北朝鮮の「核実験」と「人工衛星打ち上げ成功」の意味する現実のリスク by 藤原敏史・監督

またもや「事実上のミサイル」という言葉が日本のメディアを駆け巡り、防衛大臣が嬉々として破壊命令を準備していると吹聴し、地対空ミサイルが東京・市ヶ谷の防衛省にまで配備されるという珍事が繰り返された。日本やアメリカ側の公式の理解でさえミサイルの「実験」、まして北朝鮮政府の主張は「人工衛星」なのだから、この光明星ロケット打ち上げ自体が日本にとって直接の危険にはなるはずもないのに、過剰反応の大騒ぎ(バカ騒ぎのお祭り)の陰で、北朝鮮の動きの本質や意図を分析してちゃんと対応を考えるような姿勢は、日本政府には相変わらずまったく見られない。

一年前にイスラム国による人質事件の責任を追及されたとき、テロリストの意図や動機を「忖度」などしない、それはテロリストに味方することだと言い放ったのが安倍首相だ。だが外交交渉や安全保障や戦争は、相手国の利害や目的、敵なればこそその真の狙いを「忖度」しないことには、有効な手を打つことなど出来ない相談である。どうもこの内閣は、外交や戦争の基本すら分かっていない平和ボケらしく、これで日本の国益や国民の安全を本気で守れるのか、まことに心もとない。

焦点は、アメリカ東海岸が北朝鮮の核ミサイルの射程内に入った可能性

もちろん前回の「事実上のミサイル」と今回では、アメリカ政府や周辺諸国の対応もまったく異なっている。前回はCIAが早々に衛星が周回軌道に乗ったことを確認公表しただけで問題にしなかった(つまりは無視した)のがオバマ政権で、韓国政府もすぐにそのアメリカの「人工衛星だから特に問題にしない」という態度に同調し、日本政府だけがムキになって騒ぎ続ける格好になってしまった。だが今回は一昨年辺りからにわかに「弱腰外交」が叩かれがちなオバマ大統領(確かに、イラクやシリアの内戦への介入をためらったことが、イスラム国の台頭を招いてしまった)は、次期大統領選挙を控え民主党候補の勝利のためにも強気の姿勢を見せなければならない立場だし、それ以上に北朝鮮のロケット打ち上げ/ミサイル実験(技術的には本質的に同じこと)自体が、国際安全保障においてまったく異なった文脈を持ったのも確かだ。

言うまでもなく、大きな違いは年明けの核実験だ。北朝鮮が「水爆実験に成功」と発表したこと自体は観測された地震波の規模などからみてかなり怪しいにせよ、核爆発装置の小型化に成功したのはほぼ確実だとみられている。つまりはミサイルに搭載可能な核弾頭を北朝鮮は手にしている可能性が高く、そして今回の光明星ロケットはミサイルとして使用した場合の飛距離が前回の1万キロに対し1万3000キロ、東海岸のワシントンDCやニューヨークも含めたアメリカのほぼ全土が射程に収まる計算になる。

だからアメリカが危機感を露にするのも当然にせよ、国連安保理を動かしての制裁強化や韓国への対空ミサイル技術の供与といった強気の「対抗策」は、むしろやむを得ないポーズ(立場上、強気姿勢を演出しなければならないからやっているだけ)に見える。経済制裁の強化に中国が難色を示し話がなかなかまとまらないのも、北朝鮮に交渉しようというサインを出し続けるための出来レースの匂いが濃厚だ。

表面では強気を演出するアメリカの避けて通れない本音

確かに中国が厳格な経済制裁を課せば、現状中国との経済取引が圧倒的に大きい北朝鮮を、餓死者すら出る事態にまで追い込むことも出来るはずだ。しかしその結果北朝鮮政府がどう動くのかといえば、脅しと圧力に屈服し核開発を抑制する交渉に乗るかも知れないが、しかしその北朝鮮はすでに1万3000キロの射程を持つ大陸間弾道ミサイル技術を持っていて、しかも核弾頭の小型化に成功しているらしいのだ。餓死者が出るほどに追いつめられれば、北朝鮮が対抗で小型化した核弾頭とロケット/ミサイル技術を実戦で使う可能性を排除してしまうのは、安全保障上の愚の骨頂、自殺行為にすらなりかねない。

アメリカとしては今のところ立場上の建前では強硬な態度を取らざるを得ないが、今までの、いざと言う時にはいつでも北朝鮮に向けて沖縄の基地から核攻撃が出来るという一方的な「核の優位」が揺らいでしまっているのが、この核実験とミサイル/ロケット打ち上げのもたらした現状だ。

この現実を見落としてヒステリックな感情論に耽溺するのは極めて危険だ。もちろんアメリカ全土、とくにその中枢が、北朝鮮による核攻撃が可能な範囲に入ってしまったのならば、その同盟国で「核の傘」に依存して来た日本の立場にも影響はする。とはいえ、直接に我が国の安全が核攻撃に脅かされる事態になるわけではない。日本ならばテポドン・ミサイルでも射程内に入るので、北朝鮮にとって大陸間弾道弾がそもそも必要ない標的だ。むしろ大陸間弾道弾が出来れば日本が核攻撃されるリスク自体は下がるのは、自国の本土から出来るだけ離れた場所を狙った方が放射能汚染などのリスクが減る以上は当然だし、しかも日本には数十万の、北朝鮮にとっては自国の公民である在日朝鮮人が、それも真っ先に核攻撃の対象になるであろう都市部に集中して居住している。

そもそも北朝鮮にしてみれば、核武装は日本を意識してのことではなく、「核の優位」を誇って来たアメリカに直に対抗するための政策だ。日本外交がいつも通りにアメリカの言いなりになるであろう当然の想定も含めて、北朝鮮にとっては拉致問題の再調査を巡る日本との交渉が完全に膠着状態に陥ってからというもの、「対日本」の外交的な優先順位は今や極めて低い。

いわば蚊帳の外に置かれたかっこうになったからこそ、安倍政権がミサイルを撃ち落とすと公言してみたり、今度は「独自制裁」などと息巻いているのも、素通りされて無視されたことがシャクに障っただけなのではないか、と意地悪な邪推すらしたくなる。

人工衛星の打ち上げ成功は、北朝鮮にとって核ミサイル以上に重要

なお今回の打ち上げでも、北朝鮮は地球の周回軌道に衛星を載せることに再び成功している。一方でアメリカなどの軍事当局の分析では、衛星やミサイル弾頭の大気圏再突入技術はまだ完成されていないらしく、「ならば人工衛星打ち上げ以外のなにものでもない」で客観事実としては終わってしまうはずなのだが、しかも北朝鮮にとって「人工衛星の打ち上げに再び成功した」ことも、大陸間弾道弾ミサイル開発の成功と同じくらい、いやそれ以上に重要かもしれないのは、見逃さない方がいい。

日本のメディアでは北朝鮮政府の「国威発揚」を批判的に論評しがちだが、我が国だって誤算と失敗続きだった「はやぶさ」計画でさえ運良く偶然に採取できた小惑星の土壌サンプルを載せて帰還した時には全国が「おかえりなさい」「快挙」と大変な喜びようだったし、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに行く程度のことでも未だにテレビの報道時間を独占するのが通例だ。宇宙計画には夢があり、だから政府が人気取り・国威発揚に利用するのは、別に北朝鮮が特別なわけではない。

しかも単に国威発揚として、北朝鮮国民ならば(政権にどれだけ不満がある人でも)「我が国の技術力は凄い」と誇らしく思えるだけではない。自力の人工衛星打ち上げに成功した国は世界で11カ国しかないのが、北朝鮮が2回やって2回とも成功というのも、単純比較は専門家に「そんな短絡的に判断していいことではない」と叱られるだろうが、それでもたとえば日本のH-2ロケットよりも信頼性が高い、とすらみなされかねない。

世界中の国や企業が通信インフラなどの整備のために人工衛星を必要としている時に、実用化レベルで安定して運用出来ているのは(アメリカがスペースシャトル計画を放棄した今では)ロシアくらいしか見当たらないし、切り離されるロケット噴射部分が落下する先が海か砂漠でなければ危険になる関係上、内陸国には基本、人工衛星の打ち上げ手段がなく、衛星打ち上げ技術を持っている国に依頼するしかない。日本だってH-2を使って外国の衛星を打ち上げるビジネスは狙っているが、最近でこそ名誉挽回はしつつあるもの、試行錯誤と失敗が続き成功率が決して高くなかった過去が足を引っ張り、海外からの受注はまだなかなか安定していないのが、将来的には北朝鮮もそうした外国の人工衛星打ち上げを受注する打ち上げビジネスに参入して外貨を得ることも、現実的な可能性として選択肢に入って来た。

こういうと前回も今回も周回軌道に載った人工衛星自体はどうも機能していないらしいことを挙げて「日本の方が進んでいるのだ」と言い張る人も必ず出て来るだろう。だが、まず日本が北朝鮮や韓国に「抜かれる」ことを異常に気にしているようには、北朝鮮にせよ韓国にせよ、日本のことを意識してなぞいない。

科学技術で日本の方が進んでいるのは当たり前だと思っているのが前提で、日本国内で妙にライバル意識を燃やすのはまったく馬鹿馬鹿しい敵愾心や危機感だというのがまずひとつ。

しかも北朝鮮がこれで国際的に売り物に出来るのは、あくまで衛星本体ではなくそれを打ち上げることであって、衛星本体は北朝鮮の技術ではなく外から持ち込まれる(それこそ世界的に最もレベルが高い水準の日本製の人工衛星だって構わない)のだから、北朝鮮に実用的な人工衛星を作る技術がないとしても、なんの関係もない。

「中国の属国」に甘んじたくない北朝鮮の意思表明

今回の「事実上のミサイル実験」ないし人工衛星打ち上げでもう一点注目すべきなのは、北朝鮮と中国との関係の明らかな変化だ。

年明けの核実験も中国は厳しく批判して来たし、今回はわざわざ朝鮮半島問題特別代表の武大偉が平壌を訪れ説得に当たっているのに、北朝鮮はその滞在中、しかも旧暦の正月(春節)に合せて打ち上げを実行した。日本のメディアでは「中国の面子が潰れた」と中国側から見た論評しかしていないが、北朝鮮の国民の側から見た時にどういう意味を持つのかがまったく抜け落ちているようでは、冷静な分析とは言い難い。

中国が圧力をかければ、中国に依存している北朝鮮は従うはずだと、他の国々も決めつけているし、中国もそう言わんばかりの態度で振る舞っている。そんな属国扱いが北朝鮮、とくにその国民からすれば大変に屈辱的であることを、我々はなぜかつい見落としがちだ。

だが金正恩政権はだからこそ、父の前政権から引き継がれた中国とのパイプも強いと噂される有力者たちを(父の代に蔓延した)政治腐敗の元凶とみなして次々と解任し、自分の叔父すら粛正して来た。そして今回の核実験とロケット(「事実上のミサイル」)打ち上げでは、自信をつけて堂々と中国の要請を無視し、中華文化圏でもっとも重要な祝日である春節(旧正月)に、あえて人工衛星の打ち上げ成功を祝賀するタイミングを持って来たのだ。

打ち上げの成功が中国にとっても米国にとっても脅威であっても、北朝鮮国民にとっては手放しで賞賛し大喜びすべき慶事なのは、別に北朝鮮が強権的な全体主義体制で祝賀が強制されているからではない。

体制にもっとも不満がある層にとってすら、こればかりは全面的に喜んで当たり前であることすら、我々は偏見と自己中心的なご都合主義で見落としがちなのだが、それでは北朝鮮の意図や狙いを見誤ってしまい、外交上の失態とリスクの増大に陥りかねないのだが、金正恩が中国とのパイプを噂される高官を粛正し続けて来たことも、モランボン楽団の北京公演をめぐるトラブルについても、日本のメディアで出て来る分析のほとんどが、その北朝鮮側の視点が抜け落ちている時点で相当に偏向している。

その視点で冷静に見れば、今回の打ち上げは、単に宇宙開発という夢がどんな国民でもまず引きつけるものだからだけではなく、また北朝鮮国民にとってはアメリカの一方的な「核の優位」に対抗できる(アメリカに逆らえば核攻撃される恐怖が減らせる)立場になれたことが大きいだけでもない。中国の属国扱いに甘んじること、中国に依存して来た(させられて来た)立場をはねのける政治的ジェスチャーを金正恩政権が公然と見せつけたのも、同じくらいの大きな意味が、北朝鮮の国民にとってはあるのだ。

むしろ潜在的にはこの方が「快挙」として大きいかも知れないくらい、「属国」扱いであることは潜在意識のレベルで国民のプライドを著しく損なう。現体制に不満があるからといって、その現政権に敵対関係だったり、自国を押さえ込み従わせようとして来る外国支配に愛着を感じたり支持したりする一般国民大衆などというのは、世界中を探してもそうめったにいるものではないのだ。

アメリカの属国であることに安心感を求めるあまり、自国が世界屈指の超大国であることの自覚すら持てない日本が特殊過ぎるのであって、金正恩政権になってからの経済成長も大きいとは言っても北朝鮮が未だに貧しい小国に過ぎず、国際的に孤立もしがちで、偏見で見られ馬鹿にされて来た国であればこそ、そういう国民のプライドもまたその政治判断に大きく作用する。またそうした大衆の感受性に敏感であるからこそ、若き指導者・金正恩は比較的短期間で万全の体制を固められて来てもいるのだ。

そもそも日本のメディアには大きな勘違いがあるのかも知れない。独裁体制こそ、一般大衆の多数派のそれなりの支持がなければ維持が難しいものであり、だからこそその独裁の領袖ほど、国民感情に敏感で狡猾に立ち回らなければ、権力は維持できないのだ。

「核拡散の危機」を視点を変えて考えてみる

唯一の戦争被爆国である日本にとって、北朝鮮が核武装することは倫理的にも歴史的にも許し難い暴挙であるのはその通りだ。核兵器廃絶を願う立場から北朝鮮の核武装を非難すべきなのは、日本の道徳的な義務ですらある。だがその日本政府がアメリカの「核の傘」への依存を隠そうともしない態度である限り、本来ならまったく正当なはずの主張にも、説得力はまったくない。

沖縄が返還されるまで、米軍はそこに核ミサイルを配備して中国やソ連、北朝鮮を射程に納めて来た。日本は建前では非核三原則を標榜しているが、沖縄の返還後もその米軍基地への核の持ち込みについては日本政府はなにも問わないという密約があったことが現在では明らかになっているし、その密約の存在を鳩山政権が公表するまでもなく、そんなのは軍事・国際安全保障の分野では公然の秘密というより、ただの常識だ。当然ながら沖縄の米軍基地には中国、北朝鮮、ロシア等を狙った核武装が展開しているとみなされているし、それぞれの国の軍事安全保障政策はその前提で決っている。

一方で、北朝鮮の核武装や、中国の軍事力の整備や海洋進出(とくに核ミサイルを搭載できる潜水艦の充実)は、日本からみれば脅威の増大になるとは言っても、想定ターゲットとしているのは米国と、日本国内についていえば米軍基地であって、日本を狙うことそれ自体が目的ではないし、そもそも圧倒的な核の優位を維持して来たアメリカに対して北朝鮮が(あるいは中国でさえ)やっと、ある程度は対抗できるようになって来たに過ぎない。

日本の外交がこの安全保障の変化について危機感を抱くべきなのは、日本が直接攻撃されるというまったく蓋然性の低いリスクではなく、アメリカの核の傘に依存して安泰になれた気でいられたこれまでの政策の限界が突きつけられていることなのだが、日本の政治はまったく対応出来ていないどころか、安倍政権の進めた新安保法制が典型なように、むしろ逆行してアメリカの「核の傘」への依存を強めたがっているばかりだ。

アメリカにとって中国の軍事力拡張と海洋進出は、直接の脅威よりは自国の核の優位の維持が脅かされるのと、偶発的核戦争のリスクが高まらないとは言えないことが懸念されている主な要素になるが、北朝鮮の核武装に関してアメリカが本当に危惧しているのは、既に核爆発装置の小型化に成功しているとしたら、それが核兵器を保有していない新興国や発展途上国、さらには各地の反政府ゲリラやいわゆるテロ組織に輸出されることだ。北朝鮮にとっては外貨の獲得になるわけで、当然その計画も進行しているとみなすのが妥当な想定だ。

そうした核の拡散が始れば、冷戦時代以来アメリカの安全保障政策の基本にあった核の優位の担保による抑止力という発想が完全に無効になるのは時間の問題だ。だがその危機感から核拡散の防止を主張して国連安保理などで主導権を握ろうにも、核の優位が抑止力を生み自国の安全を守るというアメリカの主張とまったく同じ「正論」を、北朝鮮なら北朝鮮の側が主張しているのでは、国際政治の舞台ではあまりにも説得力がなさ過ぎるダブルスタンダードにしかならず、長期的にはかえって世界秩序の流動化を加速させる。

日本のメディアはしきりに北朝鮮の核武装は国際社会の秩序に反すると批判したつもりでいるが、その理屈もあまりに対米従属べったりで日本国内でしか通用しない。昨年でも、国連での核拡散防止条約の更新をめぐる議論がアメリカの一方的な主張が主な原因で膠着状態に陥って結論を出せなかった時に、日本はむしろ、核兵器の使用を人道に対する罪とみなす決議に反対するアメリカ側に立つかのような動きしかできなかった。そんな日本がいったいどう北朝鮮の核武装を道徳的に非難し得るのか?

小型化された核弾頭と、大陸間弾道ミサイルにも使えるらしいロケットによる人工衛星打ち上げを成功させて自信をつけている北朝鮮政府を相手に、日本がアメリカなどの旧植民地主義列強・核保有国クラブの一方的なダブルスタンダードに同調したところで、説き伏せて核開発を諦めさせられる可能性なぞほとんどないし、日本による経済制裁も、今では在日朝鮮人が家族への送金や荷物を送りにくくなって困る以外には、ほとんど実効性がない。

一方でアメリカにとっても、北朝鮮がワシントンDCやニューヨークを核ミサイル攻撃の射程内に納めているのなら、表向きはあくまで強気なポーズを演出しつつも、水面下で金正恩政権との妥協点を探す以外には、とれる選択肢が実はない。中国が経済制裁の徹底に難色を示しているのも、実を言えばそんなアメリカの置かれた立場を忖度した出来レースだと考えた方が、よほど現実味がある。

冷戦後の新たな世界秩序を構築しようとしなかった結果の、混沌の世界

あえて徹底して醒めた目で客観的に評価するならば、この事態を招いてしまったのは冷戦の終結でアメリカ一強のヘゲモニーが成立した後も、冷戦時代からの核兵器保有列強国クラブによる「核の優位」特権の温存にこだわり続けたあまり、一強であったはずのアメリカが新たな世界秩序の構築を議論するイニシアティヴを取るのを怠けてしまって来たことの、当然の帰結に過ぎない。

ここでこの記事を日本語で書いている、つまり日本人の読者を対象としている以上は、こと東アジアの安全保障環境に関しては日本の怠慢の責任も大きいことは指摘せねばなるまい。アメリカ以上に冷戦期の安全保障体制の温存にこだわり続け、にっちもさっちも行かないこの事態を東アジアで招いてしまったのは、冷戦の遺物である日米安保体制をまったくノータッチで維持することにのみ汲々としてしまって来た日本でもある。

国内的には冷戦終結後まもなくバブルが崩壊し、経済大国の自信が失われたなどの事情はあるにせよ、冷戦終結で対米従属政策にも軍事安全保障上の必然はほとんどなくなっていたのだし、当時高度経済成長期のまっただ中だった韓国や、それが始りつつあった中国などの周辺アジア諸国との連携を強め、より自立して地政学的なリアリティに根ざした外交政策に転換出来ていれば、今のような事態は避けられたのではないか?

対北朝鮮外交に限っても、小泉政権が当時の米ブッシュ政権の反対を押し切って結んだ平壌宣言の路線を継続して対話を続けていれば、今の事態は防げた可能性はある。北朝鮮にとっても核武装を盾にアメリカに対等な関係性を迫るという、勇ましくは見えるがコストもリスクも大きい綱渡り外交方針や、核武装に膨大な国家予算を費やすよりは、日本にあいだに立ってもらってアメリカにも平和裏に独立を認めさせ、北朝鮮国内への工場建設などの投資を促し、経済発展に国力を注いだ方がよほど楽だったのも、言うまでもない。

中国にとってはもちろんのこと、北朝鮮にとってさえ、極めて重要な近隣の経済超大国であるのが日本であって、できることなら関係を悪化させたくないのに、日本側ではそんな相手国の利害を「忖度」できないままにいたづらに関係をぎくしゃくさせ続けて来ている。

日本にとって冷戦後も日米安保体制と対米従属外交をひたすら維持することの必然性なぞ、安全保障の上ではほとんどなかっただけでない。東アジア、東南アジアの周辺諸国に日本が期待されて来たのは、アメリカ一強を軸とする欧米の旧植民地列強によるヘゲモニーに対抗して、アジアの自主性・自律性を主張するリーダーとなることなのに、肝心の日本がその自覚をまったく持てないままだったのが、とりわけバブルが崩壊した後のこの20数年間だった。

韓国の右翼パク・クネ政権はどこに向かうのか

もちろん北朝鮮がどうも本格的な核武装を実現させつつあるらしい可能性については、公式には未だに戦争状態(講和ではなく休戦に過ぎない)にある韓国こそ、もっとも危機感を持って当然だ。

とはいえ北朝鮮が韓国を狙うのなら大陸間弾道弾は必要がないし、一応は民族の融和と将来の再統一を双方が悲願とし、現に南北に離散した家族も少なくない時に、一連の北朝鮮の動きが直接に韓国への核攻撃に結びつくことなぞ、北朝鮮の体制が冷静な判断力を失わない限り(つまり餓死者が出るような経済制裁などが始まらない限りは)まずあり得ないことだ。よほどの異例の事態で完全に自暴自棄にでもならない限り、北朝鮮がいずれは再統一を目指すと言っている韓国国民と、将来的には自国領ともなり得る韓国の領域に対して、核攻撃なぞできるわけがないだろう。

それでも朝鮮戦争の凄惨な傷痕は韓国・北朝鮮双方に巨大過ぎる歴史的トラウマとして記憶されているし、その後60年以上に及ぶ休戦状態の過程で蓄積された禍根も多く、しかも韓国の現政権は右派で、こと北朝鮮つまり社会主義国家への敵対意識はほとんど極右過激派と言っていい。ここ2、3年で軍事的緊張が高まったことは何度もあり、北朝鮮の核武装の現実化が極めて差し迫った脅威として韓国に受け取られるのは、アメリカの軍事力をバックとしたその既存の安全保障政策が、日本の安保体制以上に見直しを迫られているからでもある。

また民族の再統一の悲願という建前が現実にはまったくの机上の空論になっているのも、少なくとも韓国側の本音の認識だ。この20~30年の目覚ましい経済・産業の発展で先進国の仲間入りを果たし、80年代後半以降社会の民主化の進行も順調で(それでもパク・クネを大統領にしてしまったのは謎といえば謎だが)、民主化後の新しい世代も成長している今の韓国が、経済格差だけでもあまりにも大きい北朝鮮と再びひとつの国になることなぞ、現実には今さらまずあり得ない。

東西ドイツですら冷戦後20年以上経っても未だに東西の格差に悩み続けているというのに、今の韓国と北朝鮮の格差は再統一当時の東西ドイツのそれ以上に激しく、20倍どころか100倍とも試算できるほどだ。

遥かに貧しい北朝鮮というお荷物を抱え込むことは、韓国国民の大多数の本音には反する。北朝鮮の側ではその格差に伴う差別・蔑視に苛立ちを募らせているからこそ対抗意識も激化し、韓国が持っていない核武装や衛星打ち上げ技術を、北朝鮮がどうしても実用化したかった動機の一部にもなっている。だから核実験やロケット/ミサイル打ち上げで北朝鮮が自信をつけ始めていることは、短期的には統一の可能性をさらに遠のかせ、分断された民族の溝をより深くする可能性が高い。

日本のメディアでは、これまで中国寄りだった韓国が再びアメリカや日本の側に戻って来る、と言わんばかりの論調も目立つが、これは何重もの意味でナンセンスだ。

まず韓国が特段に「中国寄り」であったことなぞなく、歴史問題を指摘されることに極度な忌避反応を示す昨今の日本の思い込みでしかない。むろん韓国にとっても(日本の経済にとってと同様)中国は重要な経済パートナーになっており、サムスンやヒュンダイなどの韓国の大手製造業は中国本土に工場や下請けの生産拠点を展開しているし、一方では韓国の産業にとって有望なマーケットである以上、良好な関係を維持するのは当然だ。しかし軍事上の同盟国でもあるアメリカとの関係や、経済が密接に関わっている日本との関係も同じくらい重要なのは言うまでもない。

もっとも肝心な問題に目をつぶり続ける日本メディア

日本のメディアは誰に配慮しているつもりなのか、北朝鮮の核保有を非難しながら、それが現実的に何を意味するのかは懸命に無視した歪んだ報道を繰り返している。アメリカが韓国に対ミサイル防空レーダーのシステムを供与するかどうかが焦点になっていて中国が難色を示している、それは中国の持つミサイルの攻撃能力が削がれるからだとか、北京などがそのレーダーの範囲内に収まり丸裸にされるからだとか、あるいは中国は反米で北朝鮮寄りなのだなどという分析は、何重もの意味で恣意的で、たぶんに不正確な歪曲でしかない。

北朝鮮が核攻撃能力を持っているならば、餓死者も出るかもしれない強硬な経済制裁がもはや出来なくなるのは言うまでもない。朝鮮半島の軍事力のバランスは崩れ、南北双方が軍拡競争を始めることそれ自体が、東アジアの安定を揺るがす大きな要因になる。そうなれば北朝鮮が既に手にしている可能性がある核ミサイルを偶発的に使ってしまうリスクすらあるし、つまり強硬姿勢だけではむしろ韓国や米国の安全が脅かされる可能性が高いのも当然の想定の範囲内なのだ。そうした事態も近い将来に想定出来てしまうこと自体が、国際的に展開している中国の経済にとって重大なリスク要因になる。

だから中国はそこをこそもっとも憂慮し、だからこそ習近平政権は北朝鮮の核開発を厳しく非難はしても、制裁に関しては慎重姿勢を崩していない。端的に言えば、商売がなによりも優先の中国は、その経済の基盤となる現状の安定を出来る限り維持したい、だから交渉の余地を残して出来るだけ穏便にことを丸く納めたいのだ。

現代の中国は北朝鮮よりも韓国とのあいだでこそ、遥かに大きな利害を共有している。韓国、米国、日本と、そして中国が、妙に自信をつけつつある北朝鮮一国と対峙しているのが、現実の構図だ。逆に北朝鮮から見れば、核開発と打ち上げ技術の確立は、そうした韓国、日本、中国と言った周辺諸国や米国とのあいだに、少しでも対等な関係を築きたいが故の有効なカードになっている。習近平が武大偉を平壌に派遣したのに、その滞在中に金正恩がロケット打ち上げないしミサイル発射実験を強行したという状況の理解は、「中国の圧力にも関わらず」というより、「中国が圧力をかけようとしたからこそ」だったとみなした方が、もしかしたら正確なのかも知れない。

だが中国の属国扱いそれ自体にこそ北朝鮮が不満を露にしていることに、当の中国がどれだけ対応出来ているのか、正直なところ疑問は残る。国連安保理などでの中国の動きは、中国がアメリカと北朝鮮の仲介役になって主導権を握ろうとする流れになるが、これでは北朝鮮は中国には逆らえないのだという劣位の立場が再確認されるだけだ。果たして今の金正恩体制に、そうしたこれまで同様の扱いを納得させることが、習近平の中国には出来るのだろうか?

拉致問題解決を完全に膠着させた安倍政権の真意

「事実上のミサイル」を撃ち落とせたりなぞ出来るわけもないのに虚勢だけは張りたい日本政府は、北朝鮮政府に蚊帳の外に置かれて無視されていることがよほど気に入らないのか、今度は「日本独自の制裁」を表明し始めた。不快感を露にした北朝鮮は、ストックホルムでの日朝交渉で合意した拉致問題の再調査を凍結し、調査のための特別委員会も解散させた。

安倍政権は北朝鮮の不誠実さをなじっているが、こんな反応は当然の想定の範囲内だったはずだ。それとも北朝鮮がどう動くのかを「忖度」することも、安倍首相にしてみれば「北朝鮮側」で、下手すれば工作員呼ばわりでも始まるのだろうか?

だが今回の動きを、そんな安倍外交では相変わらずの幼稚な拙速として批判するのも、いささか短絡的に過ぎる気もする。というのも、むしろ安倍は北朝鮮が態度を硬化させることを狙って、今さらあまり効果がないのが分かり切っているはずの日本の経済制裁をわざわざ吹聴したのではないか、という疑いが拭えないのだ。

平壌宣言が出され、生存していた5人の日本政府認定拉致被害者が帰国した時、安倍晋三は小泉内閣の官房副長官で、北朝鮮に強気の姿勢を貫いて5人の被害者を救ったとしてメディアの注目を集めた。2度にわたって総理大臣になれたのも、この時に得た人気の力が大きい。最近ではその帰国した生存被害者のひとり、蓮池薫さんの兄である蓮池透さんが当時の内幕を著書で明らかにし、安倍氏の「活躍」がどうも実態とかなり異なるらしい疑念が生じているが、いずれにせよ安倍氏は一貫して、他の拉致被害者もまだ生きている、だから取り返すのだと主張することで、右派を中心に支持を集めて来た。

確かに平壌宣言の当時の、5人の生存者以外は全員亡くなっていたという北朝鮮側の報告は、死亡の経緯などあまりに疑問が多かった。被害者の家族が一縷の希望をつなぐのも当然の感情だが、しかし死亡情報があやふやだったからと言って、安倍達が言い張って来たような「生きている、取り返せ」の根拠にはまったくならない。

拉致を認めて謝罪もしていた北朝鮮政府が、なおも拉致被害者をわざわざ隠し続けるべき理由と言えば、多くが工作員の教育などに携わっていたのなら、国家機密にも関与しているので帰せないのだろうという推測も成り立ちはするだろうが、ならば平壌宣言の時点で密かに処刑してしまったはずだというのが、あまりに残酷で口にするのも憚られる現実とはいえ、よほどあり得る想定だ。

拉致問題の最終解決のために再調査をしたいというのは、一方的に北朝鮮側が、金正恩体制へのに移行が完了してまもなく提案して来たことだ。安倍政権も最後には断り切れなくなり、ストックホルムでの日朝交渉と合意に至ったのが、報道ではぼやかされている実際の経緯だ。この際に北朝鮮が出していた条件は、自国公民である在日朝鮮人の人権の保護と、具体的には当時問題になっていた東京にある朝鮮総聯本部ビルの差し押さえ競売について、総聯の機能を維持できるような配慮を求めただけだった。

在日朝鮮人の人権侵害を防ぐのは、わざわざ言われるまでもなく日本政府の努力義務であって、外交交渉の条件として出すようなものではないし、北朝鮮は国交正常化交渉の再開すら、この合意時には求めようとはしなかった。もっとも、それを言うなら拉致被害者の侵害された人権の回復は北朝鮮の責任であり、つまり北朝鮮は外交的利害ではなく人権・人道の見地でのみ再調査を申し出て来たわけで、日本政府はなんらデメリットや妥協をバーターで要求されたわけでもない。なのに拉致問題の解決を公約に掲げて来たはずの安倍政権が、非公式の打診が始ってから1年前後も合意に向けた会合すら引き延ばし、北の申し出を無視し続けたのはなぜなのかも、相当に不可解なことだ。

だが拉致の再調査でどのような結果が出て来るのかを考えれば、これはある意味で当然の展開になる。これも被害者のご家族には残酷過ぎる現実だが、再調査の結果で明らかになるのは恐らく、亡くなったと北朝鮮側が言って来た被害者が実際に死亡した経緯は当局による処刑だった、と言うような事実関係になるだろう。最悪、5人の生存被害者が当初は一時帰国するという約束だったのが安倍氏を中心に「日本が帰さない」と言い張ったので、邪魔になったので処刑した、というようなことすら、想定の範囲内になる。

なお蓮池透さんの著書によれば、実際には薫さんたち被害者が家族の説得で「帰らない」と言い出したのであって、安倍達は北朝鮮に帰らせるつもりだったという。だとしたらその安倍達があたかも自分達の考え、政府の判断であったかのように「日本が帰さない」と言い張って人気取りに利用して来たこと自体が、あまりに大きな禍根を残したことにもなる。

被害者たち本人の意思ならば、日本政府は人権を尊重する立場から被害当事者の意思を優先する(というか、日本の憲法はそんな権限を政府に許していない)と北朝鮮に通知すれば、北朝鮮はなにしろ既に国家犯罪を認めて謝罪もしていたのだし、反論も非難も難しかったはずだ。万が一にも家族を人質にとるというような展開になれば、それこそ国際的な非難弾劾は逃れようがないし、むしろ北朝鮮でも「ならば我々も彼らの自由意志を尊重する」と応じることで、大義名分も立てられ、国際的にも反省の態度を明確に出来たはずだ。ところが安倍達が「日本が(当事者の意志を無視して)帰さない」と言ってしまった以上、人権と個人の自由意志を無視している点で、日本もまた北朝鮮を非難出来ない立場になってしまったのだ。

本来なら即座に国際社会が日本に味方して当然だったのに、日朝間で10数年に渡って拉致問題が膠着状態になってしまったのも、六カ国協議の他の参加国が拉致問題を議題とすることを断ったのも、国連人権理事会が動きだしたのがやっと昨年からとなってしまったのも、この日本側の非常識な大きな誤りが尾を引いているのだ。

安倍政権は本当に拉致問題を解決する気があるのか?

北朝鮮による再調査結果の報告はすでに事務レベルで日本側に内示されているのだから、北朝鮮政府の特別委員会の役割はとっくに終わっている。日本政府が最終的な文言の確定と受領・公表を拒否し続けているのが現状なのは、外務省からの非公式リークだけでなく、政府の公式会見の端々ですら、すでに言及されて来ている。なのに国内メディアでは新聞のベタ記事程度の報道か、テレビでコメンテーターがついでのように言及するくらいでしか話題にならないのも、あまりに奇妙だ。

北朝鮮にしてみれば、日本から疑問点を指摘されて一層の精査が要求されたり、文言に関する要請があったり、より厳しい責任追及があるのならともかく、ただ一方的に日本側が「内容に納得できない」とだけ言い張って話し合いを拒絶している現状では(そういう態度になるからには、被害者死亡という事実は変わらないのだろう)、日本政府をまったく信頼出来なくなって打ち切りを宣言するのも時間の問題だった。安倍政権にはそれが分かっていたはずなのに、あえてロケット/ミサイル打ち上げをいいわけに「日本独自の制裁」を主張し始めたことになる。

今年に入ってからの核実験、そして今回の人工衛星打ち上げロケットないしミサイル実験は、安倍政権にとってこそ渡りに船だったのかも知れない。「日本独自の制裁」を言い出すことで北朝鮮が拉致問題に関しても態度を硬化させる結果になったのは、この当然の反応を想定できていなかった安倍外交の拙速だったどころか、むしろ安倍がこうなることを狙っていた可能性すら、否定はできない。

北朝鮮が再調査打ち切りを宣言するように仕向ければ、ストックホルムでの合意は紙クズ同然になる。安倍にしてみれば、自分がこの10年以上なんの根拠もなく「拉致被害者を取り戻す」というポーズを取り続けて来たことが実はまったくの確信犯の嘘であり、国民を欺く人気取りの欺瞞でしかなかったことを、北朝鮮が一方的に悪いのだと毒づき国民の感情を煽りつつ、永久に隠せてしまえるのだ。

今やなんの進展も望めそうにない北朝鮮による拉致問題の再調査が同意された時には、菅官房長官による政府公式会見で、日本政府が認定している以外の拉致被害者の存在に北朝鮮政府が言及したことや、その人たちが帰国する可能性も述べられていたはずだ。今やこの件も日本の政治家もメディアもまったく言及していないのも、極めて不可解なことである。

拉致された同朋を救い出すのだという青リボンの主張は、いったいどこまで本気だったのだろう?

解放されるはずだった未認定の日本人拉致被害者たちが、日本の一部の政治家たちの一方的で身勝手な都合で、拉致されたままの北朝鮮国内に放置され、今後も永久に帰国も自由往来もできなくなることだけは、どうも確からしい。

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