失敗だけは絶対にない米朝6.12シンガポール会談と、直前の大荒れG7から占う世界情勢の大激変 by 藤原敏史・監督

今から振り返るとなぜ米朝首脳会談は6月12日になったのだろう? 発表したのがホワイトハウスだったことを考慮すれば、あえてカナダでのG7サミットの直後に設定されたのもトランプの意図だったのだろうが、ならば「気が散る」と言って中座してしまったのも最初から意図されていた演技か、計算されていた選択肢だったと言うことになるのだろうか? しかも前々日夜にシンガポール入りしたトランプが、丸々1日スケジュールを空けているのも異例だ。

史上初の米朝会談にばかりメディアの関心は集中するが、例えば日本の直接の国益ならば、所詮日本が「蚊帳の外」の北朝鮮情勢よりもG7の方が直接の影響は大きい。トランプはこのG7会議にわざと狙いを定めて、大統領選挙で公約した「超保護主義」にすらもはや留まらない、政治体制や価値観を一応共有する「同盟国」側であると同時に、だからこそ経済・産業では熾烈な競争を続けるライバルである旧西側先進諸国相手に威圧的な攻撃性を剥き出しにしたのだ。対照的に北朝鮮との融和ムードは強調し、遥かに小国を相手にあくまで主権国家どうしの対等性に丁寧な配慮も欠かしていないし、中国との貿易摩擦解消交渉も意外に順調に進めているのは、旧来の「世界秩序」への露骨な挑戦にも見える。

そしてG7の閉会式をサボタージュしたトランプは、議長国カナダのトルードー首相が記者会見した共同宣言についてシンガポールに向かう機中からのツイートで「合意できないので米国は承認しないよう指示した」とまでこれ見よがしに公言している。ロシア疑惑の足かせでプーチン政権との接触が出来ないトランプだが、これさえなければトランプが今や相当にはっきりさせていたであろうことがある。戦後世界の米ソ対立の冷戦構造を、この型破り大統領はぶち壊しにかかっているのだ。

確かに全米ライフル協会の支持を受け、人種差別団体との関連も疑われるトランプ政権は分類としては「アメリカ極右」だ。だがその「極右」の立ち位置が、冷戦時代の「反共」ステレオタイプを引きずった見方ではもはや理解できなくなっている。トランプは確かにアメリカ国内に激しい分断を引き起こしたが、その「分断されたアメリカ」の対立構造もまた過去の「反共保守」対「リベラル(左派)」とはかなり異なった、複雑に階層化したものに変質している。

トランプ「ならいっそあらゆる関税も非関税障壁も撤廃すればいい」

「アメリカの保護主義」(のレベルをもはや越えた攻撃性)で紛糾した首脳会議でトランプが言ったとされる発言も興味深い。「ならいっそ、あらゆる関税も非関税障壁も撤廃すればいい」と言うのは、ヒートアップした議論で思わず感情的になって言った暴言のようにほとんどの報道が解釈しているが、果たしてそうなのだろうか? むしろトランプの確信犯っぷりが透けて見えはしないか。

G7サミットはもともと経済会議で、参加している主要先進国は「自由で公正な」経済ルールの理念を共有する、と言う建前になっているが、もちろん現実にそうであったことは一度もない。どの先進国も得意の輸出分野では「自由貿易」を標榜しつつ、自国の主要産業だったり政権党の重要な票田に結びつく分野(例えば日本の自由民主党やアメリカ共和党、ドイツのキリスト教民主同盟のような大衆保守政党なら農業)については例外的な特例を主張したり、1980〜90年代に大問題になった日米貿易摩擦のように、「自由で公正な」とは真逆のやり方で、安全保障上の外交的主従関係をカサに来た政治圧力で問題を強引に自国の都合で解消するような事態が、現実にはたびたび起こって来た。

政治の世界で育って来たプロ政治家にとってはこういう二枚舌も「当たり前」であってなんの疑問も感じないのかも知れない。外交交渉が妥協と二枚舌三枚舌の芸術であるのは、西洋近代史の流れの中にある現代の「世界秩序」の起源となる1848年のウェストファリア体制以来のいわば「歴史的伝統」ですらある。

だがそうした西洋中心史観から一歩引いて見れば、これを「芸術」とみなすこと自体がその枠内で世界の政治外交の中枢を担って来た側の無自覚な独りよがりに過ぎないのかも知れない。現に近現代の世界が体験して来た凄惨な戦争や壮絶な軋轢は、その妥協・二枚舌が当然内包するほころびと、それを駆使して来た側が一方では国力任せの不公正さに胡坐をかいて自国の国益を実はゴリ押しして来た欺瞞性への不満が遠因にあるとすら言える。

もっとも直近の例で言えば、他ならぬ「北朝鮮の核武装計画」もこの典型だった。冷戦の終了と米ソ間の妥協、理想主義を放棄した中国の変質とソ連の崩壊をめぐる様々な妥協の中途半端の中で、朝鮮戦争が「休戦状態」のまま取り残された北朝鮮は、突然ソ連からの庇護を失ってアメリカの巨大核武装に直面することになってしまった。ならアメリカにその核兵器を使わせないためのせめてもの安全装置、「アメリカの核攻撃を仕掛けられるならこっちも一発くらいは核兵器をぶっ放すから覚悟しろ」という抑止力として、核武装を目指す以外の選択肢は北朝鮮にとっては見当たらなかったのだろう。

なんと言ってもあらゆる主権国家がそれぞれの国民の主権と民族自決権の下に平等である、とした国連中心の戦後世界の建前も、この70年以上のあいだ本当に実現したことがない。理想がただの建前でしかないのなら、戦後世界の覇権に固執して来たアメリカから北朝鮮が身を守るための有効なカードが「核武装」だったのも確かだ。なにしろその北朝鮮は、公式にアメリカと「戦争状態」のままで、韓国にはアメリカが北朝鮮を核攻撃で殲滅して欲しいと願望する極右層も一定の力を持っていた時代も長かった。

逆に言えば、トランプが北朝鮮問題について「今までの政権の誤ったやり方は踏襲しない」と言い続けて来たのは、これまでのアメリカの、例えば人権問題や北朝鮮が事実上の世襲の独裁国家であることへの非難を大前提に、北朝鮮をしょせんはいびつな小国と見下して国際的に孤立させることで自国の覇権を喧伝して来た交渉手法こそが、「これでは金正恩が本気で交渉に乗るわけがないだろう」と見抜いた上での主張だったのではないか? そのトランプの「アメリカ・ファースト」も「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」も、国際社会でアメリカの覇権を維持することこそが国益という考え方では必ずしもない。むしろ第二次大戦以前の孤立・不干渉主義に立ち戻った「アメリカは勝手に繁栄するから他の国も同じように頑張ればいい」という発想に近いものだ。

G7「同盟国」より中国、ロシア、そして北朝鮮を重視するトランプ

トランプが今回のG7サミットで吐いた「暴論」ではもうひとつ、G7の枠組みは「時代遅れで無駄」と断じてロシアを復活させるG8、ひいては中国も参加させるG9まで主張したらしい。これも既存の冷戦構造的な世界観を真っ向から否定して、「旧共産圏」のロシアや中国を対等の「商売相手」とみなして既存の「アメリカ側」西欧先進国などと同等に扱う考え方だ。

もちろん第二次大戦後の世界で「自由と公正」を建前としてだけ悪用しつつ、あからさまな不公正すら国力任せに(主に小国に)強いて、CIAの秘密資金を含む金のバラマキと脅迫まがいの二本立てで自陣営に取り込んで屈服させて覇権を維持して来た国と言えば、どこよりもまずアメリカ合衆国だ。中南米の独裁国家のほとんどはCIAの支援で権力を維持して来たし、チリのピノチェト政権でもペルーのフジモリ政権でも、自由と民主独立を求める民衆勢力を弾圧し虐殺すら繰り返した背景には、アメリカの意向があった。キューバ革命でさえ初期の、カストロが共産主義否定発言を強調していた段階ではCIAが膨大な資金援助をしていたし、この革命が中途半端に終わりたとえばチェ・ゲバラが殺害されるに至った背景にも、アメリカとソ連の、アメリカの勢力圏である中南米では本格的な民主革命は実現させない、という妥協があった。

自由貿易体制にしても、自由競争原理を恣意的に捻じ曲げたりアメリカ企業に有利なルールを強要して自国の利益を優先させながら、自由競争原理の結果としてアメリカから製造業雇用が流出すると強権的なやり方を行使して来たのもアメリカだし、ウォール街が何度も致命的な破綻を起こしては世界経済を混乱させて来ても、破綻や不正を防止する制度は形だけで徹底させないまま不公正を温存して来たのもアメリカだ。そんな理想の建前と覇権主義の二枚舌を駆使して来たアメリカのトランプにこそ「お前が言うな」と言ってやりたい気にもなるが、しかしトランプが言い放った暴言は一方で、確かに妥協と偽善と欺瞞で骨抜きにされて来た「自由で公正」の建前の欺瞞性への痛烈な一撃だったとは言える。

「超大国アメリカ中心の世界」の崩壊を加速させるトランプ

G7サミット自体が東西冷戦構造の遺物であり、だから一時はロシアも参加してG8になったのが、ロシアのクリミア侵攻に対する抗議と国際制裁の一貫で元の冷戦構造的枠組みに戻っているのが現在のG7だ。トランプはあたかも、そんな時代錯誤な枠組みに後ろ足で砂をかけるように、ロシアも参加させなければ意味がない、との捨て台詞を残してシンガポールに飛んでいる。

一連の流れのなかでひとつはっきりして来ているのは、東アジアに残存する冷戦構造の枠組みを解体することと、イデオロギーに基づく政治的価値観の違いで特定の国を「同盟」「味方」とみなし価値観の違う国を敵視する枠組みの否定だ。板門店での韓国・北朝鮮会談でも、シンガポール6.12会談に向けた米朝の事前交渉でも、文在寅とドナルド・トランプに共通している態度は、北朝鮮の現体制については「それは北朝鮮の主権の範疇で内政干渉はしない」という明確な姿勢で、なんの文句もつけていないところだ。金英哲・朝鮮労働党副委員長のホワイトハウス電撃訪問の後でも、トランプは「人権問題の話はしてない」と明言している。

ことアメリカの国内政治的には外交で絶対に言わなければならないとされて来たはずの「人権問題」も、トランプは中国相手にその批判もしていないし、北朝鮮相手でも米朝直談判に応じると宣言して以降は封印して来ている。ただ自国民を保護すると言う近代国家の最低限の義務だけに鑑みて3人の自国民の解放だけで満足する姿勢も明確だった。日米首脳会談で安倍首相へのリップサービスで拉致問題に言及したのも、あくまで「安倍首相にとって個人的に重要なテーマだから」と言うだけで、「人権問題」とみなして北朝鮮相手のアメリカの交渉条件とすることは避けている。

言い換えれば、拉致問題は「提起する」と言っただけで、つまりはその解決も含めた日本との話し合いを北朝鮮に促す以上の期待は出来ないし、金正恩が「それはアメリカには関係がない」と言っただけでも話は終わる。もちろん金正恩にも実はそんなつもりがないし、トランプもまたその方向ですでに交渉を誘導している。アメリカの選挙民への世論対策も含めて、北朝鮮にアメリカの国費で直接の経済援助をするかどうかについて「我々はとてもとても離れている」、だから経済援助は「近所」つまり日本、韓国、中国がするのではないか、とメディアに向けて繰り返し、一方で日米首脳会談では日本に北朝鮮への経済援助の準備があるという言質を安倍首相から取っているのだ。

国際政治ではイデオロギーにまるで関心を示さないトランプに追い詰められたのは「価値を共有する同盟国」であるはずの日本の、「完全に一致」を吹聴して来た安倍首相だ。一時はトランプが米朝首脳会談の「中止」を宣言すると(すぐに分かったように「雨降って地固まる」作戦でしかなかったが)大喜びで「支持する」とわざわざ外遊先のロシアで表明した安倍は、今度はトランプに説き伏せられて、いかにも気が重い、やりたくない、と言わんばかりの深刻に落ち込んだ表情で、日朝首脳会談の意思を表明せざるを得なくなってしまった。

「北朝鮮の言いなり」を嫌悪する余り、逆にその思惑に完全にハメられた日本

金正恩ももちろん最初から日朝直接交渉に入るつもりはあったが、ただし自分からは言わずにトランプを動かして安倍側にまず言わせたのがミソだ。日朝会談はそもそも最初から「後回し」の作戦だったろうし、今度は日本側から会談の希望を申し出る度にこれまでの日本の、あからさまにこの新たな和平への試みに(世界でほぼただ一国、おおっぴらに)抵抗して来た態度をなじり「蚊帳の外」を揶揄したり、歴史問題に対する日本政府の曖昧で不誠実な姿勢をあげつらい、国連人権理事会で再三批判されて来た日本国内の在日朝鮮韓国人への差別に対して日本政府がなんの積極的是正の姿勢も見せて来ていないことを非難したりして、さんざん安倍政権を翻弄することだろう。

しかもこと歴史問題や在日差別の問題を突かれたら国際的には日本はまったく反論出来ないのに、国内的には「相手は反日国家なのだから強気で」「言いなりになるな」的な絶望的な勘違いがまかり通っていて、それが安倍政権のコア支持層になっているのだから始末が悪い。北朝鮮当局は(というか世界中のどの国でも)安倍政権は森友・加計などのスキャンダル続きで退陣は時間の問題と見ているはずだ。ならばこの際、内閣総辞職に追い込む最後の一撃を自分がやってやろう、というくらいに金正恩が考えていても不思議ではないし、そのための武器は十分すぎるほどある。

どうしたことか北朝鮮だけでなく韓国も含む朝鮮民族全般に異様な憎悪を燃やす安倍コア支持層はともかく、「北朝鮮の言いなり」を嫌う気分は日本の世論全般に蔓延している。だが金正恩に権力が継承されて以来、大粛清を敢行して体制の大改革と外交戦略の大胆な変革の戦略を狡猾に考え抜き、型破りで前代未聞ながら計算され尽くした行動を続ける金正恩は、その粛清の凄まじさだけをあげつらって残虐で狂った独裁体制だと見下したり、北朝鮮を「劣等民族」であるかのように差別意識を丸出しにすることで悦に入るだけで、なんら有効な手立ても考えて来なかった、劣化しきった日本の政治が太刀打ちできる相手ではもはやない。

しかもその日本の外交は、結局はひたすら冷戦時代のままアメリカに依存するだけで、なんの独立国としての戦略も持っていない。今の北朝鮮をめぐる情勢でも日本は単に「蚊帳の外」なだけではない。トランプ政権が日本に情報を提供しなくなった途端、完全な情報不足でなんの判断も出来なくなり、トランプの思うがままの言いなりに翻弄されるしかなくなっているのが現状なのだ。

冷戦の終結でバックとなる大国の保護を失ったことを、逆に民族の自主独立のチャンスと考えた金正恩の思惑や戦略も、これではとてもではないが見抜けないというか、理解し分析する知能すら欠如しているのかも知れないまま、旧宗主国気取りで侵略戦争と植民地支配の失敗の過去を批判されることへの被害妄想的な過敏さに陥っているだけだ。こんな国内引きこもり的な外交無策を弄ぶのは、金正恩にとっては赤子の手をひねるよりも容易いことだろう。

いずれにせよ対米追従しか外交方針がない安倍政権は、「拉致問題の話ならしておいてやるよ」(文字通り「話はする」だけなのは南北首脳会談でも同じ失敗を経験しただろうに)というトランプの口約束に唯々諾々と従うしかなく、北朝鮮に対してでなくアメリカ相手に、すでに経済援助を約束してしまっている。もちろんこんなものは北朝鮮と日本との交渉事項でなければ主権国家として本来はおかしいのだが。

安倍の抱きつき媚び売り外交の思惑を完全に裏切るつもりのトランプ

しかも「拉致問題」ですがってくる安倍の足下を見透かして、トランプは日米間の懸案の貿易問題でも完全に自国有利に話を進めている。だというのに安倍政権は本来ならこの米朝和解の流れの中では必要性が減じるはずなので「再検討する」と言えるはずの巨額の武器購入まで約束してしまった上に、今国会では更なるトランプ相手の媚び売りで、アメリカのカジノ企業の参入を可能にするためのIR関連法まで強行採決しようとしている。

トランプが明らかに東アジア・西太平洋からアメリカの手を引かせようとしているのは、北朝鮮への経済援助でも「我々は遠く離れている」「近所の国がやればいい」と発言していることにも如実に現れている。

国防総省や国務省の守旧派などの国内勢力の反対でまだどうなるかは未知数だが(議会の承認・批准を必要とする項目も多々出てくるだろう)、トランプ自身は在韓米軍の縮小や撤退まで視野に入れてすでに文在寅とも話を始めている上に、北朝鮮との「朝鮮半島の非核化」交渉でも裏ではアメリカの海外での軍事プレゼンスを減らす、つまりはそこで使う軍事費を減らしていく計算も見え隠れしていて、これはトランプ支持層にはアピールする政策だ。ただしそれを発表するタイミングはよほど考え抜かないことには、全く逆の効果になりかねない面もある。

軍需産業は確かにトランプが守るべきアメリカ製造業の重要な分野だが、しかしそれだって日本のように喜んで、米軍相手よりもはるかに割高な値段で買ってくれる国があるのなら、アメリカ国民の血税を使わずにより高い利益を上げることができるのだ。輸出によって技術が海外漏洩してしまうことも「軍事機密」の枠をガッチリとはめておけば、日本のように黙々と従うだけの相手国ならばまさに赤子の手を捻るような話だ。安倍政権が「成長戦略」として打ち出した武器輸出も、日米共同開発事業の多くでこの「機密」の壁が立ちはだかり、日本企業は下請け的立場に追いやられ、経済的にほとんど実入りが見込めないものになっていて、撤退したい企業が大多数になっているのが現状だ。だがこうした裏事情もちゃんと伝わらなければ、やはりアメリカの軍縮には反対という古典的なタカ派に全てをぶち壊されるリスクもある。トランプが腐心している「駆け引き」は、北朝鮮相手以上に本来なら自分の側、アメリカ側の内部にある反対論や慎重論に対するものの方が遥かに大きく、また難しくもある。北朝鮮側の思惑や目的は極めて合理的なものだけに交渉や妥協点探しはそんなに困難ではないが、感情論で動く反対派や慎重派には合理的な動機がないだけに、かえって説得も難しいし、なにしろ感情論ベースなだけに暴走や暴発が始まると予測がつかない。

それにしても安倍首相が2ヶ月前後のあいだに二度も首脳会談のために訪米してやって来たのが、本当にひたすら拉致問題への言及だけをトランプに頼み込んだだけで、以前から準備が進んでいて今回の日米会談で改めて確認された多額の武器購入も、ただ拉致問題の話も米朝会談でして欲しい、というお願いのためだけの見返りだったとしたら絶望的だ。

拉致問題はいずれにせよ日朝間直接でしか交渉できないことで、トランプや文在寅の口利きはあってもなくても何も変わらないし、板門店での1回目の南北会談で文在寅がこの話題を提起した時も、金正恩の反応は「なぜ日本は自分で言ってこないのか?」だったことが明らかになっている。

米朝交渉は「アメリカ軍には逆らえない」という国民の無意識な妥協を後ろ盾にして来た日本政府の立場を激変させる可能性をはらんでいる

一方でその評価は別問題として、米朝交渉の進展は日本がこれまで依存して来たアメリカの軍事プレゼンスが減って行く可能性を内包していることも現在の日本政府にとっては重大な懸念材料であるはずなのに、その対応もまったく考えられていないようだ。北朝鮮との法的な戦争状態や敵視政策がなくなれば当然アメリカが韓国だけでなく日本にも大量の軍事力を展開していることの相対的な必要性が減じるし、アメリカでも政界内での反対論が頑強とはいえ、トランプ自身はそのつもりだし支持層も大いに満足させる方向性の政策になる。

これは日本にとって米軍のプレゼンスに単に軍事・安全保障だけでなく、政府そのものの権力の裏付け、言い換えれば国民に対する抑えとしても依存して来た自民党の一貫した政治姿勢を大きく揺さぶる事態にも繋がりかねないのに、その想定のシミュレーションもまったくしていないのなら呆れる他はない。アメリカ政府の総体としては必要性がたいして高くない沖縄の基地の維持、例えば普天間基地の辺野古移設を強行しているのも実は日本政府の意思で、国民にはあたかも「アメリカには逆らえないから」と思い込ませるように仕向けている動機のひとつもここにあ流のだろが、「アメリカ」がバックにあることで「逆らえない」、だから日本では政府の失敗や政治の不道徳も見過ごされがちな傾向は、ことこの5年間の安倍政権では顕著になって来ている。

だがトランプのアメリカにはそんな日本政府の「後ろ盾」を演じ続けることが世界的な覇権を維持する自国の国益になるなどという意識はさらさらない。むしろ「世界の警察官なんて金がかかることは止めよう」というのがトランプの公約だ。そこを理解できないままの安倍が自分に媚びを売るのならそこは便利に対日交渉カードで使うだけだし、日本については大量の武器を買わせたりしてアメリカの商売を潤すことこそが、その最大の関心事なのだ。

あまり大きく報じられていないが、ここへ来てアメリカは別方面でも「日本外し」的な圧力をかけ始めている。

日本は原発の使用済みウラン燃料を再処理したプルトニウムを「核燃料サイクル」政策を名目に大量に備蓄し続けて来ていて、その総量は長崎型原爆6000発に相当する47トンに達している。「核燃料サイクル」は言い訳で、自民党右派を中心に核兵器保有願望が強いことは国際的な安全保障の世界では常識とも言われているが、ここへ来てトランプ政権のNSC(国家安全保障会議)が、日本にこのプルトニウムの削減を要求して来ているのだ。

北朝鮮にも核放棄を要求するのだから、日本の核保有の野望なんて絶対に許さないぞ、という極めてわかりやすいジェスチャーだ。かと言って、「ならば『核の傘』でアメリカが引き続き日本を守って下さい」などという懇願もトランプには通用しまい。むしろ「俺が北朝鮮の核の脅威を取り除いてやったのだからそんなもん要らんだろ」と言い出しかねないのがトランプだし、そのトランプを見ればワシントンDCのエスタブリッシュメントは反対するだろが、トランプの支持層は歓迎するだろう。

両者とも「成功」で一致しているが、ちょっとした不信で全てが瓦解する

なればこそアメリカ政治のエスタブリッシュメント、つまり既得権益層や同盟国の中にある不満や不安や慎重論をどこまで抑え込めるだけの「成果」を出せるのかがトランプにとってその支持層と、支持層に限らない世論(この一件に限っては、トランプ批判層でも支持や期待は小さくない)を味方につけ続けるための大きな鍵にもなる。現代の政治領域において一般的な支持の広まりは極めて重要であると同時に、とても気まぐれなものでもあるからだ。大々的なネガティブ・キャンペーンでなくともちょっとしたミスやほころび、疑念の余地だけでも、このデリケートな交渉は一気に崩壊しかねない。なにしろ金正恩が最初から示している、北朝鮮にとって核武装なぞ全く必要がなくなる条件には、実のところどう考えてもアメリカ側の核軍縮を含む軍事的な妥協が不可欠なのだ。これが迂闊に漏れてしまえば、トランプの「ディール」はアメリカ国内や同盟国の世論の反発で中断されかねないのだ。

まただからこそ、米朝は直前まで事務方の協議を続けて問題になりそうな細部は徹底的に詰めると同時に、会談をまずトランプ、金正恩の二人と両者の通訳官だけのワンツーワン会談で始めるというかなり異例のやり方を選択したのだろう。両者の信頼関係の醸成と、それ以上にその信頼関係をなるべく説得力を持ってアピールしつつ、かつ双方とも相手側の「言いなり」には見せない演出というのは、非常にチャレンジングなものだ。アメリカもまた北朝鮮の要求で軍縮をする、と言うのではなくトランプ自身が自分の意思、自分の政策として「朝鮮半島の非核化」と平和構築の意思としてアメリカ自身の核軍縮を発表する(それはトランプ支持層にとっては、外国の安全のために使われる自分たちの血税の削減にもなる)と言う形にしないと、この交渉全てが水泡に帰すかも知れない以上、実際の交渉や合意の中身よりもそれをどう発表するのかが極めて重要なのだ。

会談前日になって非常に不可解な動きがひとつ起こっている。夕方になって突然、日本の安倍首相がトランプと電話会談を行ったことを、わざわざ内容にまで言及して記者団に発表したのだ。

安倍によればトランプから電話が掛かって来て、翌日の米朝会談についてなぜか日米首脳が「詳細なすり合わせ」をしたらしい。もちろん安倍に限らずこう言った時には自分と自国に都合のいいような解釈だけを言うのが国家政府の首班たる者の常なのだから眉唾で見ておけばいいことかも知れないが、それにしても内容への触れ方があまりに不可解だし、この安倍の発表だけを聞くとトランプがなぜそんな電話をかけたのかも理由が分からない。だからこそが北朝鮮側から見れば不信や不安を招く行為になるのも確かだ。

安倍がまったく何も言わなかったが、実際にはトランプは文在寅とも電話会談をしている。こちらは理由もよく分かるし、北朝鮮に不信感を抱かせるようなこともまったくない。安倍への電話もそのついでだったのなら納得も行くし、元々強硬な反対論者の安倍を抑えるためでもあったのだろう。つまり、いくらなんでもトランプがスケジュールを空けていることを見越した日本側が電話会談を要請したのが真相と言うことはあるまいが、それでもいかにもトランプが自分だけに特別に電話をかけて来たかのような言い方をしたのも不自然だ。

せいぜいがただの状況報告だったはずの内容を、翌日の(日本とは関係のない)会談についての電話だったかのように誇張して、日米両国間でやるはずもない「すり合わせ」を強調しているのは、普通の外交戦略ではおよそ無能なこの日本の総理の、妙なところでの「才能」が発揮されたとすら言える面がある。こんなやり方はまともな政治家ならまず思いつかないだろうが、安倍がまだこの会談をぶち壊したいのなら、こうやってどちらかの側の一部にでも強い不信感を抱かせることができれば、もっとも効果的になる。

通常の外交ルールでも電話会談があったことまでなら発表するが、事前の事務方調整が続くデリケートな状況に配慮すれば、その事前交渉について報告されたとだけ言って済まして内容は一切口外しないはずだ。なのに安部がわざわざトランプがいかにも自分に相談して来て会談内容に自分も口を出したかのような印象を誇張しているのは不自然で外交慣例に明らかに反してもいる。こんなことをわざわざやったのが北朝鮮側の不信を呼び起こす効果を狙ったずいぶん姑息な心理戦だったとしたら、こういうところが安倍晋三と言う人物の妙に恐ろしく、そして卑劣で邪悪なところでもある。

安倍は確かに5年に及ぶ第二次内閣の中で、こうした卑劣で姑息で邪悪なやり方を与党内や官邸、官僚の引き締めに巧妙に利用して来てもいる。そしてそう言う手法が、例えば森友・加計疑惑で「証拠」という点ではあれだけの文書が暴露されて完全に追い詰められているはずの安倍政権が、それでも辞任や「安倍おろし」の気配すら全く見えず堂々と開き直っていられるほどの地位の安泰を裏で支えているのも確かだ。

「完全かつ不可逆的で検証可能な非核化」は最初からただの宣伝文句の空証文

ほんの数日で収まった「会談中止」騒動の結果、米朝会談が必ず行われることと、そしてそれが実行されれば必ずなんらかの「成果」を喧伝して両国が「成功」を盛んにアピールすることが決定的な流れになった中で、日本のメディアでは「非核化が実現されるかは未知数」というような悲観論の偽装が幅を聞かせているのは、もともとこの交渉の成功を全く望んでいなかった(その後に確実に続く日朝交渉から逃げ出したいのが最大の動機)安倍政権の「思惑」ですらないただの「思い」をひたすら忖度しているのかも知れないが、これも冷静に考えれば詭弁の一種に過ぎない。

逆に言えば、そんな「完全な核放棄」は相手が北朝鮮に限らず、どんな国相手でもそもそも論理的に不可能であり、言い換えれば解釈のしようでいかにでもその線引きを変更できるものでしかないのだ。

イランのようにまだウランの濃縮実験段階ならば凍結するだけでも中身の伴う「核放棄」になるが、北朝鮮はこれまで6回もの実際に爆発させる実験を含めて何度も核実験を繰り返し、実用化レベルかどうかはともかく核弾頭を作る技術そのものは既に持っている。

「火星15型」大陸間弾道ミサイルは一回だけのロフテッド軌道の発射実験ではおよそ実戦使用に耐える段階ではないはず(その段階で金正恩はあえて開発をストップさせてアメリカに対話を呼びかけている)だが、これも知識・技術そのものは獲得できていて、現物は破棄してもいつでも開発の続きに着手できる可能性は残る。

つまり物理的に弾頭を破棄し既存の実験場を閉鎖しようが、知識とノウハウの蓄積としての技術は残り続けるし、電子複製が容易な現代にデータの完全破棄なんて絵空事でしかない。だから「完全な非核化」のためには技術者を海外に、などという暴論まで飛び出しているが、北朝鮮の核技術者を全員海外に拉致して軟禁状態にでも置くか、処刑でもするつもりなのだろうか? その同じ口から「拉致問題は許せない」などという言葉が出て来ているとしたら、とんだ偽善者のあからさまなダブスタでしかない。

結論から言えば今回の第一回会談で北朝鮮が自らの本当に完全な核放棄を約束して未来永劫北朝鮮が核武装はしない保証が成立するなんて言うのは最初からあり得なかった絵空事だし、それをトランプが金正恩に迫るはずだ(金正恩は飲まないだろうから交渉は決裂するはずだ)と今でも言い続けているNHKなどは、あまりに政権の顔色をうかがった偏向報道に呆れる他はない。

北の提案した核放棄の手順に、アメリカは既に満足を表明している

しかもこれは全くの想定外だったが、北側はすでに具体的な核放棄プロセスをアメリカに提案しているだけでなく、その内容はアメリカ側も完全に満足できるものだとポンペオ米国務長官が先に訪米した金英哲・労働党副委員長(スパイ出身でテロ活動を指揮した疑惑もある超強面)との会談後の会見で明言している。と言うことは、日本の偏向した報道に反して、北朝鮮の核放棄自体についてさえ、金正恩がその気になれば今回の会談の「成果」としてその開始を宣言もできなくはない。

だが金正恩は一方で「朝鮮半島の非核化は段階的に進めていくべき」と明言しているし、同様にポンペオも先述の記者会見で「まだまだ解決すべき問題はたくさんある」と明かし、それを受けたかのようにドナルド・トランプも今回の一回めは「プロセス」の始まりでまだ二回三回と会談が続くことを繰り返している。日米首脳会談の共同会見では、金正恩をフロリダにある自分が所有し自社(大統領在任中は利益相反行為の防止のため経営からは離れている)に経営させている高級別荘に招待してもいい、とまで言い出した。

ここまで来れば非常にはっきりしているのに、日本のメディア等が現状の正確な認識に言及するのを必死で避けているのはかなり滑稽ではある。ポンペオの会見での発言からして、あとは金正恩が決断し命令さえすれば、少なくともアメリカが「完全かつ不可逆的で検証可能な核放棄(CVID)」とみなせるプロセスはすぐにでも始まるのだ。

現段階の最大の交渉ハードルは、金正恩がそう決断できるだけの条件をアメリカ側がまだ提示できていないし、具体的な説得力のある素案すら提起できる状態にはないことだ。なのに一方的な非核化をもしトランプが要求し始めれば、交渉はその瞬間に決裂するし、もちろんトランプがそんなことをやるわけがない。国内政界の反対を押し切って進めて来た今回の計画の失敗を自ら認めるのは中間選挙に悪影響しかないからだけではない。途端に朝鮮半島は昨年の暮れまでの緊張状態に逆戻りになるどころか、戦争の危機が目前に迫ることも想定に入れなければならなくなるのだ。

ドナルド・トランプは確かに型破りで時に非常識ですらある人間で、気性も激しいし、その良識や道徳観を疑いたくなる局面も少なくない。だが一方で極端なリアリストでもあり、どこかの総理大臣のようにバカでもなければ、戦争ごっこへの憧れで発狂もしていない。

そのどこぞの国の総理大臣はトランプの「あらゆるカードがテーブルの上に」と言う発言に軍事侵攻を期待してはしゃいでいたのがあからさまだったが、少なくとも本サイトではその時点で既にトランプの意図は見抜いていた。「あらゆるカード」は安倍が期待したのとは全く真逆の、文字通り驚天動地・空前絶後で前代未聞の、自分と金正恩の直談判カードだったことが、今となっては誰の目にも明らかだろう。

本当に「完全かつ不可逆的で検証可能」かどうかはともかく「非核化」の第一歩は始まるだろう

6.12シンガポール会談だけで具体的な北朝鮮の核放棄が始まることがまずないのは大方のメディアの予想している通りだろうが、その理由についてはほとんどが偏向報道としか言いようがない説を繰り返している。もちろん北朝鮮に非核化の意思がないわけでも、「騙す」つもりでもなく、だいたい外交交渉についてそんな現実離れした乱暴な感情論を持ち出すのが非常識だ。

今回まだ「朝鮮半島の非核化」が具体的に始まるわけがないのは、北朝鮮が非核化できる条件として金正恩がすでに繰り返し公言している状況を、北朝鮮国民が納得できるレベルで保証することが、とてもではないが今のアメリカには不可能だからだ。もちろん大統領が自分の権限の範疇だけの口約束で保証できるものではなく、例えば北朝鮮との相互不可侵条約の締結や朝鮮戦争終結に伴う平和条約のように、正式に議会の批准を経た「国家どうしの正式な約束」としての法的裏付けも当然求められるし、軍の配備の再編も含む具体的な行動も必要になるかも知れない(あとは金正恩がどのレベルで妥協してくれるか次第だ)。

そして北朝鮮が「わが国はこれで安全だ。核攻撃の脅威に晒されているとはもはや言えない」と納得できるだけの西太平洋・北東アジアの安全保障環境の変化は、それこそ「段階的」でなければ実現できないし、そもそもアメリカ一国だけの判断で実現できることでもない。

北朝鮮を射程に納めるアメリカの核武装は、もともと対ソ連の核軍拡競争で配備したものであり、現状では対中国、対ロシアの核配備であるのが誰もが公式には言えないが誰もが共有している現実の前提だ。つまり中国やロシアが北東アジア地域の核軍縮交渉に応じなければアメリカは自国の核兵器を減らせないし、ならば北朝鮮がアメリカの巨大核武装でいつ完全殲滅されてもおかしくはない現状が継続することになる。だから「非核化」は最初から「段階的」でしかあり得なかったのであり、これを「北朝鮮が各段階で見返りの経済援助を要求して」云々と日本のメディアなどが言い続けているのは、差別意識に基づいていたずらに北朝鮮を貶める方向で報道したい偏向ではないか、という批判すら可能だし、いずれにせよ的外れな誤報だ。現にトランプも(先述の通り)アメリカ政府による直接の経済援助はほとんどない(「我々は遠い。我々よりも近所がやるだろう」)と言っているではないか。

だいたいこの会談は「北朝鮮がアメリカの命令に従うかどうか」の(その見返りにアメリカが北朝鮮を属国と認めて金を恵んでやる)交渉ではそもそもない。あくまで金正恩から持ちかけた、アメリカと北朝鮮という対等な主権国家どうしの交渉でありディールで、その条件も金正恩は明示している。アメリカが敵視政策をやめること、そして今後アメリカが核兵器を使って北朝鮮を侵略することは絶対にない、という保証だ。ではその「完全かつ不可逆的で検証可能な」保証を、トランプはどこまで金正恩に示せるのだろうか? いや保証となると限りなく困難になるからこそ、両者の信頼関係が欠かせない。

次の大統領が誰になっても、民主党に政権交代しても、今後のアメリカにとって北朝鮮は友好国であり続け、その方針は変わらないという保証でなければ意味がなく、そこには議会の正式な批准を含む厳格な制度的枠組みと、目に見えて説得力のあるアメリカ側の行為が必要になる。トランプのアメリカがそこでどこまで金正恩の信頼を確保できるかが、今回の1回目会談の行方を大きく左右するのも確かだ。

「朝鮮戦争の正式終結」は「非核化」実現のための絶対必要な最低限の条件

これはトランプにとって、自分の考えや自国の判断だけでは済まないだけシビアな交渉だし、なによりも金正恩がトランプをかなり信頼していなければ議論すら成立しない一方で、だからこそ決定的な突破口にもなり、トランプはそこにかなりの自信も持っているようだ。なにしろ1分とか数分とか、要するに会った時の第一印象だけで自分の直感で分かるし、無駄だと思ったらそれまでだ、とシンガポールに飛ぶ前のカナダのG7での記者会見であえて大風呂敷まで広げているのだ。

つまり実は相当な信頼関係がこれまでの交渉の中で醸成されていない限り、そしてそこに相当な自信がない限り、いかに大風呂敷が得意なトランプ式「ディール」でもそう簡単に言えることではない。またこういうポーズを繰り返す巧妙なメディア対応で(さすがテレビの高視聴率番組の人気パーソナリティだった腕前ではある)世論を巧みに味方につけて来ていることが、政府内部では反対論も多いことを金正恩側でも把握している中で、一見気まぐれにみえるトランプの巧妙な作戦でもあるのだろう。

トランプが「朝鮮戦争の終結宣言」についてしきりに言及していることを、今回は具体的な非核化の成果が出せないのでその代わりというか誤魔化しであるかのように報じるメディアが日本には多いのも、よほど物事の筋道がわかっていないのか、よほど今回の会談を「失敗だ」と言いたくてしょうがないのか、いずれにせよ偏向報道だ。対照的に、実はアメリカの覇権主義的な国益の都合で維持されて来た面が大きい朝鮮戦争の戦争状態でも(何しろ在日米軍や在韓米軍を展開できる有力な正当化の材料になる)、「70年も続いている馬鹿げた戦争状態はオレが終わらせる。これまでのワシントンDCの考え方はおかしい」というトランプの姿勢は、アメリカ国民にとってわかり易く、そして支持賛同もし易いものだ。

朝鮮戦争を正式に終結させて平和協定を締結することは、日本メディアが好む用語で言えば「体制保証」と言うか、金正恩が求めている北朝鮮が核武装を放棄できる条件を達成する非常に具体的な第一歩だ。つまり「非核化と関係ない」どころかその本丸に深く関わるテーマなのだ。

北朝鮮は「体制保証」なんて求めていないし、そんな保証をする権限はアメリカにはない

だいたいここで「体制保証」などという言葉を使うのも、差別意識と植民地主義に凝りかた溜まって偏向して誤った用語ではないか? 北朝鮮はアメリカの属国ではないのだからその「体制」までアメリカが保証するものではないし、トランプもまた金正恩の北朝鮮をあくまでアメリカと立場上は対等の主権国家として扱おうと丁寧な態度をつらぬいている。北朝鮮の「体制」ならば、それを決められるのはあくまで北朝鮮の国民だけ、アメリカもどの外国も関係も権限もないし、トランプももちろんまったくそんな態度は取っておらず、逆に金正恩の今回の選択が北朝鮮国民の利益であること、金正恩もそこをこそ考えているだろう、と強調している。

この交渉の目標はあくまで、対等な主権国家が協力し合う「朝鮮半島の非核化」であって、北朝鮮一国だけの一方的な核放棄の要求だったら金正恩がそもそも応じるわけもなかった。そして朝鮮戦争が正式に終結する、つまり北朝鮮が国際法上「戦争状態」の国でなくなることは、北朝鮮が求める自国の安全の保証構築において、明らかに根本的な重要性を持つ第一歩である一方で、北朝鮮にとっても自国が核武装を正当性できる理由がひとつなくなることでもあり、つまり北朝鮮が本格的な核放棄を始めなければならない条件のひとつにもなる。

だがトランプがどれだけ朝鮮戦争の正式終結に乗り気であろうが(そして金正恩も無論これを望んでいる)、今回の会談の「成果」となるかどうかはまだ未知数だ。どうも13日辺りに文在寅もシンガポール入りするらしい、と言う情報も飛び交っている(ちなみに金正恩は15日までシンガポールに滞在する模様)こともこの説の根拠のひとつになっているが、しかしアメリカ、韓国、北朝鮮だけでは朝鮮戦争の終結すらできないのだ。

6.12米朝会談の「成功」は中国次第

朝鮮戦争の休戦協定はアメリカと北朝鮮と中国の間で署名されたもので、正確には韓国でさえ協定国ではない(休戦条件に不満があった李承晩政権は署名を拒否している)。だから休戦協定から平和協定への移行(つまり朝鮮戦争の国際法上の正式な終結)には、中国も参加して署名しなければならない。

その中国の動きが、1回めの南北首脳会談を受けて習近平が金正恩に再度の訪中と首脳会談を求めた後ではなんだかよく分からなくなっているらしいのが大きな不安材料になるし、このままでは「朝鮮半島の非核化」についての具体的な提言をこの会談でまとめることすら危ぶまれる。

米韓首脳会談の冒頭取材中にトランプが思わず習近平への不信感を口にしたほどだから、事態は案外と深刻なのかも知れない。なにしろアメリカとしては金正恩に核放棄の意思を明確に表明してもらいたいところだが、北朝鮮としてはそれが北朝鮮のみならず「朝鮮半島の非核化」でなければ応じられず、アメリカもまた朝鮮半島周辺に核を持ち込まないと保証するには、中国の核削減の意思がなければ難しいのだ。

これまでのトランプは1回目の南北会談の大々的な成功を歓迎するツイートの中で習近平への感謝を忘れるな、と述べたほど、習近平を信頼し、また配慮もして来た。北との直談判を考え始めたのはそもそもが、最初は圧力と説得を中国に期待していたのが、北京が平壌に対する影響力をほとんど失ってる現実に気づいたからだったのだが、その後もアメリカ世論が「中国の裏切り」と誤解しないように習近平を擁護する発言やツイートも繰り返してきたのもトランプだ。

一方で米中間では貿易格差の問題でシビアな交渉が進行中でもあるが、G7で示した従来の同盟国への露骨なまでの対決姿勢と言うか感情に走ったようにさえ見える敵意とは対照的に、この交渉も意外なまでに順調に進んで来た。

それが米朝会談が迫る中で突然トランプが中国への不信感を吐露したとは、いったい何が起きているのだろう? 金正恩に対しては「朝鮮半島の非核化」への全面協力を約束したはずの習近平だが、自らの軍縮を含む軍備の再編成はまったくやる気がないとでも言い出しているのだろうか?

なぜか金正恩に航空便を提供。中国の真意はどこにあるのか?

今のところ北京の目立った動きはと言えば、金正恩がシンガポールに行くに当たって使った飛行機がエア・チャイナのB747のチャーター便になったことくらいだ。北京政府の積極的な協力姿勢だとも受け取れるジェスチャーで、金正恩もまたその中国を信頼していると示すことになるが、真意はどこにあるのだろう? 青島で行われた上海機構の会議ではプーチンがアメリカ主導の現状を嫌って「六カ国協議の枠組みの復活」を主張したようだが、「対話による解決を主張して来たのは我が国と中国」と中国を巻き込んで北朝鮮側であるかのようなポーズを見せているのも、プーチンの実態を伴わないハッタリでしかなく、中国がこれに賛同しそうな様子はない。

だがいずれにせよ朝鮮戦争の終結宣言に限らず、「朝鮮半島の非核化」プロセス全体の中でも中国の積極的なコミットメントは欠かせないと言うより、北朝鮮が核放棄できる状況作りには、米中間の核軍縮を含む安全保障面での交渉もどうしても必要になるのだ。では習近平が突然、シンガポールを電撃訪問するようなことは今後あり得るのだろうか?

もうひとつ、今回の6.12会談で「非核化」をめぐる具体的な成果が出せるかどうかに深く関わって来るのはそのプーチンのロシアだ。その核武装は西側の、ヨーロッパ側が中心だが、それでも旧ソ連から引き継いだ膨大な核戦力を展開している核大国であることに変わりはない。問題なのはそのロシアのプーチンとトランプが現在対話できる状況ではないことだ。アメリカ国内で大統領選にロシアの諜報部門が深く関わりトランプ陣営を支援した疑いが問われている中で、トランプは直接にはまったく動けないし、G7でトランプのヨーロッパ軽視(ないし敵視)が明確になったとはいえ、西ヨーロッパ諸国とくにイギリスとロシアも、亡命したロシア諜報部員の暗殺未遂事件を巡ってその関係は最悪になっている。冷戦構造のぶち壊し姿勢がはっきりして来たトランプの一方で、いわば「新冷戦」構造的なものを志向する動きもまた今の国際社会では目立っている。

「朝鮮半島の非核化」に話を戻せば、現状ロシアの参加・関与を交渉できるのは北朝鮮だけで、現にラブロフ外相が訪朝し、プーチン=金正恩の首脳会談も決まった。しかしその予定は今年の9月と、まだまだ先の話だし、ラブロフの発言を見る限りロシアは「消極的」とまでは言わずとも「アメリカ相手の交渉には慎重さが必要」と助言したと言うほどで、今のところ「様子見」を決め込んでいる。

つまり今回の会談で話がどこまで進むのかの最大の鍵は、6月12ないし13日に習近平のシンガポール電撃訪問があるかどうか(これなしには「朝鮮戦争の終結」すら正式には決められない)で、あとは秋以降と噂される2回目の米朝会談次第となるだろう。その前になるのであろう9月のプーチン=金正恩会談も見逃せないし、その後に控えるのが国連総会と、11月のアメリカの中間選挙だ。

問題は、北側の核放棄の明確な意思の表明を中間選挙の前まで待てるのであればいいが、今回の交渉でそこまでは確保しなければ国内政界の今後の説得が難しくなる、というのもまたトランプの立場でもあることだ。その微妙な詰めがどうなるのかが、今回の会談の成果を大きく左右するポイントだろうが、今乗り越えなければならないハードルは、様子見を決め込むロシアや真意が今ひとつ見えない中国の今後の動きを見越して、アメリカがどれだけの条件を北朝鮮の核放棄への対応として提示して、そこで北朝鮮側の信頼を獲得できるかだ。「最初の1分で分かる」とトランプが大見得を切ったのには、そうしたトランプの微妙な舵取りの難しさを反映したものでもある。

和平プロセス自体が平和であり、「対話のための対話」にこそ意味がある

中間選挙で今のトランプの外交方針がどれだけ評価されるのか、与党共和党が勝つとしても現状ではトランプの北朝鮮との対話路線に懐疑論や反対論が多い中で、共和党内部がどれだけ変わるかも大きい。今のところ肯定的な流れなのは、アメリカ政界やマスメディアでは警戒論や慎重論、反対論がまだ強い中で、一般のアンケート調査では8割が米朝直談判を支持し期待を表明していることだ。トランプが矢継ぎ早に打ち出して来た一連のメディア・スタントは着実に成功して来てはいるわけだ。

北朝鮮の譲れない一線である「体制保証」ではなく自国の安全保障は、トランプの独断ではなく議会の同意が不可欠なのだ。だからこそトランプは今回の6.12会談に向けて、対北朝鮮の「駆け引き」よりもアメリカ国内の世論対策とアメリカ政界内の反対論・慎重論の封じ込めに力を注いで来たのだし、今度の6.12会談も国内世論の説得のためにその成果を最大限にアピールするだろう。だがそこからが難しい。あまりに説得力のない中身で「成功だ成功だ」とアピールした途端に世論の支持は下落しかねず、かと言ってアメリカ世論がもっとも期待しているであろう北朝鮮側の核放棄の意思表明には、それとワンセットになるアメリカ側が何をやるのかの準備も間に合わないどころか、どこが譲れない一線なのかの見極めも、中国とロシアの動きを把握できなければ難しい。

いずれにせよ米国内の反対論を、さすがテレビの人気パーソナリティ上がりとも言える巧みなメディア・スタント(いったん「中止」を北に通告したのも巧妙なパフォーマンスだった)の連打で押さえ込んで来たトランプが、今では安心して「これは一連の長いプロセス」「一回目の会談は始まりにすぎない」とはっきり言えるだけの状況を作り出せたのは大きな成果だし、その結果として今度のシンガポール会談が一定の「成功」を収めるのは確実になっている。

そしてこの「成功」が次の会談、そこからまた次の展開へと連鎖していく限り、昨年ヒートアップしたような状況の再燃はしばらくのあいだ心配せずに済むだろう。それだけでもこれは、世界にとって歓迎すべき事態だ。

北朝鮮の側では口先だけでは「完成」を宣言した「国家核戦力」が実際には完成していないまま(切り札のICBM「火星15型」はまだ数回の、通常軌道を含む実験発射が必要)、経済優先路線に大きく舵を切っている。そして北朝鮮領内の膨大な鉱物資源にもすでに国際的な注目が集まっている。トランプが金正恩の選択を評価して「将来は経済と金融の大国になれる可能性」までツイートしたのも、あながちただのお世辞のリップサービスではない。

国際社会の経済物流システムに本格的に参加できれば、北朝鮮の未来は意外と明るい

北朝鮮の鉱物資源(こと携帯電話などに欠かせないレア・アースの埋蔵量は中国を越えるて世界最大と推計されているし、鉄鋼や金などもある)が国際的な物流に組み込まれれば、どの国も北朝鮮への敵視政策を続ける必要がなくなると言うより、北朝鮮は日米を含む西側先進国にとって敵視できない国になる一方で、そうした投資も進めば、北朝鮮の社会も内部から徐々に変わって行くことにも繋がる。

ポンペオ国務長官によれば北朝鮮が提案した核放棄のプロセスはアメリカが納得できる内容だったそうだが、IAEA(国際原子力機構)に復帰してその査察を受けるようにまでなっても(ちなみにこれは別に犯罪国家扱いではない。日本も膨大なプルトニウム備蓄が軍事目的にも転用できることから、度々この査察を受けている)、学術的・科学的に北朝鮮に核兵器開発技術が残ることまでは阻止できない。

だがその排除・封印まで徹底しなければCVIDと言えないから北朝鮮は信用できない、と言う話にはまったくならず、むしろ真逆の責任が国際社会の側に求められる。つまり北朝鮮が今後うまくその地下資源や労働力を活かして国際的な経済・物流システムに積極的にコミットしてその一部になれば、たとえ技術は書類上、つまりは理論的には科学者・技術者の知見として残ることになっても、もともと小国の北朝鮮が自衛権と抑止力の担保のために核開発に膨大な国家予算を注ぎ込む積極的な理由もなくなるのだ。

そこに至るまでには10年、15年とかかるかも知れないが、そのプロセスが続く間は、朝鮮半島で戦争が起こることもない。日本の安倍政権が否定し続けて来た「対話のための対話」こそが恒久的で安定した平和状況の構築には重要な意味を持つものであり、それを続けること自体が平和の構築作業なのだ。

核兵器がなくとも北朝鮮の現体制は十分に維持される

北朝鮮のような小国がここまで自国をめぐる国際環境を動かすことができたのは、核武装を戦略的な外交カードとして冷静に利用して来たからこそだ、と言うのは(残念ながら)その通りだ。「蚊帳の外」に置かれてこの状況変化を指を咥えて傍観しつつ北の悪口を言い続け、「トランプは安倍首相の助言を頼りにしている」と言う幻想も完全に裏切られた日本の右派からは、恨み節の裏返しで「これも核武装があったからこそだ」、だから「日本も核武装を」と言わんばかりのヤケクソな開き直りの暴論も出始めている。

だがこれは少なくとも二つの意味でまったくのナンセンスであることは指摘しておきたい。まず日本には間近に迫った人口減少時代の極度な高齢化とそれ故の人手不足で、近い将来の経済的没落も危惧されているのに、具体的な方策をなにひとつ政治が提示できていない惨状はあるが、それでもまだ世界に冠たる経済超大国で、世界中の国々が日本とのできる限りの良好な関係を求めている。その巨大な影響力を北朝鮮のように国際的な経済物流ネットワークにほとんど参加できていない現状「奇妙な小国」と同列に扱うのはまったく馬鹿げているし、核超大国のアメリカに敵視され国交もないようなその外交の現状も、日本と比較できるようなことはなにもない。

しかも日本の国力と科学技術力、そして世界7位の巨大な軍事予算をもってすれば、その核武装は北朝鮮などとは比べものにならない国際社会への深刻な脅威になるのだし、当然激しい警戒を呼ぶ。しかも「右傾化が進んでいる」と危惧される、つまり軍国主義と侵略戦争、非人道戦争犯罪の過去を持つ国がその反省もあやふやなままに、危なっかしい火遊びに手を出すことのリスクは計り知れない。国連憲章にはいわゆる「旧敵国条項」が今のところ形だけあるが、これが実際に発動されなければならない事態にもなりかねないことを、なぜかくも安易な感情論で「外交・安全保障の専門家」が口に出来るのか、その能天気な平和ボケの無責任さは理解に苦しむ。

もう一点ナンセンスなのは、国とその経済力、国力の規模からして普通に主導権を取れる側がリーズナブルな対応をしていれば(その多くが自分たち自身が核保有国だったり同盟関係で「核の傘」に依存している)、金正恩が核開発をここまで進める必要がなかったはずだという、現状の裏側に隠されている過去の事実関係だ。

金正恩が最初から核開発を「野望」として来たわけではまったくないのだ。そもそもの目標は父の代までの旧ソ連や中国の属国状態からの脱却と、そんな歪んだ体制の中で腐敗した政治体制の刷新と疲弊した経済の立て直しで、競争原理を導入して経済体制を改革したことは実際にかなりの効果を上げている。経済成長を優先しようとした政策の中でも、また独立国の主権国家として北朝鮮を再定義しようとする野心においても、金正恩の外交でもっとも肝心な一貫した方針が、金正日時代の中国の属国状態からの脱却と、中国以外の周辺諸国との関係構築だった。

だからこそ、就任当初の金正恩は、韓国の朴槿恵政権には関係改善の第一歩としてお互いの罵倒はやめようと呼びかけもしたし、国内の経済改革と経済成長のためにはなによりも重要だった日本との関係改善(つまり経済的にほぼ完全に中国に依存していた状態からの脱却)のために、金正日時代に「解決済み」としていた拉致問題を改めて謝罪した上で再調査を申し出ている。この二つの呼びかけというか、いわば北朝鮮外交のまともな路線への転換はしかし、それぞれの相手国にあっけなく無視され、北側が表明した「善意」は屈辱的に踏みにじられた。

特に日本相手の拉致問題再調査の時に、金正恩政権は経済援助や戦後補償の類も一切求めていない。ただ拉致問題は人権侵害であるという観点から、日本国内の在日朝鮮人の人権の保護だけを「見返り」として求めただけだった。なぜ日本がこの再調査提案への同意を渋り、いったんは合意に至ったものの結局はその合意自体を反故にしたのか、政権についたばかりの金正恩にはまったく理解できなかっただろう。ちなみに安倍が日米首脳会談の結果でしぶしぶ表明した日朝交渉が始まれば、この再調査の問題は確実に安倍のウィークポイントのひとつになる。

この経験から金正恩は確実に学習できた教訓があるとしたらただひとつ、「まっとうな外交」では北のような小国は大国に無視されて踏みにじられるだけだ、ということだろう。そこで核開発を進めているという派手なアピールで(本気で核武装が狙いならもっと大人しく秘密裏にやっていたはずが、ミサイル発射などはあからさまにこれ見よがしだった)アメリカに危機感を与えて交渉の場に引き出すという戦略に転じたのも、「まっとう外交路線」がなぜか無視された結果の窮余の策でもあった。

金正恩が目指して来たのは最初から、この対米交渉のその実最大の成果としても期待できる、国際社会の一員として相応の立場を確保することと、経済成長を通して国民の生活が比較的安定してそこそこにでもいいから多少は豊かな、新たな北朝鮮像だったし、核開発ですら突き詰めればその手段に過ぎなかった。だから目標が達成される目処が立った途端に本当にバッサリとその計画も止めてしまうこともできるのだ。ここが「世界最強の兵器を自分たちも欲しい」という、例えば自民党右派のような従来の、旧世代的な(そして一皮向けば子どもっぽいマチズモ願望でしかない)核保有論とは決定的に異なっている。

理想主義、憧れのイデオロギーとしての「民主主義」の終焉

いや北朝鮮のような独裁では経済が発展すれば今の体制は崩壊するから、権力維持のために核が欲しいはずだ、という、四半世紀前の冷戦終結時のような議論もまことしやかに語られているが、これもどこまで現実離れした時代錯誤なのだろう?

そうやって期待された東欧の旧共産圏の崩壊の結果はどうなっているのかも知らないのだろうか? 確かにソ連の息がかかった社会主義政権は民衆の反発で軒並み崩壊したが、現状を見ればその「民主化」は明らかな失敗としか言いようがない。今も東欧は西欧先進国との格差に苦しみ、その格差に翻弄されっぱなしな中で西欧に経済依存を強めるしかなく、例えばポーランドには西側に電力を提供する原発が大量に建てられて来た。アルメニアの首都イェレヴァン近郊にある旧ソ連・チェルノブイリ型の原発も、二度の大地震で安全性が危惧されながらもいまだに現役で稼働中で、西側に電気を送っている(事故が起これば黒鉛原子炉は福島第一の軽水炉などとは比べものにならない大被害をもたらす)。またこうした旧東欧圏からの出稼ぎ移民の増大こそが、英国のEU離脱が国民投票で支持された大きな原因にもなった(日本でしばしば誤解されているように中近東からの移民や難民ではない)。

東アジアに目を転じて、金正恩が自国の将来像のモデルのひとつとして見ている中国はどうだろう? 世界第2位の経済は完全に資本主義化されていて競争社会で格差も激しい一方で、政治的な民主化はまったく進んでおらず、かと言って豊かになった新興中間層が民主化を積極的に民主化を求めているわけでもない。むしろ自分たちの商売が儲かり、汚職が排除される限りにおいて、中間層や富裕層にこそ習近平の支持は強い。天安門事件やかつての民主化運動の記憶がどんどん薄れて来ているのは、政府による弾圧の一方で、西側モデルの民主主義がそんなに理想的でもないことが、東欧の失敗や西側の国々の現状を通して、わかってしまったからでもある。

そして今回の会談の舞台、シンガポールも忘れてはいけない。面積的には小国だがアジア圏でもっとも経済的に発展している国のひとつで、今回の首脳会談の会場選びを巡っていかに高級リゾート・ホテルが多いのか注目を集めているが、その政治体制がこれまたまったく民主的とは程遠いものだ。まあだからこそ、これだけ急な話で16億もの開催費用をすぐに負担する判断も下せたのだろうし、この会談をシンガポール政府は観光振興や自国のイメージアップに大胆に利用していて、実はこの国もまた相当な独裁体制であることも忘れられがちだ。シンガポールはひどい格差社会でもあるが、独裁だからこその効率性で経済が良好に回っている間は政権を危うくするような大きな不満も起きていない。

一方で、東アジアで最初に高度に民主的な憲法に基づく政治体制を構築したはずの日本の現状もある。「民主化」はもはや、必ずしも憧れや理想の対象の、近代化のメルクマールでも、明るい未来を保証するものでもなくなってしまっているのだ。トランプがその外交においてイデオロギーにほとんど関心を示さないのも、この世界の現状ではわからないことでもない。そのトランプ政権自体が、アメリカの理想主義を体現したはずのオバマ政権が逆にその民主主義の限界を露呈させてしまった結果生まれたものであることも含めて、トランプと金正恩の意外な「蜜月」は、これまでの世界秩序を支えて来たイデオロギーの本質的な矛盾と限界を問うてもいる。

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