ガザへのイスラエルの攻撃が続く中、アモス・ギタイ監督作品『アナ・アラビア』がフランス公開

8月6日(水)から、イスラエルのアモス・ギタイ監督の『アナ・アラビア』がフランス全国で劇場公開されている。

http://www.allocine.fr/film/fichefilm_gen_cfilm=222982.html

同作は前年のヴェネチア映画祭で発表され、日本でも東京フィルメックス映画祭で上映されている。

http://filmex.net/2013/ss06.html

パレスティナ人の妻として一生過ごしたレイラ・ジェバリーヌが
ユダヤ人であることと、ホロコーストの体験を子どもたちに告白

『アナ・アラビア』は実話にインスパイアされた映画だ。テルアヴィヴ南部のアラブ人居住区域ヤッフォで、パレスティナ人の妻として一生を過ごしたレイラ・ジェバリーヌが、亡くなる前に子どもたちに自分がユダヤ人であることと、ホロコーストの体験を告白した。そこに想を得たこの映画は、イスラエル人の若い女性ジャーナリストがヤッフォとテルアヴィヴ市街の境界地域にある、中庭に囲まれた簡素な家々を訪ねることから始まる。

撮影されは2013年の1月。当時はこのガザ戦争の勃発はまったく想定されていなかった。それが今のタイミングでフランス公開になるのは皮肉な偶然だが、だからこそ批評家ジャン=ミシェル・フロドンは「平和のための迷宮」と題して雄弁にこの映画を擁護している。

http://www.slate.fr/story/90631/ana-arabia

ギタイ監督はいわばイスラエルの反体制派で、80年代にはイスラエル国営テレビの出資で撮ったデビュー作のドキュメンタリー『家』と第三作『フィールド・ダイアリー』が放映禁止になり、その第一作のVHSテープと第三作の撮影フィルムを持ってフランスに亡命。90年代にラビン政権が和平交渉を開始したのに合わせて帰国し、イスラエルを代表する映画作家として活躍を続けている。

だが反体制派と言っても、ギタイはただイスラエル政府や右派を批判してパレスティナ側を代弁する作家ではない。むしろギタイが批判的に問うのは、双方の対立を促す構造そのもの、パレスティナとの対立をある意味必要とすらしているイスラエル国家の構造的問題、その実存的矛盾である。

ユダヤ人でありパレスティナ人でもある娘たち

『アナ・アラビア』で元になった事実から若干設定が変えられているのは、その「アナ・アラビア」と呼ばれたホロコースト生存者の女性が、生前から自分がユダヤ人であることを明かしていて、母親がユダヤ人である以上、娘達も自分がユダヤ人になると分っていることだ。そして父はパレスティナ人であるので、彼女達はパレスティナ人でもある。

アナ・アラビアの夫、パレスティナ人である隣人達、そして娘達がそれぞれに彼女の思い出を語り、ユダヤ人とアラブ人が共存していた記憶を甦らせる。そこには例のイスラエル国営放送に破壊されかけた第一作と第三作のあいだにギタイが撮ったドキュメンタリー『ラシュミア谷の人々』と、その10年後、20年後の続編で語られたことが、今度はフィクション映画の台詞として使われてもいる。ラシュミア谷はハイファ、ヤッフォはテルアヴィヴだ。

さらにアナ・アラビアの人物造形には、3年前に暗殺されたパレスティナ人/イスラエル人の俳優ジュリアーノ・メール=カミスのその母、やはりユダヤ人だがイスラエルのパレスティナ人差別政策に反対し続けた人権活動家アルナ・メールの記憶と、ギタイ自身の母で初期シオニズムの伝説的な人物であった(初の現代ヘブライ語のネイティヴ・スピーカーとも言われる)エフラティア・マルガリット・ギタイの記憶も、かなりはっきり反映されている。

友愛と共存の地としてのパレスティナの
記憶が凝縮されたひとつの簡素な中庭

ひとつの簡素な中庭が、表向きの戦争の歴史に隠されて来た友愛と共存の地としてのパレスティナの記憶が凝縮されたミクロコスモスと化し、記憶と歴史、様々な過去の時間が重層的に重なり合う空間となる。それが民族や国家の大きな歴史ではなく、個々人の体験という小さな、しかしかけがえのない歴史として、一人一人の人間の声として語られる。そのすべてが、あえて80分間のワンカット、つまりひとつの連続した時間と空間として映し出される。

ホロコーストと独立戦争の体験者だったアナ・アラビアと同世代の夫、その子の世代になる気のいいパレスティナ人の男達(女性ジャーナリストは彼らにとって「お客」であり、客の歓待はパレスティナ人にとってもっとも大切な美徳だ)と、アナ・アラビア夫婦の娘となる寡黙であると同時に雄弁な女達、そして若い女性ジャーナリストという異なった三つの世代が、だからこそ世代の時間差を超えて、ただ人間としての当たり前の礼儀と自然な好奇心で結び合う。

平和と共存があり得るかも知れないという希望はまだあった

だが本当にフロドンが書いたように、あえてこの時期だからこそ平和の希望を語っていることが重要なのだろうか? 80分の時間をこの中庭で過ごした女性ジャーナリストは、実はアナ・アラビアの顔すら娘たちの記憶のなかで消えつつある、と悟らされ、突然深い哀しみを背負ったまま出て行く。キャメラが上昇していつのまにか夕暮れになっている街を捉える。簡素だが暖かい、人間くさい中庭の空間の向こうには、現代都市として発展を続けるテルアヴィヴの高層高級マンションの建設が、すでに間近に迫っている。この中庭もまもなく立ち退かされ、尊い歴史と記憶の空間は現代都市に飲み込まれて行くだろう。

こんなことは誰も望んではいなかったはずだが、それでも『アナ・アラビア』が今公開されるのはある歴史の必然だ。『ラシュミア谷の人々』の三部作が撮られたとき(第三部は2002年)、それでも平和と共存があり得るかも知れないという希望は、まだあった。今それは、亡くなったアナ・アラビアの記憶と同様、かき消されていく過去のかすかな残影、亡霊のようなものに過ぎない。ヤッフォとテルアヴィヴのあいだに現れた平和と共存と友愛のいわば幽霊屋敷は、現代に飲み込まれて消えて行く。

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