イラン情勢の緊迫化とG20でのトランプ「日米安保に不満」発言。「令和初の国賓」の「おもてなし」は一体なんだったのか?トランプにもイランにも北朝鮮にも中国にもバカにされっぱなし、安倍外交の赤っ恥 by 藤原敏史・監督

失態ばかり続いて来た安倍外交とはいえ、イラン訪問は想定外の、最大級の大失敗だった。日本のメディアは懸命に、この「仲介」は元から難しかったから仕方がない的な論調を取っているが、まずイランにはそもそもアメリカと戦う気もその国力もないわけで、トランプにも戦争する気がないのであれば、双方が安倍の訪問を和解か、少なくとも対話に舵を切るきっかけとすることは、暗黙の了解に等しかったはずだ。

つまりイランに行きさえすればほとんど自動的に成功するに等しく、ネックだったのは単に、それができる立場の人間が滅多にいなかったことだけだ。

その点で、世界中の誰よりも、考えられる限りの最適任な立場にいるのが、安倍晋三首相だった。

まさに「安倍首相にしかできない外交成果」が予想されたイラン訪問だが…

日本はイスラム革命後のイランと正式国交を保ち続けて来た、主要先進国の中で最大の友好国だ。しかも在テヘラン・アメリカ大使館包囲占拠事件を機にアメリカが断交した際にも、日本がレーガン政権に同調せず、イランとの友好関係を維持した独自外交の立役者だったのが、安倍晋三の父・安倍晋太郎・元外務大臣である。

つまり安倍晋三はイランの国家的恩人の息子であり、しかもその父が外務大臣だった頃にイランの大統領だったのが現大アヤトラ(最高国家指導者でイランのシーア派イスラム教最高位の聖職者)のハメネイ師、つまりイラン国家元首の亡き旧友の息子でもある。現代のイランはイスラム体制だが、だからと言って例えばイスラム国のような新興カルト的な過激派集団と同列に扱ってはならない。シーア派正統の系譜を自認する大アヤトラをトップに頂く政府はイラン国民にとっては時代錯誤な抑圧ではあっても、だからこそその振る舞いは伝統的かつ厳格に道徳的な「保守」そのもので、古風な価値観については極めて礼儀正しくなくてはならない。

安倍の父・晋太郎の尽力で、イランは日本への石油の輸出を続け、90年代には大勢のイラン人出稼ぎ労働者が日本に来ていたこともある。正式国交が続いたので日本のテレビ番組も輸入でき、NHKの連続テレビ小説『おしん』が世界的なヒットになったきっかけはイランでの大流行だったし、アニメ『一休さん』も今でも親しまれている。言い換えればイラン人は日本人について、おしんのように勤勉で芯が強く、一休さんのようにやさしく機転が効いて知的な民族なのだと思ってくれているし、それはイラン人、つまりペルシャ民族が重んじて来た価値観からして深く共感できるところでもある(勤勉で勉強好き、知性と教養を重んじる国民性がある)。

日本が広島・長崎の原爆被害に苦しんだ国であること、第二次大戦後は戦争放棄の憲法を持った平和国家であることは中近東でもよく知られているし、そこがまた日本への(欧米の他の先進国とは一線を画した)敬意と憧れに結びついている。なにしろイスラム革命後のイランとアメリカの対立とほぼ同時代に、日米間では貿易摩擦が激化していて、つまりイランから見れば横暴な軍事大国アメリカが日本の強力な経済力に負けていたのだ。戦争という非人道的な手段を放棄して、平和的な経済成長と技術力、つまり努力と知恵でアメリカにリベンジを果たしたわけで、イラン人には痛快に見えただろうし、「おしん」と「一休さん」の国にいかにもふさわしい、とも思えることでもあろう。

安倍首相やその支持層がこだわる「親日国」「反日国」分類で言えば、イランこそ世界最大の親日国なのだ。一方で古都イスファハンなどのイランの貴重な文化遺産は「シルクロード」や古代史への憧れが強い日本のテレビでもよく取り上げられ、多くの日本人観光客の憧れの的になり、90年代以降はイラン映画も日本の映画ファンにとって馴染み深い。

つまりこの仲介外交は他の誰にも出来ないが、日本の、それも安倍晋三首相であれば絶対に失敗しないはずのものだ。これまでの安倍外交がことごとく失敗し成果がなにもないことを容赦なく指摘して来た本サイトですら、筆者はこのアイディアには感心もしたし、安倍政権初の外交成果で中東の軍事衝突の危機が回避されることに、率直に期待もしていた。

ただし以上の想定はあくまで、そもそも「仲介」が必要とされていた(双方が本音では和解を望んでいた)、という前提に立った場合に限る。

イラン訪問は「余計なお世話」で頼まれもしない仲介を買って出ただけ?

イランが緊迫した事態の終息を求めているのは当たり前だ。もともと核合意をアメリカが一方的に破棄したことで起こった緊張で、トランプの選挙目的ジェスチャーであればこそ、イランにとっては迷惑千万でしかなく、一刻も早く正常な状態に戻し、アフマディジェナド政権時代に続いた国際制裁で痛みきった経済を立て直し、国民生活を向上させたい。穏健派のハメネイに大統領が代わり、米オバマ政権の主導で核合意が成立してからも、制裁の解除と経済の回復は期待されたほどには進んでおらず、国民の不満は溜まっているのだ。戦争などやっている余裕はないし、いかに中東地域では随一の大国でも、およそアメリカにかなうような軍事力は持っていない。

一方の側のトランプも、今もイラク戦争のトラウマに苦しむ米国では、もし対イラン戦争でも始めたら次の大統領選では惨敗とも言われている。それにトランプ自身が和解を望んでいないのであれば、そもそも安倍が仲介を申し出ること自体がなかったはずが、現に国賓として来日した際にトランプは安倍の申し出を歓迎した、と少なくとも日本のメディアは報じていた。

だが現実の、意外な展開から見えて来た実態は、どうも違ったようだ。

結論から言えば、トランプは安倍の仲介などそもそも期待していなかった。だから安倍にイランが納得できる妥協案を託すこともなく、なのに安倍は「強いアメリカは正しいのだから従いましょう、トランプ様が話し合ってもいいと仰ってるのですからありがたく思いなさい」程度の、相手の名誉を傷つけて事態がより悪化して当然の「メッセージ」だけを持って、ノコノコとテヘランに出掛けたとしか思えない。

ロウハニ大統領との首脳会談が予定外に時間が伸び、共同会見が2時間ほど遅れた時には、こんな心配はまだまったくしていなかった。むしろアメリカ側が安倍に託した和解条件に曖昧さがあったりすれば、しっかり議論するため時間もかかるだろうし、内容が具体的であればあるほど、細部の詰めの確認作業も必要だ。イラン側に和解の意思が強いほど(イラン人、つまりペルシャ民族の国民性からしても)より慎重になり、時間もかかっておかしくないし、期待が持てる話であればあるほど、未熟な段階での公表の文言には細心の注意が必要なのも外交の常識だ。

だがやっと始まった共同会見は、予想も期待も完全に裏切るものだった。

ロウハニはイランが平和な発展だけを望んでいて核開発は民生用の原子力発電目的しかないこと(つまり、従来と何も変わらない、アメリカの保守強硬派以外では今や誰も疑っていないこと)を語った上で、「だが不当に侵略されるなら断固として戦い続ける」と、これまでと同じ、かつ独立国として当然の見解を毅然と繰り返したのである。

憲法9条と非核3原則をわざわざ絶賛したハメネイ師

これには正直、驚いた。安倍の「仲介」はむしろイラン側の、国家の名誉をかけた決然とした態度をより頑なにしただけだった。いや一体、安倍はなにをしにテヘランまで行ったのだろう? 本当に「アメリカは強い国だから従った方がいい」くらいのことしか言わなかったのだろうか?

翌日の、大アヤトラのハメネイ師との会談はさらに強烈だった。日本の外務省は師が核兵器開発の意図はないと明言したのを「成果」だと必死に喧伝しているが、元からイランが一貫して言い続けている公式の立場であり、しかも大アヤトラが単に国家元首であるだけでなくシーア派最高レベルの宗教指導者でもある以上、必ず言うべきだったことに過ぎない。

一方でトランプの「メッセージ」については、ハメネイ師は「信頼できないから聞いても意味がない」「アメリカが公正な交渉をやるとは思えない」とバッサリ切り捨てた。それでも安倍の顔は礼儀正しく立てて「あなたは信頼しているし、こうしてお話しするが、アメリカは信頼できないので会う気も話す気もありません」と明言する会談冒頭の発言が、即座に国営放送で大々的に放映されたことからも、イラン政府のメッセージは明らかだろう。

それでも日本にとっては成果だったのは、従来は核兵器を持つべきではないとする根拠にイスラム法と宗教的な道徳をあげていたのが、ハメネイ師が日本の憲法第9条と非核3原則を取り上げて「素晴らしい」と評価し、その精神をイランも共有している、と言ってくれたことだ。

もっともこの最大級の賛辞と信頼の表明も、安倍首相本人にとっては最大級の痛烈な皮肉になっているのも言うまでもない。その憲法9条をなんとか改憲してアメリカの戦争に参加したがっているのが安倍晋三であり、非核3原則も骨抜きにしようとしていることは、イラン政府ももちろん把握している。

こういう時がイラン政府がいつもなかなか知性を発揮するポイントで、例えば以前に映画のアカデミー賞をイランを攻撃する秘密作戦を扱った『アルゴ』が受賞した時には、『アルゴ』への非難もそこそこに、同時にノミネートされていた『リンカーン』を挙げて「このようなアメリカ本来の素晴らしい理想を描いた映画こそ、アカデミー賞にふさわしい」との主旨の声明を発表した。単に第16代大統領エイブラハム・リンカーンの伝記だから題名をあげただけなのかも知れないが、ちゃんと見た上でのコメントだとすれば、その中身の複雑さから言って皮肉は二倍にも三倍にも痛烈になる。なお公的にはアメリカ映画が見られないはずのイランだが、実際には様々な手段でけっこう見られていたりする。この声明を書いた人間も恐らく見ていただろうし、アメリカの観客以上にこのスピルバーグ監督の秀作の、単純な偉人賛美では済まない複雑さも、理解していたようなニュアンスもあった。

イラン、アメリカ双方に愚弄された安倍外交

ハメネイ師はさらにツイッターを使って(それも安倍首相のアカウントに直接のアット・メンションをつけて)より厳しい疑問を英文で発信し、ほぼ同時に肝心のトランプの方では、その最高指導者に直属するイラン革命防衛隊を「テロ組織」に指定して新たに制裁対象に加えると発表した。自分が仲介を頼んだはずの安倍がテヘランにいた最中に、である。いったいどういうことなのか? まさにハメネイの指摘した通り「信頼できる交渉をやるとは思えない」を地で行っているとしか思えず、これでは「仲介を頼まれた」はずの安倍首相のメンツは丸つぶれ、安倍がトランプに騙され弄ばれたとしか思えない。

さらにハメネイと安倍の会談直前には、日本のガス・タンカー(船籍がパナマなのは便宜上)がホルムズ海峡で襲撃された。アメリカ政府はさっそく、この攻撃がイランによるものだと決めつけ、ポンペオ国務長官が訪問中の安倍への侮辱だとまで言い放った。これにはさすがの安倍政権も同調はできず、根拠を出すように求めているが、ここまで日本がアメリカに馬鹿にされては外務省の一部は怒り心頭なようだ。国内メディアは無視しているが、外報ではこのタンカー襲撃事件の背後にはアメリカとイスラエルの秘密機関が、とする日本外務省の関係者リークが報じられている。それはそうだろう、ここまで愚弄されアメリカの御都合主義のコマ扱いされては、さすがに日本外交の沽券にも、日本国の名誉にも関わる。

それにしても、安倍首相はいったいなにをしにテヘランに行ったのだろう? もちろんタンカー攻撃がイランの仕業だったなんてことはまず考えらえないし、アメリカ=イスラエル主犯説もにわかには信じ難い。トランプも本気でイランと戦争ができる状態ではないはずなのが、この事件は一歩間違えれば(たとえば攻撃されたタンカーが炎上爆発してしまえば)一気に全面戦争になるリスクすらあった。

つまり実行犯は、おおかたイランにもアメリカにも敵意を持ち、双方の戦争が始まることで中東情勢を流動化させる狙いがある集団、具体的にはアルカイーダやイスラム国の系譜のスンニ派系武装集団ではないか、と言う推測が妥当なところだろうが(黒幕はそうした武装集団のスポンサーで、中東の覇権を巡ってイランと対立しているサウジアラビア、という可能性もある)、そうした主たる動機とは別に、日本の総理大臣がアメリカ大統領の意を受けてイラン大統領と会談して物別れに終わった翌日にわざと日本のタンカーを襲うことについては、アメリカの下僕としてしか振る舞えない安倍首相を嘲笑する意図も指摘できる。

ちなみに2015年にイスラム国に人質にされた日本人2人が惨殺された事件も、その意図は明白に、安倍首相の稚拙な対米従属空威張り外交を嘲笑することだった。この「安倍を徹底的にバカにすること」の作戦目標に、イスラム国は呆れるまでの成功を納めていた。

そしてその時以上に今回は、反米ナショナリズムに凝り固まった武装集団が安倍首相の対米従属をバカにするのはある意味当然である。イランでもアラブ諸国でも、広島・長崎の原爆被害は広く知られているし、日本がそこで平和国家の道を選択して憲法で戦争を放棄したことは尊敬もされて来た。庶民目線で言えば、それこそが「おしん」と「一休さん」の国にふさわしく喝采を贈るのにもふさわしいのに、現在の日本政府には真逆の、アメリカという「強者」への隷属しかない。これでは武装集団に限らず、世界中から(特にアメリカ政府から)軽蔑されても文句は言えない。

「令和初の国賓」のなりふり構わぬ「おもてなし」はなんだったのか?

「幇間(ほうかん)」という言葉はもう死語かも知れない。またの呼び方を「太鼓持ち」、かつて遊廓や遊里にいた「男芸者」のことである。お客と遊女や芸妓の間を取り持ったり、お客におべんちゃらを使い媚びへつらうことで機嫌を取るのがその仕事だ。

安倍首相やその熱烈支持層には「砲艦外交」、つまり武力をバックにした強権的な外交への強い憧れがある。というよりも彼らは、日本には強気の外交ができないのは軍事力の裏付けがないからで、だから憲法9条を改正しなければ日本は国際社会で誇りを持って振る舞えないのだと信じて疑っていない(もちろん実際の国際社会では、そんなことは全くない。例えば核兵器禁止条約は、日本とは比べ物にならないほど経済力も軍事力もない小国が、その名誉をかけて堂々とアメリカを筆頭とする核保有大国と国際政治の舞台で張り合った成果だ)。

ところがその安倍が実際にやっていることは、読みこそ同じ「ほうかん」ながら真反対の「幇間」っぷり、令和に改元直後のトランプの「国賓」来日における安倍の態度は、まさに「幇間外交」としか言いようがない。

トランプとイランの「仲介」もこの過剰接待の中で決まった話で、報道の詳細を見ると、どうも安倍首相自らが申し出て、トランプに(一応)賛同してもらえたものらしいが、その結果を見れば明らかなのは、トランプにはそもそもイランと和解する気などなく「余計なお世話、まあ勝手にやれば」と思ったか、むしろ安倍の勘違いした忠誠心を利用してイランとの緊張関係をより高める意図すらあったのか、どっちにしろトランプが安倍を全く信頼していなかったことだ。

むしろ安倍を侮辱してイランとの緊張を高めることが狙いだったとすれば、タンカー襲撃についても日本政府が求めた根拠も何も提示せずにイギリスも巻き込んでイラン政府を非難攻撃し、さらにはイラン領空ギリギリか、その領空内にわざと無人偵察機を飛ばして緊張を高め、それがイラン政府に撃墜されることを戦争開始の口実にする気すら満々だったことにまで、一貫した説明がつくのだ。しかもトランプはわざわざ、無人機撃墜の報復処置として軍事行動の開始を命じていて、攻撃10分前に撤回したことまでテレビのインタビューで明らかにした。こんなことは本来軍事機密で公表の必要もないどころか、むしろ公表を避けるのが軍事・外交の常識であるのに、である。

安倍はいわばトランプのマウンティング作戦にまんまと利用され、弄ばれただけなのかもしれない。

そもそも、どうも安倍はよく分かっていないようだが、現在の危機的な状況自体がトランプが一方的に核合意から離脱したことが原因でイラン側にはまったく非がない。有り体に言えばトランプがイランを力の脅しで屈服させたいか、軍事力行使で暴力的に屈服させることを狙っているだけなのだ。「仲介」を申し出た安倍は、その構図をちゃんと理解できていたのだろうか? この客観的な前提を踏まえない限り、イランが安倍の「仲介」に応じることは立場上、国家の沽券をかけて不可能なのだが、トランプがそんな安倍の能天気な無理解を百も承知で適当にあしらっただけか、むしろ緊張を高めるために利用したのだとすれば、タンカー襲撃が実はアメリカの秘密諜報機関の謀略だったというのも、十分にあり得る話にはなる。

「おもてなし」のつもりが独りよがり、安倍「幇間外交」の空回り

どっちにしろ外交は、単に首脳同士の「お友達」感覚で簡単に動くものではない。それだけでも「観光旅行」と揶揄されたトランプの国賓接遇には国民が首を傾げても当然なのだが、トランプはその「おもてなし」を安倍が期待したように喜んでいたのだろうか?

安倍官邸はわざわざインスタグラムに、ゴルフに行った二人のセルフィー写真をアップして、親密アピールに務めたが、安倍の得意満面の笑みと対照的に、トランプの顔は露骨に作り笑いの愛想笑いでしかなかった。青木功プロが同行したことにはトランプも喜んだだろうが、安倍がトランプに比べてゴルフが格段に下手なのは、その前の来日時にも明らかになっている(この時は松山英樹プロが同行し、安倍を置き去りにして二人が先にどんどん進んでしまい、慌てた安倍がバンカーに転がり落ちる映像が報道されて世界の笑いものにされてしまった)。果たしてこのゴルフも、その後の昼食も、安倍はトランプとじっくり話し合う時間を取ったとアピールしたかったはずが、予定よりもはるかに短い時間で終わっている。

その午後が、事前には国民世論のあいだでもさすがに疑問が相次いだ「相撲観戦」だった。貴賓席ではなく升席正面を占有した特別席を設けて、それも観戦するのは結びの三番だけ、というのはさすがに少し前倒しになって五番は観ることになったのだが、この時のトランプも、大喜びの安倍とは対照的に、トランプは明らかに不機嫌だった。

無理もない。勝敗がついたことが理解できずに後ろに座った通訳官に質問しているのを見れば、この「おもてなし」が完全に失敗だったのは明らかだ。トランプは初めて見るこのスポーツが理解できていなかったし、それも当たり前だろう。「格闘技好き」が有名だというが、好きなのは何ラウンドも取っ組み合いが続き場外乱闘もこれ見よがしな必殺技もあり、分かりやすく時間をかけた努力の末に勝敗がはっきりするプロレスだ。数十秒どころか時に数秒で勝負がついてしまう日本の相撲を理解できるかと言えば、事前にちょっとルールを説明されただけでは、取り組みをたった五番見て面白さが伝わるわけもない。しかもこの夏場所は千秋楽の前にすでに優勝が決まっていて、モンゴル人横綱・鶴竜の「忖度」まで噂されていた(筆者としてはグルジア人の栃ノ心に負けて優勝を逸したのは、大関復活がかかっていた栃ノ心のためだと思いたいが)。

さらにうがった見方をすれば、トランプはこの「おもてなし」の本質が、安倍が自分を歓待しているのでは必ずしもなく、むしろ安倍自身の日本国内向けショーアップと「強固な日英安保」アピールに利用されていることも、見抜いていたのではないか?ちなみに前回の来日時にも同じような「おもてなし」があった直後、安倍内閣の支持率は現にアップし、衆院選での勝利に繋がったのも確かだ。

まず通常の、天皇家や外国賓客が観戦する貴賓席ではなく特別誂えのにわか特等席だったことだけでも、アメリカ大使館も国務省も当然その「異例」っぷりは十二分に理解していた上に、だいたいこれはアメリカ側の警備上の要請に反して(貴賓席の方がはるかに安全)日本側が強行したものだ。警備上リスクが大きいこの「特別席」扱いは、逆に言えばそれだけ「目立つ」席である。テレビ中継でも映りっぱなしになり、国民向けにはインパクトの強いメッセージ性が大きい絵にはなる。

さらに安倍側の「やり過ぎ」はこれだけでは留まらなかった。その「特等席」の真後ろにはなぜか安倍と親しい極右ネトウヨ系論客の櫻井よしこ、金美齢らがいて、トランプが安倍に促されて彼らと握手までさせられるところまで、ばっちりテレビで放映された。アメリカ国内で報じられてしまえば、一昨年にトランプがKKKやネオナチ白人至上主義者を擁護したと非難された以上のスキャンダルにもなりかねない相手だ。

天皇はアメリカから見れば「古代の因習に基づく理不尽な身分差別」「戦争犯罪の主犯の孫」

この前月に安倍が訪米しての首脳会談で「令和初の国賓」に招待した、つまり新天皇が最初に会う外国要人になって欲しいと言われた時、トランプは「スーパーボウルと比べてどっちが凄いんだ?」と尋ねた。安倍は慌てて何百倍とかなんとか答えたのだが、これだけでも日本の世論というか少なくともマスコミの一部くらいは察するべきだった。「新天皇に最初に会う名誉」は日本側、安倍の独りよがりでしかない。なのに日本のメディアでは逆に「アメリカは歴史がないから皇室の長い歴史に憧れがある」などという「識者」の論評まで相次いでいた。

むしろバラク・オバマが先の天皇(現上皇)に面会した時には、握手で背が高いオバマが頭を下げる格好になったことに、アメリカでは保守派を中心に「天皇にお辞儀をした」と批判が相次いだ。アメリカは近代国家としては初めて、君主制を否定した共和国として独立し、あらゆる人間の平等を国是とする国である。日本の天皇が実際にはだいたい千数百年(「天皇」制の成立は天武帝なので約1300年)、神話伝説では2600年続いていようが、アメリカから見れば古代からの因習の継承者の世襲君主、それを「憧れ」云々と思うこと自体が、根本的な国是に反する。

しかも70年以上昔のこととはいえ、アメリカにとっての「正義の戦争」は、その天皇を頂点とする非人道的なカルト軍国主義との戦いだった。今上天皇や上皇がその時代の反省に深い思いを表明し続けている人たちだから、なんとか国際的に体裁がついて来たものの、日本の天皇との面会はアメリカ世論にとって(特にトランプ支持層などの保守派にとって)は、今でも手放しに肯定できるものではない。トランプが以前の首脳会談で「パール・ハーバーは忘れていない」と安倍に言い放ったことが、ホワイトハウスから安倍へのプレッシャーとなるタイミングでリークされたことも、忘れない方がいい。

韓国の国会議長が徴用や慰安婦の問題について「日本が真摯に謝罪さえすれば金の問題ではなく解決する」という趣旨で、総理大臣が嫌がるのなら天皇が、と発言し、「戦争犯罪の主犯の息子でいらっしゃる」と(ちゃんと敬語で)言ったことに、日本の世論は表面的には極めてヒステリックに沸き立ったが、ほとんどの国民が表向きは「無礼だ」主張に同調しつつも、実は気づいていたに違いない。韓国から見てだけに限らず国際社会では、そしてとりわけアメリカ合衆国にとって、「天皇ヒロヒト」は数多の人道に対する罪が実行された戦争犯罪だらけの戦争の主犯、という認識で今も当然なのだ。

アメリカ大統領にとって、その後継者の新天皇に会うことがそう単純に「名誉」であるわけがないし、まして「歴史がないから憧れ」などというのは相手に対して失礼すぎる独りよがりの思い込みでしかない。

しかもアメリカの主流メディアの論調では、安倍内閣はその過去の軍国主義を反省していない極右歴史修正主義者だとみなされているし、第一次政権ではブッシュ大統領(当時)を国賓として招く際に靖国神社に参拝させようとしてホワイトハウスを激怒させた過去もある。ちなみに伊勢志摩サミットで、安倍はこの靖国神社拒絶のリベンジでも謀ったのか、G7首脳に伊勢神宮を参拝させようとし、各国に拒否されて「視察」に落ちついた。宗教施設を要人が訪問する際には文化の多様性を尊重してその宗教儀礼の形式に従うのが外交通例だ。この異例の拒絶の理由はもちろん、諸外国政府が日本の「皇祖神」を祀る伊勢神宮が皇国史観「神国」軍国主義カルトの中枢にあった史実を認識していたからだ。普通にその国の土着神なら文化の多様性の観点から敬意を払うが、伊勢神宮を中心とした「国家神道」カルトに基づく軍国主義の人道犯罪の過去があれば、そういうわけにはいかない。同じ年に奈良でサミットを開催していて、東大寺か興福寺にでも招待したり、ちょうど式年造替中だった春日大社本殿を文化財保護の視察を兼ねて参拝するのであれば、本殿域内に入るのに春日大社側が義務付けるお祓いを受けることも別に問題視されなかったろうが、伊勢神宮を「皇祖神」として、ならばそれは国際的に許容されない(伊勢信仰本来のアニミズム的文化伝統を強調していれば、話はまた違ったかも知れないが)のだ。

「国賓待遇」訪日のあいだ、仏頂面ばかりが目立ったトランプ

いかにイデオロギーに無縁なトランプでも…というよりイデオロギーに無縁なポピュリストだからこそ、日本の世襲君主に対する憧れも敬意も崇拝も、そもそも最初からあろうはずがない。だからこそ「スーパーボウルと比べてどっちが凄いんだ?」と露骨に皮肉な軽口も言っていたのに、日本側はなぜかそこに全く気づきもしなかったか、気づいていても安倍首相への忖度でメディアの「識者」も口を閉ざしていた。

幸い今回の国賓接遇は、雅子新皇后の事実上の外交デビューとなり、その美貌と知性がこれまでの苦難続きの前半生も含めてアメリカのメディアに注目されたし(映画『ローマの休日』や『王様と私』の例もあるように、旧弊な宮廷の伝統格式に対し自由を求める現代的な女性、というのはいかにもアメリカ人好みのストーリー)、どうもトランプ夫妻自身が新しい天皇夫妻の人柄には感服したようで、大きな批判や問題もなく済んだものの、トランプから見ればこれもまた、ちっとも「おもてなし」ではなく「安倍に利用された」としか受け取っていまい。

だいたい来日時の映像をよく見て欲しい。天皇夫妻に会っている時以外では、トランプはほとんど常に不機嫌な仏頂面だった。安倍の幇間気取りのご機嫌取りのつもり、首脳同士個人の「親しさ」演出すら、ただの独りよがりで、空回りしかしていなかったのが実際ではないのか?

この訪日を「観光旅行」と揶揄したのはアメリカのメディアだ。立憲民主党の辻元清美議員が安倍を「観光ガイド」と揶揄したのはこのアメリカの報道を受けてのものでしかなく、安倍支持層がここで彼女に憎悪を燃やしたのも国内引きこもりな集団独りよがりでしかない。そうでなくとも暴露本から毎晩の夜のトークショーのホストのギャグでまで「ほとんど仕事をしていない」と批判され続けているトランプだ。この訪日も「仕事をしてるぞ」とアピールしなければならないというのに、安倍の「おもてなし」は迷惑でしかない。

対日外交でのトランプの「仕事」と言えばもちろん、アメリカの田舎つまりトランプ=共和党支持基盤にとっては1980年代の日米貿易摩擦以来の怨嗟の対象であるところの、貿易・通商問題だ。トランプがツイッターで「7月の日本の選挙後」に「大きな数字を期待している」とわざわざ発信したのも、そうした支持層を考えれば当たり前だろう。

いったい安倍はなにを考えて、この時期にわざわざトランプを招待したのだろう? 少なくとも「外交」レベル、対外的な日本の国益レベルの話では、「なにも考えていなかった」としか言いようがない。トランプからすればこの訪日はむしろ「安倍のために我慢して貸しを作ってやった」という認識しかなくてもおかしくなく、つまり日本では参院選後には貿易問題でアメリカがガンガン攻めてくることを、覚悟しなくてはならない。

トランプが「安倍晋三はいくらでもナメてかかっていい相手」と確信したことこそ、安倍「おもてなし」外交の最大の「成果」

もう一点、トランプが恐らくは以前から見抜いていて、この「国賓」訪日で確信したのは、安倍晋三にとって「強固な日米安保」こそが国内的な政権基盤の要であり、その政権維持の生命線であることだろう。

なにしろ「国賓」なのに天皇夫妻と会うとき以外はほとんど安倍が付きまとい、日本の国会も開会中だったのに議会演説もなく、市民と会う機会と言えば例の大相撲観戦に歓声で迎えられたことくらいで、天皇関係以外で日本側が設定した主な公式行事はなんと、横須賀で海上自衛艦と、米軍の軍艦を視察することだけだったのだ。

日本のメディアはほとんど指摘しなかったが、度を越した媚びへつらいの「おもてなし」以上に今回の国賓接遇が異常だったのはこの点だ。普通なら国民の代表たる国会なりなんなり、日本国民に向かって演説をするシチュエーションが設定されるのが「国賓」なのに、そんな場はせいぜい宮中晩餐会での天皇への答礼だけだったのだ。安倍政権がアピールしようとしていたのが日米の友好親善ではなく軍事同盟の結束と、自分とアメリカ大統領との個人的な親密さだったことが、あまりにあからさまだ。

それもこれまた非常にあからさまに、この同盟アピールも、個人的な親しさアピールも、アメリカ側が主で日本が従属する形になっていた。普通なら国賓の接遇は、どんなに大国と小国の格差があっても、形式上の対等さを厳守するのが外交慣例であるのにも関わらずだ(トランプはEUの会合で小国のアルバニアの代表にいささか傲慢な態度を見せただけで、国内メディアにさんざん批判されたことがあり、その反省もあるのか息子のような年齢の金正恩にも慎重に、あくまで対等に振舞って来た)。

それどころか安倍によれば新天皇が最初に会うのがアメリカ大統領であることが重要だとさんざん言われたせいか、トランプ自身はどうも自分が皇居を訪問することが新天皇の即位儀礼の一部だと勘違いしていたほどだし(新天皇の即位について、自分もその一部となったのは大変な名誉だ、という発言があった)、日本の伝統の「国技」で神聖な「神事」でもあるはずの大相撲まで、たった三番(結果として五番)しか見ない自分に屈服してひれ伏した格好になり、天皇賜杯よりもトランプ杯の方が重視と言わんばかりの表彰式にまでなった。

そして極め付けとして、自分が日本の自衛艦を訪問してその最高司令官のように振舞わされ、安倍首相が自分に付き従って自国の軍艦に乗り込んで来たのだ。これも外交儀礼からすれば異常な話で、アメリカの軍艦は国際法上アメリカ領に準ずるため、トランプがホストとして安倍を「もてなす」のでないとおかしい。

これはトランプもやりにくかっただろう。ちょうどこの日に川崎市でスクールバスを待つ小学生たちが柳葉包丁で武装した男に襲撃される事件があり、トランプは自国の軍艦の上で、つまり本来は自軍の兵士に対するスピーチの冒頭で、哀悼と遺族に寄り添う意思を語っていたが、これは日本国民やその代表に対するスピーチで言った方がよほど自然だった。ちなみにトランプ来日に有頂天になっていた安倍は、この事件になんの直接の反応もしていない。

「日米安保の将来」をちょっと示唆するだけで安倍は自分の言いなりだ、と見抜いたトランプの、G20前の脅しと日本の官邸パニック

それから約一ヶ月後のG20での記者会見で、トランプはこの半年間、ずっと安倍に「日米同盟は不公平だ」と言い続けて来たことを暴露した。つまりこの国賓来日時でも、首脳会談なりゴルフなり、居酒屋での夕食なりでその話があったはずだ。しかし安倍はそんな気配を表向きにはまったく見せないまま、「日米同盟の結束はかつてなく強固」を自分の言葉でも繰り返し、トランプにもそう発言するように頼み込んでいたし、なによりも訪日中のスケジュール自体がそのことをひたすら日本国民にアピールするように組まれていた。

これでは日米同盟が安倍にとって最重要の政治的な生命線であり、もっと言えばアメリカ大統領である自分という「虎」の威を借るいわば姑息な「狐」として振舞うことが安倍にとって日本国内での権力行使の裏付けに欠かせないことを、トランプが見抜いても無理もない。むしろ気づかない方がおかしい。

つまりトランプから見れば、安倍と自分との関係で日米同盟が担保されることこそが安倍にとっての最重要の政治権力基盤であると同時に、だからこそ自分が安倍の最大の弱みを握っていることにもなる。自分が気まぐれを装って、日米同盟がそう万全ではない状態にもなり得る、と匂わすだけでも、懸案の日米貿易交渉でも、安倍を自分の言いなりに従わせるのも簡単なのだ。

いわばトランプは安倍晋三の政治的な生殺与奪権を掌握しているわけで、首脳会談後にわざわざ「7月の日本の選挙後に」とツイートしたのもいわば「支配する側」の余裕の現れ、安倍の選挙の勝敗ですら自分の一存でなんとでもなる、と言わんばかりの露骨な牽制・当てこすりだった。

このG20の直前にホワイトハウスからわざわざブルームバーグに「大統領が日米安保への不満を週に漏らした」とリークがあったのも、もちろんトランプのいわば「安倍いじめ」戦略の一貫だ。日本政府のうろたえっぷりは、トランプにしてみればあまりにも滑稽に見えたのではないか? 官邸は慌ててホワイトハウスにまで問い合わせて「火消し」のコメントをもらって大喜び、それを官房長官の定例会見で一生懸命に発表しているのだ。

だからこそ、その日本の官邸による「火消し」会見から24時間も経たないうちに、トランプは今度はFOXテレビの電話インタビューで、つまり自分の声で直接にはっきりと、再び「日米安保は不公平だ」と発言したのだろう。完全に確信犯で揺さぶりと圧力をかけた…というより、こうなると面白がってからかった、と言った方が適確かもしれない。

このトランプの脅しというか「安倍いじり」に、官邸は完全にうろたえている。参院選に先立つ党首討論では再三、G20での首脳会談ではその話は一切出なかったと繰り返し(じゃあ5月の「国賓」来日時はどうだったんだ、その前に訪米した時は?トランプはこの半年間、と言っているのだが?)、官房長官に至っては、自分が立ち会った電話会談でその話が出たことは一切ない、とまで躍起になって強弁している。

この菅官房長官の発言なぞは、ホワイトハウスが半ば呆れ、半ば笑い転げているのではないか? 電話会談の内容は原則外交機密であってその首脳同士以外は内容を明かしてはいけないのが外交常識の大原則で、ただ立ち会っていただけの一官吏が中身をペラペラと公言するようでは、日本の外交的信頼が失墜する。そんな常識すら忘れた慌てっぷりなのだから、ここまで大統領の脅しが効力を発する滑稽さは、思わず笑わずにはいられまい。

安倍官邸ではトランプの大統領当選という大サプライズが起きた時に、新大統領がどんな人物なのか調査もしなかったのだろうか? 例えば高視聴率の人気番組だった「The Celebrity Apprentice」(ベンチャー起業を目指す若者をトランプがビジネス指導するバラエティ番組)でも見ていれば、こうして弱気で下手に出る相手を毛嫌いし、徹底的に笑い者にして一層のマウンティングを仕掛けるのがトランプの常套手段だと気づいたはずだ。逆に言えば、安倍のようにひたすら下手に出ておべんちゃらを使うことは、そもそもドナルド・トランプ相手にとってはいけない態度で、徹底的に弱みに付け込まれ、からかわれ、笑い者にされ、下位に置かれて服従させられるだけだ。

いやトランプはさすがに極端過ぎるが、アメリカ社会自体が大なり小なりそういう価値観で動いている。自己主張を抑え相手を持ち上げることでなんらかの見返りの優遇というか「お恵み」を期待する日本的な服従姿勢は通用しない。貸しを作るにもあくまで「上から目線」か少なくとも「対等」に徹しなければ、見返りは期待できない。強いものにはへつらい、弱く下位のものに威張り腐ったりすれば、アメリカでは徹底的に軽蔑され、服従させられるか相手にされないのが、その社会的な人間関係のダイナミズムなのだ。

相撲協会はなぜ安倍官邸の無理難題に屈服したのか?

ここでちょっと話は横道にそれるが、「伝統と格式」にこだわり、史上最強横綱すらたかが万歳三唱や三本締めくらいで叱責するような相撲協会が、なぜ官邸のトランプ特別待遇に唯々諾々と従ったのだろう? 国賓の大統領が観戦してくれるだけならば名誉とはいえ、それならば天皇も使う貴賓席で十分だ。

千秋楽の升席正面を100席分とか貸切状態にすれば入場料収入の損失だけでもバカにならない上に、升席は直接販売はせず、相撲界を支える相撲茶屋を通して特別な立場やコネがある人だけが手配できる席だ。そして東京での本場所を必ずここで観戦するような常連客も少なくないし、企業の接待などにも使われる。大事な千秋楽でその席を提供できなくなれば、相撲界を支えてくれて来た恩義があるタニマチ衆などを裏切る行為に等しい。

しかも警備だって貴賓席なら比較的容易だが、升席は国技館のどこからも視界に入る、つまりは大統領暗殺計画がああればどこからでも狙えるポジションになるので、全入場者の厳重な手荷物チェックもテロ防止の当然のプロトコルとしてやらざるを得ない。一般席の観客でも協会にとって大事なファン、そのお客を長時間屋外に行列させて待たせることになる。雨でも降ったら大変だし、晴天になれば高齢のファンも多く、熱中症も心配しなくてはならない。

「トランプ杯」の授与で土俵にあがってもらうのにも、土俵に土足であげるわけにはいかないのでスリッパが慣例だが、ホワイトハウスから官邸を通して、スリッパに履き替えるのも「観客の前では困る」、土俵に上がる際についても「危ないから階段をつけろ」などの無理難題が突きつけられた。ホワイトハウス側の真意を邪推すれば、これは協会を困らせたいのでも無理難題の押し付け権力アピールでもなく、トランプ自身が「こんなことはやりたくない」、だから「それは無理です」と言って協会に断らせようとしていたように思えるのだが、安倍官邸はそんな無理難題の全てを協会に強引に飲ませてしまった。取組終了後の弓取り式という重要な神事の最中に「主賓」がスリッパ履き替えのために席を立つ、という、本来なら協会としては「伝統の冒涜」「土俵の神様に失礼」と怒っても当然のことすら、八角理事長の執行部はしぶしぶ受け入れている(宗教性は抜きにしても美しいパフォーマンスだし、やっている力士への敬意としても見るべきなのが礼儀だが)。

いやだいたい、千秋楽幕内の升席正面を貸切状態にしながら、結びの三番しか見ない、というだけでも、力士にも、他の観客にも失礼すぎる。こんな話は普通なら断るのが、「国技」を担う相撲協会の矜持だろう。

なのになぜ、相撲協会はこんな屈辱に耐えたのか? 夏場所の優勝が平幕の日本人力士だったのはさすがに偶然だと思いたい。史上最強横綱のスーパースター白鵬は、これは明らかに偶然で、先場所の結びの一番で上腕の筋肉を痛め休場していたからいいようなものの、ひとり横綱となった鶴竜が「忖度相撲」を強いられた、という報道すらあるのも先述の通りだ。

こういうところにも、外交でのひたすら弱腰「幇間」姿勢と対照的に、国内の強権行使では妙に悪知恵が働く安倍官邸の特性がよく現れている。相撲協会は文科省管轄の公益法人なので、ちょっと難癖をつければその法人格を剥奪することも簡単なのだ。まして相撲協会なら難癖はつけようと思えば口実がいくらでもあるのは、近年さまざまなスキャンダルがワイドショーやスポーツ紙を賑わせ続けているのを見ても、たいがいの日本国民なら察するだろう。

というよりもはっきり言えば、相撲協会が公益法人に法的に要求されている近代的なガバナンス体制を持つこと自体が実は不可能、という事情があり、もちろん官邸はそんなことは完全に把握した上でこういうことをやっている。

一応は全力士は協会に雇用されていて、親方の経営する個々の部屋はその育成を協会から委託されている、という形式になっているのは文字通り形式にすぎず、実態は力士どころか行司、床山に到るまでが部屋に所属し事実上そこに雇用されているし、執行部の選任も民主的な選挙とは名ばかりで、親方衆と部屋が複数の「一門」を形成しての事実上の順送り人事だ。

相撲協会は親方の連合体にすぎず、理事会や執行部はその連合体の上に形だけ乗っかっているのが実情に近く、協会の経済基盤もその個々の部屋や一門についているタニマチ衆や相撲茶屋のコネに多くを依存しているので、近代的で法的に「公正」とみなされるガバナンス機能は、実際にはほとんどない。形式と税法上の扱いは「公益法人」でも中身はまったく異なる昔ながらの人間関係、悪く言えば「馴れ合い」で金銭的にも「どんぶり勘定」でこそ成立している相撲界の実態は、ちょっと暴露するだけでいつでも法人格を剥奪できるし、こと官邸は(自民党議員にこそ親方衆や部屋、相撲茶屋とのコネを持っている者が多いせいもあって)完全に把握しているはずだ。

もちろん普通の政権であれば、そんなことは百も承知でも「清濁併せ吞む」大人の常識で触れたりはしない。「伝統の維持」のためには大目に見るものだと心得ていて、だから相撲界はさまざまなスキャンダルを経ながらも、なんとか安泰で来られた。

だが安倍政権はそういう「大人」の政府ではない。だからこそ、もはや直接に八角理事長に脅しをかける必要すらない。「トランプ大統領に升席で相撲を見せたい、これはお国のためだ」とでも言われるだけで、かつては真摯で実直な取り組みで活躍した名力士・第61代横綱の北勝海も、姑息で不名誉で屈辱的な要求だと分かっていても、黙って従うしかない。

それにしてもトランプのための急ごしらえ特別席のすぐ後ろに櫻井よしこ、金美齢ら安倍応援団の席まで手配させるとは、いくらなんでもやり過ぎだ。

だがこうしたやり過ぎの無理難題を押し通す、それもあからさまに公の目に触れる場所でそれをやることは、安倍政権の圧力には相撲協会でさえ逆らえないのだというメッセージを世間に発信することにもなる。だいたい、同様のやり方で霞ヶ関官庁と官僚機構はいうに及ばず、警察も(安倍と親しい元番記者に準強姦で逮捕状が出ていたのを警視庁がもみ消した件もある)、地方自治体も、大手テレビ局をはじめとするメディア各社などの大手民間企業も、大学などの教育機関も、そして今や本来なら行政府からの独立性が絶対に担保されなければならない最高裁判所すら屈服させているのが、安倍政権のプチ恐怖政治体制だ。

参院選前の外交力アピールが完全に失敗した大阪G20

話を外交に戻そう。G20の議長国・開催国の順番が日本に回って来たこと自体は、運とタイミングが悪かったとしかいいようがない。元から毎回さほどの「成果」がないこの国際会議だが、今回はまさになんの成果もなかったこと自体は、安倍政権を責めてもしょうがないだろう。前回、前々回ともにトランプの強硬な保護主義を巡って大荒れになり、前回などはトランプが途中で金正恩に会うためにシンガポールに飛んでしまい、移動中の機内で首脳宣言を認めない、とまで発言していた。

だがそうは言っても、だからこそ逆に、安倍が改憲に当たって協力を期待している維新へのおべんちゃらで大阪を開催地にしたこと、それも参院選の前に大型外交イベントを持って来て「外交やってます」アピールに利用しようとしたことには、安倍のなんにでも近視眼的な私物化利用を狙って飛びついてしまう浅はかさに、やはり呆れる他ない。だいたいこの種の厳重な警備が昨今では必須の国際会議は、警備が経済活動を麻痺させてしまうリスクを考えて、より小さな地方都市で開催する(それが「地域おこし」にもなる)のが最近の国際常識で、なにも大阪でやることはない。「大阪の魅力を国際アピール」もなにも、京都・奈良が近いこともあって大阪はすでに日本屈指の観光都市だ。G20はむしろそうした大阪の日常的な経済活動の妨害にすらなっていた。

今回のG20の焦点はいうまでもなく、報復関税合戦が続く米中「貿易戦争」で、トランプと習近平の動向に世界経済が注目していた。もうひとつの焦点は、世界中で異常気象が相次ぐ中、トランプのアメリカをなんとか地球温暖化防止のパリ協定に引き戻せるかどうかであり、議長国の日本に期待されていたのは、トランプと親しいという安倍首相がいかにその暴走を説得できるかどうか、だった。

だが地球温暖化対策については、安倍政権は最初から逃げ腰を決め込んで、フランスの強い要請にも関わらず(マクロン大統領は「パリ協定に言及がなければ首脳宣言に署名しない」とすら言っていた)議題にすることすら躊躇した。代わりに持ち出したのが海洋プラスチックごみ問題で、もちろんこちらも深刻な被害がすでに顕在化していて早急に国際的な議論も必要なのだが、だからと言って「温暖化は議論しないから代わりにこちら」という態度はおかしい。

「これから国際的に議論していきましょう」という初の国際合意が首脳宣言に盛り込まれたことの意義は否定しないが、逆に言えばこの問題について世界的に危機の認識が急速に高まりながらも公式の国際合意がまだなにもない現状では、この程度の抽象的な文言ならさしたる利害対立もなく簡単に合意に至る話でもある。

そもそも日本自体が、過剰包装の文化もあってプラスチックごみの排出が多い国(だいたい「レジ袋」も日本で発明されて世界中に広まったもの)なのに、このG20の直前までは対策は遅れ気味だった。リサイクル名目で分別回収されたプラスチックもほとんどが焼却処分だし、他ならぬ安倍首相の支持層を中心に、こうした日本の無策とゴミの多さへの批判にヒステリックに反発する動きすらあった。それが温暖化についてトランプの説得を最初から諦める代わりに唐突にプラスチックごみ対策を言い出すのは、あまりに欺瞞にすぎる上に、情けなさ過ぎる対米配慮ばかりが見透かされてしまう。

トランプに怯えて下手に出れば出るほど、足元を見透かされ付け込まれるだけ

肝心の、自由貿易を守る「反保護主義」については、惨憺たる結果だった。日本がまとめた首脳宣言の文言は典型的な「玉虫色」で、保護主義が国際経済を蝕みつつある現状になんの効果もないどころか、下手すれば「自由貿易」に「保護主義を行使する自由」も含まれる、とでも認めかねない表現になっている。ひたすらトランプが怒って署名を拒否することを恐れただけの首脳宣言であることばかりがあからさまでは、ひたすら日本の対米追従、安倍政権のトランプ隷属を印象付けただけだった。

これでは国際的に日本のメンツが立たないだけではない。7月の参院選後には日米の本格的な貿易交渉(日本政府はTAG、物品に関することのみだと強弁しているが、合意文書の英語版をよく限りは完全にFTA、二国間の包括的合意の交渉だ)を控えていることを忘れてはならない。なのに最初からかくもおよび腰で、トランプの機嫌を損ねることばかり気にしていて、一体どうするつもりなのか?

しかも開会の直前にはすでに、トランプが「日米安保は不公平だ」と明言していたのだ。

アグレッシブで一方的な経済保護主義と、他国防衛のための軍事費と人員を削減することは、大統領選挙当時からトランプの重要公約だった。対日本外交では対日貿易赤字と日米同盟の「不公平さ」についても選挙演説で公言していた以上、遅かれ早かれトランプが安倍に無理難題を押し付けてくることも最初から分かっていたはずだ。

つまり最初からドナルド・トランプは日本にとって国益を損ねる大統領なのが基本の前提で、そこで必死になって対米追従に徹し、首脳間の個人的関係でも安倍がいかにトランプのご機嫌とりに腐心しようが、せいぜいが問題の先送りにしかなっていなかっただけではない。むしろ相手に手の内も弱点も明かして、ゴリ押しできるもっとも効果的なやり方を、わざわざ教えてやっていることにしかならない。

安倍が毎回毎回トランプに「日米安保はかつてなく強固」と言ってもらうことをこそ最大の目的に首脳会談を繰り返せば繰り返すほど、逆にトランプの方ではどのタイミングで「日米安保は不公平」カードを使うのがもっとも効果的なのかを余裕たっぷりに計算して、今まで温存して来ただけだ。

「日米安保は不公平」爆弾を最適なタイミングまで温存して来たトランプ

しかも始末が悪いことに、日米安保を片務条約、アメリカが一方的に日本を守るために血を流す不均衡な同盟と解釈することは、安倍晋三が改憲論でも集団的自衛権に基づく武力行使の強硬でも、ずっと繰り返し主張して来たものだ。今さらその安倍がトランプになにを反論しようが、説得力はまるでない。

それでも安倍は、参院選の党首討論でG20前後のトランプの一連の「日米安保に不満」発言について問い詰められると、従来の主張から手のひらを返したように、日米安保は片務条約ではなく、日本はちゃんと義務を果たしてアメリカの利益になっていると言い出し、トランプにもちゃんとそう説明して来たと強弁し始めた。挙句に当のトランプに「反論の天才」だと褒められたと自慢までしている。

だがトランプからのそんな口先だけの(その実、相手を小馬鹿にして適当にあしらっただけの)リップサービスがあろうがなかろうが、実際に相手が全く納得しておらず、ついに「安保は不公平」カードを切って来ている現実にはなんの変わりもない。いやむしろ、安倍は自分の目指す改憲で日本が全面的にアメリカの戦争に参戦できるようになるのだから応援して欲しい、とすら言ってトランプに必死にすがりついて媚びへつらっている可能性すら、否定はできない。

もし安倍が本当にトランプを唸らせるような「反論の天才」なら、日米安保体制を維持したいのであればこそ、条約の双務性を説明して貢献アピールなんてするよりも、逆に「そんなに不満でしたら破棄しましょうか?」とでも言えばよかったのだ。在日米軍基地がアメリカにとってそこまで必要なもので、だから日本も基地提供の義務を果たすことでアメリカの国益と東アジアの安定に貢献しているという主張が現実に当てはまるのであれば、日本が破棄をちらつかせるだけでアメリカ側から「基地を置き続けさせて欲しい」と言って来るはずだし、もしそう言って来ないのであれば、日本には現状、差し迫った安全保障上の危機もなく、日本の防衛のための米軍基地は必要でない、という結論にしかならない。

だがさらに始末が悪いことに、国民の大多数がこれまた「日本はアメリカに守ってもらっている」と信じ込んでいるし、アメリカに守ってもらわなければ日本は危ない、「だからアメリカに逆らってはならない」という暗黙の了解を国民に押し付け信じ込ませて来たことこそが、長期政権と言っても政権のスキャンダルや失政が相次いでは国会が空転し「政治の安定」なぞまるで実現していないのに、それでも安倍政権が選挙で大勝し続け、支持率もそれなりに維持できて来た最大の理由になっているのではないか。

安倍政権にとっては対米従属の徹底こそが最大の権力基盤であり、支持される理由

安倍政権の高支持率の結果ばかりがでる世論調査の奇妙さも、恐らくはこれで説明がつく。なにしろ表向きの支持する理由のトップは「他に適任がいない」という実に曖昧なものだ。

同じ世論調査で個別の政策や強行採決している法案についてはいずれも反対が過半数、アベノミクスによる景気回復の実感も「ない」がやはり過半数、国民の過半数が森友・加計疑惑の政府の説明に納得していない。それでも政権支持率だけは高いのはいかにも不可解で、こうした世論調査を見る限り「国民も頭がおかしいのではないか?」と頭を抱えたくなるし、前回総選挙では圧倒的過半数が解散の理由に「納得していない」のに、それでも与党が圧勝したのも不可解そのものだが、支持の本当の理由がまったく別の所にあると気づけば、説明は簡単だ。

その本当の理由とはつまり、「安倍首相が懸命にアメリカの機嫌を取ってくれている限り、日本はアメリカに守ってもらえるのだ」という、その実まるで現実離れした「平和ボケ」で、しかも国辱的なまでに卑屈な思い込みに他ならない。

だから沖縄が強硬に抵抗する辺野古新基地について沖縄に同情するかのような論調が散発的には一応は大勢になっても、それが常に散発的に終わってしまうのも、本音では「アメリカに守ってもらうのだから逆らえない」、つまり沖縄が多くの在日米軍基地を抱えて犠牲になっている現実については「偽善者」と責められないギリギリのレベルまでは気にするフリだけはするが、無視したいのが本音なのではないか?

最近、安倍首相は民主党政権について「悪夢のような」とやたらと繰り返しているが、その「悪夢」の実態はなにかと言えば、鳩山由紀夫政権が普天間基地の沖縄県外移設を主張したことでアメリカの機嫌を損ねてしまい、日米安保の安定性が揺らぎ、日本がアメリカの信頼を失った、と国民もまた思い込んでいることに他ならない。

だからこそ辺野古新基地のゴリ押しを建前では「沖縄が気の毒」などと一応は言う人の多くも、本音の本音か潜在意識では、安倍政権が沖縄を犠牲にしてまでアメリカとの約束を守ろうとしている(ように見える)ことに安心感を覚え、結局は安倍政権を支持し、自民党に投票して来たのではないか? なにしろ基地を押し付けられた沖縄の犠牲すら、「日本のアメリカへの貢献」の文脈で挙げる「識者」すらテレビに出て来る始末である。

こうした国民の側の潜在的な共通認識、いわば表面化しない(恥ずかしくて口にできない)真の世論が、安倍政権の有力な権力基盤のひとつになっているからこそ、安倍には事あるごとにトランプに「日米安保はかつてなく強固」と繰り返してもらう必要があり、そのためにはどんな犠牲でも払うと言わんばかりに前のめりになっていることまで、とっくにトランプに完全に見抜かれている。

だからこそトランプには安倍に「反論の天才」と軽口を叩きながらも同じ議論を繰り返すだけの余裕もあるし、イランとの仲介でも平然と徹底的に安倍に恥をかかせることも平気で出来たし、恐らくは「日米安保は不公平」をちらつかせればなんでも言いなりにさせられるし黙らせるのも簡単だ、とすら考えてもいる。そして残念なことに、トランプのこの安倍理解・日本理解は、完全に正しい。


G20の焦点・米中交渉の行方と思わぬ番狂わせ「北朝鮮」カードの浮上

一方で安倍政権では、安倍本人もその熱烈支持層も、本心は中国に人種差別丸出しの憎悪とその経済成長への嫉妬、歴史問題を言われることへの逆恨みが染み付いているにも関わらず、経済界の要請もあって、表面的レベルだけでは日中関係の改善に動かざるを得なくなっている。

日中の経済関係は日本経済の生命線のひとつ(最大の貿易・取引相手国)だし、米中の「貿易戦争」も日本だけでなく世界経済にとって大きなリスクになっているので、今回のG20ではなんとか議長国として米中和解に動かなければ格好がつかなかった。とはいえ一方で、安倍政権はトランプに絶対に逆らえないし、「逆らうな」というダメ押しの「脅し」として、「日米安保は不公平」というトランプの考えもG20直前に明示されていた。

結果として、安倍にできた「米中仲介の努力」は、トランプの「子供の遣い」状態でテヘランまでノコノコ出かけて行って大失敗に終わったこと以上に情けないものだった。今度はトランプ相手だけでなく習近平相手にまで「幇間外交」に徹し、「来年の桜の咲く頃に国賓として」と招待を申し出て習近平の了承を得たことだけが、日中首脳会談の唯一の「成果」なのだから、もはや日本外交には独立国としてのプライドも矜持もなにもなくなった、としか言いようがない。

だいたい、少しは冷静になって戦略的に考えられないのだろうか?

米中貿易戦争が世界経済にとって巨大なリスクで、今回のG20の最大の懸案だったのも、もっとも大きな経済的な打撃を被るのは他ならぬアメリカと中国の二国だ。わざわざ日本が仲介でしゃしゃり出ずとも、トランプと習近平の個人同士の間が安倍とは比べ物にならない本物の信頼関係であることも含め、両者は必ずどこかの段階で落とし所は見つけるはずだし、現に今回のG20での米中首脳会談では、その落とし所は事前に準備されてさえいた。

案の定、トランプ=習近平会談では追加関税の脅しも取り下げられたし、アメリカ政府にとって「安全保障上の問題」だったはずのファーウェイ排除すら事実上解消された。もちろん同社のスマートフォンにスパイウェアが仕組まれていると言った陰謀論めいた疑惑はなんら事実に基づくものでもなければ証拠もない、というよりかなり荒唐無稽で無意味な謀略情報でしかないことも、冷静に考えればすぐ気づくことだ。

ではG20で米中妥協が成り立った「落とし所」がなんだったのかといえば、首脳会談翌朝のトランプの行動は「そこまで分かりやすくバラしてしまっていいのか」とこっちが心配になるほどだった。言うまでもなく突然、ツイッターで金正恩に「挨拶だけでもいいから板門店で会いたい」と発信したことだ。

アメリカとの妥協のきっかけに習近平が使えるカードと言えば「北朝鮮カード」がもっとも有力に決まっているではないか。ところが日本はG20の議長国でありながら、この展開についてもまったく寝耳に水というか、情報を把握していなかったのは仕方がないにしても、当然想定の範囲内にしておくべきことを考えてもいなかったのだから呆れる。

大阪G20の裏の、真の主役は習近平

安倍政権では2月のハノイ会談が表面上は「物別れ」で終わったことに「よかったよかった、これでもう米朝対話は潰れたんだ」と、現実の分析と自分たちの願望を混同した「希望外交」の愚の典型で悦に入って、安心しきって浮かれていたのだろうか?

G20の前に習近平自身が平壌を国賓として訪れて金正恩と会っていたし、トランプはといえばG20後はソウルを訪問するスケジュールが最初から決まっていた。

だから大阪G20のタイミングで米朝になんらかの接触なり新しい和解への動きがあり得ることは十分に想定できたはずだし、後から考えても例のツイートも含めて「トランプの気まぐれな思いつき」ではおよそなく、秘密裏に事前に準備されていた可能性にすら思い当たるはずだ。

いったい安倍官邸や外務省の情報分析はどうなっているのだろう? 噂では、官邸の内閣情報調査室(内調)が北朝鮮情報部との水面下接触で首脳会談の可能性を探っているらしいのだが、だとしたらその内調はなにをやっているのだ? 国益を守るためのスパイ活動が仕事ではないのか?

対外的な諜報活動の第一の任務は、情報収拾と分析で相手国の真意を把握し、どう動くのかの先を読むことだ。それこそアメリカの諜報機関などは心理学者や精神分析医を動員して他国の指導者の性格や心理を研究させ、社会学者や政治学者をアドバイザーにしてその国の世論の動向や社会問題を分析し続けている。だが日本の内調はと言えば、そんな客観分析よりも脅威となりそうな相手のスキャンダル探しが主な任務になっているようで、恐喝と風聞の流布しか考えていないのならば姑息でいやらしいだけでなく、恐ろしく的外れで役立たずなのだが。そう言えばトランプ相手でも安倍は「ゴルフが好き」「金ピカ趣味」程度の情報しかないので純金ゴルフ・クラブをお土産にNYに会いに行っていた。

そもそも米朝交渉がどういう段階にあるのかすら、日本政府はまるで理解できていなかったようだ。政府がマスコミに説明して報道させているところでは、北朝鮮側の段階的な非核化に応じて段階的に制裁の解除を、という考えをアメリカがまったく信用していないので根本的に対立していて解決不能、という話になっている。こんなのは当然ながら本気で言っているはずもなく、政府が微妙な外交交渉で真意を悟られないためにマスコミをミスリードをしていることで相場が決まっている、と筆者などは思い込んでいたのだが、もしかして日本政府自身が、かくもあり得ない荒唐無稽を本気で信じ込んで、大真面目かつ無邪気にマスコミに流していたのだろうか?

北朝鮮に対する人種差別的な偏見を伴った憎悪の思い込みで、冷静な判断力が失われているのかも知れない。現実には、ハノイ会談の段階では北朝鮮が本格的な非核化を始められる条件がまったく整っていなかった以上、「物別れ」にならざるを得なかっただけだ。金正恩はとりあえず寧辺の核施設の閉鎖をいわば時間稼ぎとして発表するしかなく、アメリカ側もその事情は理解しつつも、制裁解除に向けて国内世論や国際世論を説得できないままだ。

周辺の国際社会でなにが起こっているのかを、まったく把握できなくなった日本政府の究極の「蚊帳の外」

なにしろ現実の障害は極めて単純であるだけでなく、昨年の板門店での文在寅=金正恩会談で公式に表明され、シンガポールでの米朝会談の前にはマスコミでも散々言及されていたはずの問題が、まるで解決されていないことでしかない。なのになぜか、その1回目の米朝会談後には誰もそのことに言及しなくなったのか、あまりにも奇妙ではある(米朝両国や韓国の政府が言及しないことまでは理解できるが)。シンガポールで具体的な合意が一切できなかったのは、北の核放棄開始の絶対条件である「朝鮮戦争の正式終結」ができなかったから、に他ならない。

なぜこの目下最重要のハードルである「朝鮮戦争の正式終結」がペンディングになったままなのかの理由も、これまた極めて簡単だ。朝鮮戦争の参戦国であり休戦協定の署名国である中国が、合意しなかったから、である。

シンガポール会談に「協力」を約束したはずの習近平が実際にやったことはといえば、金正恩の搭乗機を提供しただけだし、ハノイ会談の時には列車による国内通過を許可しただけで、中国はその実「朝鮮半島の非核化」にまったくなんの実質的な協力もしていない。そして米中貿易戦争が激化する間も、習近平はこの「朝鮮戦争の正式終結」カードを、自分こそがそれを握っていることの意味をおくびにも出さないまま、ずっと温存し続けて来た。この事実上の妨害に対して、アメリカ北朝鮮両政府も、韓国政府も、中国を非難してしまうと逆に中国に主導権を握られていると認めたことになるし、中国に懇願する形にするわけにも行かないので、直接の言及はできないまま、いわば両者が黙ってにらみ合いの我慢合戦になっていた。

もともと金正恩が核開発をエスカレートさせるそぶりを見せて米朝対立を煽るかのように振舞っていた間に、並行してより激しく対立していた相手は中国だった。父・金正日の代に事実上の中国の属国化してしまった北朝鮮の独立を取り戻すことも、金正恩の重大な外交目標だったのだ。アメリカとの直接交渉のために韓国の仲介を頼ったことも、そしてアメリカとの直接交渉それ自体が、北朝鮮を中国の属国の立場から解放する意味も併せ持つ行動だった。中国に依存しない、自主外交の確立である。

だが結局は習近平が、金正恩が自分を国賓として招かざるを得ない状況を作り出したことで、中国は再び北朝鮮への大きな影響力を回復した。北側から見れば金正恩が止むを得ず、習近平に屈服せざるを得なくなった「白旗」の表明が、あの平壌訪問だったのだ。

一方の対米交渉で、つまりは習がトランプが喉から手が出るほど欲しかった、米朝交渉を本格的に進めるためには必須の条件であった「朝鮮戦争の終結」カードをやっと与えたからこそ、板門店サプライズとなったのだ。なにしろトランプが習との会談の翌朝に突然ツイートを発信したのだ。ある意味であまりに分かりやすいと言ったのは、このことだ。

これは考えてみたら、日本にとって恐ろしいことでもある。今回のG20を本当の意味で操っていたのは習近平だし、主導権を掌握した真の主役も、トランプではなく習近平だったのだ。トランプですらある意味、その習近平にいいように踊らされていただけだ。中華帝国4千年の歴史が醸成した徹底的に狡猾で考え抜かれた外交知略の文化なのか、中国共産党エリート御曹司が子供の頃から叩き込まれてきた政治的奸智なのか、とにかく恐るべき戦略的外交手腕、としか言いようがない。

だが我々日本国民がもっと警戒しなければならない、真に恐ろしいことがある。こうした中国の狡猾な思惑も、その利害も、アメリカの政治的な流れも、トランプ自身の利害もなにも分析できず、東アジアの経済や安全保障がどう動いているのかを考えもせず、情報の収拾も分析も怠って、国内政治で野党を罵倒して熱烈支持層の極右というか「ネトウヨ」勢力のご機嫌取りに熱中することや、国内で政府の権限を捻じ曲げて官僚機構やマスコミや相撲協会などなどを相手にプチ恐怖政治的に横暴な権力行使に耽溺するだけの、安倍政権の独りよがりの自己陶酔が、結果としてことごとく日本の国際的立場を不利にし、その経済的な国益すら損ない、国家としての名誉や矜持すら投げ捨てているのだ。

例えば今回のG20でも、安倍政権は韓国との間の慰安婦や徴用名目の強制労働の問題でヘソを曲げて、文在寅となんの接触もしなかった。こんな子供じみた態度に走って興奮することなく、日韓のパイプや情報交換を維持出来ていれば、トランプ=金正恩の板門店サプライズについても、習近平が北朝鮮問題でどう動いているのかも、ある程度は察知できたはずだ。

だいたいトランプ政権のアメリカにしても、こんな日本政府を信頼して情報や考えを共有してくれるかどうか、子供が考えたって分かりそうなものなのだ。


日本は十分に「独立」できるし、その方が当のアメリカの国益にもかなう

韓国も日本も共にアメリカにとって重要な友好国で、軍事的な地政学では朝鮮半島に拠点を持つことは日本列島以上に欠かせない。双方との同盟関係の維持こそがアメリカの国益であり、日本が勝手にアメリカ第一位の属国の座を韓国と争っている気分で日韓対立を煽っているのは、アメリカからみて理解不能で理不尽な愚行、しかもえらい迷惑にしか見えない。日韓対立の原因である歴史問題に至っては、アメリカが日本の歴史修正主義に味方することなぞ、あり得るはずもない。「徴用工」というか戦時中の外国人強制労働問題に至っては、被害者は朝鮮韓国人だけではなく、アメリカ軍捕虜も同じ被害に遭っているのだ。

一方で、アメリカの経済的な国益を考えれば、トランプはむしろ東アジアの緊張状態の緩和を目指しているし、それ以上に北朝鮮に関しては、そこがアジア圏の最後の資本主義フロンティアの有望投資先になり得るだけでなく、レア・アースも含む膨大な埋蔵地下資源があることも当然狙っている。まただからこそ習近平も、一時はトランプが主導権を握ったかに見えた北朝鮮「核問題」の解決についてなにも動かず雌伏に徹し、鮮やかな大逆転で主導権を奪い返したのだ。中国としても非核化が進み制裁も解除された後の北朝鮮の経済的なポテンシャリティの利権を、アメリカに奪われるわけには行かない。ことレア・アースは現状、中国が世界最大の産出国だ。アメリカが北朝鮮という中国以外の供給源を独自に持つことだって阻止したいだろう。

日本がそうした流れから「取り残されて」いること自体は、そこまで危惧しないでもいいかも知れない。日本自体が今でも大きな経済産業力を持つ、未だに基本的には「豊かな国」で、安倍政権の扇動とは真逆に、なにか差し迫った危機があるわけでもなく、安全保障環境もかつてないほど安定している。だからアメリカから見れば気前よく基地用地を提供し「思いやり予算」すら差し出してくれることと、高い技術産業力や部品の供給能力では兵器のメインテナンスには好都合であることを除けば、もはや日本の基地の軍事的な必要性はほとんどないし、大きなメリットである在日米軍基地の兵器メンテナンス能力も、一方でアメリカの軍需産業の仕事を奪ったり、軍事機密が漏洩するリスクも伴う。

それに鳩山由紀夫の失脚後に霞ヶ関の求める対米従属外交に方針を転換した菅直人・野田佳彦の民主党政権が、中国・台湾と領有権を争っている尖閣諸島問題にアメリカを巻き込もうとしたことなどを見ても、日本が自主外交を放棄してアメリカべったりである現状は、むしろアメリカにとって迷惑になりかねないリスクも大きい。当時のオバマ政権にとっては中国との安定的な関係も重要だったのに、日本がその中国を挑発しておいて「守る義務があるはず」などと言われても困るし、それこそ日本の挑発がエスカレートして偶発的な軍事衝突に至る危険の方をもっとも警戒していたのが、当時のオバマ政権だった。

日本に大規模基地を置けることがアメリカの従来の世界戦略において重要だったと言っても、世界最大の軍事費を使って世界中に軍隊を派遣し続ける方針をアメリカ政府がいつまでも変えないとは限らない。

だいたいこと日本の防衛については、アメリカの労働者階級から見れば80年代の日米貿易摩擦も、アメリカに軍事的負担を押し付けておいてそのアメリカの市場を侵食するのは何事だ、と言ういわゆる「防衛タダ乗り論」の怨嗟が、今でもトランプ支持層には根深く残っている。こうした国民の素朴な反発があっては、どんなに日本に基地を持てることの安全保障政策上のメリットについて専門的な見解を繰り返そうが、その説明を国民が理解できず納得しないのであれば、日米安保がアメリカ政治にとって邪魔にもなり得るのは、それが民主主義の国の国益というものだ。

アメリカの権威に依存した戦後政治のなれの果ての安倍政権

逆に言えば、冷戦が終わった後の日本は、もはやアメリカの軍事力という「後ろ盾」がなくとも、十分にやっていける成熟した資本主義国家になっているのだし、冷戦のあいだも貿易立国・経済立国を貫いてきたことから、アメリカへの反発が強い中近東や中南米の国々とも(イランがその代表例であるように)良好な信頼関係を維持して来た。

今の日本は十分に独自外交が可能な立場にあり、だから北朝鮮の将来を巡るアメリカと中国のさや当てに巻き込まれる必要もない。むしろ米中を差し置いて独自の関係を北朝鮮と結ぶことすらできるし、現に金正恩も政権継承の直後にはその可能性を模索して、日本の戦没者遺族を墓参に招待したり、拉致問題を改めて謝罪した上で再調査も提案して来ていた。なぜ安倍政権はこの時に無視し、逃げたのだろう? レア・アースなどの埋蔵資源について日本が先手を打つチャンスでもあったのだが。

確かに、かつての日本の侵略戦争はアジア地域に甚大な被害を与えた(北朝鮮もその被害国に含まれる)が、その歴史の一時期についてさえきちっと反省して、道徳的な立場をちゃんと見せてさえいれば、今の日本人について国際的に抱かれているイメージは、こと新興国や発展途上国(東南アジアでかつて日本の占領に苦しめられた国も含めて)では「おしん」の国であり、「一休さん」の国と思ってもらえてもいる。

むしろアメリカの顔色を伺うことをやめたところで、日本国民が困ることは特になく、唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約を先導しても、むしろ外交での発言力がアップしたほどだ。日米安保にしてもさしあたり維持した方が日本にとって利が多いと判断するなら、だからこそ「アメリカがそんなに気に入らないなら破棄してもいいですよ」というくらいに独立性を誇示した方が、日本外交の将来も開かれるし、様々な対外リスクもむしろ低下する可能性もある。それに安倍が唐突に認め出したように、アメリカ軍にとってこそ日本に基地を置くメリットが多いのなら、日本が「嫌なら別に撤退しても構いませんよ?」と言ったところで、アメリカが逆に日本に基地を置貸してくれるよう懇願して来るだろう。

ただそこで大きな問題となるのが、肝心の日本の今の政府が、在日米軍とアメリカという後ろ盾を失ってもなお、いかに日本国内と日本国民を統治できるのか、なのだ。

日本の政府は国民のため、国益のための政治をやる能力が低い。つまり国民の支持によって政治が支えられるているのではなく、アメリカの軍事力という威光に依存することでこそ、自国民を支配する権力を維持して来たのが戦後の日本政治でもあるのが、この国の「民度」の現状ではないのか?

安倍政権というのはこのどうしようもなく堕落した政治が、究極の行き着いた先なのだ。というか、これが行き着いた先でないと、つまりこれが限度で今後は変わって行かないことには、我々国民はいよいよ大変な困難に陥れられることになる。

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