るにあたり、これまでは軍と共和党右派を外交安全保障の主なブレーンにして来たトランプが、既存のアメリカ外交を踏襲するのをやめて独自外交へと大きく舵を切ったからだ。

実際に、今年に入ってからの一連の急展開の中では、これまで対北朝鮮の軍事力行使を絶対に許容しない最後の砦に見えたマティス国防長官の存在感も目に見えて薄れている(ちなみにイスラエル大使館のエルサレム移転もマティス氏は賛成していなかったし、イラン核合意からの離脱にも懸念を示していた)。CIAの叩き上げ長官で国務省とは別の外交情報網をもつマイク・ポンペオの国務長官就任はともかく(ポンペオは確かに極めて有能な「スパイの親玉」である)、ボルトンの補佐官就任は要するに、トランプが安全保障担当の補佐官を実のところ必要としていない(「オレが直接やる」)ということでしかないし、そうでなくてまったく能力を期待できないボルトンを任命するわけもなかろう。

そのボルトンは(分かっていたのか、全く無自覚な勘違いなのかはともかく)、期待された役割を果たしたと言う点では十分過ぎるほどだった。現にFOXテレビのインタビューで「リビア方式」を唱えたのを真に受けて大喜びで報道したのが例えば日本メディアだったし、このはしゃぎようは明らかに官邸で共有されていた雰囲気(というか安倍首相の気分)を反映・忖度したものだろう。

前後して金正恩が二度目の電撃訪中で習近平と再び会い、ポンペオ国務長官が二度目の訪朝で3人の逮捕拘束されていた米国民を連れて帰って来たのも、これが「拉致問題の解決」を掲げる日本にとってあまり有利な話ではないことへの危惧も、永田町界隈ではほとんど出て来ていないのは解せない。「北朝鮮ペース」「金正恩の思惑通り」に進んでいたのが紛れもない実態であるどころか、トランプもその思惑を共有して来ていることは、本来なら米国内の反対派も、アメリカの同盟国の中では反対派の最右翼である日本にとっても、極めて憂慮すべきことなのに、真面目な外交安全保障関係者なら誰も相手にしないようなジョン・ボルトンの大ボラになぜ安心できてしまうのかは、率直に言ってわけが分からない。

一応「雨降って地固まる」とはなった一方で顕在化した不安要因

だがこのいわば「ボルトン節」のハッタリ・スピンコントロールには最終的に大きな問題が出て来てしまった。要するに、調子に乗り過ぎてやり過ぎになってしまったのだ。幸いトランプもここまでは冷静かつ速やかに対処できたが、あまりに冷静で冷酷ですらあったその「ボルトン切り」(強硬保守の面目丸つぶれ)の思わぬ余波が、ペンスの暴言だったのかも知れない。

経験豊かで老獪な外交官である金桂冠は、金正恩ともかなりの部分その意思を共有し狙いも理解しているのだろうが、しかしこれまで20年以上激しくアメリカとやり合って来た立場としては、国際報道で自国がいわばバカにされて侮辱されている(「物乞い国家」呼ばわりされている)ことまでは看過できないし、なによりも国内的に示しがつかない。

金正恩は北朝鮮の70年の歴史の中でもっとも強固な独裁体制を確立できた指導者だ。祖父・金日成がソ連、父・金正日が中国を後ろ盾として来た旧来の傀儡独裁的な体制では超大国の保護がなければ政権維持すら相当に危うかったのと比較して、今の金正恩体制は北朝鮮史上初の真の独裁指導体制の確立とすら言える。金正恩はそのために凄まじく冷酷で残虐ですらある粛清も繰り返し、腐敗しきっていた支配体制からの汚職の追放も成功させて来た。

とはいえ儒教由来の長幼の順の倫理が根強い東アジア文化圏で、本人は30代前半の若輩に過ぎないなど、まだまだその権力基盤が盤石とは言えまい。しかもこれまでの祖父・父と違ってロシアも無視し中国も侮辱してまでの独立国家アピールも大きな武器だったのが、ここでアメリカの軍門に下りその経済援助つまりカネを恵んでもらうのと引き換えに「国家核武装」を放棄するように見えてしまっては、あまりに格好がつかなくなる。

そこを金桂冠などの高官が危惧するのもこれまた当然だろうが、一方でアメリカや日本の強硬反対派の一部は北朝鮮への差別意識に凝り固まっており、もし米朝の妥結を妨害しきれないのならせめて北朝鮮を「物乞い国家」的に貶めて溜飲を下げようとすることまでは、トランプでもなかなか止められないろう。

一応は「雨降って地固まる」で収まり、むしろトランプ=金正恩会談の準備が急ピッチで進み始めたかに見える現状だが、無意味だったように見える2週間のスッタモンダの中で今後の展開を妨害しそうな不安要素が明らかになり、なにが話し合われどこに懸案があるのか、そのなにが今後事態を大きく左右する可能性が高いのかの大枠も見えて来たのと同時に、急速に進む交渉の中身が未公表なのでまったく分からないことも多く、つまりは注意深く今後を見守る必要がある問題点がいくつも浮上しているのを、見落とすべきではないだろう。

これほどの大激変に理屈抜きの抵抗が出て来るのはある意味当然、それが特に官僚の習性

不安要因の際たるものが、ペンス対崔善妃の「舌戦」が典型なように、両首脳とその政府・国内の意思の統一や意思疎通がうまく行っておらず、双方にいわば「抵抗勢力」がいることなのは言うまでもない。

言い換えれば「熾烈な駆け引き」が起こっているのも、もはや平壌とホワイトハウスの間ではない。まただからこそトランプは、金正恩本人に宛てた「心のこもった手紙」と言う前代未聞のやり口で事態の収集を測る(つまりは自分以外の者の言うことはあまり真に受けないで欲しいし、自分も北側について同様に考える、と言う意思表示)ことを目論見、とりあえずは成功させたのだ。

逆に言えば、例えば日本の安倍政権がついこないだまでの「圧力一辺倒」路線を変えたくない、つまりは米朝の対話と妥結をなんとか阻止したいのが本音ならば、安倍首相がトランプ大統領との「個人的信頼」なる幻想にばかり執着して「蚊帳の外」批判に過剰反応するよりも、従来から自民党が強いパイプを維持して来た共和党の人脈に工作を測った方がよほど効果的なのだ。

あるいは河野太郎外務大臣はクリントン政権時の国務長官オルブライト氏の弟子で、民主党には自由・人権のイデオロギーを重視する観点から異常な独裁国家とみなす北朝鮮との対等対話への反対論も根強いのだから、その人脈だって利用はできたはずだ。多角的に物事を考える知能がないせいだろうが、なんでも単純に「敵・味方」(反日・親日?)にレッテル貼りして自己満足してしまう安倍政権の幼稚な世界観は、このように日本自身の首を締めることにしか繋がっていない。

トランプの与党である共和党でも、ペンスこそ勢い余ってすんでのところで武力衝突危機まで招いてしまった失態が祟って今後は反対派として動くことは出来なくなったが、どっちにしろ旧来の共和党主流派で今もキャピトル・ヒル(米連邦議会)の中枢にいる勢力の中で、米朝首脳会談を本気で歓迎している者などまだほとんどいない。なぜ安倍政権はトランプに無視されてもしがみつくばかりで、こうした人脈を利用しようとすらしないのだろう? 対米外交をなによりも重視して来たはずの安倍政権が、大統領=首相のゴルフ・ルート以外の対米外交チャンネルをまったく持っていないとはちょっと考えられないのだが。

米朝間の動きがほとんどトランプとポンペオだけで決まっているから情報漏洩がほとんどなく、ホワイトハウスはもはや日本にほとんど情報を提供する気がない(自動車に対する極端に高率な関税を、と言う話でも安倍にはまったく事前通知がなかったことを、玉木国民民主党代表との党首討論で安倍は事実上認めざるを得なかった)、ということは割り引いて考えても、日本政府がまったく情報を把握できていないのはあまりに不可解だ。

日本政府が東アジアの安全保障環境を根底から変革する今回の流れにとりあえず抵抗するか、少なくともより慎重な方向に軌道修正したいのもある意味当然ではあるが、安倍政権はなにもかも口先だけでのための動きがまったく出来ていない。ここまで外交がまったく出来ない、と言うか外交とはなんなのかすら理解できていなそうな政府というのは、国民としてはなんとも心許ない。

文在寅はトランプの「いったん中止」計画を知らされていたのか?

今後の流れを読む上で大きなポイントが、文在寅韓国大統領が首脳会談を終えて帰国した直後に発表された「会談中止」について、トランプが会談で文在寅に知らせていたのかどうかだが、残念ながらこれは双方とても口が固くてさっぱり分からないのが正直なところだ。帰国したばかりの文在寅はいかにも寝耳に水で驚愕したかのようなポーズに徹していたが、同時にあくまで冷静さは保ったまま、南北「板門店宣言」の実施に向けて粘り強く努力を続けることを表明した。

北朝鮮側ではペンスの暴言に文字通りの爆弾発言で応じて事態を極度に緊張させた崔善妃ではなく、金桂冠が速やかに交渉継続の希望を表明し(この辺りの人員の使いわけがいかにも狡猾)て事態の収集に動き出した。国際メディアというか特に日本メディアにとっては意外と言うか「期待」には反したかも知れないが、トランプがニベもなく会談中止を通告したわけではない、あのような本人の(半ば深く残念狩り、半ば懇願するような)手紙の文面を見れば、この対応はごく自然なものだったし、それが理解できなかったとしたら日本の報道関係者はよほど英語が読めないのだろう。

一連の緊張した流れの中でなぜか完全に沈黙していた金正恩本人が、このタイミングで素早くサプライズを打って来たのも「いかにも金正恩らしい」と後付けでは言えるが、やはり驚きの大胆さだった。アメリカから帰国したところで「中止」の報に面食らっていた(ことになっているだけかも知れない)文在寅に直接ホットラインで電話を入れて、場所もやり方も問わないからぜひすぐにお会いしたい、と持ちかけたのだ。文在寅が断るわけがなく、すぐに板門店での二度目の首脳会談となったが、前回は可能な限り情報を公開し、合意内容を強調していたのと対照的に、この会談の内容もほとんど明らかになっていない。

分からないものは分からない、憶測してもしょうがないのだが一点だけ、トランプがいったんは「中止」を宣言することを文在寅が直前の米韓首脳会談ですでに知らされていたり相談を受けていたか、本当に寝耳に水だったのかで話の展開はまったく違って来るし、金正恩としてはトランプの本音の部分も含めて(本当に信用できるのかも含めて)秘密裏にどうしても文在寅から聞いて置かなかくては、次の手が打てなかっただろう。

ちなみに普通の常識で考えれば、もちろんトランプは首脳会談で文在寅に相談して同意すら得ていただろうし、交渉継続の真意も伝えていたとしてもおかしくない。北朝鮮側がその確認を待たずに、とりようによっては下手に出たようにも見える声明を金桂冠に出させていたのもトランプ(こっちはいわば大統領の独走・独断)にとっても、文在寅の韓国政府(こちらは政府・政権の総意)にとっても安心材料になる。それだけ北朝鮮側も「本気だ」と判断できる重要な材料になるからだ。

南北首脳会談の直後には、韓国大統領府が今度は6月12日前後にシンガポールを文在寅が訪問する準備を始めたことも報じられた。最初の南北会談と板門店宣言の直後には、米朝首脳会談に途中から韓国と中国も参加して、一気に朝鮮戦争の正式終結で合意するのではという観測も一部から出ていたのも考えれば、今後の文在寅の動きからも目を離せなくなって来る一方で、これに呼応して重要になるのが中国の動きだ。

まったく読めなくなった中国の動きと、気になるトランプの対中不満表明

その中国は、トランプの「中止」発表にも「朝鮮半島の問題について引き続き話し合いで解決の努力が進むことを支持する」と言う、まったくの型通りの声明を王毅外相が読み上げた以外に、目立った反応を見せていない。普通ならアメリカを直接非難まではしなくとも、もっと大きな反応を示しておかしくなかったはずなのに、である。

また米韓首脳会談の取材陣を入れた部分でトランプが突然、中国の動きが解せない、気に入らないと突然言って見せてもいたことも気がかりだ。金正恩を「賢い人物」と評価しながらも二度目の訪朝以降態度がおかしいとした上で、なぜか習近平を「世界最強のポーカープレイヤー」という、聞きようによっては露骨な不信感とも取れる言い方で評して見せたのだ。

トランプが習近平の何をあてこすったのかは、さっぱり理解不能なのが正直なところだ。だいたいトランプ外交の今のところの最大の成果になった3人の韓国系アメリカ人の解放と帰国は、金正恩が習近平との会談から帰国してすぐにポンペオと会って決めたことだ。つまり2度目の中朝会談で突然金正恩の態度が変わったとは言えないし、まして日本メディアが憶測するように習近平が金正恩に強硬姿勢を指示したなんてことは何重もの意味であり得ない。

中国が北朝鮮を強硬姿勢に転じさせたという憶測はまったくの的外れ

そもそもトランプが昨年の5〜6月辺りから金正恩と自分の直談判という道を模索し始めたのは、フロリダの別荘に習近平を招いた際に、中国が米朝を仲介できる立場にもはやないどころか、北朝鮮が中国の言うことなぞまったく聞かない、つまり中国の圧力で北朝鮮をコントロールしてもらうことも期待できない、と気づかされたのが発端だった。

南北首脳会談の板門店宣言でも、朝鮮半島の正式終結には中国の参加が欠かせないのに、文在寅と金正恩はあえてまず南北両国とアメリカの三ヶ国間の交渉を挙げて、中国についてはわざとそのあとで「ないし中国を加えて四ヶ国」という順番で言及していた。中国にとっては自国が主体的に関われないのではないか、と焦り出しかねない言い方をわざわざやっているのを見ても、中南海が平壌にほとんど影響力を持っていないことは明らかだ。

たがそれでも、北朝鮮が核放棄できる状況作り、つまりは「朝鮮半島の完全な非核化」には、中国のコミットメントが欠かせないのだ。北朝鮮はアメリカの核の脅威に晒されることがなくなれば核武装する理由がないと明言している(これはまったくその通りの正論)し、しかし北朝鮮にとってのアメリカの核の脅威が除去されるもなにも、アメリカの東アジア・西太平洋の核配備は北朝鮮への対抗で置かれているものではない。鍵となるのは中国の核武装だ。

朝鮮半島の非核化も朝鮮戦争終結も中国なしには成立しないが、中国に主導権を取られたくはないのが米、韓国、北朝鮮共通の利害

もちろん明言は絶対にできないことだが、アメリカの西太平洋における巨大核武装の仮装標的は中国であり、中国の核武装に対する抑止力である大量の核兵器が、たまたま結果として北朝鮮全土の壊滅【にも】使えるだけだ。在韓米軍や韓国へのTHAAD配備も、本当は中国を仮想敵としているのだ。

つまりアメリカが北朝鮮を納得させるには、対中国の核武装を削減してもアメリカの安全保障を脅かしたり、米中の核バランスが崩れるようなことにはならない、という中国の保証が必要になるわけだ。だからこそ1回目の金正恩の電撃訪中と中朝首脳会談の時には朝鮮半島の非核化に極めて積極的な姿勢を見せていたはずの習近平が、いつのまにか「世界最強のポーカープレイヤーの1人」と言われそうな態度の変化をシレっとやり始めているとすれば、トランプが苛立つのはよく分かる。だがそうした動きは表面的にはまったく出て来ていないし、憶測の材料すらないのが実情だ。

米中間では並行して貿易摩擦解消のための交渉も進んでいるが、双方とも解決に向けての積極的な姿勢が基本になってはいる(これは当然だ。トランプは反中の人種差別主義者ではなく、純粋に中国相手にきちんとアメリカが金儲けをできるようにしたいだけで、しかも共産党独裁などの政治体制や人権問題にはほとんど興味がない)。習近平にしてみればトランプ政権になっていきなり顕在化されてしまったのがこの問題で、一見すれば怒り出して対立も辞さないという態度に出そうなものだが、一方で怒って見せただけではなんの実利もないどころか中国にとって経済的な損失にしかならないのも確かだ。むしろ米中双方ともが適当な妥協点を探して良好な経済関係を維持し深めつつ、中国は「自由貿易とWTOを守る」という大義名分でトランプの標榜する保護主義的経済政策を牽制する国際的な連携を作り出し、「一帯一路」のような新たな経済圏構想を進めることが習近平の戦略で、このやり方はトランプのアメリカにとっても(もはや世界の単独覇権国で世界のリーダーであることを目指していないので)最終的には必ずしも不利益にはならず、紆余曲折はあっても落とし所は見えている。とはいえその「落とし所」に到るまでの厳しい交渉も含めた駆け引きが念頭にあって、それでトランプは苛立ちを露わにしたのだろうか? しかし貿易摩擦解消をめぐる中米交渉でも、今のところ(意外なまでに)目立った軋轢は見えていないのだ。

ではトランプはなぜ金正恩をあえて持ち上げた文脈で、習近平への不信感を突然表明したのだろう? いずれにせよ北朝鮮をめぐる交渉の中での中国の立場や狙いが今ひとつよく見えなくなって来ているのは確かだろう。

それに中国が積極的に動くあまり主導権まで握ってしまうのは、アメリカだけでなく韓国にとっても北朝鮮にとっても、まったく望むところではない。だからこそ板門店宣言の冒頭は、中国への牽制と取れる書き方になっていたのだし、だからこそ逆に習近平がそこを警戒したとしてもまったく頷ける話だし、だから習近平は王毅外相を平壌に派遣しただけでは満足せず、大連に出向いてまで金正恩との二度目の会談を希望したのだろう。

中国に出しゃ張られることはトランプも金正恩も警戒しているが、しかし朝鮮戦争の終結ひとつ取っても中国の積極的なコミットメントなしには成立しない。すでに韓国もシンガポールに大統領が行く準備を進めているが、今後のひとつの注目点は習近平もシンガポールに行くのかどうか、そこで朝鮮戦争の正式終結に向けた話し合いが始まるのかどうかだ。

いったんは挫折しかけた体験をテコにしたたかに動く、米朝両政府の「出来レース」復活

いずれにせよ米朝会談を中止すると言う「脅し」の一方で「心のこもった手紙」を公表するという、トランプの前代未聞だが考え抜かれた戦略は、今のところ完全に成功している。中間選挙目当ての軽薄で思慮が足りない前のめりと批判されがちだったトランプのいわば「本気度」がアメリカの政界内と国内世論に強烈に印象付けられた結果、少なくともホワイトハウス内部からの直接の反対は言えなくなったし、北側が首脳会談中止通告を無視して核実験場の閉鎖を敢行したことと、金桂冠次官の声明による速やかな、いささか予想外の(下手に出たとも受け取られかねない)対応、そして金正恩からの呼びかけで南北首脳会談という立て続けの動きで、米朝交渉の流れがもはや妨害できないものであることは明確に示されて来た。

トランプの「中止」宣言の背景には、水面下の事務レベル協議がまったく進んでいなかったと言う説もあったが、この噂を払拭するかのようにこれみよがしなまでに大っぴらな事務レベル会談が、シンガポールでは首脳会談そのものの準備のため、板門店では首脳会談で協議される内容の詰めのために同時並行で始まった。この北朝鮮側の人選がまた凄い。板門店で協議に入ったのはなんとペンスと舌戦を始めてしまい、一度は首脳会談中止どころか武力衝突の可能性まで再燃させてしまった(普通なら痛恨のミスで降格ものの)崔善妃・次席外務次官なのだ。ペンス副大統領を「間抜け」呼ばわりして核戦争まで示唆して見せ、超強面の対米強硬派イメージがついてしまった人物なのだから、交渉の第一線から引かせるのが普通だろうが、金正恩はそうはしなかった。

むしろ崔善妃が前面に出て積極的な北側の非核化プロセスを自ら包み隠さず提示することで、北朝鮮の体制内では今回の米朝和解への反対勢力はもはやおらず、アメリカの交換条件さえ納得できる内容なら核武装の放棄も和解も不可逆的になること、きちんとした合意さえ出来ればそれが国内の反対で覆されることもなく、つまり平たく言えば今回の交渉内容とその結果は信頼できるものになる、と言う金正恩だけでなく北朝鮮政府の総体の強い意思表示になるのだ。

アメリカ側、と言うかトランプ側では、この米朝直接交渉に当たって従来アメリカで北朝鮮への対応に当たってきた専門家をほとんど排除して来たし、これまで共和党が重用してきたシンクタンクの類からのアドバイスなどもほとんど受けていなさそうだ。昨年までは不安定なホワイトハウス内で「重鎮」の役割だったマティス国防長官の存在感も目に見えて低下しているが、そんな中でこの板門店での協議だけは、なんとオバマ政権で対北朝鮮特別代表だったソン・キム(現フィリピン大使)を、トランプは崔善妃の交渉相手として派遣した。こと北の核開発については精通していると言われるキム氏の登場も、米朝双方に極めて「本気度」が高いことを示しているとみていいだろう。そしてポンペオ国務長官の記者会見によれば、北朝鮮が提案した北側の核放棄のプロセスは、アメリカ側が十分に納得できるものだったという。

米朝双方の「スパイの親玉」どうしがニューヨークで対面

話は前後するが、そのマイク・ポンペオと会談するために、やはりこれまで「強面の強硬派」と目されて来た金英哲・労働党副委員長が、今度はニューヨークを訪問したのである。本来ならテロを指揮したという容疑でアメリカの独自制裁の対象になっている人物を、アメリカ側があえて特例的な歓迎体制で受け入れたことも、非常に明確なメッセージ性を世界に(そしてとりわけアメリカ国内でくすぶる反対論相手に)印象付けることになった。ポンペオ長官は会談後の記者会見でこの72時間で対話が大いに進展したことを強調すると共に、「前のめり」「独裁国家の言いなり」批判を避けるべくあくまで慎重姿勢のポーズで釘を刺しつつも、首脳会談が実現しないことになればそれは世界にとって「悲劇的だ」と、未だくすぶる反対論を強く牽制した。

さらなるサプライズで、その金英哲が金正恩自身の親書を持って来ており、それをホワイトハウスに持参してトランプに直接手渡すと言う演出まで追加された。米メディアが「北朝鮮のスパイの親玉」と呼ぶ人物を、わざわざオーヴァル・オフィス(大統領執務室)に招いたわけだ。ちなみにこのオーヴァル・オフィスには、例えばアメリカの全軍に核攻撃を命じる装置が入った「ブラックボックス」があるとされる。そんな装置のすぐそばに、に国交がない国の「スパイの親玉」(ちなみにそれを言うならポンペオも元CIA、「スパイの親玉」ではあろう)を招き入れ、1時間20分も話し込むと言う異例中の異例(普通なら猛反対があるし絶対に不可能)までやれば、もはや誰もトランプを止められないだろう。

金正恩の書簡を受け取ったトランプは、1回の会談では済まない、2回3回と会談を続けることになると言う、以前からほのめかして来たことをついにはっきり明言した。もちろん最初からそうなって当然ではあった。北朝鮮側の核放棄プロセスについては、アメリカ側も納得できる内容であることはポンペオ長官が記者会見で公言していたが、「(朝鮮半島の)非核化の意味」を問われると、それでも「極めてチャレンジング」「まだまだ仕事はたくさんある」と率直に認めている。ちなみにトランプもポンペオも、金正恩の親書の中身には一切言及していないのも意味深だ。つまりはトランプが納得できるだけの(トランプも合意するつもりの)内容であると同時に、それをアメリカ国民やアメリカ政界に知られてしまっては途方もない反対が起こりかねないのだ。

北側がやると提案して来た核放棄プロセスは「完全かつ不可逆的で検証可能」になるとアメリカも認めている(ポンペオ国務長官会見)のに、それでも「非核化」については意見の一致をまだ見ていないと言うのなら、もちろん課題にはその「見返り」と言うかアメリカが何をやるのかの問題しか残らない。在韓米軍の撤退や縮小レベルで北朝鮮が納得するのならもはや決着がついたも同然だが、本気で「朝鮮半島の非核化」となるとアメリカだけで済むことではないし、二国間交渉では済まない以上は(北朝鮮側が繰り返すように)「段階的」でしかあり得ないのだ。ちなみにアメリカ側も「段階的」を否定したことはまったくないどころか、トランプは以前から「長いプロセスになる」という示唆は度々発言して来ている。

トランプがあくまで「プロセス」、6月12日会談は入り口でしかない「一回め」と明言したことで、あたかも「即時の一方的な核放棄」がアメリカの主張であるかのような(主に日本の)報道していが、単にメディアの思い込みというか偏向の誤報でしかなかったことがもはや完全に証明されたわけだが、もちろん中国と、そしてロシアもまた核削減などの交渉に応じないなら、アメリカは西太平洋・東アジアの核兵器、つまり北朝鮮を射程に収める核兵器を減らしたり撤廃はできず、ならば北朝鮮が核放棄の条件として挙げて来た、北朝鮮がアメリカの核攻撃の標的から確実に外れることの達成は不可能なままになり、ならば北朝鮮が核放棄プロセスを始める条件も整わない。つまり6月12日にトランプが金正恩に会えても今度は中国とロシアとの対話が始まるだけだし、「非核化は段階的に」とはつまりそう言う意味だ。そしてもしこれが実現できるなら、確かにトランプに「ノーベル平和賞」というのも悪い冗談ではもはや済まない。

「ダークホース」のロシアはとりあえず「様子見」を決め込む

そのロシアだが、昨年に北朝鮮の核開発をめぐる緊張が最高潮に達し、国連安保理で制裁決議が議論されている時に、あえてあたかも北朝鮮を代弁するかのように動いていたことを見てロシア(旧ソ連)が中国に代わって北朝鮮の新たな「宗主国」になったかのように解釈した日本メディアが多かったのも、その後の動きからまったくの誤りであったことが完全に証明されている。ちなみに当時から本サイトでは、プーチンは金正恩がまったく言うことを聞かないのを見越して、猛反発されて恥をかかされるのを避けるために理解があるようなポーズを取っていただけ(しかもこの場合、プーチンの指摘の方こそが正論だった)、と指摘していた。

さすがに金正恩の電撃訪中の後には、次はロシアにもなんらかの接触をするだろうとも思われたのが、なんと金正恩はロシアを無視したまま第一回の南北会談に行き、板門店宣言では中国まであえて「付け足し」のように言及し、ロシアについてはなんの言及もなかった。さすがに苛立ったロシア外務省が恫喝的な声明を出しても、あえて無視し続けて来たのだから徹底していた。

それがトランプがいったんは「中止」を宣言した「雨降って地固まる」効果を見計らって、突然ラブロフ・ロシア外相を平壌に招待し、そこでロシアを「勇気を持ってアメリカの覇権主義に対抗している」として褒めちぎった上で(しかしあくまで、ほとんど上から目線に見えそうな対等外交)意見を求めると言う態度に出て見せた。

ラブロフ外相は金正恩に「アメリカ相手の交渉に性急さは禁物」とアドバイスしたそうだ。つまりは、ロシアとしては中国が「朝鮮半島の非核化」を全面支持したような態度は取らない、と言う意味に受け取れる。以前に板門店宣言で無視されたことへの恫喝的な声明でも東アジア・西太平洋の核バランスを変えることには消極的なニュアンスを匂わせていたのは、その路線のままだったわけだ。

繰り返しになるが「朝鮮半島の非核化」には、アメリカから見ればアメリカだけでなく中国やロシアとの核削減交渉も必要になる(それなしには北朝鮮を攻撃できる状態にある核兵器を、アメリカは減らすことすらできない)。だからこそ(本サイトでは最初から指摘しているように)「朝鮮半島の非核化」の意味がどうやっても米朝交渉の最大の論点になるし、トランプが習近平の動きや思惑に神経質にならざるを得ないのもそのせいだ。特にロシアは今まで手付かずだったし、ロシア疑惑が捜査中の現在、プーチンとトランプが対話できる状況にはない。そのロシアは金正恩相手に完全に「様子見」を決め込んで、プーチンと金正恩の首脳会談も「年内に」までしか決まっていない。

たとえばプーチン=金正恩会談が6月12日以前に設定されていたら、まだ多少は楽観視できたかもしれないが、これでは取り敢えず、6月12日に行われるであろう1回目の会談にロシアがどう反応するのかを見ないことにはどうしようもなく、またその1回目の会談も抽象的な将来目標レベルの内容しか提示できないかも知れない。トランプが「2回3回」と会談が続くと明言したのも、ポンペオが「非核化」を「まだまだやることはたくさんある」と言ったのも、まさにその通りなのが現状だ。

実効性のある合意はあまりないかもしれない6.12シンガポール会談

ロシアが「様子見」を決め込む以上は「非核化」が実際に目立った進展を見せることは難しくなる。そこで6月12日の一回め会談の分かり易い成果としては、途中から文在寅と、そして習近平が合流して、まず朝鮮戦争の正式終結が宣言されるのではないか、と言うのが筆者の個人的な予測だ。これが理屈の上では「朝鮮半島の非核化」の第一歩と言えることでもあるのも、言うまでもあるまい。

ただここで懸念されるのが中国の動きだ。トランプが金英哲と1時間20分もオーヴァル・オフィスで話し込んでいたのは、もしかしたら金正恩のこと以上に習近平のことかも知れない。金英哲はトランプが気にしていた2回目の中朝首脳会談に参加していたし、労働党副委員長の現職の前には偵察部のトップも務めた元「スパイの親玉」で本人も諜報活動員あがりだと言う説もあり、CIAや国務省などが把握しきれていない中南海の内部情報も持っているかも知れないし、同じ情報でもより中南海を知り尽くしているのが金英哲なら、その分析はアメリカにとっても貴重だ。まあそんな会話が表に出ることはあり得ないわけで、ここは6月12日前後に習近平がシンガポールに行くのかどうか、中国が李克強首相や王毅外相を派遣するかどうかを注視するしかない。

シンガポールで併せてポンペオ長官がアメリカも納得できる内容だと言っている北側の提案した核放棄のプロセスが公表されれば、さらにトランプの成果になるかも知れないが、これはあまり期待できないだろう。本当に「完全かつ不可逆的で検証可能な放棄」がそもそも理論的に可能なのかどうかすら怪しく、行き着く先は「悪魔の証明」になるかも知れないのが現実だ。その「悪魔の証明」を求めるレベルの反対論や懐疑論が出て来てしまう可能性を考慮すれば、これは極めて慎重さを要する課題になるだろう。また実のところ、北朝鮮の「完全かつ不可逆的で検証可能な核放棄」が名目だけでも、実際には何も変わらない面もある。再三繰り返すが北朝鮮の核武装は巨大核保有国アメリカの標的になっている現状に対するなけなしの抑止力以上の意味はないのだ。

つまりアメリカも自国の大都市のいずれかが核攻撃で破壊される覚悟なしには北朝鮮を攻撃できなくなるわけで、逆に言えば米朝会談がポンペオが言うような「平和と可能性に満ちた未来」を保証するものになればまったく必要がなくなる。しかもそんな核武装であれば「隠し持つ」ことにはなんの意味もない。イスラエルが「核があるかも知れないのが怖いから攻撃しない」と言う抑止力を発揮できるのは相手が核武装した超大国ではないからであって、アメリカ(ないしロシア、中国)の核の驚異に晒される北朝鮮にとっては、実は持っていない核兵器でも(ちなみに火星15号ICBMは一回しか実験していないので実用化レベルでは完成していない)「持っている」と喧伝するようなやり方でしか、抑止力は機能しないのだ。

ちなみに米軍どころか韓国軍だけでも、通常兵器の戦争で北朝鮮には勝ち目がないし、経済力を較べるまでもなく人口比だけを見ても、北朝鮮が韓国を武力併合するなんて言う想定は絵空事の平和ボケファンがジーでしかない。つまりは北の核放棄が完全に検証はできなくとも、アメリカが今回の交渉での約束を翻して敵視政策に逆戻りでもしない限り、たとえ隠し持っていた核技術があってもそれを使うこと自体がまずあり得ないことだし、逆に言えば北朝鮮がこっそり核保有を続けるとしたら動機はただひとつ、今回の交渉の結果自国の安全が保証されると言う約束を信用しきれなかった場合だけだ。トランプ政権もそこは理解しているはずだろう。だからこそトランプは中国の仲介や圧力が役に立たないと分かった時点で「オレが直談判すれば解決できる」と決意したのだろうし、つまりは「完全かつ不可逆的で検証可能」をスローガンにしているのも、実のところ「本気」と言うよりは国内世論や同盟国を説得するためのスローガンに過ぎないのも現実だろう。

「同盟国」やイデオロギーを歯牙にも掛けないトランプの超リアリスト外交

今は公表できないトランプへの親書の内容は、6月12日会談で金正恩が確認することで明らかになるかも知れない。それがサプライズ効果で会談の成果をより華々しく見せるために今は隠されているのか、今公表してしまっては妨害が激しくなるので言えない内容なのかは今はわからないし、あるいは中国(とロシア)を巻き込んでの包括的核軍縮(これなしには「朝鮮半島の非核化」は実現しない)の見通しが二度目の中朝会談での習近平の態度の変化で難しくなっていると言う懸念が伝えられていたのかも知れない。その場合、北朝鮮の核放棄プロセスの開始は今回の会談では決められなくなるので、では何を持って国際世論に会談の成果としてアピールするのかが、重要な戦略として浮上して来る。

今回のトランプ=金英哲サプライズ会談に絡んでトランプ外交の今後を占うのに参考になるのは、実は米朝交渉とはまったく直接の関係がないところにある。この超異例の対応とほぼ同時に、トランプ政権は「安全保障」理由の鉄鋼・アルミニウム輸入に対する関税の対象国に、新たにカナダやメキシコ、そしてEUまで加えたのだ。国交すらなく公式には敵対国の幹部、それも元「スパイの親玉」を厚遇するのとはあまりに対照的な、それも同盟国に対する厳しい態度に、カナダとEU主要国の参加するG7サミットが混乱するのは必至だし、そうした旧来の同盟国(特に旧西ヨーロッパ)からの怒りと怨嗟の表明は相当なものだが、要するにトランプ政権というのはこう言う政権なのだ。

あまりに虚しい「最大限の圧力で完全に一致」の空洞化した日米同盟と、極右同士で仲良しと思い込んでいた安倍政権の過ち

全米ライフル協会の支援を受け、人種差別団体からの支持まで疑われ、新興右派のスティーヴ・バノンを選挙参謀にしての極右層の掘り起こしで選挙に勝ったトランプは、極右の大統領と思われて来たが実際には違ったのだ。西側では反共パラノイアが吹き荒れた冷戦構造の残滓としての「同盟国」にも、そうした旧来のアメリカ側の国々が奉ずる「自由主義・民主主義」のイデオロギーにも、トランプはほとんど関心がない。

不動産王としてもその荒っぽいやり口で毀誉褒貶も激しいトランプが、資本主義すら本気で信じているのかどうかも疑わしいし、どっちにしろ彼はなんらかの政治理念を理想とすると言う意味での「政治家」ではない。そうした政治性の価値観から言えば時に不道徳なまでに徹底したプラグマティストであり確信犯的なオポチュニスト、そして従来の「アメリカと理念を共有して来た同盟国」つまり西側先進国はアメリカにとっては蹴落とすべき商売上のライバルか、ないし経済の凋落が激しく今さらビジネス的価値の低い、かつての先進大国でしかないのだろう。

対照的に、政治イデオロギーでは折り合わないはずの共産党独裁体制の中国は貿易摩擦さえ解消できれば将来有望なビジネス・パートナーだし、そのビジネスのためにも北朝鮮問題が解決して東アジアの安全保障リスクが低下するのならそれに越したことはないので「朝鮮半島の非核化」は進めるべき、しかも将来的には北朝鮮でさえアメリカにとってのビジネス・チャンスにもなり得る。中国や北朝鮮との政治的イデオロギーとそれに基づく体制の違いや、旧来の同盟国との思想的な親和性は、トランプにとってかなりどうでもいいことなのではないか?

ひとつ象徴的なことがある。金英晢との1時間20分もの会談のあいだ、トランプは昨年の国連総会演説や今年の議会での一般教書演説であれほど強調した人権問題にまったく触れなかったらしく、そして「最大の圧力」についても「その言葉はもう使いたくない」であっさり切り捨てたのである。

「最大の圧力」で日米の一心同体っぷりをアピールして、拉致問題の解決でも助けてもらえるはずだと信じ込んで来たらしい安倍政権にとってはまったくの晴天の霹靂だが、記念写真などを見る限りでは金英晢の方が安倍よりもよほど敬意を持って扱われているし話も合っていそうに見えると言う正直な印象まで述べたら、安倍官邸は大パニックにでも陥るのだろうか? しかし実際にはどう見ても、金英哲の方が「ゴルフ外交」で適当にあしらわれるだけの安倍よりも遥かに真面目に優遇されていたし、トランプが金正恩とすでに「遠距離恋愛」みたいな蜜月関係になっていることも、もはや疑いようがない。ちなみに安倍とトランプの「蜜月」は、もともと日本のメディアがそう言っていただけのただの虚構だ。

いずれにせよ蚊帳の外のアベ日本「希望外交」の失敗

外交史の用語で「希望外交」という言葉がある。交渉や対立の相手国の国益や利害を客観的に把握・分析できないまま、自国やその政治家の希望・願望を無自覚に当てはめた結果、方針を決定的に見誤ってしまうことだ。よく挙げられる実例が、1931年の満州事変から翌年の満州国建国、その国際的な承認を得られないまま日本が国際連盟からの脱退に追い込まれた(というか自らを追い込んだ)流れと、1941年12月の対米開戦に至るプロセスだ。どちらも実は、結果がまったく当時の日本政府が狙っていたものではなかったどころか、想定することすら避けたかったレベルの、外交的大惨敗の最悪の事態だったのが実態なのだ。

満州事変では日本政府の読みは、国際連盟を主導するのが植民地主義列強、特にインドの巨大植民地を支配する英国である以上、そうした列強の「仲間入り」を目指す日本が満州を勢力下に置く動機も理解されているはずだし、満州はどっちにしろ中華民国政府の支配がほとんど及ばない内乱状態になっていた上に、名目上はあくまで満州国という独立国の建国を日本が支援している形も認められるはずだから、国の名誉を賭けて強気の姿勢を通せば最後には英国が折れてくれる、というものだった。まったく考えが甘いとしか言いようがなかったわけだが、ジュネーヴの現場にいた松岡洋右外務大臣は日本政府の勘違いに気づいていながらも東京の政府を説得することが出来ないまま、自殺行為と知りつつあの勇ましいように見える国際連盟脱退演説をやらざるを得なくなってしまった。

この失敗から学習することなく(というか、連盟の脱退は国内では英雄的な行為と報道された。つまり大失策だったことすらウヤムヤにされた)同じ過ちを繰り返したのが日米開戦で、ハル・ノートを突きつけられるまで日本政府はアメリカが最終的に理解してくれるだろうしすでにヨーロッパで始まっていた第二次大戦にアメリカは巻き込まれたくもないだろうから、ここは強気ポーズを取ればアメリカは妥協する、というのが日本政府の判断だった。

ここでもそんな政府の外交方針があまりに愚かで無理だと分かっていながらも、その責任を一身に負っていたのが松岡洋右だった。もちろん本人は対米戦争には反対で、これを阻止するのが松岡個人にとっても最大のミッションだったが、国内的な世論の盛り上がりからしてアメリカに直接の妥協はできない、ということろでアメリカを牽制するために日独伊三国同盟を結び、さらにソ連とも不可侵条約を締結するという奇手に出るしかなかった。日、独、ソ連の三つの大国とイタリアも加われば、当時のアメリカにとっておいそれと対決できない勢力になるし、当時のアメリカ世論の大勢は不干渉主義、つまりヨーロッパの戦争には参加したくないと言うもので、またドイツのナチズムには巨大な影響力をもつ大富豪の資本家を中心に共感も大きかったのも確かだ。また松岡の(これは常識的と言っていい)読みでは、すでにポーランドに侵攻して英仏と戦争になっているドイツが、今度はソ連とも戦争を始めるとはまったく思っていなかったし、現にヒトラーとスターリンの間にも中立条約があった。

この松岡の読みと言うか虚しい期待が、ヒトラーに完全に裏切られたのは周知の通りだ。ナチスが突然独ソ戦を開始したのだ。この時すでに松岡は自分が日米開戦を阻止できなかったと気づいていて、早朝に皇居前広場に行き、陛下に申し訳ないと宮城に向かって土下座し続けたという。A級戦犯として処刑された強面軍国主義者の外相と思われがちな松岡の意外な人柄を知るうるわしい逸話ではあるが、こんなセンチメンタリズムに耽溺しているようでは外交なんてできないのも厳しい現実だ。

「希望外交」で自滅するのはもはや日本の「国民性」なのか?

松岡洋右が実は無理だと分かっていたのに、政府内の大勢に押されて主張できないまま、決定的な誤りに至ってしまったもうひとつのポイントは、言うまでもなく松岡自身はともかく日本政府にはアメリカがどう動くのかをまったく予想できていなかったこと(吉田茂のようにアメリカに詳しく忠告を述べる外交官は追放された)、さらに言えば近代民主主義の理念国家としてのアメリカをまったく理解できていなかったところだ。もっと言えば松岡洋右自身はよく分かっていても、閣議でそれを述べようが聞く耳をまったくもたれなかったのだ。

当時のアメリカで不干渉・孤立主義が大勢を占めていたのは国民の多くがヨーロッパで起こっていたことの意味をまだよく分かっていなかったからに過ぎない。自分たちのアメリカでの生活や利害がまず大事にはなる(だから戦争に巻き込まれたくない)一方で、当時の国民の多くはそのヨーロッパから自由や民主主義を信じて移民して来た人たちでもある。そんなアメリカがヨーロッパの危機に直面すれば、いずれはナチズムとの決定的な対決に至るのは避けられなかったし、ドイツやソ連と結ぶことでアメリカの戦意をくじくという松岡の構想すもそもそも的外れだったのだ。

日本が人種的な優越主義に基づいて中国大陸や東南アジアを植民地支配下に置くこともまた、最終的にはアメリカの国家理念からして決して許容できるものではない。特にこの時のアメリカ大統領は、近代の大衆的民主主義の理念にとても忠実な理想主義者でもあったフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト(今日でもリンカーンと並んで史上最も偉大な大統領とみなされている)だったのだ。

昨今の日本の一部では、ルーズヴェルトが真珠湾攻撃を事前に把握していた可能性が高いことを主な理由に「はめられた」と主張し、ハル・ノートは日本が受け入れられない内容だからアメリカに追い詰められたのだから自衛戦争だと言い張る者も多いようだが、呆れた平和ボケとはこのことである。そもそもアメリカの国家理念以前に、当時の日本は鉄鋼も石油もアメリカが最大の輸入先で、つまりは完全に依存していた。その状態を打破して自分で鉄鋼や石油を確保できるようにしたいがために満州を侵略して傀儡国家を建て、さらに中国大陸の奥深くまで侵略を進め、石油の確保で東南アジアを侵略支配すると言う日本の戦略なぞ、商売の観点からしてアメリカが認めるわけがなかったのだ。

ハル・ノート云々以前に、アメリカが認めるわけもないことを日本が主張していたのにアメリカが受け入れるわけがないし、そこには「他の国だって同じ悪いことをやっているんだから日本にもやらせろ」と言うなんの正当性も主張できない理屈しかなかったのだ。こんなていたらくの外交無能っぷりにふんぞり返って「最後には理解してくれるはずだから強気で」と言うのは「希望外交」の愚の骨頂に他ならず、当然ながら目論見がまったく外れて自分達でも望んでいなかった開戦に自らを追い込んだのが当時の日本政府だったのだが、どうも安倍政権はそんな日本の過去を美化するための歴史修正主義のでっち上げに走るだけでは気が済まず、同じ行動パターンを模倣しようとしているようにすら見えてしまう。「希望外交」も安倍のいう「美しい国日本」の伝統のつもりなのだろうか?

アメリカと北朝鮮の和解は、日本の安全保障政策を根本から考え直さざるを得ない激変にもつながるわけで、ついていけない日本が抵抗を示すのは、金正恩のあまりに迅速な動きに当の北朝鮮のテクノクラートすらついて来れていない(だからペンスの攻撃的な発言に崔善妃もあのような強硬姿勢の声明文で反射的に応じてしまった)のと同様、理解できないことではない。

米朝和解となればその次には日朝国交正常化も控えているが、こと安倍政権にとってはこれは極度に難しい交渉になるからどうしても避けたい、だから米朝交渉を妨害したいのも、分からないではない。

だがそれならば、外交的にもっと巧い立ち回り方もできるはずだ。ところが安倍政権にはそうした外交能力がまったくないどころか、そもそも米朝和解にもっとも積極的なトランプに抱きつき・媚び売りの「個人的な信頼関係」でしがみつけば哀れんで考えを変えてくれるかも知れない、と言う幻想にすがっているだけにしか見えない。

たとえば米朝交渉が進めば、安倍内閣が昨年「北朝鮮のミサイルの脅威」を理由に導入を決定したイージス・アショアは無用の長物になるはずだ。ならばせめて「米朝交渉の成果に期待しつつ採用を導入を保留する」とでも言っておけば、トランプもまだ日本にも配慮しなければと考えるだろうが、ただ「買います、買います」とアピールするだけでは、要らなくなるものですら購入したがる日本政府の卑屈な奴隷っぷりを、トランプがわざわざ真面目に相手にしようと思うはずもない。ところが配備予定の地元への説明まで始めて「必ず買うから日本を見捨てないで下さい」とアピールしているつもりなのが安倍政権なのだ。

今国会ではアメリカのカジノ企業の日本進出を可能にするためのIR関連法の強行採決も日程に入れてしまっている。「ディール」に入る前から白旗をあげているような安倍政権を、トランプが真面目に相手にするとどうやったら思えるのか? 「一心同体の同盟国」「完全に一致」などは、トランプにとってなんの価値もないと言うのに。

「朝鮮半島の非核化」の過程で暴露されるかもしれない日本政府46年間の欺瞞

「朝鮮半島の非核化」の実現は、日本国民にとっては間違いなく朗報になる(トランプの弁を借りれば「日本だって上空をミサイルが飛ぶこともなくなるんだから喜ぶはず」)はずが、日本政府にとっては窮地に陥れられかねない問題を内包している。本記事の最初の方で述べた「東アジアに展開するアメリカの核武装についてはもっと大きく、しかも根本的な問題」とは、要するにアメリカは日本政府に通知しないまま沖縄に核兵器を置いているし、日本政府はそのことをアメリカ政府に問うこともせず、黙認して来た現実だ。

返還前の沖縄は世界でもっとも核が集中した場所のひとつで、最大で1600発の核弾頭があった。この核は少なくとも一度、キューバ危機の際にソウル近郊の在韓米軍基地にかなりの部分が移されている。

沖縄の返還時に、日本政府にはこの核弾薬庫を使用可能なまま維持することを承認しており、なんとその維持予算には日本の「思いやり予算」が適用されている。これでも日本国内に核兵器がない、と考えるのはあまりにお人好しと言うか平和ボケそのもので、しかし日本政府はアメリカが日本の非核三原則を尊重してくれていると「信じる」とコメントし、アメリカ政府の見解は「核兵器の配備は最高軍事機密なので一切ノーコメント」である。

通常の同盟関係では、韓国政府ですら国内への核兵器の持ち込みを承認するか拒否できる権限がある。アメリカの核兵器を受け入れているドイツでは、アメリカはその使用に当たってもドイツ政府の同意を得なければならない。ところが日米安保条約はずいぶん変わった条約で、条約上日本にはアメリカが望むどんな土地でも基地に提供する義務が基本的に課せられ、そこにどんな兵器が配備されるのかについては一切口出しする権限がない。ロシアが北方領土の返還を拒否するのも、返還した四島にアメリカが基地の設置を望めば、日本政府には断る権限がない(し、そもそもその気がない)からだ。

日本の国是は「非核三原則」だが、アメリカの核を「持ち込ませず」にはなんの法的実効性もない上に、沖縄返還時には核兵器の有無を日本が問い合わせないとする密約があったことも、民主党政権時に岡田外務大臣(当時)が明らかにした。この密約がその後破棄されたかどうかについて、現在の日本政府は「コメントできない」としている。

「朝鮮半島の非核化」を実現するのなら、抽象的に日本の頼る「核の傘」がなくなるだけでも自民党政権の一貫した安全保障政策にとっては大打撃だが、より具体的にこの沖縄の核の撤去を北朝鮮は必ず求めて来るし、トランプ政権もおそらく応じるだろう。これを秘密合意事項にしてくれるのならまだ日本政府の面目だけは救われるが、トランプ政権と安倍政権がまともに話すらできなくなっている現状では、そんな保証はどこにもない。

しかも仮にトランプが日本に配慮して隠したままにしようと提案しても金正恩が応じるとは限らないどころか、相手が安倍ならばむしろ逆でわざと苦しい立場に追い込むかも知れない。またトランプ側ではこのそもそも自国の利害にはなんの関係もない一点にこだわってシビアな交渉に相手側に有利な新たな条件をわざわざ(安倍のために)増やす動機はどこにもない。

なにしろ沖縄の核の存否について、アメリカは「核兵器の配備は軍事機密でノーコメント」としか言っていない。つまり嘘はまったく言っていないのだ。「非核三原則」を国是と称して嘘をついて来たのは日本政府だけで、つまりが日本政府が国際社会も国民も騙して来たことを…今まで気づいていなかったのは日本国民だけ、と言うあまりに無残な大恥が、米朝会談で暴露されてしまうかも知れないのだ。これでは日本政府が必死で抵抗して来たのも、まあ分からないではない。ただしそんな心情が「理解」されたところで、理解されたからこそかえってバカにされ弱みに付け込まれるだけになるのがシビアな外交交渉の常ではあるが。

拉致問題を交渉できない立場に自らを追い込んでしまっている安倍政権

こと安倍政権の場合、米朝交渉の進展で窮地に追い込まれるのは非核三原則の欺瞞の問題だけではない。「拉致問題も含めた包括的解決」を表向きは主張しながらも、実際には金正恩に北朝鮮が政権交代して以降、この問題の解決を阻んで来たのは安倍政権なのだ。

金正恩は第二次安倍政権の成立直後から、拉致問題について再謝罪の上で再調査を申し出ていた。安倍政権が一年以上逃げ続け、やっとスウェーデンのストックホルムで合意に達しても、調査結果が出る前に、今度は北の核実験を理由に一方的な制裁を始めてこの再調査を打ち切ってしまったのも安倍政権だ。米朝対話ムードの進展の中でこの事実を全くマスコミが無視しているのは、よほど政権にとって都合が悪いがゆえの配慮としか思えない。

だがどんなに国内に引きこもって逃げ切ったつもりでも、米朝が合意ないし継続対話に入れば、日朝国交正常化交渉も始めざるを得ない(トランプに逆らえないのが安倍だから)以上、この安倍政権の弱みは必ず金正恩に付け込まれるだろう。

それに仮に北朝鮮が交渉を穏便に進めることを優先して、このポイントではあえて日本政府を非難しなかったとしても、どっちにしろ金正恩としてはこの再調査報告を受け取ってもらわない限りは拉致問題について出来ることがない。安倍の受取拒否だけでも拉致問題の解決が3年も遅れてしまったこと自体が、安倍政権の重大な国民と拉致被害者家族への背信行為になるが、それ以上に問題なのは再調査の中身だ。ストックホルム合意の際の日本政府官房長官の公式会見では、日本政府未認定の被害者が見つかったので帰国させたい、と言う話もあったが、まずこの人たちの帰国もまた、安倍政権の都合だけで3年も遅れたことになる。

「拉致の安倍」どころかまったく真逆に、安倍政権のままではこの欺瞞を突かれただけでも日本は身動きが取れなくなるのだ。これが次の首相に代わっていればまだ「前政権の誤った判断」を謝るだけで交渉はすぐに本題の拉致問題に移れるし、米朝関係がポンペオ国務長官が先述の記者会見で言ったように「平和と可能性に満ちたもの」になるのなら、金正恩とて日本と対立関係を続けることをわざわざ望みはしない。むしろ再調査を自ら持ちかけて来た時には、金正恩の側こそが中国の属国状態から抜け出すためにも日朝関係の回復を求めていたくらいだ。本音では妥協できるギリギリまでは最大限の妥協も十分にあり得るのに、日本政府はひたすら敵視に凝り固まるだけで、なんの外交戦略も計算も、自己正当化の理論づくりのやる気すら、まったくなさそうなのだから困る。

6月12日に予定通り米朝会談が行われるのなら、安倍内閣はその前に退陣するしかない

しかもいざ再調査結果が公表されれば(要するに安倍政権はこれを恐れているわけだが)、拉致についてはさらに大きな、それも根本的な問題が表面化する。小泉訪朝と日朝平壌宣言の際に「死亡」と報告された日本政府認定の拉致被害者のことだ。

確かにこの時に金正日政権が提示した死亡時の詳細は相当に眉唾な内容も多く、引き渡された遺骨もDNA鑑定で別人と判明している。だが遺骨についてはそんな鑑定技術どころか遺体・遺骨を日本のように徹底して管理する習慣も北朝鮮にはないだけで、「騙した」とはおよそ言える話ではないし、死亡情報の詳細が間違っているからと言って「生きている」と主張する根拠はまったくない。なのに「生きている、取り返せ」という主張を政治スローガンに利用して、それをテコに首相になり、首相に返り咲いたのが安倍晋三なのだ。この点でも、安倍は日朝交渉におよそ不適任な首相だと言わざるを得ないと言うか、日朝交渉は安倍には無理だ。

金正恩になってからの再調査には、当然ながらより詳細で精確な死亡情報が、北側にとって不利な内容も含めて書かれているだろう。例えば自然死とされていたのが実は処刑や拷問死だったとしても、金正恩にとっては父の前政権の時代の罪で、その当時の多くの高官を粛清して来たのが金正恩だ。それこそ「叔父の張成沢ら腐敗官僚一派の悪行」とでも言われた時に、日本政府にはどんな反論が可能なのだろう?

一方で北朝鮮でも、ここからが非常に困難な交渉になるとおそらく予想しているはずだ。よく考えればなんの合理性もない「拉致被害者の生存」を、日本国民がこの10数年に渡って政府に騙されて信じ込まされて来たか、あるいは自発的に(欺瞞と百も承知で)信じ込んで来ているのだ。安倍政権ならばこの時点で日朝交渉は完全に決裂してしまうし、しかも破れかぶれの開き直りで国内世論を徹底的に煽るかも知れない。日本の政権が安倍よりはまだ理性的な誰かに交替していれば北朝鮮も日本国民のショックが幾らかは少なくなるような配慮をするだろうし(なんと言っても日本との国交回復は北朝鮮の経済成長には不可欠なのだ)、その新政権の方でもなんとか国民を説得するだろうから(究極「安倍のせい」にもできるし)、そこで金正恩の側でも当然本来やるべきだと覚悟していることに移れるのに、である。つまり、生存して帰国している被害者と、亡くなった被害者の家族個々人への真摯な謝罪だ。

いや相手は金正恩だ。日本側が安倍のままであれば、だからこそ先手を打って真摯な謝罪を、ただしあくまで被害者家族が相手であって日本政府相手ではないことを明白にして、たとえば謝罪の書簡を出すとか、直接会って謝罪させて欲しいと言い出すことすらやりかねない。それでも安倍やその熱烈支持層は「そんな謝罪では足りない」などと言い出すかも知れないが、そうなった時こそ金正恩の思う壺になるのではないか?

行き着く先は結局、日本の植民地支配の失敗と戦争犯罪・人道犯罪の責任

「そんなことでは謝罪になっていない」と言うのなら、それこそ何度も「河野談話」を覆そうとしては失敗し続け、朴槿恵相手に10億円の国民の血税を渡すことで慰安婦問題の日本の責任をうやむやにしようとしてみてもこれまた大失敗に終わっている安倍やその支持層がどの面を下げて、と言う話にしか、国際政治の舞台ではなりようがないのだ。言い換えれば、日朝交渉の最大の懸案は、どこまで行っても結局は植民地支配とその大失敗(ここまで無残な失敗に終わった植民地支配は、19世紀から20世紀前半までの近代植民地主義の歴史の中で他に類例がない)の責任をどうするのか、の問題になってしまうのだ。

金正恩が拉致問題の再調査を申し出た時から、北朝鮮は本格的で詳細な再調査を準備して来ていると考えて置くべきだが(「どうせいい加減なものに違いない」と決めつけるなら、それこそ「希望外交」の愚の骨頂だ)、対照的に日本側では慰安婦問題ひとつを取っても、政府はアジア女性基金に任せただけで、被害の実態の全体像は被害者数すら(本来は軍が完全管理下に置き詳細まで把握しいたにも関わらず)未だ判然としていない。安倍政権がよせばいいのに「明治の産業革命遺産」の世界遺産登録で火をつけてしまった徴用工の強制労働問題となると、被害の実態の把握はますますもっていい加減なものだし、世界遺産会議で公約させられたはずの徴用工問題の啓蒙も、まったく手付かずなままだ。

日本軍に志願、ないし徴兵された朝鮮人兵士や朝鮮人軍属の被害も、これは戦没者名簿などで詳細が簡単に詰められるはずが、その精査もなおざりのままだし、戦没者の遺骨の収集は日本人の日本兵のぶんも含めて未だ終了する目処が立っていない。

そしてこのいずれについても、日本政府が真摯で誠意を感じさせる謝罪を行ったと言える実績は全くないのだ。建前では村山談話と河野談話を政府の公式見解として「踏襲する」と言いながらも、他ならぬ政権与党内部からこれらの談話を否定というより愚弄するような発言が相次いで来たし、慰安婦について「不可逆的」を約束したはずの朴槿恵との日韓合意にしても、公然と「蒸し返し」ているのは日本の政界の方だ。そして安倍首相は自分がこの合意の一方の当事者であり与党の党首でありながら、そうした言動を黙認どころか推奨すらして来ている。

今のところはまだ、主に日韓や日中間の問題だけで留まっている歴史問題が、日朝交渉の対応を一歩誤るだけで大々的な国際問題になり、安倍政権のままでは最悪国連憲章の「旧敵国条項」の発動すら想定に入ってしまうのだ。付け加えるなら日本のメディアが安倍政権に忖度して無視しているだけで、その危険性はこの5年の第二次・第三次安倍政権の中で目に見えて高まっている。くだんの「明治の産業革命遺産」世界遺産登録でも、日本政府の欺瞞的な歴史認識と不誠実な態度が、世界遺産会議の全会一致による懲罰決議にまで至っているし、さらにはその歴史問題の延長上には、これまた国連人権理事会で度々非難の的となっている(日本が対象国になる度に繰り返し取り上げられているのに、全く改善の兆しも見えない)在日コリアンの人権問題もある。

「韓国と同じレベル」の戦後補償で済むと思うのは「希望外交」の愚の典型

一般的なマスコミの解説では、日朝交渉では韓国に1965年に行ったのと同程度の戦後補償を北朝鮮相手に行うことになるだろう、との説が(極めて遠慮がちながら)一応言われて来ている。中にはトランプはその日本のカネを当てにしていて北朝鮮への経済援助に代えるつもりだと、したり顔で語る「識者」もいるが、それこそ外交を何も分かっていない平和ボケ、ネット用語で言えば「お花畑」にもほどがある。戦後賠償と経済援助はそもそもまったく別次元の問題だ。

日朝交渉の結果の戦後補償が、1965年の戦後賠償に関する日韓協約レベルで済むと期待するのも「希望外交」の愚の典型だ。だいたいこの協約は、個々の韓国人元日本兵や軍属の個人の賠償請求権や個々人の恩給受給の権利を韓国政府が勝手に放棄するよう、日本政府が韓国の軍事独裁政権に強いたもので、現代の国際秩序の基本からすれば明らかに不道徳である。国家には個人の財産を侵害する権利など認められていないし、まして他国が圧力をかけてそれを強要することは許されない上に、65年当時にはまだ日本軍の教育を受けた軍人たちの独裁政権だった韓国社会でもタブー扱いだった植民地支配の失政による被害も、その後どんどん明らかになって来ている。なのに日本政府はこの65年協約の拡大解釈を盾に賠償責任どころか道義的責任についてすら曖昧に誤魔化し、本来三権分立で独立しているはずの日本の司法府ですらそうした政府の方針に追随して来たのだ。

まさかそんな日韓協約と同レベルの戦後補償で、北朝鮮が矛を収めるわけがない。そこで結ばれた日朝の合意が多少でも日韓協約よりまともなものであれば、同じ条件は国際法上自動的に韓国にも適用される。つまり1965年の日韓協約だけでなく河野談話も安倍=朴槿恵の「日韓合意」も、全部やり直しに可能性が高いのだが、その再交渉や、なによりもまず求められる侵略と植民地支配の失敗と戦争の反省の表明が、果たして安倍政権にできるだろうか? 答えは分かり切っている。なにしろそのコア支持層は「慰安婦問題は朝日新聞のでっち上げ」などというデマを本気で信じている人たちであり、在日朝鮮人を差別して集団で朝鮮学校を脅迫して国連人権理事会で大問題になったようなグループも含まれるのだ。

あるいは金正恩が金銭による賠償の前に、まず日本政府による植民地侵略と戦争被害、人権侵害についての真摯な謝罪を求める、と要求して来たら、安倍政権はどうするつもりなのだろう? 例えば昨年に最初に日本上空(というには高度が高すぎる宇宙空間ではあるが)を通過したミサイル実験はわざと日韓併合の記念日に設定されていたし、北朝鮮政府は労働新聞や朝鮮中央放送を通じてその意味を盛んに強調していた(のに必死で無視したのが、日本の安倍忖度大手メディアだ)。

スキャンダルにまみれた政権に外交はそもそも無理

安倍政権が熱烈支持層の目が怖くて強硬ポーズを取れば取るほど、なんら客観的・論理的で国際社会の支持が得られる根拠がない以上、日本が恥をかき、非難を浴び、孤立を深めるだけで済めばまだいい方だろう。それこそ安倍の熱烈支持層や自民党の一部安倍チルドレンが国内引きこもりで言い張っているようなことを国際的な注目を集める交渉の場で言ってしまえば、国連憲章の「旧敵国条項」の発動と安保理の制裁決議、国連総会の全会一致非難決議まで想定しなければならなくなる。

そうでなくとも国内で森友・加計疑惑のスキャンダルが加熱している安倍政権を、どの外国政府も「もはや持たない。短命」とみている。つまり、まともな外交交渉相手とはそもそもみなしておらず「次を待とう」となるのが外交の世界の厳しい現実だ。しかもとりわけこのふたつのスキャンダルがらみでは、安倍首相本人の発言がまったく信用できない、有り体に言えば言うことが御都合主義でコロコロ変わる卑怯な人間で、しかもコロコロ変わる言い訳の中身が論理的に成立しない詭弁の出来損ないでしかないことも、各国政府は在日公館の情報分析を通してもちろん把握しているのだ。

こんな政権にはもはやシビアな外交交渉ができるわけもない。6月12日の第一回首脳会談がどう言う結果になるのかは未知数ながら、まともな外交ができる政権に早く代わっていないことには、日本は国益を損ない、東アジアの政治環境の大激変から取り残され、国際的な孤立を深めるばかりだ。

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