なにが理由なのかもコロコロ変わる対韓国「制裁」こそが、安倍政権の参院選・必勝の切り札? by 藤原敏史

最初に「徴用工問題への報復」と言い始めたのは日本側だ。確かに、政府官邸や所轄の経産省が正式にそう明言したことはないが、高純度フッ化水素酸など三品目の韓国への事実上の禁輸制裁については、7月1日に正式に発表される一週間ほど前から、政府自民党内で検討が進んでいることがSNS上などで「韓国に報復」として噂が広まっていた。出どころは自民党右派系の議員で、自民党ネット・サポーターズ・クラブ(J-NSC)辺りでは、すでに「日韓断交の第一歩!」と大変な喜びようだった。

それに安倍晋三首相自身が、参院選公示前日(7月3日)の日本記者クラブでの党首討論会で、この件でについて「国と国との約束を守らない」と、慰安婦問題や徴用工問題で繰り返して来た定型句で言及している。

世耕経産大臣もツイッターで理由のひとつとして、徴用工問題を実例として「信頼関係」がなくなったことを挙げていた。

7月1日に公式に発表され、4日に発動される経緯の中でも、日本のマスコミが「徴用工問題への報復と思われる」と報じていたのも、むろん無根拠なわけがない。マスメディアの仕事の常道で言えば、官庁などのブリーフィングや政府関係者への取材でそう言われていなければ出て来ない解釈だし、むしろ大手メディアと記者クラブ、その取材情報源である官庁や与党との関係からして、事実上そう報道するよう指示されていたのに等しい。

それが今さら、「徴用工問題への報復」とみなす韓国側の強硬な抗議と国際世論の批判の中で、「韓国が誤解している」ないし「関係ないことを結びつけて韓国が誤魔化そうとしている」などと国内メディアに流布させて、河野外相が韓国大使相手に声を荒げたりしているのは、参院選直前に「強い外交」をなんとか国民に印象付けようとする、しかしちょっと考えればすぐバレてしまう猿芝居パフォーマンスでしかない。

ちなみに河野太郎がなぜこんな大根役者っぷりをさらけ出したのか、その真相はこの「強気パフォーマンス」が盛んに報道される一方で、肝心の話がいつの間にか消えてしまったことから、すぐに気づく。この前々日まで、日本側が決めた期限内に韓国側が仲裁委員会を立てることに同意しなければ、日本はこの「国際法違反」を「国際司法裁判所に提訴する」と息巻いていたはずだ。

だが河野太郎は「極めて無礼である」などと虚勢を張り、「国際法違反の状態」という日本側の解釈を一方的に怒鳴るだけで、国際司法裁判所のことは一切口にしなかった。外務省からも政府官邸からも、その後も同裁判所への提訴を準備すると言った発表は出ていない。それはそうだろう。後述するが、そんなことをやってしまえば、逆に日本が敗訴する可能性の方が大きいというか、日本の主張は国際的な法論理の常道からして、まず通用しない上に、多大な付随リスクも伴うのだ。

日本側が一方的に求めた「仲裁委員会」開催の返答期限(これも日本政府が一方的に決めたこと)が参院選の投票日直前に設定されていたことも含め、これまた参院選のためのパフォーマンスとして意図されていた疑いすらある。

韓国以上に欧米メディアからの厳しい反発

フッ化水素酸など三品目の対韓国「制裁」は、日本・安倍首相が議長を務めたG20で一応は「自由貿易の原則」が確認されて終了後まもない文脈のなかで発表され、この時には「徴用工問題への報復」だと思わせたい日本側の態度があからさまだったために、当然ながらニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、英ファイナンシャル・タイムズなどなどの欧米メディアを中心に、厳しい批判を浴びることになった。例えばNYタイムズは「安倍のトランプ化」と皮肉たっぷりに、外交問題や政治的目的で民間企業間の取引を制約しようとする日本政府の態度を酷評した。そこにはもちろん、5月のトランプ訪日を「観光旅行」と揶揄した文脈で、安倍政権がいかにトランプべったりでトランプを見習っているのかも皮肉られている。

いやまったく、来年の大統領選挙でトランプが再選されるかどうか分からない(というか、現状かなり難しい)中で、アメリカの分断された世論の一方に過剰に入れ込んで、もし次期政権が民主党になったら、安倍の日米外交はどうなるのだろう? まさか前回大統領選でロシアがやったように、今度は日本がアメリカ大統領選をハッキングでもするのだろうか?

もちろん「徴用工問題」が理由で韓国に事実上の「制裁」というか結果として数ヶ月は確実な「禁輸」となる措置を取るのなら、自由主義経済、資本主義の大原則である経済活動の政治からの自由を脅かすことになり、G20で約束されたはずのことをさっそく裏切ったとまで言われるのも、国際社会の視点から言えば当然である。

しかもその「徴用工問題」で、日本に味方する国や勢力は世界中どこにもいない。今では「徴用工」と日本政府の当時の公式用語への言い換えが定着しているものの、本来は戦時中の、炭鉱、製鉄所、造船所、弾薬庫、弾薬製造工場などの危険な現場での「外国人強制労働」問題だ。そして外交問題として浮上したのは安倍政権がゴリ押しした「明治の産業革命遺産」世界遺産登録を巡ってだった。

この「外国人強制労働」問題の被害国は、当時日本支配下・占領下だった韓国や北朝鮮、中国だけでない。米軍やイギリス軍の捕虜も奴隷労働を強いられていた。世界遺産会議の時に既に英米のメディアから激しい非難が出ていたことに気づいていないのは、日本のメディアが懸命に誤魔化したおかげの、日本国内くらいなものだろう。

この2015年の世界遺産会議で、日本は登録承認決議と引き換えに懲罰決議も受け、強制労働の問題の啓蒙に務めることを国際公約させられている。

しかしこの国と国との約束どころか、世界との約束であるはずのことは、4年経った今もまったく履行されていない。啓蒙施設の建設(つまり「徴用被害者記念館」的なもの)を巡って官邸の方針に反論した(政府は東京の新国立美術館の敷地の片隅に建てようとしていた)のが文科次官の前川喜平氏で、突然文科省で慣例化していた大学などへの天下りを官邸が問題にし始め、前川氏が引責辞任した背景にも、この問題が関係している可能性が高い。つまり前川氏はここで安倍政権の方針に逆らったため、自分が直接関係ないネタ(次官就任以前の前川氏が歴任してきた職権は、大学などとほとんど関係がない)で責められて、見せしめにされたのだろう。

そしてその国際公約も果たされないまま、安倍政権下では「強制労働」が「徴用工」に、それが今度は「朝鮮半島出身労働者等問題」に言い換えられた挙句に、今度は元徴用工への賠償支払いの問題を巡っての「報復」としての「制裁」が(最初は)始まったわけだ。

そこで当然ながら国際的非難が広がると、とたんに始まったのが日本国内での露骨な世論操作だ。

不自然なまでに露骨な「参院選の切り札」タイミング

日本の大手メディアはテレビを中心に、自分たちがほんの数日前には「徴用工問題への報復と見られる」と報道していたことを、韓国が冷静さを失って誤解しているのだと決めつけ始めた。さらには今回の措置の制度上の理屈を盾に、ここでも韓国が「誤解」しているが禁輸措置や制裁などではまったくなく、日本国内で既存の優遇措置を見直すだけなので他国と協議することではない、とまで政権に近い「識者」の一部が言い始め、日本側の輸出業者の届出手続きが変わるだけなのだから国内問題、WTOで議論される内容ではない、と言う主張をまず「識者」や「コメンテーター」がテレビで口にし、SNSなどで自民党右派議員が発信して拡散、経産省がそれを追認する、という流れが繰り返されているのも、相当に不自然だ。

しかもこれが「徴用工問題への報復ではない」というなら、いったい何を理由に韓国に制裁を始めた(ないし「手続きを変えて通常に戻す」)のか、その確たる理由を日本政府はいつまで経っても明言しないままだ。

いみじくも、自称「明治天皇の玄孫の元皇族」の評論家(?)というか、俗に「ネトウヨ芸人」と言われる竹田恒泰(父が前JOC会長竹田恆和で、祖父が竹田宮恒徳王なのは事実だが、父もその祖父が戦後に臣籍降下した後の出生なので「元皇族」とはおよそ言えない)の、こんなツイートがあった。

「事実かどうかはもはやどうでも良い。韓国は胡散臭い。韓国政府が何を言っても信用できない。だからホワイトから外す。理由は『胡散臭いから』。それ以上の理由は不要」(7月12日)

ある意味であまりに分かり易く、日本政府の現状の主張を要約した発言だ。竹田は政権に近いとも噂されるし、この通りのことを安倍の周辺から言われたのだろうか?

だが無論、こんなヘイトスピーチそのものの暴論も、テレビやSNSで流布される屁理屈の誤魔化し印象操作も、日本国内でしか通用しない。それでも国内に引きこもった浅はかで論理破綻した印象操作の扇動に固執する安倍政権の態度からはっきり分かるのは、安倍首相が自分で取りまとめたはずのG20の首脳宣言から舌の根も乾かぬうちの、つまり二枚舌を糾弾されて当然の最悪のタイミングでもあえてこの「制裁」を持ち出したのが、参議院選挙のための国内向け世論対策こそが目的であることだ。

対外的に通用しないなんていう現実はどうでもよかったのか、あるいは後先を考えてすらいないのだろう。老後には年金だけでは2000万円足りない問題や、消費税10%増税を公約してしまったために与党不利が予想されるこの選挙で、それでも安倍政権が選挙に勝てる「切り札」としていわばでっち上げられたのがこの「制裁」問題であり、しかもその作戦は日本の将来の国益にとっては極めて残念なことながら、恐らく成功するだろう。現に世論調査では、個別の政策課題等については政府が多数派に支持される項目が皆無の中で、この対韓制裁に関してだけは56〜8%の支持で、内閣支持率すら十数パーセント以上もうわまっているのだ。そして反対は26%前後で、つまり賛成がその倍近いのだ。

それに安倍政権下の選挙では、テレビ局は自民党からの「公平な報道」要請で、選挙報道がほとんどできなくなっている。選挙の争点の解説で現状の問題を指摘するだけでも「野党側に偏向している」と難癖をつけられ、放送法違反の告発までちらつかされては、選挙期間中に肝心の争点についての放送がほとんど出来なくなっているのが現状で、ニュースの「選挙報道」も街頭演説の抜粋を論評も批判もなく垂れ流すことしかできなくなっている。

そんな中で、ワイドショーなどで特集が可能なほとんど唯一の「政治ネタ」が、この日韓対立なのだ。こうして国内向けにいかにも「毅然とした」「力強い外交」と言わんばかりの印象操作を演出すれば、他の争点はほとんど電波に乗らないので、与党には一方的に有利だ。

こういうところだけは安倍政権というのは恐ろしく頭が働く。と言っても姑息で子供っぽい悪知恵レベルの話でしかないわけだが。

ヒステリックな人種差別に走りつつある日本の国内報道の危うさ

こうして繰り返される報道による印象操作には、どんどん底意地が悪く姑息な詐術も入って来ているし、内容がコロコロ変わっていながら、一貫して「韓国が悪い」「韓国が冷静でない」という決めつけと、「韓国が北朝鮮の大量破壊兵器開発に協力している」という無根拠な当てこすりだけが共通している。つまり竹田恒泰がうっかりツイッターに書いてしまった通りで、「韓国は胡散臭いから信用できない」とひたすら国民に印象付けようとしているわけだ。

元は「徴用工問題への報復」と日本側から発信していたはずが、今ではそこに言及することも半ばタブーとなり、「韓国が勝手に、興奮状態で決めつけている」どころか、「文在寅政権が自分の経済政策の失敗を日本に責任転嫁している」なる無理がありすぎる牽強付会まで公然と繰り返されている。

その一方で明確な制裁理由の説明がまったく出て来ないままだ。そして憶測ばかりが積み重ねられる中で、その内容はどんどん露骨に人種差別的にもなっても来た。こうした報道の内容は当然在日韓国大使館が把握して本国に報告しているし、韓国メディアでも報じられているだろう。ここまで侮辱的な態度を取られれば、韓国の反発が安倍政権の予想をはるかに超えた厳しいものになって、収まる気配がないのも、これはやむを得まい。

確かに制度上は手続き簡略化の優遇措置の問題だが、その対象から韓国を外すのが「安全保障上の理由」で「信頼できない」(つまり竹田のいう「胡散臭い」)という印象を補完するように、こうした貿易管理に関する日韓折衝がこの3年間(つまり文在寅政権になってから)途絶えていると言う、これまた最初は出所が定かでない情報がまず自民党議員など(例えば小野寺元防衛大臣)から喧伝され、これもまた経産省が後から追認する格好になった。

だが追認した経産省は、その3年の間に日本から韓国に協議を持ちかけたことがあったのかすら、明らかにしていない。ちなみに本来なら、日本側が問題を発見するなり危惧を感じたのなら、まず協議を申し入れるなり通告を行い、韓国政府にずっと無視された、というのでもない限り、客観的には韓国政府が責められる理由はないし、制裁ないし手続き変更は、そうした警告期間を経てから発動しないと、国際ルールに反し、やはり禁輸制裁で圧力をかけることが動機だと認識されても当たり前だ。

「北朝鮮の大量兵器開発に協力」説まで飛び出す荒唐無稽な印象操作

だいたい「安全保障上」重要な危惧が指摘されたのなら、韓国政府が無視するとはまず考えられないし、逆に日本側からの通告なり協議の要請がなかったのなら、韓国政府が気づかないまま3年が過ぎたところで、なんらおかしな所はないのだ。

そもそも日本の経産省が「急な注文や、量やスペックの変更が多いのは怪しい」と言い張ったところで、それは単に韓国と日本のビジネス文化の違いでしかないし、やたらと杓子定規で事務的手続きが無駄に多く、判断変更の即応性が低いことは、日本の生産性が下落している理由のひとつとしてエコノミストがしばしば指摘されることだ。

なのに日本の国内限定の世論では、事実関係や詳細な理由が定かでない情報だけが、メディアやSNS上で一人歩きし、テレビでも安倍政権に近いと噂されるコメンテーターやら自民議員やらが発信源となって、韓国が北朝鮮と結託して日本の戦略物資を金正恩の大量破壊兵器開発のために横流ししているかのような話まで独り歩きを始めた。

…と言うより、ワイドショーなどで盛んに出て来た、フッ化水素酸が核兵器開発のウラン濃縮の触媒になったり、サリンやVXガスの原材料にもなる、と言うような情報も、これまた経産省や防衛省などのブリーフィングや「政府関係者」「与党関係者(防衛族議員)」が記者たちに教えたことだろう。そしてワイドショーでは「VXガス」へのほとんど自動的な反応として、金正男暗殺事件で使われたのがそのVXだったことを例示として挙げることになる。

だがこうした印象操作は言うまでもなく、ちょっと考えれば荒唐無稽でしかない。韓国と北朝鮮の関係が急速に改善に向かったのは昨年の平昌オリンピックが契機で、経済制裁が解除されないことから「瀬取り」なる密輸入で北朝鮮に原油などが韓国から流れたり、北朝鮮産の石炭が密売されて北朝鮮の外貨獲得になっていると言った疑惑が出たのはその後の、特にシンガポールでの米朝会談が実質的な成果なしの形だけで終わって以降のことだ。

そしてその時点で、北朝鮮はすでに核開発を凍結しているし、核搭載の大陸間弾道弾開発に向けた目立った兆候は見られない(今後必要な実験の規模からして、ミサイル発射も核爆発実験も、諸外国から隠すことは不可能)。

現在の朝韓友好ムードを勝手に時間を遡って過去を歪曲する印象操作

金正男暗殺事件の時点では、南北関係は最悪だった。病死・自然死扱いになりそうだった金正男氏のクアラルンプール空港での急死を暗殺だったと告発し、北朝鮮を激しく非難したのも韓国政府だ。この発覚が皮肉な偶然で、金正男氏が北朝鮮のパスポートを持っていたのを、空港の係官が勘違いで韓国大使館に連絡してしまったので分かったこと、北朝鮮大使館の係官が遺体を引き取りに来ていれば、事件はそのまま「心臓発作」扱いで闇に葬られていただろう。

しかもそもそも、サリンやVXの製造やウラン濃縮に使うのであれば、普通のフッ化水素で十分だ。韓国への輸出で日本政府が突然問題にし始めたフッ化水素酸は半導体の洗浄などに使われる99.99%以上の高純度で、桁外れに高価でもある。つまりサリンやVXの製造やウラン濃縮には、そもそも関係がないのである。

こうした印象操作の当てこすりが日本のメディアで垂れ流しになると、韓国政府は即座に対応して、この4年間の貿易管理上の不正行為の摘発事例を公表して取り締まりが政府の責任で行われていることを示した。不正輸出先は主に、韓国のハイテク企業が工場を置いているヴェトナムなどの東南アジア、つまり自社内での物資の移動なのでちゃんと届け出をしていなかっただけのことだった(つまり日本のように事務的な杓子定規慣行がないと、ついやってしまうミス程度のこと)。もちろん北朝鮮に横流しされた事実など確認されていないわけで、韓国政府は日本政府に根拠の説明を求めた。

そこで日本側は「説明」すると言って韓国側の事務レベル担当者を東京に呼び、その担当者は当然ながら問題解決の協議とみなす事務レベル会合が経産省で開かれたのが7月12日だ。だがこの経産省によれば「事務的説明会」の結果が、ますますわけが分からないのだ。

なにしろ韓国側の発表によれば、第三国への流出の疑いが安全保障上の懸念というわけではなかったらしく、北朝鮮に横流しされた疑惑は日本の経産省自身が否定し、こうして「VXガス」印象操作報道も、週明けには日本のメディアから一切消えてしまった。

結局未だ明らかにされない、曖昧なままの制裁の理由

ではいったいなにが、日本側が主張する「不適切な事案」なのだろう? 日本側が「事務的説明」だと言い、韓国側が「協議」と認識して当然のこの会合は、5時間も6時間もかかったのだが、一体なにを話し合っていたのだろうか?

日本側は「説明をした」と言うのだがその詳細は不明で、ここに至るまで具体的になにが問題で韓国への輸出に対する手続き簡略化の待遇を止めたのか、日本政府から公式な説明は一切ない。

直接の政府関係者ではない細川という元官僚が(おそらくは、政府の意向で)テレビで解説する「専門家」として出ずっぱりになっている。他ならぬ輸出管理の元担当局長だそうだが、肝心の「不適切な事案」の中身について曖昧な説明しかしてくれない。韓国に対する優遇措置(いわゆる「ホワイト国」扱い)を決めたのもこの細川氏の在任中だったそうで、自分がちゃんと教えてやったのに韓国がまったく理解していない、韓国の輸出管理がデタラメなので容認しては日本が国際安全保障上の約束を守れなくなる、と視聴者の韓国蔑視・人種差別を煽るような発言を続けるばかりで、具体的な内容はまったく不明なまま、挙句にこれは「禁輸」でもないし「制裁」でもなくただの国内手続きの見直しで大したことではなく、韓国が誤解して過剰反応しているだけ、「冷静になれ」と説教を始めている。

テレビ局の方でも多くがこの印象操作に協力して、数日前には自分たちがサリンやVXだと言っていたことはすっかり忘れたように、今度はフッ化水素が毒物劇薬で危険であることをわざわざ大学研究室を取材して強調し、2012年に韓国で試験操業中だった高純度フッ化水素生産工場の爆発事故の映像まで取り上げて、「防護服やマスクをしていない」といかにも韓国人が無知で野蛮だと言わんばかりの印象操作に徹している。だがちょっと待て、爆発の映像はプラントの外側を撮影したものだ。事故がなければ建物の外の環境中にフッ化水素が露出しているわけもなく、外側の作業では直接扱う時のような防護は必要がないはずだ(逆に必要だったら平常営業で環境を汚染し続ける工場となるわけで、そっちの方が大問題)。

そもそも「安全保障」の実務がひどく苦手なのが日本

こうして牽強付会に、実は直接関係のないことを持ち出して「韓国(人)はこんなにいい加減だから信用できない」と言わんばかりの印象操作を続ける一方で、日本ではまるで報道で言及されない現実としては、例えばアメリカの科学国際安保研究所(ISIS)が出した安全保障上の貿易管理制度のランキングでは、韓国の方が日本より上位になっている。北朝鮮への経済制裁にしても、日本は「独自制裁」と称して在日朝鮮人が本国に送る食料品などの類まで摘発している一方で、安保理決議で制裁対象となっている物資の管理に関しては監視取り締まりがずさんで、半導体洗浄用の高純度ではないフッ化水素酸の密輸入や石炭などの密輸出については、むしろ日本から北朝鮮に流れている疑いがあることも、国連安保理の制裁に関する専門家パネルで指摘されたことがある。

こういっては申し訳ないが、こういう軍事安全保障関連の制度作りや運用で、日本と日本人はやはりどうしようもなく「平和ボケ」なのだ。韓国は独立からまもなく朝鮮戦争が始まり、休戦にはなったものの「戦争状態」が今に到るまで継続している関係上、こうした現実的な問題についてははるかに対処に慣れていて、経験値も能力も高く、組織的対応のノウハウも心得ている。日本人が表面的な規則を守ることに関しては生真面目な国民性で、そこから見ると韓国人や中国人が「アバウト」で「いい加減」に見えてしまうのもわからないではないが、安全保障はマニュアル通りの危険防護をやっていればいい、というような分野ではないのだ。

また日本では(日本の「独自制裁」の中身が典型的だが)、在日朝鮮人の互助団体でしかない朝鮮総連を北朝鮮のスパイ機関か配下のテロ組織のように警戒するばかりで、そもそも経営が常に苦しい朝鮮学校への助成や高校無償化施策の適用ですら「北朝鮮の核開発に資金が流れる」などと警戒しているほどだが、本国でエリート教育でも受けたならともかく、そもそも生活ベースが完全に日本にある在日朝鮮人を、北朝鮮政府や労働党がそんなスパイやテロなどの機密ミッションで信頼するわけがない。

朝鮮総連に破防法を適用などと言う一部自民議員から出ている議論もどきは、単に露骨な人種差別で国際的に受け入れられないだけでなく、ちょっとでも戦争や諜報活動、国家危機管理の常識を踏まえれば、荒唐無稽であり得ない話でしかない。むしろ拉致事件を起こした工作員などは朝鮮総連に連絡も接触も、まずしていないだろう。極秘ミッションなのにその情報が日本の官憲に漏れるリスクを、みすみす自ら高めていることにしかならない。

韓国メーカーからすれば1、2ヶ月は工場を閉鎖しなければならなくなる非常事態

この「制裁」に関する論点を整理してみよう。日本政府が今度は「国内手続きの見直しでしかない」とまで主張し始めていることは、安全保障上の戦略物資、つまり軍事転用が可能なので輸出の監視がそれぞれの輸出国に義務付けられている品目の一部について、韓国向けの輸出に関するルールを変更する、と言うのが、確かに手続き上の実際ではある。

こうした「戦略物資」は基本的には毎回毎回、輸出する側が輸出許可を経産省に申請し、所定の項目が審査され、経産省が許可を出して始めて輸出ができるのが、対韓国の輸出の場合は手続きが簡略化されて、毎回90日前後かかると言われる許可申請が免除されて来た。

この扱いを俗に「ホワイト国」とその業界では言うそうだ。先述の元経産相の細川と言う人物によれば、アジアで日本がこの「ホワイト」扱いをしているのは韓国だけだったので、「他のアジアの国と同等に戻すだけ」なので、大したことはない、のだそうだ。しかもそうしなければ他の、と言うか欧米諸国の水準を日本が満たせなくなって「国際的信用」を失うのだと言う。

「ホワイト」と言う俗語も含めて、まあなんとも分かりやすい白人至上主義の欧米崇拝とアジア蔑視を無自覚に垂れ流してしまうのも「これが日本の元官僚のエリートなのか?」とその国際感覚の欠如に呆れるばかりなのだが、またビジネスの実務の観点からしても「どこまで実務を無視した世間知らず?」と呆れるような話でしかないのは、さすがに本気では言っていまい。なんとか韓国側を貶めたい必死の屁理屈にしても、もう少しマシなことが言えないものだろうか?

例えば高純度フッ化水素酸は半導体の製造で必須の洗浄過程に使われる。半導体は少しでもチリやゴミが付着したりするだけでエラーを起こすので、厳密に洗浄できなければ生産ラインを止めるしかなくなる。今回の「見直し」がいきなり発表されてわずか3日で適用されれば、最低でも通常の許可申請に必要な90日間は供給が絶たれ、そのフッ化水素酸の在庫が尽きてしまえば工場は操業停止、雇用している従業員も無給の長期休業か、最悪解雇しなければ経営がもたなくなる。

しかも日本側の態度を見ていれば、本当に通常の手続きに戻しただけで、今後も申請から90日で事務的に許可が処理されるとも考えにくい。

むしろ「不適切な案件」がなんなのかも日本政府が明らかにしないままでは、90日経った挙句に「不許可」という結果になるリスクを防ぎようがないし、逆に今後は事務的に90日で許可申請が事務的に処理されるだけなのであれば、この「見直し」自体まったく必要性がなくなるはずだ。日本側が「不適切な事案」があったと言うのなら、そのための審査が強化されて余計に時間がかかるのでないと、今回の日本政府の決定自体が全く無意味で形式上のものにしかならない。

あまりに意味が分からないからこそ、常識的に考えて韓国側が実務上もっとも警戒するし、逆に言えばそこが日本側の真意だろうと判断できるのは、この「不適切な事案」があったとする理由があまりに曖昧で、基準もまるで明らかでないところだ。

なにしろ理由が不明では対応のしようがないだけでなく、もっと言えば今後も理由すら明示せずに「不適切な事案」を連発して許可を出さない、と言う露骨な嫌がらせの脅迫を続けて、徴用工などの歴史問題について韓国政府の態度を変えさせようとしている、と言う以外に、日本側のこの措置の真意はなかなか思い当たらない。逆に言えばそれこそが、この「制裁」を思いついた日本側の楽観的な見通しだったのだろう。

だが困ったことに、安倍首相の周辺がこのアイディアに飛びついて興奮するあまり、ついつい「これで徴用工問題に報復ができる!韓国が不満なら断交してやる!」と大喜びしてしまったのが、これを提案した経産省にとっては大きな誤算だったのではないか?

WTOに持ち込まれたら勝ち目がないとわかっている日本政府

一方で、客観的にはこれまたわけが分からないだけに、韓国側から見れば却って警戒心を呼ぶことがある。WTOなどに持ち込まれることに関して日本が完全に逃げ腰で、国際的には勝ち目がないという手の内をさらけ出しながら、うわべだけは必死で強気のポーズを取っている空回りっぷりだ。

このちぐはぐさは。劣勢が予想された参議院選挙のためのパフォーマンスにすぎないから最初から実のところ弱腰なのだ、と考えても良さそうに思えるが、韓国政府や韓国企業してはそんな楽観的な予測が裏切られた場合、それこそ身動きが取れなくなるだけに、逆に警戒するし、却って頑なな強硬姿勢を取らざるを得ない。

なにしろ日本側がこれをWTOに持ち込まれることを必死で避けようとしているのが、あまりにあからさまなのだ。WTOのルールでは二国間の貿易問題で協議を開始して60日で解決が見出されなければ、国際専門家パネルの判断に任せられることになる。常識的に考えればその「60日」の起算の日付になるのが、7月12日に東京で行われた日韓事務レベル会合だ。だが韓国側の要請に応じて会合の開催には合意したものの、日本側はあくまで「事務的な説明」だという。つまり、WTOに持ち込まれることをなんとか先延ばしにしたい意図があからさまだ。

ここでまたもや、いかにも安倍政権的な「やり過ぎ」のパフォーマンスがかえって失笑を買うことになった。経産省ではわざわざ粗末な会議室に日韓テレビカメラを入れて取材させ、ホワイトボードにデカデカと「事務的説明会」とプリントアウトした紙を貼り付けていた。これが日韓「情報戦」のつもりだとしたら滑稽なのが、ならばせめてハングルか英語を併記しろ、というところで、これまた国内向けパフォーマンスしか安倍政権には関心がないこと、経産省がその政権の愚かしい強硬姿勢に隷属させられていることがあからさまになってしまった。

5時間も6時間も何を話したのかはまるで説明がないまま、日本の経産省は「韓国側が説明を丁寧に聞いていた」と、いかにも自分たちが「論破」に成功したかのような印象操作を発表すると、あっけなく韓国側に反論されてしまった。韓国側は「原状回復」を主張したわけで、日本側が「直接に『撤回』とは言われていないから協議ではない」と言ったところで、稚拙な言葉遊びの詭弁の出来損ないにしかなっていない。

挙句に経産省が、テレビの「識者」「コメンテーター」の発言を追認する形で今言っているのが、これは国内の手続きを改めただけなので、そもそもWTOに持ち込まれるような多国間の貿易問題事案ではない、という主張だ。つまり、よほどWTOの国際専門家パネルに持ち込まれては、困るのだろう。勝ち目がほとんど見出せないのだ。

そもそも「国際社会で重視される価値」が理解できていない安倍外交の空回り

それはそうだろう。恐らくこの問題は、政権から経産省に「なんでもいいから韓国相手に使える手を探せ」と命令だか忖度期待の圧力があって、それで経産省がなんとかひねり出した「妙案」なのだろう。だがそれを淡々と進められて入ればまだよかったのが、これは官邸というか総理周辺の完全なフライングで、「徴用工問題の報復で韓国を制裁する」という話が先行して流れてしまったのだ。

国内的にはそれで安倍首相の支持層は喜び満足するのだろうが、国際社会の客観的な文脈では全く通用しないどころか、一連の歴史問題や、国連人権理事会で散々批判を浴びている人権や差別、言論の自由の保護についてのこの政権の危険性や、トランプべったりの外交姿勢が、批判の的になるだけの結果になってしまった。

しかも元から経産省がなんとか無理やりひねり出した屁理屈でしかないだけに、それだけでも反保護主義の姿勢を強めるWTOの国際専門家パネルには通用しない公算が高かったし、韓国の福島第一原発事故関連の日本の東北地方産の海産物輸入規制についても、WTOでは韓国の政策が理解されて日本の敗訴で終わったばかりだ。安倍政権は「安全保障」こそが国際社会でもっとも優先されることだと思い込んでいるようだが、もちろん現実の世界でもっとも優先される「国益」はぶっちゃけ「金儲け」つまり経済の順調な成長だし、建前上もっとも重視されるのは「一般の、消費者の安全」なのだ。

日韓請求権協定をめぐる日本世論の大誤解

さて、安倍政権が今や必死で自分で言い出したことを否定している所の問題の現下の本丸、「徴用工問題」だが、どうも日本では根本的な誤解が「日韓請求権協定」についてまかり通っているようだ。確かにこの協定が、日本の植民地支配の被害について韓国にお詫びしてその損害を賠償する協定だったのであれば、日本人から見て「慰安婦問題」や「徴用工」が「蒸し返し」に思えてしまうのもやむを得ないのかも知れないが、その認識がそもそも誤りなのだ。

「請求権」を整理することは、戦争状態などにあって一方が他方を占領したりしていた国どうしで国交を回復する際に、必ずクリアにしなければならない事務的な手続きでしかなく、第二次大戦後にサンフランシスコ講和条約などで確定した国際法慣例で、まず戦勝国・被害国による敗戦国・加害国への国家賠償請求は、否定されている。これは第一次大戦後のヴェルサイユ条約でドイツに莫大な賠償支払い義務が課せられ、炭鉱地帯や工業地帯の領土も奪われ、それが1929年の世界大恐慌でドイツ経済の破綻に結びつき、ナチズムの温床となったことへの反省からだ。この国際法慣例に忠実に従って、大韓民国政府は日本政府に、植民地支配の賠償は一切求めていないし、これが確認されたのが、「日韓請求権協定」でもっとも重要なポイントだ。

次に一方が他方を占領していたりした場合、例えば日本が朝鮮半島から撤退すれば、日本政府がその領域内で所有していた土地や、日本人が所有していた不動産の問題が残る。まず政府所有の国有地に関しては、そのまま無償で新しい政府の所有となるのが国際法上の慣例で、これを確認・確定するために、占領していた側の請求権放棄の協定が必要になる。

さらに日本の撤退後もその占領・支配領域に止まった日本人の場合はともかく、そこで逃げてしまった日本国民の不動産などの、その土地に残してしまった財産・資産の問題も残る。これは国内法上の措置で「不在地主」などの持つ主不明の資産は政府が没収して国有にした上で自国民に売却するのが国際的なスタンダードだが、これも元の日本人地主や日本人所有者が、その財産資産の所有権を主張して争わないように必要になるのが、こうした「請求権協定」なのだ。

「日韓請求権協定」が日韓基本条約に基づく国交回復に伴って結ばれたのは、まず上記の旧占領支配側の財産放棄を確定するためであって、「完全に解決」という条文は、国際法の常識ではこの部分を指す。つまり例えば、かつてソウルに大きなお屋敷を持っていた日本人の子孫が「あの土地はうちのものだ」と裁判を起こしたり、日本政府が突然に旧朝鮮総督府跡地を「あの土地は日本の国有地だ」と主張したりしないように「完全に解決」と書かれている、とみなすのが通常の国際法解釈だ。

次に日本では「個人賠償の代わりに経済援助」とだけ理解されている項目があり、これは確かに「日韓請求権協定」だけに見られる、国際法的にはいささか異例の処置だった。ただしこれは慰安婦を対象としたものでは全くないし、徴用もそこに含まれるかどうか微妙な上に、「請求権協定」で対象にできるのは金額が原則確定できる、確定した経済的損害だけなのが通例だ(これは先述の不動産などの残留財産の扱いと同じこと)。つまり徴用に関しても、未払い給金などの問題しか、この場合の「請求権」の対象にはならない。

そもそも慰安婦制度の実態は当時まったく不明だったし(今日でも人数は推計しかできない)、徴用についてもかろうじて大まかな人数が分かる程度のことだし、基本条約と請求権協定の当時の交渉担当者のインタビューなどを見ても、徴用のことですら日本側の「頭にはあった」「考えてはいた」という証言しか出ていない。これも姑息な言い換えでしかなく、つまり韓国側に伝えた訳でも、議論したわけでもない。

巨額の経済援助は、韓国籍の旧軍人に生涯に渡り支払われるべき恩給の代わり

そもそもここが大きな誤解なのだが、「個人賠償の代わりに莫大な経済援助」の対象は元慰安婦でも徴用工でもなく、まったく別の人たちなのだ。ところがその人たちの存在自体が日本では忘れられているので、「慰安婦と徴用工のために払ったお金」だと日本国民が誤解してしまっている。

だがこの個人「賠償」の「個人」とは、日本軍の軍人・兵士や軍属だ。彼らには旧日本軍から戦後の日本政府に引き継がれた義務として、未払い給金の清算は当然で、さらに亡くなるまでの恩給と、遺族年金が支払われなければならなかったはずなのが、大韓民国の独立に伴いその支払いは停止していた。

その韓国国籍になった旧軍人軍属の、もらえるはずの恩給などがもらえていなかった「損害」を処理したのが、日韓請求権協定のもう一つの重要な役割だったのだ。旧軍人軍属の残りの生涯に渡って日本政府に支払い義務があった恩給などの代わりだから、あれだけ膨大な金額になったのだ。ちなみに慰安婦や徴用工に対して行われた深刻な人権侵害の「賠償」は、そもそも犯罪行為である以上、こうした純粋に経済的な「請求権」を処理する協定の対象にならないのも、通常のスタンダードな国際法解釈だ。

そこを忘れているから、日本人から見ると「無理難題を蒸し返された」「永久に賠償金を搾り取られるのか」と言った誤解を生じてしまうのだ。

筆者などの世代なら、まだ幼い頃に、明治神宮や靖国神社で、ボロボロの軍服に松葉杖だったり、手や足がなかったりする傷痍軍人が募金を集めているのを見かけたものだ。あれは実は韓国朝鮮籍の在日コリアンの元日本兵で、恩給などの支払いの権利を奪われたので、生活に困窮してああいう姿を晒すしかなかった人たちだったのだ。

彼ら韓国籍・朝鮮籍の元日本兵には、天皇に忠誠を誓って命がけで戦ったはず(朝鮮半島の徴兵は終戦前の1,2年だけで、それ以前は志願制)の日本政府からも、新たな祖国のはずの韓国政府からも裏切られたという、深い怒りがあった。そこに焦点を当てた大島渚監督にTVドキュメンタリー『忘れられた皇軍』は当時高く評価され、日本映画史上の傑作としても名高いが、一般にはあまり知られておらず、今では見る機会もあまりないが、もしチャンスがあればぜひ見て頂きたい。

そして見終わった時に思い出して欲しい。日本が韓国に支払った巨額の経済援助は本来、無数にいた彼らのような人たちの老後を支えるためのお金だったのだ。「請求権協定」をめぐる誤解も、一気に払拭されるだろう。


現在の「徴用工裁判」はそもそも国際法の対象ではない

河野太郎は韓国大使相手にも「国際法違反の状態」と声を張り上げていたが、すでにお気付きのように、日韓の現在の対立は「韓国の請求権協定違反」ではなく、請求権協定の解釈の違いに過ぎず、論理的、かつ国際的な通例解釈と、日本政府の主張する解釈がかけ離れているだけでも、国際司法裁判所に日本が提訴したところで、勝つ見込みはほとんどないだろう。だから河野はいざ「仲裁委員会の設置」を本当に韓国政府に断られた途端、「国際司法裁判所」とは口に出来なくなったのだ。

どうやら安倍政権では、本気で例の三品目「制裁」圧力で、韓国が折れて「仲裁委員会の設置」に合意すると本気で思い込んでいたらしい。いや第3国の仲裁なんて引き受ける国があろうはずもなく、最初から真面目に言っているとは思えない話だったのだが。

さて国際司法裁判所でも、万が一日本のかなり変わって無理がある詭弁めいた決めつけ解釈が判事に通用したとしても、それに伴う犠牲は測り知れない。「明治の産業革命遺産」の世界遺産の時よりもはるかに大きな規模で、あの時はほんの数日だったのが、今度は数週間から数ヶ月に渡って、欧米のメディアを中心に、かつての日本の軍国主義と戦争犯罪の歴史の再検証と、外国人強制労働(英米の捕虜も含む)の実態が報道され、安倍政権への批判が国際世論に渦巻くことになる。産経新聞と自民党右派がやっている「歴史戦」キャンペーンなどは物笑いのタネにされつつ徹底批判され、その背後にいる安倍政権は国際的な信頼を決定的に失うだろうし、東京五輪のボイコット運動すら始まるかも知れない。

そもそもそうした「歴史戦」のほとんど唯一の論拠は「証拠がない」から「でっち上げだ」で、「GHQが日本人を洗脳」となるわけだが、確かに証拠となる直接の公文書記録がないため、慰安婦制度も徴用命令などに基づく強制労働も実数や実態の把握すら困難なのは、日本軍と日本政府がそうした記録を大々的に破壊して証拠隠滅を諮ったからだ。この広く知られた史実を持ち出されれば、「盗人猛々しい」の一言で「歴史戦」などは完敗する。

アメリカ大統領がまだドナルド・トランプだからいいようなものの、もし来年の大統領選挙で民主党が勝てば、民主党予備選の第一回討論会でがぜん注目を集めたカマラ・ハリス上院議員のようなリベラル派の女性政治家からは、日本政府を公式に糾弾する声明が出たり、それこそ議会での日本非難決議すら出されるかも知れない。いやトランプだったら安倍の味方をしてくれるわけでも無論ない。日本を脅して貿易交渉を有利に運ぶカードに利用れるだけで、かえって我々国民の利益を損ねることになりかねない。

それに国際法の法論理の上でも、日本の主張は破綻している。すでに述べたように徴用工も慰安婦も、請求権協定の交渉で直接の議題にほとんどなっていないし、拡大解釈で対象とみなすとしても、徴用された労働者の未払い給金のうち日本政府が支払うべきだったものの範疇のみと考えるのが、これが政府間協定である以上は当たり前で、そうでなければ個人の財産権という自由主義体制の基礎が侵害されることになる。

そもそも犯罪行為の賠償が、犯罪の事実の認定なしに決められるはずもない

しかも人権侵害つまり犯罪行為の被害の賠償は、こうした協定の適用範囲にはそもそも含まれないとみなすのも通常の国際法解釈だ。そもそも国際法以前の問題で、犯罪行為の被害の賠償の規模や金額は、まずその犯罪の事実をしっかり認定しないことには、決めようがないのが、法の支配における当たり前である。給料や恩給のようにもともと確定した契約があるケースとは違うのだし、被害者が訴えているのも賠償金は民事訴訟のための口実に過ぎず、司法の場において犯罪行為の事実認定がしっかりなされることだ。

確かに韓国政府も請求権協定の解釈について、慰安婦にも適用されるかどうかを曖昧に済まして来たし(だから河野談話の際にも被害者の求めていた「賠償」ではなく「お見舞金」で済んだ)、徴用については事実上、未払い給金ぶんについては請求権協定に含まれていたと解釈して、生存被害者への経済的補償を行ったこともある。ちなみに文在寅がその側近だった、盧武鉉大統領の在任中のことで、動機はむしろ右派軍事政権に虐げられて来た元被害者への人道的な配慮が主たる目的だった。韓国の司法も従来、そうした政府の姿勢を追認する形での判断を出して来た。

だがまず民主主義の国家で政権交代がある以上、条約や政府間協定の解釈が異なった政権では変更されるのは、通常の法的措置の範囲内でしかない。司法判断も何も問題がなければ前例の判例が踏襲されるのが普通だが、必要があれば判例を覆す判断でより高度な正義を希求することもまた司法府の国民に対する義務となるのが法治国家の常道だ。

しかも今回の徴用問題に関する韓国大法院(最高裁判所)の判断は、あくまで民間の個人に対する韓国内で経済活動を行う民間企業による賠償を命じたもので、国際法とはあくまで国家間の問題解決のための法体系である。「国際法違反」を持ち出すこと自体が筋違い、というのが、これまた通常の法論理であり、日本企業だから特別扱いしろ、それが国際法だ、と日本政府が言い張っているのは、国際法の基本的な大原則に反する。

そもそも第二次大戦後の国際法は、国家の利益を守るための法体系ではない。国家がそれぞれの国民の人権や財産権を守り、その利益に貢献する義務を負っていると考えるのが、国連憲章などに明記され、例えば日本国憲法の前文にも踏襲されているような、近現代の国際法の基本理念である。どうも安倍政権はその基本の部分が分かっていないらしい。

SNS時代のエゴの暴走に欠如した、他者への想像力と自らの無知の自覚

だいたい一般社会で傷害や暴行事件、力づくで脅して他人に何かをやらせようとした事件があったとしよう。その時に加害者が被害者にカネを提示して「これで黙れ」と言うようなことを権力者や金持ちがやってしまうことなど、許されるはずもない。そんな不道徳を国家がやってしまうようでは、誰がその国家の法を守る義務感を持つと言うのか?

それとも安倍政権は、強姦の加害者が被害者に金を渡して「和姦」と言いくるめれば処罰する必要はなく謝罪すらしないでいい、とでも本気で思っているのか? いや確かに、そういう事件も実際にあったわけだが、それを国家レベルでおおっぴらにやっているのは、国家の恥だと気づけないのだろうか?

しかも慰安婦問題でも徴用工問題でも、安倍政権がこうして黙らせようとしているのは実は韓国政府ではないし、「国と国との約束」などと言うこと自体が筋違いだ。問題はあくまで日本のかつての軍国主義の被害にあった個々人に、日本政府がどう償って許しを請うのかであって、日本国の権威と沽券がかかっているからこそ、本来なら完璧に道徳的な立場を貫かなければならないのが、日本政府の日本国民に対する義務のはずだ。

そもそも戦時中の日本軍・日本政府による外国人強制労働(朝鮮半島においてはまず「公募」の体裁をとった事実上の強制徴用があり、やがて徴用令が正式に適用された)問題とはなんなのだろうか? まず「明治の産業革命」世界遺産の際に話題に登ったのだが、これは炭鉱や造船所、製鉄所などの危険な重労働に朝鮮人(法的には一応、当時は大日本帝国臣民だが、制度的な差別は厳然としてあった)や日本占領地の中国人、英米などの連合国捕虜が強制で従事させられたことだ。これは現代の自動化された製鉄所や造船所しか知らなければなかなか想像がつかないことかも知れないし、炭鉱労働がどれだけ過酷でしかも危険なのかも、現代人はほとんど知らないかも知れない。だが戦後になっても、世界遺産に指定されていて、外国人強制労働問題もある三井の三池炭鉱では、粉塵爆発で大規模な落盤を伴う事故が起こり、その被害は今も継続している。地下深い炭鉱(しかも三池炭鉱は一部海底)では火災や爆発だけでなく、酸欠でも多くの人が亡くなるし、運よく生き残っても酸欠や一酸化炭素中毒による脳の損傷に一生苦しむことが多いのだ。

また筆者自身は神奈川県逗子市の池子米軍住宅についてのドキュメンタリー映画を撮っているが、ここは住宅になる前は米海軍の弾薬庫、元は日本海軍が作った「東洋一の弾薬庫」で、戦時中には山にトンネルを掘削して弾薬庫を作ったり、火薬や爆弾の製造、戦争末期には特攻作戦用の飛行機や潜水艦の製造も行われ、その労働に従事させられた人の多くが当初は刑務所の受刑者、そしてまもなく徴用された朝鮮人が従事していた。ちなみに正式に徴用令が朝鮮半島に適用される以前から、地元住人の認識は「朝鮮人の徴用工」だったし、その飯場の劣悪な環境について(「歩くとノミが膝まで上がってくる」などなど)の証言も、当時その近くに住む子供だった出演者(自身が日本軍に家を接収された家族)の口から直接語られている。

逗子から横須賀にかけての三浦半島は、「帝都防衛」の最終ラインとして海軍によって要塞化されたが、この時の主な労働力も(徴兵で日本人の若い働き手が激減したせいもあり)朝鮮人の徴用工だった(繰り返すが正式に徴用令が適用される前から、事実上の強制徴発で集められた朝鮮人労働者を日本でも「朝鮮人徴用工」と呼んでいたのだ)。横須賀には今でも大きな「朝鮮部落」が実はあるがあまり知られていないし、この池子についてのドキュメンタリーでも、逗子市在住の朝鮮人徴用工の子孫を、出演してもらった池子の元住人に紹介してもらったことがある。だが近所で仲がいいはずのその女性を、この実は在日コリアンである男性は、この時は烈火のごとく怒鳴りつけた。「娘も知らないことなのに、なんということをしてくれたのだ」と言うのだ。80代の高齢の女性を怒鳴りつけるとは、普段は温厚で礼儀正しいと言うこの男性にとってまさに異例の、考えられないような行動だ。それだけ負の歴史の根は今も深い。

今や多くの日本人が「そんな昔のことを」と思い込み、日本政府の(かなり無理がある)「日韓請求権協定で完全に解決」と言う説明を鵜呑みに出来てしまうのは、そもそも「知らない」からなのが最大の理由だろう。いやもっと言えば、少なくとも筆者の世代かそれより上の年齢なら、「知らない」と言うより「忘れている」のだろう。

非常に厄介なことに、かつての日本であればまだ、自分が知らなかったことを教われば、まず謙虚に耳を傾ける道徳心はあった。だが今のSNSの時代では、「自分が知らなかった」と言う事実をちょっと突きつけられただけで「バカにされた」「攻撃的だ」と興奮し始めるのが日本人の標準になりつつある。そして必死で単語で検索をかけて出て来たいい加減な「ソース」に飛びついて、自分の方が「知って」いるのだとマウンティングに走る人があまりにも多い(しかもそうして見つけて来たリンク先すら、ほとんど読んでいない)。

実は中国ではすでに和解している日本企業と言う明らかな不公平

だがちょっと冷静に、自分に距離を置いて考えてみよう。外国人強制労働にしても、「慰安婦」制度と称した軍専用強制売春組織にしても、いやそうしたことが行われた時代の日本について、我々は何を知っているのだろうか? 膨大な労働力を必要とした過去の製鉄所や鐵工所、造船所の、灼熱の現場の労働環境の過酷さがリアルに想像できるだろうか? 常に死と隣り合わせの炭鉱労働の危険性も、現代の日本人のほとんどがもはや知らないから、くだんの世界遺産決定の際にも、三池炭鉱の1963年の大規模爆発事故すらほとんど話題にならなかった。池子弾薬庫の朝鮮人飯場で歩くとノミが膝まで、と言うのも、ノミの現物すら見たことがない我々に、その劣悪な衛生環境が想像できるだろうか?

そうした事実がかつてあったこと、その被害者の存在を、カネの力で黙らせたり、「国と国との約束」と称して史実を誤魔化そうとすることが、果たして国家として正しい行為なのだろうか? それが「国益」だと思い込んで「強い外交」を政府に期待することが、国民として、いや人間として正しい行為なのだろうか?

実はこの外国人強制労働の被害について、韓国で訴えられて賠償が確定した企業のいくつかは、すでに同じ問題で中国で訴訟を起こされ、この時には和解している。和解金の金額はそんなに大きな額ではなかったし、韓国で訴訟を起こされた時にも、同程度の金額で和解できるのならそのつもりだったのが、それぞれの企業の経営陣だった。ところがそれを止めさせたのが安倍政権の圧力で、結果として同じ被害に遭いながら中国人は謝罪を受けて和解し、韓国人は拒絶されるという、国際法の原則に著しく反する不公平まで、日本政府が派生させてしまっていることになるし、その態度に対する懲罰の意味合いも込めて、韓国大法院が定めた賠償金額は中国での和解金の数倍になってしまった。

北朝鮮との交渉も控えている今、安倍政権はどこまで逃げ続けられるのか?

しかもどっちにしろ、日本政府はいずれ北朝鮮との国交正常化のための交渉に入らなければならない。日韓基本条約とそれに伴う請求権協定は韓国が朴正煕大統領の軍事独裁政権だった時代に締結されているが、この朴正煕は旧満州の士官学校で教育された、つまり事実上日本軍の将校だった人物で、安倍首相の祖父である岸信介とは戦時中から親交があった。つまり請求権協定自体が朴正煕が日本に過剰に配慮した内容で定められていて、その結果の経済援助が韓国の復興と経済成長に寄与したと言っても、それは日本企業や日本資本の進出による経済植民地化の側面も持っていた。なにも日本政府が謝罪なり韓国への善意のつもりで行った経済援助では、全くなかったのが実態なのだ。

さてでは、いざ日朝交渉となった時に、北朝鮮がこの請求権協定レベルの合意に応じてくれるだろうか? もちろんそんな甘い考えが通用するわけがないし、しかも北朝鮮が日本から勝ち取ることになる、元徴用工や元慰安婦に関する新たな、より条件のいい対応は、国際法の平等公正の原則により、韓国人被害者にも同様に当てはめられなければならない。

つまり安倍政権が今やっていることは、どっちにしろ無駄な抵抗、いずれ直視しなければならない問題の無益な先延ばしにしかならないし、また韓国相手にこう言う態度を取り続けているからには、安倍首相の言う「金正恩委員長と私が向き合う」云々は、口先だけの嘘でそんな気はまったくない、と言うことにしかなるまい。

果たして我々国民は、いつまでこんな「安倍外交」の破綻した欺瞞に騙され続け、付き合い続けるのだろうか?

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