みんなびっくり「成果なし」!? ハノイ米朝首脳会談は本当に「決裂」したのか? by 藤原敏史・監督

2019年3月3日 Henri Kenji OIKAWA 0

率直に言えば、トランプと金正恩が「物別れ」に終わった(かのように見えた?)時、筆者にはむしろ、とたんに広がった「驚き」「意外」の方こそが意外だった。こと日本のメディアはこぞってトランプの「前のめり」を危惧して「金正恩に騙されそうで心配」だとか、昨年6月のシンガポール会談以降目立った「成果」がなかったことから、このハノイ会談そのものに懐疑的なのが主たる論調だったではないか? そもそもアメリカと北朝鮮が折り合えるわけがない、と決め込んでいたはずの人々が、なぜ予想通り、ないし期待通りと思わないのだろう? 喜んでいたっておかしくないではないか。 このように米朝を対立の構図で考える前提自体が見立て違いなのではないか、と指摘し続けて来たのが本サイトの一連の記事だ。ドナルド・トランプと金正恩は利害が一致していると考えた方が、昨年の新年の北朝鮮の平昌オリンピック参加表明以降、いやその前年の夏頃からの動きには、よほど合理的な説明がつく。昨年の第一回会談までの展開も、報道の多くが「意外」と言い続けたのに対し、本サイトでは想定外はなにもないと分析し、予測もほとんど的中させて来た。 金正恩にとって核武装はそれ自体が目的ではない。核とミサイルの開発は、代替わりして以降父や祖父の時代と大きく異なる政治外交を目指していても偏見で見られるだけだった国際的な立場をひっくり返す切り札と、せいぜいがアメリカの巨大核武装に標的にされ続けていること(いつでも完全な絶滅攻撃が可能)に対するせめてもの抑止力、としか考えておらず、旧世代の政治家にありがちな「世界最強の兵器」を持つことへ幻想や執着も、まったくない。 むしろ核開発も核武装の維持も、膨大な国費がかかる。その金はできることなら国内の経済発展に向けたいのが金正恩の考える現実だろう。それに韓国との国力の差もあまりに開き過ぎていて、今さら武力で祖国統一などあり得ないことも分かり切っている。金正恩にそんな大それた「野望」はないし、そもそもそんなことを考えられる立場ではないことも、少年時代はスイスの留学先で育ち国際社会の現実も理解しているのだから当然分かっているし、その行動は偏見を排除して客観的に見れば、常にそうした理解を踏まえていて、合理的であり、紆余曲折はあっても結局は、自分が北朝鮮にとってもっとも必要と考えることをかなりの部分実現させて来ている。 イデオロギーや軍事力信仰よりプラグマティズムで一致する米朝両首脳 一方のドナルド・トランプは、選挙期間中から「外国を守るためにアメリカ人の税金は使わないしアメリカの若者も犠牲にしない」と公約していた。政治的には極右ポピュリズムを支持基盤としていることの問題は多く毀誉褒貶が激しい一方で、ビジネスマンとして徹底した合理主義の面があるのも確かだ。 そのトランプから見れば、そもそも北朝鮮が本気でアメリカにイデオロギーに基づく根源的な敵意を抱いているという従来の「政治常識」は荒唐無稽としか思えないだろうし、実際に荒唐無稽でもある。北朝鮮にそんな国力があろうはずもなく、朝鮮戦争が法的に「休戦状態」のまま、朝鮮国連軍の名目で膨大な軍事力を西太平洋・東アジアに展開し続けていることも無駄としか思えないし、北朝鮮の国内体制についてのイデオロギー的な興味もない(逆に言えば、トランプはアメリカの体現するイデオロギーの「正義」も信じているわけではない)。 しかも北朝鮮には、レアメタルを含めたかなりの埋蔵資源があり、中国が世界経済の大きな中心になっている現在では、地政学的に極めて有望な条件が揃っている、アメリカの資本にとってもアジア地域最後の投資先フロンティアでもあるのだ。 つまり米朝の「戦争状態」を終わらせ新たな米朝関係を作ることと、北朝鮮の国際社会への復帰は、共に既存の東アジア国際政治の(未だ時代錯誤に冷戦構造を引きずった)構図を「今さら馬鹿馬鹿しい、邪魔」と言う考えで一致している二人の首脳にとって、プラグマティックな共通目標になっている。しかも「平和の構築」は、どちらにとっても自分たちの悪いイメージを払拭し支配を正当化できる点でも、利害は一致して来たのだ。 言い換えれば、昨年6月のシンガポールでも今回のハノイでも、米朝首脳会談で対立図式にあるのは二人の首脳ではない。東アジアの冷戦構造の最終的解消とそのための朝鮮半島の非核化を目指しているのがトランプ、金正恩双方であり、双方の率いる国にもその周辺国にも、この二人の結託した東アジア安全保障の大パラダイム転換を妨害したい意思がそこらじゅうにあって、米朝の首脳がそんな抵抗をどう乗り越えて行けるのか、が真の図式なのだ。 抵抗勢力は双方の国内にも当然いるわけで、だからこそ前回も今回も、米朝首脳会談は「トップダウン」方式(通常の、事務方が合意内容を積み上げて事前にお膳立てを揃える外交交渉の定例とは真逆)と論評されて来た。トップがどこまでやる気満々でも、いわば「ボトム」の方ではトップの発想が従来のパラダイムからすれば突飛過ぎて、なかなかついていけないのが、双方の実情ですらある。北朝鮮側では、対米実務を担当する崔善姫財務次官が事務レベル交渉での強気の主張を繰り返し、米朝会談が破談になりかけて、金正恩自身がトランプ宛の親書でその主張を否定して事態を丸く収めたこともあったし、アメリカ側ではホワイトハウスの中でさえペンス副大統領が反対派、トランプはそれでも対北和解交渉を強行するために、国務長官をビジネス界出身のティラーソンから現職のポンペオ前CIA長官に交代させた。米韓合同演習の重要性を訴えるマティス国防長官も政権を離れている。 ことトランプにとっては、そうした国内の反対をどう説得するか、あるいは騙くらかすか、黙らせる必要が大きい。いやむしろ、そこにこそトランプにとっての内政的なうまみがあるとすらいえ、前任のオバマ政権が表向きは平和主義や国際協調を掲げながら何もせず、結果として核とミサイルの危機を生んでしまった現実を事あるごとにあげつらい、非難もして来た。 今回の会談の前には「私が大統領になっていなければ、今頃は北朝鮮と戦争になっていた」とまで主張していたし、会談後の記者会見ではただオバマを批判するだけでなく、これまでのあらゆる政権が誤っていたのだとさえ言ってのけた。既存のエリートそうによるエスタブリッシュメント政治の否定こそが、この大統領のポピュリズム的手法の根幹にある、その流れにある発言でもある。 そもそもハノイ会談でどんな「成果」があり得たのだろうか? しかしトランプと金正恩の二人自身は利害が基本的に一致しているからこそ、逆に今回の会談がアナウンスされて以来「しかしどんな合意が可能なのだろう?」「どんな成果を出せるのだろう?」と言うのが、筆者の当初からの率直な疑問だった。 形だけの「成功」ならいくらでも共同宣言なり合意文書なりの文言を工夫はできるだろうが、中身のある成果となると可能なものがほとんど見当たらないのだ。 トランプが中間選挙の厳しい結果と、その結果のねじれ議会で連邦政府の一部閉鎖に追い込まれて熱烈支持層以外からの支持を失い、ロシア疑惑などのスキャンダルでも追い詰められている今、この2回目の米朝首脳会談の「成果」は起死回生のカードになり得ると言う観測はもちろんあったが、だからと言ってトランプの気分だけで左右できる話ではない。 金正恩にとっても、建国以来の対米敵視から手のひらを返したような新たな外交方針は、内政的には両刃の剣でもある。祖父や父とは比べ物にならない強力な権力基盤(金日成も金正日もある意味、労働党独裁体制構造の上に乗っかったお飾りのリーダーでしかなかった)を構築して来たこの金「王朝」世襲三代目と言えども、一歩間違えれば労働党内部や軍から「アメリカ帝国主義に屈した」と言う国家存立イデオロギーそのものに基づく大義名分で突き上げられ、最悪クーデタを起こされるリスクすらある。つまり金正恩の側でも、「成果」は出し続けなければならないのだ。 それでも、双方が建前だけでなく実は本音でも合意している「朝鮮半島の非核化」は、この二人だけでは進めようがないどころか、そもそも米朝だけでは決められないものなのだ。最低限でも朝鮮戦争を最終的に、法的・形式的にも終了させることなしに「非核化」はあり得ないのだが、これには参戦国だった中国の参加が必要になる。 最重要課題は「朝鮮戦争の終結」、その鍵を握り状況を支配する中国・習近平 昨年6月のシンガポール会談でも、文在寅韓国大統領と習近平中国主席がサプライズで合流すると言う観測がギリギリまで飛び交い、文在寅は宿泊先まで抑えていたとも言うし、金正恩は米朝階段前に2度も中国を電撃訪問して、一昨年まではアメリカ相手以上に激しい罵倒合戦を繰り返して来た(「大きいだけののろまな近隣諸国」など)関係を修復して来た。金正恩には習近平の協力を取り付けた自信があったのだろうし、だからこそのシンガポール会談にもなった。 だが会談直前のギリギリのところで、トランプと金正恩、それに文在寅が期待していた通りにはならなかった。シンガポールで前日になっても事務レベルで様々なすったもんだが続いていたのは、アテにしていたはずの中国の協力という予測(というか期待)が外れて、慌てて形だけでもいいから合意をまとめ直さなければならなくなったから、と考えるのがもっとも合理的な説明だろう。そして現に米朝がここで交わした合意は、「形だけ」でしかなかった。 今回は開催地のハノイに、金正恩がなんと陸路・列車で向かうと報じられたのも、つまりは中国領内を通過することの意味が元々は大きかった。途中で北京に寄るか、天津あたりで習近平と会う、と言うことでもあれば、ハノイ会談には大きな、それも実質的な「成果」が期待できただろう。 […]

血迷ったとしか思えない、「蚊帳の外」から日朝直接対話に追い込まれる安倍外交の異常で非常識な悪あがき by 藤原敏史・監督

2018年8月9日 Henri Kenji OIKAWA 0

米朝首脳会談の直後から、日本外交史上前代未聞の「変なこと」が起こっている。とりわけ日本政府の最初の動きは、「非常識」で外交ルールの「掟破り」という点では空前絶後の「椿事件」かも知れない。外務省はまずモンゴル政府が主催した国際会議「ウランバートル対話」で北朝鮮に非公式・水面下接触を諮った。ここまでならまだ一応、国際会議の立食レセプションで話しかけるしか手段がないとはずいぶん困った異例の手詰まりとは言え、まだ外交ルールの鉄則常識の範囲内だった。 だが驚天動地というか呆れるというか、腰を抜かすような異常事態は、その接触が実際に行われる前から「これから水面下で接触する」とメディアが騒ぎ立て、立食レセプションの会場で日本のテレビ局のカメラが接触を試みる日本の外務省幹部と、その視線の先にいる北朝鮮外交官の姿を捉え続け、それがテレビのニュースで流されたことだ。 結局このレセプションで本当に話ができたのかどうかは未だ判然としないが、翌日には河野外務大臣がわざわざ記者に囲まれて取材を受け、非公式の水面下接触に成功して「日本の考えを伝えた」と滔々と語ってみせたのも驚きだった。この公然たる「水面下」接触(言うまでもなく矛盾している)は、日朝交渉の端緒を掴むためではなかったのか?「日本の考えを伝える」のは交渉が始まってからやることだ。 結局は交渉を始められるかどうかの課題すらクリアされた形跡もないままの単なる希望的観測で、今度はASEANの外相会合で河野太郎が北朝鮮の李溶浩外相と接触するかどうかが「焦点」だと日本の大手メディアは口を揃えて言い出したのだが、同じ国際会議に双方が出席すると言う以外になんの情報源もなさそうもないまま報道に載っているのにも呆れる。果たして、河野大臣は公式ガラ・ディナーで李溶浩と「立ち話」で「握手」して、相も変わらず「日本の考えを伝えた」のだそうだ。つまり1ヶ月以上前にウランバートルで部下に接触させたのと全く同じ話で、なんの進展もない。 わざわざ記者に自分を囲ませてパフォーマンスに余念がなかった河野太郎だが、相手側がどう応じたのかなど詳細は明かさず、その相手方である李溶浩は日本の記者の質問を悠然たる微笑みで余裕で無視した。つまり現段階で確かなのは、日朝間では全くなにも動いておらず、近い将来の展開も全く望めないことだけだ。それでもただの「立ち話」を自分の手柄のように言いたてているのが河野太郎なのだから、国民としては安倍内閣の「やってます」パフォーマンスの空虚さに呆れるというかシラけてしまう。 なんのための「水面下」「非公式」接触なのか意味が分からない 「ウランバートル対話」で日本外務省のいわば片思いストーカー行為のターゲットになった北朝鮮の外交官が、日本の記者に囲まれて質問ぜめに遭っていたのも「お気の毒」としか言いようがない。「それはおたくの国の外務省に聞いてくれ」と、イエスともノーとも返事のしようがなかったのも当たり前で、あくまで「非公式」で「水面下」のことは公表はしない、外交機密として外部に漏らしてはいけないのが、外交官の鉄則ルールなのだ。 だいたいそうでなくては「水面下」の意味がない。もちろん実際には、それぞれの国内世論を安心させるなどの情報操作を狙って、水面下接触が行われていることがそこはかとなく分かって来たり、どこからともなくリークで明らかになるのも、外交では日常茶飯事でもあり、水面下でどことどこが何を交渉しているのかを探る情報戦も外交官の日常業務だ。 逆にこのケースのように、まず交渉の端緒を掴まなければなにも始まらない状況では、国民感情的に強気を装わなければ世論の納得が得られないような対立関係があっても、「水面下」だからこそあえて、友好的で礼儀正しくとまでは言わずとも、少なくともまず信頼を得られるやり方を心がけなければ、交渉の入り口にも立てない。 だからこその「水面下」、公表せず、訊かれても答えないやり方を選ぶ必要もあるわけだが、そこで「水面下」のはずの接触を外務省がマスコミに取材するように命じていれば、その外務省は強気モードで「日本の考えを伝える」的な態度に出ざるを得なくなってしまうのも確かだ。 わざと北朝鮮外交当局の不信を煽っているとしか思えない だから河野外務大臣のやり口には、「いったい何を考えているのか? 何が目的なのか?」と首を傾げてしまう。水面下交渉が報道にリークされるのは通常、ある程度うまく行っているか、少なくとも交渉が進展している場合に限られる(破綻するのが目に見える状況になれば「なかったこと」に出来るように)し、いかに外交交渉はしばしば狐と狸の化かし合いとは言え、狐と狸どうしならではの信頼関係がないと使えないワイルドカードだ。なにしろ最悪、秘密をリークしたことを理由に交渉が一方的に遮断されるリスクだってあるのだ。 北朝鮮の外務省から見れば、この日本の「接触の試み」には不信感しか抱けない。同じ国際会議に出席しているのだからレセプション以外のもっと目立たない接触の手段もあるし、まして会場で接触を図ることをマスコミに事前に知らせる必要なんて、本当に交渉の糸口を探しているのなら皆無だった。 もちろん日本のテレビ局も、 ASEANはともかく「ウランバートル対話」は外務省から事前に知らされていなければわざわざカバーするようなイヴェントではなかったし、どちらの国際会議でもレセプションやディナーにばかり注目するのは異常な報道だ。日本の記者が北朝鮮の代表団を取り囲んだのも、日本の外務省に示唆されたというか、こと「ウランバートル対話」では日本のメディアは外務省の意向を受けて取材していると誰でも見抜くし、しかも外務大臣が「日本の考え方を伝えた」と一方的な虚勢をうそぶくようでは、本当にやる気があるかも疑わしい。 もし本気で動いていて、なんらかの将来性が期待できるなら、だからこそ逆にこうした段階ではシラを切り通すのが外交の常識だ。なにしろ「水面下」の最大の効用は、失敗した交渉は「なかったこと」にして失敗の責任を押し付けあってお互いを責めなじり合う(最悪、戦争になる)事態を防止できることにある。 しかも「非公式」で「水面下」、つまりは秘密裏に進める必要が出て来るのは、デリケートな交渉であればあるほど予測される多方面からの妨害があるし、それが防げなければ頓挫してしまう。なのに日朝交渉が始まるかどうかも分からない前から「水面下で接触する」とわざわざ公言するとは、いったい何事なのだろう? 安倍政権の真意は、対話の可能性をぶち壊しにして北側に責任をなすりつけること 現状の日朝関係は、交渉成立の見込みがまったく未知数どころか、双方の不信感が最高潮に達している。だからこそ非公式かつ水面下でいかに地道な接触から信頼を築き本格的な交渉のテーブルへ、というのが現場の外交官の腕の見せ所になるはずなのに、接触すら始まる前からここまで大騒ぎをしてメディアに(つまり日本国民にも、国際社会にも)筒抜けにしてしまったのが日本政府だ。 いうまでもないがウランバートルに日本のメディアが押し寄せたのは、外務省がその情報を流した、というかはっきり言えば取材するよう指示したから(情報を伝えること自体が指示になるのが、日本的な忖度社会の常)に決まっている、と誰もが気づく。 こんな奇行の意図はどこにあるのだろう? 普通に考えれば、森友・加計スキャンダルで政権の関与を示す数々の証拠文書が立て続けに暴露されてただでさえ立場が危ない安倍政権が、得意のはずの北朝鮮問題でも「蚊帳の外」批判を抑さえ切れなくなった窮余の策で、とにかく何かやっているポーズは見せなければと、大慌てで日朝直接交渉で拉致問題解決の姿勢をアピールしようと焦った、と言うのが普通の見立てだろう。 だが本当に日朝交渉で拉致問題を解決したいのなら、なぜ接触が始まる前から信頼関係をぶち壊しにしかねない外交ルール違反をやったのだろう? 日本側と水面下で話したかどうかを日本の記者が北朝鮮の外交官に詰め寄って問い質す(その日本の記者はもちろん、日本の外務省から情報を得ている。つまり北朝鮮から見れば日本外務省のメッセンジャーないし子分)なんてことになれば、相手側は「日本政府は信用できない」と判断するし、ちゃんと断って来るならまだいい方で、徹底して無視されても当たり前、それもまず話し合おうと言うのですらなく「日本の考え」をいきなり一方的に言っただけでは、交渉もへったくれもない。 これも安倍政権がそこまで愚かで非常識な政権だから、と言ってしまえば楽ではあるが、いささか短絡的に過ぎ、この政権の本質や真意を見くびった甘い見方なのではないか? […]

成果あったの?なかったの?トランプ&金正恩「型破りペア」がシンガポールで直面した「従来型政治」の思わぬ抵抗

2018年6月20日 Henri Kenji OIKAWA 0

結論から言えば、中国がなぜかまったく動かなかった時点で、具体的な成果が出せないのは避けられなかったのが、米朝6.12シンガポール首脳会談だった。多くのメディアが事前に予測したつもりでいた「朝鮮戦争の終結」にしても、そもそも米朝だけでは決められないのになにを言っているのか? もうひとつの当事国である韓国・文在寅はシンガポールに合流する準備を進めていたものの、その合意と署名が必須になる中国・習近平はまったく動かなかった。 まったく思惑が外れた意外な展開に焦った金正恩が、米朝会談から一週間経って、三度目の電撃訪中で習近平との直談判に乗り込んでいるが、果たして事態を再び動かし始めることはできるのだろうか? そもそも中国はなぜ動かなかったのだろうか? これまで思うがままにアメリカも中国も巧妙な外交戦略で動かして自国の立場を確保して来た金正恩には、中国共産党のサラブレッドの生まれながらの政治的動物・習近平の老獪さからのまったく思いも寄らないしっぺ返しだった。 果たして親子ほどに年齢の違う相手を、金正恩は再び「味方」に引き込めるのだろうか? 今対中国で彼が使えそうなカードは、まったく見当たらないのだが、適当にあしらわれて亀の甲より年の功と超大国の政治との格の違いを見せつけられて終わるのだろうか? 気がつけば突然孤立していたトランプと金正恩 なにしろトランプがかなり直前まで「朝鮮戦争の終結」を示唆していたのも、中国が合流することを期待していたから以外には考えられないし、水面下で呼びかけていたとしてもおかしくない。ところがなしのつぶてのまま会談前日になってしまい、うろたえた両国がなんとか新たな落とし所を探っていたので、実務協議が深夜まで続いたのだろう。 「朝鮮戦争の終結」だけではなく、もっとも肝心とされた「非核化」でも、具体的な成果が出せなくなった最大の障害が中国の沈黙だ。北側の核放棄の手順については事前の実務レベル協議で手法や手順について一定の結論が出ていて、アメリカも満足する内容だと、訪米した金英哲・労働党副委員長との会談後の会見でポンペオ国務長官が言っていた。ならば残る問題は、金正恩がそのプロセスを始められるだけの条件が整えられるかなのだが、これこそ中国の積極的なコミットメントなしには進められず、さらに言えばロシアも関わって来る。 その中国は、シンガポールへの金正恩の搭乗機を手配して恩を売っただけで、実際にはなんの動きも見せなかった。ロシアはラブロフ外相を平壌に派遣して首脳会談を決めたものの、日程はなんと9月、はるかに先の話だ。今後はトランプと金正恩が、その9月までにどう中国とロシア相手に巻き返しを見せて巻き込んで行くのかが、大きな注目点となるのだろう。 トランプも金正恩も切羽詰まっている。トランプは11月に中間選挙を控えていて、ここで勝てなければ米朝交渉にアメリカ国民の信任を得られなかったことになってしまう。トランプが敗北して政権がレームダック化してしまえば、北朝鮮から見ればなし崩しにアメリカが敵視政策に逆戻りにもなりかねないと警戒するしかないし、せっかく確保した米朝和解の道筋が水泡に帰すことになればこれまで凄惨な粛清まで繰り返して確立して来た強力な国内の政権基盤も一気に揺らぐだろう。 もはや対立の構図は「アメリカ対北朝鮮」ではない 今のところ金正恩は、この会談で一気に祖父・金日成を超える天才指導者的な評価すら国内的に確保できたようだが、それを維持するには米朝交渉をなんとしても成功させ、このまま軍を押さえ込み続け、これまで核開発に当てていた(つまり軍が確保できていた)予算を経済発展政策に回そうとしている。だが今のところは影響がまだ限定的な経済制裁も、こうして経済発展政策を推し進めて行けば遅かれ早かれどうしても足枷になるので、核放棄をスピーディーに進めて制裁をなくすことがトランプだけでなく金正恩に共通する狙いになる。しかし今回の合意のレベルでは、金正恩は自国の安全保障上、まだこのプロセスが始められず、それでは中間選挙までには目に見える実質的な変化が欲しかったトランプも困ってしまう。 それどころか、結局は全く動かなかった中国がこのまま北朝鮮をめぐる東アジアの安全保障状況の大変革にやはり乗らない、と言うことになれば、アメリカでも北朝鮮でも、双方のリーダーが提起している大変革に懐疑的、ないし反対する勢力が一気に巻き返すことにもまりかねないのだ。そうなっても中国にとっては結局はなにも変わらなかったと言うだけの結果でも大きなデメリットはないし、これまでさんざん中国への反発を露骨に示して来た金正恩の権力が弱まるか、失脚にまで追い込まれれば、北朝鮮を再び事実上の属国扱いできるようにもなるかも知れない。これはこれで中南海にとっては「国益」だろう。 言い換えれば「どっちに転んでも我が国は困らない」という立場をいつの間にか確保してしまった中国を、トランプと金正恩がこれからどうにか説得して、「やはり北朝鮮問題が解決した方が我が国の国益だ」と考えるように仕向けなけられるかどうかが、今後本当に北朝鮮が核兵器を放棄して朝鮮半島が非核化されるかどうかを、大きく左右することになった。 会談後の記者会見で、トランプは中国への批判的な言及を慎重に避けたが、本音は腸の煮えくりかえる思いだったことだろう。つい口を突いて出て来てしまったのは、「隣に核保有国があるのは中国にとっても決して嬉しいことではないはずなのだが」だった。 なのになぜ中国は協力しようとしないのか? トランプにとってはそもそも理解不能だろうし、だからこそひどく困惑もしているだろう。 親子以上に歳の離れたトランプがしきりに若き金正恩を慰め励ます意外な展開 事態をもっと深刻に受け止めていたようなのが金正恩だ。全世界に中継された文在寅との軍事境界線を超えた握手の時とはまるで別人のような、緊張し、不安に苛まれてこわばった表情が、会談会場に到着した時から目立っていた。かくして半日間の日程の要所要所で、トランプの気遣いで金正雲がやっと笑顔を見せるという光景が繰り返された。 土壇場でなんの具体的な「成果」も発表できなくなった今回の米朝首脳会談だが、この一点だけは前向きで肯定的な進展と言えるのかも知れない。皮肉と言えば皮肉なことだが、中国の思わぬ冷淡さが、かえって米朝首脳の二人の絆を強めることになったのだ。 「歴史的な米朝会談」はとっくに「アメリカ対北朝鮮」の構図ではなくなっている。実際の対立軸は、東アジア(アメリカから見れば西太平洋)の安全保障の構図が、旧来の冷戦を中途半端に引きずったまま、実はアメリカ対中国、アメリカ対ロシアが相変わらずの実態であることのカムフラージュとして、それぞれの国が政治的にも公式には、そして経済的にも露骨に対立できない現状を誤魔化すいわばバッファ・ゾーンとして北朝鮮を「奇妙で危険な小国」イメージのまま利用し続けるのか、そんな旧来の枠組みを時代錯誤で無益とみなし、新たな国際協調の枠組みを模索するのかをめぐる、国家間対決の枠組みを超えた駆け引きと暗闘だ。 ここにはとりわけ関係各国の軍の意向や利害が強く絡んで来る。朝鮮戦争の正式な終結が決まり北朝鮮を中心とした(ないし、利用して来た)対立の構図がなくなれば、在韓米軍も韓国軍も、人民解放軍の東北方面軍も、日本の自衛隊も必要がなくなるとまでは言わないが、今の規模で維持する必然性や正当性がなくなる。プーチンがアメリカへの対抗であることを隠していないロシアの極東軍でさえ影響はあるだろうし、北朝鮮軍に至っては存在理由がなくなるのに近い。金正恩にとってはその軍に「反米」を正当化の理由として費やして来た予算を、今後は経済発展や国民生活の向上に当てることが可能になり、これは長期的に見ればその体制を、強権的な恐怖政治から脱せられない現状よりも遥かに安定させることにもつながる。 現に父・金正日の代の「先軍政治」を着々と変革して軍の押さえ込みにも一定の成功を納めて来ているのが金正恩の現体制で、だからこそ通常兵力や兵士の人件費の予算さえ減らして核開発の急進展も実行できたし、逆にその放棄の意思をあっけなく宣言することも可能なのだ。独裁体制とはいえ文民の政府がここまで軍をコントロールしてその利権を押さえ込めているのは、近代アジアの政治史の中では珍しいことでもある。 […]

失敗だけは絶対にない米朝6.12シンガポール会談と、直前の大荒れG7から占う世界情勢の大激変 by 藤原敏史・監督

2018年6月15日 Henri Kenji OIKAWA 0

今から振り返るとなぜ米朝首脳会談は6月12日になったのだろう? 発表したのがホワイトハウスだったことを考慮すれば、あえてカナダでのG7サミットの直後に設定されたのもトランプの意図だったのだろうが、ならば「気が散る」と言って中座してしまったのも最初から意図されていた演技か、計算されていた選択肢だったと言うことになるのだろうか? しかも前々日夜にシンガポール入りしたトランプが、丸々1日スケジュールを空けているのも異例だ。 史上初の米朝会談にばかりメディアの関心は集中するが、例えば日本の直接の国益ならば、所詮日本が「蚊帳の外」の北朝鮮情勢よりもG7の方が直接の影響は大きい。トランプはこのG7会議にわざと狙いを定めて、大統領選挙で公約した「超保護主義」にすらもはや留まらない、政治体制や価値観を一応共有する「同盟国」側であると同時に、だからこそ経済・産業では熾烈な競争を続けるライバルである旧西側先進諸国相手に威圧的な攻撃性を剥き出しにしたのだ。対照的に北朝鮮との融和ムードは強調し、遥かに小国を相手にあくまで主権国家どうしの対等性に丁寧な配慮も欠かしていないし、中国との貿易摩擦解消交渉も意外に順調に進めているのは、旧来の「世界秩序」への露骨な挑戦にも見える。 そしてG7の閉会式をサボタージュしたトランプは、議長国カナダのトルードー首相が記者会見した共同宣言についてシンガポールに向かう機中からのツイートで「合意できないので米国は承認しないよう指示した」とまでこれ見よがしに公言している。ロシア疑惑の足かせでプーチン政権との接触が出来ないトランプだが、これさえなければトランプが今や相当にはっきりさせていたであろうことがある。戦後世界の米ソ対立の冷戦構造を、この型破り大統領はぶち壊しにかかっているのだ。 確かに全米ライフル協会の支持を受け、人種差別団体との関連も疑われるトランプ政権は分類としては「アメリカ極右」だ。だがその「極右」の立ち位置が、冷戦時代の「反共」ステレオタイプを引きずった見方ではもはや理解できなくなっている。トランプは確かにアメリカ国内に激しい分断を引き起こしたが、その「分断されたアメリカ」の対立構造もまた過去の「反共保守」対「リベラル(左派)」とはかなり異なった、複雑に階層化したものに変質している。 トランプ「ならいっそあらゆる関税も非関税障壁も撤廃すればいい」 「アメリカの保護主義」(のレベルをもはや越えた攻撃性)で紛糾した首脳会議でトランプが言ったとされる発言も興味深い。「ならいっそ、あらゆる関税も非関税障壁も撤廃すればいい」と言うのは、ヒートアップした議論で思わず感情的になって言った暴言のようにほとんどの報道が解釈しているが、果たしてそうなのだろうか? むしろトランプの確信犯っぷりが透けて見えはしないか。 G7サミットはもともと経済会議で、参加している主要先進国は「自由で公正な」経済ルールの理念を共有する、と言う建前になっているが、もちろん現実にそうであったことは一度もない。どの先進国も得意の輸出分野では「自由貿易」を標榜しつつ、自国の主要産業だったり政権党の重要な票田に結びつく分野(例えば日本の自由民主党やアメリカ共和党、ドイツのキリスト教民主同盟のような大衆保守政党なら農業)については例外的な特例を主張したり、1980〜90年代に大問題になった日米貿易摩擦のように、「自由で公正な」とは真逆のやり方で、安全保障上の外交的主従関係をカサに来た政治圧力で問題を強引に自国の都合で解消するような事態が、現実にはたびたび起こって来た。 政治の世界で育って来たプロ政治家にとってはこういう二枚舌も「当たり前」であってなんの疑問も感じないのかも知れない。外交交渉が妥協と二枚舌三枚舌の芸術であるのは、西洋近代史の流れの中にある現代の「世界秩序」の起源となる1848年のウェストファリア体制以来のいわば「歴史的伝統」ですらある。 だがそうした西洋中心史観から一歩引いて見れば、これを「芸術」とみなすこと自体がその枠内で世界の政治外交の中枢を担って来た側の無自覚な独りよがりに過ぎないのかも知れない。現に近現代の世界が体験して来た凄惨な戦争や壮絶な軋轢は、その妥協・二枚舌が当然内包するほころびと、それを駆使して来た側が一方では国力任せの不公正さに胡坐をかいて自国の国益を実はゴリ押しして来た欺瞞性への不満が遠因にあるとすら言える。 もっとも直近の例で言えば、他ならぬ「北朝鮮の核武装計画」もこの典型だった。冷戦の終了と米ソ間の妥協、理想主義を放棄した中国の変質とソ連の崩壊をめぐる様々な妥協の中途半端の中で、朝鮮戦争が「休戦状態」のまま取り残された北朝鮮は、突然ソ連からの庇護を失ってアメリカの巨大核武装に直面することになってしまった。ならアメリカにその核兵器を使わせないためのせめてもの安全装置、「アメリカの核攻撃を仕掛けられるならこっちも一発くらいは核兵器をぶっ放すから覚悟しろ」という抑止力として、核武装を目指す以外の選択肢は北朝鮮にとっては見当たらなかったのだろう。 なんと言ってもあらゆる主権国家がそれぞれの国民の主権と民族自決権の下に平等である、とした国連中心の戦後世界の建前も、この70年以上のあいだ本当に実現したことがない。理想がただの建前でしかないのなら、戦後世界の覇権に固執して来たアメリカから北朝鮮が身を守るための有効なカードが「核武装」だったのも確かだ。なにしろその北朝鮮は、公式にアメリカと「戦争状態」のままで、韓国にはアメリカが北朝鮮を核攻撃で殲滅して欲しいと願望する極右層も一定の力を持っていた時代も長かった。 逆に言えば、トランプが北朝鮮問題について「今までの政権の誤ったやり方は踏襲しない」と言い続けて来たのは、これまでのアメリカの、例えば人権問題や北朝鮮が事実上の世襲の独裁国家であることへの非難を大前提に、北朝鮮をしょせんはいびつな小国と見下して国際的に孤立させることで自国の覇権を喧伝して来た交渉手法こそが、「これでは金正恩が本気で交渉に乗るわけがないだろう」と見抜いた上での主張だったのではないか? そのトランプの「アメリカ・ファースト」も「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」も、国際社会でアメリカの覇権を維持することこそが国益という考え方では必ずしもない。むしろ第二次大戦以前の孤立・不干渉主義に立ち戻った「アメリカは勝手に繁栄するから他の国も同じように頑張ればいい」という発想に近いものだ。 G7「同盟国」より中国、ロシア、そして北朝鮮を重視するトランプ トランプが今回のG7サミットで吐いた「暴論」ではもうひとつ、G7の枠組みは「時代遅れで無駄」と断じてロシアを復活させるG8、ひいては中国も参加させるG9まで主張したらしい。これも既存の冷戦構造的な世界観を真っ向から否定して、「旧共産圏」のロシアや中国を対等の「商売相手」とみなして既存の「アメリカ側」西欧先進国などと同等に扱う考え方だ。 もちろん第二次大戦後の世界で「自由と公正」を建前としてだけ悪用しつつ、あからさまな不公正すら国力任せに(主に小国に)強いて、CIAの秘密資金を含む金のバラマキと脅迫まがいの二本立てで自陣営に取り込んで屈服させて覇権を維持して来た国と言えば、どこよりもまずアメリカ合衆国だ。中南米の独裁国家のほとんどはCIAの支援で権力を維持して来たし、チリのピノチェト政権でもペルーのフジモリ政権でも、自由と民主独立を求める民衆勢力を弾圧し虐殺すら繰り返した背景には、アメリカの意向があった。キューバ革命でさえ初期の、カストロが共産主義否定発言を強調していた段階ではCIAが膨大な資金援助をしていたし、この革命が中途半端に終わりたとえばチェ・ゲバラが殺害されるに至った背景にも、アメリカとソ連の、アメリカの勢力圏である中南米では本格的な民主革命は実現させない、という妥協があった。 自由貿易体制にしても、自由競争原理を恣意的に捻じ曲げたりアメリカ企業に有利なルールを強要して自国の利益を優先させながら、自由競争原理の結果としてアメリカから製造業雇用が流出すると強権的なやり方を行使して来たのもアメリカだし、ウォール街が何度も致命的な破綻を起こしては世界経済を混乱させて来ても、破綻や不正を防止する制度は形だけで徹底させないまま不公正を温存して来たのもアメリカだ。そんな理想の建前と覇権主義の二枚舌を駆使して来たアメリカのトランプにこそ「お前が言うな」と言ってやりたい気にもなるが、しかしトランプが言い放った暴言は一方で、確かに妥協と偽善と欺瞞で骨抜きにされて来た「自由で公正」の建前の欺瞞性への痛烈な一撃だったとは言える。 「超大国アメリカ中心の世界」の崩壊を加速させるトランプ G7サミット自体が東西冷戦構造の遺物であり、だから一時はロシアも参加してG8になったのが、ロシアのクリミア侵攻に対する抗議と国際制裁の一貫で元の冷戦構造的枠組みに戻っているのが現在のG7だ。トランプはあたかも、そんな時代錯誤な枠組みに後ろ足で砂をかけるように、ロシアも参加させなければ意味がない、との捨て台詞を残してシンガポールに飛んでいる。 一連の流れのなかでひとつはっきりして来ているのは、東アジアに残存する冷戦構造の枠組みを解体することと、イデオロギーに基づく政治的価値観の違いで特定の国を「同盟」「味方」とみなし価値観の違う国を敵視する枠組みの否定だ。板門店での韓国・北朝鮮会談でも、シンガポール6.12会談に向けた米朝の事前交渉でも、文在寅とドナルド・トランプに共通している態度は、北朝鮮の現体制については「それは北朝鮮の主権の範疇で内政干渉はしない」という明確な姿勢で、なんの文句もつけていないところだ。金英哲・朝鮮労働党副委員長のホワイトハウス電撃訪問の後でも、トランプは「人権問題の話はしてない」と明言している。 ことアメリカの国内政治的には外交で絶対に言わなければならないとされて来たはずの「人権問題」も、トランプは中国相手にその批判もしていないし、北朝鮮相手でも米朝直談判に応じると宣言して以降は封印して来ている。ただ自国民を保護すると言う近代国家の最低限の義務だけに鑑みて3人の自国民の解放だけで満足する姿勢も明確だった。日米首脳会談で安倍首相へのリップサービスで拉致問題に言及したのも、あくまで「安倍首相にとって個人的に重要なテーマだから」と言うだけで、「人権問題」とみなして北朝鮮相手のアメリカの交渉条件とすることは避けている。 言い換えれば、拉致問題は「提起する」と言っただけで、つまりはその解決も含めた日本との話し合いを北朝鮮に促す以上の期待は出来ないし、金正恩が「それはアメリカには関係がない」と言っただけでも話は終わる。もちろん金正恩にも実はそんなつもりがないし、トランプもまたその方向ですでに交渉を誘導している。アメリカの選挙民への世論対策も含めて、北朝鮮にアメリカの国費で直接の経済援助をするかどうかについて「我々はとてもとても離れている」、だから経済援助は「近所」つまり日本、韓国、中国がするのではないか、とメディアに向けて繰り返し、一方で日米首脳会談では日本に北朝鮮への経済援助の準備があるという言質を安倍首相から取っているのだ。 […]

たった三日で突然「中止」から一転仕切り直し。米朝会談をめぐるトランプの「雨降って地固まる」作戦の思惑と不安要因 by 藤原敏史・監督

2018年6月3日 Henri Kenji OIKAWA 0

日本時間では5月24日午後11時の突然のホワイトハウス発表は確かに衝撃だった。トランプ大統領がが6月12日の予定だった米朝首脳会談の「中止」を決断し、すでに通知する書簡を平壌に送付したというのだ。 その前々日には訪米した文在寅韓国大統領との会談では「延期」の可能性までは示唆していたトランプだが、前日になって「予定通り」と発言を修正していただけに、ショックはさらに大きかった。 また大統領自らの書簡というのも型破りだったし、その中身がこれまた通常の儀礼的な公式外交文書の範疇を大きく逸脱していただけに、外交の専門家でもその真意を読み解くのには慎重さが要求されるだろう。なぜこんなやり方をあえて取ったのか? もっとも、文体や語彙(通常外交文書ではまず使われない感情に直結した形容詞、例えば beautiful が何度か出て来る)の選択からして、これが外交書簡では通例の、外交官の準備した定型文ではなく、ドナルド・トランプ本人が書いた文章だったのは明らかだった。 型破りではあるが素直に読めば、トランプの真意が驚くほど正直に記されているように読めるのも確かだし、なよりもわざわざ彼自身の言葉になったことそれ自体が、勘案すべき重要な要素になる。 果たして北朝鮮側もそこに込められた(と言うかあからさまに明文化はされていた)トランプの「真意」をすぐに理解し、ほんの三日でこの「中止」騒動は収束した。それどころか「雨降って地固まる」効果にさえなっているのが現状だろう。 「中止」と言いつつ未練たっぷりのトランプの「正直な気持ち」表明 冒頭からわざわざ「会えることをとても楽しみにしていました」で始まる長い一文なのも異例だが、本当に自分の気持ちを書いているのならすんなり読解できる。会談は楽しみだったし必ず双方にとっても世界にとっても有意義な成果が出せると確信していたが、ここ数日に北側から発せられた言葉があまりに乱暴すぎて、今は有意義で友好的な会談ができるとは思えない。だが最後には「気が変わったら、手紙でも電話でも、いつでも直接連絡して欲しい」と結ばれているのは、つまりこれを一方的な決裂宣言と読むこと自体がおかしい。 日本のメディアではアメリカの核武装を強調した一文ばかりを強調しているが、崔善妃・北朝鮮第二外務次官の声明が「両国が首脳会談ではなく核対決の舞台で」とあまりに挑発的な一節を含んでいた以上、これくらいは言っておかないと、というレベルの言及で、「売り言葉に買い言葉」にしてはむしろおとなしく、躊躇すら感じられる。 トランプの書簡は自然に読めば相手をなだめながら、双方のボタンのかけ違いからうまく行くはずの交渉が感情的な軋轢で破綻するかも知れないので、仕切り直してもう一度やり直そう、と言う内容だし、極め付けで最後には金正恩が自分に直接連絡を、とまで言っているのだ。 逆に言えば、この一週間のドタバタは、いずれもトランプ自身の言葉でも、金正恩の名前で出されたのでもない乱暴な発言の応酬で起こっていた。トランプがいったんは「中止」と表明したのも、ペンス副大統領の(意図的としか思えない)金ファミリー・北朝鮮労働党を惨殺されたリビアのカダフィ議長に喩えた挑発的暴言があり、これに対して崔善妃がほとんど反射的・自動的な対抗意識を剥き出しにした声明を発表したからだった。 首脳同士の「前のめり」についていけない両国政府 これを米朝間、あるいはトランプと金正恩の「駆け引き」とみなすのはあまりに見方が安易過ぎて、肝心なことを忘れているというか、メディアはまず北朝鮮に関して自分たちが何を報道して来たのかも忘れたのだろうか? 今年に入ってからの金正恩の対話姿勢を「意外」と「予想外」と言って来たのは誰だったのか? トランプについても「前のめり」批判を続けて来たではないか? 双方ともに「前のめり」なのはその通りというか、平壌でもホワイトハウスでも、リーダーの独断と独走で事態が急転して来ている。アメリカ側では大統領本人と新任の国務長官マイク・ポンペオ(CIA長官から横滑り人事)、北朝鮮側では妹の金与正などの最高レベルの側近や金英哲・労働党副委員長(対韓国戦略担当のトップと言われている)らごく一部の幹部以外には、この首脳会談に向けた首脳の強い意思がきちんと浸透し理解されているとは必ずしも言えないし、それも無理はない。 たとえば崔善妃はつい昨年暮れまでは対米交渉担当で強面の強硬姿勢の前面に立って来た一人だったが、今年に入ってからは金正恩が自ら牽引する対話モードの中ではほとんど出番がなく、立場としても外務省の次席の次官でしかない。その崔次官がいわば「今ままで通り」のパターンの反応を示したのも、独裁体制のテクノクラートとしては自然というか、むしろありがちな(ほぼ事務的な)反応だ。 しかもリビアのカダフィ議長のように金正恩が殺されればいい、と言わんばかりの発言をしたのが、アメリカの副大統領だったのだ。ドナルド・トランプが脳卒中や心臓発作で倒れたり、ロシア疑惑で弾劾辞職となった時に後任のアメリカ大統領になるのが副大統領であるペンスだ。あるいは、トランプが大統領選の二期連続出馬を見送った場合でも共和党の最有力候補はペンスになるだろうし、そうでなくともペンス自身が共和党右派の重鎮だ。アメリカ大統領は二期までだし、仮にトランプがその二期を勤めても7年後に反故になるようなあやふやな話なら、北朝鮮が「国家核武装」を放棄できるわけがない。 だから北朝鮮のテクノクラートが強硬な反発を示すのも当たり前、想定の範囲内だったはずだとは言っても、崔善妃の声明がこれまた「両国が首脳会談の場ではなく核対決の舞台で対峙することになる」、つまりは核戦争すら示唆する内容だった。昨年までの北朝鮮外務省なら「いつも通り」の内容でも、状況がまったく変わっている中で、これではアメリカ政府内の反対派を勢いづかせることにしかならず、トランプとしては困惑するしかない。ビジネスの世界ではまず起こらない、その実感情論ですらないこうしたボタンの掛け違いは、政治特に外交の世界では、なぜかしばしば起こるのだ。 首脳の心からの感情表現が外交を劇的に動かした異例の事態? そこまで含めて計算づく? いかにも残念無念そうに、ほとんど舞台の名演技のように未練たっぷりな表情で「中止」を発表したトランプは、目に涙すら浮かべた女性たちも含めてまるでお葬式のような雰囲気を醸し出すホワイトハウスのスタッフに囲まれていた。その中でひときわ目立っていたのが、妙に神妙かつ深刻そうで生気の欠けた眼と固まった無表情のペンス副大統領だった。 もともとこのトランプ独走の米朝和解方針に反対で、まったく非現実的な火遊びと言うくらいにみなしていたペンスにしてみれば、自分の目論見通り米朝首脳会談が潰れたのだからもう少し嬉しそうな顔をしても良さそうなのが、むしろ自分が大統領の真剣さを見誤ってしまったミスと、大統領を深く傷つけてしまったことを深く後悔し、今大統領にその自分の尻拭いをやらせてしまっている事態がいたたまれないようにも見えたのは、筆者だけだろうか? […]

米朝首脳会談は6月12日シンガポールに決定。めまぐるしく展開する北朝鮮情勢をどう読み解くか?by 藤原敏史

2018年5月14日 Henri Kenji OIKAWA 0

日米首脳会談でトランプが安倍に、在韓米軍を撤退させる可能性を示唆し、安倍が猛烈に反対したらしい。この5月4日の読売新聞のスクープを、他の大手報道機関、特にテレビはほとんど無視している。 安倍の反応が国内的には一応批判が集まるものなので、日本の大手メディアが逃げるのも分からないでもないが、これ自体は今さら驚くようなことでもない。安倍政権は米朝対話に反対だったし、とにかく「最大の圧力」にひたすらこだわり続けていることからも分かるように、朝鮮半島の緊張状態の継続かさらなる悪化を望んでいる。北朝鮮を敵視どころか悪魔視し続けられる方が政権維持に有利なので、トランプの「あらゆるカードがテーブル上に」発言に武力行使を期待していたほどだった。 それに北朝鮮をもう敵視しないから在韓米軍を撤退させるというのなら、同じ論理は在日米軍にも適用されるかも知れない。トランプは元々選挙公約で在日米軍の縮小すら匂わせていて、就任当初にはその撤退をチラつかせて日本政府の負担を増やすよう要求して来るのではないか、という不安が日本の政界を揺さぶっていた。対米従属で「アメリカに守ってもらう」という安心感を暗黙の政権基盤として来た安倍政権(というか、歴代自民党政権には大なり小なり同じような傾向があった)にとって、この議論の再燃は致命的だ。 しかも今回は単なるカネの問題、つまり日本がアメリカ製の高価な武器を買ったり思いやり予算を増やすことで切り抜けられる議論では済まない。「必要ない」、だから「撤退」が在韓米軍だけでなく在日米軍にも適用されるのではないかと安倍が不安を覚えて慌てて反対したのは完全に想定の範囲内だし、そもそも安倍もやっと話を合わせるようになって来た「北朝鮮の核放棄」ではなく「朝鮮半島の非核化」なら、日本や韓国にアメリカが提供して来た「核の傘」はなくなってもおかしくないのも理の当然だ。 在韓米軍の撤退の可能性すら安倍に示唆していたトランプの真意 むしろ政治外交のニュースとしてこのスクープに価値があるのは、そんな安倍にわざわざトランプが在韓米軍撤退の可能性を示唆したことの方だ。 安倍の反発が分かっていてあえてそのボールを投げてみせて、いわば「反対を引き出した」ようなジェスチャーは、この交渉で日本を完全に蚊帳の外に置くことの最終確認のような意味合いを持っていたとみなすのが今のところ妥当だろう。この首脳会談自体が、北朝鮮問題についてはトランプが「俺が決めることだから安倍は口を出すな」と言うメッセージだったことは、以前にも本サイトの記事で指摘した通りだ。 第二次安倍政権になってから日中関係の悪化が続いて来たが、実に2年半ぶりになる日中韓三ヶ国首脳会談を東京で開催することで外交的な「窮地」の克服というか、要するにあまりに「蚊帳の外」状態があからさまでは国内での立場も危うくなり、訪米した拉致被害者の家族会からも全日程終了後の会見で他国頼りの安倍がなにもやっていないことに痛烈な批判が飛び出したり、横田早紀江さんも安倍と金正恩が直接対話することでしか拉致問題は解決しないとの発言し、これまで安倍の最大の人気取りカードだった「拉致の安倍」偽装(つまり、実は何もやっていないし、できない)が崩れつつある状況の挽回を狙ったつもりだったはずが、まったくの空振りに終わったどころか、逆に安倍の「蚊帳の外」っぷりでは済まない「邪魔者扱い」の結果になった。 なにしろその前日に金正恩が再び電撃訪中していて習近平と首脳会談をしていたことを中国が明らかにし、トランプがその習近平と電話会談を行うことをわざわざツイッターで公表、立て続けに国務長官に就任したマイク・ポンペオを平壌に派遣したのだ。日本が参加する会談には対北朝鮮交渉においてなんの意味もないのだと、今度は中国とアメリカと、そして北朝鮮の結託で証明されたに近い。しかも三国共同宣言の採択が夜中までずれ込んだのも「日本が歴史問題で中国と対立している」と韓国に暴露されるオマケまで付けられてしまった。 金正恩とトランプのこれからの交渉は決して生易しいものではないし、そこには中国の利害も深く絡んで極めて複雑なものになるだろう。ロシアがどう介入して来るのかもまだ読めない。 だが韓国も含めてこれら日本以外の関係各国の利害は、一点で完全に一致している。この一連の交渉で北東アジアの安全保障状況がある程度は改善に向かうことが確定的になるまでは日本は排除する、安倍に邪魔はさせない、というところだ。 見るからにチグハグな日中韓サミットで確定した「安倍は無視」 もっとも、今回の日中韓サミットに主席の習近平ではなく李克強首相が来日したことからして、中国が日本と北朝鮮問題を話し合う気がないことは最初から明白だった。 李首相の担当は主に経済で、軍事安全保障や外交マターならば習近平が来なければ話が始まらない。なのに李首相を派遣したということは、中南海が日中関係について政治的・外交的な正常化をもはや諦めていて(安倍が口先では「友好」を言いつつ中国を逆恨みし続ける歴史修正主義者の本性を隠そうともせず挑発すら繰り返して来たのだから当然ではある)、日中の密接な経済関係という実利にしかもはや関心がなく、スキャンダルまみれの安倍政権がこのまま続くとも思えないからとりあえず次期政権が多少はまともになることを期待しつつの関係改善の儀礼的アピールくらいにしか、この三国サミットを見ていないという意思表示が露骨だ。 三首脳のまったくチグハグな共同会見でも、李克強はひたすら日中韓の密接な経済関係を強調し、三国間の自由貿易の尊重を提唱してトランプの保護主義を牽制することで日米間の利害の不一致(にも関わらず安倍政権がトランプにひたすら媚を売るだけであること)も同時にあてこすってみせた。同日の午後には予定外の中韓首脳会談も行われ、その場で中韓両首脳が午前中の会見で安倍が言ったことを事実上ことごとく否定してみせてまでいる。 さらに三国の共同宣言の発表が、歴史問題を巡る日中の意見の相違で発表がズレ込んでいると韓国が報道にリークしたのも極めて象徴的だ。一方では「完全かつ検証可能な不可逆的な非核化」というアメリカがこれまで使って来た文言を入れるかどうかでも、中国が反対したという日本の官邸筋の情報もある。なんとかアメリカと中国の間にクサビを打ち込みたくて日本側が流したデマなのかも知れないが、結局は韓国が日本の説得・調整に回って文面は「完全な」だけになり、共同会見で安倍が主張した「圧力で一致」も言及がなくなってしまった。中国が日本を牽制しているか、韓国(とアメリカ)が中国を動かして日本を黙らそうとしたのか、どちらにしても日本の蚊帳の外っぷりどころか邪魔者扱いが際立つし、それも事前に計算された演出だったと考えておいた方が無難だ。 それにしても、この日中韓サミットの前日にわざわざ金正恩と二度目の会談があったことの発表を持って来るとは、中国の対日(というか対安倍)ダメ押しアピールも相当なものだ。恐らく(というかほぼ確実に)今回の金正恩の訪中は、5月2日3日に訪朝したばかりの王毅外務大臣が、その時に日程も含めて要請したものだろう。南北首脳会談の「板門店宣言」の文面では、王毅氏が平壌で金正恩に会っただけでは習近平の不安をぬぐい切れず体面も立たなかったのが、容易に想像がつくのだ。 金正恩二度目の電撃訪中は習近平の希望 習近平にとって大問題だったのは「板門店共同宣言」における中国の扱いだ。今年中に朝鮮戦争を正式に終結させる、という第一項目の中で、韓国と北朝鮮はわざわざ自分たちとアメリカの三ヶ国でとまず書き、そこに続けて、あるいは中国を加えた四ヶ国での話し合いを呼びかけていた。 わざわざ中国抜きの交渉もあり得るかのような言い方をしていたのは、あからさまに習近平に向けたジャブであり、トランプがこの宣言について(わざわざ)極めて肯定的なツイートを繰り返し、その中で(これまたわざわざ)習近平の貢献も忘れないでくれ、と援護射撃までやったことは、事態が南北朝鮮とアメリカの三ヶ国のいわば「出来レース」で進んでいる可能性を強く示唆しつつ、中国が積極的に参加せざるを得ない状況を(まさに、わざわざ、しらじらしいまでに)演出していた。 中国としては朝鮮半島の問題解決がアメリカ主導で進行してしまってはアジア圏の盟主というか、日本の外交的地位が安倍政権の5年間でどうどん凋落した結果この地域の単一覇権国の地位を確立しつつあるのに、そのメンツが丸潰れになる。一方アメリカにとっても、中国の積極的な関与なしには安定した「朝鮮半島の非核化」は実現不可能だと理解しているが、かと言って中国に本気で主導権を握られては、韓国の仲介で金正恩とのあいだで進めて来た枠組みをぶち壊しにされる可能性もある。 元々今の和解・対話モードは、中国が北朝鮮に対する影響力を完全に失っていたことをトランプが理解して、中国の仲介ではなく自らが乗り出す米朝直接交渉を昨年5〜6月には模索し始めたことと、金正恩の側でもそうやってトランプを交渉の場に出て来させようという思惑が最初からあって核開発を急進展させた、その両者の思惑がオリンピックに合わせて一致した(というか、金正恩がそう計算した)、そのタイミングに韓国が乗ったことで始まっている。トランプにとっても金正恩にとっても、中国はいずれ巻き込まなければならないが、主導権を取らせるわけにはいかない。 「朝鮮半島の非核化」に中国の積極関与を確定させた金正恩 トランプ以上に金正恩にとってこそ、北朝鮮が中国の属国・保護国のような立場に戻ってしまうことだけは絶対に避けたいものだ。だから「板門店宣言」には、あえて中国抜きでも話が進展するかもしれないかのような文面が加えられたのだろうし、こうして王毅外相が訪朝しただけでは済まない問題をあえて提起しておいて、中国が自分を訪中させるよう仕向け、そこで自らが説明することで中国のコミットメントを確保し巻き込もうという計算が、南北首脳会談の時点ですでにあったのだろう。 大連で、5月7日・8日にかけて、というのも、9日に東京で行われる日中韓サミットの直前というだけでなく、様々な意味で実に絶妙なタイミングだった。習近平が金正恩に「説明しに北京に来い」と命じたような格好になってしまえば、金正恩は確実に断っただろう。だが習近平が(空母の就航式に出席という別の日程もあったとはいえ)北朝鮮に近い大連にまで出向いて来ているのであれば、北朝鮮の独立国としての体面も保たれ、中朝があくまで対等な関係であると見せられる許容範囲に収まる。 […]

南北首脳会談をなんとかこき下ろしたいニッポン国安倍忖度メディアに騙されないために by 藤原敏史・監督

2018年5月1日 Henri Kenji OIKAWA 0

文在寅・韓国大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の首脳会談で署名された「板門店宣言」は、南北両国がイニシアティヴを握る格好を取り、朝鮮戦争の終結を宣言して休戦協定を平和協定に換えることと「朝鮮半島の完全な非核化」を関係諸国(まずアメリカ、そして中国)に呼びかけるものだった。 …というか、要するに本サイトの直前記事の予想通りではある。だが特筆すべき点もあった。共同宣言署名後に両首脳が共同会見を行ったこと(質疑応答こそなかったが)、そこで文在寅が南北両国が独立国でありその自らの意思として判断し、南北二ヶ国が自らの選択で共に国際社会への責任を負うと強調したことだ。だがどうも、ここが日本政府も日本のメディアも、なぜか理解できないのか、シャクに障るので無視したいところらしい。まあそれも無理はないのかも知れない。南北朝鮮を両方合わせても日本はより大国なのに、その日本は自分たちがアメリカ等の大国の言いなりにならなければ、と思い込んでいるのだ。韓国や北朝鮮がアメリカと、そして中国に何かを提案しようだなんて想像を絶する世界なのかもしれない。 板門店宣言は、韓国と北朝鮮の両政府の権限を超えたことについてさえ、あえて自分たちの主体性と主導を明確にしている。なにしろ法的にいえば、朝鮮戦争の終結は韓国には基本的に決定権がない。休戦協定は北朝鮮と中国、アメリカのあいだで締結されたもので、1953年当時の韓国政府は調印していないのだ。また非核化についても、韓国を守っていることになっている「核の傘」はあくまでアメリカの核兵器だ。だから南北の準備交渉の段階でも、北側は核問題は核保有国どうしでしか議論はできない、つまり韓国ではなくアメリカと交渉すると主張して来た。 それが一転して、今回の共同宣言の中でももっとも肝心なこの二点で、あえて韓国の権限を超える部分にまで言及して他国に呼びかけるという形で踏み込んでいる。建前上は「統一」を理想とする南北両国だが、現実に統一は限りなく困難な中で(何十年かかるか分からない)、両国が共に独立の主権国家であってどこの属国でもなく、相手がアメリカでも中国でも対等に提案し対等な国家として責任を負うことを高らかに宣言しているところの方が、実際の意味は大きい。韓国も北朝鮮も今後はどこの大国だろうがその「思惑」に振り回されたり、その外交安全保障政策の「おこぼれ」(例えば「核の傘」)に預かるのでもなく、朝鮮半島の将来を決める中心はあくまで両国、という表明が明確に含まれているのだ。 トランプのアメリカも巻き込んで周到に準備された「出来レース」 もっとも、こういう踏み込み方があり得ることも数日前には、特に日本の安倍首相が訪米して行われた日米首脳会談の時点で予測はついていた(で、本サイトで既に予測していた通りである)。朝鮮戦争の正式終結についての賛意はトランプがすでに表明していた(そして今回の会談を受けて改めて熱烈な支持をツイートしている)し、中国も乗り気であることがその外務省の公式会見で分かっていた。そして「非核化」についても、トランプが安倍との共同会見で、「北朝鮮の核放棄」のみを主張する安倍とは対照的に、はっきり「朝鮮半島の非核化」を明言していた。 続けてフランスのマクロン大統領や、南北会談後にはドイツのメルケル首相がホワイトハウスを訪れた際にも、トランプは「朝鮮半島の非核化」のための交渉になることを明言し、マクロンに対してはこれがうまく行くなら(核保有国である)フランスにとっても「良いこと」とまで言っている。もしかしたら途方もなくスケールの大きいことをトランプも考えているのかも知れないが、その可能性については後述するとして、いずれにせよあくまで「朝鮮半島の非核化」であって日本政府が執着している「北朝鮮(のみ)の非核化」ではない。 今や「北朝鮮の核放棄」という、それだけでは実現性に乏しく公正さにも欠けて正当性が担保できないことのみを一方的に言い続けているのは、関係各国のなかで日本だけだ。つまり完全に蚊帳の外で取り残されているのが安倍外交である。 「朝鮮半島から核兵器をなくす」をどう解釈するかが今後の「非核化」の焦点 北朝鮮は今年の初めから一貫して「朝鮮半島の非核化」を主張していたし、金正恩の電撃訪中では習近平も「朝鮮半島の非核化」への最大の努力と協力を明言している。今回の首脳会談を受けたトランプが、「私の親しい友人である中国の習近平国家主席の多大な助力を忘れないでほしい」ともツイートしたことを併せて考えると、「もしかしてトランプと金正恩にノーベル平和賞」という話まで冗談半分で出ているのも、あながち的外れではないのかも知れない。なにしろこの賞をもらっているバラク・オバマは、まったく核削減交渉もなにもやらなかったのだ。「朝鮮半島の非核化」なら、最低限でもアメリカは今後朝鮮半島とその周辺に核兵器は未来永劫、絶対に持ち込まない、と誓約することになる。これはNPT体制下の核保有国の中では歴史上初めての英断になる。 板門店宣言の正式な文言は「朝鮮半島から完全に核兵器をなくす」だ。日本のメディアはしきりと北側がまだ非核化を約束したわけではないとイチャモンとしか言いようがないことを繰り返すコメンテーターや「専門家」ばかりを登場させているが、朝鮮半島から核兵器が無くなるのなら北朝鮮は地理的に含まれる訳で、なにを言っているのだろう。 タイムリミットや具体的な手法が書かれていない云々というのは、まずこういう抽象的な表現の宣言文にそうしたことはよほどのことがない限り書くものでもないのが外交常識だし、そもそもこれは核保有国であるアメリカと北朝鮮がこれから交渉すること(というか、ポンペオ新国務長官がすでに極秘訪朝しており、その時点で突っ込んだ交渉が始まっていることも南北会談後に明かしている)なので、南北間だけで言うことではない。 「朝鮮半島から核をなくす」のであれば、それは北朝鮮の核兵器とアメリカの核兵器の双方の排除を指す。板門店宣言はこのように今後の米朝交渉の方向性の枠組みを定めているし、トランプの反応を見ても、共同宣言文を出すかどうかはともかく、こういう内容の大枠で合意することは事前にアメリカも了承していたはずだ。 問題はこの「朝鮮半島から」の範囲だ。もっとも米朝が合意に至りやすい、ハードルの低い解釈なら、地理的な「朝鮮半島」つまり既に述べたように韓国がアメリカにその核兵器を絶対に持ち込まないとの確約でこれは達成できる。朝鮮戦争の終結によってアメリカが北朝鮮を今後は敵視しないことになるのなら、在韓米軍も駐留する大義名分を失うし、在韓米軍基地がなくなるのなら韓国にアメリカの核兵器が持ち込まれることもなくなる。あるいは、在韓米軍については規模縮小などで終わるだけでも、米韓の条約上アメリカは韓国政府の了承なしに核兵器は持ち込めないので(ちなみに日米安保では、日本の意思に関係なく持ち込める)、韓国の場合なら「今後は持ち込ませない」と日本の非核三原則に類することを宣言するだけでも地理的に「朝鮮半島に核兵器がまったくなくなる」状態を保証することは可能で、そこで併せてアメリカ政府もまた韓国政府の意思に反して核を持ち込むことはない、と誓約すれば、それだけでも米朝双方のメンツも一応は立ち、板門店宣言も守られる。 もちろん、これだけでは本当の意味では「朝鮮半島の非核化」とは言えないという解釈もあり得る。北朝鮮がアメリカの核兵器の射程内に入っている限り、朝鮮半島は核戦争の脅威に晒されているわけで、米本土に配備されたICBMの撤廃とまでは行かずとも、西北太平洋・東アジア地域には今後アメリカの核が持ち込まれることはないとか、撤廃と言わずとも核軍備の縮小とか、より大きな努力にアメリカが応じなければ「朝鮮半島の非核化」にはならないので核放棄には応じられない、という主張も北朝鮮には出来るのだ。 トランプもまた「朝鮮半島の非核化」を目標として共有することを表明している以上、これからの議論はなにをもって「朝鮮半島の非核化」とするのか、どこまでならアメリカが妥協できるのか、北朝鮮がどのラインで納得するのかが、最大の論点となることがはっきりして来た。そして北朝鮮だけでなくトランプの動きを見ても、確かにその通りになったら「ノーベル平和賞」ものだ。 日本メディアは取り残された安倍政権と心中するのか? なんのため北朝鮮がここまで核兵器とアメリカ本土を射程に収めるICBMの開発に邁進して来たのかを考えれば、北が一方的な核放棄を言っていないから許せない、なんていう日本のメディア全般に見られる態度はナンセンスとしか言いようがない。最強の交渉カードを交渉前から手放すバカはいないのだ。これも北朝鮮敵視政策を絶対に変えたくない安倍政権への配慮忖度なのか、それともマスコミまで含めて北朝鮮への人種差別丸出しな敵視意識に洗脳されきっているのか、いずれにせよ今回の首脳会談で金正恩が見せた好印象に日本のメディアが戸惑っているのもなかなか滑稽だ。 ことテレビの生中継がメインの情報ソースとなったため、軍事境界線の北側に文在寅を誘ったジェスチャーや正式会談冒頭での冗談のやり取りは、どうやったってある種の魅力をもったままで写ってしまう(その場の空気が映像に写り込んでしまうし、その雰囲気を南北双方が周到に演出していた上に、金正恩の当意即妙なアドリブまであった)。ここまでやられては、生放送では報道する側の恣意性ではなかなか変えられないし、映像を見せて生放送でコメンテーターが感想を言う日本のテレビ報道やワイドショーの一般的な構成では、そのコメンテーターも生の反応でこの金正恩の巧みな自己演出に思わず好印象を発言してしまうのも当然ではある。 もちろん、韓国大統領府が南北会談を生中継すると決定していたことからして、こうした好印象を演出することこそが南北双方の戦略だった。だからアメリカ国内の反発(朝鮮戦争の正式な終戦・講和で利権を失う勢力も多いし、「伝統的」な「共産主義国」への反感もある)を抑え込みたいトランプの思惑も含めて、だからホワイトハウスも両国を全面支持・支援しているというか、そこまで含めて三者が結託した「出来レース」でもある。 日本にとって大きな問題は、いまや一国だけ「北朝鮮の核放棄」だけを一方的に主張している安倍政権が完全にこの流れから排除されているところだ。ドナルド・トランプに至っては日米首脳会談ではかなりはっきりと「決めるのは俺だ、お前のこだわる『拉致問題』なら言っておいてやるからこれ以上口は出すな」という姿勢で対応されてしまったのだ。 二人だけの橋の上で、文在寅と金正恩はなにを話したのか? 大まかに言って、今回の南北会談は周到に計画された以上の大きな成果をあげた大成功だったと言えるだろう。トランプ政権が併せてマイク・ポンペオ(当時はCIA長官、奇しくも南北会談と同日から正式に国務長官)が平壌を極秘訪問した際の金正恩との写真を公表し、注目が集まる米朝首脳会談のいわば「露払い」としても完璧でホワイトハウスも満足し、かと言って韓国がトランプのメッセンジャー扱いになったわけでもなく、韓国の自主独立性もしっかり担保された。 事前の報道では、非核化については南北の事前協議では結論が出なかったので首脳どうしの対話で、ということだったが、実際には大枠は決まっていたのも予想通りだった。二人で最終的に決めたことがあったとしたらこれを「板門店宣言」という正式の共同宣言にするかどうかと、その発表のやり方で、そこだけは午前中の会談で決定されたのかもしれない。ならば11時55分に午前の日程が終了したあと、午後の日程の開始が16時半までずれ込んだのも、会見で両首脳が読み上げたスピーチの長さとその複雑な論旨を考えれば、この準備と両国間のすり合わせの事務作業の時間が必要だったからだろうと説明がつく。午前の会談で決めるべきことは決まっていたのであれば、午後の正式会談は必要も特になくなる。 会談自体はほぼ予定通り、あるいはそれ以上の成果で終わった中で、今後の流れを大きく左右する可能性が高い不確定要素がいちばん大きいのが、その4時半までずれ込んだ午後の日程で、記念植樹のあとの文在寅と金正恩の二人だけの「散策」で、なにが話し合われたのかだろう。二人が板門店の湿地帯に敷設された陸橋のベンチに座り込んで30分以上話し込んでいた映像は、今ごろCIAをはじめ世界中の諜報機関が映像から読唇術で何を話し合っていたのかを懸命に分析しているはずだ。ただしカメラは文在寅側でその顔が見えず、話していたのは大半が文在寅、映像で見えるのは金正恩の反応が主だったので、読み取れることはあまりなさそうだが。 […]

日米首脳会談は安倍の空振り惨敗で見えて来た、南北首脳会談と米朝首脳会談の行方 by 藤原敏史・監督

2018年4月25日 Henri Kenji OIKAWA 0

安倍首相とトランプ大統領を「蜜月」と表現して来たのはもともと日本メディアだけだ。昨年のトランプのアジア歴訪では、日本のゴルフ接待ではトランプは松山プロとのプレーは確かに喜んでいたが、ゴルフの腕がはるかに落ちる安倍を後に残してどんどん先に行ってしまい、安倍がバンカーにハマってすっ転んだことを小馬鹿にするジョークまでコメントしていた。一方で北京では紫禁城(故宮博物院)を習近平自らの案内で見学できたことに大喜びで、習近平と個人的にも(孫の話などで)いかにも意気投合していることを盛んにアピールしていた。 …と言うか(ちょっと脱線)、安倍だって首都圏なら日光東照宮にでも案内するとか、どうせなら京都で会談して二条城か銀閣寺にでも連れて行き、銀閣寺なら東求堂同仁斎で一対一会談を行い(安倍にこの部屋の歴史的な背景を説明する能力さえあれば完璧な場なのだが)、その後の食事は最高級の懐石でおもてなしでもすれば、トランプは素直に喜んで上機嫌で敬意を表しただろうし、安倍政権が進める観光振興にも貢献できただろうに、この総理大臣にはまったく日本文化を誇り愛する気持ちがないようだ。 かつて中曽根康弘はロナルド・レーガンを奥多摩の自らの山荘に招待し、その茶室で自ら茶を立ててもてなし、俳句の手ほどきもやっていた。当時はまだアメリカ人にはほとんど理解されなかったかも知れないが、今では日本のtea ceremonyと言えば世界的に有名で、その深い哲学性に憧れも大きい。なのになぜ安倍の場合は、こういう時に鉄板焼きやハンバーガーなのか? 自国に誇りをまったく持てず、しかも教養のかけらもない総理に外交をやらせるのでは国辱を重ねるばかりで(しかもゴルフも下手)、その対米外交は個人レベルでもひたすら下手に出てニヤニヤ愛想笑いに終始するばかり、国家レベルでも媚を売り抱きつき依存し隷属することにしかなっていない。 こと今回の訪米・首脳会談の前には、鉄鉱・アルミニウムの制裁関税の対象からトランプが日本を外さなかったどころか、この政策を正当化するスピーチでは安倍個人を名指しして、その smiling つまりニヤニヤの愛想笑いをあげつらって人種差別的にこき下ろしてまでいる。アメリカのメディアは会談前から安倍をトランプに snubbed (わざと無視する、これ見よがしにはねつける、の受動態)と形容していたし、無視されていると言えばこの会談のきっかけ自体、トランプが安倍になんの相談もなく米朝首脳会談を即断したことだった。 形だけの「拉致問題」言及が安倍「外交成果」? 今回の日米首脳会談が決まった時点では、米朝首脳会談をトランプが即断し、その事後報告でトランプから電話があり、そこで安倍が日米首脳会談を要請したと言う報道だったはずだ。それがいつの間にかトランプとの電話は米朝首脳会談決定の発表の「前に」あったことになっている。 どっちにしろ官邸からのリーク報道なので、少しでも首相に都合よく情報を操作しているのは当たり前だが、しかしどっちにしろ電話して来た時点でトランプは金正恩との直談判を決めていたのだから、発表の前か後かにこだわること自体ナンセンスというか、あまりにいいわけがましくかえって不安になる。なにしろ本来なら日本に事前の相談があってしかるべき(特使はその後訪日して安倍に説明をすることになっていた、その後で日米協議の上、というのが普通の手続き)なのにそれがなかったし、もっと言えばトランプは事前に相談すれば安倍が猛反対するのが目に見えていたから、すでに決定した自分の判断に安倍を従わせることしか考えていなかったのだ。しかもその後は安倍が反対なのをあえて無視して愚弄するように、「日本だって上空をミサイルが飛び越えることがなくなるんだから喜んでいて当然」と、その反対を封じ込める発言まで続けていた。 一体どこに「蜜月」があったのだろう? ゴルフ? 今回は日本側が一度は断ったのをトランプがゴリ押ししただけだ。なのにプレー中に、トランプは「世界中の首脳がここに来たがっているがシンゾーは2回めだ」と恩着せがましく言った上で、「ここに来たんだからゴルフをしなきゃ意味がないだろう」と安倍に同意まで求めたという。 もう完全にバカにされきっているのに、安倍首相にだけはその自覚がないらしい。まったくうまく球が飛ばない安倍に、同行したプロ選手がアドバイスをすると、今度は珍しく飛距離を出せたそうだ。するとトランプが「交渉でタフなシンゾーに、ゴルフでもタフになられては困るじゃないか」と言ったという。こんな見え透いたお世辞に本気で喜んでいたのだとしたら、「いったいなんのための訪米なんだ」と与党内で囁かれていた不満がますます高まることだろう。 トランプがわざわざ言うまでもなく、日朝交渉になれば拉致問題は当然議題に 会談では一応、金正恩との会談の際にトランプが日本人拉致問題を取り上げること、大陸間弾道弾に限らず中短距離も含むミサイル開発の凍結を要求することが確認はされた。しかし日本メディアがこの二点をもって日米の意思の「一致」と「すり合わせ」の成功を喧伝しているのは、これだけスキャンダルが相次いでいる政権相手なのに、5年の間に染み付いた配慮忖度のクセがまだまだ抜けていないことに呆れるほかはない。 もちろんより客観的で慎重な一部のメディアは「一応の」一致と限定をかけているが、この程度のリップサービスで満足しているようでは、それこそいったいなんのための訪米だったんだ? そんな不安と日本が完全に取り残されている危機感に加え、安倍がこの媚び売り訪米で貿易問題で国益を大いに損ねてしまったことへの不満が、政府与党内ではさすがにくすぶっているようだ。 結論から言ってしまえば、もともと拉致問題の解決をトランプに期待すること自体がナンセンスなのだ。その上今度は安倍が無駄なお願いをしたせいで、トランプが「日本の拉致問題も考えてやってくれ」と金正恩に言う以上はなにもやってくれないことまで確定してしまったのが今回の首脳会談である。アメリカが本気で拉致被害者の解放に尽力する気なら、単に日本人拉致ではなく身柄拘束されている米国民3人や韓国からの拉致の被害者も併せて包括的に外国人の人権侵害の問題を議題にする、と言ったはずだ。昨年9月の国連総会演説でも、今年の年頭の一般教書演説でも、トランプはこの論法で拉致問題にも言及していたのだし、またそういう取り上げ方でもなければ、そもそも米朝間の交渉の正規の議題にはなりようがない。 「できることは全てやる」と言うトランプのリップサービスを真に受けるのが滑稽極まりないのは、そもそも「できること」がほとんどないのだから当たり前である。日本人の拉致問題についてだけなら、トランプがアメリカ大統領という立場でできるのは「日本と話し合え」と言うことまでだ。 トランプの対日メッセージは要するに「俺がやることだ。安倍は口を出すな」 安倍との共同会見でトランプが「成果が上がらないと思えば会談はキャンセルするし、交渉中でも無駄だと思えば席を立つ」と明言したことを妙に評価したがる日本メディアというのも、今回の訪米で安倍が公言できない本音を無自覚に代弁しているのがなんとも滑稽なのだが(つまり安倍は米朝会談を潰したかったし、このまま危機的対立が続いて欲し買った。もっと言えばトランプが武力行使を始めれば日本も「集団的自衛権の行使」で北朝鮮と戦争ができた)、典型的な「希望外交」の愚でこのトランプ発言の意味を完全に取り違えている。 […]

目指すは本気で「朝鮮半島の非核化」?! 金正恩の大胆な外交手腕で東アジア激変の予兆と、幼稚な敵意・差別意識に取り残された安倍ニッポン by 藤原敏史・監督

2018年3月31日 Henri Kenji OIKAWA 0

これまで日本の他のメディアと一線を画して、北朝鮮・核とミサイル危機の今後の流れの予測をほぼ的中させて来た本サイトの一連の記事だが、金正恩の北京電撃訪問は、さすがにまったくの想定外・予想外で完全に不意打ちを食らったことは率直に認める他ない。 しかも金正恩はみごとに習近平との「手打ち」を成功させただけでなく、「朝鮮半島の非核化」で巨大核保有国を本格的な核軍縮・核放棄に巻き込む可能性まで含む壮大な「おまけ」をゲットしてしまったのだ。こうなると逆に、その野心がこれまで予想されたよりも遥かに大きい可能性すら、考えざるを得なくなって来た。 日本のメディアは相変わらず「朝鮮半島の非核化」の意味を曖昧に誤摩化しているが、もちろん北朝鮮を射程に納めたアメリカの核兵器の全廃なしには「非核化」とはならない。日本が頼る「核の傘」の存続なぞもっての他だし、日本がそれを拒絶するのなら最早北朝鮮の核武装を非難できる根拠を完全に失うが、そうは言ってもアメリカの巨大核武装は、実は北朝鮮なぞではなく中国とロシアへの対抗上保有しているものだ。 中国の(アメリカに較べれば遥かに見劣りするとはいえ)巨大な核武装がある以上、アメリカが「朝鮮半島の非核化」に乗れるわけがないところで、金正恩がどのレベルまでの妥協点を設定しているのかが、米朝交渉の争点になると思われた。トランプも考えている落とし所は恐らく、朝鮮戦争の法的な終結と、敵視政策を止めて国交正常化交渉の開始辺りが最終ラインで、微妙な問題になるのが在韓米軍基地の地位だろうと思われた。 ところが金正恩は、そのアメリカの核武装の真の理由である中国を突然電撃訪問したのだ。そして「朝鮮半島の非核化」の努力に中国も積極的に参加する約束を取り付けてしまった。アメリカの核武装のもうひとつの仮想敵国であるロシアのプーチンにも、これから会うという説も出て来ている。 着々と対米直談判の準備を進める金正恩だが、この訪中と習近平との「手打ち」は大手メディアで盛んに言われているような、トランプとの会談が決裂した時の保険などというこじんまりとして生易しい話ではないし、そもそも北朝鮮に「朝鮮半島の非核化」つまりアメリカの核削減を求められたから怒って武力行使なんていうのは、いかにトランプでも出来るはずがない。そんなことをやれば国際社会ではアメリカに全面的に非があることにしかならず、アメリカが決定的に孤立するのだ。 言い換えれば、金正恩が訪中しようがしまいが、アメリカが米朝交渉を決裂させて武力行使に走れば中国は当然アメリカを激しく非難し武力衝突も含めた対決を辞さないだろうし、だからトランプと言えどもやるわけがない。つまり日本の「識者」が言うような「保険」のためだけなら、訪中する必要はなかったのだ。ではなぜここまでやったのか、といえば金正恩がもっと大きなことを狙っているからに決まっている。 アメリカと中国とロシアの巨大核武装がある限り「朝鮮半島の非核化」は絵に描いた餅 米朝交渉のテーマは最初から「朝鮮半島の非核化」にしかなりようがない(一方的な「北朝鮮のみの非核化」をアメリカが主張できる立場には、政治的にも軍事的にもない)が、そこでアメリカにとっての最大の障害になるのが、実は中国とロシアの核武装だ。北朝鮮が完全にアメリカの核の射程内にあるのも、この2国を狙っている結果として自動的にそうなっているに過ぎず、だからたかが対北朝鮮だけの交渉なら、アメリカはその削減に言及すらできるわけがない。かと言って、「いやいや、あくまで中国とロシアを狙った核兵器だから、では北朝鮮には撃たないことは約束しよう」などとアメリカが言えるわけもない。その瞬間に、中国とロシアとの戦争にすらなりかねないのだ。 金正恩はもちろんそんなアメリカの立場を百も承知で、あえて「朝鮮半島の非核化」という批判も反論も不可能な大義名分を主張しているのだろうし、トランプもそこは百も承知で米朝交渉の提案を受け入れた(アメリカの核削減を含む可能性がある交渉なので、当然ながら米国政界では圧倒的に反対の声が大きかった)のだが、ではどこまで言えば北朝鮮が妥協するのか、アメリカにとってはどこまでの妥協なら威信を保て国内の支持を得られるのかが、トランプが今見極めようとしているポイントだろう。国務長官や安全保障担当補佐官を自分の言いなりのイエスマンに交代させたのも、国務省や国防総省の主張する、従来のアメリカの外交常識に囚われては、トランプも動きようがなく、交渉で切れるカードがなにもなかったからだ。 ところがそんなトランプのジレンマを横目に見ながら、金正恩は絶妙なタイミングで、もう一方の当事者(というか、アメリカの核の本当の標的である)中国を巻き込んでしまったのだ。 つまりはこういうことだ。中国が核武装大国である以上、「朝鮮半島の非核化」には応じられないのがアメリカの立場だったのが、そこで交渉が硬直しそうになっても、金正恩は「よろしい、それならまず中国と核削減の話をして下さい。その結果わが国が安全になるのなら、核兵器なんて喜んで放棄しますよ。では習大兄にあなたと核軍縮を話し合うように伝えますね」と言えるカードを確保してしまったのだ。 その中国も今回の首脳会談で「誠実な努力を惜しまない」という共同声明を出してしまっている以上、そうなってしまっては建前だけでも拒否するわけにもいかない。だいたい軍縮対話の可能性を拒絶することも、今の国際社会では建前上は許されないのだ。 「国際感覚」という点では、インターナショナル・スクール育ちの金正恩は侮れない 確かに北朝鮮の政治体制は多々問題があり、現代の世界の標準からすれば「狂った」という形容すら当てはまるだろう。しかしだからと言って、その体制の下で国家指導者にならなければならなかった金正恩が無能だったり非常識だったり狂っているわけではないのは、当サイトの一連の記事でも再三指摘して来た通りだ。体制と個人の資質は別次元の問題であり、むしろ逆に世襲の絶対権力者の運命を生まれながらに背負っていればこそ、その職責に必要な資質を身につける教育が徹底される。日本でも最近妙に流行りの言葉になっている「帝王学」というのは、要するにそういうことだ。 金正恩はスイスのインターナショナル・スクール育ちだ。国際的な見識と視野の広さでは、むしろ自国育ちの他国の指導者より優れていても当然であると考えるべきとはいえ、しかし今回見せつけた手腕には、ひたすら舌を巻く。 しかも中朝電撃会談で分かって来たのだが、金正恩が狙っていることが途方もなく大きいようだ。北朝鮮のような小国がアメリカと中国に核削減・核廃絶の交渉を始めさせる可能性すら、今回の北京訪問は内包しているし、しかも両国ともそう簡単には断れないだけの理論武装も、金正恩はしっかり作ってしまったのだ。 どうも大国主導の観点でしか国際政治を見られないのが日本の外交や国際政治に関する報道の大きな欠点であり、視野狭窄になりがちなのだが、スイスのインターナショナル・スクール、つまり世界じゅうの発展途上国のエリート富裕層の子女が多い環境で育った金正恩の視野は、その意味では遥かに広く国際社会をしっかり俯瞰しているのだろう。たとえば昨年に核兵器禁止条約が国連で可決されたことを、日本では核保有国が参加を拒絶したから意味がないとして切り捨てがちだが、金正恩の戦略は核廃絶、つまり大国の核放棄をこそ求める世界の大多数の(大国ではない)国々の潮流もしっかり見据えている。 もちろん米中のような巨大核保有国がこれまで強健的に拒絶して来た核軍縮の流れの抜本的な変化を、北朝鮮のような小国が促すことになれば、その国際的な立場も一気に高まるだろう。ちなみに日本で思われているほどには、北朝鮮は国際的に孤立していない。潜在的な敵意という意味ではアメリカや中国の方がよほど嫌われている面すらあることに、日本人もそろそろ気付いた方がいい。 本音は「コンチクショウ」、でも歓迎・歓待を演出しなければならない習近平 習近平にしてみれば、本音は腸が煮えくり返っていることだろう。だいたいこれまで金正恩は、まず叔父で自分を越える実権を掌握していた中国派の張成沢を粛清・処刑し、父の代までの中国の属国であった立場とは一線を画す強硬な意志を示して来た。最近では核開発を急ピッチで進めたのと並行して中国を徹底的にバカにすることすら辞さず、ミサイルや核の実験を中国の祝日や重要な外交日程にあえてぶつけて来ただけではない。「図体が大きいだけののろまな大国」など激しい罵倒を含む声明まで出し、国連安保理決議に賛成すれば「アメリカのいいなり」で情けない、と強烈に当てこすって来た。 それがいきなり「会わせて下さい」と、金正恩の方から掌を返したように、急に下手に出た風を装って言って来たのだ。もちろん下手に出ているのもただの余裕のポーズに過ぎず、実際には中国がまったく関与しないところで米朝会談が決まってしまい、このままでは中国が取り残されかねないなか、中国としても北朝鮮とのパイプを回復させなければにっちもさっちも行かないタイミングに、見事に先手を打たれてつけ込まれている。 象徴的だったのが公式晩餐会での金正恩の挨拶だろう。30歳前後は歳上の習近平を「実兄のように」と持ち上げ、「ご多忙のなかわざわざ会う時間を作って下さった」とほめ殺しにしつつ、しっかりこの中朝首脳会談が北朝鮮主導で行われたことをアピールしているのだ。 金正恩はこのスピーチで、あえて下手に出る態度に徹したのは東アジアの儒教的な伝統に基づく長幼の順・敬老精神に基づいてという態度も崩さず、しかし国家間としてはあくまで対等である一線は決して譲っていないことを明確にしている。 もちろん古代から、朝鮮半島の諸王朝は常に中華帝国に朝貢することで支配権を承認される関係だったが、現代の国際社会ではあらゆる主権国家は建前上、対等で平等でなければならない。中国も建前上はそこは承知しているとはいえ、やはり国内向けにも大国であり地域の覇権国の地位は維持しなければならないメンツがある。金正恩に代替わりして以来、その関係を変えることが北朝鮮の大きな目標のひとつだった。これでは基本、習近平と金正恩の関係に波乱があって当たり前だが、それを外に見せられないのが習近平の弱みだ。金正恩はその習近平の「見栄」に巧妙につけ込んで、見事に自分のペースで中国を巻き込んでみせたのだ。 […]

予想外も意外性もなにもない、北朝鮮が「方針転換」したわけでもなんでもない南北交渉の展開と、トランプ=金正恩会談の行方 by 藤原敏史・監督

2018年3月10日 Henri Kenji OIKAWA 0

北朝鮮が今回「体制の安全が保証されるならそもそも核武装は必要ない」と表明したのは、一貫した態度でまったくなにも変わっておらず、驚くことはなにもない。そもそも「朝鮮半島の非核化」については、金正日時代から北朝鮮は反対していない。むしろ金正恩に代替わりしてからは、この「非核化」こそが究極の目標だった。ただしあくまで「朝鮮半島の非核化」、日本で思われているような「北朝鮮の核放棄」では済まない。安倍政権はこの二つに大きな違いがあることを誤摩化し、国民を騙し続けているが、そろそろその無理も利かなくなって来たようだ。 韓国大統領の特使の平壌訪問とその後の流れを、日本では政府もメディアも「意外だ」「予想外」と慌てふためき、報道にはこれまでの予想が誤っていた言い訳が溢れ返っているが、本サイトの一連の北朝鮮関連記事に目を通して来られた読者にとってはほぼ想定の範囲内だろう。韓国と北朝鮮の双方が危機的状況をまず早急に解消して出来る限りその状態を維持したいという双方の国益で一致していることを強く伺わせつつ、内容は極めて常識的だし、ホワイトハウス内では強硬派も一定の発言力を持ってはいるものの、トランプ自身は金正恩との直談判について乗り気であることも、本サイトではこれまで指摘して来た。 というより、合理的で現実的な落とし所が最初から見えていた以上、むしろこうなって当たり前といえば当たり前だった。そこでトランプが即答したのも、ホワイトハウス内の強硬派や日本政府からの反対意見や妨害が入る前に韓国特使に言ってしまえば、覆せない決定になるのを計算してだろう。 目新しいものは実はなにもない特使訪朝の南北合意 対話が続くあいだは北朝鮮が核実験もミサイル実験もやらないと合意したのは、どちらの実験も実行してしまえば隠せるわけもなく、交渉決裂と戦争勃発の覚悟なしには出来るわけがないのだから最初から分かりきった話だし、これも以前の記事で書いた通りだ。 この文脈で4月末の南北首脳会談で合意したことを見れば、すでに平昌パラリンピックが終わるまではなにもしないと決まっていたのを、さらにひと月延長するという効果に真っ先に気付く。韓国にとって今肝心なのは首脳会談をやること(それまでは挑発の応酬のエスカレーションや軍事的衝突は確実に回避できること)であって、首脳会談に期待される成果ではない。というより、南北で会えば建前では将来的な統一を謳わなければならないのもあくまで「建前」に過ぎず、現実的には「対話のための対話」を続けるあいだはアメリカも「斬首作戦」にせよ「鼻血作戦」にせよ軍事行動に走れないので韓国の安全が確保できることこそが、韓国にとって当面は最重要の国益なのだ。さらに米朝首脳会談まで日程に上げられたのは、そのこと自体が韓国にとってはある種の外交的勝利になる。 確かに、金正恩が米韓合同軍事演習について「従来の規模で行う限りは理解する」とまで踏み込んで合意した点は、さすがに本サイトの前記事の予測すら越えている。そこまで決定的な、アメリカを対話に引き込める(トランプが政権内の反対論を抑えられる)カードを、韓国が北朝鮮に切らせることに成功したのはたいしたものだ。 だがこれとて、北朝鮮にとってはあくまで「例年の規模」という条件つきである。つまり過剰に挑発刺激したり、とりわけ「斬首作戦」や「鼻血作戦」(核施設をピンポイントで先制攻撃すれば金正恩は黙るというホワイトハウス内で本気で検討されている無茶苦茶に荒唐無稽な計画)のカムフラージュに使ったりしない限りは、という制約がちゃんと含まれているのだ。北としては分かり易く韓国と、とりわけアメリカの顔を立てて余裕のあるところを見せながら、軍事行動や挑発は出来ないようにしっかり釘を刺し、北朝鮮の安全が損なわれない保証をちゃんと担保している。しかも例年どおりなら4月開催、つまりその後で南北首脳会談が行われる流れだ。 さすがのアメリカもこれでは断ったり騙したりできないところまでは分かっていたが、ホワイトハウスの全体はともかく(極端な強硬派が多い)、ドナルド・トランプもこの合意の意味を理解したのだろう。日本にとって最大の青天の霹靂だろうが、トランプはあっさりと(というか狙って、計算づくで)米朝首脳会談の話に乗った。 あくまで「朝鮮半島の非核化」であって「北朝鮮(のみ)の非核化」はそもそも成り立たない 北朝鮮がこれまで「非核化は議論しない」と言って来たのはあくまで韓国に対してだ。アメリカとの核削減ないし核放棄の交渉ならやってもいいというのは、明言したのが今回初めてというだけで、今さらただの確認・念押しでしかない。昨年11月末の「火星15号」初実験の成功以来、新年の訓示でも、オリンピックへの参加でも、金正恩の姿勢はまったくなにも変わっていない。たった一度の発射実験だけであえて「国家核戦力の完成」を宣言した(実際には、実用化にはまだあと数回の発射実験が技術的に絶対に必要)のは、つまりアメリカ次第ではここで開発を止めてもいい、という意味にしかならないのも、以前の記事で指摘済みだ。 最初から、北の核武装開発はあくまでアメリカの圧倒的な核の脅威に対するなけなしの抑止力の確保であることは明らかだったし、実際にも北側は平昌オリンピック前後の南北交渉のなかで「同朋に核を使うわけがない」と明言し、だから韓国とは核について交渉しないとの態度を明確にしていた。 日本ではどうも「朝鮮半島の非核化」という言葉の文字通りの、あまりにシンプルで分かり易い意味すら理解されていないらしい。いやもしかしたら、この分かりきったことが自分達にとってあまりに都合が悪く、その自己欺瞞の偽善性が明らかになってしまうので、必死で無視している自己内引きこもりというか、精神医学でいう否認症状なのかも知れない。 ならばこの際、これもはっきり言っておこう。日本が「アメリカの核の傘」に依存する限り「朝鮮半島の非核化」は実現され得ず、日本政府には北朝鮮の核武装を非難できる理由がそもそもなくなる。どう大目にみても「どっちもどっち」止まりだ。韓国や日本やアメリカにとって北朝鮮の核の脅威がなくなるだけでなく、北朝鮮もまたアメリカの核の脅威から解放されなければ「朝鮮半島の非核化」にはならない。米朝交渉は当然そういう議論になるから、アメリカがこれに乗るのはなかなか難しかったはずで、要はここをどう突破できるかがハードルとして残っていた。 おおむねの流れは金正恩の計算通りだし、韓国にも反対する理由がなにもなかっただけだ。むしろ意外性が多少なりともあったとしたら、この特使の韓国側の人選だろう。平昌五輪の閉会式に対韓国の軍事を仕切る金正哲をあえて派遣したことに呼応してもいるわけだが、文在寅政権も特使に統一省の関係者ではなく、国家安保室長の鄭義溶と国家情報院の徐薫院長という、むしろ対米パイプが強い安全保障分野のトップクラスの人員をあえて派遣した。つまりはアメリカに対してもこれは「ほほえみ外交」の「友好」レベルの話ではまったくなく、深刻な安全保障問題の真剣な議論であり、韓国政府がそこまで本気だ(=対米追従の妥協はしない)と見せつけたわけでもある。 問題の本質は、なぜアメリカの核が東アジアにあるのか 北朝鮮にとっての問題は、あくまで朝鮮半島が「非核化」するかどうかであって、単に自国の核放棄ではない。言うまでもなく在沖縄の米軍基地から韓国内の米軍基地にいつでも核兵器が持ち込める今の米韓日3国にまたがる体制は、客観的に検証可能なやり方で明白に撤廃されなければならなくなるはずだし、また米本土の大陸間弾道弾の射程に朝鮮半島が入っていることも当然協議の対象になる。 そもそもなぜ北朝鮮が、冷戦の終結後に核開発に手を染めて来たのかを、日本のメディアは必死で無視して偏向報道に固執しているようだ。そもそも間違った前提に固執している…というかはっきり言えば分かりきったことをあえて無視していわば噓をつき続けて来たあまり、自分たちが噓をついている現実から逃避して虚言に固執する精神症状に陥っているのではないか、とすら疑いたくなるほどだ。 そもそも論を言うのなら、改めてはっきりさせておこう。アメリカの核の脅威がないのなら、北朝鮮がわざわざ乏しい国力を多額の資金がかかる核開発なぞに注ぐ必要がそもそもない。今回も表明された当たり前の前提を無視する限り、この問題についてそもそも傾聴に値する議論が出来るはずがなかった。北朝鮮の「核問題」がいつまで経っても「解決」しないことにいら立つもなにも、韓国にとっても問題の本質はアメリカが(自国と自国民の防衛の範囲を明らかに逸脱した)巨大核武装を東アジアに置き、朝鮮戦争以来朝鮮半島を核競争の最前線として来た冷戦期の構図がほとんど変わっていないことだ。 言い換えれば、「朝鮮半島の非核化」は冷戦の終結時にその動きがあれば北朝鮮が核開発を始めることもなかったし、むしろ北朝鮮こそが本当は求め続けて来たものだ。核兵器の脅威に晒されない安全な状況さえ担保されるなら、それこそが金正恩にとっても究極かつ最大の目的なのだ。韓国の以前の右派の二政権(李明博、朴槿恵)もアメリカもこれを拒否して来たのに対し、今の文在寅政権の野心はまず「朝鮮半島の非核化」の実現に向けて国民を説得しきることができるかどうか、それができるなら韓国国民の総意としてアメリカにも突きつけられるところにある。 これは韓国にとって、日本の植民地支配からの独立ととりわけ朝鮮戦争以降、アメリカの属国・保護国の立場に甘んじ続け、時にアメリカの奴隷同然の行動すら強要されて来た過去を克服し、真の独立を実現する意味すら持つ。つまりは「祖国の再統一」という建前よりも実は遥かに大きい潜在的な宿願でもある。 むしろ「意外」「予想外」なのはトランプの好反応 「意外」といえば遥かに意外な展開だったのは、今回の特使派遣の成果を韓国が発表してまもなくドナルド・トランプが「非常に前向きなもので、世界にとって素晴らしいことになるだろう」とツイッターで発信したこと、そして韓国の特使とホワイトハウスで会うとすぐに米朝首脳会談に合意したことの方だ。 いかにトランプ自身が昨年6月頃には金正恩との直談判に乗り気になっていても、「火星15号」発射実験の成功で理論上はアメリカ本土を核攻撃できる能力もある北朝鮮とアメリカが「非核化」を交渉するとなれば、当然ながら北側はアメリカの核廃絶とまでは行かずとも核の削減を求めて来る。むろんすでに以前の記事でも指摘したように、北朝鮮だけが相手ならこれもアメリカにとって必ずしもあり得ない選択ではない。 だがアメリカの核の射程に北朝鮮全土が収まっているのはただの結果論で、その巨大核武装は別に北朝鮮をターゲットにしたものではない。西太平洋・東アジアに展開するアメリカの軍事力はいずれもロシアと中国を狙っている。在韓米軍も別に北朝鮮から韓国を守るために展開しているのではなく、米韓合同軍事演習も仮想敵は中国でありロシアだ。THAADの韓国への配備に中国が反発したのも当たり前で、北朝鮮をいいわけに自国を狙っていることがあまりに見え透いているからだった。 […]

オリンピックが「平和の祭典」だと理解できない安倍ニッポンの “平壌” 五輪勘違い

2018年2月24日 Henri Kenji OIKAWA 0

平昌オリンピックが開幕し、さっそくフィギュアスケート団体戦ショート・プログラム(以下SP)で宇野昌磨選手が、ここ数試合でうまく跳べなかった四回転トゥ+三回転トゥのコンビネーションを成功させ、GPファイナルからこの方到達できていなかった百点超えで首位に立った。本来ならオリンピックを巡る日本の “国民的関心事” といえば宇野くんがこの調子で個人戦も行けるかどうか、右足首を痛めて三ヶ月以上試合に出ていなかった羽生結弦選手がさらに上に行く演技ができるかどうかだったはずだ。 フィギュアだけでなく、転倒事故で膝だけでなく肝臓まで損傷した重傷を克服して4回転2回ひねり2連続の大技を成功させたスノーボード・ハーフパイプの平野歩夢選手や、1000m世界記録保持者の小平奈緒選手を始めメダルの期待が大きい女子スピードスケートなど、いくらでも “国民的関心” や期待を集めておかしくないことはあったのに、オリンピック前の日本の世論の関心はスポーツを楽しみアスリートを応援することそっちのけで、もっぱら「スポーツの政治利用は許さない!」という妙に政治性に満ちた主張に集中していた。北朝鮮がオリンピックに参加して南北融和が演出されているあいだは、朝鮮半島で軍事衝突は起きないだけでもとりあえずは歓迎される事態なのに、である。 冷戦の最末期に開催された1988年ソウル五輪が南北の対立を激化させたのを思えば、大韓航空機爆破事件やラングーンの韓国大使館での爆弾事件のような大規模テロが起こらないだけでも大きな違いだ。もっとも現代の、金正恩政権の北朝鮮は、ソウル・オリンピック直前にテロ事件を起こしたような北朝鮮とはずいぶん変わっている。元を糾せば就任当初は韓国に「お互い罵倒は止めよう」と呼びかけたり、日本人拉致問題についても自ら謝罪の確認を表明した上で再調査を申し出たりもする一方で、父や祖父の代では後ろ盾だった中国やロシア旧ソ連(ロシア)とも保護国的な関係をあえて断って来たのが金正恩だ。 当時の韓国と日本の右派政権がこうした変化を見逃していなければ、朝鮮半島情勢は今のような危機的状態になっていなかったかも知れない。いやむしろ、右派の朴槿恵が失脚して文在寅の革新派政権になった韓国はともかく、右派政権のままの日本が今取っている態度を見ると、この時も「見逃した」のではなくわざと無視したようにも思える。もし安倍政権が拉致問題の解決と被害者の救出や、日本の安全の確保を本気で考えていたなら、こうした北の変化は日本にとっても大きなチャンスとして見逃すはずがないのだが、拉致問題も核開発も右派政権にとってはすべて北朝鮮を敵視するのに好都合ないいわけに過ぎない(その敵視もまた、日本では本質的には国内の在日朝鮮人を差別したいいいわけでしかない)のなら、気付かぬフリに徹した方が好都合なのも確かだ。 そんな自己欺瞞の右派政権が5年も続き、首相官邸の圧力を恐れる忖度が欠かせなくなった日本のメディアでは、いざオリンピックが開幕しても、フィギュアスケートのペアに日本から初出場という快挙の須崎・木原組を取材しても肝心の2人の演技はほとんど見せずに沈黙する「美女応援団」をテレビ画面に映し続けるという異様…というか呆れた事態が続いたのがこの五輪大会の前半だった。 これこそあまりに偏向したスポーツの政治利用でしかないわけで、だいたい「政治利用」を批判するのなら安倍政権は2020年東京五輪をいいわけに「テロ等準備罪」を強行採決し、今度は「オリンピックで改憲」とわけのわからないことまで言っているが、こんな呆れたダブスタはともかく、そもそも「スポーツだから政治とは無関係だ!」とはどういう勘違いなのだろうか? ちなみに現代のオリンピックはスポーツを通した健康増進という大きな政治目標も自らに課していて、その一貫で国際オリンピック委員会(IOC)と世界保健機関(WHO)は開催都市での “スモーク・フリー” つまり公的な場での禁煙の励行を呼びかけているが、東京オリンピックに向けたこうした肝心の、まさに国際標準の政策については、受動喫煙防止法を骨抜きにしようと躍起になっているのも自民党だ。 そもそも「平和の祭典」なんだから、IOCが南北融和に協力するのは当たり前 だいたいスポーツにせよ音楽にせよ「政治利用は許せない!」と絶叫する輩に限って、そもそも純粋に楽しむ気なぞ毛頭なく、単にそこに表現された政治的主張なりなんなりが気に入らないというか、自分たちの歪んだ政治的願望に反するメッセージをオリンンピックなりスポーツなりロックフェスなりが伝えようとしているのを逆恨みして、その逆恨みの動機がなんの正当性もない身勝手でしかないので必死に探して来た言い訳が、スポーツなどの「純粋さ」だの「純粋に楽しみたい」だったり、「選手がかわいそうだ」だったりの自己欺瞞に過ぎないのが相場だ。 韓国の女子アイスホッケー・チームになんの興味もないどころか、韓国チームというだけで気に入らない人々に限って、北朝鮮との合同チームを組むことになったその選手が「かわいそうだ」と言い出したわけだが、確かに「不人気競技の汚名返上」とか「どうせメダルには関係ない」と言わんばかりだった韓国政府首脳の発言は、日本的な感覚からすれば「なにもそこまで言わなくても」とは思う。 しかしそれとて「文化の違い」でしかない。日本のよく言えば「思いやり」の文化、昨今では「卑屈なまでの過剰忖度」との批判もある風土はおよそ世界標準ではなく、ましてや公平で厳正なルールの元で実力と運が結果に冷徹に反映されるスポーツの世界に無節操に適用できるものではない。ジャッジが選手やその所属国家に忖度することは許されないし、記録もまた徹底して冷静客観でなければスポーツの公平さは破綻するのだから当たり前の話だ。 韓国は韓国でさすがにズケズケものを言い過ぎでもあろうし、韓国チームの女子選手たちの戸惑いも理解できる。彼女たちにとってはいきなり政治主導で有無を言わさず決められたのはひどく理不尽な話ではあるが、しかしこれはそこまでの話でしかない。それに彼女達にとっても国内で人気がまったくない競技どころか女性が「氷上の格闘技」をやることが白眼視されがちな韓国社会のなかで、観客が増えただけでもそんなイメージを刷新できるメリットがあったのも確かだ。 いずれにせよ、政権が朝鮮民族差別政権だからなんにつけても韓国についてはあら探しとレッテル貼りの悪口に熱中し、その一方で総理大臣が「共謀罪がなければオリンピックは開催できない」「東京五輪で日本が生まれ変わるために改憲を」などとオリンピックの政治利用にしても頭が悪過ぎる戯言を繰り返しても、「バカも休み休み言え」とはっきり言ってしまうとストレスに脆弱過ぎる総理大臣が深く傷ついてしまうのがかわいそうだから言わない(あるいは興奮状態でどんな異常行動に出るか分からないのが怖い)、なんていう日本の世論ととくにメディアの動向は、ここまで来るとさすがに異常だし、だいたいあまりに不合理で無駄が多過ぎる。 しかもその忖度の文化がなぜか外国にはアメリカ合衆国以外は適用されず(いや対米忖度ですら見当違いでかえって不信を買う場合も少なくなく)、国際社会における自国の正当性やそれぞれの国の利害についてなにも考えていないのも、イラク戦争にまっさきに賛同と参加を表明した頃から露骨な現代日本の困った傾向だ。 そんな日本のメディアや世論では、この韓国・北朝鮮の合同チームの「政治利用」についても、不公平な(確かに規定よりも登録メンバー数が増えるなどの問題はあった)「スポーツの政治利用」だからIOCが認めるはずがない、という論調が主流だった。 戦争を止められなかった近代オリンピックの歴史 むろんかくも国内引きこもりな勘違いは呆気なく国際社会の現実に裏切られた。そもそもオリンピックは憲章で「平和の創出」が目的と明記されているように極めて政治的なイヴェントであり、その理念と存在理由から当然のこととして、IOCはこの南北合同チームの提案を諸手をあげて大歓迎した。 平昌オリンピックが南北融和ムードに染まることを文在寅・韓国大統領以上に喜んでいたのがIOC会長のバッハ氏だ。米韓軍事同盟も関わるデリケートな問題なので時に慎重にバランスを計る姿勢も見せる文在寅政権の背中を、むしろ強力に押しているのがIOCとさえ言える。バッハ会長は大会終了後には北朝鮮を訪問して対話ムードを継続させ、韓国大統領の訪朝の先鞭をつけようとしているが、これもIOCの立場とオリンピックの理念からすれば当たり前のことだし、合同チームの試合を文在寅・韓国大統領夫妻と北朝鮮の金永南・最高人民会議終身委員長(国家元首)、そして金正恩の妹・金与正氏と共に観戦したときも、バッハ氏は儀礼的な微笑みを浮かべるだけでアイスホッケーには興味がなさそうな南北の政治家たちとは対照的に、合同チームの試合をいかにも万感の思いを込めた眼差しで見つめていた。 ピエール・ド・クーベルタンがオリンピック運動を創始したとき、頭にあったのは古代オリンピックの開催中はギリシャ文明圏であらゆる戦争が停戦になったことだった。だがこの理念の再現を目指したはずの近代オリンピックは逆に、1936年ベルリン大会がナチスのプロパガンダに利用され、翌40年東京大会は日本政府が中国への侵略戦争を優先させて中止を決め、政府内での中止の決定直後には日本軍が南京で凄惨な虐殺事件を起こして国際的な非難を浴び、IOC総会に正式に中止が通達されたのと相前後して人類史上最悪の戦争である第二次世界大戦が始まっていた。 […]

バカバカしさを通り越し人種差別の邪悪さに陥りつつある反北朝鮮プロパガンダ政策で、世界から浮きまくる安倍ニッポン by 藤原敏史・監督

2017年12月20日 Henri Kenji OIKAWA 0

さすがに耳を疑うニュースが飛び込んで来た。朝鮮総聯系の企業の経営者ら3人が密輸の疑いで逮捕されたという。 “密輸品” の内容はなにかと思えばインスタント食品やお菓子だそうだ。なるほど、日本は国連制裁に加えた独自制裁で北朝鮮相手の全面禁輸を決めているのだから名目上は「密輸」にはなろう。だが軍事技術に転用できる電気製品などならまだしも、たかがインスタト食品にたかがお菓子だ。そもそも禁輸にすること自体、首を傾げる。 せいぜいが書類送検で済ます程度の、在日朝鮮人が家族が心配で食べ物を送る当たり前の話に毛が生えた類いの微罪とも言えないものを目の敵とは、さすがに度を越しているし、朝鮮総聯・在日朝鮮人をいくらいじめたところで、北朝鮮の現体制への圧力につながるどころか、北朝鮮政府に日本を非難する大義名分を与える逆効果でしかない。 日本の捜査当局はさらに、朝鮮総聯傘下の保険会社(要するに在日朝鮮人どうしの、お互いに困ったときの自助組織)にも強制捜査に乗り出した。確かに、厳格に法律を適用すれば違法行為になる可能性はあるが、そもそも整理回収機構がこの会社に目を付けたところからして、目当ては要するにそこに集まっている、差別があるので一般日本人よりも生活が不安定になりがちな在日朝鮮人が、老後のためや、万が一の将来のために蓄えて来た預金を、わざわざ差し押さえることにも見える。 もっとも、政権側に立つ、というかこの政権が自分たちの差別意識を正当化してくれることに喜んでいる人達は、在日朝鮮人が北朝鮮にいる家族に送金することですら、金体制の核開発資金の確保になるに違いないから止めさせろ、などと言い出すのかも知れないが。 時代錯誤な中世もどきの「兵糧攻め」の餓死期待が、日本がいう「最大の圧力」? どうも日本だけが大きな勘違いをしているのではないか? 北朝鮮に対する経済制裁は、あくまで核兵器とミサイルの開発が対象であり、それが国連安保理決議を正当化する国際的なコンセンサスだ。しかし日本だけが中世末期の豊臣秀吉の備中高松城攻略戦にでも憧れたかのような時代錯誤で、兵糧攻めのつもりで北朝鮮国民を飢え死にさせて降伏を迫ることを「北朝鮮の方から政策を変えるから話し合いを、と言って来るように仕向ける」とでも言いたいらしい。 「最大の圧力」を繰り返すだけで、なにが「最大」なのか、いつになったら「最大」に達するのかもさっぱり不明な、口先だけの抽象的な強がり姿勢を繰り返す安倍政権だが、本当に核開発を止めさせたいのなら、とっとと出来うる限りの最大をやった方がまだ戦略的な合理性があるはずだ。だいたいこれまで何年間「日本独自」の制裁をやって来て、なにか効果があったのだろうか? 日本が「結束を」という国際社会がまとまるとしたら、あくまで北朝鮮の政府・体制に対してだけでだ。一般市民に罪はなく、北朝鮮の国民は苦しめてはいけないのが、現代の国際社会における最低限の倫理だ。労働党・金体制を打倒することまでは正当化されるとしても、それはあくまでこの政権が北朝鮮国民にとってよくない政権だから、という理由に限られるのが、現代の国際法に基づく「法の支配」だ。禁輸措置は最大でも経済活動の締め付けで外貨を稼げなくするために限定され、一般市民を飢え死にさせていいわけがないし、もし日本がそんな人倫に反する期待を抱いているのなら、それだけでもその無法は国際的非難を免れない。 ただでさえ日本政府は、韓国がUNICEFと世界食糧基金の要請で決定した人道支援に反対してみせたり、平昌オリンピックに北朝鮮の出場を望む韓国やIOCの動きを妨害したがったりして来た。 また国内では朝鮮学校への高校無償化適用を否定する政策を支持した判決も出ている(無償化を適用しないことは違法にならない、と無理のあるへ理屈で言っただけで、適用することが違法になるわけがないので念のため)。 金正恩政権への圧力を在日朝鮮人いじめや人種差別と混同して、北朝鮮国民の餓死すら期待するような、もはや邪悪な悪意としか言いようがない敵意をむき出しにして恥じないのなら、いったいどの外国が「連携」してくれると言うのだろうか? 「木造船」「漂着船」報道のヒステリーと、地元との露骨なズレ このところ連日ニュースを賑わしているのが、日本海で操業していたと目される北朝鮮の「木造船」「漂着船」だが、日本海側の自治体やその住民、自分達の漁場を荒らされた当事者の漁師がひたすら困惑している姿と、やたらと分量が多い報道に露骨に現れる敵意・悪魔視のズレも不気味だ。 北海道の無人島で一時滞在用の待機小屋の備品が盗難に遭った漁協の担当者は、「めぐんでやったつもりで、と思ったがさすがに」と根こそぎ被害に怒るというより呆れていたが、それでも北朝鮮に憎悪や敵視を向けているわけではない。発電機二台まで盗まれて被害総額2000万というのは大変だが、それでも「食い詰めた、貧しい人達なのだ、仕方がない」というごく当たり前の良心から来る留保もまた働いているのが被害当事者なのに、報道のフィルターを通すと「経済制裁が効いているに違いない」という政権の自己満足に奉仕するのが半分、北朝鮮の国家体制とその権力者ではなく北朝鮮の国民そのものへの憎悪と恐怖感をかき立てる意図が半分の、人倫というものが吹っ飛んだとしか思えないヒステリックさに染まってはいないだろうか? 現実には、自治体にとっては漂流船の撤去費用の予算がなくて頭を抱えているのが主たる問題で、それでも遺体を丁寧に供養し火葬する費用も出し続けているのは、それが日本的な伝統の道徳だからだ。同じお金の問題は、盗難に遭った漁協にとってはさらに深刻(北朝鮮の漁民に弁済できるわけがないのも分かりきっている)だし、日本海側の漁民が国に求めているのは「北朝鮮はけしからん、やっつけろ」ではなく、違法操業で漁場が荒らされることへの具体的な対策だ。 テレビ報道の漁業者たちのインタビューからは、ただでさえ荒れる冬の日本海でも今年はとくに異常気象で悪天候のなか、はっきり言えば小さなボロ船で危険な操業を続ける海の向こうの同業者への素朴な心配もまたにじみ出ているのだが、報道する側はそこにすら気付かないようだ。そうした被害当事者の人達には確かに「日本人の美徳」と言っていいものが見えるのが、いまやそういうまともな日本人が、日本国内で少数派になってしまっているようにすら思える。 拿捕することで北朝鮮漁民の生命安全の保護にもなる、それが施政権を持つ日本の責任のはず 違法操業は違法操業であり、警察権を担い治安に責任を負う国の義務はそれを止めさせることだ。それこそが日本人の漁業者とその生活を守るためにもまず必要なはずが、国にはまったくやる気がないらしい。領土領海の係争地である尖閣諸島の周辺では他国の違法操業は警告だけして追い出す、という密約(日中「棚上げ合意」の一部)は確かにあるが、大和堆と呼ばれる漁場が日本の排他的経済水域内になることに異論は出ておらず、つまり拿捕する権限も含めて施政権と治安維持の義務は日本政府にある。海保が拿捕しても外交問題にもなりようがなく、仮に北朝鮮が非難して来ても完全に反論できることを、なぜやらないのだろうか? そんな政府の不可解な行動にマスコミも同調して、「北朝鮮とは国交がない」のが拿捕できない理由だと言う外務省・法務省からの虚偽リークを無節操に垂れ流すばかりだが、こんなナンセンスが通用するのなら、日本は法治国家ではない。 すると今度は「海保は放水で追い出している」といういいわけ報道が始まった。もうこの国は法治主義どころか最低限の人倫すらかなぐり棄て、まったく非現実的な独りよがりに耽溺しているのだろうか? まず警告して追い出すだけでは、たとえ放水されても次は日本の治安当局の目をかいくぐる覚悟を決めて、またやって来るに決まっている。こんなことでは日本の漁業資源と漁業者の仕事と生活を守るのに、なんの効果もないのは言うまでもないが、さらにひどいのはこの「放水」という手段だ。 相手は「木造船」と報道されるような、船内の居住スペースの確保すら出来ているのか怪しい、旧式どころかそれこそ古代の、縄文時代の末期に稲作が日本に伝えられたときにすら喩えられそうな小型漁船だという。荒れた海では沈没の危険があることは、漂着が相次いでいるだけでもすぐに想像がつく。そんな小さな漁船に真冬の海上で「放水」とは、日本政府は人の命をなんだと思っているのだろうか? […]

「国難」?総選挙の「争点」? 北朝鮮の核とミサイルの「脅威」、そのプロパガンダと裏の現実 by 藤原敏史・監督

2017年10月24日 Henri Kenji OIKAWA 0

長崎の、「赤い背中」の写真で知られる被爆者、谷口稜曄氏が亡くなった。当時は16歳の郵便局員、自転車で配達中に背中一面に熱線を浴びた谷口さんは、定年まで郵便局を務め上げた後、写真が自分であることを公表、原爆の語り部として長崎県内を中心に学校などで自分の背中に刻印された原爆の地獄を語り続け、核兵器禁止条約の締結を求めてニューヨークも何度も国連本部を訪ねるなど、精力的に活動された。 もう12年前のことだが、終戦60年記念で作られた谷口さんが主人公のNHKスペシャルの終盤で、当時はまだ金正日体制だった北朝鮮の核開発がニュースになる。谷口さんは「アメリカがあれだけ核を持っているのに、小国だから持つな、というのでは通じない」と吐き捨てるように呟いていた。 原爆の苦しみをもっとも味わされた1人であり、戦後は「核抑止力」の名の下に敵が持つなら自国も、という核競争の時代も目撃して来た者だからこそ言えた、この根本的な道理が、どうしたことか唯一の戦争核被爆国のはずの日本では理解されないままに、北朝鮮はついに水爆を搭載したミサイルでアメリカ本土も攻撃できる能力まで持とうとしている。ロシアの下院議員が北の高官から聞いたところによれば射程9,000Km(カリフォルニア北部まで)はすでに可能で、今は12,000Km(ワシントンDCまで到達する)に伸ばそうとしているというのだ。 むろん被爆者にとってあらゆる核兵器開発は悪であり、核兵器の使用は人道犯罪でなければならない。いかに防衛目的を主張しようが(そもそも強大な殺傷能力だけでなく被爆地に深刻な放射能汚染ももたらす核兵器が、どう「防衛目的」で使えるのかも不思議な話だが)その保有も禁止されなければならないことに、アメリカでも北朝鮮でも変わりがない。 そのアメリカが巨大核武装で北朝鮮を脅し続けているのが現実であり(これも日本人の大多数は気付かないか、気付かぬふりをしている)、アメリカやその同盟国である日本が「核抑止力」というロジックでこの脅迫体制を正当化するのなら、同じ理屈は国の大小を問わず平等に適用されなければ筋が通らないのは、確かに谷口さんが指摘し、今年の平和宣言で田上長崎市長が指摘し、オバマも広島で間接的に認めた通りだ。 逆に今は北朝鮮が、その「核抑止力」をアメリカ相手に獲得しようとしている。 と言っても、むろん量的にアメリカが圧倒的に凌駕し、いつでも北朝鮮全土の核による皆殺しも可能なことは変わらない。ただしアメリカがその攻撃能力を北朝鮮を相手に使うのなら、現状でもすでにサンフランシスコやシアトル、いずれはワシントンDCやニューヨークの全滅を覚悟しなければならなくなる。 自国民の犠牲を恐れるなら、アメリカとて北朝鮮を核攻撃はできなくなった。これが日本政府が呪文のように繰り返す「抑止力」というものの実相だ。 核拡散防止条約という時代錯誤な大国の身勝手 核拡散防止条約(NPT)では、確かに一部の国を除き核兵器保有は禁じられている。だがその一部の国とは国連安保理常任理事5大国であり、それら大国の身勝手に歪められた「国際法」が不公平で道理に合わないのも、その核保有超大国以外のどの国にとっても明らかなことだ。 第二次大戦後にそれら大国の植民地からの独立が相次いでから60年70年と経ち、新興国として頭角を表す国々も増えているなか、依然「国際秩序」が旧来の、19世紀の植民地主義列強を中心とする大国の恣意に左右されている人種差別的な不平等が、いつまでも是認され続けるわけではない。 すでにインドとパキスタンが、NPTに反して核兵器を保有している。安倍首相はそのインドと日本が核協定を結び、原子力発電技術を提供するという。これでは日本が北朝鮮の核兵器開発を建前では非難できたNPT違反という不完全な大義名分すらなくなってしまうのだが、しかも安倍はこれが「対中包囲網」の一貫になるとして期待を寄せているのだから、なにを血迷っているのか理解に苦しむ。連携して包囲網を構築すべき相手をわざわざ敵視して周辺諸国の連携を破綻させようとするとは、いったいなにがやりたいのだろう? 衆院解散の理由のひとつで安倍は北朝鮮を「国難」と断じて国民の信任が必要だと、ただでさえわけが分からないことを言っているが、その北朝鮮に対していったいどんな有効な方策を、安倍政権は持っているというのだろうか? そもそも国内でも国際的にも孤立を深めるドナルド・トランプを主役・ヒーロー役とする「国際社会の連携」なんてものがあり得るのだろうか? 体制や社会状況が個人の能力と直接関係するわけがないことに、我々はそろそろ気付いた方がいい。 恵まれた経済先進国で、民主主義の体制も自由も憲法上は保証されているはずの戦後日本だからといって、2人の首相を輩出した「岸王朝」の三代目が相当に出来が悪いというのも十分にあり得るし、奇妙な独裁体制の金王朝だからってその第三世代の金正男や金正恩が有能であるかも知れないのも、十分にあり得ることだ。 個人の能力が教育環境に大きく左右されると言うのなら、岸王朝ないし岸自民党右派の戦後レジーム三代目が、お坊ちゃん私立を小学校からのエスカレーターでなんとかお情けで卒業できた程度なのに対し、金正恩はスイスのインターナショナル・スクールで学んでいる。本人の国際的な視野も(入学審査もないサマースクールの語学講座を「米国留学」と吹聴する安倍なんぞとは比べ物にならぬほど)実は広い。こうしたインターナショナル・スクールにはいわゆる第三世界の(つまり、19世紀的な植民地主義支配から独立した国々の)富裕層の子女が多く学んでいて、北朝鮮はこと金正恩の時代に入ってから、そうした国々と経済も含めて関係を深めているし、先進国や大国をあえて挑発してその権威を突き崩そうとする金正恩のやり方には、そうした先進国から見下されて来た国々から見れば、ある種の痛快さすらある。 北朝鮮労働党政権が時代錯誤の独裁体制だとしても、それを守る立場だからというだけで金正恩の知力を見くびっていい根拠にはならないし、北の労働党独裁の全体主義体制が正当化できないからと言って、それを敵視する側が絶対正義になるわけでもない。 まして20世紀後半の冷戦どころか19世紀的な植民地主義の時代の意識を引きずって、欧米の、白人の超大国に従うことが国際秩序だと言い張って、安倍やその熱烈支持層が中国を敵視し北朝鮮を「国難」と呼ぶのなら、いったいどこのガラパゴス右翼なんだという話にしかなるまい。 いやガラパゴス島の生物は孤立した環境下で独自の進化を遂げて来たのだが、日本の永田町の一部に棲息する珍獣たち(いわゆる「改憲派」)は、進化どころか退化している。 「朝鮮半島の非核化」なら、アメリカの核の傘も撤廃されなければ筋が通らない よく考えれば日本にとっては、北朝鮮の大陸間弾道弾が開発が達成されればリスクはむしろ減る。 北朝鮮にテポドンやスカッド改良型しかなかった時代なら、アメリカに自国が壊滅させられる時の最後のあがきで核攻撃できたのは、在日米軍基地だった。沖縄には冷戦期に1600発もの核弾頭が配備されていた核弾薬庫が使用可能のまま温存されており、日本の非核三原則のうち特に「持ち込ませず」を本気にしている軍事・安全保障担当者は世界のどの国にもいないし、むしろ日本政府が「核の傘」の必要性を主張しているというのは、この原則を守る気がないと公言しているに等しい。 横須賀や横田などの首都圏の米軍基地には、核攻撃に備え地下シェルター化された司令部機能がある(逗子市の池子米軍住宅にもそのサブがあると言われている)。テポドンなどしかななかった時代なら、アメリカが北朝鮮に核戦争を仕掛けた場合に備え、報復攻撃や自国防衛の先制攻撃対象として、これらの米軍施設が当然真っ先に狙われていた。沖縄は再び「本土防衛のための焦土作戦」の犠牲になったし、横須賀などの地下司令部機能まで無力化できる徹底した核攻撃があれば、首都圏3000万住人が全滅しただろう。ちなみに国際法上はあくまで自国を攻撃する敵国の攻撃能力を叩く防衛行為となり、一般市民を巻き添えに沖縄や首都圏が壊滅しても「コラテラル・ダメージ」が主張できる。もっともその時には、北朝鮮自体がアメリカの核攻撃で消滅していて、国際法違反もなにも今さら問われる対象がなくなっているだろうが。 アメリカの「核の傘」が日本の防衛に不可欠などというのは、実態はこの程度のことに過ぎない。 […]

北朝鮮の「核実験」と「人工衛星打ち上げ成功」の意味する現実のリスク by 藤原敏史・監督

2016年2月17日 Henri Kenji OIKAWA 0

またもや「事実上のミサイル」という言葉が日本のメディアを駆け巡り、防衛大臣が嬉々として破壊命令を準備していると吹聴し、地対空ミサイルが東京・市ヶ谷の防衛省にまで配備されるという珍事が繰り返された。日本やアメリカ側の公式の理解でさえミサイルの「実験」、まして北朝鮮政府の主張は「人工衛星」なのだから、この光明星ロケット打ち上げ自体が日本にとって直接の危険にはなるはずもないのに、過剰反応の大騒ぎ(バカ騒ぎのお祭り)の陰で、北朝鮮の動きの本質や意図を分析してちゃんと対応を考えるような姿勢は、日本政府には相変わらずまったく見られない。 一年前にイスラム国による人質事件の責任を追及されたとき、テロリストの意図や動機を「忖度」などしない、それはテロリストに味方することだと言い放ったのが安倍首相だ。だが外交交渉や安全保障や戦争は、相手国の利害や目的、敵なればこそその真の狙いを「忖度」しないことには、有効な手を打つことなど出来ない相談である。どうもこの内閣は、外交や戦争の基本すら分かっていない平和ボケらしく、これで日本の国益や国民の安全を本気で守れるのか、まことに心もとない。 焦点は、アメリカ東海岸が北朝鮮の核ミサイルの射程内に入った可能性 もちろん前回の「事実上のミサイル」と今回では、アメリカ政府や周辺諸国の対応もまったく異なっている。前回はCIAが早々に衛星が周回軌道に乗ったことを確認公表しただけで問題にしなかった(つまりは無視した)のがオバマ政権で、韓国政府もすぐにそのアメリカの「人工衛星だから特に問題にしない」という態度に同調し、日本政府だけがムキになって騒ぎ続ける格好になってしまった。だが今回は一昨年辺りからにわかに「弱腰外交」が叩かれがちなオバマ大統領(確かに、イラクやシリアの内戦への介入をためらったことが、イスラム国の台頭を招いてしまった)は、次期大統領選挙を控え民主党候補の勝利のためにも強気の姿勢を見せなければならない立場だし、それ以上に北朝鮮のロケット打ち上げ/ミサイル実験(技術的には本質的に同じこと)自体が、国際安全保障においてまったく異なった文脈を持ったのも確かだ。 言うまでもなく、大きな違いは年明けの核実験だ。北朝鮮が「水爆実験に成功」と発表したこと自体は観測された地震波の規模などからみてかなり怪しいにせよ、核爆発装置の小型化に成功したのはほぼ確実だとみられている。つまりはミサイルに搭載可能な核弾頭を北朝鮮は手にしている可能性が高く、そして今回の光明星ロケットはミサイルとして使用した場合の飛距離が前回の1万キロに対し1万3000キロ、東海岸のワシントンDCやニューヨークも含めたアメリカのほぼ全土が射程に収まる計算になる。 だからアメリカが危機感を露にするのも当然にせよ、国連安保理を動かしての制裁強化や韓国への対空ミサイル技術の供与といった強気の「対抗策」は、むしろやむを得ないポーズ(立場上、強気姿勢を演出しなければならないからやっているだけ)に見える。経済制裁の強化に中国が難色を示し話がなかなかまとまらないのも、北朝鮮に交渉しようというサインを出し続けるための出来レースの匂いが濃厚だ。 表面では強気を演出するアメリカの避けて通れない本音 確かに中国が厳格な経済制裁を課せば、現状中国との経済取引が圧倒的に大きい北朝鮮を、餓死者すら出る事態にまで追い込むことも出来るはずだ。しかしその結果北朝鮮政府がどう動くのかといえば、脅しと圧力に屈服し核開発を抑制する交渉に乗るかも知れないが、しかしその北朝鮮はすでに1万3000キロの射程を持つ大陸間弾道ミサイル技術を持っていて、しかも核弾頭の小型化に成功しているらしいのだ。餓死者が出るほどに追いつめられれば、北朝鮮が対抗で小型化した核弾頭とロケット/ミサイル技術を実戦で使う可能性を排除してしまうのは、安全保障上の愚の骨頂、自殺行為にすらなりかねない。 アメリカとしては今のところ立場上の建前では強硬な態度を取らざるを得ないが、今までの、いざと言う時にはいつでも北朝鮮に向けて沖縄の基地から核攻撃が出来るという一方的な「核の優位」が揺らいでしまっているのが、この核実験とミサイル/ロケット打ち上げのもたらした現状だ。 この現実を見落としてヒステリックな感情論に耽溺するのは極めて危険だ。もちろんアメリカ全土、とくにその中枢が、北朝鮮による核攻撃が可能な範囲に入ってしまったのならば、その同盟国で「核の傘」に依存して来た日本の立場にも影響はする。とはいえ、直接に我が国の安全が核攻撃に脅かされる事態になるわけではない。日本ならばテポドン・ミサイルでも射程内に入るので、北朝鮮にとって大陸間弾道弾がそもそも必要ない標的だ。むしろ大陸間弾道弾が出来れば日本が核攻撃されるリスク自体は下がるのは、自国の本土から出来るだけ離れた場所を狙った方が放射能汚染などのリスクが減る以上は当然だし、しかも日本には数十万の、北朝鮮にとっては自国の公民である在日朝鮮人が、それも真っ先に核攻撃の対象になるであろう都市部に集中して居住している。 そもそも北朝鮮にしてみれば、核武装は日本を意識してのことではなく、「核の優位」を誇って来たアメリカに直に対抗するための政策だ。日本外交がいつも通りにアメリカの言いなりになるであろう当然の想定も含めて、北朝鮮にとっては拉致問題の再調査を巡る日本との交渉が完全に膠着状態に陥ってからというもの、「対日本」の外交的な優先順位は今や極めて低い。 いわば蚊帳の外に置かれたかっこうになったからこそ、安倍政権がミサイルを撃ち落とすと公言してみたり、今度は「独自制裁」などと息巻いているのも、素通りされて無視されたことがシャクに障っただけなのではないか、と意地悪な邪推すらしたくなる。 人工衛星の打ち上げ成功は、北朝鮮にとって核ミサイル以上に重要 なお今回の打ち上げでも、北朝鮮は地球の周回軌道に衛星を載せることに再び成功している。一方でアメリカなどの軍事当局の分析では、衛星やミサイル弾頭の大気圏再突入技術はまだ完成されていないらしく、「ならば人工衛星打ち上げ以外のなにものでもない」で客観事実としては終わってしまうはずなのだが、しかも北朝鮮にとって「人工衛星の打ち上げに再び成功した」ことも、大陸間弾道弾ミサイル開発の成功と同じくらい、いやそれ以上に重要かもしれないのは、見逃さない方がいい。 日本のメディアでは北朝鮮政府の「国威発揚」を批判的に論評しがちだが、我が国だって誤算と失敗続きだった「はやぶさ」計画でさえ運良く偶然に採取できた小惑星の土壌サンプルを載せて帰還した時には全国が「おかえりなさい」「快挙」と大変な喜びようだったし、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに行く程度のことでも未だにテレビの報道時間を独占するのが通例だ。宇宙計画には夢があり、だから政府が人気取り・国威発揚に利用するのは、別に北朝鮮が特別なわけではない。 しかも単に国威発揚として、北朝鮮国民ならば(政権にどれだけ不満がある人でも)「我が国の技術力は凄い」と誇らしく思えるだけではない。自力の人工衛星打ち上げに成功した国は世界で11カ国しかないのが、北朝鮮が2回やって2回とも成功というのも、単純比較は専門家に「そんな短絡的に判断していいことではない」と叱られるだろうが、それでもたとえば日本のH-2ロケットよりも信頼性が高い、とすらみなされかねない。 世界中の国や企業が通信インフラなどの整備のために人工衛星を必要としている時に、実用化レベルで安定して運用出来ているのは(アメリカがスペースシャトル計画を放棄した今では)ロシアくらいしか見当たらないし、切り離されるロケット噴射部分が落下する先が海か砂漠でなければ危険になる関係上、内陸国には基本、人工衛星の打ち上げ手段がなく、衛星打ち上げ技術を持っている国に依頼するしかない。日本だってH-2を使って外国の衛星を打ち上げるビジネスは狙っているが、最近でこそ名誉挽回はしつつあるもの、試行錯誤と失敗が続き成功率が決して高くなかった過去が足を引っ張り、海外からの受注はまだなかなか安定していないのが、将来的には北朝鮮もそうした外国の人工衛星打ち上げを受注する打ち上げビジネスに参入して外貨を得ることも、現実的な可能性として選択肢に入って来た。 こういうと前回も今回も周回軌道に載った人工衛星自体はどうも機能していないらしいことを挙げて「日本の方が進んでいるのだ」と言い張る人も必ず出て来るだろう。だが、まず日本が北朝鮮や韓国に「抜かれる」ことを異常に気にしているようには、北朝鮮にせよ韓国にせよ、日本のことを意識してなぞいない。 科学技術で日本の方が進んでいるのは当たり前だと思っているのが前提で、日本国内で妙にライバル意識を燃やすのはまったく馬鹿馬鹿しい敵愾心や危機感だというのがまずひとつ。 しかも北朝鮮がこれで国際的に売り物に出来るのは、あくまで衛星本体ではなくそれを打ち上げることであって、衛星本体は北朝鮮の技術ではなく外から持ち込まれる(それこそ世界的に最もレベルが高い水準の日本製の人工衛星だって構わない)のだから、北朝鮮に実用的な人工衛星を作る技術がないとしても、なんの関係もない。 「中国の属国」に甘んじたくない北朝鮮の意思表明 今回の「事実上のミサイル実験」ないし人工衛星打ち上げでもう一点注目すべきなのは、北朝鮮と中国との関係の明らかな変化だ。 年明けの核実験も中国は厳しく批判して来たし、今回はわざわざ朝鮮半島問題特別代表の武大偉が平壌を訪れ説得に当たっているのに、北朝鮮はその滞在中、しかも旧暦の正月(春節)に合せて打ち上げを実行した。日本のメディアでは「中国の面子が潰れた」と中国側から見た論評しかしていないが、北朝鮮の国民の側から見た時にどういう意味を持つのかがまったく抜け落ちているようでは、冷静な分析とは言い難い。 中国が圧力をかければ、中国に依存している北朝鮮は従うはずだと、他の国々も決めつけているし、中国もそう言わんばかりの態度で振る舞っている。そんな属国扱いが北朝鮮、とくにその国民からすれば大変に屈辱的であることを、我々はなぜかつい見落としがちだ。 だが金正恩政権はだからこそ、父の前政権から引き継がれた中国とのパイプも強いと噂される有力者たちを(父の代に蔓延した)政治腐敗の元凶とみなして次々と解任し、自分の叔父すら粛正して来た。そして今回の核実験とロケット(「事実上のミサイル」)打ち上げでは、自信をつけて堂々と中国の要請を無視し、中華文化圏でもっとも重要な祝日である春節(旧正月)に、あえて人工衛星の打ち上げ成功を祝賀するタイミングを持って来たのだ。 […]