サンバ以て壁を撃て!<序章>

もう何年前のことであろう。最強の格闘技と称されることもある「グレーシー柔術」の創始者・ヒクソン=グレーシーが静岡を訪問して、柔術試合の会場に現れた時に、日系ブラジル人・japonais-brasilienが狂喜して歓待したのは……!会場の空気は異常なほどに熱かった。観戦者の少なからぬ者は、日本社会に馴染めず、言葉は悪いが、不良化した少年・青年達だった。彼らにとってはヒクソンはまさしくヒーローだった。

年は約70年ほど遡る。伝説の武闘家・木村政彦がブラジルを訪問して、彼の地の日本人達から、これまた狂喜によって迎えられる。木村は現地のマラカナンスタジアムでエリオ=グレイシーの挑戦に臨むも、これを腕がらみで一蹴し、日本人たちの慶びの声が会場を鳴り響かせた。

しかし、現地日本人たちが気に入らぬことがあった。
それは大東亜戦争で日本が敗退したと、木村が口にしたことだ。
哀しい哉、在伯日本人たちは一貫して、日本の先勝を信じて、敗戦の事実を語る者がいれば、暗殺され、帰国事業詐欺・偽宮家詐欺などが流行り、カネをむしりとられたものは少なくなかった。そんな状況が10年も続いた、祖国は敗戦し、故国が棄民したというのに、日本の勝利を疑わなかったという事態が、だ。

90年代後半から日系ブラジル人が多く日本へと戻り始めた。
静岡は受け入れ先ナンバー1だ。そして、多文化共生の象徴ともいえるシズオカ・サンバ・カーニバルが始まる。

日本は祭り(カーニバル)で「和」=「共生共存」を尊ぶ習慣がある。そして、文化人類学に依れば、欧米のダンスが空に向かったジャンプなのに対して、日本国や南米・アフリカのダンスは大地へと向かう。近似性があるのだ。

シズオカ・サンバ・カーニバルを観ると、ブラジリアンや日系ブラジル人が目につく。しかし、溶け込んでいる。祭りによる融和=包摂=多文化共生……というのは、日本の伝統に依る。今年の黄金週間の終わりにも、シズオカの七間商店街にてカーニバルが行われた。それはまさしく、パリ市シャンゼリーゼ通りで行われるトロピカル・カーニバルのようであった(続)。

Par OIKAWA Henri-Kenji
主書に『沸騰するフランス』『フランスは最高!』がある。パリ市長やシラク財団(シラク大統領が代表)から、多文化交流への寄与を顕彰する親書を受け取る。フランス社会党員・欧州緑の党サポーター・仏ドキュメンタリー監督協会員・アムネスティ・フランス会員・連帯共和国サポーター・旭日大綬賞フィヨン前首相『共和国の力』創立メンバー・日仏政治学会員。『サンバの文化人類学』をテーマに取材中。

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