血迷ったとしか思えない、「蚊帳の外」から日朝直接対話に追い込まれる安倍外交の異常で非常識な悪あがき by 藤原敏史・監督

米朝首脳会談の直後から、日本外交史上前代未聞の「変なこと」が起こっている。とりわけ日本政府の最初の動きは、「非常識」で外交ルールの「掟破り」という点では空前絶後の「椿事件」かも知れない。外務省はまずモンゴル政府が主催した国際会議「ウランバートル対話」で北朝鮮に非公式・水面下接触を諮った。ここまでならまだ一応、国際会議の立食レセプションで話しかけるしか手段がないとはずいぶん困った異例の手詰まりとは言え、まだ外交ルールの鉄則常識の範囲内だった。

だが驚天動地というか呆れるというか、腰を抜かすような異常事態は、その接触が実際に行われる前から「これから水面下で接触する」とメディアが騒ぎ立て、立食レセプションの会場で日本のテレビ局のカメラが接触を試みる日本の外務省幹部と、その視線の先にいる北朝鮮外交官の姿を捉え続け、それがテレビのニュースで流されたことだ。

結局このレセプションで本当に話ができたのかどうかは未だ判然としないが、翌日には河野外務大臣がわざわざ記者に囲まれて取材を受け、非公式の水面下接触に成功して「日本の考えを伝えた」と滔々と語ってみせたのも驚きだった。この公然たる「水面下」接触(言うまでもなく矛盾している)は、日朝交渉の端緒を掴むためではなかったのか?「日本の考えを伝える」のは交渉が始まってからやることだ。

結局は交渉を始められるかどうかの課題すらクリアされた形跡もないままの単なる希望的観測で、今度はASEANの外相会合で河野太郎が北朝鮮の李溶浩外相と接触するかどうかが「焦点」だと日本の大手メディアは口を揃えて言い出したのだが、同じ国際会議に双方が出席すると言う以外になんの情報源もなさそうもないまま報道に載っているのにも呆れる。果たして、河野大臣は公式ガラ・ディナーで李溶浩と「立ち話」で「握手」して、相も変わらず「日本の考えを伝えた」のだそうだ。つまり1ヶ月以上前にウランバートルで部下に接触させたのと全く同じ話で、なんの進展もない。

わざわざ記者に自分を囲ませてパフォーマンスに余念がなかった河野太郎だが、相手側がどう応じたのかなど詳細は明かさず、その相手方である李溶浩は日本の記者の質問を悠然たる微笑みで余裕で無視した。つまり現段階で確かなのは、日朝間では全くなにも動いておらず、近い将来の展開も全く望めないことだけだ。それでもただの「立ち話」を自分の手柄のように言いたてているのが河野太郎なのだから、国民としては安倍内閣の「やってます」パフォーマンスの空虚さに呆れるというかシラけてしまう。

なんのための「水面下」「非公式」接触なのか意味が分からない

「ウランバートル対話」で日本外務省のいわば片思いストーカー行為のターゲットになった北朝鮮の外交官が、日本の記者に囲まれて質問ぜめに遭っていたのも「お気の毒」としか言いようがない。「それはおたくの国の外務省に聞いてくれ」と、イエスともノーとも返事のしようがなかったのも当たり前で、あくまで「非公式」で「水面下」のことは公表はしない、外交機密として外部に漏らしてはいけないのが、外交官の鉄則ルールなのだ。

だいたいそうでなくては「水面下」の意味がない。もちろん実際には、それぞれの国内世論を安心させるなどの情報操作を狙って、水面下接触が行われていることがそこはかとなく分かって来たり、どこからともなくリークで明らかになるのも、外交では日常茶飯事でもあり、水面下でどことどこが何を交渉しているのかを探る情報戦も外交官の日常業務だ。

逆にこのケースのように、まず交渉の端緒を掴まなければなにも始まらない状況では、国民感情的に強気を装わなければ世論の納得が得られないような対立関係があっても、「水面下」だからこそあえて、友好的で礼儀正しくとまでは言わずとも、少なくともまず信頼を得られるやり方を心がけなければ、交渉の入り口にも立てない。

だからこその「水面下」、公表せず、訊かれても答えないやり方を選ぶ必要もあるわけだが、そこで「水面下」のはずの接触を外務省がマスコミに取材するように命じていれば、その外務省は強気モードで「日本の考えを伝える」的な態度に出ざるを得なくなってしまうのも確かだ。

わざと北朝鮮外交当局の不信を煽っているとしか思えない

だから河野外務大臣のやり口には、「いったい何を考えているのか? 何が目的なのか?」と首を傾げてしまう。水面下交渉が報道にリークされるのは通常、ある程度うまく行っているか、少なくとも交渉が進展している場合に限られる(破綻するのが目に見える状況になれば「なかったこと」に出来るように)し、いかに外交交渉はしばしば狐と狸の化かし合いとは言え、狐と狸どうしならではの信頼関係がないと使えないワイルドカードだ。なにしろ最悪、秘密をリークしたことを理由に交渉が一方的に遮断されるリスクだってあるのだ。

北朝鮮の外務省から見れば、この日本の「接触の試み」には不信感しか抱けない。同じ国際会議に出席しているのだからレセプション以外のもっと目立たない接触の手段もあるし、まして会場で接触を図ることをマスコミに事前に知らせる必要なんて、本当に交渉の糸口を探しているのなら皆無だった。

もちろん日本のテレビ局も、 ASEANはともかく「ウランバートル対話」は外務省から事前に知らされていなければわざわざカバーするようなイヴェントではなかったし、どちらの国際会議でもレセプションやディナーにばかり注目するのは異常な報道だ。日本の記者が北朝鮮の代表団を取り囲んだのも、日本の外務省に示唆されたというか、こと「ウランバートル対話」では日本のメディアは外務省の意向を受けて取材していると誰でも見抜くし、しかも外務大臣が「日本の考え方を伝えた」と一方的な虚勢をうそぶくようでは、本当にやる気があるかも疑わしい。

もし本気で動いていて、なんらかの将来性が期待できるなら、だからこそ逆にこうした段階ではシラを切り通すのが外交の常識だ。なにしろ「水面下」の最大の効用は、失敗した交渉は「なかったこと」にして失敗の責任を押し付けあってお互いを責めなじり合う(最悪、戦争になる)事態を防止できることにある。

しかも「非公式」で「水面下」、つまりは秘密裏に進める必要が出て来るのは、デリケートな交渉であればあるほど予測される多方面からの妨害があるし、それが防げなければ頓挫してしまう。なのに日朝交渉が始まるかどうかも分からない前から「水面下で接触する」とわざわざ公言するとは、いったい何事なのだろう?

安倍政権の真意は、対話の可能性をぶち壊しにして北側に責任をなすりつけること

現状の日朝関係は、交渉成立の見込みがまったく未知数どころか、双方の不信感が最高潮に達している。だからこそ非公式かつ水面下でいかに地道な接触から信頼を築き本格的な交渉のテーブルへ、というのが現場の外交官の腕の見せ所になるはずなのに、接触すら始まる前からここまで大騒ぎをしてメディアに(つまり日本国民にも、国際社会にも)筒抜けにしてしまったのが日本政府だ。 いうまでもないがウランバートルに日本のメディアが押し寄せたのは、外務省がその情報を流した、というかはっきり言えば取材するよう指示したから(情報を伝えること自体が指示になるのが、日本的な忖度社会の常)に決まっている、と誰もが気づく。

こんな奇行の意図はどこにあるのだろう? 普通に考えれば、森友・加計スキャンダルで政権の関与を示す数々の証拠文書が立て続けに暴露されてただでさえ立場が危ない安倍政権が、得意のはずの北朝鮮問題でも「蚊帳の外」批判を抑さえ切れなくなった窮余の策で、とにかく何かやっているポーズは見せなければと、大慌てで日朝直接交渉で拉致問題解決の姿勢をアピールしようと焦った、と言うのが普通の見立てだろう。

だが本当に日朝交渉で拉致問題を解決したいのなら、なぜ接触が始まる前から信頼関係をぶち壊しにしかねない外交ルール違反をやったのだろう? 日本側と水面下で話したかどうかを日本の記者が北朝鮮の外交官に詰め寄って問い質す(その日本の記者はもちろん、日本の外務省から情報を得ている。つまり北朝鮮から見れば日本外務省のメッセンジャーないし子分)なんてことになれば、相手側は「日本政府は信用できない」と判断するし、ちゃんと断って来るならまだいい方で、徹底して無視されても当たり前、それもまず話し合おうと言うのですらなく「日本の考え」をいきなり一方的に言っただけでは、交渉もへったくれもない。

これも安倍政権がそこまで愚かで非常識な政権だから、と言ってしまえば楽ではあるが、いささか短絡的に過ぎ、この政権の本質や真意を見くびった甘い見方なのではないか? むしろ邪推も含めてうがった見方をすれば、真意は今後の北朝鮮との交渉の可能性をわざと潰すことにあるのではないか?

相手国にしてみれば、安倍政権はもはや話し合う意味がない相手

だいたいこんな「非公式接触」では相手国の不信感を呼び起こすだけだという想像力すら持てなかったとしたら、安倍首相も河野外相も、そのあまりに愚かな独りよがりに呆れる他はない。

そうでなくとも北朝鮮から見れば(と言うか世界中のどの国から見ても)致命的な政治の私物化スキャンダルにセクハラ問題まで明らかになった安倍政権はどうせ短命だろうし、本気の交渉は次の政権になるのを待とう、と言うのが常識的な対応になる。仮にこうした世論の批判を無事収拾できても、安倍政権の当面の任期は9月の自民党総裁選までだ。総理が変われば政策も変わるかも知れないのに、北から見れば今交渉に入ったところで無駄足になりかねない。つまりもともと今の安倍政権では、トランプと金正恩が本気で永続的な関係改善を目指せば目指すほど、日本が「蚊帳の外」になるのは当然だったし、常識を無視したデタラメな接触を試みたところで、北朝鮮外務省は無視するか、対話に乗って来るわけがない。

シンガポール米朝会談も直前までなんとか潰そうとしていた安倍首相

だがむしろ、そうなることをこそ、安倍政権は実は期待しているのではないか?

日本のやり方が外交ルール無視の非常識だから信用できない、というのが外交の基礎知識があれば当然の流れになるが、そう指摘することをテレビのニュースやワイドショーのコメンテーター達が(分かっていながら)避け続けるだけでも、大多数の日本国民は「安倍首相は頑張っているのに北朝鮮が無視して逃げた。卑怯だ」という印象を持ち、どんなに国益は損ねていても、安倍首相の地位だけは安泰になる。世論操作に騙された結果の勘違いで「安倍さんの強気姿勢は正しい、トランプは愚かだ、北朝鮮に騙されるに決まっている」と思い込む人も増えるだろうし、だからこそ現にそのトランプについての印象操作的な報道も、日本のメディアでは増えて来ている(まあ放っておいても内政的にはむちゃくちゃな大統領だが)のも確かだ。

安倍政権は北朝鮮との対話なんて本当はやりたくないからこそ、日朝交渉の可能性をわざと潰しておいて、その責任は全て「北朝鮮が悪いんだ」と相手に押し付けることを狙っているのではないか?

もちろんこんなでっち上げ報道の世論操作は日本国内でしか通用しないが、国内で国民が騙されている限りには(つまりマスコミが「本当はこうだ」と報道しない限りは)、安倍首相は国内での政治的地位の安泰だけは確保できる。目下の懸案が総裁選三選ならば、元から北朝鮮相手に本気で交渉を始めることはよくて両刃の剣、下手するとマイナス要因にしかならないのも確かだ。自民党とその支持層には北朝鮮を敵視するだけの強硬派が少なくない。

いつまでたっても日朝交渉が始まらず、拉致問題になんの進展も望めなければ、未帰還の拉致被害者やその帰国を待つ家族という直接に害を被る人たちが確実にいるのだが、これも所詮、安倍首相と自民議員の多くにとっては他人ごとに過ぎない。しかも被害者と直接に関係があるのは極めて少数の人々しかいないし、その中でもすでに高齢の親世代が亡くなれば、すべてをウヤムヤに済ませられるどころか、亡くなるのを待って「復讐」まがいの世論の盛り上げすら可能かも知れない。

それに北朝鮮側に不信感を抱かせることでなんとか対話をぶち壊そう、と言う安倍首相の意図だけはよく分かった異常で非常識な行動は、6.12シンガポール日朝会談の直前にもあった。トランプが会談前日の6月11日夕刻に韓国の文在寅大統領と日本の安倍首相に報告というか挨拶の電話を入れたのだが、安倍はこれを受けていきなり記者達を集めたぶら下がり会見を始め、電話は自分だけでなく文在寅にもあったことは隠したまま、翌日の会談の内容についてトランプと「綿密なすり合わせ」をやったと言い出したのだ。

北朝鮮から見ればあくまで自国とアメリカとの交渉に、なぜ関係がない日本がしゃしゃり出て来るのか、と当然の疑問を持つ。しかも首脳会談前には絶対に部外秘でなければならない米朝間の実務協議の内容を含む「擦り合わせ」と言うのなら、北朝鮮政府が強烈な不信感を持ち、会談を始めるなり席を立つか、会談そのものをキャンセルしてもおかしくない。

これもただ、安倍があまりに自己中心的で頭が悪く非常識で他人の立場を考える能力に欠如し、ただひたすら「蚊帳の外」が国内でも囁かれ批判され始めていた現状をなんとか覆したかっただけの愚行なのだろうか? 安倍本人に深い考えや悪意がなかったとしても、予想される結果として、妙に姑息でずる賢くいやらしい効果すら出て来かねなかったのがこの謎の会見だったし、外務省までがそういう結果になることもシミュレーション出来ないほど愚劣だったとはさすがに考えにくい。

幸い金正恩は安倍の姑息なハッタリには引っ掛からなかったのか、この日本の妙な動きは徹底的に無視して終わった。もしかしたら一度は不信感も覚えたものの、そこはトランプがうまく解きほぐしたのか(実際、6月12日のトランプは驚くほど金正恩への親しみをアピールし、いかにも痒い所に手が届くような配慮を事欠かなかった)、いや金正恩としては中国の「裏切り」でそれどころではない苦境に追い込まれていたのが一番大きかったのかもしれない。

中国の「妨害」で中途半端に終わった6.12会談

しかもその「裏切り」で中国を直接非難する立場には、北朝鮮もアメリカもないのだから話がややこしい。本サイトの記事では6.12会談の前から中国の協力なしには米朝首脳だけでは「朝鮮戦争の正式終結」などの具体的な成果が出せないのに、その中国が動きそうに見えないことに危惧を表明して来たが、案の定会談の後になって習近平が「朝鮮戦争の終結」について金正恩に難色を示して来ていることを東京新聞(6月25日朝刊)などが報じていた。事実関係を客観的に見ているだけでも分かりきっていたことに、後になって裏付けとなる事実が報道されたわけだが、米朝で進む和解・雪解けになぜ中国が抵抗を始めたのかの動機については、今のところ拙速な憶測は避けるべきだろう。

ただ「朝鮮半島の非核化」に直接関わるステークホルダー国の中では他にも、すでにロシアもまた、その極東地域の安全保障政策の抜本的な見直しを迫られる「非核化」にすぐには賛成しない意思を、米朝会談直前のラブロフ外相の訪朝時に露骨に示していた。平昌オリンピックの直後には積極的な関与の意思すら見せていた習近平だったが、このロシア同様に「様子見」を決め込むよう方針転換したのも、米朝韓の三国主導で進む事態を牽制することにはなるのだから、そこが狙っているのかも知れないし、中国国内の問題で人民解放軍を説得しきれなかったから、という可能性も排除できない。

いずれにせよ安倍政権がどうしても日朝対話を避けたい(理由は後述するように多々ある)か、今後の米朝の対話と和解をどうしても妨害したいのなら(そうすれば日朝交渉の開始も避けられる)、ここは習近平とプーチンの意図を分析して、それこそ「水面下」で協力だか共謀でも模索するのが、まともな外交能力のある政権なら当然やることだろう。

だが安倍外交は、もはや北朝鮮について利害が全く一致しないことが自明になっているアメリカのトランプ政権ばかりを相手にべったり・媚び売り・抱きつきの対米追従をひたすら続けているだけで、ロシアとも中国ともむしろ溝は深まっている。そのトランプには逆らいたくないのが最大の動機なのであろう日朝交渉の意思表明については、今のところ9月にウラジオストクで開かれる国際会議にプーチンが金正恩を招いているのを利用して、日本政府としてはこの場での首脳会談を模索しているのだそうだ。

いやちょっと待て。まず今の流れからしてロシアのプーチンが日朝交渉のお膳立てに協力するとは考えにくし、なによりも9月と言えば戦後73年の記念日である8月15日がその前に来る。ここで日本政府が戦争と植民地支配についてどんな反省の姿勢を示すのかによっては、「過去の完全な清算」が条件のはずの日朝交渉は破綻するのだが、安倍政権はそんなほんの2、3ヶ月後の見通しも立たないほど切羽詰まって混乱しているのだろうか?

いやむしろ安倍政権は北朝鮮が態度を硬化させることを狙っている、つまり交渉を潰したいのが真意であるのなら、この無謀に見えるスケジュールをメディアに報じさせていることも説明はつく。ただしその時には韓国政府だけでなくトランプのアメリカも日本を厳しく批判して当然であることになぜ考えが及ばないのだろうか、という疑問は残るが。

「安倍三選」のためには日朝交渉で「拉致問題」解決は必勝カードに思えるが…

だいたいいくら国交がないと言っても、立食パーティーで捕まえる以外にまったく接触の手段がないということ自体が、本当にそこまで関係が悪いのだろうか?

なんでも日本の外務省が北朝鮮にミサイル実験などを「抗議」するときにも、北京の日本大使館から北朝鮮の駐北京大使館にファックスを入れるしかなかったとも言われている。だから韓国の文在寅大統領やアメリカのトランプ大統領に、金正恩との首脳会談で拉致問題を取り上げて欲しいと頼み込んだのも、他に北朝鮮に持ちかけるやり方が思いつかなかったからだというのだが、これも果たして本当なのだろうか?

安倍首相はホワイトハウスを訪問しての日米首脳会談後の共同会見と、国会予算委員会の集中審議で、北朝鮮と(国交の正常化を最終的な目標とした)対話に入る準備があると表明している。国会答弁では金正恩が米朝首脳会談を決断したので「指導力がある」と評価までして見せたが、しかしこのどちらでも実際の映像を見るといかにも、鬱々として暗く、追い詰められたような、いかにも本音は「やりたくない」という表情のまま、原稿を読んでいただけだった。

さすがに「蚊帳の外」批判が無視できなくなり、これまでの想定(というか妙に楽観的な願望)に反してトランプが米朝交渉について本気だと分かってしまえば、日本だけが対話を拒否し続けるわけにも行かず、第一次政権以来ずっと「拉致の安倍」を売り物にして来たのに「やる気がないのか?」と国民も疑い始める。拉致被害者家族会もこれまでは「政府にお願いする立場」でしかないので控えめな主張しかできて来なかったが、彼らから見れば「この最後のチャンス」を安倍がみすみす逃すのなら、さすがに堪忍袋の緒が切れる。

またもちろん、米朝対話を一気呵成に進めるトランプに「見捨てられる」恐怖も小さくないはずだし、国内では森友・加計スキャンダルでも追い詰められている安倍政権ではあるが、それでも自民党の中では「安倍三選」への期待は強い。だから「総理、ここはやるしかありませんよ」と側近にでも言われれば、安倍も同意せざるを得ない。

しかし本当はやりたくない。ならば対話の可能性を潰して北朝鮮のせいにすることが、安倍晋三本人にとっては最良の選択肢には確かになる。だからこそ、官邸リークによれば米朝会談での金正恩の態度は「前向き」だったらしいのが、安倍本人はいかにも暗い、乗り気でない表情で「詳細は差し控えたい」とだけ繰り返しているのだろう。日朝交渉について金正恩が「前向き」では、なんとか先方に断らせようとしている安倍が作りたい「ストーリー」とは矛盾するのだから仕方ないが、ならばそれを逆利用することも当然の計算になる。

つまり政府与党としてはやる気を見せざるを得ないところだが、安倍首相本人はやりたくないから話そのものを潰して北朝鮮のせいにするのが官邸の裏の狙いだとすれば、マスコミ報道に配慮・忖度した動きが既にあることにも気づく。北朝鮮の労働新聞が日本について「解決済みの拉致問題をわざわざ持ち出して自国有利に話を進めようとしている」などと指摘して「卑劣」と非難した論評などを、前から言われて来た通りで今さら繰り返す必要もないのに、わざわざ大々的に報じているのだ。

朝鮮総連を通じて日朝首脳会談を打診すれば、金正恩は必ず対応する

だいたい、本当に北朝鮮政府に打診するパイプが全くない、というのも信じ難い。3年前までストックホルム合意に基づく拉致問題再調査の交渉が続いていたのだし、その実務担当者は北側の相手方に連絡を取れる手段くらいは残しているだろう。

それが使えなくなっているとしても、ならばそれこそ「水面下」で中国や韓国に仲介を頼んでもいい。現状の北朝鮮・アメリカ・韓国の三ヶ国中心で進む事態が内心面白くない中国はともかく、文在寅は喜んで協力するだろう。ただしこのルートを使う場合には、南北両国、つまり朝鮮民族の全体に対しての植民地侵略と戦争の反省の表明は必須だ。それこそが安倍が日朝交渉を避けたい最大の理由のひとつなのに、これではあまりに都合が悪過ぎる。

それになんと言っても、公式のルートはちゃんと日本国内にあるのだ。北朝鮮の在外公館はなくとも、その政府代表部の役割なら朝鮮総連が担っている。総連を通して総理大臣の公式の親書を渡せば、北朝鮮政府としては総連の日本国内の立場は悪化させるわけには行かず、絶対に無視はできない。いやむしろ、喜んで対応するだろう。

金正恩が本当のところ、どこまで在日朝鮮人の置かれた差別的な状況に心を痛めているかどうかは分からないが、公式にはあくまで自国の公民だ。その人権や立場への配慮は国家指導者として義務であり、「在日同胞」を見捨てれば国民に対する権威も、国際的に主張できる正当性も失う。現にストックホルム合意でも、金正恩が拉致再調査の「見返り」として求めたのは在日朝鮮人の人権保護と総連の立場の尊重だけだった。その後日本政府が朝鮮学校を高校無償化政策の対象から外すと、金正恩自らの名義で朝鮮学校に寄付金が贈られている。

例えば朝鮮総連のトップ幹部を首相官邸に招いて首相と面会させ、金正恩への親書を託す、と言ったようなパフォーマンスをやれば、朝鮮総連の日本国内での立場を改善する目に見える政治的ジェスチャーにもなるし、そうやって受け渡された親書を北朝鮮政府が無視するのであれば、今度は北朝鮮政府が総連と在日朝鮮人コミュニティを無視する格好になる。そんなことは金正恩政権はまずやらないし、立場上そもそも出来ない。

つまり、日朝の直接対話は朝鮮総連を通した公式ルートなら確実に始めることが出来るのに、なぜ安倍政権はこのもっとも分かり易く、真っ正直で裏表がなく相手の信頼も確保できて、しかももっとも簡単で、誰もが思いつくやり方を取らないのだろう? 「本当は日朝交渉なんてやりたくない」、なぜなら戦争と侵略の反省や在日朝鮮人への差別を持ち出されたくないから、もっと言えば在日朝鮮人をはじめ朝鮮民族を差別し敵視し続けたいから、という以外に、説明がつかないではないか。

拉致問題の解決に「前のめり」はただの虚勢、安倍にやる気はまったくない

拉致被害者の家族はしょせん、日本政府が動いてくれなければ家族を救出できない弱い立場でしかない。しかも人数から言えば「家族会」よりも「救う会」などの支援組織らしき団体の方が遥かに大きく、その「救う会」が安倍首相の強力な支持層を形成して政権とも近い関係にある以上、政府に対してなかなか強い立場でものが言えない。

だがそれでも、家族会は対米追従で「最大の圧力」を繰り返すだけの安倍政権に対し、拉致問題は日朝間の問題でアメリカ任せには出来ないこと、日本政府が直接動かなければならないことを、控えめな態度ながらも辛抱強く訴え続けて来ている。もちろん家族がいわば「人質」に取られた格好では、アメリカの武力行使など絶対に許容もできないのだが、そうした複雑な立場や憂慮に、安倍政権が配慮を見せたことは皆無と言っていい。

家族会は昨年トランプが来日した際にも面会させられた(すでにブッシュ、オバマとも面会しているのでこれで3度目だが、もちろんその結果として拉致問題は1mmたりとも動いていない)が、横田早紀江さんがキリスト教系の支援団体の会合で「戦争だけは絶対にやめて下さい」と言おうと思う、と述べると、紛れ込んでいた「救う会」系の人間に、安倍首相に対し「恩知らず」と罵倒されたのだそうだ。なにが「恩」なのかもよく分からないが、横田さんは結局、トランプとの面会後に「言いたいことが言えなかった」と漏らしている。

実を言えばドナルド・トランプ本人にしても、日本人拉致被害者が殺される可能性が高いこと以前の問題で、どっちにしろ武力行使など不可能というのが当然の前提だった。つまり横田さんがそこまで心配することもなかったのだが、しかしなぜ安倍政権が拉致被害者家族をトランプに会わせたのかと言えば、国内向け人気集めの世論アピールに加えて、北朝鮮敵視を煽りトランプを武力行使の方向にプッシュする意図も見え隠れしていた。

トランプの「あらゆるカード」を完全に誤解していたツケ

なにしろ安倍政権はトランプに「あらゆるカードがテーブルの上に」と言われ、てっきり武力行使のことだと思い込んでいたのだ。なぜそんな現実離れした勘違いに陥ったのかと言えば、心理学的には答えは簡単だ。期待していたからこそ、自分たちの願望する方向に勝手に解釈してしまったのだろう。安保法制もあるので、集団的自衛権の行使名目で日本もまた直接北朝鮮と戦争ができる、と期待を膨らませていた節すらある。

もちろんそんな安倍政権の想定と言うか期待は全くの的外れだった。北朝鮮の核兵器が実戦使用の段階に達していないとしても(現にアメリカを攻撃できるICBM「火星15型」は一回しか発射実験をしておらず、まだ実戦使用に耐えるものではない)、通常兵力の反撃だけでも「ソウルを火の海に」という脅しはかつて金正日政権が発したことがあり、この時にはクリントン政権が折れて米朝枠組み合意の交渉が始まった。この状況は、今でも全く変わらない。

もちろん戦争になれば通常兵器だけでも北朝鮮には全く勝ち目がない以上、北から戦争を仕掛けることは絶対にあり得ない。かと言ってアメリカからというのも、ならば北朝鮮の文字通り死にものぐるいの反撃で少なくとも韓国国民数十万から数百万の犠牲は覚悟しなければならない。しかも今や中短距離ミサイルでの核攻撃なら恐らく可能で、ならば日本と在日米軍基地に甚大な被害が予想されるのだ。

つまり一時期アメリカで「斬首作戦」だの「鼻血作戦」だのが計画されていると報じられたのも、作戦立案だけは一応準備されていても(ちなみにそのCIAの担当者が今ではポンペオ国務長官の対北交渉チームの最重要スタッフになっている)実際にはあくまでただのシミュレーション、本気で実行する気などあろうはずもなかった。いわばブラフ、はったりの類に過ぎず、それも北朝鮮を牽制するというよりも、むしろアメリカ国内向けに「弱腰」と見られないためのパフォーマンスの意味合いが大きかったと言えるだろう。

昨年夏からトランプと金正恩はずっと対話にやる気満々だった

一時期のトランプと金正恩の罵倒合戦についても、トランプ本人は「レトリックだった」「本当はあんなこと言いたくなかった。ちょっとバカバカしいし」とまで妙に正直に明かしているが、「チビのロケットマンは病んだ仔犬」とかおもしろ過ぎて、トランプの他の(本気の)罵倒とはレベルがあまりに違っていて、とても本気とは思えなかった。

本サイトでは昨年秋の日本の総裁選の時点ですでに、アメリカの武力行使はあり得ないこと、「あらゆるカード」の真意はトランプの金正恩との直談判だと指摘しているが、ちなみに筆者自身はさらに3ヶ月ほど遡って5〜6月には金正恩が核開発を派手に見せつけていた真意がアメリカを対等交渉の場に出て来させることにあり、トランプもその金正恩の裏のメッセージを感じ取って乗り気だろうと分析していた。

そう確信できたのは、北朝鮮官憲にスパイ容疑で逮捕拘束され、原因不明の脳炎を発症していたアメリカ人大学生オットー・ワームビア君が意識不明の状態で帰国し、まもなく亡くなった特異な経緯があったからだ。アメリカとどこかで和解を模索する気がなければ、北朝鮮政府がワームビア君をわざわざ帰国させたはずがない。脳炎を発病したのも拘束時の衛生状態が劣悪だったゆえの自然原因どころか、拷問などの意図的な虐待の結果だった疑いもある。ならばそのまま遺体を国内で火葬してしまって遺骨だけを返還すれば完全に隠蔽できるのを、北朝鮮がわざわざ帰国させたのは、つまり自国政府の犯罪行為の証拠をあえて渡したに等しいか、本当に潔白に自信があっての善意のジェスチャーとしか考えられない。この時点で北の核開発がやはり(元から最も可能性が高かった想定通りに)対米対等外交を成立させる一手段であることは明白だった。

逆に言えば、アメリカとの対等交渉さえ達成されるなら、維持経費がかさむだけの核保有は金正恩にとってそこまで必要なものではないと言うか、実のところ持っている意味がない。核兵器の使い道はせいぜいがアメリカと核放棄に合意したポーズを取ることでアメリカに華を持たせるか、自国の核放棄と引き換えにアメリカや中国、ロシアの核削減を要求することしかなかったのが最初からだし、核武装を続けたところで北朝鮮の国力ではアメリカやロシア、中国の巨大核武装の前では足下にも及ばない。実のところ核開発には安全保障面での現実的なメリットは最初からなにもなく、つまり最初から外交カードのスーパー・ジョーカーでしかなかったのだ。

中国に頼めないなら自分がやるしかない、と考えたトランプ

帰国したワームビア君が意識を取り戻すことなく亡くなってしまうと、今度はトランプ政権が両親の宗教を理由に解剖を行わない、つまり死因は究明しないと表明した。いかに宗教上の禁忌でも「息子さんは北朝鮮に殺されたのだから証拠をしっかり押さえましょう」と説得されれば両親も解剖に同意しただろうし、だいたいキリスト教原理主義の厳格な宗派の中には輸血や解剖を禁じるものも確かにあるが、具体的にエホバの証人であるとかアーミッシュなどの宗派名も明らかにされなかった。

つまりトランプ政権はトランプ政権で、ワームビア君の死について北朝鮮政府を責める意思はない、という明確なメッセージを発していた。ちなみに6.12シンガポール会談のあとでトランプ大統領はワームビア君のことを「オットー」と親しみを込めて言及し、その死は悲しい犠牲だったが平和のための大きなきっかけになったことに感謝を表明している。

このオットー・ワームビア君事件からさらに遡ること1ヶ月ほど、トランプは習近平を自身のフロリダの別荘に招き、この時点では中国が北朝鮮を説き伏せる成り圧力をかけるなりすれば核開発を止めさせられる、という算段だった。

もともと選挙公約でも「世界の警察官をやめる」「他国を守るためにアメリカ国民の税金は使わず、アメリカの若者の命も危険に晒さない」と主張していたトランプにすれば、東アジアのことは東アジアで解決すべきでアメリカは深入りは避けたい、という考えも最初からあった。選挙戦での公約ではロシアとの関係改善に自信を見せ、これは選挙へのロシア介入疑惑で頓挫してしまったままだが、就任して以降は貿易問題では対決姿勢を鮮明にしていた対中国外交でも習近平との信頼関係アピールに余念がなかったのも、旧来の冷戦構造を引きずって「アメリカが同盟国を守る」、そのために海外で膨大な戦力を展開し、その経費はアメリカ国民の税金、という従来の安全保障政策をそのまま踏襲する気はないと言うトランプの意思を如実に示していた。

この型破りだが確信犯的な態度は、トランプがアメリカ国民全体の風潮をワシントンDCの政治家たちよりも遥かに敏感に察していたからでもあろう。アフガニスタン内戦への介入やイラク戦争の失敗でアメリカの、とりわけ右派の世論は大きく変わっているのだ。世界一の強国の派覇権を維持することでアメリカの国益と安全を守ると言う共和党右派の伝統的な外交政策への幻滅も、トランプがまず共和党の予備選挙で意外な支持を集めた大きな理由だったし、逆にいえば共和党主流派もアメリカのメディアも、こうした世論の顕著な変化を見抜けていなかった。「アメリカ・ファースト」と言うスローガンは安倍政権が期待したようなアメリカの強国覇権主義の復活をまったく意味していない。むしろ真逆の考え方の表明なのだ。東アジア・西太平洋に関して言うならば米軍は手を引き、その地域の安定は中国を中心にした当事国に任せればいい、と言うのがトランプが公約した基本路線の現実的な中身だったし、選挙戦で中国を非難し続けたと言っても、実際に語っていたのは経済問題と貿易不均衡についてだけだった。

ところが習近平と会ってすぐに気づかされたのは、金正恩の方針が父の金正日時代の北朝鮮とはまったく違い、中国相手にこそ露骨に反抗していて、中国政府にはもはや全く影響力がないという、旧来の冷戦構造に凝り固まった先入観では予想もしていなかった現実だった。北朝鮮はもはや中国の属国・保護国ではなくなっていた、というよりもそんな屈辱的な状態から脱することこそが、金正恩の外交目標のひとつだったのだ。

かと言って、この現実を明らかにしてしまえば、中国国民は自分たちが妙な小国で事実上の属国(歴史的にも中華帝国の朝貢国)くらいにしか認識していなかった北朝鮮なのに、習近平には言うことを聞かせる力もないと気づいてしまう。これでは北京政府の威信そのものが失墜し、格差や公害への不満がくすぶっていて、しかもチベットや新疆ウイグル自治区などの少数民族問題も抱え、自由主義体制を保証して来た香港市民との関係もギクシャクして不安が漂う中国の内政が大混乱に陥るリスクも無視できない。そうでなくとも中国は確かに共産党独裁体制を維持しているものの、改革開放路線が定着してからと言うもの国民の価値観は商売こそが優先で、その商売のためなら国の言うことなんて聞く気がほとんどない。対北朝鮮の経済制裁がさほど効果を発揮していない大きな理由もここにある。北朝鮮と取引のあった中国の企業や個人は必ず裏ルートに使って出来る限り損益を減らそうとするし、いかに強硬に取り締まろうがいたちごっこにしかならず、長引けば習近平が支持を失いかねないのが現実だ。

習近平の強力な指導力があってこそ中国の政情は辛うじて安定し、中国が世界経済の牽引車を演じられているように見えるが、その土台がトランプが思っていたほど盤石なものでもなかった。ならば自国の外交戦略を根底から見直すしかない。もともとプロ政治家ではなく、だからアメリカ政治の既存の「外交常識」からは自由だったトランプにとって、「根底から見直す」は文字通りの意味を持つ訳で、「あらゆるカードがテーブルの上に」と言うのなら、これも文字通りに受け取るべきだったのだ。むしろこれまでの「常識」では考えられないような発想であればあるほど、アメリカの既存政治エスタブリッシュメントの否定を掲げ来たトランプにとっては支持者固めのメリットも大きくなる。

そのトランプは、だから北朝鮮情勢を巡っても「中国はベストを尽くしてくれているが、それだけでは十分ではない。だが彼らは頑張っているんだ」などのツイートなどで習近平擁護を繰り返しつつ、裏では自分がやるしかない、と言う決意を固める一方で、だからこそ「北朝鮮の言いなり」との批判を浴びないように極端な強気・強硬のポーズを取りながら、直談判のチャンスを狙い続けていたわけだ。

歪んだ「希望外交」に囚われた安倍政権の愚

こうしたトランプの意図を見抜けなかっただけなら、まだ安倍外交をそこまで決定的に愚かだったと批判するのはフェアではないだろう。極右層の支持を受けて大統領になったのがトランプで、最初の一年間に政権内でもっとも安定した発言力を持っていたのが軍人出身のマティス国防長官だったのだし、昨年夏に国連で核兵器禁止条約が提案された時にも暴力的な脅しまで駆使して潰そうとしたのがトランプ政権だ。核兵器の削減なんて考えているはずがなさそうに見えたし、まして米朝の直接対話こそがトランプの狙いで、その点では金正恩と目標が完全に一致していたことを見抜けないまま、むしろ既存の冷戦時代の図式で判断して従来のアメリカ保守的な政策を期待するのも、ある程度はやむを得なかった。同様の旧来の「常識」に囚われたままでは、最後には中国が北朝鮮を抑え込めるはずだという誤った(時代錯誤な)先入観から脱するのが難しかったのも無理はない。

だが問題はその先だ。日本政府が最も期待をかけていたマティス長官もまた、こちらはプロ軍人としての当然の良識で軍事行動に慎重というより絶対反対だったことを、日本政府はなぜか過小評価し続けた。

だいたいマティス氏の外交重視主張は当然で、筋金入りのプロ軍人だからこそ、甚大な被害を伴う戦争などまともな責任感のある人間なら手を出すはずがない。なのに安倍政権はなぜか、あり得ないと分かり切っている軍事行動にひたすら期待して、拉致問題などを強調して強硬姿勢でアメリカ政府を煽ろうとし続けただけではない。より致命的な愚かさは、他の可能性を検討すらまったくせず、想定が外れた際のオプションとなるような対応策もなにも準備していなかったところにある。

なんと言ってもトランプは「あらゆるカード」と言っていたのだ。ならば自分たちの見立ては見立てとして、それとは別にあらゆる可能性を複数想定しておき、なにがあっても切り抜けられる準備を複数シミュレーションし、なおかつ想定外にも備えておく心構えが、外交として当然だった。

戦争期待を煽りながら具体的な国土防衛策すら考えていなかった平和ボケ

ところ安倍政権はと言えば、期待通りに軍事衝突に発展した場合に日本の国土と国民の生命財産をどう守るのかの想定プランすら準備していなかった。一時は北朝鮮が中長距離弾道弾の実験でグアムのアメリカ領海のギリギリ外側を目標にするとわざわざ派手にアピールし、そのミサイルが日本の島根県・広島県・愛媛県・高知県の上を通過するとまで発表してみせたことがあったが、この件を国会で民進党(当時)に質問された途端、防衛省がこの4県への地対空ミサイルPAC3緊急配備を決定したのである。

笑い話にしても出来が悪すぎた。日本領土の「上」を通過といっても、弾道弾の軌道は地表から500Km以上の大気圏外の宇宙空間だ。PAC3ではそもそも届かない。この日本政府の慌てっぷりをしっかり見届けた北朝鮮政府は、グアム沖への発射実験のキャンセルを発表した上で、日本上空の通過について詳細に、県名まであげて言及したのは「悪ふざけだった」とまで言ってのけた。安倍政権の極右ポーズは北朝鮮に足下を見透かされて完全にバカにされていたのだ。

戦争に期待するわりにはなんら具体的なシミュレーションも対策も準備していないとしか思えないこのようなドタバタの挙句、安倍政権がせいぜい思いついたのがミサイル防衛強化のためのイージス・アショアの導入だった。これはイージス艦の防空システムを改良発展させたものを陸上に設置する、と言う最新鋭のアイディアだが、これまた実戦配備までに5年前後はかかるもので、直近ではなんの役にも立たない。

実戦配備は2023年と言われて来たが、米朝和解が始まっても安倍政権はこの配備方針をまったく変える気がないらしい。しかも当初言われていたよりも1.7倍増の4664億円と言う膨大な予算まで計上されつつあるのだが、配備が始まった頃には北朝鮮の核ミサイルは日本の安全保障上のリスクではなくなっている公算が大きい。単に国費の無駄になるだけでなく、かえって周辺諸国の疑心暗鬼を招き外交上の不安要素になる。現にすでに日露2プラス2会合(両国の外相・防衛担当相4者の会談)では、ロシア側に強い懸念を表明されてしまった。こんな調子ではロシアとの懸案である北方領土問題もますます先行き真っ暗だろう。

だいたいちゃんと現実性のある国土防衛策をシミュレーションしていたら、「そもそもアメリカが軍事行動に走ることはあり得ない」、ないし「アメリカがもし軍事行動という無謀な結論に至るなら、それは全力で阻止しなければ日本政府は日本国民を守りきれない」、この二つの結論のどちらかに達したはずなのだが。

安倍外交は「対米追従」というより「対米過剰期待」

戦後の日本ではとりわけ1960年の日米安保条約改定以降、対米従属は確かに裏の「国是」であり続けて来た。中でも安倍政権こそがこの自民党の基本方針にもっとも忠実な政権に見える。

しかしこれも、実は薄っぺらで読みが浅い評価なのかもしれない。もし安倍政権が本当にアメリカについていくしかないと考えているのなら、そのアメリカの意図を裏の裏まで徹底的に研究し、その利害や思惑を正確に把握して言われずとも先回りできるくらいの深い理解を心がけるはずだが、実際には的外れなことばかりやっているのだ。そんな日本の一方的な思い込みには、アメリカ政府としては絶対に許容できないことも少なくない。たとえば安倍が公賓として訪米した際の議会演説では、傍聴席に元慰安婦がいたのに謝罪もなにもなかったことに当時は野党の共和党から厳しい批判が上がっていた。

核武装についても、安倍政権はアメリカの核抑止力に依存せざるを得ないというよりも、日本が非核三原則や平和憲法の制約で核兵器を持てない代わりとしてアメリカの巨大核武装に憧れを抱いてすり寄っているようにも見えるが、潜在的には北朝鮮のそれよりも遥かにアメリカが警戒しているのが日本の核兵器開発の可能性だ。もし日本政府がその実現に動き出せば、科学技術水準の高さからして遥かに危険になるのだから当然ではある。その日本が「核燃料サイクル」を言い訳に使用済み核燃料を再処理したプルトニウムの備蓄を増やし続けて来たことには常に核武装の野心が疑われて来たのだが、トランプ=金正恩会談の直前になってアメリカ政府の国家安全保障委員会(NSC)が深刻な懸念を日本政府に通告している。このいわば「恫喝」に怯えたのか、日本政府はほんのひと月半でプルトニウム備蓄を減らして行く新しい原子力方針を出さざるを得なくなったものの、この新方針もプルトニウムをどんどん既存の原子炉のプルサーマル化で消費して行く、と言うのがメインで、実現性の低い言い逃れではないかとすでに疑念が向けられている。これではアメリカに「忠誠」と言うよりも、親分に叱られると尻尾を巻くだけの姑息な腰巾着の二枚舌的な振る舞いでしかない。

確かに安倍政権の外交はアメリカの言いなりどころか、言われたり頼まれる前からへり下り媚を売るためにアメリカに有利な話を持ちかけることもしばしばだ。「独自防衛力の強化」という安倍が積極的に邁進している政策も一皮むけば、イージス・アショアだけでなくF35の導入など、アメリカ製の高価な武器の購入話でしかなく、それも厳格な国家機密と知的所有権に守られて購入費のほとんどがアメリカ政府とアメリカ企業に行くものばかりだ。

大手メディアはどこも指摘しないが、カジノ・IRの実施法案の強行も、要はラスベガス・サンズやMGMリゾートなどのアメリカの大手ゲーミング・エンタテインメント企業の参入を前提にした、つまりはトランプ媚売り政策なのは、最初のIR法案がまず就任前のトランプに安倍がニューヨークのトランプ・タワーで会って帰国してすぐ強行採決されたのを見ても分かり切った話だ。

北朝鮮のミサイルに対する防衛のために導入が検討されたはずの陸上型イージスは、このままトランプと金正恩の対話・和解が進めば不要になる。逆に言えば安倍がトランプ=金正恩対話に日本の利害を少しでも絡ませたいか、その進展を少しでも牽制したいのなら、一見歓迎するポーズを取りながらも陸上型イージスについては「ではこれは要らなくなりますね」と再検討くらい示唆しなければ、トランプに足下を見られ続けるだけだ。

日本の大手メディアはしきりにトランプと安倍の「蜜月」を強調して来たが、初来日時に娘のイヴァンカ・トランプが主催する財団に多額の出資を表明するほどの「おもてなし」外交にはなんの成果も出ていないどころか、トランプには貿易問題で日本にとって不利な強硬政策を次々と打ち出された上に、先の日米会談でも共同会見で日本がこれから何十億ドル分もアメリカの兵器や農作物などなどを買う、と一方的に宣言されてしまった。トランプは安倍の期待するTPPではなく2国間FTAを迫り、安全保障を理由とした鉄鋼アルミの高率関税でも日本を除外しなかった。一方でトランプがやってくれたことと言ったら、安倍を「シンゾー」と呼んでやってゴルフに付き合ってやること、金正恩との会談で拉致問題を一応は提起してくれたことくらいだ。

トランプには安倍の期待に応えるつもりは皆無

6.12シンガポール会談後にさっそくトランプが電話をくれて、拉致問題を提起した(しかも2度も)ことも確認できたのはいいが、金正恩の反応については安倍本人は「詳細は話せない」とお茶を濁し続けた。官邸筋からのリークではポジティヴな内容だったとのことで、そこから日朝直接交渉の前のめりのやり過ぎが始まったわけだが、安倍本人はと言えば国会答弁でもなんとも悲しそうな顔で金正恩の「指導力」を褒めてみたりで、トランプから報告してもらえた金正恩の反応については「詳細は控えたい」のままだった。

そもそもなにを期待していたのだろう? まだトランプの本音が金正恩との直接交渉・米朝首脳会談だったと把握できていなかった時点では、拉致問題を訴えることは「北朝鮮はひどい国だから交渉などあり得ない、圧力で攻め続けよう」という扇動にもなったが、平昌五輪の直後にトランプ本人こそが実は乗り気だったと判明して以降ででは、トランプが拉致問題を北朝鮮を非難する文脈で持ち出し、北朝鮮が態度を硬化させて米朝交渉が頓挫するなんてことは、期待するだけ無駄と分かっていたはずだ。

すでに板門店で行われた南北会談でも、日本政府は文在寅に拉致問題の提起を依頼していた。ここでは文在寅が安倍の裏をかいて、拉致問題に留まらない「あらゆる過去の問題の清算」つまり戦争と侵略の反省や戦後補償と併せて金正恩に話し、その反応が「なぜ日本は自分で言ってこないのか?」だったことを青瓦台(韓国大統領官邸)が明らかにしている。同じことをトランプに頼んだところで、どんなに楽観視しても金正恩からは同じ返答しか返って来ないことも目に見えていた。

それに日本がかつて朝鮮半島を侵略・植民地支配して未解決のままの数々の人権侵害や戦争犯罪の問題をトランプが拉致問題と切り離してくれると期待している時点でおかしい。アメリカは第二次大戦の戦勝国で日本の帝国主義支配から朝鮮半島を「解放」した側なのだ。安倍政権はそのアメリカにとって第二次大戦が「正義の戦争」だったことも忘れて、自分たちの歴史修正主義を支持して欲しいと言うあり得ない期待に一縷の望みを繋いでいるようにさえ見えるし、一時は政権内からアメリカが日本の核保有も認めてくれるのではないか的な声すら漏れ聞こえていた。米NSCが日本のプルトニウム備蓄を警戒してその削減をかなり強い口調で迫ったのも、こうした安倍政権のあらぬ期待を完全否定するためだったのかも知れない。

これが本当に「対米追従」なのだろうか? むしろアメリカに日本の外交問題の処理の肩代わりを勝手に期待して、そのためにアメリカが喜びそうだと思えることを一生懸命にやることでアメリカを操っているつもりが、期待外れの連続で失敗し続けているだけではないのか? 例えばトランプは安倍が日米の軍事安全保障の「一体化」を目指していることにもまるで興味がない。むしろ在日米軍と日米同盟に関しても縮小撤退も視野に入れて予算を節約したいという考えが明白で、もっとも野心的な狙いはと言えば、日本が米軍縮小の部分を自主防衛力の整備(=在日米軍の役割縮小)で補うのなら、そこでアメリカ製の武器を大量に買わせることだ。

「アメリカに守ってもらうためにアメリカと完全に一致したい」という安倍の安全保障政策の根幹にしても、北朝鮮についてのトランプの考えは要するに「戦争になる理由をなくしてやったんだから守ってやる必要はもうないだろう」なのだ。だから対立の激化(「あらゆるカード」=軍事行動)を期待する安倍を裏切って直接交渉と和解を目標にして来たし、懸案の「非核化」ですら「北朝鮮の核放棄」とはまったく言わずあくまで「朝鮮半島の非核化」を公言して来ている。

シンガポール会談後の国内支持者向けの演説では北の核兵器についてはほとんど言及せず、むしろ北朝鮮の反米政策が終わり、全土で反米スローガンが撤去されたことを大きな成果として自慢しているのもトランプだ。元々この政権とは対決色が鮮明なアメリカのメディアは「北朝鮮の言いなり」批判を強めているが、世論の支持は元からのトランプ支持層に止まらない広がりを見せている。これもある意味当然で、北朝鮮の核武装が今後はアメリカに対して使われるリスクさえなくなれば、冷戦後は中国やロシアの大量核武装も容認して来たアメリカにとって、北朝鮮の核も同じことか、技術的にも未熟で数も少ないのだから、それ以下のリスクでしかなくなる。

ポンペオ国務長官も、日本がせめてもの期待をかけていた北朝鮮の核放棄プロセスのロードマップすら「決めない」とまで言っている。さらには北朝鮮が今も核兵器の原料となる核物質の生産を続ける能力があると認めながら、そのことで北朝鮮を非難するのでも制裁の強化を訴える姿勢を示そうとはしていない。政権内に残った対北朝鮮強硬派と目されていたペンス副大統領も(しぶしぶながら)歩調を合わせるように、核兵器開発については言及を避け、朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨の返還式典に出席して金正恩政権の誠意を評価してみせた。

ちなみに河野太郎外相が「立ち話」の成果をしきりに吹聴したASEAN会合ではポンペオ長官も李溶浩外相にちゃんと会っており、テレビカメラを意識してか非常ににこやかに握手を交わし、金正恩に宛てたトランプの親書を手渡している。

トランプは中国を再び動かせるのか、それとも朝鮮半島の非核化は先送りに終わるのか?

ポンペオがASEAN会合に行って金正恩宛の親書を李溶浩に手渡す前に、下院の公聴会であえて北朝鮮が未だに核物質の生産能力を維持していることに言及したのは、むしろ米朝会談の前後から消極的な態度に転じている中国を意識し、その牽制を意図した発言だろう。

現状、北朝鮮が提案している核放棄プロセスがアメリカにとっても納得が行くものだったとしても(ポンペオは繰り返し、最近では直近の7月の再訪朝後もそう明言している)、金正恩がそれを始められる状況を整備することは、中国が積極的に関わって来ない以上は実現できていないままだ。中国とロシアの核武装が現状のままでは、アメリカもその西太平洋・東アジアに展開している核武装もまた削減できず、このアメリカの核配備が現状のままなら、金正恩が北朝鮮の本格的な核放棄も始められるかどうかは微妙な問題のままになる。

なぜ中国は消極的な「様子見」姿勢か、むしろ妨害するような方針に転じたのか? 金正恩=習近平=トランプ間の首脳レベルでは核削減の可能性も含む「朝鮮半島の非核化」と「朝鮮戦争の正式終結」に乗り気なそぶりを見せていたはずが、シンガポール会談の直前から態度を180度と言っていいほど翻している。

7月8日・9日のポンペオ国務長官の訪朝の結果について、アメリカ側と北朝鮮側で発表した内容がずいぶんちぐはぐに見えたのも、原因はここにある。アメリカ側は具体的な核放棄の手順についてアメリカの納得できる内容だったと強調しているのに対し、北朝鮮外務省は「一方的な核放棄だけを要求」されているのは「強盗まがい」と不快感を隠さなかった。「一方的」つまりアメリカが東アジア・西太平洋に展開する核武装を今後どうするのかの意思を示さないのなら、北も核放棄を始められない。だが中国とロシアの核削減と同時並行でなければアメリカも核削減はできないのが難しいところで、一見アメリカに不満をぶつけたように見える外務省発表は、実は中国(とロシア)にメッセージを発している。

逆に言えば、中国・ロシアも巻き込んだ「朝鮮半島の非核化」(つまり北朝鮮の核放棄と同時並行で米・中・露の核削減、および朝鮮戦争の終結とアメリカの核を絶対に韓国に持ち込まないという確約)が実現できれば、トランプは確かに「ノーベル平和賞」にすらふさわしい。仮にそれが実現できなくとも、北朝鮮が対米敵視方針を撤回すれば、北が核武装を続けてもアメリカ自体の安全保障リスクでは事実上なくなるか、ロシアや中国の核武装と比べて遥かに危険性が低い、無視していいようなものでしかなくなる。どちらに転んでも自分の功績とアメリカの国益になるように仕向けているのが、いかにもトランプらしいしたたかさだ。

トランプとしては、なんとか中国を説得して文字通りの「朝鮮半島の非核化」を目指すことも諦めてはいない一方で、「完全かつ検証可能」についてはそもそも非現実的だという態度を鮮明にしている。シンガポールでの記者会見でも科学的・技術的には「完全かつ検証可能」なら核弾頭の無力化も含めて10年から15年はかかることをあえて取り上げた上で、その「完全」まで待っての制裁解除は非現実的だと明言し、その直後にはソウルでの日米韓外相会談でマイク・ポンペオが2年半という具体的な年数(つまりトランプの第1期任期内)まで示し、これはしばらくしてさらに2年に短縮された。

トランプの「野望」は北朝鮮の核放棄に留まらない世界規模の核削減

そのアメリカの動きを牽制するかのように、中国とロシアが安保理で北朝鮮制裁の早期解除を提言するコミュニケを出すよう国連安保理で提案した。これをただ「中国ロシアは早く制裁を解きたがっている」「北朝鮮側だ」と解釈するのは浅はかに過ぎる。中国とロシアはアメリカが提案している北にとっての好条件よりもさらに北朝鮮有利になると取れる態度を見せることで、阿吽の呼吸で動いているかのようなトランプと金正恩の間の離反を謀り、この2人中心で進んでいる現状を覆す主導権争いを仕掛けているのだ。

そのロシアのプーチンとトランプの首脳会談について、日本のメディアはアメリカの報道の引き写しで「ロシア疑惑」に関する疑念にばかり注目していたが、日本にとって遥かに重要なのはトランプが米露核削減交渉の再開を提案したことだ。しかもロシアの核武装はNATOとの軍事バランスに左右されるものだが、トランプはそのNATO加盟諸国と対立を深めている。表面上はアメリカの軍事費負担が大きいことをめぐる議論に見えるが、背後に見え隠れするのは冷戦時の旧ソ連圏との対峙を引きずったままのNATOの対ロシアの軍事同盟という役割を、トランプが今後も維持が必要だとは必ずしも考えていないことだ。

またこの米露首脳会談のためにヘルシンキに向かう前にイギリスに立ち寄ったトランプは、メイ首相との首脳会談後の共同会見で、やはり核保有国である英国相手に核兵器の拡散こそが現代の世界で最大のリスクだと述べ、ここでも核保有国主導の核拡散防止と核削減の意思を明らかにしていた。

イランの核開発停止をめぐる核合意からの脱退を表明して制裁再開を宣言し頼も、イランにより厳格な核開発の凍結を要求する一方で、ロウハニ大統領との直接対話も提案し始めているのも含め、トランプが核軍縮問題に強い意欲を示し始めていることは、極右めいた「アメリカ・ファースト」というスローガンを従来のアメリカ保守強硬派の枠組み(例えるならばジョージ・W・ブッシュ的な)だけで考えると理解しがたく思えるが、実はアメリカの現状とトランプ自身のビジネス的な合理主義を勘案すれば、かなり理に適っている。

従来のアメリカの外交政策では、巨大核武装は「強いアメリカ」の世界覇権の維持には確かに不可欠だった。だがその核武装を維持し展開するための財政負担だけでも凄まじい額になるだけでなく、こうして維持されるアメリカの覇権は、アメリカ本国以上に同盟国の防衛に膨大な国防予算を投じ続け、何かあればアメリカが遥かに離れた他所の地域の紛争に介入することと切っても切り離せない。その結果アメリカの若者が兵士として命を落とすだけでなく、生き残っても深いトラウマを抱えたまま帰国し、心を病んだ帰還兵がアメリカ国内の治安を脅かしさえする事態が、イラク戦争の失敗以降の厳しい現実になっているのだ。

北朝鮮の核放棄について、トランプとしては今のところ「完全な核放棄」は事実上求めない米朝友好関係の構築でアメリカの安全保障上のリスクを低減する妥協策の一方で、中国に強烈な圧力をかけて再び「朝鮮半島の非核化」への積極関与、つまりアメリカの核を減らすために中国の核もアメリカと同時に削減する方向に再び説得することを目指し続ける二本立て(つまりどちらに転んでもトランプは損をしない)戦略を進めている。ここへ来て米中貿易戦争の機運が妙に高まっていると言うか、トランプが強硬な対中貿易策を打ち出しているのも、単純に額面通りに経済問題としてのみ見るべきではないだろう。なにせこの方面での米中交渉は、シンガポール6.12会談以前には中国がかなりの部分アメリカの要求を飲む形で落とし所が見えつつあったのに、6月半ば以降トランプが態度を豹変させているのだ。

米中「貿易戦争」激化の真相は、朝鮮半島の非核化に中国を積極参加させるためのトランプの脅し

深刻な貿易摩擦とアメリカの対中貿易赤字の解消は確かにトランプの最重要公約のひとつだった。だが安倍政権はこの点でもトランプを単純な対中強硬派だと勘違いして(というか、願望と現実の区別がつかない希望外交の愚の典型で)米中対立の激化を期待して日米の安全保障での「一体化」に前のめりのなって来たのだが、アメリカにとっても中国にとっても、この貿易摩擦は双方の国益のためになんとしてでも落とし所を探る現実的な解決策を見出さなければならない経済的な課題であることが、どうも最初から分かっていないようだ。

トランプの方針がそんな安倍の期待にまったく反するのは当たり前で、米中貿易戦争だけでも双方の経済を著しく阻害し、日本をはじめ世界経済そのものに深刻な打撃になるリスクを伴うわけで、むしろ外交・安全保障テーマでは中国との信頼関係を構築し、アメリカ伝統の「人権外交」も封印し、貿易問題に特化しつつ現実的な妥協を迫る交渉が、これまでは続いていた。

だがシンガポール会談が半ば以上不発(中国が事実上手を引いたので期待された具体的成果はどれも棚上げのまま)に終わって以降、トランプはこれまでの対中外交方針だった、大言壮語の裏で双方の経済的利益に重点を置いた現実的な対応をまったく変えてしまったように見える。矢継ぎ早に対中国の強硬的な懲罰関税を実行に移すと、中国も即座に報復関税で応じているのがこの6月後半以降の現状だ。

トランプは今、あえて大きなリスクを伴う「貿易戦争」を中国に仕掛けているし、その結果として就任後これまで安定的から好調の範囲で推移して来た株価が不安な展開に陥っても、手を緩める気配がない。さらにはオバマ政権下で米中の対立要因になっていた南沙諸島の岩礁を埋め立てた「人工島」への人民解放軍の展開についても、マティス国防長官に懸念を表明させ始めている。

当面、次の大きな動きがありそうなタイムリミットは9月

トランプがこうして「あらゆるカード」を使った対中圧力に転じたことと、それに対する中国の表面上の反発の鞘当てが続くのは恐らく9月までだ。9月に入ると北朝鮮と「朝鮮半島の非核化」を巡って大きな展開になりそうなイヴェントが数々予定されているからだ。逆に言えばプロ政治家ではないが故の拙速とも批判されそうな性急さで、トランプは9月を目処に「朝鮮半島の非核化」の大筋を決めるために、中国に妥協を迫るための強硬姿勢に打って出ているのだ。

9月にはまずプーチンが呼びかけたウラジオストックでの国際会議があり、その先にはニューヨークでの国連総会も控えている。トランプはこの時期に2度目の金正恩との会談を行って、11月の中間選挙に向けて成果をアピールするつもりだし、9月18日には北朝鮮の建国70周年記念日が控えている。つまりこのスケジュール感は金正恩にとってもメリットが大きく、独立記念式典で対米交渉の具体的な成果を大々的にぶち上げることが出来れば、いきなり対米敵視政策を止めたことで国内の一部に広がる戸惑いや反発も押さえ込み、新しい国づくりのスタートを宣言できる。

こうしたスケジュールを睨んだトランプの(そして金正恩にも共通した)目的は、9月に習近平を再びこの交渉に積極的に関与させることだ。具体的にはまず、中国の同意なしには実現しない朝鮮戦争の正式終結で、これなしにはシンガポールでの会見で語った在韓米軍の縮小撤退も始められないことも、対中国のカードとして使えるはずだ。在韓米軍が北朝鮮への備えでなく、中国を睨んだアメリカの覇権維持のための軍事力展開であるのは、国際安全保障の分野では誰も公言しないが誰もが分かっている当然の前提だからだ。

そしてより大きな目標としてあるのが、北朝鮮が非核化プロセスを本格的に始められる条件を整えること、つまり北朝鮮だけが「一方的」ではなくアメリカも核削減の意思を表明すること、つまりは対中・対ロの核軍縮対話を始めることだ。

オバマが出来なかった核削減を自分の功績にしたいトランプの野心

さらにイランとの核合意から離脱する一方でロウハニ大統領との直接対話を模索し始めていること、ロシアに核軍縮交渉の再開を呼びかけただけでなく、核保有国であるイギリスにも首脳会談で核拡散の防止のための協議も呼びかけ、日本のプルトニウム保有には厳しい態度を示したことまで併せて考えると、トランプの野心は朝鮮半島の非核化に留まらず、国際的な核軍縮と核拡散防止の確かな体制構築を、自分のレガシーとすることにまで広がりつつあるのではないか。

一年前に国連での核兵器禁止条約の締結をほとんど暴力的な脅しまで使って妨害しようとしたことからすれば、にわかには信じ難い展開かもしれない。だがここでも、よく見ればトランプはトランプなりに確かに筋が通ってもいる。核兵器禁止条約に強硬に反対した公式の理由は「核保有国が納得もせず参加もしない条約に意味はない」だった。アメリカの核保有を合法的に続けたいのが真意でこの公式な反対理由はただのタテマエだろうと普通の政治的見地では思いがちだが、実のところこれこそが真意で、つまり核兵器を減らしたり廃絶するなら主導権を握るのがアメリカでなければ(と言うか、自分の手柄でなければ)許せない、と言うことだったのではないか?

また確かに、核保有国自らが動き出すのでなければ禁止条約を決めたところで実効性がなく、ただの「正義ごっこ」のお飾り条約にしかならないと言うのも、悔しいがその通りではある。そして何よりも、金正恩との直接対話で北朝鮮の核開発を止めさせようと言うトランプの思惑の文脈では、去年の7月ではあまりにタイミングが悪過ぎた。直接対話それ自体だけでも自らの政権内には慎重論と反対論しか出て来ていなかった上に、アメリカの核がそのままで金正恩に一方的に核放棄を求めることは「ディール」としてそもそも成立しないことも誰だって理解できるはずだがアメリカが西太平洋に展開している核武装を削減するとだけいきなり言い出してしまえば、極右を含む支持層はあの時点では確実にトランプから離れて行っただろう。実際の対話が始まり、中国ロシアも巻き込める目処が立たないうちは、「世界一強い軍事大国アメリカ」と言う方針に一点の曇りも見せてはいけないのだ。

つまりは、このような外交交渉こそが「水面下」で「公式には認めない」、真意を決して外部に漏らしてはいけないことの典型でもある。少しでも真意を悟られれば、現状維持を期待する利害関係者がこぞって妨害に動き出すだろう。もしかしたら後世に機密公文書が開示されたら、この段階ですでにトランプ政権が極秘で金正恩側と接触していた事実が明らかになるかも知れない(ニューヨークで行われる国連総会には北朝鮮も参加しているわけで、こうした秘密裏の接触の手段は実はいくらでもある)。あるいはビジネスマンとしても型破りなディールの名手で、政治家としては完全に規格外のトランプのことだし、北朝鮮の思惑を読み違えていてもこのやり方なら素知らぬフリで、そのまま強硬姿勢を演じ続ければいいだけなので、失敗した際の「保険」も万全ではあった。

この1年半のトランプ政治は、皮肉を込めて「オバマがやったことをとにかく全て否定しようとしている」と論評されて来た。だとしたらオバマがノーベル平和賞までもらいながら何も出来なかった核廃絶や核削減を自分が、と言うのはトランプ個人にとっても最も満足できる政権のレガシーとなる。そしてなによりも、なんの節操もないオポチュニストのポピュリストである一方で、政治的な既成概念に囚われない極端なプラグマティストでもあるトランプのビジネス感覚から言えば、開発製造や維持、更新に膨大な軍事予算を費やして実際には使えない大型核兵器の保有は、ただの税金の無駄であるだけではない。「アメリカ・ファースト」の観点から言えば、同盟国に「核の傘」を提供するために膨大な経費をかけ続けるのは、トランプやその支持層の感覚では国民への裏切りにもなる。

もちろんワシントンDCの政治の世界では、共和党・民主党、右派左派を問わず、アメリカが「正義の国」で世界中で平和と民主主義を守ること、ないし世界最強の軍事力で世界の覇権を握り続けることが大前提になっている人間が圧倒多数だ。オバマの「核なき世界」がまったく進まなかったのは、結局のところ民主党でさえ一部のリベラル派議員を除けばアメリカの核兵器を減らすなんて思いも寄らぬことで、許せなくすらあったからだろう。アル・ゴア元副大統領や当時のナンシー・ペロシ下院議長(現在は民主党下院院内総務)などはオバマの「核なき世界」に全面賛同しただろうが、例えば当時のオバマの国務長官だったヒラリー・クリントンでさえ「中国とロシアの核削減が先」と言う態度は崩すまい。

だがそうしたワシントンDCの権力・覇権主義志向がイラク戦争後の一般国民の感覚と乖離していることに、トランプは大統領選に出馬した時から一貫して極めて敏感だった。政権内部の強硬な反対論をなだめすかし騙しすらして、最終的には強硬に押し切った米朝対話にしても、議会の共和・民主両党からも政治マスコミからも批判や懐疑論が殺到し続けているにも関わらず、「北朝鮮がアメリカを敵視しなくなった」と言う一点だけでも世論調査の支持は大きい。同じ調査で北朝鮮が本当に核を放棄するかどうかについては懐疑的との数字が出ているのにも関わらず、である。

日本が本気で「完全かつ検証可能な非核化」を求めるのなら、資金提供のメリットはある

トランプが6.12会談後の会見で、北朝鮮の核放棄に向けた査察などの経費についてアメリカが出すことはないだろう、と言ったことに、日本の世論では反発が出て来ていること自体は止むを得まい。安倍政権が「蚊帳の外」のままアメリカに勝手に決められて、金だけは出せ、と言われているに等しいからだ。

いずれにせよ、トランプと金正恩が想定している二つの方針(中国を積極的に関わらせて本気で非核化を進めるか、中国抜きで米朝和解を先行させるか)のどちらに事態が転んでも、アメリカが北朝鮮の核放棄に直接かつ積極的に、実際の負担も含めて関与する可能性は低い。なにしろアメリカにとってはそもそもその必然がないわけで、本サイトでは再三繰り返し指摘して来たことだが、アメリカ本土を核攻撃する実戦能力を北朝鮮はまだ持っていないのだ。大陸間弾道弾の「火星15号」は一回だけ、それもロフテッド軌道でしか発射実験をしておらず、その段階で金正恩は「国家核戦力の完成」を宣言して開発を凍結している。こ子に込められたメッセージはもちろんトランプに伝わっていたし、だからこそ米朝直接対話が実現したのだ。つまり、北朝鮮の核の脅威は、同民族の韓国に使うわけがない以上、主に日本と中国、そしてある程度はロシアに向けられたものしか実はないのがいまだに現状である。

だからこそ、トランプが「我々は遠い(実際、ミサイルもまだ届かない)、近隣諸国が中心になるべきではないか」というのは、別に核兵器の無力化にかかる膨大な経費だけの問題ではないのだ。

言い換えれば、安倍がトランプに裏切られ見捨てられたことで日本が「蚊帳の外」だと言うのも、一面的な理解でしかない。むしろトランプが東アジアの、北朝鮮の周辺諸国となる日本、韓国、中国に北朝鮮の核放棄を「丸投げ」しようとしているのならば、「金も出すが口も出す」で日本が求めるレベルでの核放棄に向けて主導権を握ることもできるのだし、日本が表向き言っている通りに本当に核のリスクを理由に北朝鮮を敵視しているのなら(安倍政権の本音は違う)、米朝の和解で戦争そのもののリスクを減らした上で、非核化は日本こそが主導権を取ればいいというのは筋が通っている。

日本が現状、もっとも北朝鮮の核ミサイルの脅威に晒されていて、その日本が核保有の能力はあっても国是として核を持たないと宣言し続けていて、しかも唯一の戦争核被爆国である以上、日本の意見こそがもっとも尊重されても当然ともなり得るし中心であるべき、というのが本来の流れではないか? ものごとはもっと大局的で総合的に、かつ戦略的に見なければならない。

日本の国益と安全にとって最大の障害は、安倍政権そのもの

だがここで厄介なのが、9月の自民党総裁選でどうやら安倍3選が実現しそうな国内政治、と言うか自民党内コップの中の嵐の権力闘争の流れだ。端的に言えば安倍政権のままでは、そもそも北朝鮮との対話や交渉は不可能と言うか、惨敗か、国際的な非難を浴びて孤立する覚悟での決裂しかない。だからこそ安倍はずっと極端な強硬論を貫き、アメリカの軍事力行使に期待さえしていたのだろう。

ただでさえ、つい数ヶ月前まで訪問先の国々に北朝鮮との国交断絶さえ要求していた河野太郎外相が、手のひらを返したようにASEAN外相会議の晩餐会で李溶浩に握手を求めたり立ち話で引き止めたりするだけでも、あまりの豹変ぶりの下心が見え透いていて(要するに、日本外交はアメリカにしきりに追従するしか能がない)相手に軽蔑されるだけだ。日本メデイアは「巨額の経済援助を武器に」と言う枕詞をやたらとつけているが、要するにカネを積んで話し合いに応じてもらう以外に手がないほど、安倍の対北朝鮮外交は手詰まりになっている。

この決定的に不利な立場は、なにも対北朝鮮の敵視政策で危機感を煽って支持率の底上げを計ったり、先の衆院選を勝利に導いたことだけに起因するのではない。他国民を誘拐した北朝鮮に一方的に非がある拉致問題も本来なら日本側有利に使えるカードのはずが、北朝鮮を責める材料としてほとんど使えなくしてしまっているのが、これまでの安倍の失策だ。

日本メディアはなぜか徹底的に無視して「なかったこと」にしようとしているが、3年前には金正恩側から申し出た拉致の再調査で両国が合意している。この時もまず北朝鮮の提案があってから1年以上、安倍政権は無視を続けたが、横田さん夫妻がしびれを切らしたようにウランバートルで孫のキム・ウンギョンさんに面会するなどしたのでついに逃げきれなくなり、ストックホルムで一度は合意がなされたものの、北朝鮮の核実験を口実に日本側が一方的に交渉を遮断してしまった。それでも北朝鮮側はしばらくは調査と日本側への働きかけを続けていたが、安倍が徹底的に無視するだけだったのでついに調査の終了を宣言し、いわば「棚上げ」状態のまま現状に至っている。労働新聞や朝鮮中央放送が拉致問題を「解決済み」と言っているのは国内向けのプロパガンダだから(再調査の交渉は北朝鮮国内では公表されていないはずだ)か、「日本側が問題解決を拒否したのだから我が国としては解決済みとみなすしかない」と言う意味でしかないのだ。

そもそも(これも当サイトで再三指摘して来たことだが)金正日体制ならともかく金正恩に権力が移行してからは、むしろ北側が拉致問題の完全な解決を望んで実際に動いても来たし、そうすることにはメリットこそあれデメリットは最早なにもない。すでに金正日が小泉純一郎に正式に謝罪している上に、金正恩への権力移譲後に徹底された大粛清で、「責任者は厳重に処罰した」とすら言える立場になっているのだ。

再調査のだいたいの結果はストックホルム合意の過程で日本側に内示されていたはずだし(調査開始の合意発表の時点ですでに、菅官房長官が大まかな内容を記者会見で明かしている)、それから3年以上が経過して日朝交渉に臨むに当たっては、さらに詳細な調査結果を北側は準備しているに違いない。

だからこそ拉致被害者家族会でも、6.12会談を受けて前のめり姿勢が目立つ安倍首相に、これまでの「政府にお願いしないことには」的な遠慮がちな姿勢から大きく逸脱した厳しい警告をあえて発している。このまま拙速で日朝交渉に入る前に、まず日本側でもしっかり調査して情報や証拠を集めて反論も準備しておかなければ、8人死亡、4人は北朝鮮に入国していない、と言う北側の主張に反論できないまま鵜呑みにするか、決裂しかなくなる、と言う指摘は正しい。なにしろ日本政府がこの十数年間一貫して、拉致被害者は生きているはずだから返せと言い続け、国民もそう思い込んでいることには、実はなんの具体的な根拠もないのだ。

確かに小泉訪朝・日朝平壌宣言時に北朝鮮側が出して来た死亡情報などはかなり怪しい内容ではあったが、それだけでは「生きている、返せ」と言う根拠としてあまりにも薄弱だ。しかも金正恩政権になってからの再調査では、より説得力のある死亡の経緯の説明も準備しているに違いあるまい。

中には大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫の日本語教育係だった田口八重子さんのように、北朝鮮の大規模な国家テロに深く関わされていた拉致被害者もいるわけだが、例えばその田口さんが実は国家機密保持のために処刑されていたと明かされ、金正恩が改めて深い謝罪の意図を兄である飯塚繁雄・拉致被害者家族会会長や息子の飯塚耕一郎さんに直接会って伝えたい、とでも言い出せば、具体的な反論の根拠でも準備していない限り、安倍政権はあっという間に外交的に完敗となる。

金正恩がこの調査結果はストックホルム合意の時点で判明していて日本政府に伝えられたはずだった、と付け足しのようにちょっと言うだけでも、あとは安倍政権を直接非難したり激論を交わす必要すらない。少なくとも金正恩が拉致事件の再調査を申し出て以来の4年以上の間、北朝鮮を敵視することで政権浮揚プロパガンダ目的に拉致問題を利用するために、その解決を阻んで来たのが安倍政権だったことが、誰の目にも明らかになってしまうのだ。

金正恩にとっては単に安倍を打ちのめしたいだけなら楽勝だが…

それに日朝の国交正常化のための交渉が始まれば、最大の議題は「拉致問題」ではない。過去の侵略植民地支配(朝鮮半島が分断国家になったのはその失敗の結果だ)と、当時の日本政府や日本軍による様々な人権侵害の謝罪と精算だ。

日本政府が「巨額の経済援助」と言うカードがあるかのようにメディアに言わせているのも、実際には日韓基本条約の締結時に韓国の当時の朴正煕軍事政権が国民個々人の個人賠償権を一方的に放棄させてくれたので、日本にとっては代わりの巨額の経済援助だけで済んだことを前提にしている。ちなみに国家に対する賠償は、戦後の国際法では接収した土地の返還などを除き原則請求権を認めないことになっており、1965年の戦後賠償に関する日韓協約もこの原則に従って個人賠償の扱いのみを定めていたし、日朝間で問題になる「賠償」もまた人権侵害被害者や、旧日本兵として本来なら支給され続けたはずの恩給と遺族年金、未払い分の給料などの個人賠償が主になる。

日本では北朝鮮相手に韓国と同じ条件を勝手に前提としているのも、これまた「希望外交」の愚の骨頂としか言いようがない。戦後賠償に関する日韓協約は国際法上の違法性が散々指摘されているだけでなく、ここ20年ほどでは慰安婦問題、最近では安倍が「明治の産業革命遺産」の世界遺産登録をゴリ押ししたことで国際問題として新たに表面化した徴用制度による強制労働など、様々な解決されるべき懸案の障害となって来ていることでも国際社会の批判が大きい。

なにしろ慰安婦制度被害者が起こした訴訟もこの協約を盾に事実認定すら怠った司法判断を日本の裁判所が出しているような現状があるとき、そもそも不道徳で曖昧な話でしかないもの(例えば協約を文面通り理解する限りでは、対象となる賠償は恩給や未払い給金の保障だけで人権侵害の賠償や慰謝料は含まれているようには読めないし、倫理的な謝罪の義務は本来なら全く別次元の議論のはずだ)を、「韓国と同様」だからといって金正恩が国家と民族の名誉にかけて受け入れるはずがない。

しかも日朝間で新たな、よりまともな戦後賠償についての合意が出来上がればそれは、国際法上の公正の原則からして韓国にも適用されなければならなくなる。元々が朴正煕の軍事独裁下で勝手に決められたこの賠償協約を現代の民主化された韓国政府も韓国国民の世論も決して快く思っていないし、慰安婦だけでなく徴用工問題も新たな懸案として浮上している中、北朝鮮の主張をむしろ支持する公算が高い。そして何よりも、アメリカ政府だけでなく国際社会の全体が、こうした問題では当然ながら被害国側につく。

だが以上のような議論は当然ながら、自民党内の「安倍チルドレン」やいわゆる「ネトウヨ」層、日本会議系などの安倍の熱烈支持層にとってはヒステリックな反発しか呼ばないだろう。果たして安倍がそうした無数のコア支持者たちを裏切ってまで、所詮は極めて少人数の拉致被害者とその家族のために北朝鮮と交渉を始められるかといえば、まずあり得ない想定であるどころか、例えば慰安婦問題が「蒸し返された」と大騒ぎを始める支持層を押さえきれなくなるのが目に見えているのだから、最初から交渉そのものを潰すのがもっとも手っ取り早く楽な選択になる。

しかも、それこそ安倍に忠誠を誓っているつもりのチルドレン議員、例えば先ごろLBGT差別発言が大問題になった杉田水脈辺りがよせばいいのに海外メディアに「慰安婦問題は朝日新聞のデッチ上げだ」などの自説を吹聴してしまいかねないのだが、そんな事態になってしまえば国連憲章のいわゆる「旧敵国条項」が真剣に議論される可能性すら出て来る。

金正恩としては、史実に基づいたまったくの正論を述べるだけでも、このような日本側の自滅行為を誘導できるのだから、安倍相手の日朝交渉はまさに「楽勝」でしかない。

戦後賠償を「経済援助」と言い換えて誤魔化したいのが安倍の狙いならば、「我が国民が求めているのは金銭の問題ではなく真摯な謝罪だ」とでも言ってしまえば、北朝鮮の外交的な完勝は間違いないものになるし、そこで安倍がいかに対抗のつもりで拉致問題を持ち出そうが、これは金正日が日朝平壌宣言の時点で正式に謝罪しているだけでなく、就任後の大粛清で政権内の人員を刷新している金正恩なら「過去の体制下で権力を濫用した者たちがいて、すでに厳格に処罰した。改めて過去の腐敗高官の悪事を深くお詫び申し上げる」とでも言うだけで、外交交渉の議論では済んでしまう問題でしかない。

日朝交渉が決裂すれば、国際的に孤立するのは日本の側

だが以上のような外交的圧勝がいかに容易いからと言って、金正恩がそれを望んでいる訳では必ずしもないだろう。日本国民の対北朝鮮感情の悪化は、決して北朝鮮の国益に叶うものではない。むしろこの交渉が将来の良好な関係の出発点にならなければ、北朝鮮の将来にとっては明らかなマイナスなのだ。

植民地支配の清算の問題はともかく拉致問題については、いかに日本政府の偏向したプロパガンダに日本のメディアが同調し続けた結果とは言え、生存を信じ家族に同情して来た日本人全般の国民感情は、北朝鮮としても無視できない。未帰還の拉致被害者全員の死亡が間違いのない事実として確認されれば安倍政権の立場もなくなるが、それ以上に北朝鮮に対する日本国民の怒りが今後も尾を引く深刻な問題として浮上せざるを得ない。

国際社会の客観的な視点から見れば、慰安婦制度の犠牲者や、徴用された強制労働中の事故だったり移送中の船が撃沈されたり、日本軍にリンチされたり処刑されて命を落とした朝鮮人の方が遥かに多く、国家的犯罪の被害として遥かに大きく組織的関与の罪も深く、公正な巨視的な視点から見れば日本の言い分は通らない。それでも拉致被害者の一人一人は、その家族にとってかけがえのない娘や息子、弟や妹の、肉親なのだ。こうした親子や家族の情愛の、いわば「人情」の問題が、こと日本の世論形成では極めて重要なファクターになるのは、歴史的に同じような伝統文化を共有している朝鮮民族にも共通するところがあり、おいそれと無視できないし批判もできない。金正恩が狙うとしたら、むしろ安倍政権が拉致事件を利用するだけでその被害者も家族も、ひいては日本国民も裏切って来たことを浮かび上がらせることだろう。

北朝鮮の将来を考えた時、今後は日本を中国以上に重要な近隣諸国の経済パートナーとして良好な関係を維持することが北朝鮮経済の発展に不可欠である(というか日本との経済関係を強化しなければ北朝鮮は中国の衛星国の立場から脱することができない)以上、金正恩の目的もまた、安倍政権は打ちのめしても日本国民そのものに決定的な憎悪や敵視を持たれたくはないというポイントに絞られるはずだ。

現に今ある自国や自国民に向けられた日本人の憎悪や差別もまた、北朝鮮の側でも解消のための努力をしなければいけない課題であり、だからこそ将来に渡って日本人の心に残る棘になるような禍根はできる限り取り除きたいはずだ。だが日本が安倍政権のままでそのような交渉が可能なのかと言えば、さすがの金正恩も有効な策を思いつくのはかなり難しいだろう。

73年放置された戦後処理の軋轢にも、決定的な打開策がないわけではない

仮に9月の自民党総裁選で安倍政権の続投が決まれば、日朝交渉は開始すら非常に難しくなる。拉致問題のなんらかの形の解決が半永久的に不可能になるだけでなく、安倍が今のような態度を変えない限りは米朝間の和解や非核化の対話にも一定の妨害になるだろうが、トランプがそんなことを許すとは思えない。トランプの対北朝鮮外交に批判的なアメリカ政界やアメリカの政治報道も、この点では安倍には絶対に味方しない。つまりはこの5年間、東アジア外交の潜在的不安要素であり続けて来た安倍の極右歴史修正主義が大々的な国際問題としてあからさまに注目され、日本が外交的に孤立して批判が集中することになりかねないのだ。

だがよく考えれば、これは単に安倍政権だけの責任ではないのかも知れない。戦後73年間も日本が戦争責任を曖昧なまま放置して来られたのは、朝鮮半島が分断国家になってしまったことと東西冷戦の棚ボタ的な「恩恵」が大きいのだが、こうして過去の責任のツケを先送りに誤魔化して来れた結果が、これからの日本に降り掛かって来るのかも知れない。しかも最悪なことに、冷戦が終結した前後に日本自らが積極的に清算を進めていれば、当時の日本にはまだ個々人の人権侵害被害者にある程度の賠償を行える経済力もあったのが、少子高齢化が進行し財政負担が今後は増える一方なのに、以前からの膨大な財政赤字が解消されないまま増え続けている(安倍政権はプライマリーバランス正常化の国際公約もなし崩しで先送りにしている)現在の日本にとってはかなり難しい。

唯一の救いは、元慰安婦たちも含めて多くの被害者が求めているのが必ずしも金銭賠償ではなく、なによりも真摯な謝罪であることだ。安倍政権やその支持層がこの謝罪をこそ忌み嫌っている(謝罪には基本一銭もかからないが、賠償に追い込まれたらどれだけの金額になるのか、という現実的な計算は彼らにはその能力がない)以上は、安倍続投ではそれこそお先真っ暗となってしまいかねないのだが、もし自民党議員でも別の誰かに取って代われば、まだこの73年間の曖昧無責任のツケを一気にとは言わずもそのかなりの部分を解消できるカードは、日本にはまだ残されている。

来年の4月いっぱいで退位が決まっている今上天皇が果たせないまま終わりそうな宿願は、韓国をはじめ戦争被害国を訪問し、昭和天皇の息子かつ戦後の日本国の象徴として、きちんとした謝罪をすることだった。ならば5月に即位する新天皇の最初の外遊先として、韓国と北朝鮮を歴訪すると言うのは、国際社会にとってももっとも分かり易く、なによりも相手国とその国民もさすがに納得する誠意あるジェスチャーとなる。

戦後民主主義の新たな皇族像の見本のように育って来た新天皇と元外交官の妻(しかも父は長く国際司法裁判所の主任判事を務め人望も厚かった人物)となれば、過去の国家犯罪の歴史的責任と、直接にはその当事者世代ではない現代の日本との区別も明確になるし、しかも夫婦そろって人道主義のリベラリストとして評判がいい。またあくまで政治的権限を持たないのが今の「象徴」天皇だ。国際政治上の思惑や駆け引きと無関係に、純粋に歴史的な過去の謝罪を被害者の心情に向けて発信できる。

かつて三島由紀夫は東大全共闘との討論会で、自分には「天皇という名のジョーカー」という切り札があると言い放った。こういう形のジョーカーになることだったら、東宮夫妻(来年5月以降の天皇皇后)は喜んで引き受けるだろう。そこまでの度胸が安倍だけでなく日本の政治家にあるとは思えないのが、極めて残念だ。

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