「今思いついたんだが」で始まったプーチンの発言が、日本中を驚かせ、震撼させ、当惑に追い込んでいる。「なぜこんなことを」を憶測するのまでは当然だが、「『今思いついた』のは本当なのか?」などと邪推に熱中するのは、ショックのあまりなんとか平静を装おうとする必死の自己欺瞞の逃避行動にしか見えない。
「まず平和条約を速やかに締結しよう。今すぐとは言わないが年内を目標に、前提条件は一切なしで」「様々な問題は平和条約を結んでからじっくり話し合えばいい」
もちろんプーチンが本当にその場で「今思いついた」のかどうかなぞ、今さら考えたところで意味はないし、内容はともかく安倍政権を露骨に牽制するサプライズが放り込まれたこと自体、そこまで驚くほどのことではない。北方領土と日露平和条約を巡る対話はこれまでもずっとボタンの掛け違えで話がまるで噛み合っていなかったし、プーチンはボタンの掛け違えであることを百も承知で、付き合ってやるだけで安倍を喜ばせて手玉に取れると言う計算で、巧みに飴と鞭を使い分けて来ただけだ。
日本側では日本側で、話が噛み合っていないことをなんとか国民相手に誤魔化して、いかにも安倍首相のイニシアティヴでついに北方領土問題解決の糸口が見えたかのように騙して政権の人気取りに利用して来た。つまりは、いずれこう言う爆弾がプーチンから飛び出すのは、具体的な中身までは予想できなくとも、なにか恫喝もどきのサプライズがあることくらいまでは想定できていなければおかしかったのだ。
しかも、この9月の東方経済フォーラムはプーチンがその爆弾を放り込むもっとも効果的なタイミングだった。
まず安倍首相の自民党総裁としての連続3期目が掛かった総裁選が予定されていて、東方経済フォーラム出席はその直前になる。
またこの3ヶ月前には米朝首脳会談が行われ、「朝鮮半島の非核化」をめぐって東アジア情勢とその安全保障環境が急に流動化している。経済フォーラムはその北朝鮮の建国70周年記念日の直後に予定されていて、プーチン自身も中国の習近平主席も出席するのではと言われて来たが、結局そうなならなかった。
日本のメディアというのはどうも記憶力が悪いのか、憶えていてもわざと言及しないのかも知れないが、その米朝首脳会談の直後には、このウラジオストクでの会合で安倍=金正恩会談が、という「予測」がずいぶんテレビや新聞紙面を賑わせていたはずだ。もちろん、そんな「予測」自体がやたらと安倍政権に忖度しまくっただけの、異常に甘いものでしかなかったのも、当時から分かりきってはいたが。
ちなみにこのプーチン発言は、全体会合のスピーチで安倍が(主に国内向け・総裁選向けアピールで)領土問題の解決と平和条約を目指すことでプーチンと一致しているという主旨の発言を受けてのものだ。つまりプーチンにしてみれば「飛んで火に入る夏の虫」に見えたことだろう。
2016年12月のプーチン来日時にすでに頓挫していた交渉
いやプーチンについて「安倍を喜ばせて手玉に取れると言う計算」と言い切るのはいささかフェアではない。これまで日露間の領土問題については、プーチンがそこまで権謀術数を巡らして来たわけではない。むしろ率直で裏表のない、正直と言っていい発言もあった。
一方でそのプーチンに対してあえて「日本側は」とだけ書いたのは、「安倍が」とは言い切れないからだ。外務省も官邸のスタッフも、そのプーチンが時に発する裏表のない、率直な見解もちゃんと把握しているだろうし、もともと安倍首相のいう「新しいアプローチ」なるものについては最初から楽天的になれるはずもない。
だが安倍晋三首相本人となると、これがどうにも疑わしい。シベリア地域での経済協力や投資の話がどんどん(ロシア側主導で)決まっていく一方で、肝心の北方四島で合意に至ったのは経済交流案の中でも「ウニ」(総裁選の演説会での安倍首相の発言に基づく)などの養殖だけなのに、今回の訪露と首脳会談に臨むに当たっても、安倍は自信に満ち溢れていた。問題のプーチン発言を受けても、なんと満面の笑みだったではないか。新聞などは「苦笑い」と書いているが、テレビで映像を見る限りそんなものではない。本当に嬉しそうな顔にしか見えないし、なんの反論もなかった。慌てて「反論もどき」を始めたのは、プーチン発言が日本のニュースで話題になった翌日に、同行した日本の経済人との会合でが初めてだったし、「両国民の信頼関係が」というなんとも遠慮して中身のないものだった。
安倍首相だけは事態の深刻さがわかっていないのか? だとしたら恐ろしい話ではあると同時に、基本的には「またか」であり、その困った結果の蓄積が「いよいよここまで来てしまったか」というのが妥当なところだ。
1年8ヵ月前にプーチンを自分の地元の山口県長門市に招いた時も、北方四島における経済協力についての新たな「特別の制度」なるものを安倍が記者団に発表する前から、ロシア側の報道官がロシアの法律と施政権に基づく特例を検討している、と全く矛盾した内容を発表し、これはラブロフ外相によってすぐに念押しで確認されていた。つまり、話はまったく噛み合っていない、とロシア側がはっきり言っているのに、安倍は気づいていなかったようで、この新たな「特別の制度」に自信たっぷりだったし、また国内の報道でも、なぜか会談が行われていた最中と直後のリアルタイム以外では、この齟齬を全く報道しなくなった。
こうなると、こうした報道が単に政府に都合の悪いことを国民から隠すための偏向プロパガンダではない疑いすら出て来る。むしろ、新聞やテレビで大きく議論されると当然安倍首相の耳にも入ってしまうので、首相本人に聞かせないために報道が自主規制しているのではないか?
いやこのプーチン来日の時には、もっと大きな問題が、なぜか共同会見の生中継以外ではまったく国民の耳に入らないようになったままだ。この時も、プーチンの非常に率直で正直な問題提起の間、隣にいた安倍首相はニコニコ笑っていただけだった。同時通訳のイヤホンは耳に入っていたと思うが…
「安倍政権のままでは北方領土は返せない」と言っていたプーチン
東京の総理公邸での共同会見で、ウラジーミル・プーチンは驚くほど率直に、裏表のない正直なことを、北方領土問題についてはっきりと、それも懇切丁寧に分かり易く説明していた。
要約するなら「日米安保条約でアメリカが日本のどこにでも基地を置く権利がある以上、我が国の安全保障上、この島々を返還することはできない。そこに米軍基地を作られてしまっては航路がふさがれてしまい、ロシアの船が安心して太平洋に出ていけなくなる」と言うことだ。そしてプーチンは「日本に条約上の義務があることはもちろん理解しますし尊重します。しかし我が国民の安全も考えて下さい。そして日本が少しでも我が国民に対する誠意を見せて下さい」とまで言い切って、安倍にボールを投げていた。
この共同会見で(つまり安倍の目の前で)プーチンはさらに踏み込んだ話までしている。自身が「有効」と認める1956年の日ソ共同宣言に遡っての、北方領土の領有権問題の発端のそもそもの洗い出しだ。
日ソ共同宣言には、平和条約を速やかに締結するための交渉に入ることと、領土問題に関しては締結と同時に歯舞と色丹を返還することが明記されている。つまり普通に読めば、当時の日本政府がこの2島の返還だけを求めていたことが分かる。
そしてプーチンは、この共同宣言の後で日本政府の方針が択捉・国後を含めた「四島一括返還」になぜか変わったことで平和条約の締結交渉が頓挫したと指摘した上で、その背景事情にまで言及を始めたのだ。生中継で聞いていた者としてはまさに驚天動地、晴天の霹靂だった。
いわゆる「ダレスの恫喝」のことである。
「ダレスの恫喝」まで持ち出して対米追従の日本は信頼できないと言う本音をあえて語ったプーチン
日ソ共同宣言の直後、アメリカの当時の国務長官ジョン・フォスター・ダレスが鳩山威一郎首相に脅迫同然の態度で2島ではなく4島の返還をソ連に要求するように迫っているのだ。その鳩山首相の退陣後に首相になったのが岸信介だが、この岸政権下での日米安保条約の改訂で、ソ連が決定的な不信感を日本政府に対して持ったことが、領土問題がいつまで経っても解決せず、それが邪魔になって平和条約も締結できなかったそもそもの原因だ、とプーチンは安倍の目の前で滔々と語っていたのである。
以上の来日時共同会見でのプーチン発言は、まったく率直で裏表のない、真っ正直なロシア側の立場の説明になっていた。「ダレスの恫喝」の真意については諸説様々な憶測もあろうが、ロシア側から見てはっきりしているのは、日本がアメリカの圧力に屈してソ連(当時・現ロシア)との友好関係を見送った、つまりは「裏切った」ことと、しかもその後の日米60年安保で日本が冷戦構造下で明確にアメリカ側につき、ソ連と敵対しアメリカへの隷属を選んだことだ。
また安倍首相の前でここまではっきりと詳細な説明をしたことについて、プーチンの意図とメッセージも明白だろう。岸信介は安倍晋三の祖父であり、その安倍はプーチンとの個人的な信頼関係をことあるごとに吹聴しながらも、実際の外交安全保障の方針は一貫して、日米安保を強化して日本の自衛隊と米軍の一体化を進めることだ。冷戦期そのままの対米従属方針をさらに強化することをいわゆる「安保法制」で法的にもすでに確定させていたのが、この当時の安倍政権である。
このプーチン来日の事前の事務レベル交渉では、ロシア側が北方領土に米軍基地を置かないと言う保証を求めたのに対して日本側が突っぱねていた。これにはプーチンとラブロフ外相の強い不信を招き、訪ロした岸田外相(当時)が両者とも会談の約束の時間を破られて、何時間も待たされると言う露骨な冷遇もあった。
プーチンのストレートなメッセージを無視し続けてきた安倍政権
ロシアとしては平和条約は結びたいが、安倍政権が今のままでは領土の返還はあまりにリスクが大きい。せめて口約束でもいいので北方領土に米軍基地は作らないと明言して、それをちゃんとアメリカと交渉してくれ、とプーチンははっきり言っていた。
もちろんこのプーチンがあえて投げたボールに応える動きを、安倍が見せたことはその後の1年8ヶ月の間一度もないどころか、真逆だ。直近では7月に行われた日露2プラス2会談(双方の外相・防衛担当相による4者会談のこと・長門での日露首脳会談で再開と定期開催が決っていた)では、日本のイージス・アショア配備についてロシア側は露骨な懸念を表明し、説明を求め、反対している。
2016年暮れのプーチン来日の当時は、ドナルド・トランプがアメリカの次期大統領に決まっていて就任前の段階で、この頃にはまだトランプが公約通りにロシアとの関係を改善することも期待できたはずだ。安倍としてはそのことも念頭に、プーチンの共同会見での発言について、抽象的でもいいからなんらかの「平和条約」への前向きな姿勢を示す応答を、共同会見の場でも出来る立場だった。しかしこの時も安倍はニコニコ笑っていたただけだったのは先述の通りだし、しかも驚くべきことに、この共同会見でもっとも重要な発言だったはずのプーチンの率直な本音の吐露を、日本の報道がことごとく無視したのである。
これでは両国の信頼関係の構築なぞ夢のまた夢、プーチンが安倍を適当に弄んで経済協力だけはしっかりゲットすることに専念するのも当たり前だ。
そもそも「平和条約」が主役で「領土問題」はその結果だと分かっていない本末転倒
だいたい安倍首相に限らず日本全国がどうも勘違いしているらしい。「北方領土」が「国民の悲願」だといかに国内で言い募ったところで、国際的には通用しない。普通の国と国民にとって重要なのはあくまでまず「平和条約」であって、領土問題の確定はその従属物でしかないのに、日本では日露平和条約の締結があたかも北方領土問題解決の単なる一手段のようにしか思われていないのがおかしいのだ。
だからロシア側どころか普通の国際社会の視点からすれば、安倍政権の態度はおよそ支持や理解が得られるものではないし、プーチンから見れば領土問題の深刻化の真の原因である「ダレスの恫喝」に至っては、その意図も分かり易すぎるのに、日本はなぜ50年以上その対米隷属を継続したままなのだろう?
「平和条約の締結」はたとえそれが形式だけのものであっても、国際政治におけるいわば「絶対正義」の大義名分だ。ましてその約束を反故にするようにアメリカが日本に命じたなどとはおよそ正当化できることではなく、おおっぴらに主張してしまえば国家の威信が地に落ちる。そこで平和条約の締結を阻止する言い訳に領土問題を利用しろと強要したのがこの一件で、冷戦下の当時ではその下心もあまりにも見え透いていた。
そもそも既に指摘した通り、1956年の時点で日本は平和条約締結時の歯舞・色丹だけの返還に合意している。1952年に締結されたサンフランシスコ講和条約では「千島列島」の領有権放棄が明記されていて、地図を見れば択捉と国後はどう見てもこの「千島列島」の一部だし、地質学的に言えば知床半島から千島列島は長大な海底山脈でこの二島はその山脈の頂上部に当たり、同じ地殻変動で形成されたこともはっきりしている。つまりロシア側がこの二島を「南クリル(「クリル」は千島のロシア語名)」と呼ぶのは普通に客観的に正確な呼称で、サンフランシスコ講和条約に基づき日本領ではない、と言う解釈も正当だし、現に1956年までは日本政府も基本的には同じ認識だった。
一方で、歯舞と色丹は近くにはあっても地質的な成り立ちは異なるし、知床半島から千島への線上にないことを見ても「千島列島」ではない。つまり国際法上日本に帰属したままの領土と解釈するのが妥当で、だから歯舞・色丹は返還という56年共同宣言にもなり、プーチンはこれを有効とみなす立場を鮮明にしている。一方で択捉・国後についても返還の可能性も否定はしていないわけで、ロシア政府として最大限譲歩できるところまで譲歩した上で誠実に交渉に臨んでいるのに、安倍政権の態度はどうだろうか? 返還後に米軍基地ができる可能性すら否定しないとなれば、ロシアから見れば日本が平和条約を拒否する言い訳に領土問題を盾にしているようにすら見えて来てしまう。
プーチンの「思いつき」は決して筋の通らない話ではない
このような現実の文脈で客観的に考えれば、プーチンの今回の発言は決して無理のある話ではなく、むしろ当然の流れだった。本当にその場で思いついたにせよ、実は前から考えていて言うタイミングを狙っていたにせよ、極めて筋の通った、十分に理解できる正当な提案なのだったし、現にロシア政府がコントロールできる訳ではない外国人も多い観客からも賛同の拍手があがった。
日本側の態度がロシアから見れば領土問題を盾に平和条約締結を先延ばしにしているように見えているのが仮に「誤解」だとしても、そう誤解されるだけの理由は日本側が積み重ねて来てしまっているのだから、ボールは完全に日本側にある。これまでの経緯を見れば、ロシアとしては日本が本当に平和条約を望んでいて敵対の意思がないと言う保証を求めるのは当然だ。
平和条約があればさすがに日本も返還された北方領土に米軍基地を置くようなことはできないだろうし、条約を大義名分にアメリカの基地用地の提供要求に反対してくれるという担保にもなる。むしろここで日本がなんらかの誠意を見せる対応を速やかに示さないことには、「日本は平和条約を結びたくないのだ」「四島一括返還の要求はやはり今でも平和条約阻止のための言い訳なのではないか?」と疑心暗鬼をロシアが抱くのも、まったく自然な流れでしかない。
だから今、「年内に平和条約締結を目指そう」と言うプーチン発言それ自体の「真意」を疑ったり「棚上げ」狙いを邪推するのは、日本の国益にとってあまり意味がないどころか、ますますロシア側の不信感を掻き立て、交渉を暗礁に乗り上げさせるだけだ。まして「日本の立場は理解しているはずだ」と国内に引きこもった視点で決めつけて相手国を非難するようでは逆に国益を損ねかねない。確かに日本にとっては現実問題として不利になりかねない可能性もあるが、かなりの部分が日本側の「自業自得」でしかないことをまず認識した上で、現実的にロシア側も受け入れ可能な(=二枚舌の欺瞞を疑われない)案を模索するしかないのだ。
それに日本の国益を考えるなら、ここで気にするべきなのは本当に「思いつき」なのかどうかよりも、なぜ今、このタイミングだったのかだ。
もちろんプーチンは狡猾で有能な政治家であり、ただ良心と誠意から真っ正直で裏表のないことを言っているのでは無論ない。単に交渉し議論する相手が誠意のかけらもない二枚舌三枚舌の嘘つきで、しかもそれを権謀術数として駆使するには知能が追いついていないのならば、真っ正直で嘘がない実直な態度を突き付けることこそがもっとも手間もかからず、しかも最強のカードになると言うだけのことだ。そのタイミングも、プーチンはもちろん考え抜いていたはずだ。
トランプの「パールハーバーを忘れていないぞ」発言
安倍晋三の自民党総裁3期目が決まるかどうかの直前でプーチンが豪速球のボールを放つ前に、そのプーチンと同様に安倍首相が「首脳同士の信頼関係」を強調して来たもう1人の相手、ドナルド・トランプのアメリカからも厳しいクセ球が飛んで来ていることも見逃してはなるまい。米朝首脳会談の直前に安倍が訪米した際の日米首脳会談で、トランプが安倍に「I remember Pearl Harbor」と、第二次大戦中のアメリカのスローガンの「Remember Pearl Harbor パール・ハーバーを忘れるな」を念頭に置いた恫喝を突きつけたことを、ホワイトハウスがワシントン・ポスト紙にリークしたのだ。
さらに注目すべきは、同じリークで日本と北朝鮮が7月にヴェトナムのハノイで秘密接触をしていたこと、その事実にアメリカ政府が強い不快感を持っていることも明かされた。
安倍首相は慌てて産経新聞系のインタビューに応じて「そんなことは言われていない」と火消しに走ったが、これも国内の総裁選対策以外にはなんの意味もなく、外交と国益の観点からすれば的外れの無駄な発言でいたずらに混乱を招いている。今さら安倍がトランプに直接そう言われたかどうかは問題ではないし、実際の発言がどのような文脈だったのかを云々することすら、リークで報道されてしまった後ではまったくの無駄だ。肝心なのは「パールハーバーを忘れてないぞ」とホワイトハウスからリークされた、つまり第二次大戦関連の戦争責任の問題(朝鮮半島の侵略・植民地支配も無論含む)を否定したがる安倍政権に対し、トランプとアメリカ政府の明確な意思が示されたことだ。
これまでアメリカの歴代政権は、自民党右派が日米の同盟関係にもっとも協力的であったことから、靖国神社参拝などの動きにはあえて見て見ぬフリを通して来た。ほとんど唯一の例外が第一次安倍政権の時で、ブッシュ大統領の来日時に靖国訪問を日程に組み込もうとしてホワイトハウスがさすがに激怒したことと、慰安婦問題について誤魔化そうとする安倍首相をブッシュが電話会談で叱責したことがあるだけだ。「パールハーバーを忘れていないからな」、つまり日本をはっきり「旧敵国」と名指しするのは、アメリカの右派にとってさえさすがにタブーだったのを、トランプは平然と破って見せたのである。
しかもトランプ大統領はさらにワシントンポストの取材に答えて、日米の貿易問題の解決が自分にとって重要であること、日本に厳しい要求を突きつけ、日本の対応次第では「これまでの関係は良かったが、それも崩れるだろう」とまで言ってのけている。
トランプ「真珠湾」発言以上に深刻なのが、日朝秘密接触の暴露
だが外交メッセージとしてより深刻な意味を含んでいるのは、日朝秘密接触が暴露されたことの方だろう。この事実がアメリカに把握されていたこと自体は重要ではない。CIAなどのスパイ網を駆使するまでもなく、日本側との接触は水面下で平壌からワシントンに通知されていてまったくおかしくないからだ。なにしろいわば「間を取り持った」のが、安倍首相に米朝会談で拉致問題に言及して欲しいと頼み込まれたトランプその人なのだ。進展を知らせておくのは当然の礼儀ですらある。
問題なのは、秘密接触であるからには日朝両国にとって最高レベルの外交機密であることがアメリカ政府から暴露されたという事実関係の持つメッセージ性だ。しかもトランプと金正恩の間では現在、「朝鮮半島の非核化」を巡ってデリケートな交渉が続いている(と言うより、この2人についてはほとんど共謀関係の「同志」ですらあることは、当サイトの記事で指摘して来た通りだ)のだから、アメリカ政府が北朝鮮の信頼を裏切るようなリークをできるわけがない。無断でそんなことをしたら米朝交渉それ自体が破綻しかねないのだ。つまりはホワイトハウスは、平壌の了解を得た上で秘密交渉を暴露したのだと言うことに、外交ルールの常識さえ分かっていればすぐに気づいてしまう。
ではそれはどう言う意味を持ち得るのか? 注目すべきはこれが「パールハーバーを忘れてないぞ」発言と同じリークで記事になっていること、つまりはその二つが合わさった時に読み取れるメッセージだ。
安倍首相がトランプに「拉致問題を言及して欲しい」と頼み込み、金正恩がポジティヴな返答をした以上は、日朝直接交渉を始めることは安倍のトランプに対する責任になるが、この交渉で最大の議題になるのは拉致問題ではない。1945年までの植民地支配と、その過程で様々な形で行われた朝鮮民族の民族自決権の侵害と、朝鮮人個々人への人権侵害の精算、つまりこれまで国交がないため未解決だった戦後補償問題なのだが、安倍政権は以前の日本政府による韓国やそのほかの戦争被害国に対する公式謝罪の数々まで否定するか、ないがしろにしようとして来た。
日朝交渉が始まれば、金正恩はまず具体的な「補償」の前に謝罪の確認(例えば最低限でも、村山談話も河野談話も謝罪相手国に北朝鮮とその国民が含まれること)を求めて来るに決まっている。だがこれに応ずるだけでも安倍首相の熱烈支持層が猛反発するので、安倍がその支持層を排除する覚悟でも持たない限りは、日朝交渉は最初から破綻するどころか、そもそも始めたくないのが安倍の本音だ。
この文脈で見ればトランプのこの発言(と言うか、それが今になってリークされたこと)は、日朝交渉が膠着しかねないことを見越したメッセージと見ることができる。はっきり言えば、歴史問題で日朝が対立してもアメリカは第二次大戦の戦勝国として北朝鮮(および韓国、中国)の側につく、と言う宣告だ。
まあこれも当然ではある。トランプが目指す最大の外交成果のレガシーは、北朝鮮と和解し朝鮮半島の非核化を実現することであり、一方でこの大統領は日米同盟を使って日本を隷属させる代わりに米軍基地と核の傘を提供して「守ってやる」ことでアメリカの覇権を維持するということにほとんど興味がない。安倍ごときに自分と金正恩の蜜月を邪魔させるわけがないのだ。
安倍を追い込むホワイトハウスのリークは、中国へのメッセージ?
もう一点、見落とすべきでないのは、トランプと金正恩と文在寅だけでは「朝鮮半島の非核化」をこれ以上進められない現状だ。北朝鮮としては最低限でも朝鮮戦争の正式な終戦(=アメリカの敵視政策が法的かつ不可逆的に終わること)なしには、さすがに核放棄プロセスを始められないのに、この正式な終戦に中国が協力しようとしないままなのだ。
金正恩は米朝会談前に二度も電撃訪中をやって中国の協力を取り付けたはずが、習近平はシンガポールに行く飛行機を提供しただけで、その後もまったく動こうとしていない。話は前後するが、先日の北朝鮮建国70周年記念式典にも、結局出席せず代理を送っただけだった。中国がこうした態度を再び変えて協力姿勢になってくれない限り、トランプは中間選挙に向けて米朝交渉の成果をアピールできない。
もちろん安倍政権の歴史修正主義と日本の軍国主義の再興にもっとも神経を尖らせている国のひとつが中国だ。米中間では6月の米朝首脳会談後、それまで妥協点が見出せそうだった貿易戦争の前哨戦で、トランプが制裁合戦の口火を切っ他のだが、これは単に経済問題での衝突だけを意図したものでは恐らくない。中国が「朝鮮半島の非核化」に協力しようとしないことに痺れを切らしたトランプが、これまで首脳同士の関係は良好だったのを一気に態度を硬化させた面もあるはずだ。だからと言って自らを「ディールの天才」と自画自賛するトランプが、単なる圧力強硬姿勢に凝り固まるわけもなく、中国へのメッセージとして歴史問題では決して日本に味方はしないこと、米中間の根本的な信頼関係は維持されていると示すために、安倍をターゲットに歴史問題を持ち出すと同時に、貿易摩擦問題では中国だけでなく日本にも厳しい態度で臨む準備を表明したのだろう。
そしてもちろん、トランプはトランプで、自民党総裁選前というタイミングをもちろん意識していた。
試されているのは日本の「民主主義」
これまで安倍が「個人的信頼関係」を吹聴して「外交が得意」だとアピールする材料に利用して来たプーチンとトランプが、示し合わせたのかどうかはともかく、どちらも安倍との関係が決してよくない、およそ安倍が自慢しているような信頼もないことを、日本国内でも報道されるのを百も承知で、露骨に表明している。
普通なら、「安倍三選」を妨害する目的が真っ先に考えられるところだ。森友・加計の政治の私物化スキャンダルが公文書改竄にまで発展したまま一向に収まる気配はなく、西日本豪雨、大阪直撃の台風と、北海道の大地震に対応した補正予算を早急に審議する必要があるのに臨時国会の招集すらできないのが今の安倍政権だし、これまでの個別の政策や強行採決が相次いだ法案もそれぞれには国民の反対の方が強い。アベノミクスも失敗している中、それでも安倍政権の継続を選ぶとしたら、理由は外交の継続性しか理由はないだろう。
その「安倍外交」も実際の中身はといえば、特にアメリカとロシアの二つの超大国の大統領と「個人的な信頼関係」(傍目にはゴマすり隷属関係)だけが頼りだった。そこへトランプもプーチンも揃って、そんな「信頼関係」を否定して見せたのが、自民党総裁選直前の現状である。
これでも自民党員が安倍総裁の続投に投票するとしたら、およそまともな民主主義国家の普通に民主的な政党の判断ではない。ほとんどカルト同然か恐怖政治の状態か、国民と国家の利益を度外視した党内の私利私欲に自民党が染まっているということにしかなるまい。つまり、トランプもプーチンも、安倍政権を潰そうとしている、その継続を望んでいないが故のリークや発言をやったのだ、と考えるのが普通だろう。
だがそれでも、日本国内の報道機関などは総裁選は安倍陣営が圧倒的に有利という分析だし、アメリカやヨーロッパのメディアも同じ予測をしている。ホワイトハウスのリークやトランプの発言も、プーチンの爆弾「前提なし平和条約締結」提案も、自民党総裁選の形勢にはほとんど影響を与えていないのだ。
おそらく両国の外交当局や情報部門も、同様の分析や予測を、それももっと前からそれぞれの大統領に伝えている。つまりプーチンやトランプがここへ来て安倍を露骨に牽制しているのは、日本をまともな民主主義の国家とはもはみなしようがないという前提に立って、今後三年間続くであろう安倍政権に露骨な圧力を掛けている、という結論にしかなるまい。
米露ともに、対日関係を悪化させても痛くもかゆくもない、という意思表示
これは恐ろしい話だ。もはやアメリカもロシアも日本を対等な同盟国とも友好国ともみなしていない、という意味にしかならないのだ。かと言って対日関係が悪化することのリスクも考慮していないのは、つまり考慮するまでもない、ということだろう。仮に対日関係が悪化してももはやそれぞれの国益にとってたいした損失にはならないし、そもそも日本には態度を硬化する度胸もあるまい、とすら思われているのではないか? もはや安倍政権に限らず、日本の全体がそこまで愚弄されているのだ。
対照的に目立つのが、中国の国際社会での存在感が目に見えて上昇していることだ。今回の東方経済フォーラムの日程は習近平のスケジュールに合わせた日付になっている(一方で日本の事実上の首班決定選挙になる自民党総裁選はまったく考慮されていない)し、プーチンは合わせて北方四島周辺で大規模な軍事演習をロシア軍にやらせているが、そこには中国人民解放軍もモンゴル軍と共に参加している。中露間の領土問題はすでに解決しているし、プーチンが目指すシベリア開発とアジア方面への経済中心のシフトにとって、中国は欠かせないパートナーになる。ウクライナ問題の制裁を受けて欧米との経済関係が停滞する中で、習近平の「一帯一路」構想にうまく乗ることはロシア経済にとって、安倍の「新しいアプローチ」などとは比べ物にならない重要性を持ってしまっているし、習近平はその双方の国益に利益をもたらすカードを巧妙に利用している。むろんロシアにとっても悪い話ではなく、むしろ双方の大きな利益に結びつく国境を接するどうしの関係の深化、つまり経済取引を活性化させれば双方が儲かるわけでもある。
貿易問題で米中関係が一見悪化しているように見えるのも、トランプにとって中国がそれだけ重要な交渉相手国であることに他ならないし、もともと公約であった貿易問題での対立にしても、制裁合戦が本当に激化すれば世界経済にブレーキをかけ、せっかく就任後は好調の(予測された「トランプ・ショック」もなかった)マーケットにも悪影響が懸念されてしまう。それにトランプがなんとか実現させたい北朝鮮との和解と核問題の解決にしても、いつの間にか習近平に決定権を握られたまま進展が見込めなくなってしまったのも現状だ。
安倍政権の5年間でついに定着してしまった「ジャパン・パッシング」
一方の日本はと言えば、野田政権が総選挙で大敗して安倍首相の自民党が返り咲いた時点では、日本はまだそれなりの国際的なプレゼンスを有していた。伊勢志摩サミットの時点でもまだ、安倍首相の荒唐無稽な「世界経済はリーマン前」発言への反応も、本音は「G7で経済成長が伸び悩んでいるのは日本だけだろう」であっても、例えば英国のキャメロン首相が呆れ怒っていたことはリーク情報でしか伝わらず、共同宣言も日本の顔を立てた文面になっていた。
とりわけアメリカでは、安倍首相の公式訪問での議会演説も当時の野党共和党を中心に批判も多かったが、オバマ政権は国際協調路線と、日本が同盟国であり経済的にも重要なパートナーであったことから、安倍政権の対中敵視路線に同調しては第二の冷戦時代を招きかねないという厳しい批判をリベラル系のメディアから浴びせられることに甘んじてでも、露骨にそのメンツを潰すような態度は自重していた。
むろん水面下では様々な圧力はあり、こと慰安婦問題では韓国の朴槿恵政権と和解するよう強く要求し、安倍政権もしぶしぶ「日韓合意」を結ぶことになった経緯もあった。だがこの「合意内容」の内容がずいぶんいい加減な二枚舌になると分かっても、オバマ政権は同盟国を尊重する立場から介入も批判は控えていた(その結果この「合意」はかえって日韓の対立を深刻化させてしまったわけだが)。
だが2016年大統領選で想定外のトランプ次期大統領が決まってしまい、慌てた安倍がニューヨークで就任前のトランプに面会を求めた辺りから、日本の外交的な立場はついに目に見えて凋落を始めてしまった。
経済では超保護主義、人種差別批判を辞さないウルトラ・ナショナリズムを唱える次期政権を世界中が警戒する中で貿易立国の、それも非白人国家の日本がまるで媚び売りのように、外交慣例を無視して会いに行っただけでも軽蔑されるのに、直後のG20でTPPの重要性をトランプに理解させたと安倍が吹聴しているその最中に、TPP離脱を宣言する動画をトランプが公表してしまったのだからしょうがない。そして翌年には森友学園・加計学園両スキャンダルが国際的にも報道され、疑惑の中身よりも安倍政権の対応がこれまでくすぶっていた不信感を国際的にも表出させることになった。どうもこの安倍という日本の総理は、とんでもない嘘つきであるらしい、という疑いが確信になってしまったのだ。
しかもそうでなくとも、日本の国際的な地位の凋落はすでに進行していた。
日本が世界に存在感を保てていたのは、その経済力と信用がなによりも大きく、GDPでは日本を抜いた中国でも、安倍の露骨な中国敵視姿勢にも関わらず、アジア・インフラ開発銀行の設立でも副総裁ポストを日本にオファーして来たほどだった。
中国の急成長で東アジア経済圏が世界経済の中心になり、日本がその重要な一角を占めるはずだというのが当然の予測だったのが、日本は自らその地位を蹴ってしまったのだ。中国は日本抜きで「一帯一路」などの経済覇権構想を進めるに至り、よくも悪くもアジア単独覇権の盟主の地位を着々に固めつつある一方、日本はどんどん取り残されている。
アベノミクスの失敗を誤魔化し続けた挙句、信用できない「嘘つきの国」になってしまった日本
インフレ・ターゲット理論の初の本格的な実験・実践であった「アベノミクス」の完全な失敗も大きい。安倍政権は結局、国民に数値上の好景気を信じ込ませるために公共事業の巨大投資で実体経済をなんとか支えるしかなくなってしまったが、これは日本経済の政府への依存を一層強めるだけでなく(つまり資本主義の国として体をなしていない)、国際的に懸念されていた日本の膨大な財政赤字をいよいよ悪化させることにもつながる。2020年と国際公約していたプライマリーバランスの正常化(税収と財政支出の関係を黒字にすること)も事実上反故になり(一応2025年に先延ばしとされているが、もはや誰も信用しまい)、日本のマーケットに日銀や年金基金の膨大な資金が投入されて国家が株価を買い支えている「管制相場」の資本主義ルール破壊の不正直な異常事態がずっと続き、歪さが取り返しのつかないほど深刻化している。
しかもそこまであの手この手で金融緩和を進めても、実体経済の回復はほとんど進んでおらず、すると日本政府はGDPの算出方法を変えて数字上では安倍政権になって経済成長があったかのような偽装まで始めてしまった。そんなところへ、森友学園疑惑をめぐって財務省が公文書を改竄していたことまで明らかになってしまえば、まず日本政府がまったく信頼されなくなるのも当然だ。
しかもアベノミクスの失敗それ自体が日本の経済構造を歪めてしまい、とりわけ金融システムが痛めつけられて世界屈指のメガバンクである日本の都市銀行まで経営が危うくなっているだけでなく、超高齢化の人口減少社会が始まっているのになんの有効な政策的対応がなされていないことも、国際社会の失望と失笑を買って当たり前だ。社会保障費の増大予測について日本政府が提示している「対策」は、あろうことか支給額をできるだけ減らす小手先技で国民生活に不安を与えているだけなのだ。
これではアベノミクスの失敗はインフレ・ターゲット理論の誤りを証明したというより、日本政府があまりに無能だったということにしかならない。将来不安があるときに消費が伸びるわけがなく、デフレ脱却などあり得ないことは子供でもわかる。むしろ金利もつかないのに企業は内部留保を溜め込み、個人の貯蓄もむしろ増えている。こうして銀行に資金が集中しても融資先がないので、マイナス金利なのに日銀にその現金が預けられると言う異常事態にまで陥っている。
金融緩和は停滞した通貨流通量を上向きに刺激する手段のはずが、アベノミクスの第一段階では円安誘導の効果しかなかった。そこで通羽化供給量自体を増やす異次元金融緩和に打って出ても、結果は通貨の偏在とかえって極度の通貨流通の停滞を招く結果にしかなっていない。そこで国が年金基金で株を買う、日銀にも株を買わせることでなんとか見た目だけの高株価、つまり好景気のイメージだけを維持しようとした結果、なんと日本株の最大保有者が日銀、と言うこれまた異常事態になってしまった。
これは政治の無能無策だけでなく、優秀と言われて来た日本の官僚の没落まで明らかになってしまったことも意味する。政府の大雑把でチグハグな経済政策を是正する努力を官僚機構が怠り続けた結果、今や超低金利なのに企業の内部留保が増え、利子もつかないのに貯蓄が増るという異常自体が日本の金融の現状では、デフレ脱却はあり得ない。なのに金融庁は安倍首相が喜びそうなデータを出すことに執着して、例えばスルガ銀行の違法融資も黙認し、むしろ地方銀行でほとんど唯一利益を計上している同行を賞賛していたほどだ。一行でも成績の良い地銀があれば、「アベノミクスは失敗した」という指摘を誤魔化す反論もどきの材料にはなるからだ。
日本の製造業への信頼まで凋落してしまったこの5年間
さらに深刻なことも起こっている。これまで信頼のブランドだった「メイド・イン・ジャパン」を根底から覆すように、神戸製鋼で何十年にも渡って数値改竄で品質チェックを誤魔化して来たことが暴露されるなど、大手製造業では様々な数値の偽装が相次いで発覚しているのだ。最悪のケースでは世界屈指の電気メーカーが二つ、東芝が粉飾決済が明らかになって倒産し、シャープは台湾資本でなんとか維持されることになった。
アベノミクスの致命的な誤りは多々指摘できるだろうが、長期的に見てもっとも深刻なのは「第三の矢」がまったくなかったことだ。つまり「成長戦略」、日本が今後なにを主要産業に世界と渡り合っていくのかを、安倍政権は結局いまだに提示できていないのだ。
かつて日本を世界有数の大国に押し上げた製造業に、信頼を失墜するような事件が相次いでいるだけではない。なかでも世界的に人気のあった精密機器電気産業は、IT化に出遅れてしまったことでの凋落が激しい。パソコンでもウィンドウズとインテルに中枢部分を握られてしまっていたのが、スマートフォンの世界的な普及では日本は独自機種すらほとんど開発できないまま、アンドロイド系では韓国や中国メーカーに完全にシェアを握られてしまっている。もはや日本=高度に洗練された最先端の、使いやすく故障も少ない商品という国のブランドイメージ自体が失われつつあるし、先進国ゆえに労働賃金も高い日本では、いかに人工円安を誘導しようが価格競争では勝ち目がない。だからこそ日本ならではの高度な技術に基づく製造業を建て直すか、それに代わる新たな成長分野を見出せない限り、「かつての先進国」「もはや終わった国」と思われてしまうのも時間の問題なのに、なんの方策も出て来ていない。それが「第三の矢」だったはずなのに、今まで結局はなにもない。まさか56年ぶりの新たな獣医学部の新設が「成長戦略」になるわけもなく、つまりこれも「安倍の嘘」だった、というだけで済めばいいのだが、そうはいかない。「騙された」と悔やんだところで、もはや取り返しがつかないのだ。
誤りを自覚しないまま暴走していく安倍「三期目」自民党の亡国
トランプとプーチンそれぞれから見れば、「安倍三選」は今後日本が「なめきっていい国」「真面目に対話する必要もない国」となることを自ら選択した、としか見えないだろう。自らの失敗を決して国民に対して認めたくない、自分に都合の悪いニュースは聞きたくない安倍首相個人の性格的問題と、日本のメディアがそんな安倍政権に配慮するばかりでまともな報道ができないことも、それぞれの「爆弾発言」で完全に証明されてしまったことになる。なにしろ本来なら、それぞれの発言は日本のメディアが真剣に取り上げ、総裁選でも大きな論点になっておかしくないはずだったのに、なんの影響も与えなかったのだ。
つまり今後、ロシアにせよアメリカにせよ、日本に決定的に不利なことを突き付けたり、外交的に追い詰めても、せいぜい2,3日ニュースになるだけで、いつの間にか安倍外交はうまく言っているかのように偽装されてしまうだろう。失敗も忘れられ、危機も真剣に認識され議論されることのないまま、安倍政権の対米・対露関係があたかもうまく行っているかのように報道でイメージが作られてしまうだけなのだ。これではアメリカやロシアにしてみれば、日本に不利な要求を飲ませることも簡単になってしまう。
プーチンにしてみれば習近平とは一帯一路に参加することで双方が儲かる方向に協力する経済政策の王道とは対照的に、日本相手では経済協力や投資を日本から絞りとるだけ絞りとっても、その投資額の大きさだけで安倍政権下の日本では日露関係がうまく行っていて、北方領土がまもなく帰ってくるかのように安倍が吹聴し、その安倍に合わせて報道が捻じ曲げられ、国民もそれを信じ込んでしまうのだから、なんのリスクもない。
やっかいなことに日本製品のブランドイメージはどんどん凋落していても、例えばアメリカ人の日本に対するイメージといえば、特にトランプ支持層にとってはいまだに70年代・80年代の日米貿易摩擦でアメリカ製造業が低迷に追い込まれ、バブル最盛期にはロックフェラー・センターまで日本企業が購入してしまった時代からそう大きく変わっていない。トランプの大統領選勝利を決定づけたいわゆる「ラストベルト」の衰退は、「日本に仕事を奪われた」という印象が今でもまだまだ根強く残っているのだ。
今トランプ政権は表面では中国との貿易戦争・制裁合戦に熱中しているように見えながら、トランプの悲願であり中間選挙で最重要のアピールになる北朝鮮問題の解決に協力が欠かせないその中国との間で、微妙な駆け引きが続いているのが実際だ。朝鮮戦争の正式終結だけでも中国の参加が不可欠なことを抜きにしても、本格的な米中貿易戦争が始まれば、せっかく好調の株価も暴落するし、25%の関税は生活用品の多くを中国製に依存しているアメリカの中間層の生活を直撃しかねない。
つまり、今の対中国強硬路線はトランプにとっては恐らくはただのブラフだろう。しかし超保護主義政策を公約に掲げた以上は、そこまでただのブラフの公約違反で済ませるわけにもいくまい。さんざん期待を煽って来た支持層を満足させるのには、どこか中国の代わりに叩きのめすターゲットをトランプは必要としているはずだ。
その格好の相手としてすぐに思いつくのが、三選を果たした安倍の日本になるのは言うまでもない。なにしろ「パールハーバーを忘れてないぞ」という自らの発言をリークしたとたん、必死になって「トランプさんにそんなことは言われていない!」と言い張って自分をかばってくれたのが安倍なのだ。どんなにアメリカにのみ一方的かつ圧倒的に有利な条件を強引に呑ませるのでも、そんな安倍相手なら「ディール」の必要すらない。なぜなら、安倍は自国民相手には常に、トランプと良好な信頼関係があるかのように御都合主義に捻じ曲げたアピールを続けてしまうに違いなく、日本国民もそれを嘘と気づくことを拒絶するかのように、鵜呑みにし続けてしまうからだ。
本当にこれでよかったのか? もはや悔やんでもしょうがない、後の祭りだ。
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