軍事機密も国際常識も自衛官の生命もどうでもいい? 韓国憎悪だけが燃え上がる「レーダー照射」大暴走の究極「平和ボケ」と、安倍政権が失い続ける国際的信頼 by 藤原敏史・監督

新年早々、度肝を抜かれるテレビ朝日の「スクープ」があった。いや別にテレビ朝日の取材力を褒める気はまったくない。むしろ明らかに政権の意図でリークされた内容をそのまま報じたことに、報道機関としての見識を疑うべきところだ。

しかもそんなことすらどうでもよく思えるくらい、この「スクープ」の中身こそが深刻な問題だ。韓国の駆逐艦が海上自衛隊のP-1哨戒機に「レーダー照射」(というと妙におどろおどろしい殺人光線のようにも聞こえ、現に「レーザー」と勘違いする者も続出)、要するに火器管制用レーダーを向けたとされる一件があった12月20日から一週間後、27日に極秘で行われた日韓防衛担当省の事務レベル会議でのやり取りの一部が、リークされたのである。

まずこの接触があった事実と、その内容が報じられたこと自体、国防担当省庁間の事務レベル会談は、最重要の外交・安全保障上の国家機密だ。そう易々とマスコミに話しては、国家間の信頼関係が根底から損なわれる。そんな交渉内容が当事国に敵意を持っている国にでも知られてしまうだけで、深刻な安全保障上の危機に繋がりかねないのだ。

なのに安倍政権では、それが平気でマスコミに流れてしまう。

「特定秘密保護法」が強行採決されたのは、なんのためだったのか? アメリカが日本にこの法律の制定を強硬に要求したのは、自国の機密に属することすら日本の政治家や官庁からマスコミにリークされることが多過ぎて、日本政府が同盟国として信用できず、機密情報の共有が出来ないから、だったのだが。

最高レベルの外交・安全保障上の国家機密が平気でリークされる国

テレ朝の「スクープ」は、テレビ会議形式で行われたと言う紛糾したやり取りを、いかにも日本側に有利なように恣意的に引用した部分のみ報じたものだが、その切り取り方があまりに稚拙で短絡的で、そのやり取りの実際の意味が客観的に、国際交渉や軍事の常識を踏まえれば、すぐ読み取れてしまうレベルの低さも問題だ。なのに報道している側にもなんの危機感ないことにはますます呆れる。いや後述するように、テレビ朝日のワシントン特派員だけは、明らかに焦っていたが。

日本側は「レーダー照射」されたというP-1哨戒機の受信した波形データーが、日本がこれまでの調査で把握していた韓国駆逐艦の火器管制レーダーのそれと一致した、と主張し、確認のために韓国側の持っている実際の波形データと照合しよう、そうすれば事実は明らかになる、と要求したという。レーダー機器が発信するレーダー波にはそれぞれに固有の波形があり、いわば「指紋」のように一致特定できる。だから「動かぬ証拠」を日本は出したのだ、と日本政府は主張したくて、この会談内容をテレビ朝日に報道させたのだろう。

だがそんな特定ができてしまうからこそ、個々の軍艦の波形データはそれぞれの軍隊(ないし、日本なら自衛隊)の最高レベル軍事機密になっている。韓国国防省の交渉担当者が照合を突っぱねたのは当たり前なのだが、あたかも韓国側が「逃げた」かのように、そうした機密保持の厳密さを知らない一般の(まあはっきり言って、「軍事ド素人」な)視聴者には思えてしまう世論操作が、もちろんリークした側の狙いなのだろう。

一般人には分からない軍事のプロの常識からすれば、そんな最高レベルの機密を出せ、と言い出すこと自体があり得ない。あまりの非礼に激怒されるならまだいい方で、「まったくお話にならない」と呆れられて相手にされなくなり、言い出した側の信頼が失墜するしかない。なにしろそうしたレーダー波形を敵国にでも把握されるだけでも、自国軍の作戦行動が筒抜けになりかねないのだから、作戦の遂行に大きな支障を来す(相手に防護や先制的な反撃を許す)だけでは済まない。自国軍の安全すなわち兵士の生命すら危険に晒してしまう情報なのだ。

しかも日本側はもっととんでもないことを、このテレビ会談で言ってしまっている。日本が以前に韓国海軍の各艦船のレーダー波形を独自調査で把握していて、P-1が受信した電波のそれと一致した主張しているところだ。

これも一般読者にはピンと来ないかも知れないが、つまり日本が以前から韓国軍をスパイしていて、その艦船の作戦能力と安全に関わる最高機密情報を密かに把握していた、と宣言してしまったに他ならない。韓国は日本の同盟国であるアメリカの同盟国、つまり実質上の準同盟国であり友軍なのに、その相手を日本はスパイしていた、つまりは仮想敵国とみなして来たと公然と突きつけたに等しい。

「軍事機密」の意味が分かっていない平和ボケ

もちろん実際には、日本にだってその程度の情報収集能力はあり、だからその程度のデータは持っているかも知れないということくらいは、韓国国防省にとってある程度は想定の範囲内だったことだろう。だからと言って、というよりは「だからこそ」、そんな情報収集つまりスパイ活動を友軍相手にやっていたとは、普通なら口が裂けても言えない。実は敵国扱いしていた、しかもその相手国の機密保持能力を日本が打ち破ったのだと勝ち誇って威張り散らし、威嚇している意味にもなってしまい、つまり剥き出しの敵意と取られかねないのだ。

韓国側はもちろん態度を硬化させるし、国防省の報道官が「非紳士的」と日本を非難するのも当然だろう。なおこのテレビ会議では韓国側も売り言葉に買い言葉で、ならば日本のP-1が受信したというレーダ派の波形データを出せと言い出している。

もちろん日本がそれを出すことは、P-1哨戒機の電波受信能力の詳細まで韓国軍に教えてしまうことになるので、日本側は日本側で絶対に出せない軍事機密であると見越した上での無理難題ではある。P-1の哨戒能力の中でももっとも肝心な部分のひとつである、レーダー監視能力の性能が推察できるデータが外に出てしまえば、世界中のあらゆる軍隊やテロ組織が当然そのデータを解析し、探知されないで攻撃できる方法を考え始めるのが、軍事の世界では当然なのだ。つまり、海上自衛隊から見れば、自衛官たち自身の命すら危険に晒されることになる。

ところがその(普通の軍事安全保障の常識では出せるわけがない)情報を出せと言われた日本の「再反撃」のつもりが、さらに驚くべき非常識だった。ならば機密に当たる(それも双方の兵士の生命の安全に関わる)情報を「相互主義」で出し合おう、と言ったのだ。

韓国がなぜ固辞したのかの理由も全く理解できていなかったのではないか? 軍事機密は何よりも自軍の将兵の命の安全を守るためにこそ絶対に保守しなければならないものなのに、日本政府はその開示を取引カードぐらいにしか思っていない。ここまでの呆れ果てた「平和ボケ」では、「こいつらには話が通じない」と呆れられる他ない。なにしろ韓国側としては「日本だって出せないのだからお互い様」で双方が冷静に立ち返るために言ったはずのことだろうに、常識の通じない相手がますます稚拙で行き当たりばったりの感情論、いわば「子供の喧嘩」レベルの開き直りを始めるように追い詰めてしまったことになる。

当然ながら韓国側は態度をますます硬化させ、当該の駆逐艦のレーダー波形は軍事機密だから出せない、と繰り返し突っぱねた(繰り返しになるが、これも一般人には「逃げた」ように見えるかも知れないが、軍事のプロにとっては最重要の安全に関わる機密の保持のための当然の態度だ)。

あろうことか、アメリカを巻き込もうとした「告げ口外交」

これに対する日本の防衛省の反応にはさらに度肝を抜かれる。なんと「第三国」の「仲裁」を提案したのだ。

友軍どうしでも出せないような(兵士の生命の安全に関わる)機密情報を今度は第三国に教えると言うのか? ぶっちゃけ、一般社会でも「こんな奴らとは二度と仕事はできない」と契約関係や縁を切られて当たり前の話である。1月15日に発表された韓国の国防白書で、従来あった日本を民主主義と自由経済体制を守る上での重要なパートナーとした記述が削除されていることもニュースになったが、12月27日にこんなやり取りがあったのなら、日本をもはや軍事上のパートナーとはみなせなくなった最新事情が反映されたのも当然だろう。文字通り、「こんな奴らと組んでいてはこっちの命が危ない」レベルの事態だからだ。

ところがテレビ朝日のスクープ(と言うより、官邸の意を受けた防衛省の情報丸呑み筒抜けのスポークスマン状態)は、さらに驚くべき展開まで伝えていた。

なんと日本は本当に「第三国」つまりアメリカに「仲裁」を頼み(と言うよりアメリカが日韓双方のいわば親分だか何かのつもりで「告げ口」に及び)、韓国が出そうとしない駆逐艦のレーダー波形データはアメリカも持っているはずだから教えて欲しい、と頼み込んだと言うのだ。

アメリカは韓国の同盟国として、アメリカ海軍と韓国海軍がほぼ一体化したような密接な共同作戦を取る必要から、韓国側からそうした機密を極秘裏に提供されているのだろう。だがそれを日本に開示しろとは、同盟国間の信頼関係に賭けて絶対に応じられない話だ。別に韓国への配慮ではない。そんなことをやる同盟国なら、例えばNATO諸国もアメリカとの同盟関係を深刻に考え直さなければならなくなる。ちなみにもちろん、アメリカ政府に問い合わせても、そんな要請が日本からあったこと自体を認めず、ノーコメントを貫くだろう。

何度も繰り返すが、このデータを敵国に把握されてしまえば、韓国駆逐艦の作戦行動が筒抜けになり、事前に防護や反撃を準備されかねず、つまりは作戦遂行を困難にするどころか、乗組員の生命を直接危険に晒しかねない。日本がアメリカに頼み込んだのはそんな暴挙なのだ。そんな情報を韓国軍と共有していること自体が韓国軍と韓国政府の立場すら危うくする、絶対に守らなければならない機密だ。韓国軍がこのような生殺与奪権を意味するような重要情報までアメリカに提供して「一体化」しているのなら、韓国国内から米韓軍事同盟に対する疑問や反発も起こりかねない。

この「スクープ」を受けてアメリカ側の反応を報告させられたワシントン特派員の顔が引きつり声が上ずって、明らかに焦って困惑していたのも当然だろう。こんな話が日本から持ち込まれたことをペンタゴン(米国防総省)やホワイトハウスが外部に漏らすはずもないが、事実ならば激怒されていて当然だ。たとえすべてが日本政府のフィクションだったとしても、ならばますます持って日本の信頼は地に堕ちる。アメリカの名前で嘘を言うような同盟国を、ペンタゴンが信頼するわけがないのだ。

この「スクープ」を報じたテレ朝のニュース番組の方はと言えば、匿名の日本政府高官の証言として、アメリカに断られたことと、その理由は「北朝鮮問題があるのでアメリカは韓国と縁を切るわけに行かないのだろう」と伝えている。行間から負け惜しみが滲み出ているようなこのコメントをなんの疑問も抱かず報じただけでも、この局の取材・分析・報道の劣化には目が当てられないし、ペラペラとマスコミに語った「政府高官」の能天気さには呆れるばかりだ。

間が抜けているとしか言いようがない。「平和ボケ」の軍事音痴と言う現象があるとしたら、この日本の現在の政府こそ、「平和ボケ」の最たるものだ。

そもそも「レーダー照射」でなぜここまで騒ぐのか?

昨年12月20日に日本海上でこの「事件」が起きた時、さっそく興奮気味になった世論をなんとか抑制しようと、意外な人物が(本来なら言いたくないことを)あえて発信している。元航空自衛隊幕僚長の田母神俊雄氏だ。

このような「レーダー照射」が世界中の軍隊で日常的に、「当たり前」のように行われていること、日本の自衛隊も訓練と万が一のテロ対応をかねて日本上空を飛行する民間機を火器管制レーダーで捕捉していること、火器管制レーダーのスイッチを入れても銃器や対空砲、ミサイルなどの発射はまた別系統で、安全装置を解除しない限りまったく危険はないこと、つまりこのような話で騒ぐのは馬鹿げている、と指摘したのだ。

俗にいう「ロックオン」で言えば、兵士の持っている自動小銃などの照準を当てられるなら、いつでも発砲して射殺されておかしくない状況になる。アメリカのテロ警戒レベルがオレンジ以上になれば、在日米軍基地のゲート周辺の目視圏内にいる日本人は基本的に常にこの「ロックオン」の状態にされている。日本国民からすれば「とんでもない」「許せない」「人権侵害」としか思えないので大っぴらに語られることはないが、米軍側からすれば民間人とテロリストの区別がつかないのだから、万が一の際には自己防衛のために射殺できる体制を準備しておくのは当たり前だ。軍隊とはそういうものである。常に可能性としては「命がけ」なので、考えられる限りのあらゆる防備(先制攻撃を含む)の準備はしていて当然なのが、そのシビアな現実だ。

「腐ってもプロ軍人」田母神元空幕長が火消しで明かした、本来は言ってはならない軍事の世界の常識

田母神氏が明かしたように、自衛隊が日本上空の民間機をすべて基本的に火器管制レーダーで捕捉しているのも、誰が乗っているのか、積荷がなんなのかを、民間機の場合は完全に把握することは難しいからでもあり、一方では非常時にいつでも火器管制レーダーを使えるようにしておく訓練の必要性からも、日常的にやっていることでしかない。ターゲットが準備されてお膳立てされた演習では、実戦への対応能力はなかなか身につかないわけで、だから自衛隊(ないし、他国なら軍)のコントール下にない民間機を即応的に捕捉する方が、はるかに状況に即応するための訓練効果があるのだ。

もちろん軍隊・軍事組織から見れば当たり前のこと、自分たちの命が掛かっているのだから当然であることでも、民間人からすればとんでもない話にはなる。だからこそ、こうした実情は決して軍(ないし自衛隊)関係者の口から明らかにされないのが普通だし、現役の将校なら絶対に言えない。田母神氏はすでに退役しているが、それでも本来ならまず公言はしないはずだ。なのにあえて、即座にこうした発言をツイッターに流したのは、日本政府が騒ぎ出したことに強烈な危機感を覚えたからだろう。

「レーダー照射」が事実であったとしてもそれは軍事・安全保障の分野のプロどうしなら当たり前で、そんなに大騒ぎするようでは国際的にはかえって日本が愚かに見えて信頼を失ってしまうだけなのがひとつ。これを理由に他国を責めようものなら、当然その相手国は「証拠を出せ」「証明してみせろ」と言い出す訳で、そうなるとP-1ならP-1の受信した詳細なデータを出さなければならなくなることがひとつ。既に述べた通り、そのデータはとりも直さずP-1に搭載された電波探知システムの特性や能力を明かしてしまうことにつながる軍事機密であり、つまり自衛隊にとっては絶対に出せない「証拠」だ。

今回は相手国が韓国で、徴用工問題について韓国最高裁(大法院)が出した判決などもあって関係がギクシャクしている上に、田母神氏のことだから安倍晋三総理大臣やその政権、その支持層の異常なまでの韓国敵視・朝鮮民族に向けた差別の憎悪もよく分かっていたのだろう。このまま彼らがどんどん興奮状態になれば、自衛隊が自らを守る上で必須の重要機密情報まで、この内閣なら本当に公表しかねない。そんな危機感すら、その行間からは読み取れる。

その田母神氏の危惧は現実のものになった。テレ朝が「スクープ」した12月27日の物別れに終わった日韓折衝の直後に、安倍首相が海上自衛隊の反対を押し切って、「レーダー照射」された時のP-1内の記録映像を公表させてしまったのだ。P-1の「手の内」を知られてしまうことは、自衛隊全体の作戦能力と、自衛官の命に関わることであり、機内の動画だけでも分析の対象となる情報が含まれている可能性が高い。それを公開するなんてプロ軍人の常識からすれば(自分たちの命に関わるので)もってのほかなのに、安倍官邸が防衛省や自衛隊の抵抗にも耳を貸さなかったのか、あるいは自衛隊の首脳部もすでに政権のイエスマンに占められてしまっているのか。

こんな人たちの内閣なのだから、退官したとは言え田母神氏が危機感を持ったのも当然だろう。なにしろ安倍政権が韓国を「謝らせる」ことで溜飲を下げられるようにするために、自分のかつての部下たちの命が危険に晒されることになるのだ。

実はこれが二度目の安倍政権「レーダー照射」不条理劇場

だが自分の発言に対する日本国内からの反応は、さしもの田母神氏にとってすら晴天の霹靂、全くの想定外だったろう。あろうことか、いわば極右の「カリスマ」でありネトウヨの「神」だった氏に、「朝鮮の手先」といった荒唐無稽なレッテル貼りの「炎上」攻撃が始まったのだ。

多少はマシな反論として出て来たのは、西太平洋に軍事力を展開する国々(北朝鮮は除く)の間で2014年に結ばれた協定で、他国軍の艦船や航空機を火器管制レーダーで捕捉しないという約束が決まっており、韓国駆逐艦の行動はその協定に違反するはずで、田母神氏が書いた「論文」が問題になって退官に追い込まれた後に決まったこの協定を氏が知らなかっただけだ、と言われてしまったことだ。

いやそんな協定だって建前に過ぎず、実際に守られているかどうかも怪しいし、いずれにせよ「レーダー照射」は事実として証明が(軍事機密の壁に阻まれ)不可能である以上、ただの建前上の空文としての空約束に過ぎない。そもそも田母神氏のいう通りでまったく大したことのない、危険性のないことなのに、わざわざ協定になっているのには理由がある。2013年1月、つまり日本で第二次安倍政権が成立した直後に、日本の自衛艦が中国艦船に「レーダー照射」された、と日本が主張したからだ。

この中国との一件にせよ、今回の(ほぼ6年ぶりの)韓国相手にせよ、実際に「レーダー照射」つまり火器管制レーダーによる「ロックオン」があったのかどうかについて、筆者は立ち入るつもりはない。自衛隊が「探知した」と言うのだからあったのかも知れないが、本当に火器管制レーダーのスイッチが入っていたかどうかはその相手国の軍隊でしか分からず、探知したレーダー波は基本的に間接証拠にしかならない。「そちらの機器の誤作動ではないか」と反論されればそれまでなのも、こうした警告装置はそうした過剰反応誤作動のリスクは無視して、要は「過敏」に設計するのが常識だからだ(そうでないと意味がない。危険があっても作動しないよりは、危険があるかどうかの段階で作動した方が、危険の回避には当然役に立つ)。

2013年の1月に日本が訴えた「レーダー照射」でも、中国側は当然のことながら、当該の中国艦船の乗組員を調査した結果そのような事実はない、と突っぱねただけだった。そこで日本政府が負け惜しみのように出した声明が傑作で、「(レーダー照射が行われた)疑いがあると確信するに至った」と言い出した。「疑い」なのか「確信」なのかはっきりして欲しいというか、実のところ「疑い」以上のなにも証明できないことを自白しつつ強がりのポーズをとっている虚勢でしかない。

この時にも日本政府はアメリカに「助け」を求め(要するに「告げ口」外交)、当時のオバマ政権は国際協調路線の立場というか、日中関係の悪化はアメリカの国益を大きく損ねる可能性が高い(最悪、日本がこれを理由に尖閣諸島近海で中国と軍事衝突を始めれば、日米同盟の義務からアメリカも参戦を余儀なくされる)ことから、日本のメンツを完全には潰さないよう仲裁に入ってくれている。

もちろん中国が「レーダー照射」を認めるわけもなく、仮にあったとしても「そもそもそんなことで騒ぐか?」という問題でしかなかったのだが、双方の顔を潰さずに形だけの落とし所を米中が探った結果、こうしたトラブルの「再発防止」目的で、アメリカや韓国などのこの水域で軍事力を動かしている国々も含めて空文としてのみ決まったのが、お互いに火器管制レーダーを使うような「敵対行為」は避ける、という「協定」だ。

田母神氏のような「腐ってもプロ軍人」にはもちろん、こんな理屈は通用しない。ところがそれでもこんな稚拙で非常識な「反論」で田母神氏も黙らざるを得なくなるのが、いわゆる「ネトウヨ」が席巻する日本語のネット上の「炎上」騒動の困ったところだ。

田母神氏があえて、本来なら一般市民に知られない方がいいに決まっていることを、わざわざ発信したのは、こんなことで騒ぎが大きくなればなるほど、同盟国や事実上の同盟国・友軍との関係が損なわれるわ、日本の安全保障上の信頼が失墜するわ、自分の元部下たちの命は危険になるわで、「火消し」のつもりで言ったことに過ぎまい。それがかえって「炎上」し、軍事安全保障のプロから見れば「日本は平和ボケで信頼できない国」としか思われない印象がますます増強されてしまうようでは逆効果でしかなく、黙る他なくなるのも当然だ。

日本政府自らが煽った収集のつかないヘイト・プロパガンダ

テレ朝が「スクープ」した12月27日の日韓防衛担当事務レベル協議が決裂した直後に、その結果を受けた安倍総理自身の意向で、「レーダー照射」を受けたという時点でのP-1哨戒機の機内の動画が公開されたわけだが、ここから加速したいわば「日韓泥仕合」について、日本国内の報道だけを見ているとなかなか気づかないことがある。

いやこんなのは本来ならメディア・リテラシーの基本なのだが、日本側では防衛省からの正式発表がほとんどなく、明らかに政府官邸の意向を受けたリークや、外務副大臣の佐藤正久などの自民党議員、総理に近いとされる「論客」などからの憶測ばかりが日本側の「主張」として発信されているのに対し、韓国側から出て来るのは国防省の報道官会見と公式コミュニケだけだ。つまり青瓦台(大統領府)も外交通商省も、少なくとも表面上はまったく無反応だし、文在寅大統領の年頭会見でも、言及も記者からの質問もまったくなかった。

韓国での報道も日本語翻訳されたものばかりをネットで見ているといかにも大騒ぎになっているように誤解されがちだが、分量としても扱いの大きさにしても、たいした注目は集めていない。むしろ保守系メディアの政権批判の一貫として、日韓関係の悪化を危惧する論調が目立つほどだし、戦時中の朝鮮人徴用工の強制労働問題を巡る裁判結果と、その大法院(最高裁判所)判断に政府が従うつもりであることへの疑問の方がまだ扱いが大きい(とは言え、これもさほど大きな注目はない)。

韓国国防省はおそらく、そもそもこういう外交問題化した案件の扱いや、メディアを利用した公開スタントの空中戦に慣れていないせいもあるのだろう、そのやり方はお世辞にも巧妙だったりしたたかだったりとは言えない。日本の「動画公開」に対抗した「反論動画」などは売り言葉に買い言葉にしても、あまりの「やり過ぎ」感に滑稽さすら否めないのも確かだ。とは言えその動画のクオリティに日本のメディアが必死で難癖をつけたところで、そこで提示さえた4つの反論に対する再反論を、日本側がまったく出来ていないのだから、実のところまったく意味がない国内の集団性独りよがりでしかない。

というか、日本にはそもそも反論不能なのだ。「レーダー照射」の事実の有無は日本にとっても(しつこく繰り返すが、自衛隊それ自体と隊員の身の安全に関わる)軍事機密の開示なしには証明できないのだし、韓国側がまさに「売り言葉に買い言葉」で言い始めた「危険な低空飛行」に至っては、これは韓国駆逐艦の乗員が「そう感じた」だけの主観の問題に過ぎず、これまた反論不能だ。いかに日本側が日本の法定高度を守っていた、と主張したところで、相手は軍艦・軍人・兵士なのだ。自らが主観で感じた危機に即応できないようでは、そもそも軍人として役立たず、ここでも日本側の「平和ボケ」が呆れられるだけである。

また日本が動画を公開したことで、思わぬ反論の余地すら韓国側に与えてしまってもいる。「レーダー照射」つまり火器管制レーダーの波形を探知したP-1は当該の駆逐艦に無線交信で問い合わせを試みて無視されているのだが、その乗組員側の証言として「英語の発音が悪くてよく聞き取れなかった」と言われてしまったのだ。これまた「主観の問題」で反論不能な上に、実際に防衛省が公開した動画の音声に入っている日本側の無線交信の声は、確かにお世辞にも「発音がいい」と言えるものではない。

いやそこでこんな「反論」が韓国側から出ていること自体、そろそろ「完全にバカにされている」と日本側は気づいた方がいい。言うまでもなく「バカにされた、許せない」とますます感情に走るようでは、ますますバカにされるだけだ。

憶測とデマばかりが飛び交う「官製フェイクニュース」

建前上は友好国であるはずなのにわざわざ「第三国」での協議と言うことになったのも呆れるばかりの非常識だが、シンガポールで、ただし相互の大使館を会場にしているのだから「第三国」の意味がまったくない状況での直接協議が始まっても、案の定すぐに膠着し、その膠着した協議の中身がどんどん日本のメディアで(あたかも韓国側が一方的に悪いかのように)報じられることが、ますます韓国側の不信を招いている。これだって本来は多国間の外交機密で軍事機密にも関わること、出せる情報だけを公式に出し、機密は守りきるのが国際常識だからだ。

日本では政府が警告音声(一応、受信したレーダー波の電気信号パターンを反映する仕組み)を公表する「方向」で「調整に入った」などのリークばかりが報道を賑わせているが、これも軍事機密である受信した周波数データは出せない故の苦肉の策でしかなく、韓国国防省が先手を打って(報道官の公式会見で)「音声だけでは不正確、正確な日時・方位も含めた周波数データを出すべき」と(報道官の公式会見で)言われてしまった。

これだってそのデータが日本のP-1の性能をうかがい知れてしまう機密なので日本側が出せないのは当たり前、それを見越した上での意地悪ではあるのだが、そもそも受信データを出す引き換えの「相互主義」で日本側が韓国の当該型の駆逐艦全ての電子データを出せ、と言い出したらしい(韓国国防省の公式発表によれば)のだから、「非紳士的」「無礼」と非難されるのも無理はない。

それでも事前に(非公式リークで)言ってしまってあげた拳は振り下ろすしかない。「音声データ」は公表され、当然ながら「付随データがないようでは、実態の分からないただの機械音」と(公式会見で)言われてしまった。日本の防衛省では「これ以上協議を続けても真実の究明は期待できない」と声明を出して協議の打ち切りを一方的に宣言、つまり日本が「逃げて」この茶番は外交問題としては終息した。

ここに至るまで、日本側の防衛省からの公式の発表や発言では「主権国家に対して無礼とは失礼な」と言い出した海幕長など、感情論ばかりが先に立ち、まったく中身がない。先に日本側が公開した「動画」にしても、海上自衛隊としては自分たちの安全に関わる軍事機密を守るギリギリの一線での妥協で出さざるを得なくなったものだけに、最初からほんとんど中身はなかったわけだが、その不鮮明さ(といって距離が離れているのだから無理もない)から韓国の駆逐艦が国旗・軍旗を掲げていなかった、違法だ、という言いがかりまで国内では出ている。

これもまず、この事件が起こったとされるのは日本の排他的経済水域(EEZ)内ではあっても領海ではない(ここもネット上などでは誤解している向きが圧倒的に多い)のだからその義務はない上に、動画が不鮮明なのを見間違えただけで、実際には旗もちゃんと掲げられている。

挙句に「瀬取り説」のあり得るはずもない荒唐無稽ファンタジー

ところがこの何重もの勘違いが、ネット上の自民党議員らの発言で火に油を注がれた形で一人歩きして、韓国の駆逐艦なんだから何か違法な、怪しいことをやっていたに違いない、北朝鮮の木造漁船を救助していたと言うのも、さては北朝鮮に対する国連安保理の制裁決議に違反した「瀬取り」をやっていたのではないか、と言う荒唐無稽な憶測まで蔓延し、「だから日本の哨戒機が邪魔なので『レーダー照射』したのだ、攻撃的だ、宣戦布告だ」と言う話にまで勝手な空想だけで発展してしまっている。

まず繰り返し確認しておこう。「レーダー照射」であって「レーザー」ではない。火器管制レーダーには破壊能力や殺傷能力はない。照準までは合わせられても、ミサイルや機銃、対空砲火を使うには、別系統の安全装置を外さなければならない。「ロックオンは攻撃の意思を示したに等しい」「撃ち返されて当たり前」なんてことはまったくない。

韓国海軍が救助していたのは、一昨年の冬頃から日本のメディアでもずいぶん話題になっている、いわゆる「北朝鮮の木造船」だ。冬場の荒れた日本海ではいつ沈んでもおかしくないような、ぶっちゃけボロ船でしかない。そんな積載量もロクにないような船でいったい何を「瀬取り」つまり密輸入しようとしているのか、考えるだけでも荒唐無稽でお話にならない。

またそんな密輸出入に関わるのなら、たとえ韓国政府がこっそり裏で北朝鮮を支援しているという、それだけでも荒唐無稽であり得ない設定をとりあえず受け入れるとしても、ならば直接に政府の管理下にある船、それも目立つ軍艦なぞ使うわけがない。まして輸送船ではなく駆逐艦、これまた大した積載量もなく、およそ「瀬取り」に使うには適さない。

極め付けは、そもそもこの一件が起きた海域だ。韓国から北朝鮮への密輸なら、直接国境を接した陸路でも、両国の沿岸・近海の境界線上でも、いくらでも手近に出来る場所があるのに、なぜ日本近海の、日本の排他的経済水域内、つまり常時日本の海上保安庁と海上自衛隊が監視して治安の維持に勤めている海域をわざわざ選ぶのだろうか? 北朝鮮の近海では国際的な監視の目が、と言うのなら、公海上でやるはずで、能登半島沖でなぞ誰も好き好んでやるはずもない。

韓国海軍が日本に危機感を覚えてもやむを得ない、語られざる実情

だが確かに、ここで逆にさすがに根本的な大きな疑問が、出ては来る。韓国の駆逐艦が同国の海上警察と共に北朝鮮の木造漁船の救助に当たっていたのは間違いない事実のようだが、しかしなぜ日本の排他的経済水域にまで出て来たのだろう? 本来なら、ここは日本の直接の領海ではないにしても日本政府の施政権・管轄権の延長上の海域で、遭難漁船の救助義務も国際法上日本政府(つまり日本の海上保安庁と海上自衛隊)にある。

それに救助目的で軍艦を出す必要はない。一応、韓国国防省の説明では、海上警察の持っていない、遥かに性能の高い軍事用のレーダーで捜索していたらしく、一応の説明はつくにせよ、やはり不自然さは否めない。

また日本の海上保安庁では、この北朝鮮の木造漁船のSOS信号は受信していないと言う。まさかこんなところでまで官邸に忖度した嘘を言うとはさすがに思えないので、これはおそらく事実であろう。

だがそれを言うなら、一昨年の晩秋頃から日本の日本海側で相次いだ北朝鮮木造船の遭難事故の多くでも、海保が遭難信号を受信して救助に向かったと言うニュースはほとんど聞かない。1件くらいはあったかも知れないが、漂着した木造船の処理やそこで発見された遺体の埋葬が多くの自治体で大きな負担にまでなっていたことを考えれば、およそ数が見合わない。

そしてここにこそ、この事件の本当の背景がある。

そもそも北朝鮮「木造船」を救助する気がないと表明していた日本

ちょっと1年ほど前のことを思い出して頂きたい。金正恩委員長が昨年の正月訓示で平昌オリンピックへの参加を突然表明し、あれよあれよと言うまに朝鮮半島での雪解け・南北対話が始まり、説明のため訪米した韓国特使にトランプ大統領が二つ返事で「金正恩と会う」と表明した流れの中で、日本の安倍政権だけがこの和平と和解の流れに強硬に抵抗していた。

日本海の日本の排他的経済水域内での北朝鮮漁船の操業は、日本から見れば違法操業である。拿捕してやめさせる権限は日本政府にある。だがその政府は「国交がない」から拿捕しない、と国際法上なんの根拠もないことを言い張り、厳冬の荒れた日本海ではいつ沈んでもおかしくない木造船(つまり拿捕することはその乗員の救助・安全確保にもなり、人道上の観点からもやらなければならないはず)に放水を繰り返していたのだ。

昨年6月に実現した米朝首脳会談は、その後の大きな進展が見られないとはいえ、東アジアの外交・安全保障環境が明らかに変わっているにも関わらず、日本一国だけは北朝鮮への敵視政策を続けている。そこには安倍政権とそのコア支持層の、朝鮮民族全般への差別意識と憎悪が動機としてあることも、客観的にはあまりにあからさまだ。

つまり、韓国海軍や韓国の海上警察だけならば、一応日本は(安倍政権の挑発的な言動で外交問題が山積してはいるにせよ)まだ友好国・友軍で、攻撃されるようなことは絶対にないと言い切れるが、救助している対象が北朝鮮の漁船なのであれば、事情は全く変わって来る。まず北朝鮮の木造船は遭難しても日本の海保の救助は期待しないどころか、SOS信号を出してしまってはかえって命が危ない。

なにしろ軍事組織ではなく警察組織でしかない海上保安庁ですら、厳寒の海上でいつ沈んでもおかしくなく、乗員が屋内に入れるようなスペースもほとんどない粗末な木造船に、放水なんてやってしまって来たのが、客観的に見た場合の日本というかなり恐ろしいことを平気でやる非人道的な国なのだ。

こんな暴挙は沈没させて溺死でも狙っているか、乗員をびしょ濡れにして吹きっさらしの強風の中で凍死させようとしていると思われるんですか当然で、それくらいならまだ射殺した方が、死の苦痛が減るだけ人道的だとすら言えてしまうような乱暴さである。

実は日本に対し最大限の配慮はしている韓国国防省

つまりこの救助現場に日本の海保が近づいて来ただけでも、「妨害しに来た」と韓国の海上警察や海軍の現場の当事者が考えても当たり前であり、もっと言えばだからこそ、本来なら救助目的にはそぐわない駆逐艦をわざわざ出動させていたのだ。

まして今回、飛んで来たのは海上自衛隊、つまり韓国側(と北朝鮮の漁民)から見れば立派な軍用機だ。P-1哨戒機の海上自衛官にそんな意図があろうはずもないにせよ、海保の放水どころではない妨害行為というか攻撃が始まるのではないか、と警戒しても、それは軍人としての当然の危機対応意識でしかない。軍人たるもの、常に最悪を想定して行動するものだ。

なんと言っても日本政府が、そんな最悪を想定されても仕方がない態度を一貫して取り続けて来てしまっているではないか。「誤解だ」と言い張ったところで、海上自衛隊が軍事組織である以上、その行動を決めるのは個々の海上自衛官ではなく国家政府の命令や方針であり、他国はその日本政府の方針を前提に、自衛隊なら自衛隊の行動の意味を考える。つまりP-1の高度が日本の法律の範囲内であっても、韓国側から見れば威嚇の効果を持ってしまうのも確かなのだ。

もっとはっきり言ってしまえば、だからこそ、威嚇の意図を持って、P-1哨戒機ならすぐに探知できて警報も鳴ることを百も承知で、火器管制レーダーで照準を合わせたと言うのすら、十分にあり得る可能性だ。

ここで冷静に、客観的な視点に立ち返って見よう。

政府に煽られた日本の世論が国内に引きこもって勝手に韓国を「反日だ」と集団的な共有幻想にどれだけ浸ろうが、もし韓国海軍にそんな「反日」意図があったのなら、むしろ火器管制レーダーを使った事実を公然と明らかにした上で、逆に「自衛隊が北朝鮮漁民を殺しに来たのではないか? だから我は威嚇の意図を感じたのだ」と日本を非難することだってできたのだ。現に日本はそう言うことになりかねない「放水」をやって来たのだから、そこをあげつらって徹底非難は十分に可能だし、日本側の反論はますます難しい。

文在寅政権がこのところ支持率が急落していて、だから「反日世論」を盛り上げて政権浮揚を図っているのだという、日本のメディアが揃って言い張ってはいるがその実荒唐無稽で現実と無縁な「思惑」があるのなら、その「反日」世論を盛り上げるのにこれほど有効なカードも、他にはちょっと見当たらないほどだが、そもそも文在寅政権の支持率には「反日」かどうかなぞほとんど関係がない。

南北雪解けは国内世論的には両刃の剣で、もともと保守層や高齢者を中心に警戒感も根強かった上に、昨年6月の米朝首脳会談のあと目立った進展がないのでは、反対論が勢いを盛り返すのもやむを得ない。それに文在寅が大統領に選ばれた最大の理由は、財閥が国家権力と結びついて特権階級化した専横が韓国社会を腐敗させ続けて来たことに対する、若い世代を中心とする怒りだった。だが期待された改革を、文在寅がちゃんと進められて来たわけではなく、逆に財閥に依存した産業構造の弊害で経済の停滞を招いてしまった面すらある。

人権や公正さの観点から元慰安婦や元徴用工の側に立つことはこの政権の根本理念からして譲れない一線になるが、それが日韓関係の悪化を招いて経済的にはマイナスになるリスクには常に保守派の反発もあるし、その保守派はそもそも、文在寅が進めたい改革に元から反対なのが本音だ。

国内向け「強腰」ポーズと妙な楽観的展望に固執する安倍外交の墓穴

先にも触れた文在寅の正月会見にしても、日本のメディアがいきり立った「日本政府と政治家・指導者は謙虚であるべき」「不満はあってもどうしようもないこと」発言は、NHKの特派員が焦って質問したことへの返答でしかなく、この質問がなければ日韓関係についての言及は一切なく終わっただろう。これについても日本国内のメディアは冷静な分析が出来ていないが、要するに韓国のメディアにとっても日本以外の海外からのソウル特派員にとっても、日韓関係はもはや重要な関心事ではなくなっていたのだ。

韓国の産業経済における日本のプレゼンスがかつてほどではなくなり、貿易立国の韓国にとって日本はもはや最重要の商売相手ではなくなっていることも、もちろんある。だが日本が安倍政権である限りは、どっちにしろ日本が韓国にむき出しの敵意を向けてばかりで何も起こらず、何も先に進まないのだから、文在寅に何か訊いたところで中身のある答えなど得られないだろう、と思われているのも厳しい現実だ。朴槿恵政権の頃にはまだ丁々発止のやりとりらしき様相も見えた日本政府の韓国に向けた敵意や無理難題は、もう完全に飽きられているのではないか? なにしろどうせ、何も変わらず、何の進展もない。

それでもNHKの質問に文在寅がごく常識的な、裁判所の判断を行政府が曲げることは出来ないし、過去の歴史も変えられない、という趣旨を述べただけで、日本の政府と世論の反発は凄まじかった。しかし所詮は日本国内でしか通じない空回りの感情論でしかない以上、日本以外のどの国でも関心すら持たれていないし、まるで通用もしない。

まして軍事・安全保障の世界ではただの非常識でしかない「レーダー照射」クレーマーなぞ、日本だけが盛り上がっている一方で韓国では政府も国防省任せで政権本体は関心も示していないし、国際的にも誰も興味を持っていない。どうせ軍事機密に関わる以上は「証拠」は何も出せず、平行線でうやむやに終わる以外の結論はあり得ないのだから、この無関心も当たり前と言えば当たり前なのだ。

かくして年を越してしまった「レーダー照射」問題や、徴用工訴訟の日韓関係だけではない。この年末年始に、日本の外交的な空回りどころか「日本の常識・世界の非常識」の結果の泥沼的な失態が、立て続けに明らかになっている。例えば安倍政権が熱心に進めようとして来た原発輸出は、残っていたイギリスでの契約もついに破棄となった。福島第一事故に負けない日本、というぐらいの意気込みだったのだろうが、その事故を起こした国の原発が、そんな「思い」や「熱意」で本当に売れると思っていたとしたら、随分と考えが甘い。

戦略的な分析ができず国内に引きこもる「希望外交」の国際的孤立

これも越年となった、日産のカルロス・ゴーン会長が逮捕された事件では、ゴーン氏の行動が犯罪に当たるかどうかよりも、日本では当たり前に思われて来た長期の身柄拘留が国際標準では人権侵害にしかならないことに非難が殺到している。なのに日本国内では「ゴーンはこんなに悪い」印象操作を狙ったリークが地検特捜部と日産から垂れ流し続けられるばかりで、日本の捜査当局の横暴さや姑息さがいっそう印象付けられるばかりだ。

ここにはさらに厄介な問題があって、ゴーン氏に問われている嫌疑のほとんどが、法的な犯罪性の立証には本人に違法性の認識があったかどうかが決め手になる。つまり、日本の捜査当局が拷問に近い長期拘留で自白を強要して有罪に持ち込もうとしているようにも見えてしまっても無理はないのに、この逮捕によって日産がフランスに乗っ取られることを阻止できたと賞賛するかのような言説すら、無節操にまかり通っているのだから、この国内引きこもりっぷりの危機感のなさはかなり不気味だ。なるほど確かに、日産は日本の基幹産業である自動車製造の重要な柱となる企業だ。だがルノーやフランス政府の動きは単に、自由主義経済のルールに乗っ取った、資本主義の「当たり前」でしかない。政府に都合が悪いとなると経営者が逮捕されるような国が日本なら、どんなに法人税を下げようが、真剣に進出しようとする海外のビジネスマンはいなくなる。

そこへ来て、竹田JOC会長が東京オリンピックの招致過程での買収疑惑で、フランス検察の捜査を受けていることが発覚した。途端に「ゴーンの報復」という声が上がるのだから日本の世論はいよいよおかしくなっている。

シンガポールのペーパーカンパニーでしかなかったコンサル社を通したIOC委員の贈収賄疑惑は、もう3年も前から捜査が進んでいて、客観的に見ればJOCが捜査対象になるのは時間の問題だったはずで、それこそ疑惑が出て来た時点で日本の文科省とスポーツ庁が独自に調査を始め、疑惑があれば日本側から明らかにするか、潔白を証明するくらいのことはやっておかなければいけなかったのに、竹田会長が記者会見をすれば、質疑応答すら受け付けず、「潔白」を主張しつつも、言えたことはと言えば自分は回って来た稟議書に最後にサインしただけ、日本の法律上違法性があることは見つかっていない(いや問われているのはフランス刑法の贈賄罪だってば)、の2点だけだ。これには日本国内からもさすがに呆れた声が上がったが、国際社会の一般的な受け止めはと言えば、「日本とはなんとおかしな、不正直な国なのか?」と思われても仕方がない。

これでは仮に証拠不十分で竹田氏が有罪を逃れても、「日本が金で買った汚い五輪」イメージがべったり張り付いたままだ。訴追されずに済んだとしても、フランス政府の「外交的配慮」の結果としか思われまいし、フランスの捜査当局では日本国内での捜査に限界があるので立証は不可能でも、この賄賂の資金の出所が日本政府、おそらくは官邸機密費で、森喜朗・五輪組織委員会会長や、安倍首相本人が関わっているのではないか、という疑惑はずっと残ることになる。

ところが日本国内の報道では、竹田擁護のつもりで「ロビー活動をしっかりやっていただけだ」などと、金や接待で票を買ったという意味にしかならない発言まで平然と飛び出している。挙句にそうしたカネにあかせた招致活動なしにオリンピックなんて呼べない、という開き直りまで言われ始め、国のために尽くした元皇族に対してけしからん、フランスも反日国家だ、と言わんばかりの盛り上がりまで一部では始まっている。

それも政権に近いとされる著名人が、そんな議論を誘導しているのだ。東京オリンピックについた悪いイメージを国際的になんとか解消しなければいけない局面に、いったい何をやっているのか?

諸外国から見れば、安倍政権は「普通の話が通じない相手」

安倍政権が前のめりになっていた対ロシアの平和条約締結と北方領土の返還交渉では、安倍首相の新年会見での発言がロシア側の激怒を招いてしまっている。政府関係者からのリークの影響が大きいマスメディア報道では、これを「ロシア側の駆け引き」と言うのが定番解説になっており、プーチンは世論の反発が怖くて強気にならざるを得ないのだという「分析」がしきりと口にされているが、こんなのはまったくの日本主観の希望的観測でしかない。

実際には、もはや駆け引き以前の問題だ。なにしろロシアが激怒したのは、安倍氏が新年会見で「ロシア人住民に日本領になることを理解して頂く」と言ってしまったからなのだ。領土の帰属自体がまだまだこれからの交渉次第だし、仮に日本への返還となっても、それをロシア人住民に伝え理解を得るのはあくまでロシア政府の責任だ。しかし安倍発言の真の問題は、交渉案件を勝手に決めつけたことや、越権行為も甚だしくてロシア政府を侮辱したに等しいことではない。

根本的な問題は、日本政府がロシア人住民に求めるべき理解ならば、日本領になっても安心して生活を続けられる保証と、そのために日本政府が努力を惜しまないことでないと、おかしかったところにある。仮に日本に返還されても、ロシア人住民が引き続き安心して日本統治下で生活できる保証が何もない現状では、ロシア政府が領土返還どころかその交渉すら始められないということに、安倍政権はまったく気づいていないらしいのだ。これではプーチンの堪忍袋の緒が切れるのも無理はない。

さすがに外交儀礼上、プーチンでも決して安倍に面と向かっては言えないことだが、日本の法制度における外国人の扱いは、客観的にはどう見ても差別的で排外主義的だ。北方領土の一部でもそんな日本に返還され、その主権下に自国民であるロシア人住民が取り残された時の法的な地位について、日本側からは今までなんの提案もないのである。現行の日本の法制度からすれば、せいぜいが在日コリアンに適用されている特定在留外国人制度のようなものしか想定できないが、ロシア人住民がそんな扱いを「理解」するわけもない。それではロシア政府が納得するわけがないのに、安倍政権はこのもっとも肝心な問題について何も言って来ていないどころか、年頭の安倍の発言を見れば、何も考えていなかったとしか思えないのだ。

安倍にはなんの悪気もなかったのかも知れないが、これではロシアが単純に、ただひたすら怒っていても当然なのである。日本政府の在日コリアンに対する扱いは、国連人権理事会の勧告の度に批判されて来ており、こと安倍政権になって以来、その在日コリアンに対する差別は日本社会の随所で暴力的に顕在化している。そんな在日コリアンと同様かそれに近い状態に、北方領土のロシア人住民が置かれかねないことは、当然ながらロシア政府がもっとも憂慮して然るべき課題なのに、安倍首相はこの年頭会見での発言まで、日本に帰属が移ったとしてもロシア人住民がそのまま住み続ける可能性すら、ほとんど考えていなかったようにしか見えない。気づいて慌てて「日本領になることにロシア人住民にも理解して頂く」だったのだとしたら、呆れてものも言えない。

これでは北方領土返還交渉など進むはずがないのだが、プーチンはそれでも安倍に「これでも分からないのか」と言わんばかりの最終メッセージを発信してくれているようにも見える。歯舞・色丹(1956年の日ソ共同宣言に基づき平和条約と同時に返還、と決められている二島)についても「主権が定かではない」、河野=ラブロフ外相会談での「ロシアの主権をまず認めるべき」発言と、「主権」の問題を強調して来ているのはなぜなのか? 主権の及ぶ領土とはつまりその国家の法の管轄権、施政権、警察権が施行され、治安と住民の生命安全や人権を守る義務がどの国に属するかの問題であり、「主権を渡さない」とはつまり、ロシア国民であるロシア人住民の地位がロシア政府によって保証され保護され続けると言う宣言に他ならない。

ところが日本側では、そもそもこの国家の「主権」の意味する当然のところがどうも理解できていないようなのだ。やたらと「主権」という言葉を繰り返す癖がある安倍政権なのに、その主権の意味とそれに伴う政府の義務や責任がまったく分かっておらず、自分たちの政府の好き勝手が及ぶ範囲くらいにしか考えていないか、「国の名誉」と同義語ぐらいにしか思っていなさそうですらある。まずなによりもその領域の人間の生命と生活を守ることこそが国家の「主権」に伴う政府の義務であることがまったく分かってないらしい日本政府に、ロシア政府が自国民であるロシア人島民の生活や生命の安全を任せられるだろうか?

これはプーチンがわざわざ言及した、沖縄県に対する辺野古の米海兵隊新基地押し付け問題にも通じる問題だ。安倍政権は日本国民である沖縄県民や地元の名護市民の意思や生活の安全や愛郷心、アイデンティティなどよりも、「国と国との約束」を優先するのだと言って憚らないし、もっと言えば日本国憲法よりも日米安保条約を優先しているようにしか見えない。あるいは安倍にとっての国家の主権とは、「国家とその首班である自分に従うのが当然」と言う意味でしかないのかも知れない(もちろんあまりに非常識で無知な誤解だが)。

むろんプーチンは狡猾でしたたかな政治家であり、悪辣と言ってもいいかも知れない。だがだからと言って、この局面で「あのプーチンだから」などとあらぬ「思惑」や「駆け引き」を想定したがるのは、日本側の自己逃避にしかなっていない。プーチンはすでに国内の反対を押し切って中国との間で領土問題を解決しているし、これは結果としてロシア国民も受け入れられている。日本とだってその驚異の支持率と強権を武器に、領土問題解決で国内を納得させられる自信だってあっただろうし、1956年の日ソ共同宣言の有効性を再確認したのは、その最大限の誠意ある意思表明ですらあった。

領土返還交渉が失敗したのは、単にプーチンにとって安倍がまったく信頼もできずまともな話し合いすら不可能な、お話にならない相手であったから、に過ぎない。まあそれでも自分に媚を売りたがる安倍なのだから、この際強硬に押し切って、四島はロシア領で確定という結論くらいは、プーチンだってこの際狙っているのかも知れないが。

「日本は第二次大戦の結果を受け入れるべきである」

それにしても滑稽ではある。北方領土問題でプーチンが強硬な態度に転じると「国内世論が」、文在寅が思い通りにならないと「支持率が」というが、国内での支持率狙いで「北方領土問題を解決する」と大見得を切ったのが安倍晋三だし、対韓国の妙な強硬姿勢も国内の熱烈支持層向けのアピールなのがあからさまではないか。

河野=ラブロフ会談では、「日本は第二次大戦の結果を受け入れるべきである」との発言もあった。これも国内に引きこもった日本メディアでは、単に北方領土の帰属の問題の意味だと解釈するのが主流だが、この妙に御都合主義的に自分たちにのみ甘い見通しは、一体なんなのだろうか?

このように、相手国の意図や国際社会の受け取り方を冷静客観的に把握できずに自国に都合よく物事を曲解し、日本なら「日本の思い」が伝わるはずだと信じ込むなどして外交方針を見誤ることを、外交の世界では「希望外交」という。典型的な例が1932年の日本の国際連盟脱退に至る経緯と、日本人が「ハル・ノートに追い詰められてアメリカにハメられた」と思い込んでいる日米開戦、北方領土問題にも深く関わる日ソ不可侵条約の破棄と戦争末期のソ連の参戦だ。いずれのケースも、日本政府は最終的には相手国が日本の思いや立場を分かってくれるはずだと思い込み、妙に強気ポーズを取ってみたり、しきりと「誠意を見せる」つもりで懇願したりして、ことごとく予測を外し、ことごとく姑息な二枚舌を見抜かれて信頼を失い、ことごとく致命的な失敗に陥っている。

この三つの典型的なケースのいずれにおいても、客観的に見れば日本の「思い」なぞ最初から通じるわけもなかった。満州侵略が謀略で自衛を装ったものだと断言したリットン調査団報告が出て、それを覆す議論を日本がまったく展開できなかったとなれば、国際社会から認められるわけがなかったのに、日本は英国など国際連盟を主導する列強が植民地帝国を経営しているのだから日本の野心も認められるはずだと思い込み、かと言って英国のインド植民地を俎上にあげて論戦を挑むようなこともしていない。つまり、なんの中身もないままに、ただの領土的野心をあたかも正当であるかのような破綻した欺瞞で、日本は迫害されているがいずれ正しさが証明される “かも知れない”、と言い張っただけなのだ。

ハル・ノートと対米開戦にしても、そもそも客観的に見れば日本の国と国民の「存亡」に関わるはずもない中国戦線からの撤退と東南アジア侵略を諦めろという条件を、1941年当時のアメリカ政府が曲げるはずもなかった。そんな戦争をやめたところで日本の国民の安全な生活が脅かされるわけではまったくなかったどころか、むしろ終わりの見えない日中戦争は手を引いた方が日本の国益ですらあった。

ソ連に侵攻し2000万もの死者を出したドイツを撃退したスターリンが、その同盟国の日本との不可侵条約を守ってくれると考える方が虫が良すぎる上に、日本軍の様々な残虐行為や狂ったとしか思えない戦い方の実態がすでに連合国間で情報として共有されていた時に、もともと国際法上一方的な破棄が可能な二国間条約なぞ、「人類普遍の正義」の大義名分の前に優先されるはずもない。しかも不可侵条約はあっても、日本の軍国主義はソ連の共産主義を徹底的に敵視していたではないか。そうして日本と日本軍がやって来てしまったことを前に、見るからにただの欺瞞的な妥協でしかなかった不可侵条約を、「国と国との約束を破ったソ連が卑怯だと『みんな』分かってくれるはずだ」などと言い張ったところで、そんな歪んだ自己閉塞の願望が、国際社会で相手にされるわけもない。

自国を客観視する視点を欠いた独りよがりは「外交」ではない

「第二次大戦の結果を受け入れるべきである」、この言葉は我々日本人にとってどんなに嫌な言葉であっても、だからこそまず文字通りに受け止めるしかないものである。

ロシアつまり旧ソ連に限った話でも、例えば満州のハルビン郊外で行われた石井731部隊の人体実験の凄惨な非人道戦争犯罪の全貌を明らかにしたのは、ソ連の行った極めて厳格な裁判だ。その詳細な裁判記録(公判の録音も含む)について「こんな証言はソ連に洗脳されたでっち上げだ」と言い張るとしたら、この時点で北方領土交渉や平和条約どころではない。

日本はただの「敗戦国」ではない。日本の戦争はどこから見ても「自衛の戦争」ではなかったし、当時の国際社会の(それはそれで完璧ではなかったにせよ)秩序や常識に逆らい脅かしただけでなく、自国の利益にも何もならない時代錯誤で身の程知らずの領土的野心から無定見に対外拡張を続け、その過程で様々な人道犯罪を引き起こした結果、「人類の敵」と断罪され、それでも無益に戦争を継続して自国民にも大きな被害を招いた末に敗戦したのだ。その「人道に対する罪」の観点から、今も国連憲章には「旧敵国条項」が明記されている。

日本人がどんなに悔しくて劣等感に苛まれ、「もう謝罪なんてしたくない」と思っても、それは日本人の勝手としか国際社会では認識されない。国内向けにどんなに「東京裁判史観」だの「GHQの洗脳」だの「自虐史観を棄てて名誉ある外交を」などと言ったところで、そんな「思い」をどの外国が受け止めてくれるだろうか? そんな国内引きこもりの身勝手や外交の場での二枚舌の詭弁のどこに「名誉」があるのだろう?

まだそうした国際的な近代史の認識に瑕疵があるとして論理的に反論でもできるなら、堂々と主張すれば聞く耳ももたれるかも知れないが、日本国内で言われるそうした議論の根拠はいずれも「証拠がない」だけだ。ではなぜ証拠がないのかと言えば、終戦時に日本政府が膨大な量の記録文書を破壊して証拠隠滅を行ったことは広く知られた史実だし、そうした公式文書自体が、政府や軍の都合で歪められたり詭弁で内容を誤魔化した、極めていい加減な御都合主義の産物でしかなかった。安倍政権で問題になっている公文書の隠蔽や改ざんやデータ捏造は、そうした日本の近代史を知っていれば、ひどく既視感のあるものでしかない。そうした日本の国内事情も、当然ながら各国の外交当局はちゃんと把握している。

「第二次大戦の結果を受け入れるべき」とは、そういう重い言葉として受け止めるのが自然だし、言っている側は当然、その意味を含めて言っている。対ロシア外交だけの問題ではない。「レーダー照射」や徴用工問題、慰安婦問題を抱えた日韓関係の混乱だってもちろんラブロフ外相が知らないわけもなく、もちろんそこも踏まえた上での発言に決まっている。安倍にとって頼みの綱のつもりのはずのドナルド・トランプも、米朝交渉を妨害しようとする安倍に「パール・ハーバーを憶えているぞ」と首脳会談であえて言い、わざわざその事実をアメリカのマスコミにリークして暴露しているではないか。

少なくとも外交においては、ここで「自虐史観だ」「反日だ」などと国内でしか通用しない、屁理屈にすらなっていない感情論を言い張ったところで、まったく意味がない。外交は常に相手国があるものであり、その相手国をいかに説得できるのかだけが勝負なのだ。

日本外交こそが感情論

そう言えばこの年末年始の安倍外交には、国際捕鯨委員会からの脱退宣告もあった。韓国を「国と国との約束を守らない」と責める(ちなみにそんな事実はない。日韓請求権協定は普通に解釈すれば、合意成立時に未解明だった慰安婦や徴用の人道犯罪・人権侵害が対象になるはずがないし、徴用工裁判に至ってはそもそも民間企業に対する賠償請求で、政府間協定の埒外だ)舌の根も乾かないうちから国際条約の一方的破棄というダブスタも、合理的な説明のつけようがないが、この国内向け強腰外交ポーズも、客観的な実態は真逆だったりする。

商業捕鯨を再開したいという「思い」に論理的な裏付けが構築できず、加盟国を説得できなかっただけ、「反捕鯨国」の「感情論」などということではなく、むしろ日本の感情論があまりにも薄っぺらな二枚舌と見透かされて来た結果の、日本の「逆ギレ」でしかない。

まず簡単な反証がある。国際捕鯨委員会では、捕鯨・鯨肉食を伝統的な食文化とする先住民の捕鯨は認めている。「捕鯨は日本の食文化」と日本が主張しても通らないのは、その実態がないからに過ぎない。歴史的に言えば、鯨は大きくて解体と肉の保存が難しいため、近代の冷蔵技術以前にはほとんど流通ができず、日本では沿岸部の一部漁村などでしか食べられて来なかった。本格的に鯨肉を伝統的な食文化としていたのは、日本人ではなくアイヌ民族だろう。全国的に鯨肉が食べられていたは戦後の一時期、肉食が奨励されても牛肉・豚肉がまだ高価で、安価な鯨肉が普及した時期だけで、商業捕鯨が禁止されるかなり以前に、すでに食肉用の捕鯨は日本では廃れていた。こんなのはちょっと調査すれば簡単に分かることなのに「日本の食文化」を主張したところで、通用するはずもない。

また国際捕鯨取締条約に加盟していても、捕鯨国は自国の排他的経済水域での捕鯨は許されている。日本は以前に対米配慮で自らその権利を放棄してしまっているので出来ないだけだし、南極海まで捕鯨に行くことが「日本の食文化」なわけもない。しかもその南太平洋での「調査捕鯨」を日本は長年許されて来たのに、鯨の数は増えているので商業捕鯨再開でも種の保全に問題はない、と言えるだけのデータを提出できていないままだ。それどころか「調査捕鯨」名目の鯨肉を国内で商業ベースで流通させていただけでなく、過去には調査捕鯨船の乗組員の小遣い稼ぎの横流しまで発覚している。そんな告発すらうやむやに済ませて来ただけの日本の商業捕鯨再開論が、果たして国際会議で通用するだろうか?

現状の日本の外交失態と信頼失墜の数々は、もちろん第一義的には外交を専権事項とする政府の問題、安倍政権の責任なのはその通りだ。だがここで「なんでも安倍が悪い」と言えば済むことなのかどうか、我々は冷静さを取り戻さなければならないのではないか?

端的に言えば、我々は自分の国の行いが他の国から、ないし客観的にはどう見えるのかを、あまりに考えなさ過ぎて来たのではないか? 安倍外交の失態はその当然の延長上にあり得た極端な帰結に過ぎず、そんな国内に引きこもった独りよがりの感情論は、国際社会には通用しない。
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