バラク・オバマ 2024年民主党全国大会演説
公式準備稿の日本語全訳と要約
- 演説日:2024年8月20日(米国シカゴ現地時間)
- 演説者:バラク・オバマ(第44代アメリカ合衆国大統領)
- 場所:イリノイ州シカゴ、民主党全国大会
- 演説の位置づけ:カマラ・ハリス大統領候補、ティム・ウォルズ副大統領候補への支持演説
- 収録範囲:公式準備稿全6ページの本文全編
- 参照名:オバマ2024年民主党大会演説・全編
- 更新日:2026年11月1日
この資料について
新たにご提示いただいた全編の日本語本文を、民主党全国大会が公表した英語の公式準備稿と照合して整え、冒頭部分のみだった資料を全編の資料へ更新した。
ページ番号、ページ下部の大会名やサイト表記、報道機関向けの解禁指定、偶発的に重複した文を取り除いた。折り返しやページ境界で切れた文をつなぎ、語調と人名の表記を整えた。以下の訳文は準備稿の本文全体に対応しており、実際の口頭演説とは細部が異なる場合がある。
数値、バイデン政権への評価、トランプへの批判、ハリスとウォルズへの期待、選挙結果への予測は、2024年当時の演説者の発言として訳した。
出典
要約
オバマは、バイデンの共感力、誠実さ、公平な機会への信念をたたえ、自分の野心より国を優先した指導者として感謝する。そのうえで、生活に苦しみ、政府を信じられない有権者に、民主主義が実際に暮らしを改善できると示す必要があると訴え、ハリスとウォルズへの支持を求める。
具体策として、住宅供給の拡大、医療費の自己負担の抑制、教育への機会、学歴だけに依存しない就労、社会を支える労働者の賃金と団体交渉の権利を挙げる。誰かの前進は他の誰かの損失だという考えを退け、すべての人に公平な機会を開くことが、社会全体の利益になると説く。
演説の中心にあるのは、広い意味での自由である。家族を養い、安全な環境で暮らし、自分の信仰、家族、出産、結婚を決められること。そして、自分とは異なる選択をする他者にも、同じ自由を認めることである。民主主義は、制度や法律だけでなく、人々が日常で互いをどう扱うかにかかっている。
そのためには、意見の違う人をすぐ悪者と決めつけず、自分にも盲点や偏見があると認め、相手の心配を聞く必要がある。名声や「いいね」を追い、互いを知る時間を失う社会では、孤独と不信が広がり、政治家やアルゴリズムが、その隔たりを分断へと変えてしまう。
それでも、介助、食事の提供、近隣の助け合いといった絆は残っている。義母と祖母の記憶を通じ、名もない働く人々が、愛情、正直さ、勤勉さによって社会を支えてきたことを語る。最後に、リンカーンの「愛情の絆」を取り戻し、市民一人ひとりが投票と対話のために行動して、より安全で公正、平等で自由な国を共につくろうと呼びかける。
論点別の要約
- 公共への責任:バイデンの共感、誠実さ、公平な機会への信念、自分の野心より国を優先した姿勢を評価する。
- 暮らしに届く民主主義:過去の成果を誇るだけでなく、今の課題に応え、人々の生活を改善する必要を説く。
- 具体的な生活の条件:住宅、医療、教育、学位に限らない就業の道、賃金と労働条件をめぐる交渉の権利を重視する。
- 共に前進できる社会:教育や賃金の平等、公平な機会が、社会全体を強くすると考える。
- 広い意味での自由:家族を養い、安全に暮らし、自分の人生を選べることと、他者の異なる選択を認めることを結びつける。
- すべての人を含む共同体:人種や血筋ではなく、共通の信条で結びつく民主主義を構想する。
- 意見の違う人への敬意:相手を罵倒するのでなく、自分にも盲点があると認め、懸念に耳を傾ける。
- 世界に対する役割:世界の警察官になることを退けながら、紛争の抑止、疾病、人権、気候変動、自由のために働く国を目指す。
- 孤独と分断への問い:承認や名声を追う文化、互いを知る時間の減少、政治やアルゴリズムによる敵意の増幅を批判する。
- 日常の絆と市民の行動:普通の人々の助け合いを希望の土台とし、対話、投票、選挙活動によって未来を共につくるよう求める。
日本語全訳
シカゴの皆さん、こんばんは! 故郷に戻れてうれしいです。
皆さんはどうか分かりませんが、私は闘志に燃えています! 準備も万端です。ミシェル・オバマの直後に演説しようなんて、そんな愚かなことをするのが、私一人だけだとしても。
私が希望を感じるのは、この国では何でも可能だと信じる、変わった名前の子供たちにも、この党大会は、いつもチャンスを与えてくれたからです。そして、アメリカが自分に与えたのと同じ機会を、ほかの人にも与えようと、生涯をかけて努力してきた人を選ぶチャンスが、私たちにはあるからです。皆さん一人ひとりに目を向け、声に耳を傾け、毎朝起きて、皆さんのために闘う人。次期アメリカ合衆国大統領、カマラ・ハリスです。
私が、この党の大統領候補指名をお受けする栄誉に浴してから、16年がたちました。私が少しも年を取っていないので、信じられないでしょうが、本当です。振り返ると、候補者として最初に下した大きな決断は、間違いなく、最良の決断の一つでした。ジョー・バイデンに、副大統領として私のそばで働いてほしいと頼んだことです。
多少、アイルランドの血を引いていることを除けば、ジョーと私は、違う背景から来ています。しかし、私たちは兄弟になりました。8年間を共に働くなかで、私がジョーを何より尊敬するようになったのは、知性や経験だけが理由ではありません。共感する力、人としての誠実さ、苦難を通じて身に付けた、立ち直る力。そして、この国の誰もが、公平な機会を与えられるに値するという、揺るがない信念でした。
この4年間、アメリカが何より必要としていたのは、まさに、そうした価値観でした。
何百万人もの同胞が病に倒れ、命を落としていたとき、必要だったのは、政治的な思惑を脇に置き、正しいことを行う人格を備えた指導者でした。経済が大きく揺らいでいたとき、必要だったのは、世界で最も力強い回復を導く決意を持った指導者でした。1,500万の雇用、賃金の上昇、医療費の低下を伴う回復です。そして、もう一方の党が個人崇拝に陥ったとき、必要だったのは、落ち着いて人々を結びつけ、政治の世界で最もまれな行為をするほど、私心のない指導者でした。国のために、自分の野心を脇に置くという行為です。
歴史はジョー・バイデンを、大きな危機に際して民主主義を守った大統領として記憶するでしょう。彼を「私の大統領」と呼べることを、私は誇りに思います。しかし、「私の友人」と呼べることを、それ以上に誇りに思います。
今、バトンは渡されました。今度は私たち全員が、自分たちの信じるアメリカのために闘わなければなりません。そして、間違いなく、これは闘いになります。この数週間に生み出した、あの素晴らしい熱気があっても、国民の支持が拮抗するこの国では、依然として接戦になります。あまりにも多くのアメリカ人が、今も暮らしに苦しみ、政府に助けてもらえるとは思っていない国だからです。
今夜、私たちがここに集う一方で、この選挙を決める人々は、ごく単純な問いを抱いています。「誰が、私のために闘ってくれるのか。誰が、私の未来を考えているのか。子供たちの未来を。私たちが共に生きる未来を」。
一つ、確かなことがあります。ドナルド・トランプは、そうした問いを心配して眠れない夜を過ごしているわけではありません。78歳の億万長者で、9年前に黄金のエスカレーターを降りて以来、自分の問題について不平を言い続けている人です。不満や恨み言が、絶え間なく続いています。カマラに負けることを恐れる今、それは、むしろひどくなっています。幼稚なあだ名。荒唐無稽な陰謀論。そして、集会の人数への、奇妙な執着。それが、延々と続きます。先日、ある人がトランプを、毎日、一日中、窓の外で落ち葉を吹き飛ばす送風機を動かし続ける隣人にたとえていました。隣人が相手でも、うんざりします。大統領が相手なら、ただ危険です。
実際、ドナルド・トランプにとって、権力は、自分の目的をかなえるための手段にすぎません。彼は、主に自分と裕福な友人に利益をもたらす、さらなる大型減税の代償を、中産階級に払わせようとしています。南部国境の安全確保に役立つはずだった、超党派の移民合意も、彼はつぶしました。実際に問題を解決しようとすれば、自分の選挙運動に不利になると考えたからです。より多くの女性が、妊娠や出産に関する自由を失っても、自分の人生には影響しないから、気にもかけていないようです。
何よりドナルド・トランプは、この国が「私たち」と「彼ら」に、どうしようもなく分かれていると、私たちに思わせたがっています。彼を支持する「本当のアメリカ人」と、支持しない「よそ者」に。そして、そうした「ほかの人々」を、彼らの「しかるべき場所」に押し戻す力を与えれば、皆さんはもっと豊かに、もっと安全になれると思わせたがっています。
政治の世界で最も古い手口の一つです。しかも、その演技は、ずいぶん使い古されています。これ以上、4年間も、大言壮語と混乱に付き合う必要はありません。その映画は、もう見ました。そして続編は、たいてい、もっとひどくなります。
アメリカは、新しい章へ進む準備ができています。アメリカは、もっとよい物語を迎える準備ができています。
私たちは、カマラ・ハリス大統領を迎える準備ができています。
そしてカマラ・ハリスには、その仕事を担う準備ができています。自分の声を届け、擁護してくれる人を必要とする人々のために、生涯をかけて闘ってきた人です。ミシェルが話したとおり、カマラは特権に恵まれて生まれたわけではありません。今あるものを、努力して手に入れました。そして、ほかの人々が何を経験しているかを、本当に気にかけています。送風機を動かし続ける隣人ではありません。手助けが必要なとき、駆けつけてくれる隣人です。
検察官として、カマラは、性的虐待を受けた子供たちのために立ち上がりました。全米で最も人口の多い州の司法長官として、大手銀行や営利大学と闘い、だまされた人々のために、数十億ドルの救済を確保しました。住宅ローン危機の後には、住宅所有者が公正な和解を得られるよう、私と政権に強く働きかけました。私が民主党員であることも、彼女がアイオワで私の選挙運動の戸別訪問をしてくれたことも、関係ありませんでした。救済を受けるべき家族のために、できるかぎり多くの支援を勝ち取ろうとしたのです。
副大統領として、彼女は製薬会社と対峙し、インスリン費用に上限を設け、医療費を下げ、子育て世帯の税を軽くする取り組みを支えました。そして今、大統領を目指し、費用をさらに引き下げ、メディケアと社会保障年金を守り、すべての女性が自らの医療について決める権利を保障する法律に署名するための、具体的な計画を掲げています。
カマラ・ハリスが向き合うのは、自分の問題ではありません。皆さんの問題です。大統領になっても、自分の支持者だけに迎合し、ひざまずくことを拒んだ人々を罰するようなことはしません。すべてのアメリカ人のために働きます。
それが、カマラという人です。そしてホワイトハウスには、ティム・ウォルズ知事という、素晴らしいパートナーがいることになるでしょう。
私は、この人が大好きです。ティムは、まさに政治に携わるべき人です。小さな町で生まれ、国に尽くし、子供たちを教え、フットボールのコーチをし、隣人を助けてきた人です。自分が何者で、何が大切なのかを知っています。あのフランネルのシャツも、政治コンサルタントが用意したものではなく、自分のクローゼットから出してきたものだと分かります。いろいろな場面をくぐり抜けてきたシャツなのです。
カマラとティムは共に、アメリカの中心にある物語への信頼を守ってきました。私たちはみな平等に生まれ、誰もが機会を得るに値し、たとえ意見が合わなくても、共に生きる道を見つけられるという物語です。
それが、カマラの構想です。ティムの構想です。民主党の構想です。そして、この先11週間の私たちの仕事は、できるかぎり多くの人に、その構想に賛同して投票してもらうことです。
容易ではありません。相手側は、人々の恐怖や冷笑に訴える方が楽だと知っています。政府は腐敗している、犠牲を払うことや寛大であることは、だまされやすい人間のすることだ、と言うでしょう。仕組みそのものが不正なのだから、欲しいものを取り、自分たちの利益だけを守っても構わない、と言うでしょう。
それは、安易な道です。私たちには、別の仕事があります。民主主義は実際に成果を出せると、人々に納得してもらうことです。すでに成し遂げたことを挙げるだけでは足りません。過去の考えだけに頼ることもできません。今の課題に応えるため、新しい道を描かなければなりません。
カマラは、そのことを理解しています。例えば、もっと多くの若者が家を買えるようにするには、住宅を増やし、働く人々のための住宅建設を難しくしてきた、時代遅れの法律や規制の一部を取り除かなければならないと、知っています。そして、まさにそれを実現する、大胆な新しい計画を示しました。
医療では、医療保険制度改革法、アフォーダブル・ケア法によって成し遂げた大きな前進を、私たちはみな誇るべきです。何百万人もの人が、手頃な保険に入れるようになり、さらに何百万人もの人が、不誠実な保険慣行から守られました。しかしカマラは、そこで止まってはならないと知っています。だからこそ、自己負担費用を抑える仕事を続けるのです。
人々が前に進めるようにするには、もっと多くのアメリカ人に、大学で学位を得る道を開かなければならない。カマラは、それを知っています。しかし、大学が中産階級への唯一の切符であってはなりません。能力と意欲があるなら、州政府で働くのに学位は必要ないとした、ティム・ウォルズのような知事たちの先例に続かなければなりません。そして、この新しい経済の中で必要なのは、病人の世話をし、街をきれいにし、荷物を届けるため、毎朝起きて働く、この国の何百万人もの人々を、本当に大切にする大統領です。不可欠なのに、しばしば感謝もされない仕事をする人々の、もっと良い賃金や労働条件を求めて交渉する権利を、守る大統領です。
カマラは、その大統領になるでしょう。
ハリス・ウォルズ政権は、前進を妨げる、使い古された議論を乗り越える力になれるでしょう。カマラとティムは、誰もが公平な機会を得れば、私たち全員が、もっとよくなると、根本のところで分かっているからです。すべての子供が良い教育を受ければ、経済全体が強くなること。女性に男性と同じ賃金が払われれば、すべての家族に利益があること。二人は、それを理解しています。子供を親から引き離さずに、国境の安全を守ることはできます。街の安全を守ると同時に、法の執行に当たる人々と、その相手である地域社会との信頼を築くこともできます。
ドナルド・トランプと、彼を支える裕福な献金者たちは、そうは考えていません。彼らにとって、一つの集団の得は、別の集団の損です。自由とは、力のある者が好きにできることです。組合をつくろうとする労働者を解雇することでも、川を汚すことでも、ほかのみんなが払わなければならない税を免れることでも、好きにできるという意味です。
私たちは、もっと広く自由を考えています。働く意思があるなら家族を養える自由。きれいな空気を吸い、きれいな水を飲み、子供を学校に送り、無事に帰ってくるだろうかと心配せずに済む自由を、信じています。本当の自由は、自分の人生について決める権利を、一人ひとりに与えるものだと信じています。どう祈るか。どんな家族をつくるか。何人の子供を持つか。誰と結婚するか。そして自由には、ほかの人にも、自分とは違う選択をする自由があると認めることが、必要なのだと信じています。
それが、カマラ・ハリスとティム・ウォルズの信じるアメリカです。「われら人民」が、すべての人を含むアメリカです。それ以外に、このアメリカの実験が成り立つ道はないからです。政治のありさまからは違って見えるかもしれませんが、ほとんどのアメリカ人は、そのことを分かっていると、私は思います。民主主義は、抽象的な原則や、ほこりをかぶった法律の寄せ集めではありません。日々の暮らしの指針となる価値観であり、私たちが互いにどう接するか、ということです。見た目も、祈り方も、世界の見方も違う人々に、どう接するかも含めてです。
互いを尊重する、その感覚を、私たちのメッセージに含めなければなりません。今の政治は、ひどく分極化しています。どの政治的立場にいても、あらゆる問題で自分と一致しない相手には、すぐ最悪の見方をしがちです。相手を叱り、恥をかかせ、もっと大きな声で圧倒することだけが、勝つ道だと思い始めます。そうしているうちに、普通の人々は耳を貸さなくなり、投票にさえ行かなくなってしまいます。
注目だけを求め、分断で力を得る政治家には、そのやり方が役立つかもしれません。しかし、私たちには役立ちません。大切な課題、人々の暮らしを本当に左右する課題で前に進むには、私たち全員に、盲点や矛盾や偏見があると、忘れないことです。そして、まだ私たちの候補者を支持する気になれない人の心を動かしたいなら、その人の心配に耳を傾けなければなりません。その過程で、私たちも何か学べるかもしれません。
親や祖父母が、ときどき、思わず顔をしかめるようなことを言っても、ただちに悪い人だと決めつけるわけではないでしょう。世の中の変化は速く、ついていくには時間が、そして少しの励ましが必要なのだと、理解します。同じ国に生きる人々も、私たちが自分に向けてほしいと願うのと同じ寛容さを、受けるに値するのです。
そうしてこそ、本当の民主党の多数派を築けます。そして、これは、この国の人々にだけ関わることではありません。私たちに実現できるのか、世界が見ています。
これほど大きく、多様な民主主義を築こうとした国も社会も、これまでありませんでした。人種や血筋ではなく、共通の信条によって、忠誠と共同体が形づくられる民主主義です。
だからこそ、私たちが自らの価値観を守れば、世界は少し明るくなります。守らなければ、世界は少し暗くなり、独裁者や専制的な指導者は勢いづき、やがて私たちの安全も損なわれます。私たちは世界の警察官になるべきではありません。世界の残虐さや不正を、すべてなくすこともできません。それでもアメリカは、善のための力になれます。そうでなければなりません。紛争を抑え、病気と闘い、人権を進め、気候変動から地球を守り、自由を守る力にです。それが、カマラ・ハリスの信じることであり、ほとんどのアメリカ人の信じることです。
今、こうした考えが、ずいぶん甘く聞こえるかもしれないことは、分かっています。私たちは、混乱と恨みの深い時代に生きています。お金、名声、地位、「いいね」といった、長くは続かないものを重んじる文化の中にいます。スマートフォンで、知らない人の承認を追い求めます。自分の周りに、ありとあらゆる壁や柵を築き、それなのに、なぜこんなに孤独なのかと不思議がります。互いを知る時間を取らないから、互いを信じる力も弱まります。そして、その隔たりの中で、政治家やアルゴリズムが、互いをゆがめて描き、挑発し、恐れるよう、私たちに教え込むのです。
しかし、よい知らせもあります。アメリカの大都市でも、小さな町でも、騒がしさを離れたところには、私たちを結ぶ絆が、今もあります。私たちは今も、少年野球のコーチをし、近所の高齢者を気にかけます。教会、モスク、シナゴーグで、飢えた人に食事を届けます。オリンピックの選手が金メダルを目指すときは、同じ誇りを分かち合います。大多数の私たちは、恨みと分断の国に暮らしたいとは思っていないからです。もっと良いものを望んでいます。もっと良い自分たちでありたいと願っています。そして、この選挙運動に広がる喜びと熱気が、私たちは一人ではないと教えてくれています。
この数か月、私は、そのことをよく考えてきました。ミシェルが話したとおり、この夏、彼女の母を亡くしたからです。
私ほど義母を愛した人が、ほかにいたかどうか、分かりません。何より、面白く、賢く、私の知る中で、最も気取らない人だったからです。それに、私が失敗すると、いつもミシェルに対して私をかばってくれました。
しかし、これほど親しくなった理由の一つは、義母が、子供の私を育ててくれた祖母を思い出させたことにもあると思います。表面だけなら、二人に共通点はあまりありません。一人はシカゴの黒人女性。もう一人は、カンザスのペルーという小さな町で生まれた白人女性です。それでも、人生の基本的な見方は同じでした。強く、賢く、工夫する力があり、常識に満ちた女性たちでした。どんな壁に出会っても、大騒ぎしたり、不平を言ったりせず、務めを果たし、子供や孫に、揺るがない愛情の土台を与えてくれました。
その意味で、二人は、戦争や恐慌、差別や限られた機会の中で、この国を築いた、働く人々の一つの世代全体を代表していました。その世代の多くは、自分の能力に見合わない仕事にも毎日懸命に取り組み、子供に少しでも良いものを与えるため、自分のことは進んで我慢しました。それでも、何が本物で、何が大切なのかを知っていました。正直さ、誠実さ、優しさ、懸命に働くことです。自慢する人や、弱い者いじめをする人に感心せず、自分にないものに執着して時間を費やすこともありませんでした。代わりに、ささやかなことを喜びました。友人とのカード遊び。おいしい食事。台所の食卓での笑い声。人を助けること。そして、自分には想像もできなかったことを子供が成し遂げ、思いもしなかった場所へ進むのを見ることです。
民主党員でも、共和党員でも、その間のどこかにいる人でも、私たちの人生には、そういう人たちがいました。アメリカの約束を信じ、海を渡ったカマラの両親のような人たち。人に尽くすことの大切さを教えた、ティムの両親のような人たち。有名でも、権力を持つ人でもなかったけれど、数え切れないほどの形で、この国を、受け継いだときより少し良いものにして残した、善良で、よく働く人々です。
どんな政策や制度にも劣らず、私たちが求めているのは、そのことだと私は信じます。共に働き、互いを気にかけるアメリカを取り戻すこと。南北戦争の前夜にリンカーンが語った「愛情の絆」を、回復すること。彼が「私たちの本性に宿る、より善い心」と呼んだものを引き出すアメリカです。この選挙で問われているのは、そのことです。だからこそ、この先77日間、私たち一人ひとりが役割を果たせば、戸別訪問をし、電話をかけ、友人と話し、隣人に耳を傾ければ、これまでにないほど懸命に働けば、カマラ・ハリスを次のアメリカ合衆国大統領に、ティム・ウォルズを次の副大統領に選べると、私は信じています。大統領から各地の選挙まで、私たちの信じる、希望に満ち、未来を向くアメリカのために闘う指導者を選べるでしょう。そして共に、私たちもまた、もっと安全で、もっと公正で、もっと平等で、もっと自由な国を築いていくのです。
さあ、仕事に取りかかりましょう。皆さんに神のご加護がありますように。そして、アメリカ合衆国に神のご加護がありますように。
訳文についての補足
- この全訳は、冒頭から最後の祈りまで、公式準備稿の本文全体を収録している。
- 「相手党が個人崇拝に陥っていた」という説明の重複は、原文に合わせて一度にまとめた。
- 送風機の比喩は、「隣人なら、うんざりする。大統領なら、危険だ」という対比が伝わるようにした。
- ティム・ウォルズの姓の表記を統一した。原綴りは Tim Walz。
- メディケアは主に高齢者などを対象とする米国の公的医療保険制度である。Social Security は、この文脈では「社会保障年金」とした。
- 不可欠な仕事を担う人々の箇所は、その人々を大切にし、より良い賃金と労働条件を求める交渉の権利を守る大統領が必要だ、という意味に整えた。
- 義母と祖母の後に出てくる「その世代の多く」は、女性だけでなく、二人が体現する働く人々の世代全体を指す。
- リンカーンの言葉は、親愛と善意を取り戻すという文脈に沿い、「愛情の絆」「私たちの本性に宿る、より善い心」と訳した。
- 要約、資料情報、この補足は編集上の説明であり、演説本文には含まれない。
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