現代の“歌姫”中村 中 アルバム「天までとどけ」から伝わる心の叫び

  “歌姫”をラテン語ではディーヴァ(diva)という。ディーヴァには元々、女神という意味もあった。10代、20代の間でカリスマ的人気を誇るシンガーソングライター・中村 中(ナカムラアタル)さんは現代日本に現れた“歌姫”だ。現在22歳の中村さんはとてもスレンダーで、茶色の髪を肩にかかるくらいまで伸ばしている。“女神”と呼ぶに相応しい幻想的で不思議なオーラを全身から発している。彼女のファースト・アルバム「天までとどけ」を私は最近、入手した。
 
 彼女が作詞・作曲した12曲のCDとライヴの映像が3曲、DVDで入っている。ライヴの1曲「さよなら十代」を見ると、力強く歌う中村さんの姿が流れる。バック・ライトに照らされて神々しい雰囲気を醸しだし、中村さんが拳を握りしめてサビの「♪さよなら十代♪」と繰り返し歌う姿に思わず「カッコイイなあ~」と思った。 
 
 曲は「♪大人に成ったら 昔みたいに 殴り合ったりも 出来ないだろう♪」という歌詞から始まる。そして、サビで「♪さよなら十代 立ち止まれないさ さよなら十代 つまづいたとしても 一端の口を利きながら 世の中を走れ さよなら十代♪」と歌う。 
 
 大人になれば若い時のように無茶はできないと諭す歌詞で始まり、サビで「大人たちよ、とっとと卒業しろ!いつまでも10代の思い出に浸っているな!」という激励に似たメッセージを私は受け取ったような気がした。つまづいても人生は後には戻れないこと、時計の針は止まらず人生は立ち止まれないことをサビで諭している。「さよなら十代」を聴く度に、「社会でがんばれよ!」と中村さんから励まされているような気分になる。 
 
 “歌姫”の曲には共通点がある。それは「英語の歌詞がない」ことだ。すべて日本語で書かれている。若いシンガーソングライターとしては珍しい。中村さんのインタビューを色々と読んできたが、人の痛み・傷のよく分かる人なのだと思う。ありていの言い方をすれば、繊細なのだ。 
 
 それは彼女が「性同一性障害」を抱えていることに起因しているのかもしれない。彼女はトランスジェンダーの女性だ。男性として生を授かったが、幼い頃から自分の性(ジェンダー)に違和感を覚え、現在では女性として生きている。そして、彼女の恋愛の対象は男性だ。トランスジェンダーであるが故に、傷つくことも、哀しむことも多かったに違いない。そして、「男の子」だった時に「男の子」を愛することで思い悩んだに違いない。 
 
 10歳の頃に独学でピアノを始めた彼女は15歳になると独りで作詞・作曲を始めるようになり、20歳になるまでで100曲以上、書き上げた。彼女は思ったこと・感じたことを全て歌に託した。「天までとどけ」に収録された12曲は全作品から検討に検討を重ね選ばれたものだ。中村さんのココロの集大成である。彼女の真心・生心(なまごころ)・感性が全てにこもっている。これらの歌はだから、聴く人を時に励まし、癒し、慰め、悲しみに寄り添い、喜びを分かち合う。 
 
 中村さんのファンに好きな理由を聞いてみた。いくつか声を紹介したい。 
 
 「歌詞と声と共に中さんの“心の叫び”が伝わってくるから…。とても切なくて、もろくて、危なっかしい。でも優しくて、愛しい。そんなところに、心惹かれました」 
 「日本語だけを使って、人への純真さ、恐れ、葛藤、ささやかな喜び、自己否定の底にある希望、悪女な部分、強がりと複雑な感情を表している歌詞と声。『私の中のいい女』という永遠のテーマがあるから、若いのに凄いだけでなく、今後の彼女がとても楽しみである」 
 「一途な思いが切なすぎるほど伝わるからです!」 
 「強さも弱さも併せ持っていて、前に進もうとする人の美しさが中さんにはあると思います」 
 
 彼女が性同一性障害を公表する前に関係者を通じて、中村さんのことを知った同じトランスジェンダーの女性がいる。世田谷区議の上川あやさんだ。上川さんは中村さんの作品を視聴して「アーティストとしての話題性だけではないカリスマ性と実力を感じ」たという。「耳にした歌にも、創作された物語ではない、折々に現実に感じてきた心の叫び、みたいなものを感じ」たそうだ。そんな上川さんは中村さんの活躍を願って「『性同一性障害』あるいは〝性の越境者〟という触れ込みを越えて、人生の迷いや痛みや迷いもエネルギーに変えて、ますます輝いていかれるのだろうと期待してい」るという。 
 
 同じアーティストの目からは中村さんはどのように映るのだろうか。萌え系歌手でミニ・アルバム「MICO☆ROCK!」を世に出している井万里きよあさんは中村さんに会ったことがある。中村さんがグランプリを受賞した2004年の第5回「かつしかバンドフェスティバル」で、井万里さんは司会をしていたのだ。当時のライヴについての感想を聞いた。 
 
 「生バンドでやっていました。バンドですが、ドラムではなくパーカッション。演奏はオリエンタルなかんじがしました。また、その演奏にあたるさんの歌声がとてもマッチしていて完全に中村中の世界を作り上げているという気がしました。また、自分でピアノを演奏したりして、私は両手で演奏ができないので、弾きながら更に歌うということがすごいなぁーと思いました。またギターも弾けるので本当に感心させられました。間のMCは、しっとりと軽く冗談もいれながらだけど、やはり世界観を壊すことはなく、伝えたいものがあるんだな……ということがすごく伝わりました。」 
 
 井万里さんは中村さんを次のように評価する。 
 
 「凄くキレイで素敵だけど、やはり辛い思いを沢山してきた人としての厚みがあると思います。そして、心がかわいくてだけど、中性的でそれがとても神秘的というか、彼女の魅力だと思います。楽屋では、とても明るく楽しい笑顔が素敵な方でした♪」 
 
 中村 中さんは目下、セカンド・アルバムをつくるために奔走しているという。22歳で才能を開花させている彼女が、これからもたくさん素晴らしい歌を披露することを、私は心の底から楽しみにしている。

OIKAWA Henri-Kenji


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