成果あったの?なかったの?トランプ&金正恩「型破りペア」がシンガポールで直面した「従来型政治」の思わぬ抵抗

結論から言えば、中国がなぜかまったく動かなかった時点で、具体的な成果が出せないのは避けられなかったのが、米朝6.12シンガポール首脳会談だった。多くのメディアが事前に予測したつもりでいた「朝鮮戦争の終結」にしても、そもそも米朝だけでは決められないのになにを言っているのか? もうひとつの当事国である韓国・文在寅はシンガポールに合流する準備を進めていたものの、その合意と署名が必須になる中国・習近平はまったく動かなかった。

まったく思惑が外れた意外な展開に焦った金正恩が、米朝会談から一週間経って、三度目の電撃訪中で習近平との直談判に乗り込んでいるが、果たして事態を再び動かし始めることはできるのだろうか? そもそも中国はなぜ動かなかったのだろうか? これまで思うがままにアメリカも中国も巧妙な外交戦略で動かして自国の立場を確保して来た金正恩には、中国共産党のサラブレッドの生まれながらの政治的動物・習近平の老獪さからのまったく思いも寄らないしっぺ返しだった。

果たして親子ほどに年齢の違う相手を、金正恩は再び「味方」に引き込めるのだろうか? 今対中国で彼が使えそうなカードは、まったく見当たらないのだが、適当にあしらわれて亀の甲より年の功と超大国の政治との格の違いを見せつけられて終わるのだろうか?

気がつけば突然孤立していたトランプと金正恩

なにしろトランプがかなり直前まで「朝鮮戦争の終結」を示唆していたのも、中国が合流することを期待していたから以外には考えられないし、水面下で呼びかけていたとしてもおかしくない。ところがなしのつぶてのまま会談前日になってしまい、うろたえた両国がなんとか新たな落とし所を探っていたので、実務協議が深夜まで続いたのだろう。

「朝鮮戦争の終結」だけではなく、もっとも肝心とされた「非核化」でも、具体的な成果が出せなくなった最大の障害が中国の沈黙だ。北側の核放棄の手順については事前の実務レベル協議で手法や手順について一定の結論が出ていて、アメリカも満足する内容だと、訪米した金英哲・労働党副委員長との会談後の会見でポンペオ国務長官が言っていた。ならば残る問題は、金正恩がそのプロセスを始められるだけの条件が整えられるかなのだが、これこそ中国の積極的なコミットメントなしには進められず、さらに言えばロシアも関わって来る。

その中国は、シンガポールへの金正恩の搭乗機を手配して恩を売っただけで、実際にはなんの動きも見せなかった。ロシアはラブロフ外相を平壌に派遣して首脳会談を決めたものの、日程はなんと9月、はるかに先の話だ。今後はトランプと金正恩が、その9月までにどう中国とロシア相手に巻き返しを見せて巻き込んで行くのかが、大きな注目点となるのだろう。

トランプも金正恩も切羽詰まっている。トランプは11月に中間選挙を控えていて、ここで勝てなければ米朝交渉にアメリカ国民の信任を得られなかったことになってしまう。トランプが敗北して政権がレームダック化してしまえば、北朝鮮から見ればなし崩しにアメリカが敵視政策に逆戻りにもなりかねないと警戒するしかないし、せっかく確保した米朝和解の道筋が水泡に帰すことになればこれまで凄惨な粛清まで繰り返して確立して来た強力な国内の政権基盤も一気に揺らぐだろう。

もはや対立の構図は「アメリカ対北朝鮮」ではない

今のところ金正恩は、この会談で一気に祖父・金日成を超える天才指導者的な評価すら国内的に確保できたようだが、それを維持するには米朝交渉をなんとしても成功させ、このまま軍を押さえ込み続け、これまで核開発に当てていた(つまり軍が確保できていた)予算を経済発展政策に回そうとしている。だが今のところは影響がまだ限定的な経済制裁も、こうして経済発展政策を推し進めて行けば遅かれ早かれどうしても足枷になるので、核放棄をスピーディーに進めて制裁をなくすことがトランプだけでなく金正恩に共通する狙いになる。しかし今回の合意のレベルでは、金正恩は自国の安全保障上、まだこのプロセスが始められず、それでは中間選挙までには目に見える実質的な変化が欲しかったトランプも困ってしまう。

それどころか、結局は全く動かなかった中国がこのまま北朝鮮をめぐる東アジアの安全保障状況の大変革にやはり乗らない、と言うことになれば、アメリカでも北朝鮮でも、双方のリーダーが提起している大変革に懐疑的、ないし反対する勢力が一気に巻き返すことにもまりかねないのだ。そうなっても中国にとっては結局はなにも変わらなかったと言うだけの結果でも大きなデメリットはないし、これまでさんざん中国への反発を露骨に示して来た金正恩の権力が弱まるか、失脚にまで追い込まれれば、北朝鮮を再び事実上の属国扱いできるようにもなるかも知れない。これはこれで中南海にとっては「国益」だろう。

言い換えれば「どっちに転んでも我が国は困らない」という立場をいつの間にか確保してしまった中国を、トランプと金正恩がこれからどうにか説得して、「やはり北朝鮮問題が解決した方が我が国の国益だ」と考えるように仕向けなけられるかどうかが、今後本当に北朝鮮が核兵器を放棄して朝鮮半島が非核化されるかどうかを、大きく左右することになった。

会談後の記者会見で、トランプは中国への批判的な言及を慎重に避けたが、本音は腸の煮えくりかえる思いだったことだろう。つい口を突いて出て来てしまったのは、「隣に核保有国があるのは中国にとっても決して嬉しいことではないはずなのだが」だった。

なのになぜ中国は協力しようとしないのか? トランプにとってはそもそも理解不能だろうし、だからこそひどく困惑もしているだろう。

親子以上に歳の離れたトランプがしきりに若き金正恩を慰め励ます意外な展開

事態をもっと深刻に受け止めていたようなのが金正恩だ。全世界に中継された文在寅との軍事境界線を超えた握手の時とはまるで別人のような、緊張し、不安に苛まれてこわばった表情が、会談会場に到着した時から目立っていた。かくして半日間の日程の要所要所で、トランプの気遣いで金正雲がやっと笑顔を見せるという光景が繰り返された。

土壇場でなんの具体的な「成果」も発表できなくなった今回の米朝首脳会談だが、この一点だけは前向きで肯定的な進展と言えるのかも知れない。皮肉と言えば皮肉なことだが、中国の思わぬ冷淡さが、かえって米朝首脳の二人の絆を強めることになったのだ。

「歴史的な米朝会談」はとっくに「アメリカ対北朝鮮」の構図ではなくなっている。実際の対立軸は、東アジア(アメリカから見れば西太平洋)の安全保障の構図が、旧来の冷戦を中途半端に引きずったまま、実はアメリカ対中国、アメリカ対ロシアが相変わらずの実態であることのカムフラージュとして、それぞれの国が政治的にも公式には、そして経済的にも露骨に対立できない現状を誤魔化すいわばバッファ・ゾーンとして北朝鮮を「奇妙で危険な小国」イメージのまま利用し続けるのか、そんな旧来の枠組みを時代錯誤で無益とみなし、新たな国際協調の枠組みを模索するのかをめぐる、国家間対決の枠組みを超えた駆け引きと暗闘だ。

ここにはとりわけ関係各国の軍の意向や利害が強く絡んで来る。朝鮮戦争の正式な終結が決まり北朝鮮を中心とした(ないし、利用して来た)対立の構図がなくなれば、在韓米軍も韓国軍も、人民解放軍の東北方面軍も、日本の自衛隊も必要がなくなるとまでは言わないが、今の規模で維持する必然性や正当性がなくなる。プーチンがアメリカへの対抗であることを隠していないロシアの極東軍でさえ影響はあるだろうし、北朝鮮軍に至っては存在理由がなくなるのに近い。金正恩にとってはその軍に「反米」を正当化の理由として費やして来た予算を、今後は経済発展や国民生活の向上に当てることが可能になり、これは長期的に見ればその体制を、強権的な恐怖政治から脱せられない現状よりも遥かに安定させることにもつながる。

現に父・金正日の代の「先軍政治」を着々と変革して軍の押さえ込みにも一定の成功を納めて来ているのが金正恩の現体制で、だからこそ通常兵力や兵士の人件費の予算さえ減らして核開発の急進展も実行できたし、逆にその放棄の意思をあっけなく宣言することも可能なのだ。独裁体制とはいえ文民の政府がここまで軍をコントロールしてその利権を押さえ込めているのは、近代アジアの政治史の中では珍しいことでもある。

国益つまり国民全体の利益と政府の権威、軍の利益・権勢の対立

大局的な国益、つまり国民全体の利益からみれば、近隣諸国との友好的で安定した関係とそれに基づく経済交流の発展も、軍事費を減らすことも、国力を軍事以外により傾注することも理に適うはずだが、なかなかそうはならないのが現代政治の現状の限界だ。

こと近代のアジアの政治史はでは、どこの国でも軍に強い権力が集中して文民による政治が歪められたりクーデタで転覆させられたりして、国民の利益が無視されるどころか国民が犠牲にされるような事態が続いて来た。代表的な例が満州事変以降敗戦までの日本だったり、孫文の民主革命があっという間に軍閥に牛耳られ大混乱に陥って清朝末期以上に国民生活が荒廃した中華民国時代だろう。戦後でも、韓国では朝鮮戦争後は軍事独裁政権が長く続き今でもその病弊が社会矛盾として残存しているし(その行き着いた先が国民の怒りで失脚した朴槿恵政権の腐敗だった)、最近でもタイは軍事クーデタ政権のままだし、ミャンマーでもアウン・サン・スーチーが軍の影響を排除しきれないままロヒンギャ大弾圧を許してしまっている。

連邦憲法と体制の制度設計で厳格な文民統制が確立しているはずのアメリカでも、実際には税収の10%を確保し続ける軍の失策がヴェトナム戦争やイラク戦争などの事態を招いて来た。最新の研究では広島への原爆投下すら、大統領の方針や意向を軍が無視した独断専行で、大統領をいわば「騙し」て市街地での原爆実験を強行したことが分かって来た。本来ならドイツが降伏したのだし金食い虫の原爆開発の継続は不要という意見すら政権内にはあり、トルーマン大統領はせめてもの妥協で民間人に原爆は絶対に使うなと命じていたのが、軍は広島はただの軍港で軍事都市だと虚偽を報告し、しかも原爆投下が強行されたのは大統領がポツダム会議で留守だった間で、事実上の事後承認だったのだ。公式には原爆の威力を賞賛するかのような演説を行ったトルーマンだが、私的な日記では子供や女性を含む甚大な犠牲の罪に恐れおののく気持ちを綴っていた。

北朝鮮がアメリカから得たとされる「体制の保証」もまた空約束

結局、6.12シンガポール会談で到達できた「成果」はなにかと言えば、トランプが金正恩の非核化の意思は本物でそう簡単には揺るがない(中国がまるで動かなかったのには予想が外れて落ち込んでいても、それでも金正恩の決意そのものは変わらなかった)と確認できたこと、金正恩にとってはこれまでの米朝枠組み合意や六ヶ国協議と決定的に異なって、今回はアメリカも本気だと確認できたことだけだった。

いやそのアメリカでも、政府の内部ですら「本気」なのはトランプとポンペオ国務長官などごくごく一部だけでトランプの与党である共和党ですら批判基調、民主党や大手メディアは「国民を弾圧する独裁者」と結ぼうとするトランプを激しく非難している。そんなアメリカの政界をどう変えて行くのかにも、今回の曖昧な「成果」では先行きに暗雲が立ち込めているとしか言いようがなく、およそ北朝鮮にとっても安心できる結果にはならなかった。

日本やアメリカのメディアは(それに韓国の保守系メディアも)アメリカは空約束しか得られず、北朝鮮は狙っていたものを全て獲得した盛んに喧伝しているが、とんでもない誤解だ。アメリカが北朝鮮の安全を保証する(つまり今後は敵視せず戦争も仕掛けず攻撃もしない)約束についても、トランプが会談で持ち出したり双方で合意し文書に書かれたこともすべて、抽象的な口約束でしかない。具体的かつ恒久性のある、法的な義務を伴うような不可逆的な実態(最低でも朝鮮戦争の終結と平和協定、できれば不可侵条約の類)はなにもないどころか、このままではトランプの次の大統領になれば敵視政策が復活するのは確実だし、近いうちに議会の反対だけですべて覆されてしまうリスクすら残ったままだ。その議会は共和党も民主党も今回の合意文書にまったく納得しそうもなく、以前の米朝枠組み合意や六ヶ国協議より後退したという批判もさっそく出て来ている。

もちろん二人の信頼関係が構築された(後にABCテレビのインタビューで、トランプはこの前に電話会談をしていたことも明かした)だけでなく、揺るぎないものになっただけでも、本来なら極めて重要な変化ではある。

これまでアメリカ政府が北朝鮮と向き合うことに本気になった試しがなかったし、「北朝鮮に騙された」と言っているアメリカの方こそ最初から本気で合意を共有し実行する気なぞまるでなく、現状維持こそがアメリカと他の関係各国(たとえば六ヶ国協議参加国)の共通した本音だった。それが今回は明らかに違うと、双方の、少なくともリーダーどうしでは確信できたのは、やはり大きな一歩なのだ。

とはいえ現代の国際政治では、なにか目に見えてアピール度の高い「成果」を喧伝できなければ(つまり報道で見出しになる具体的な語句がなければ)、説得力を持って大きな流れを変えていく力にはなかなかなりにくいのも現実だ。今のところは北朝鮮を偏見で敵視し孤立させ続けたい現状維持勢力の、いわば「既得権益側」の側の利益も確固たるもののままである上に、ここへ来て習近平を「自分たちの側」だと思っていた金正恩とトランプの目算が見事に裏切られてしまったのだ。

ポンペオだけが味方のトランプ独走はアメリカ国内を説得できるのか?

それに肝心の両国政府でも、北朝鮮はともかくアメリカ側では、トランプとポンペオ国務長官(CIAのたたき上げで前長官)以外に積極派はほとんどいなさそうで、大統領の「指導力」で無理やり引っ張っていく他はない。

バラク・オバマも就任後の人気の絶頂で「核なき世界」を訴えてアメリカの核削減に着手しようとしたが、文字通りあらゆる方面からの抵抗(「核廃絶」が「悲願」であるはずの同盟国・日本も抵抗どころか妨害勢力になり、オバマが切望していた広島訪問と核使用の謝罪を拒絶した)に遭い、ノーベル平和賞も絵に描いた餅に終わった。トランプがオバマ以上の指導力を発揮できる大統領だと考えるのは、今のところはっきり言って無理があり過ぎる。

リーダーが本気なだけではそれぞれの国だって結局は動かせずに終わる公算が高い上に、今回の交渉では国際社会も動かさなければならないのに、その説得力をいまひとつ発信できずに「政治ショー」と批判が集中しているのが今回の「歴史的初会談」だった。もう少し時間的な余裕があれば、中国がまったく動かずロシアが「様子見」を決め込むことに対するカウンターパンチというか、両国が動き出さざるを得ないような提案を共同宣言に盛り込むような戦略も練れたかも知れないのだが。

金正恩はギリギリまで中国をコミットさせることを模索していた

むしろ会談直前まで続いたバタバタした動きを見ていると、かなりギリギリの段階までトランプと金正恩の双方が中国が積極的なコミットメントを見せるのを期待していて、いよいよ会談前日になって諦めざるを得なくなったことがうかがえる。

事前の目算ではかなり具体的な、それも世界が驚くような成果を出せたはずだったのが、当てが外れてしまった両国で慌てて別の「落とし所」を新たに模索していたので、深夜まで調整が続いたのが実際ではないだろうか? 金正恩がこの日は日中まったくホテルから出られず、普通なら午後にでも済ます視察に夜8時になってやっと始められたのも、別にシンガポール政府が夜景の素晴らしさを自慢するためだったのではあるまい。

前日ギリギリまで待っての番狂わせ、ないしついに諦めて見切り発車になったことをうかがわせることは他にもある。そもそも会談当日まで両首脳の帰国日程も明らかにされていなかった(と言うかギリギリまで、翌日もシンガポールに滞在する可能性が残されていたし、金正恩は15日まで予定を空けていたらしい)し、当初は会談当日の夜に晩餐会と言う話もあった。

北朝鮮のプロパガンダ担当で自ら歌手でもある玄松月・三池淵管弦楽団団長がシンガポール入りしていたのもこの晩餐会でのパフォーマンスのためだったのだろうし、一部の報道では20人前後の団体員も来ていたらしい。

アメリカ側でもトランプが、中国抜きには実現できないはずの「朝鮮戦争の終結」にしきりと言及していたのは先述の通りだし、韓国では文在寅大統領がいつでもシンガポールに行ける準備を進めていた。

ところが中国が、金正恩の搭乗機を手配して「面倒を見てやってる」ポーズを取った以外は、全く動かなかったのだ。これでは計画されていたであろうサプライズもその華々しい演出もすべて机上の空論、砂上の楼閣に終わってしまう。

さすがは元テレビ・スターだけに、会談に現れたドナルド・トランプはまったく動じた様子を見せることもなく、終始上機嫌を装ってサービス精神たっぷりに場を仕切り、金正恩への細かな心遣いを欠かさなかった。即興で、最高国家機密であるはずの大統領専用車の内部すら見せようとしたのにはとりわけ驚かされた。

対照的だったのは金正恩のいかにも硬い、不安を隠せないような表情だ。トランプはしきりにその金正恩の肩や背中を触れたり軽く叩いたりして、気持ちを支え励ますよう気遣いをみせ続け、そして共同文書の署名後に二人が立ち上がって部屋を出るときには、今度は金正恩が半歩先を行くトランプの背中に手を添えたのがとりわけ印象的だった。

通常、首脳会談での親しみのジェスチャーは半ば儀礼、半ばパフォーマンスでしかないが、今回の階段ではずいぶん違っていた。金正恩にはどうも本当にそうしたトランプの励ましや慰めが必要だったように見えるし、トランプのジェスチャーも心からの思いやりに見える。

金正恩の落胆と、今後への不安から来る緊張も無理もない。トランプと習近平は個人的に相当に仲がいいはずだが、今回中国を巻き込む根回しをやり続けたのは昨年まではトランプへの悪口以上に激しい罵倒で中国を「図体がでかいだけの間抜けな近隣国」などとこき下ろしていた金正恩の方だった。

それまでの激しい反発姿勢から手のひらを返したような電撃訪中で自ら和解に動きつつもあくまで「対等外交」のスタンスは崩さないようあの手この手を駆使し、この訪中語もそのまま属国関係に陥らないように、南北会談と板門店宣言で朝鮮戦争終結についてわざと中国を後回し的に扱ってやきもきさせて主導権は渡さないと牽制してみたり、その後で今度は大連に飛んで習近平の不信を解いてみせたり、コミットメントを確保し相手のメンツも立ててやりつつ、過度に牛耳られないように巧妙に動いて来れたはずなのが金正恩だし、そこには一定の自信もあったのだろう。それが突然、「裏切られた」とすら言えないような事態に追い込まれてしまったのだ。

なにしろ実際に起こったことはといえば、別に中国からの妨害があったり反発が表明されたわけですらない。ただ単に、中国の動きがまったく止まってしまったのだ。習近平が現状では米朝韓で固まっている主導権を取り返すような動きすらなにも見せないようでは、なにがその思惑なのかすら手がかりがまったくない。

金正恩の搭乗便が意外にも中国国際航空のチャーター機になったことについて、メディアでは色々と憶測が出ているが、金正恩が「安全を優先してプライドを捨てた」と言う解釈はどう考えてもそんな危険があるわけもなく、まったくのナンセンスだろう。特別機の手配は中国がいきなり申し出て来て、このギリギリの段階でも中国のコミットを諦めきれない金正恩が、習近平の顔を立てるつもりで素直に受け入れたというのでもなければ、こんなことにはなっていない。だがこれですら、逆に中国側に言い訳としての「ちゃんと協力しているだろ」ポーズで済ますチャンスを与えてしまう結果になった。

ノーベル平和賞も夢じゃない?野心的な思惑が空回りしてしまったトランプと金正恩

中国は金正恩の二度の電撃訪中で積極的な協力を約束したはずだし、トランプはトランプで習近平とはお互いに信頼しあっているつもりだった。ところがその中国がまるで動かなくなってしまい、5月末に文在寅韓国大統領が訪米した際には、トランプがついこないだまで「感謝」していたはずの習近平について「世界一のポーカープレイヤー」と不信感丸出しのコメントすら口走っていた。

金正恩の特別機のことなどを踏まえれば、このトランプの習近平評は非常に的を得ている。これが凡百の政治家ならもっと露骨に邪魔でもするかのように動いたり、牽制のジェスチャーを発信するのだろうが、習近平は見事なまでに「なにもしない」ポーカーフェースを貫いているのだ。

シンガポール会談の準備への当てつけと言うわけでもあるまいが、直前に青島で上海協力機構の首脳会議が開かれ、出席したプーチンが朝鮮半島の非核化問題の議論が米朝だけで進んでいることへのあからさまな不満まで表明した。そもそも対話での解決を一貫して主張していたのはロシアと中国ではないか? なぜその両国が無視されるのだ?ここは六ヶ国協議の枠組みに戻るべきだ、と言うのだ。そのロシアには北朝鮮が主張する「朝鮮半島の非核化」に協力する気は皆無というか、現状の核バランスを変える気があまりなさそうなのはラブロフの訪朝時にあからさまで、このプーチン発言まで出て来ると、むしろ北朝鮮の核保有はロシアの国益にかなう、という判断でもありそうな雰囲気すら醸し出している。

これでは「非核化」を具体的に動かし始めることは難しい。金正恩が核放棄プロセスを始めるにはそれなりの「見返り」…というのは誤解を招く表現で、北朝鮮が受け入れられないのは「一方的な核放棄」であることは、例えば一時米朝間で「中止」も含めて話が揉めた際の金桂冠・首席外務次官の声明にもはっきり示されている。

それはそうだろう。北朝鮮全土を標的に納め、いつでもその全土を徹底的に壊滅できるアメリカの核兵器はそのままで、北朝鮮だけ丸腰になれ、というのでは筋が通らないしアメリカへの屈服を強要された形になるだけではない。しかもホワイトハウス内にもかつてリビアのカダフィ議長が惨殺されたように金正恩も殺されてしまえ、という意味にしかならない暴言を吐く勢力(それも合衆国副大統領であるペンス)までいるようでは、これでは北朝鮮の安全はまったく保証されないままになってしまう。

アメリカの核も在韓米軍も対北朝鮮ではなく中国への対抗で配備されている(ただしそうとは公言できない)

アメリカが東アジア・西太平洋に展開する巨大核武装はそもそも北朝鮮ではなく中国を仮想敵として配備されている。それがある限り原理原則で言えば北朝鮮の安全が保証されないし、しかも公式には休戦状態なだけで北朝鮮はアメリカの戦争相手国なのだから北朝鮮がその巨大核武装を許容できないのは当然だが、かと言って北朝鮮と和解するためだけにアメリカがこの核武装を撤廃したり縮小するわけにも行かない。

つまりアメリカが北朝鮮の「安全を保証」(ちなみに日本メディアが言う「体制保証」は誤訳だし、ずいぶん植民地主義的で差別的だ)を具体的に示すには、アメリカ自身の西太平洋・東アジアの核武装の削減を含む目に見える軍縮努力が必要になるはずが、アメリカがそれをやるにはまず中国との(そしていずれはロシアとも)軍縮交渉が必要になるのだ。

ここがアメリカが「北朝鮮の安全を保証する」(ちなみに今回の会談の共同文書でもこれが正確な文言で、決して「体制保証」ではない)ことの複雑さであり北朝鮮が「段階的」を主張して来た本当の理由だ。しかもそれが担保されなければ、金正恩は核放棄のプロセスを進められないし、中国(とロシア)がなしのつぶてでは、いつから始めるかなどの具体的な約束もできない。これこそが今回、まさに起こったことだった。だから合意文書にも具体性のあることは何も書き込めなくなってしまったのだ。

言い換えれば、中国の積極的なコミットメントは「朝鮮戦争の終結」だけでなく「朝鮮半島の非核化」においても不可欠だった。

しかも金正恩は北朝鮮が今後再び中国の属国扱いされることはまったく望んでおらず(と言うか、この一連の「核武装」外交スタントのもうひとつの大きな目標は、中国の属国状態から脱して完全な独立を確保することだった)、トランプとしても習近平に主導権を握られることを歓迎はできない。かと言って中国を説得して積極的な参加を確保する必要は厳然としてある。

そして今回、中国はただ「なにもしない」ことだけで優位を確保して米朝両国をいきなり不利な立場に追い込んだ。これにはどういう意図があり、中国の思惑はどこにあるのだろう?

そもそも「朝鮮半島の完全な非核化」とはどういう意味か?

金正恩の提示している条件は最初からはっきりしている。北朝鮮が今後核武装した大国に敵視されることがないのであれば、核武装する理由はない。トランプの方針がこれまでのアメリカの政権と決定的に異なっているのは、この北朝鮮の安全保障上の最低限のニーズを理解した上で、目標は「朝鮮半島の非核化」という共通認識の下に交渉を行なっているところだ。

これには論理的に言って当然ながら、アメリカ側の核削減を含む一定の軍事的な譲歩が必要になり、韓国や日本が依存している「核の傘」が現状のまま維持されることなど問題外だ。だから会談前からトランプは在韓米軍の撤退ないし縮小の可能性まで示唆していたし、朝鮮戦争の終結についても極めて肯定的な態度を取り続けている。会談後には、日韓合同軍事演習を中止することについて韓国政府と交渉に入ることも明言しただけでなく、韓国に赴任する3万2000人の米兵を国に帰してやりたい、とまで言い放った。

それもこの演習を「戦争ごっこ(ウォー・ゲーム)」と呼んだ上でいかに費用が高額かを相当に詳細に論じてみせたのがいかにもトランプ流だ。韓国政府と話し合うのも二国間貿易協定(FTA)も絡めて、だと言うのだから、まさにトランプ節全開だった。

そこまで言ったのも今回の会談は予想が外れて具体的な議論を公表できるだけの条件が整わなかったのがいかにも無念だったのだろうが、本来ならこの米朝交渉が成功すれば、東アジア・西太平洋地域に展開して来た膨大な費用を要する核武装が不要になり、その節約だけでもアメリカ国民にとっては利益になる、とまでぶち上げたかっただろうし、またそれくらいの派手さがなければ議会だけでなく政権内にさえ慎重論や反対論が多い現状もなかなか動かせないだろう。

もちろん、こんなことができるのはドナルド・トランプだからこそで、従来はオバマのようなハト派政権でさえ、北朝鮮との交渉でアメリカも軍縮を行うなんて発想は最初から想定外、一方的な核放棄を北朝鮮に要求するのみで、それこそ「朝鮮半島の非核化に向けて米朝が手を携えて努力する」なぞ問題外だった。

これでは北朝鮮が、金正日ならともかく金正恩では本気で話に乗るわけもなく、オバマは「戦略的忍耐」という言い訳に逃げるしかなかった。本来なら必要だとオバマも分かっていたような交渉は、そんなことはアメリカ政界の「常識」が許さないからだった。

冷戦後ずっと継続されて来たアメリカの二枚舌「自由と民主主義」外交の欺瞞

もっとはっきり言えば、朝鮮戦争が終わっておらず法的に「戦争状態」であることは韓国に(そしてある意味で日本にも)米軍を展開することの大義名分の正当化になるのだから、その現状の維持の方がアメリカの直近の国益というか、軍事安全保障戦略上有益とみなされて来たのが、アメリカの政治家の「常識」だった。

言い換えれば、朝鮮戦争が継続していることはアメリカ軍と、そこに絡む利権にとっては非常に好都合な言い訳だった。冷戦が終結してしまって以降では、それまでソ連と中国を標的にして来たアメリカの巨大核武装は正当性を失ってしまうのが、北朝鮮と言う「狂った独裁国家」があって核兵器を持とうとしていて国際社会の脅威だと言えることは(本当にアメリカの脅威になる核武装にならない限り、つまり北朝鮮がアメリカを核攻撃できる能力を実際に保有しない限りは)、その正当化の言い訳として欠かせないものになっていたのだ。だから実のところアメリカでも本気で北朝鮮の核放棄を求めたこともなかったのが(むしろ北朝鮮が納得せず反発すれば、ますますアメリカにとっては格好の「言い訳」になるのが)、これまでの「北朝鮮の核」をめぐる交渉の実態だった。

現代のように米中の経済関係がここまで密接になり、中国政府がアメリカ国債も多量に保有し、アメリカを代表する製造業が軒並み組み立て工場を中国に置いていて、相互に膨大な投資が行われている時代に、中国が仮想敵の核配備だとは大っぴらに言えるわけがないし、冷静かつ現実的に考えればそもそも無意味で無駄と気づいて当然ですらある。

それでも実際には東アジア・西太平洋におけるアメリカの巨大核武装は主に中国と、それにロシアを狙った「核抑止力」であり、またその中国もロシアも核拡散防止条約で認められた核保有国で、現実にアメリカほどではないにせよ膨大な核武装を持っている。その核競争に負けないための核武装の言い訳として、北朝鮮を敵視し続けて来れたことはアメリカの安全保障政策を牛耳る勢力にとっては実に好都合だったし、このよく考えればおかしな話はずっと当然の前提として安全保障政策の世界では共有されて来た。

しかも北の核運搬手段が中短距離ミサイルしかない限りは、実のところアメリカにとって本当に「脅威」ではなかったし、そんな技術が北朝鮮に開発できるというのも想定されていなかった。

だからこそたびたび北朝鮮との形だけの合意を作っておきながら、その合意を誰もが信用しなくなるような政策をあえてやって見せ、結局は常に軍事的に圧倒的に劣勢の(まさに「吹いて飛ぶような」小国でしかない)北朝鮮が不安に耐え切れずに合意の破棄に踏み切れば、「北朝鮮に騙された」と主張して核武装を中心とする巨大な軍事力の展開とその軍事費を正当化できるし、世論もあっけなくそんな心理操作に乗ってしまう、というのがこれまでのアメリカのやり口だった。辛うじてこの既得権益保護の欺瞞に抵抗したのがオバマ政権の「戦略的忍耐」で、はっきり言ってアメリカ政治の少なくとも一部にとっては、本音では現状維持こそが国益であり、そんなアメリカをこれまでの北朝鮮(主に金正日政権)もまた信用するわけがなかった。

罵倒合戦はレトリックに過ぎず、トランプと金正恩の「出来レース」だった

金正恩の野望というか思惑は、ならばアメリカにとって本当に脅威となる「国家核武装」をちらつかせる以外に、アメリカ政治のもはや「伝統」と化した欺瞞を根底から揺さぶり、この問題を解決する手段はないだろう、という「マッドマン理論」戦略で現状を覆すことだった。急激な核開発の進展は交渉を始める糸口を掴むための壮大なパフォーマンスに過ぎず、だからこそ本来なら軍事機密であることをむしろなにかにつけては華々しく宣伝したわけだ。それが常識破りなだけにショック効果はより大きくなるが、もちろん冷静に考えれば、本気でアメリカを核攻撃する気なんて最初からあろうはずもなかった。

これはトランプも同じだ。「あらゆるカード」は最初から金正恩との直談判を指していたことも、「チビのロケットマンは病んだ子犬」呼ばわりの罵倒合戦も言わば双方の出来レースなのも本サイトでは対話路線が始まるずっと以前から指摘して来たことだが、今回の会談後のABCテレビのインタビューで、トランプはあっさりと「レトリックだった」と明かしている。もちろんアメリカ側でも、軍事作戦なぞ最初から問題外なのは分かり切った現実だった。

北朝鮮は所詮アメリカの膨大な核武装の標的にされれば文字通り「吹いて飛ぶ」程度の小国で、通常兵器の戦闘でも最初はソウルを火の海に出来ても、数週間で完全制圧されてしまうレベルの圧倒的な戦力差があるが、ただし逆に言えばソウルが火の海になる覚悟で軍事行動に走ることもアメリカにとってあり得ない選択肢だ。だがいかにもそこまでやりそうな雰囲気を作らなければ、現状を劇的に変える動きについて国内世論や国際社会を説得することも難しい。この双方の利害の一致が罵倒合戦だったわけだが、トランプが選んだボキャブラリーがほとんど冗談にしか聞こえなかったし、北朝鮮側のトランプ罵倒がまるでニューヨーク・タイムズのオピニオン欄の引き写しだったのはブラックジョークにしかなっていなかった。北朝鮮から中国に向けて繰り返された激しい罵倒とはまったくレベルが違う、双方にユーモアすら感じさせる応酬に、「こんなの本気で受け取るのか? 冗談の出来レースに決まってるだろう」と筆者などは思っていたのだが、現実には真に受けた人の方が圧倒多数なのだから、トランプと金正恩の作戦は成功だったと言える。まあその成功を強弁した上で本人は、「ちょっとバカバカしいので本当は言いたくなかった」とも言っているが。

北朝鮮の「国家核戦力」はだからこそのギリギリの「抑止力」でしかなく(いわば「最後の悪あがき」でアメリカの大都市のひとつくらいは破壊できるので、それを覚悟しない限りアメリカも北朝鮮を攻撃できない)、しかも金正恩はあえて、実はまだ完成一歩手前のギリギリで「国家核戦力の完成」を宣言してその開発を止めた上で、韓国のオリンピックを巧妙に利用して対話を打ち出したわけだ。

「平和の祭典」を巧妙にダシに使えば、予想される妨害や反対もかなり抑え込めるという計算が見事に成功した上に、今回の会談後の会見でトランプが何度も言及したように、不人気で赤字覚悟と言われたオリンピックを大成功させるというオマケまでつけて韓国に協力もできたのだった。

北朝鮮の「国家核戦力」は、実は完成直前で「寸止め」状態のまま

北朝鮮の大陸間弾道弾「火星15型」は一回しか発射実験をしておらず、それもロフテッド軌道実験だけだ。今後も何度か通常軌道の発射実験を繰り返さなくてはおよそ完成とは言えず、現状ではまだ実戦レベルの「兵器」におよそなっていない。

つまりまだアメリカは実は北の核の脅威に晒されていない。北朝鮮の「国家核戦力の完成」宣言があえてこのタイミングで出されていたことをたいがいの大手メディアは無視しているが、もちろんそのメッセージはトランプにはちゃんと伝わっていた。安全保障の専門家が逆に先入観で思考能力が働かなくなる(膨大な利権が絡んでいてそれを守らなければならないという意識も当然作用する)ところで、トランプがそこから読み取った金正恩の真意を踏まえて「これが最後のチャンス」と言わんばかりに、ホワイトハウス内の慎重論・反対論の妨害が入らないタイミングを狙って米朝直談判に大きく舵を切った結果が、現在の流れだ。

もっともトランプ自身は昨年に習近平をフロリダの別荘に招いた時点で、中国が北朝鮮になんの影響力ももはや持っていない(むしろ金正恩は対アメリカ以上に中国との対決姿勢を強めていた)と悟って以来、ずっと自分が直談判をと考えていたし、「あらゆるカードがテーブルの上に」とも言っていたのも真意はここにあった。

もし北朝鮮が「火星15型」を本当に完成させていれば、交渉のハードルは遥かに上がっていたし、北朝鮮が本気でニューヨークやワシントンDCを核攻撃する気かも知れないという疑念も否定できなくなる。いや最初はその気がなくとも、例えば交渉が決裂した時に実際に使える核ミサイルがあるかないか(現状では、あるように見えて実はない)でまったく状況は変わる。極論、交渉がちょっと暗礁に引っかかった程度のことでも核戦争の危機になりかねなかった。だからこそその寸前で止めた、という金正恩の真意は、実のところ極めて分かり易かった。

今回のトランプの動きが、本人も自認するようにこれまでのアメリカの歴代政権とは決定的に異なっているのは、もともとプロ政治家ではないトランプから見て、これまで本音では朝鮮戦争が継続中であることはアメリカにとって好都合で、北朝鮮にもほどほどに核開発を続けさせた方がいろいろと国益にかなう、として来たアメリカ政界の「常識」を、まったく馬鹿げたナンセンスとしか見ていないところにある。

だいたい政界や軍、軍需産業に属さない普通のアメリカ人から見れば、70年以上もアメリカがこうして「戦争状態」にあることと、そのために在韓米軍や在日米軍の維持などに膨大な連邦政府予算を費やしていること自体が馬鹿げているのではないか、と言うのはまったく当たり前の話だ。ワシントンDCの内部にいればこんな単純なことにも気づけなくなるらしいのだから、トランプが(そしてバーニー・サンダースが)「反エスタブリッシュメント」「ワシントンDCのインサイダーによる政治の否定」を大統領選挙で掲げたのも、このポイントでは確かに正しい。

「プロ政治家」ではないからこそまともな判断ができる(こともある)

「なぜ日本や韓国を守ってやらなければいけないんだ?」と言うトランプ支持層の素朴な疑問はもちろん、実際にはアメリカ軍が展開しているのは「守ってやってる」ためではなく世界の覇権を掌握することを国益とみなして来たアメリカの世界戦略と、その自己正当化の理屈で「民主主義世界の盟主」として世界に自由と民主主義を広めていくことをアメリカの「正義」と信じて来たため(第二次大戦後には完全にただの独善であり全くの偽善)でもあるのだが、そもそもそんなイデオロギーに興味がほとんどないのが、これまた「プロの政治家」ではない「反ワシントンDCインサイダー、反エスタブリッシュメント」としてのトランプの特徴だろう。

つまり北朝鮮の核問題を自分が解決しようと言うトランプの野心は、単に「中間選挙目当て」ではない。様々な次元でトランプにとってこの「ディール」の成功で平和を確保することは、既存のアメリカ政治がまったく馬鹿げた誤りに囚われているのであって自分のやり方こそが正しいはずだと言う試金石になっているし、率直に言えばその指摘の多くは確かに間違っていない。

アメリカの威光を象徴する世界最強の兵器である核武装は膨大な金食い虫でもあり、他国の「核の傘」までアメリカ国民の税金で賄う必要はないし、在韓米軍も在日米軍もアメリカ国民の利益では実はなく、国内の軍需産業や軍関係者やそのロビー活動や献金で利益を受けている政治家、それに国防総省がらみの利権を満足させるものでしかない。

アメリカが世界の覇権を握ることがアメリカの国益と言うのも、もはやワシントンDCの思い込みであり偽善、一部政治家たちの馬鹿げた誇大妄想でしかない。しかもこと第二次大戦後の世界では、これが動機で様々な軋轢や悲劇を繰り返して来たし(例えばヴェトナム戦争も、要するにそういうものでしかなかった)、今や世界の現状にまったく反している。

トランプから見れば、東アジアの平和安定はその東アジアの国々に任せておけばいいことで、アメリカが北朝鮮と手打ちをすれば、あとは日本、中国、韓国と北朝鮮や台湾辺りがちゃんと話し合って経済的にもメリットが確保できる落とし所を勝手に見つければいいし、これだけ経済活動が活発かつ密接な地域なのだから、あとは北朝鮮が非核化してその経済ネットワークに本格的に参加すれば「安全保障上の危機」も限りなくゼロに近ずくはずだ。

「ならば膨大な軍事費は必要なくなり連邦政府予算の節約に繋がる」というところまで入って来るのが、いかにもトランプ流の発想だが、これはアメリカの国民にも分かり易いし、確かに間違っていない。

政治体制や人権はその国の勝手、アメリカは感知しないのがトランプ流

それに北朝鮮が社会主義を奉ずる独裁国家で、つまりアメリカ的ないし西欧型の民主主義と異なる価値観を持っているのも、それは北朝鮮の勝手ではないかというのがトランプの基本スタンスだ。だからその国内政治については原則アメリカは口を出すつもりはないし、この方向で差異を認め合うことでこそ米朝が和解し、その結果北朝鮮が豊かになれば安全保障リスクも自動的に減じることもまた、朝鮮半島の完全な非核化のもっとも有効で現実的な手段になるはずだとも、トランプは考えている。

こうした経済優先のプラグマティズムは米朝会談後の記者会見で相当に全面的に主張されていたのだが、ここではトランプにとって大きな誤算があった。会見前に流されたいささか奇抜なビデオも含め、そのメッセージは金正恩には十分すぎるほど伝わっているというか、金正恩自身が「マッドマン理論」的外交スタントを続けた真の動機も最初からそこにあったのだが、肝心のメディアには(ビデオが奇抜過ぎたせいもあるのか)全く伝わらなかったようなのだ。

そんな記者会見では「自国民を弾圧する独裁者を認めるのか?」「金正恩体制を承認すれば北朝鮮国民が犠牲になる」と言った「良心的」な記者たちの質問も相次ぎ、トランプは「このディールはなによりも北朝鮮の国民のためになる」と反論した。

だがここでも、トランプの考え方の方が従来のアメリカの「人権外交」よりも正しいと言うか、現実的に北朝鮮国民の利益になるのは否定できない。

北朝鮮がアメリカなり西側を仮想敵国としてまとまらなければならない限り(ないし、そのプロパガンダ性を利用できればこそ)、金正恩は国内をいっそう厳しく締め付け続けなければならなくなるし、そうやって「敵」を想定してまとまる社会でこそ、国民が自分たち自信の人権を侵害し合うのも常だ。我々日本人にとってもっとも身近な例は、日中戦争が南京陥落後(つまり大虐殺後)に一気に泥沼化して膠着してから日米開戦、そして「玉砕」が相次いが挙句の終戦に至った歴史だが、実のところ金正恩以前の北朝鮮の「独裁」体制は、かなりの部分この日本の軍国主義独裁の全体主義体制をモデルにしていて、その手法はまだ大衆相手の政治プロパガンダに使われている、だが一方ではそこを本質的に変えようと、着々と手も打って来ているのが金正恩でもある。

朝鮮中央放送がしきりと流す金正恩の視察映像を、日本のメディアは指導者を神格化するいささかバカバカしいプロパガンダとしてしか紹介していないが、注意深く見れば以前の金正日時代にはなかった傾向が現れていることに気づくはずだ。まず視察する場所だが、従来の北朝鮮の体制では否定されて来たはずの嗜好品や贅沢品、生活必需品や質実剛健な「富国強兵」ではない、いわゆる「付加価値」商売を視察してはそうした本来なら「反社会主義的」と言われそうな産業の価値を称揚している。分かり易い比較で言えば、戦前戦時中の日本では「贅沢は敵だ」「パーマネントはやめませう」が国民相手の標語になっていたのとあまりに対照的に、金正恩は化粧品や機能性より見た目重視のオシャレなスポーツシューズの工場を視察し、しかも「指示した」として推奨・称揚されているのは、自分の感性を自由に活かした創意工夫という、全体主義国家では考えられないようなメッセージだ。

北朝鮮国民が西欧型民主主義的な政治的自由を獲得することは金輪際あり得ないだろう。しかし今回の会談の場となったシンガポールを見ても、政治的な自由のない独裁体制だからと言って国民がまったく不自由で不幸かと言えばそうとも言えまい。北朝鮮も国際的な経済的交流が盛んになり、社会が経済的に豊かになれば、政治的な理由の激しい弾圧や恐怖政治の手法は自然と減っていくであろうことも、現実に十分にあり得る可能性でもある(し、成功例もある)。

朝鮮中央放送が今回の米朝会談をまとめたドキュメンタリー番組も象徴的だった。40分の番組だったそうだがその放送時間の約半分を、シンガポールの描写に当てていたらしいのだ。トランプが記者会見で流させたビデオ(のちにアメリカのNSC〈国家安全保障会議〉の制作したものと判明)は奇抜過ぎてアメリカ人の、それもメディアのプロにすら意味が伝わらなかったが、朝鮮中央放送はオーソドックスな、1940年代までのドキュメンタリー映画の作りで極めて分かりやすく、シンガポールのような姿が金正恩がこれから目指す北朝鮮の将来像だと示す意図が明白だった。

この件に関しては差別偏見がまったくないドナルド・トランプ(意外にも)

この一連の米朝交渉の流れでトランプについて驚かされたのが、レイシストの女性蔑視主義者などなど、要するに差別的な意識構造の持ち主と思われて来たトランプが、金正恩と北朝鮮の現状をまったく偏見なく理解しようとしていて、また現にそれが出来ているところだ。

金英哲がホワイトハウスをサプライズ訪問した時には、人権問題について「話してない」と言っていたトランプだが、会談後の会見では今回は、「非核化」ほどの時間は割いていないが人権問題についても話し合ったと明かしている。それもどうも金正恩の方から言い出したようなのだ。考えて見れば最初のワン・ツー・ワン会談の冒頭の、取材が入った部分でも、金正恩は「過去の誤った慣行と偏見」を率直に認めていた。

トランプは「人権問題」で攻めて来るジャーナリスト達に、金正恩は「過去の誤りを認めて改善しようとしている」とまで擁護してみせた。よく考えて見れば金正恩が独裁者になったのも、別に自分が望んだからではない。独裁体制それ自体も、別に彼が作ったものではない。世襲の独裁国家の指導者一族に生まれてしまったので、それを引き継ぐしかなかっただけだ。

実兄の金正男を暗殺させたことでも、冷酷で身勝手な権力に執着する人間だろうと普通は思いそうだが、ちょっと歴史を紐解くだけでも近代以前には世界中で(指導者・統治者が世襲で決まっていた中で)どこでも起こっていたことで、史実を詳細に見れば体制の安定させて内乱や外国勢力が入り込むのを防ぐために止むを得ず親兄弟を殺したのであって、ただの権力者一族の内輪揉めや権力者の身勝手と断罪できない例は、たとえば古代ローマ帝国や、中世の英国の王家(シェイクスピアでも有名な「薔薇戦争」)、日本なら古代のヤマト王朝から律令国家の完成に至る過渡期の大王家(天皇家)や、戦国時代の武将・大名の家でも、掃いて捨てるほど見つかる。内乱や内紛は、その権力者の地位を脅かす以上に民衆に多大な犠牲を強いるので、上に立つ立場の者としては身内の命を犠牲にしてでも防がねばならないものだったし、また身内や親しい者の腐敗はより厳しく罰しなければ統治者は信頼を失う。妻が名誉校長だから優遇したり「腹心の友」のために行政を捻じ曲げるようなどこぞの首相がやっていることは、封建的な王朝でこそ許されないものだ。

よく北朝鮮は「金王朝」と揶揄されるが、その意味ではまさに前近代的な「王朝」なのだ。日本史と比較するなら徳川将軍家が三代家光で最終的に政権基盤を盤石にする過程で、長男だった家光と次男の松平忠長の間で確執があり、両親が家光よりも忠長を寵愛していたのを祖父の家康が強権的に家光を次期将軍と決めて長子相続のルールを明確にし、250年に及ぶ泰平を確立したのと引き換えに、最終的には家光が実弟の忠長を殺さざるを得なくなった事情に近い。その祖父・徳川家康にも、止むに止まれぬ事情で長男の信康とその母で正妻の築山殿を殺した辛い過去があり、家光と忠長の母のお江与の方にだけはその深い悔恨を手紙で明かしている。

金正恩が父の代の政権を担った(中国の権威権力をバックにし、また腐敗もしていた)有力者たちを、自らの叔父である張成沢も含めて粛清し、相当に残虐な方法で処刑したと言われているのも、その張成沢や中国政府との繋がりが強かった兄の正男を暗殺させたのも、いわば「お家騒動」の防止で、中国の影響力を排除して自国を真に独立国とするためにはやむを得ない選択だった。また父の代に腐敗し切った政府の健全化のためにも、張成沢は金正恩にとって個人的な好悪と無関係に粛清しなければならない相手だった。このように個人的な野心や残虐さで語って済ませられることではない、北朝鮮のような前近代的な世襲体制とその後継者として生まれてしまった(決して自らの選択ではない)金正恩個人の事情を、トランプは正確に理解しているし、その上でその意図や狙いを評価もしている。

首脳会談後のFOXテレビの単独インタビューで、トランプは人権侵害が問われる北朝鮮政府とのディールについて、「もっとひどいことをやっている国は他にもある」とまで言ってのけた。あまり褒められたものではない開き直りである一方で、そんな「もっとひどいことをやっている国」を「反共」の大義名分で支援して来たのもトランプ以前の歴代のアメリカ大統領たちだし、今でも人権とは縁も所縁もなさそうで皇太子が親族を大粛清中のサウジアラビアと結んで中近東でイランとの対決姿勢を強めている。

オバマ政権のアメリカはシリア内戦では「もっとひどいことをやっている」アサド政権やイスラム国への対抗で膨大な武器を反政府勢力に供与した結果、かえって凄惨な内乱を深刻化させ、しかもアメリカの与えた武器のかなりの部分がイスラム国に渡っていた。イラク戦争は「ひどいことをやっている」フセイン体制をアメリカが打倒した結果かえって人権状況は深刻化したし、こうして「独裁で人権侵害」と名指しした国をアメリカが侵略した結果の惨状はイラクに限ったことではまったくない。トランプの不干渉主義は確かに「正義」とは言い難いし、アメリカの体現する理想に反しているのも確かだが、しかしこれまでの歴史的な現実から学習するなら、被害が少なく合理的なやり方ではある。

中国はなぜ動かなかったのか?

それにしても習近平はなぜ、電撃訪中した金正恩に約束したはずの「朝鮮半島の完全な非核化」への協力をまったくやらなくなったのだろう? トランプの(そして金正恩)の予想からすれば、これは中国の国益にもかなう話なのだから積極的なコミットが期待できたはずだ。

まず北朝鮮がミサイルに搭載可能な核弾頭を完成させれば、大陸間弾道弾がなけれな届かないアメリカよりも中短距離ミサイルで攻撃可能な中国の方が安全保障上のリスクはより大きい。ロシアなら中短距離ミサイルの届く範囲は人口が少ないシベリアが中心で、人口が多く国の中心でもあるヨーロッパ側は比較的安全だが、中国の場合は北京や天津などの大都市が北朝鮮から中短距離ミサイルで十分に届く距離にあり、2度の電撃訪中で「手打ち」はしたものの、金正恩政権は中国に対して対アメリカ以上に敵対的というか、今後かつてのような依存・属国状態に甘んじる気はまったくないだろう。

また国境を接する旧満州の東北部も、経済発展からやや取り残された地域ではあっても中国の重工業にとってはその埋蔵資源も含めて欠かせない地域だし、満州族、モンゴル族、朝鮮族など少数民族も多く政治的にいささか不安定な上に、こと北朝鮮との国境地帯を中心に経済関係も深く、中国が国連安保理決議に基づく制裁に参加し続ける間はその経済的な打撃はこの少数民族の不満に直接結びつきかねない。北朝鮮が速やかに核放棄プロセスを開始して制裁を解除できるだけでも、中国政府にとってのメリットは大きいはずだ。

だが一方で、アメリカと北朝鮮、というかトランプと金正恩がほっといても非核化・核放棄の話し合いを続けるなら、それだけでも制裁を緩和する大義名分になり、現に平昌オリンピックで対話ムードが決定的になって以降は制裁がかなり有名無実化しているとも言われている。つまり、今の状態のまま事態が膠着しても大きなデメリットにはならない。

北朝鮮の核攻撃能力が対アメリカやロシアの主要大都市については実は未完成でも中国に対してはすでに中短距離ミサイルで攻撃可能であるという安全保障リスクも、交渉が続くあいだは北朝鮮がその核戦力を使うわけがないし、中国相手に戦争ができるような通常兵力も、北朝鮮は持っていないのだから、憂慮すべきことは実は何もない。

アメリカが東アジア・西太平洋での軍備、特に核配備を減らすとしたら、これは習近平政権にとってもメリットは大きい。アメリカに対抗できるだけの核戦力を維持することは北京政府にとっても金食い虫で、本当ならその予算はもっと緊急性の高い国内向けの施策に回せた方が習近平や共産党にとってはいいはずだ。

ただし人民解放軍にとっては、必ずしもその限りではない。

習近平もまた腐敗追放を断行して既存の権力層を追放して国内の権力基盤をかなり確固なものにして来たし、国民にも一部インテリ層には独裁志向を疑う強い反発もあるとはいえ、基本的に人気がある政権だ。ならばトランプと金正恩と文在寅が仕掛ける大変革に乗ることもできるはずだし、それが中国の将来の国益にも様々な面でつながるはずだ。それだけに習近平が結局まったく動かなかったことは、とりわけトランプにとって不可解であり、不満でもあろう。

中国は一方でトランプ政権との間に貿易摩擦の解消交渉を抱えている。今やアメリカにとって最大の貿易赤字の相手国でもあり、かと言って現状の中国経済の成長がかなりの部分アメリカ企業からの投資に依存してもいる以上、これは習近平にとってシビアな交渉で、表向きは「貿易戦争は望むところではないが仕掛けて来るのなら受けて立つ」という強気ポーズを装いつつ、実際にはかなりの妥協も見せて交渉はかなり順調だった。ところがここへ来て、トランプは知的所有権の侵害を理由にした高率関税を中国に適用すると発表し、米中関係は一気に緊張を高めている。

これも北朝鮮がらみでいわば「裏切られた」トランプの意趣返しなのだろうか? だとしたらここでも、アメリカとの関係を貿易問題以外でも悪化させることは、決して中国の国益にかなうことではない。なのになぜ習近平は今回、いわばトランプを「裏切ったのか?

ひとつ想定できるのは、突然の電撃訪中で金正恩が習近平との和解に動いたのは習近平にとっても絶妙なタイミングだったからこそ、それまで散々面目を潰されて来たことの恨みもはらせず、個人的な本音では「コンチクショウ、生意気なガキが」と心中穏やかではないままである可能性だ。板門店宣言でも南北両国は、本来なら中国の参加が欠かせない朝鮮戦争の終結について、わざわざ南北とアメリカで、と書いた後で付け足しのように「ないし中国も」と言及することで習近平を牽制していた。さらに金正恩はわざわざ王毅外相を平壌に来させた上で、中国側に二度目の訪中を要請させている。この北朝鮮ペースをぶち壊して「誰がボスなのか」を見せつけたい意図が習近平にあったとしても不思議ではない。

金正恩は自らが背負う運命になった北朝鮮の体制の枠内では徹底したリアリストのプラグマティストとして行動して来ているし、そこにかなりのプライドも持っていると推測できる。そうした金正恩には、やはり自称プラグマティストである習近平がこうした個人的なメンツの感情で動くとはなかなか理解できないとしても、人間的な限界として不思議ではない。もっと言えばやはり中国共産党のサラブレッドとして育って来た習近平が、そうした面も含めて政治的動物であることに配慮しきれないのは、そうした「政治」という摩訶不思議な世界において多分に部外者であるトランプと金正恩双方の限界でもある。もちろん理屈としてまでは理解はしている金正恩としては習近平の顔も十分に立てて来たつもりだったろうが、そのソツのなさがますます腹立たしい、というのも人間的な感情としてはありがちな心理だ。

習近平が無視できない、軍拡路線で国内勢力を強める人民解放軍

この関連でもうひとつ気になるのは、南シナ海・南沙諸島をめぐる情勢だ。

こちらでは人民解放軍の意向を露骨に反映して岩礁を埋め立てた人工島の軍事拠点化が進んでいるようだが、「航行の自由」作戦を敢行するアメリカ軍との関係はいささか緊張気味だ。この領有権争いの是非については本稿では否定も肯定もする気はない(とはいえこの海域の公海の治安を守るのならば周辺諸国であって、アメリカがでしゃばる覇権主義は筋が通らない)が、気になるのはこの軍事拠点化に中国の国益上のメリットがほとんど見当たらないのに強行している点だ。別に人民解放軍がしゃしゃり出てヴェトナムの(積年の恨みから来る)国民感情などを刺激するまでもなく、経済的に東南アジアは中国の強い影響力抜きには立ち行かない。習近平にとってはわざわざ軍事力を見せつけるまでもないはずなのに、この軍事的強硬路線はいったいなんなのだろう?

どうも習近平政権は党と文民の政府組織はかなりしっかりコントロールしていても、人民解放軍は掌握できていないのではないか?

「朝鮮半島の非核化」に当たって北朝鮮の安全をアメリカが確実に保証できるもっとも目に見えて分かり易いやり方である、核を含む軍備縮小については、中国とアメリカの間でも話がつけば、中国の国全体にとっても大きなメリットになる。

しかしアメリカ軍と世界の軍事的覇権を競い合う勢いで軍備の増強と近代化を進める人民解放軍にとっては、戦略的にはアメリカ軍の脅威が減るのだから悪い話ではないはずでも、東アジアの安全保障が軍縮基調に変わることは自分たちの国内的な権威権力の低下につながるし、予算も減らされるかも知れないのだ。つまり習近平の沈黙は、最終的に人民解放軍の抵抗が強く、その解放軍を習近平も共産党も抑え切れなかったからではないのか?

トランプの「本気度」が引っ張る今後の東アジアの安全保障状況

幸いトランプ=金正恩の米朝和解第一歩について、アメリカ世論は議会ほど懐疑的ではないようで、世論調査では55%前後が賛成し評価している。政界と、とりわけ軍関係の反発が大きなハードルになりそうだったのも、意外な展開になった。「敵国を優遇し同盟国の韓国を裏切るのか?」的な議会の反発にも関わらず、8月の米韓軍事演習はとりあえず中止と米韓両国が合意に至っている。これから9月までが米朝交渉の正念場、9月辺りにひとつの山場が来るであろうことは既に述べた通りで、とりあえず8月の「戦争ごっこ(ウォー・ゲーム)」が中止になっただけでも大きい。

米国政界内の反対論を変えるのに決定的になったのは、これまで対北朝鮮強硬派と思われて来たハリー・ハリス前太平洋軍司令官が新たに駐韓大使に着任するに当たって議会の公聴会で証言し(アメリカでは全権大使の人事は議会の承認事項)、まったく意外なことにこの大統領の方針の支持を表明したことが特に大きい。ハリス氏は大統領が金正恩に会ったこと自体が歴史的大転換で流れが変わったのだから、今はチャンスを与えて核放棄に本気かどうかを見極めるべき、と述べたのだ。

もちろんいかに議会が「同盟国を裏切るのか」と息巻こうが、肝心の同盟国・韓国が公式には一応戸惑った風も見せて慎重に事態を見極めると言いつつ、文在寅の本音はもちろん、演習中止ならば大歓迎だ。

だいたい、交渉期間中の合同演習の停止はもともと韓国政府が望んでいたことだし、長期的には在韓米軍も撤退か、縮小も画策しているのがこの政権だ。単に北朝鮮との融和方針だからだけではない。韓国のかつての軍事独裁政権は在韓米軍の威圧的な存在感をバックに権力を維持していた。その朴正煕の娘である朴槿恵の弾劾・辞任で政権についた文在寅政権のミッションは、今も財閥の経済支配など韓国社会の随所に残る軍事政権時代の負の遺産の清算だ。

米国の軍事力に依存するよりも、戦争が起こる理由や攻撃する動機そのものをなくす文在寅のリアリズム

韓国にとって今の対北融和の流れは「民族の統一の悲願」以上に、源流は戦前の日本の植民地支配にまで遡り、その日本軍に教育された軍人達による政権が朝鮮戦争によって正当化され、在韓米軍の威圧的な存在をバックに存続していた軍事政権時代から続く、韓国のいわばアメリカからの属国状態からの最終的な独立と、普通の民主主義国家になろうとする意味合いが大きい。軍や朴正煕崇拝的な保守派の抵抗もまだまだあるが、特に現政権の支持者が多い若年層には南北の和解で徴兵制廃止への期待も高まっている。

これは旧来のアメリカ政界やアメリカ国務省、国防総省から見れば、東アジアにおけるアメリカの覇権の最前線としての韓国を失うと言う意味合いも持ちかねないことだが、トランプ政権はむしろ歓迎している。韓国のことは韓国人が決めればよく、アメリカが軍まで配備し「核の傘」を提供してまで面倒を見てやる必要はない。その「核の傘」を失う不安は韓国内でも狂信的な保守派を中心に根強く、独自の核保有論まで飛び出しているが、だからこそ文在寅は金正恩と「朝鮮半島の完全な非核化」、つまり核の傘不要論で明確な合意を結んだ。

文在寅政権の考え方は、北朝鮮の軍事的脅威に米軍に隷属することで対抗するよりも、同じ民族どうしの信頼感の醸成で相手の攻撃する動機自体をなくそうと言う現実的な考え方だし、在韓米軍がそこにある真の脅威である中国について言えば、むしろ韓国がアメリカ本土(や日本)を守る最前線の防衛線とされてしまうことの方がよほど現実的にあり得る公算になる。それに米軍のTHAAD配備を巡って一時中韓関係が緊張し、多くの韓国企業が手痛い損失を被ったた時の教訓は、どっちにしろ中国と対立しては国が経済的に立ち行かない、と言う現実だった。

こう言う現実主義は、トランプの世界観ともむしろ一致するものでもある。シンガポールでの記者会見でもトランプは北朝鮮の核放棄にかかる経費について「我々は遠い国だ」と言い、むしろ中国や韓国、それに日本のような周辺諸国が負担すべきとの考え方を提示した。

むろん直接的には「外国の安全のためにアメリカの税金は使わない」と言う自国の有権者へのアピールでもあるが、一方でその国のことはその国で、その地域のことはその地域で決めればいい、アメリカ政府は介入せず、アメリカのことをやる、と言うのがその外交の基本的な方針でありトランプ自身の考える世界像であることが、今回のシンガポール会談でも明白に示されている。

またトランプにしてみれば、目立った具体的成果が出せなかった米朝会談だったからこそ、演習の中止をぶち上げる必要があった。それも必ずしも金正恩相手の妥協や配慮ではない(むろん金正恩としては国内的に喧伝できて国民を納得させられる「成果」でもあるのはいうまでもないが)。むしろまずアメリカ国内的に北朝鮮との和解のムードを失速させず、話題を提供し支持を集めるには、「戦争ごっこ(ウォー・ゲーム)」の中止をアピールすることは必要だった。

米韓合同演習の中止は中国を引きずり出すカードでもある

もうひとつ重要なことがある。米韓合同軍事演習の中止と在韓米軍の撤退や縮小の可能性は、中国に向けた大胆なメッセージにもなっているのだ。

既に述べた通り在韓米軍が朝鮮戦争の結果として、北朝鮮との戦争が終わっていないから駐留しているというのは建前の大義名分に過ぎず、在日米軍とも連携して、冷戦時代には中国を仮想敵に展開していたのが実態だ。キューバ危機の時には沖縄(当時は1600発の核弾頭が配備されていた)から中国を攻撃目標に、核兵器が在韓米軍基地に持ち込まれている。米韓合同軍事演習も、本当に北朝鮮を仮想敵とした訓練だったらあんな大規模でやる必要はない。実は中国相手だった軍備をアメリカが一方的に削減すると宣言すれば、中国としても何もしないわけにはいかず、「協力してアジアの新たな平和体制を」くらいは言わなければ、人民解放軍の軍拡路線を警戒はしている周辺諸国に対して共産党の面目が立たなくなる。

また言うまでもなく、この米韓合同演習の中止と言う「アメ」は、知的所有権を理由にした対中国の高率関税と言う「ムチ」とワンセットになっている。いやどちらもトランプ流ディールのプラグマティズムでは、「アメ」に見える演習中止ですら実は強烈な威圧にもなっているわけだが。

普通のプロ政治家なら、ハト派のバラク・オバマでさえ「いや中国の軍事的な優位を許すことになるのは安全保障上無謀」「中国が軍事的優位を確保して喜ぶだけ」と言い出す軍関係者の意見を考慮しないわけにはいかなかっただろう。それを一方的にやってしまうところがプロ政治家ではないトランプの大胆さだ。ハリス前太平洋軍司令官のようなタカ派軍人がこれに賛同するというのは誰も予想していなかっただろうが、この調子で行くとトランプにはまだまだ十分勝算が見込めるかも知れない。

シンガポールでの会談後の記者会見でトランプは、北朝鮮の核放棄プロセスの開始について来週にも実務者競技が始まり、北朝鮮もやる気は十分だとも断言していた。さらなるサプライズでトランプはその後、金正恩と電話番号も交換したと明かした。つまりホワイトハウスと平壌がいつでも繋がる電話ホットラインで結ばれたわけで、さっそく17日日曜日には再び金正恩と電話会談を行われた。

今後の実務協議を担うポンペオ国務長官の方では、ソウルを訪問して日本と韓国の外務大臣に米朝会談の成果を説明する三者会談を行い、その共同会見で北朝鮮の核放棄の目処は2年半以内、という見込みを公表した。これはつまり、遅くとも2年半後には経済制裁が全面的に解除される、という意味だ。

トランプはわざわざABCテレビのインタビューで冗談半分に「一年後には俺が間違っていたということになるかも知れないが、そんなつもりは今はない」と逆説的に自信のほどを見せつけている。中国の抵抗くらいで諦めたり後戻りする気は、まったくなさそうだ。

最初から絵に描いた餅の「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的)」

アメリカの一流メディアの多くが、元からの反トランプ傾向もあって今回の米朝会談と合意内容に極めて辛辣な見方(「政治ショーにすぎない」などなど)なのに対し、米朝の和解の始まりについてアメリカ世論はむしろ支持し期待する傾向が強い。だが一方で、これまで肝心とされて来たはずの「非核化」については、楽観論は1〜2割前後に留まっている。

日本のメディアはこのことを矛盾している、政治ショーに踊らされている的に批判しがちだが、これはむしろ日本の側が自らの極度に偏向した見方に囚われているがゆえの的外れだろう。

核兵器が脅威と言うのなら、中国やロシアの方がよほどアメリカを狙える核武装を大量に保有しているが、それが今差し迫った脅威になるわけではないのは、それらの国々がもはや冷戦期のような「敵国」ではないからだ。その中国とロシアに比べて遥かに数も少ないし、だいたい実戦使用が可能なのかも怪しい北朝鮮の核は、アメリカと北朝鮮が敵対国でなくなるのなら、脅威としての順位も遥かに下がって当たり前だ。ちなみにこれは日本だって実のところまったく同じことだが、大きな違いは日本人にとって(少なくとも現政権やその熱烈支持層にとって)は北朝鮮が敵視の対象でないといろいろ都合が悪いからだろう。

日本のメディアの体勢やアメリカの一流メディア(ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、CNNやABCなど、基本「反トランプ」)は、今回の合意文書にこれまでさんざんアメリカ政府が繰り返してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄(CVIC)」と言う文言が盛り込まれなかったことにも極めて批判的だが、本サイトで以前から指摘して来た通り、この文言自体がアメリカ国内や同盟国、他の核保有国の慎重論や反対論を抑え込むための方便、レトリックでしかなく、合意文書に盛り込まれるかどうかはそもそもたいした問題ではない。

現にアメリカ世論の反応が、ある意味このことを証明しているとも言える。北朝鮮との和解の交渉に入るには「完全に核放棄させる」と言うスローガンは説得に必要だったが、いったん和解が今回のトランプ=金正恩会談のようにはっきりと示されれば北がアメリカを核で狙うこともなくなる以上、和解の方がCVIDと言う言葉だけのスローガンより現実的に信頼できるのだ。今回の合意文書に「完全な非核化に向けての努力」とだけ書かれたのは、韓国と北朝鮮の板門店宣言でも「朝鮮半島の完全な非核化」が謳われており、それを踏襲する文言になったのも想定の範囲内で、「北朝鮮に妥協しすぎだ」と言うのはかなりの部分、「言いがかり」に類する「為にする批判」でしかない。

そもそも口で言うのは簡単な「完全かつ検証可能で不可逆的」は、実際には理論的にも限りなく不可能に近い。核弾頭やその開発・製造設備を全て廃棄・閉鎖するだけでも「検証」が可能かといえば北朝鮮政府の申告を信頼する他はないし、物理的な廃棄は完了しても蓄積されたデータと知識と技術は残る。電子複製がいとも簡単にできる時代に文書やデータの廃棄を要求するのは意味がないし、知識や技術を持った研究者・技術者を北朝鮮から国外退去させて外国で軟禁状態に置くなどと言う日本では一部から出ている暴論が、人道上・人権上許されるはずもない。

シンガポールでのトランプの会見で驚かされたのは、いかに実は理の当然だったとはいえトランプがあっさりと「CVIDは現実的ではない」と認めたことだ。これも普通の政治家ならあり得ない態度で、そのあっけないざっくばらんっぷりには呆気にとられたし、このトランプ流にますますトランプ嫌いを募らせるジャーナリストもアメリカには多そうだ。

なにしろ自分の叔父がハーヴァード大学の著名な核物理学者だったことまで持ち出しながら、専門家の見解として10年から15年はかかるかも知れないこと、核弾頭を搬出するとしてもそれを無力化するだけでも膨大な手間と時間がかかることを挙げながら、一方でプロセスが完全に終了しなくともある段階までくれば後戻りできない、いわば「ポイント・オブ・ノーリターン」があることを指摘し、その段階でアメリカ政府としては北の事実上の核放棄とみなすことまで明言したのだ。数日後にポンペオがソウルで語ったことと併せれば、2年半後、つまりはトランプの第1期の任期内に、北朝鮮への制裁は全面解除され、国交正常化とアメリカ企業の北朝鮮参入も始まる、と言うタイムスケジュールがすでに決定しているのも同然だ。

ハッタリといえばハッタリ、詭弁とさえ言えるが、裏には冷静なリアリズムとプラグマティズムがある。まずこのスケジュールに反対する関係国がいるとしたら日本くらいなもので、実務上どうしても10年も15年もかかるプロセスのあいだずっと北朝鮮に経済制裁を続けるなどと言う態度がうまく行くわけがない。

今はまだ制裁の影響がそこまで北朝鮮の経済や国民生活を直撃しているわけではないにせよ、仮にダメージが最低限に抑えられたとしても、これでは北朝鮮国民にとってアメリカと和解するなんのメリットもなく、逆にこれまでは国に言われたから繰り返すだけのスローガン止まりだった「反米」が、北朝鮮国民のアメリカや国際社会に対する本気の憎悪や怨嗟になりかねない。

アメリカも韓国も(そしてこの点では中国も)、北朝鮮を国際的な経済流通システムに本格的に復帰させることこそが恒久的な和平の保証になると言う現実的な考え方(例えば鉱物資源の輸出で北朝鮮が潤うようになれば、わざわざその大事なマーケットを自ら潰すようなことはまずやらない)では認識が共通しているし、すでに有望な投資先として見る動きすら出て来ているのだ。なんらかの理由をつけて経済制裁が解除されるのは時間の問題だろうし、それを「北の言いなり」と批判するのも現実離れした的外れ、ネットの俗語で言えば「お花畑の平和ボケ」の典型でしかない。

「完全な検証」を求めること自体が非現実的で労力の無駄

それに「完全かつ検証可能」と言うポイントで現実に立ち返るなら、日本やアメリカに浸透している「騙されるな」プロパガンダの方こそが、よほど現実離れして荒唐無稽だ。

北朝鮮はそもそもなぜ核保有を計画したのか? とりわけ金正恩になってからの核開発は、なぜああも現実以上に派手に見せつけるこれ見よがしなパフォーマンスを伴っていたのか? 北朝鮮のような、こう言っては悪いが「吹いて飛ぶような小国」にとっては、核兵器は「持っているぞ」と対外的に喧伝できてこそ初めて抑止力としての意味を持つ。こっそり隠し持つことにはなんの意味もない。

だいたい日米で「騙された」と主張しているのは実際には合意をアメリカ側の各国も北朝鮮も双方が守る気もなく時間の問題で無効化されただけで、合意が一応は生きていたあいだ北の核兵器技術は開発の進展がなく凍結されたまま温存されていただけだ。隠れて開発を進めていたなどと言う事実はなく、単に最初からアメリカや日本などの側でも守る気がない合意がそうなるべくして無効になり、開発が再開されただけだ。

また仮に、今後の北朝鮮がそれでも密かに核開発を続けようにも、今持っている核とミサイルの技術を完成させるには、まだ数度の核実験による弾頭小型化技術の完成と、「火星15型」大陸間弾道ミサイルのロフテッド軌道ではない通常起動発射実験が少なくとも数回は必要だ。北朝鮮のように狭い領土しか持たず周辺諸国に囲まれていてはどちらの実験も筒抜けになるわけで、これ以上の核開発は密かに、国際社会の目から隠れてではそもそも不可能なのだ。そこで完全なCVIDを求めること自体、実のところほとんど意味がない。

これまで膨大な資金をつぎ込んできた核開発をこれ以上続ける経済的な負担の大きさよりも、「マッドマン理論」的な外交カードとしての役割も終わったのだし、その資金を今後は経済発展に注ぎ込んで国民生活の向上を図ることの方が、金正恩にとってはるかに現実的な選択になる。しかも狭い国土にも関わらず、相当に貴重な地下資源が埋蔵されているらしいのだ。その北朝鮮が国際的な経済システムに組み込まれるような制度設計が今後うまく出来れば、核武装など必要もなくなる。

そもそも「火星15号」がまだ完全には実用化に至っておらず、核弾頭もおそらくは完全には完成していない段階であえて「国家核戦力の完成」を宣言して対話路線に切り替えたことを見ても、金正恩には人類最強の兵器である核兵器を自らが使えるようになることそれ自体へのマチズモ的な願望はほとんどなさそうだ。ならばますます「隠れて核武装」の動機も意味もなくなる。

ここが例えば、密かに核武装を夢見て原発由来のプルトニウムの蓄積を増やしてきた日本政府の一部とは、発想が根本的に違うのだと考えるべきだろう。またその日本の右派が自分たちの願望の自己投影で金正恩相手の疑心暗鬼で怯えているのも、少なくともトランプのようなプラグマティストから見れば馬鹿げたことに見えるはずだ。

ちなみに日本のプルトニウム備蓄についても、日本の新聞でも日経新聞くらいしか報じていないようだが、シンガポール米朝会談の直前にアメリカからのいわば「爆弾」が投下されている。

日本が全く実現性のない「核燃料サイクル」政策を言い訳に備蓄してきたプルトニウムの総量は現在47トンにもおよび、長崎型原爆に換算すれば6000発ぶんにも相当する。このプルトニウムについてアメリカの国家安全保障会議が唐突に、日本政府に削減を要求してきたのだ。

一方でトランプ式ディールを「同盟国をないがしろにしている」と怒るアメリカ政界の守旧派からは、ここまでないがしろにするのなら日本の核保有を認めるべきだ、と言う暴論も飛び出しているが、果たしてこれが現実的に意味がある方針になるだろうか? トランプについていけず無視されている側のヤケクソにも見える。「蚊帳の外」なのは決して日本政府だけではなく、その「蚊帳の外」の既得権勢力の巻き返しも、今後またいつでもあり得るだろう。

アメリカ覇権主義の終焉と新たな世界のあり方の模索

ドナルド・トランプがこれまでアメリカ国内的には史上最悪の大統領かも知れないのは確かだろう。その就任が火をつけてしまった人種差別の怨嗟の暴発や、銃の乱射事件の多発は、アメリカ社会が陥っている危機的状況を示している。もっとも、それらの亀裂や歪んだ願望はオバマ政権下のアメリカですでに燻っていたものでもあり、トランプはそこに火を点けてしまっただけだとも言えはするのだが。

外交でもこれまでアメリカが世界に向けて発信して来た「自由と民主主義」の価値をないがしろにしているとも取れる点でも、トランプはアメリカの理想を破壊する大統領だと批判もできるし、自由と民主主義の価値観を共有して来たはずの伝統的な同盟国をないがしろにする態度も、多くのアメリカ人(とりわけ知識階級)が問題にするのも、一見筋は通っている。金正恩のような残虐で自国民を強制労働収容所に入れるような独裁者を「聡明」で「善人」と評価するアメリカ大統領とは何事かと言うのも、一面はその通りではあろう。

だがそのアメリカの理想が過去数十年本当に理想として有効で、世界にそれなりの利益をもたらして来たのかと言えば、大いに疑問もある。「自由と民主主義を守る」と言う大義名分は冷戦期には頑迷な反共主義に転じ、韓国の軍事独裁政権もアメリカ軍の威圧的な権威が支えて来たし、中南米で数々の民主主義的な社会運動や民主的な政権を潰して来たのも「自由と民主主義」を覇権主義を偽装する建前くらいにしか考えていなかったアメリカ歴代政権の本音に忠実だったCIAで、その資金援助でチリやペルーなどでは凄まじい思想弾圧や虐殺も行われて来た。

21世紀に入ってからのアメリカの「人権外交」にはイスラム教への宗教差別・人種差別の傾向も露骨に見え隠れしている。イラク戦争でも、確かにサダム・フセインのバース党政権も非民主的な独裁だったが、それなりに国民を食べさせて国内を安定させて来ていたのを、アメリカの独善的な「自由と民主主義」の押し付けで打倒した結果が、イスラム国の勃興も含む中近東のあまりに陰惨な現状で、その結果あまりに多くの命が奪われて来た。シリア内戦がここまで深刻な事態に陥ったのも、「自由と民主主義」を標榜してアサド独裁政権に反対する勢力にアメリカが大量の武器を供与したことが大きく、しかもその武器の多くがイスラム国に横流しされていた。あるいは、今のエジプトの軍事政権は、選挙で正当に政権についたムスリム同胞団を気に入らなかったアメリカが後押しして起こさせたクーデタで成立し、ムスリム同胞団への政治弾圧と多くの関係者の処刑が続いている。

これが「自由と民主主義」を標榜しながら独裁政権を支援し虐殺すら黙認して来たのもアメリカの「人権外交」の実態だ。トランプが言ったように「ひどいことなら他の国でもやっている」のは、より深い意味でも(つまり他ならぬアメリカがその「ひどいこと」に加担して来たことも含めて)ある意味でその通りなのだ。

もちろんそうした反イスラムの人種差別的な傾向は、トランプ政権の中近東外交にも引き継がれている。駐イスラエル大使館のエルサレム移転と言う暴挙も敢行したし、独裁どころか封建的な君主国家のサウジアラビアと連携して一応は選挙で大統領が選ばれているイランとの対決しようとしていることも、今後大きな禍根を引き起こして行くだろう。

だが打って変わってトランプの北朝鮮相手のディールは、そうしたアメリカの「自由と民主主義」を気取った覇権主義が第二次大戦後の世界で巻き起こして来た悲惨とはまったく位相の異なった、新たな国際社会のあり方を模索している。「多少の人権侵害には目をつぶって経済関係の深化で、つまり金儲けで平和構築」と言うのは確かにあまり立派な思想には見えないが、現実的には遥かに実効性があるのも確かだ。もちろん理想としては、人権も民主主義も守られるべきだ。しかし戦争で多くの人命が奪われたり、軍事費に膨大な国費が注ぎ込まれて国民が貧困にあえぐよりは遥かにマシなのも、その通りでもある。

ここはトランプと金正恩の「蜜月」の成果を冷静に見守る価値は十分にあるし、それが成功した先に見える未来も、必ずしも暗いものではない。

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